敵の防衛ラインは実に豪勢で、一大決戦の様相を呈していた。
数も質も揃って史上最大級。レ級や姫級、【Titan】といった単体でも厄介な強敵がひしめき合い、砲弾と魚雷とビームとミサイルの雨霰に、空中衝突しないのが不思議なくらいの大量の艦載機。これを最大限活かすなら下手に策を弄するよりもいっそ真っ正面からぶつけた方が効果的なまである暴力の嵐。朝の爽やかな空の蒼も海の碧も塗りつぶすほどの黒から放たれる砲火は、宮古島近海を蒸発させんばかりの勢いだ。
戦争で最も重要になるものは頭数だ。イロハ級の主体は死んでいった人間というデカプリストの言葉が、ここに来て重くのしかかる。
既に数が頭打ちになっている艦娘は質を強化するしかないが、深海棲艦の数はもう数えるのも馬鹿らしくなるぐらい膨大で、しかも敵も【Titan】や響鳳として戦ったレ級艦隊のように、C.E.の技術を使って手強くなる一方なのだ。長期戦になればなるほど艦娘側は不利になる。
圧倒的な数の暴力の前では、たとえ一騎当千の強者も苦戦を免れない。上手く立ち回らなければ敗北が確定する。
これと似たような光景を、一ヶ月前に見た。
あの時はただただ食い止めようと必死だった。生きて逃げ延びるだけで精一杯だった。
だが今は違う。
<榛名より各艦へ。面舵30、第三戦速! 木曾、砕呀で【比叡組】進路上の敵潜水艦を排除してください。鈴谷はビームキャノンのチャージを続行、指示があるまで待機!>
<応! ……っと、3時方向からミサイル接近、数18! オレに任せろ、全部撃ち落とす>
<まずいよ榛名! 10時の水雷戦隊が発射した魚雷、三集九散々布帯で【阿賀野組】に向かってる! あの進路はちょっとヤバい!>
<問題ないですよ鈴谷。瑞鳳、いけますね?>
<もちろん! 魚雷はストライクで迎撃します!>
<そのまま水雷戦隊の排除まで任せます。それと直掩機の幾つかを天津風さんの援護に向かわせてください」
<了解!!>
輸攻墨守、鎧袖一触。
先鋒として派手に堅実に敵艦隊を蹴散らす【榛名組】の働きは八面六臂。全周囲を取り囲む敵の黒は、黒は黒でもまるで水性塗料の黒、対して彼女達はさながら高圧洗浄機。油性塗料相手にコップ一杯の水で格闘していたようなあの時とは違うのだ。
敵のブ厚い鶴翼陣を真正面から食い破っていく快進撃は止まらない。しかもそれは、彼女達だけに限ったものではなかった。
<こちら阿賀野! 利根隊と合流、伊勢隊の後退を支援します!>
<サウスダコタだ。ターゲットD5を撃破した。損害なし。しかしアンチビーム爆雷の残数が心許ない、補給を要請する>
「こちらキラ。敵潜水艦はやり過ごせました。指定ポイントβへ移動再開します」
<赤城です。ターゲットG2と交戦開始、足止めに徹しますね>
<天津風、指定ポイントαに到達したわ。いつでもいけるわよ>
他にも。
他にも。
他にも。
延々と。続々と。仲間達全員が緻密に連携して、戦況を優勢にしていく。連合艦隊は無敵だ。
皆がノリに乗って戦っている様が手に取るようにわかる。報告が密だから、ではない。直感的に全てがわかる。そしてその理由こそが、快進撃の理由の一つでもあった。
なにせ上空を旋回する艦載偵察機の視界に、味方の位置情報と移動方向および速度、NJ環境下対応型短距離レーダーの索敵情報、残弾や残燃料や被害状況といったコンディションまでもを直接、五感を通さずに頭の中で共有しているのだ。それは雑多で無秩序な情報洪水ではなく、自動的かつ効率的に整理整頓されたデジタルの戦闘データ。例えるならばコンピュータゲームのUIが直接、視界内に表示されているようなイメージで、ゲームキャラのHPやステータスを数字やアイコンで視認するようにして仲間達を捉えることが可能なのである。
己の行動も同じように、仲間達に伝わって共有されているだろう。
これぞ特装型の艦娘全員に標準実装されたデータリンク機能。先日の甑島列島近海での戦いで【榛名組】が使用したものの改良バージョン。戦争で最も重要な要素である情報共有と連携、まず何よりもそれを飛躍的に強化することを選んだ明石達の判断の賜物だ。
ちなみにこの艦隊は他鎮守府所属の精鋭達を募った連合艦隊であるので当然、サウスダコタや赤城をはじめリンク機能を備えていない通常艦娘も多数参加しているが、抜かりはない。精度と情報量は落ちるものの専用の子機を外付けするだけでバッチリ対応可能である。
とはいえ。
実際のところ、ただ凄まじい情報共有と連携ができるからといって各々が無策かつ自由気ままに戦えってしまえば、敗走は必至。やはり全体を指揮する頭脳が必要だ。つまりは総旗艦。彼女の指揮があってこその、今現在の連合艦隊の無双っぷりなのだ。
さて。
そんな彼女、金剛といえば、
<ぬあー!! もうヤダ疲れましたー!! 紅茶!! 総旗艦はTea timeをご所望デース翔鶴ゥ―!!>
<そろそろだろうなと思っていました。はい、どうぞ。ダージリンのアイスティーです>
<えー? ワタシ今Hotの気分デース……っていうか水筒のデスかー? せめてティーカップで……>
<はいはい、我儘言わないでくださいね。流石に戦場で淹れられませんからこれで頭を冷やしてください。マカロンもつけますから>
<うぅ、こんなにも頑張ってるのに副官が冷たいデス……アイスティーだけに……、……うまっ! Delicious!! 元気が漲ってきたネー!!>
<うふふ、単純な人>
<なにか?>
<なにも>
様子のおかしい人になっていた。
副官共々、ハイテンションでふざけた言動と裏腹に、その顔には一切の余裕がない。
無理らしからぬことだと、響は思う。待機中でジッと待つほかに何もすることが無いから、戦況を観察するしかやることが無いから、よくわかる。かつて何度か総旗艦として連合艦隊を率いてはネスト攻略や欧州遠征などを成功に導いた経験のある彼女達でさえ、今回の役割はキツいのだと。
彼女達は艤装から出力された巨大なホログラフィック・モニターと向き合い、休む間もなくあれこれと指示を送り続けていた。
データリンク機能をより拡張、連合艦隊という大所帯での運用を目的として開発された全艦統括指揮システムだ。光のモニターには戦況がアイコンによって簡潔に表示され、タッチパネル式で仲間達に指示を送ることもできる優れもの。こちらもコンピュータゲームで例えると、リアルタイム戦略シミュレーション系の指揮のようなイメージだとか。
佐世保所属の艦娘達の連携はもはや、艦隊一つが一個の生物として振る舞うような次元に達している。
それだけ聞くと、単にものすごく効率的で便利になっただけ、と思うかもしれない。実際便利なのだろう。けれども物事には表と裏があるもので、一つの作業が効率的で便利になったからこそ、複数の作業を同時並行で手掛けることが可能となり、それをやらないわけにもいかないから結果的により忙しくなる逆転現象が発生する。
今まさにそうなっている。いくら自動的に整理されたデータとはいえ、重大な戦略的決断は艦隊後方の小型高速哨戒艦【はやて丸】に乗り込んだ二階堂提督が行うとはいえ、この台湾海域解放作戦に参加する全艦および全艦載機の情報を的確に処理しつつ迅速に指揮するとなるとかなりの負荷とプレッシャー。かといってリンク機能と指揮システムが無ければこの快進撃、どころか今作戦の成功そのものがありえない。ならばどんなに大変でもやるしかないのだ。
所詮は一戦力でしかない響には計り知れない、全責任を背負う者の苦難。自分が金剛達を楽させるためには、指揮された通りに戦果を挙げて応えるぐらいしかない。なんとも歯痒いものだった。
<よーしフルチャージ完了! 天津風、川内、準備はいいっ!?>
そんなこんなで密かに金剛達の健闘を祈っていると、溌剌な鈴谷の声。どうやら準備できたようだ。
リンク機能を意識し、上空を旋回している誰かの偵察機はじめ幾つかの視界をウィンドウ形式で複数表示、戦場を俯瞰する。
<問題無し。うまくやってみせるわ>
<こっちもOK。いー感じに集まってきてる感じ。人気者は辛いってか、ゾクゾクするねっ>
<あのさぁ川内、決死の囮役のそっちがリラックスムードなの気ィ抜けるんだけど……とりあえずいけるってこったね! 榛名っ!>
【榛名組】の正面には、一際硬い敵が一際密集して防御を固めつつあった。
というのも『敵の巧みな艦隊運動にひっかかってついうっかり孤立』した舞鶴所属の軽巡艦娘・川内を包囲しているのだ。
響の師の師といえるあの川内流の開祖が全力で抵抗しているのだから当然、有象無象の深海棲艦なぞ次々撃沈しているが……敵の補充速度の方が速いし、彼女も被弾している。そのうちバランスが崩れてジリ貧になるのは火を見るよりも明らか。ほぼ無限湧きとも思える敵からしてみれば、手練れの艦娘一隻を確実に轟沈できるのならば損害度外視で攻めるべき好機だからだ。周囲から続々と増援が集まり、黒の輪の中心で踊る川内へリンチのように砲撃――これを邪魔されぬように、敵は外周の防御を固めようとしているのだ。
好機。榛名達の作戦通りに、此方にとっても。実行するなら今しかない。
<ええ、やっちゃってください。0時方向から3時方向にかけて照射!>
<おっし。なーら遠慮なく……発射ー!!>
閃光。満を持した榛名の号令に応じて。
鈴谷が腰だめに構えた、自身の身長よりも長い折畳み式の大型砲塔――ガナーウィザードのM1500オルトロスを元にした320mm高エネルギープラズマ収束ビーム砲から莫大なエネルギーの奔流が放たれた。
プラズマ収束ビーム砲は艦娘側で唯一、数秒間の照射が可能な兵器である。砲塔ごと横薙ぎに振り回せば光のギロチンとなって、本来射線上にいなかった敵までをもごっそり真っ二つに溶断できるスペックを有し、ここまでの戦闘で何度も敵艦隊を消滅させてきた実績も有している。
しかし何度も使ってきただけあって、敵の反応も早い。
撃ちかけられた艦隊から素早く、身の丈程ある大型シールドを構えた戦艦レ級が飛び出し、プラズマビームの奔流を真っ正面から防いだ。数瞬遅れて周囲の深海棲艦もアンチビーム爆雷を展開する。押し切れない。構わず鈴谷は砲塔を振り回して他の敵艦隊を狙ったが、同様に対応され、結局ル級のシールド含め幾つかの巡洋級と駆逐級を溶かしたのみと、与えられたダメージは軽微だった。
今となっては両陣営が当たり前のように使っているビーム兵器は、現状での最高火力だ。極めて直進性が高いため射程こそ短いが、命中率が高いうえに直撃すればどんな艦でも致命傷で、使わない手はない……の、だが。だからこそか、普及した頃には対ビームコーティングやアンチビーム爆雷といった豊富な防御手段も同様に普及したため、この通りビーム兵器はテキトーに撃つのではなく如何に確実に当てるかが重要になってきている。
工夫が必要なのだ。
そして当然、なんの工夫も無しで鈴谷に虎の子の一撃を撃たせるわけがない。
圧倒的破壊力の照射はまだ続いている。0時方向から3時方向にかけて、つまり正面から右方へ90度の薙ぎ払い。光のギロチンが向かう先の水平線上には――味方が、天津風がいた。
<流石に緊張するわね……、……いくわ!>
先のレ級と同じように、身の丈程もある長方形型タワーシールドを構えた天津風・特装改二が、指定ポイントαで。
直撃、はしない。
曲がった。極めて直進性が高いはずのビームがシールドに届く前にグイっと進路を変え、明後日の方向へ。否、榛名達から見て1時方向の、一人で大暴れ中の川内を包囲していた敵艦隊に深々と突き刺さった。
ビームを曲げる電磁フィールドを用いた奇襲だ。天津風が器用に反射角を変えればビームのギロチンは1時方向から11時方向までを再度薙ぎ払い、一度は防いで生き残ったはずの深海棲艦達は、完全に予想外の二度目の照射を受けて為す術なく半壊するしかない。
これが本命。周辺一帯の硬い深海棲艦は一掃、拓けた正面へ【榛名組】と【比叡組】が共に吶喊、ついで囮役から解放された川内は全速後退して天津風と合流した。
<よし、成功ね!>
喝采を上げた天津風の改二艤装は、響改二とシンのMSを参考にしているという。今しがた披露したシールドのビーム反射能力は言うまでもなく、響の影響を強く受けたものだ。
奇しくも、と言うべきか。響は改二艤装を新設計するにあたってキラから聴いた【GAT-X252 フォビドゥン】を参考とし、燃費を鑑みてビームを逸らすだけの高出力電磁フィールド発生装置を採用した。その性能を目の当たりにした天津風が自身の特装改二に採用したものは、ビームを自在に曲げてカウンターも可能とする超高出力電磁フィールド発生装置。それはまさしく原典であるフォビドゥンの完全再現。より強固な防御を求める者は、似たような構想に辿り着くものなのだろう。
非常に強力な装備である。だが天津風の本領は、それではない。
「響、みんなの様子はどうなってるのかな」
「順調だよ。作戦も武装も問題なく機能してる。いい感じだ」
「そっか。ならいいけど……、……あと1分で到着するよ」
「了解。この調子ならポイントで待機ってことはなさそうだね」
耳元で発せられる青年の心配げな声に応えながら、響はひとまず連合艦隊のイケイケな攻勢よりも、巨大なシールドを手にした少女の動向を追ってみることにする。
<お疲れ様です川内さん。……思ったよりも手酷くやられたわね>
<そらそーよ。ビックリドッキリオカルトな回避力があるわけじゃないんだからさぁ。あの二人の師匠だからって同じコトができると思われちゃ心外よ、夜ならまだしも。っあ゛ー疲れたー休みたーい>
<だからあたしの出番ってわけ。これ乗ってください>
天津風はその大事な防御の要を、ひょいっと無造作に放り投げた。
不可解に思える行動の答えは、宙のシールドが示す。表面が上下左右に分割、スライドして拡張すると共に内蔵されていた水平翼と垂直翼がジャキンッ!と鋭く展開して着水。変形したシールドはぷかぷか海上に揺蕩う小型ボートになった。
ボートなので当然、航行機能がある。表面積が増したおかげで安定して浮かぶそれに、質量制御で普通の女の子としての体重に切り替えた川内が乗り込むと、すぐさま後部スラスターが起動、最新鋭軍用高速ボートにも劣らない速度で前線から離脱した。このまま艦隊後方へ向かい、明石に修理してもらうのだろう。
道中で、シールドボートは同型のそれと擦れ違った。つい先ほど別の負傷者を後方へ送り、サウスダコタ達に補給物資を届け、帰ってきた二枚目だ。天津風はボートに変形できてビームの反射もできる大型シールドを、二枚同時運用できるのだ。
シンのMSの影響を強く受けて発案されたものが、この機能だという。
といっても此方はMSの武装の完全再現ではなく、複数の原案を一つにしたと言った方が適切か。最初の乗機であった【ZGMF-X56S インパルス】のシールド展開機能と、一時的に預かっていた機体のシールド自律飛行機能、それにこの世界での響鳳事件の報告書――明石が軍用高速ボート上で動けない響鳳を応急修理した一幕だ――から着想を得て、それぞれを掛け合わせ完成したものがこの大型シールド、通称リカバーシールドなのである。
戦場にいながらにして負傷艦娘の応急修理や艤装の調整、自律航行機能による戦線離脱や補給物資運搬を可能とする、対実弾も対ビームも備えた鉄壁のツインタワーシールド。自身が戦い勝つことよりも仲間を護り助けることを重視した支援特化。これが天津風改二という艦娘の本領だった。
一昨日の模擬戦で彼女と交わした会話を思い出す。
『昔と違って今はこんなにも戦力が充実しているんだもの。だったら大事になるのは後方支援よ。前線は任せるわ』
『天津風……』
『ちょっと、なんで貴女がそんな顔するのよ。別に一人で戦う力を手放すわけじゃないわ。要は役割分担、エースは後ろを心配してないでエースの仕事をしなさい』
何故、という問いに当たり前のように答えた少女に、響は純粋に尊敬の念を抱いた。
実は木曾もそうなのだが、元は純粋な戦闘型なのに自ら支援型になれるのは凄いことだと思う。そうそう簡単に決断できることじゃない。少なくとも、仲間を護れるよう敵を倒せる力を求めた自分や夕立には到底真似できないことで、今なら彼女達の重要性と偉大さが痛いほどよくわかる。
ならば、期待に応えなければ。金剛達の指揮だけでなく、背中を支えてくれる彼女達のそれにも。
この身には沢山の想いが込められている。
だから。
「こちらキラ。指定ポイントβに到着しました。指示を」
<Nice timing! そのままヤッちゃってくだサーイ!! GO GO GO!!!!>
「了解。いくよ、響」
「Да。エスコートありがとうキラ。行ってくる」
自分がやるべきことを全力でやろう。
ハイテンションな実行命令を受け取れば、急激なGが掛かり、身体が彼の太腿に押しつけられた。機体が地球の重力に抗って上昇しているのだ。無意識に少女の右手は、操縦桿を握る彼の右手に重ねるようにして、ぎゅっと掴んでいた。
眼前のメインモニターに映る濃紺は瞬く間に蒼に。そしてここ最近で聞き慣れた駆動音、幾つかの金属パーツが道を譲るかのように退き、本物の蒼穹が視界に広がる。久々に受ける海風を全身に感じて、蒼銀の長髪を靡かせて。
艤装転送、戦闘態勢。少しだけ振り向いて、白の軍服を纏った青年と共にコクリと頷いて。さぁ、一歩前へ。
「……そういえば、こういうのって意趣返しって言うのかな」
これまで深く深く潜っていた海から飛び出した【GAT-X102 デュエル】、その解放されたハッチから飛び降りる。一転、さっきとは逆に重力に身を任せた自由落下。
金剛達の作戦によって手薄になった敵艦隊ド真ん中、ポイントβへ。
奇襲だ。
かつて自分達を死の一歩手前まで追い込んだ【軽巡棲姫】の戦術を真似て。手始めに、ちょうど真下にいた【駆逐林棲姫玖型】に着水がてら大型斬機刀グランドスラム改三の縦一閃をお見舞いしてやった。
「さて、やりますか。……Ураааа!!!!」
両腕を切断され絶叫する【姫】に負けじと、吼える。
海に舞い降りた響改二の全砲門と、空に舞い上がったデュエルの全砲門が、突然の敵の出現に浮き足立っている深海棲艦達を滅ぼすべく火を噴いた。
《第36話:反転の始まり》
今作戦の最終目標は、台湾北部に落着した巨大隕石内部にあると思われるNJの停止または破壊、そしてC.E.の技術を取り込んだ深海棲艦【Titan】と敵性MSの全滅である。
時刻は12月11日の8時。
10日早朝に福江基地から出撃して既に丸一日。内訳としては、およそ18時間かけて沖縄近海を制圧、沖縄本島の港を整備しつつ迎撃戦で夜を明かし、日の出と共に進軍再開して今に至る。
作戦第三段階。強力な深海棲艦の拠点となっている石垣島を解放し、橋頭堡とする。金剛率いる連合艦隊は制圧したばかりの宮古島を背に、敵防衛ラインを突破するべく全力攻撃を仕掛けていた。
<石垣島陸上に【集積地棲姫参型】及び【リコリス棲姫】を視認! 対地戦闘用意!!>
<我々の出番だな。陸奥、阿武隈、この長門に続けぇッ!!>
<赤城、加賀の隊は対地攻撃隊をCover! 由良の隊は対潜対空を厳にお願いしマース!!>
<っ、こちら霧島! 石垣島北方に【軽巡棲姫】! やっぱり生きていやがりましたね。それと【戦艦棲姫弐型】に……未確認の新種の【姫】級と思しき艦影も発見。その三隻が部隊を率いて……方位0-3-2、デュエルの方へ直進しています>
現座標から隕石付近までは移動だけで約8時間かかる見込みだ。
皮算用になるが、敵の攻撃はますます苛烈になるばかりで、これから石垣島を開放して自軍の態勢を整えることも鑑みると、どんなに順調でも攻略まで更に丸一日かかる計算になる。つまりトータルで最低二日間はぶっ続けで戦闘するということだ。
二日間というのは艦娘達の常識からすると吃驚仰天するぐらい短い。過去の大規模作戦では、この台湾海域解放作戦と大体同じような航行距離と戦力差の作戦でも、短くて週単位、長くて月単位でじっくり攻略するのが通例である。だというのにたったの二日か三日にギュッと圧縮して全てを終わらせるつもりのこの作戦は、非常識にハイペースで過密であるということ。
そうしなければならない必要性に駆られての電撃強襲作戦なので仕方のないことだが、少女達の顔には早くも、ほんの少しだけとはいえ疲労の色が見え始めていた。それは、この絶好調な快進撃もほんの何かの拍子で容易く瓦解する可能性が小さくないことを示している。今はまだ何も問題ないが、強敵の出現や狡猾な罠で進軍が滞った時、少女達が自らの過労を自覚した時こそ、危ない。
故に、エースが挙げる戦果は重要だ。
ダメ押しの一手。これまで温存してきた切り札を一気に投入して優勢を確実なものにする。
「……そろそろ頃合いっぽい。夕立も出るよ」
「わかった。10秒後にハッチ開けるね」
「戦いはこっからが本番。キラさん気をつけてね。何が出るかわからないっていうか、こう、肌がピリピリするもん。なんかヤバいのが控えてるっぽい」
「僕も感じてる。向こうだってもう後がない、ここを突破される前に必ず動きがあるはずだ」
そのために響と夕立の二人は、沖縄から再出撃してからずっと、キラが駆るデュエルに同乗していたのである。三人でずっと海中に潜み、敵に発見されないよう細心の注意を払ってゆっくり指定ポイントまで進んできたのだ。
結果的に一石四鳥の選択となった。
一つ。切り札とは、敵に直接的な有効打を与えるだけじゃない。潜在的な脅威として敵の戦術に多くの制限を強いることができるものだ。現に金剛達に優勢は、昨日あれだけ暴れ回ったというのに今日はまだ姿を見せていない響達を深海棲艦達が警戒していたせいで動きが鈍っていたから、というのも要因として大きい。
二つ。また切り札とは、使い所を間違えてしまえば敵に全力で逃げられてしまうものだ。仮にデュエルが隠密行動せず、素直に連合艦隊後方から出撃した場合、まず間違いなく敵に逃げられ迎撃できるだけの猶予を与えてしまっていただろう。迎撃されようともキラのデュエルと響には当たらないだろうが、二人は強力であるが故に燃費が悪いので、どちらにせよ宜しくない展開であることに代わりはない。
三つ。的確な奇襲によって、本隊が総力を挙げて強敵に挑む頃合いに合わせて、周辺の雑兵を一掃することができた。通常の艦娘ならかなりの人数と弾薬と時間をかけなければならない敵集団を、響とデュエルだけで、たった数分でだ。しかも【鬼】と【姫】を一隻ずつ矢継ぎ早に沈めるという望外の戦果も挙げられた。海中からの奇襲が功を奏したのだ。
四つ。以上の戦果のおかげで、まだ待機させておきたかったであろう敵の増援を釣ることができた。【軽巡棲姫】と他二隻の【姫】級は、出現位置からして本来であれば連合艦隊本隊を奇襲するための戦力。それだけ深海棲艦側は切羽詰まって後がないということで、今討ち取ることができれば作戦成功確率はぐんと上昇する。
ここが勝負所。一石四鳥を五鳥へ。
つまりは、
「強いのに狙われたら無理しないで下がってね。提督さんっていうか上のヒトはこの一回で終わらせたいんだろーけど、現場は命大事で動かなきゃ」
「無理そうだったらそうするよ。夕立ちゃんも気をつけて」
「ぽい! 素敵なパーティー楽しんでくるっぽーい!」
時間差での夕立の参戦である。
先ほどの響と同じようにデュエルのハッチから躍り出し、艤装転移、戦闘態勢。既に味方の艦載機達が放ったミサイルと焼夷弾によって文字通り火の海となっている戦場へ、黄金の長髪を太陽光に煌めかせながら落ちる少女は不敵に嗤う。深海棲艦からすればまさかの増援、悪夢そのものだった。
自由落下に身を委ねつつ夕立は、己の目で倒すべきターゲットを探す。アイツのためだけに自分は此処にいる。果たしてすぐに、遙か彼方の水平線上にソイツの姿を見つけることができた。石垣島北方沖からデュエルを目がけて、単艦でまっすぐ突っ走ってきている。相変わらずの執念深さ、なんともまぁ元気なことだと思った。
まずは自身の存在をアピールするために、せいぜい派手に暴れてやろう。
「これは挨拶代わり!」
空中で両大腿部500mm径3連装対艦ミサイル発射管と両踝部61cm連装マルチランチャーの安全装置を解除、ターゲットの予想進路上へ斉射する。
当たらなくていい、命中弾には期待せずにひたすらバラ撒く。放たれた短距離誘導ミサイルも長距離無誘導ロケット弾も焼夷弾もそれぞれバラバラにすっ飛び、なんとなく別の深海棲艦達に命中したり、無意味に水柱を上げたり、豪勢に燃えたりと無秩序に戦場を彩った。
着水。同時にスラスター全開。背部艤装両弦に接続された旋回式高出力スラスターユニットが唸りを上げ、夕立の船体を即座に65ノットまで加速、燃えさかる炎のカーテンの中へ突っ込んでいく。自身の視界にプラスして、データリンクで直上の偵察機の視界を拝借、短距離レーダーと組み合わせて周辺の敵を補足。
ターゲットと接触するまでただ突っ走るだけ、なんて芸のないことをしてやるつもりは毛頭ない。
「魅せてあげる、もっと改修して強くなった夕立の力! ケルベロスな見た目は伊達じゃないっぽい!」
オマケを持っていけ。
突っ走りながら、夕立は三つ首の魔犬になった。両の肩甲骨辺りから延びた一対の多重関節式アームが駆動、長い蛇腹の先端ユニットに格納されていた57mm高エネルギー連装ビーム砲がせり上がり、上部の双眼型アクティブセンサーが輝いてはギュルンと有機的に砲身を旋回させ、各々別の敵を正確に射貫いた。
あからさまに犬みたいなデザインをしているわけではないが、いつもの前傾姿勢で走る少女の頭の左右に獰猛な大型犬の頭があるように見える様は、まさしくケルベロス。高威力の割に低反動なビーム兵器だからこそ実現した、柔軟で自由自在な射界と高精度の照準を両立する乱戦特化の新装備。改三の標準装備だった57mm連装ビーム砲を、響改二のフレキシブルアームを参考に再改修、最適化した結果の代物だった。
加えて両手に携えたサブマシンガン型短10cm単装速射砲の制圧力。火の海を疾走しながら四方八方にビームと実弾の雨を降らせ、撃墜スコアを更新していく――
「!」
――ぞくりと、重苦しく鋭い殺気を感じた。
アピールの効果アリ、釣れた。
ターゲットも夕立の存在を察知した。ヤツの進路と速度はそのまま、しかし獰猛な気配の矛先を明らかに変えてきた。無言の宣戦布告だ。ならば礼儀とばかりに少女も口の端を大きく吊り上げ、快活な殺気をお返しする。
炎と絶え間ない水柱のせいでまともに先を見通せない海上を、二人は互いを目指して直進していた。現時点での彼我の距離はおよそ5km。参考までに、通常の艦同士が35ノット、相対速度70ノットで進んだ場合、接触まで2分かかる距離だ。
2分なんて悠長すぎる。ありえない、やってられない。
自分も相手も通常じゃない。夕立は65ノットで、敵は前に戦った時とほぼ変わらない100ノット。となると相対速度は165ノット、実際は接触まであと1分。
だがしかし、此方にはまだ隠し球があった。まだ最高速度に達していない。もっと加速することができる。
「こちら夕立、あと30秒で接触するよ」
超えてみせよう、100ノットの壁。スラスターの第一次臨界点まであと5秒。
師弟対決でお披露目した秘密兵器の出番だ。両手のサブマシンガンを腰に懸架し、滑走しながらクラウチングスタートのような姿勢へ。
水中翼展開。靴に備え付けられたPS製可変ウイングが展開し、水中に没する。するとベルヌーイの定理に従って水の抵抗がそのまま浮力に変換、身体がほんの少しだけ宙に浮いた。水中のウイングを支点に、艦が、宙に浮いた。
ついで背部艤装から空力制御用の翼型スタビライザー展開、高速走行中の姿勢を安定化。そしてスラスターが第一次臨界点に到達、ブースター起動。ジェットエンジンさながらの轟音を響かせて――
まるで瞬間移動かと錯覚する程のスピード。
「――ぉお、りゃあー!!」
追加のミサイルと焼夷弾を前方へ撒き散らしながら、猛禽類の如く海上を滑空する夕立。その最高速度は実に150ノットに達していた。
流石に航空機には遠く及ばないが、駆逐艦が出していい速度じゃない。というか、ほんの2週間前まで艦娘の最高速度は40ノット程度で、それはスクリューを推進力とした船の限界点でもあったというのに。
デタラメだ。しかしオカルトではない。きっちり再現性のある科学の組み合わせによる結果だ。浮力をウイングに託すことで船体への水の抵抗を極限まで減らせる水中翼機構を採用したうえで、特別製の超伝導電磁推進機関を噴かし続けて溜めたスラスター圧により意図的にフラッシュオーバーを起こし、一時的に出力を増強させて二段加速したらこうなる。たったそれだけのことだ。
これが秘密兵器。
革新的なスピードで炎のカーテンを抜けて視界が開けると、すぐ目の前に、今頃こっちの存在に気付いた戦艦レ級がいた。目にした現実を信じられずに硬直していた。ある意味正しい反応だった。
「邪魔ッ!」
MMI-558X1テンペスト改ビームソードを起動、右腕ガントレットの先端から金色の実体剣が伸長する。諸刃の縁に沿って発振された高出力ビーム刃で、イカれた速度を微塵も緩めないまま擦れ違いざまの二連撃。ついで両肩の連装ビーム砲で追撃し、瞬殺する。
接触まであと5秒。650m。
ターゲット――黒き仮面の美女【軽巡棲姫】も今のレ級とのやりとりで、夕立が炎と水柱に紛れていつの間にか至近距離まで、それも予想を超えたデタラメな超スピードで近づいてきていたことに気付いたようだ。やはり驚愕したようなリアクション、仮面の奥に動揺の色が見えた。
ただ先ほどの間抜けなレ級と異なり、元々デュエルを目がけてまっすぐ全力疾走していた彼女なのだから、既に臨戦態勢。右手で抜いたビームサーベルを振りかぶり、夕立の速度に惑わされず距離とタイミングを測っているように見受けられた。
そりゃそうだ。本来なら2分の距離を30秒に短縮しただけでは、驚かせることはできても完全な不意討ちは不可能。急接近しようが姿が露見して5秒もあれば、歴戦の猛者なら心構えができる。彼女は夕立がどれほどデタラメな存在か知っているのだから、尚更反応が速い。
ふと妙な感慨が湧いてきた。彼女と死闘を繰り広げたのは、もう一ヶ月も前になる。あれ以来行方知れずだったが、やはり生きていた。生きて、再び相見えた。お前を討ち取るのはこの自分だという想いを互いに秘めていると、理由もなく確信できるような錯覚。これが運命というのなら、今ここで決着をつけよう。
いざ尋常なる勝負を。言葉を交わす猶予もなく、片やテンペスト改ビームソードを、片やビームサーベルを構えて、相対速度250ノットで二人は正面衝突――
「なんて」
「!?」
「するわけないっぽい!!」
――する前に、夕立は水中翼を格納し、スラスターを逆噴射させた。浮いていた両脚が海面に接して、全身が軋むような凄まじい抵抗が生じる。
要は急ブレーキ。これまで蓄えたスピードという名の運動エネルギーを自身の船体で受けとめ、踏ん張った。無論、ブレーキしたからといってこの短距離ではほんの僅かに減速しただけ、まだ勢いは残ってて完全には止まれない。だが、たったそれだけで良かった。
当たり前の物理現象として発生するは、巨大な白波。
それを、【軽巡棲姫】はまともに浴びせかけられた。莫大な水圧に押され、態勢を崩され、すれ違いざまに振り抜こうとしたらしきサーベルは、身をかがめた夕立の右肩を浅く焼いただけで虚しく過ぎる。逆に夕立はブレーキしても殺せなかった勢いのまま交差する瞬間にビームソードで敵の右脇腹装甲を裂き、本命、左腕ガントレット先端から伸長した対装甲貫入炸裂刀マインブレードを傷口に力いっぱい叩き込んだ。間を置かずマインブレードの刀身をパージ。あとは慣性の法則で、二人の距離は離れていく。
ここまでがほぼ同時に起こったアクション。
ここまでの全てが、夕立の計算通りだった。
計算とは、味方の艦載機達がミサイルと焼夷弾を放って周辺を火の海にしていたことも含める。あらかじめそうしてほしいと要請したのは、他の誰でもなく夕立なのだ。自身の接近をギリギリまで敵に悟られないよう、炎と水柱を隠れ蓑として走るために。この戦場に【軽巡棲姫】が現われたらきっと、情念深いあの女は間違いなくデュエルか響か夕立を狙うだろうと見当を付けて、確実に討つため事前に用意していた作戦だったのである。
果たして【軽巡棲姫】の行動は誘導され、視界は遮られた。不意を突いて至近距離まで近づいていた夕立を発見して、5秒で格闘戦をする心構えはできたが、冷静にはなりきれなかった。レ級を屠ったビームソードを見せつけられて、咄嗟にビームサーベルで応戦することばかりに気を取られた。狙い通りに。おそらく一ヶ月前の戦いの経験で、搦手を使われない真っ向勝負なら勝てると確信し、またその屈辱の顛末を思い出して頭に血が上ってもいただろう、他の可能性を鑑みる余裕がなかった。
もしも彼女があと5秒ほど早く夕立に気付いていたら、悠長に驚愕しなかったら、冷静になりきれていたら、事はこうも簡単には運ばなかった。突進を回避して仕切り直すこともできた筈。しかし現実として夕立のブラフに引っかかり、まともな斬り合いを選び、まともにカウンターを喰らった。
だから一瞬で終わった。勝敗は決した。
マインブレードは、61 cm酸素魚雷10本分すら凌駕するエネルギーを秘めた短剣型の爆弾だ。パージすると刀身が爆発する仕組みで、突き刺した敵を内部から確実に破壊する。並の砲撃や斬撃では倒しきれない【姫】級を破壊することに特化した決戦兵器、それが脇腹に深く刺さったのだから。
爆発。船体の大半が千切れ飛び、見るも無惨な姿。致命傷だ。
「あたしの勝ち。今度こそ、貴女の負け。こうなるのは最初からわかってたことっぽい」
「……マダ、ヨォ……。ワタシハ、ワタシ、ハァ……! アァ、クチオシイ……ニクラシイ……!」
容赦はしない。これで勝ったと慢心して、また生き延びさせてしまっては厄介だ。
【軽巡棲姫】はそのシンプルで安直な名の通り、戦争初期の頃に発見された【姫】である。初遭遇以来、何度も艦娘達の行く手を遮っては討たれず今日まで生き延びてきた非常に稀有な深海棲艦で、今回みたいに致命傷を負わせたと思いきや、ということが何度もあった。もう同じ轍を踏むわけにはいかない。
徹底的にトドメを。地獄の番犬が冥界へ連れて行ってやろう。
ビームを連射。手向けの花の代わりに目一杯撃った。
「最期の相手が川内さんと神通さんじゃなくてゴメンね。……さようなら」
「……! ……、……――」
「……。……こちら夕立。【軽巡棲姫】を討ち取ったよ。ただちょっと無茶しちゃったっぽい、一度撤退するね」
終わった。ひしゃげ砕け散った敵の骸を見送り、淡々と戦果を報告する少女の貌には、どこか哀愁が漂っていた。
これは、あの日の続きだ。運命の決戦やリベンジマッチの類ではない。一ヶ月前のあの日、トラブルで横槍さえ入らなければ夕立は勝っていたのだ。延期された決着を今実現しただけに過ぎない。感慨もない。……筈なのに。
強いて言うなら、口惜しい、だろうか。【軽巡棲姫】の本領は水雷戦隊の指揮と狡猾さにあり、タイマンの決闘は専門外だ。だというのに彼女は自身の付け焼き刃なオーバースペックを過信し、単艦で突出し、挙げ句この様だ。いつもみたいに部下を率いていたのなら、今日も生き延びられていたかもしれないのに。
一人の戦士として、それが心底残念で。お互い全力全開で戦って勝ちたかった、という未練がないと言ったら嘘になる。
そういう苦さが一瞬、少女の胸中に過ぎったのだった。
<お疲れ様です夕立。両脚のダメージが深刻ですね……ストライクが其方に向っていますから、防御に専念してください>
「翔鶴さん、艦載機の支援ありがとっ。サラトガさんも。おかげで作戦大成功っぽい」
<いえいえ、サラの子達がお役に立てたのであれば。それにしてもお見事でした。まるでサムライの決闘みたいで、とっても格好良かったです。Congratulations!>
「侍はちょっと言い過ぎっぽい」
苦さを苦笑に変えて、少女は左手にサブマシンガンを握りなおした。【軽巡棲姫】という因縁ある強敵を倒したからといって、まだ喜ぶことも安心することもできないのだ。
戦闘は続いている。まだ終わってない。
しかしこの脚ではもう戦闘継続は困難だ。あの急ブレーキは地味に無茶で、おかげで船体底部が大きく破損、中破相当のダメージを負ってしまった。夕立はここで一時後退せざるを得ない。しばらくは仲間達に任せよう。
「さぁて、状況が決定的になったよ。敵さんはどう動くっぽい?」
戦闘は続いている。本番はこれからだ。
石垣島の方の攻略も順調に進み、既に後退を始めている深海棲艦もいる。【リコリス棲姫】などの強力な敵の幾つかは、また今回も逃がしてしまうだろう。敵の防衛ラインは突破したも同然で、石垣島の解放は間近だ。
いよいよ敵の本拠地に殴り込みをかけることになる。
こういう時、深海棲艦の行動パターンはおおよそ三通り。一時後退して最終防衛ラインをより強固なものにするか、どこか遠くの海域まで逃げるか、玉砕覚悟で突っ込んでくるか。後退勢が多かったら今後の攻略に苦労することになるだろう。
苦労はするだろうが、問題ではない。
問題は、敵が温存している切り札だ。
台湾方面から向けられている殺気に肌がヒリつく。深海棲艦の巣の中心に鎮座する大ボス並みの気配。そんなモノを放っているヤバいのが、まだ控えてる。ソイツの出方次第だ。
ソイツを初手でぶつけてこないで温存してるということは、何パターンかの企みがあると考えていい筈。連合艦隊はこれから敵の本拠地に乗り込むのだ、それを待っている可能性もあるだろう。
まだまだ全然気は抜けない。
夕立は一刻も早くストライクと合流できるよう、万全の状態に戻れるよう、今出せる全力でゆるゆる後退を始めた。
◇
夕立と同じ懸念を、金剛達は当然としてキラも考え、警戒していた。
「シン、今送った座標を調べてもらえるかな」
<了解、5秒待ってくれ>
敵に温存されている切り札があるとすれば、一体どんな存在だろう。
まだ見ぬ新手の、かつC.E.の技術を取り込んだ深海棲艦の【姫】や【要塞】か。もしもそうであるのなら、失礼ながら言ってしまえば、脅威にはなり得ない。今の連合艦隊なら倒すことができるだろうし、敵もそれがわからない馬鹿ではないと思う。
こういう時は自分達にとって最悪の敵を想定すべきである。
となるとやはりMS。それもこれまで立ち塞がってきたようなC.E.74以前の旧世代機ではなく、量産機でありながらフリーダムやデスティニーに匹敵する新世代機、GRMFシリーズだ。あれがこの世界に転移してきている可能性は0じゃないと、シンは言っていた。自分達があの隕石と共にC.E.から時空間転移してきた時の戦場には、少数ながらGRMFシリーズも存在していたのだから、これまでこの世界の偵察衛星の記録に映っていなかったからといって除外することはできないと。
ソイツが深海棲艦に使役されて出現した場合、キラとシンが全力で応戦したとしても、連合艦隊の被害を覚悟しなければならない。そういう性能差がある。
敵に温存されている切り札がとてつもない強敵だと仮定して、対策として何をすべきだろう。最も避けたい展開は、ソイツがキラとシンを無視して福江基地や佐世保鎮守府、艦娘達を攻撃しようとすることだ。それだけは絶対に防がなければならない。
ならば今キラがやるべきは、とんでもない強敵かもしれないソイツの最大警戒目標になれるよう誰よりも派手に暴れまくること。切り札を警戒しつつも攻撃を鈍らせず後手に回らないこと。そしてもう一つ、
<……ビンゴ、水深20mに反応。グーンで間違いない>
「ありがとう。今【感じる】のはそれだけだけど……念のため艦隊後方の、佐世保方面の方も頼むよ」
<頼まれた。任せてくれ>
「金剛さん」
<OK、OK。話は聴いていたネー。存分に頼んます!!!!>
現在進行形で存在する明確な脅威を、確実に潰すことだ。
MSの相手はMSの役割、少女達に襲いかかる敵性MSを排除するべく戦場を縦横無尽に駆け回るキラは、シンと金剛の声に応えながら忙しなく、しかし流麗な手際でデュエルの操縦桿を操作する。
褪せたオレンジ色が目をひくゴチャついたコクピット内。上部からアームで吊り下げられた正面モニターユニットには、遮二無二にビームを連射する漆黒色の【GAT-02L2 ダガーL】の姿がどんどん大きくなるや否や、ライフルを保持した右腕が斬り飛ばされていく様が映った。
しかし、キラの意識は既にそれに向けられてはいない。
注意すべきは海中。そこにいる敵。自機のレーダーでは捕捉できない驚異、その輪郭を彼は感じとっている。急いで対処しなければ。
「っ」
だが先に自機周辺の敵を。
シールドを掲げて後退するダガーLの懐へ潜りこみ、左手に握ったサーベルで刺突。ついで斬り上げて機体を反転、振り向きざま流れるようにサーベル縦一閃、モニターに弾け散る荷電粒子の残光が映った。【Titan】が撃ったビームだ。
敵ながら今のは良い照準とタイミングだった。日々学習と進化を重ねているらしき【Titan】は、最初期に遭遇した個体よりも遙かに判断力と戦闘力が増していて、既に旧ザフトのザク乗りとも遜色ない。仮にこの個体が最初から存在していたら佐世保は壊滅していたかもしれないとキラは率直に評価した。
だからこそコイツも倒す。再び射かけられたビームを紙一重で躱し、逆に右手のレールガンで確実に頭部と胴体を貫く。これですぐさま対処すべき他の高驚異目標はいなくなった。次は遂に――
「――させるか……!」
キラが第六感で察知し、上空で待機しているシンが【GRMF-EX13F ライオット・デスティニー】の高指向性レーダーで確認してくれた海中の敵、【UMF-4A グーン】。以前奇襲された時にあわや撃墜寸前まで追い詰められた強敵だ。
グーンは艦隊を大きく迂回して後方へ回り込もうしていた。【はやて丸】か、此方の拠点を直接攻撃するつもりか。今ここから普通に追跡しようとしても間に合わない、速度が足りない。艦娘達の装備でも有効打の命中は望めない。
ならばデュエルに備えられた新機能を使う。破損したメインスラスターに代わり背部に装備した可倒式機首ユニットが起き上がり、頭部をすっぽり覆った。同時にその両側に接続された大型メインスラスターユニットもポジションを変えてショルダーアーマー上部と合体、するとデュエルは巨大な三角コーンを被ったような格好に。更に携行式大型シールドを胸部中央に固定し、最後に両脚部増設スラスターユニットからウイングが展開すれば、
「こちらキラ、これよりグーンを追撃します。多摩さんと球磨さんの隊は、今送った座標から方位0-1-3にかけて広域爆撃をお願いします」
空気抵抗を極力抑えたフォルム、高速航行形態である。
破損箇所の修復を諦めて魔改造に走った結果がこれだ。ジャンク品の寄せ集めで【ZGMF-X31S アビス】を参考にでっちあげた簡易変形機能とスラスター群なら、直線移動であれば凰呀ストライクと同等の最高速を出すことが可能だ。水中での追いかけっこでグーンに勝てずとも、同じ土俵に上がる必要はなく、高速飛行すれば容易に直上まで追いつける。
フルスロットル、スラスター全開。海面スレスレの低空飛行で、付近の艦娘達が放ってくれた対潜短魚雷や音響探査式自走機雷により進路妨害されたグーンの直上まで迫る。海面に滲む黒い巨影が見えた。
ここまで追いつけてしまえば。
一度急上昇、敵の回避行動を予測した未来位置に狙いを定め、ウイングを格納、
「計算上は、問題ない筈だけど……っ!」
猛禽類の如き急降下で海へ飛び込んだ。
高速航行形態は同時に、水中航行形態でもあった。先日の対グーン戦を教訓に用意しておいたものだが、しかし実は今やったのような高速の飛び込みはテストしておらず、どんな不具合が出るかわかったものじゃなかった。案の定、霊子金属製の機首ユニットの耐久値がギリギリであるというシステムアラートがコンソールに表示される。二度目は耐えられないだろう。
しかし、確かに一度は耐えてくれた。明石達が組んでくれた装備と、自身でプログラミングしたOSは正確に動作した。よって導き出されるは狙い通り、モニターに大写しになったグーンの姿。そのイカのようなシルエットは既にデュエルの攻撃圏内。
これでもう打ち止めであってくれと願いながら、キラはトリガーを引き絞る。機首ユニットに内蔵された対潜ミサイルと両手に保持した二丁のレールガンを接射、抵抗させる間もなく見敵必殺、一気に破壊した。水中特化型MS相手には初撃で決めなければ勝率が著しく低くなるため、賭けに勝てて良かったと流石のキラも安堵の溜息を抑えられなかった。
ともあれ無事に撃破できた。あとはこれ以上、水中特化型MSが出てこなければ心の底から安心できるのだが。
(ふぅ……。まさかこの世界にグーンが2機もいたなんて……初めての時、1機だけで本当に助かった)
C.E.の常識で考えるなら、グーンが2機いるのは自然なことではある。なにせ基本的にツーマンセルで運用する機種なのだから。つまりセットで転移してきたのだろう。
シン曰く、台湾に落着した巨大隕石の正体はC.E.のアステロイドベルト出身の小惑星基地らしい。それが時空間転移に巻き込まれたのがよりによって地球の大気圏内、海面に近い高度だったからグーンや大気圏内用大型輸送機ヴァルファウも一緒にこの世界に転移したのだろうと。
一体何がどうなってそんなおかしな事態になったのか想像もつかないが、それに偶然水中用MSが2機巻き込まれただけでも奇跡的なのに、3機以上はちょっと天文学的な確立過ぎる。また状況的に、グーンみたいなMSは小出しにするより多方面同時展開した方が有効的で、なのにそうしないということは。希望的観測は禁物だが、いらぬ警戒を続ける必要性は薄くなったと見ていいか。
<キラさん? どうかしましたか? 応答してください>
「……っあ、ごめん大丈夫です。グーン撃破成功、戦線に復帰します。援護ありがとうございました」
いけない、少し思考に耽りすぎていたようだ。翔鶴の声に応えて、変形を解除して海の上に出た。
途端。
「……ッ!?」
<キラ! 何か来る!!>
「わかってる! 援護を!」
同じモノを感じたシンが叫び、キラは虚空に向けてビームライフルを連射した。
狙いもなにもない、反射的で勘頼りの攻撃。しかも射程外。かつての乗機フリーダムの武装ならまだしも、デュエルのライフルでは出力不足で届かないという、無意味な行動。
大気により減退して霧散しかかった荷電粒子の矢、その一つを対向から飛来した光が貫き、デュエルの肩装甲を掠めて過ぎっていった。そのまま海面に着弾して起こった大規模な水蒸気爆発から、敵が放ったビームの威力を推定する。おそらくZGMFシリーズならサードステージ相当か、それ以上。
だとすれば。
<5機だ! 全員下がれ! 俺達がやる!!>
「金剛さん、シンの言う通り全艦を後退させてください! この威力じゃアンチビーム爆雷も気休めだ!!」
<りょ、了解デース! 全艦全力で後退!! 急いで!!>
来た。敵の切り札。ここからが本番だ。
石垣島制圧を間近にし、本格的な撤退を開始した深海棲艦達を追撃しようとしたタイミングでの強襲、まともにやりあっては連合艦隊全滅の恐れもある。キラとシンの二人で抑えるしかなく、抑えられなければ確実にそうなるだろう。
空から接近してくる気配は5機、再度変形したデュエルの最大速でそちらに向かいつつ、光学センサーを最大望遠。既にミラージュ・コロイドによる光学迷彩を解除してかっ飛ぶデスティニーの先に、ソイツらはいた。例の如く、深海棲艦に侵蝕強化されて漆黒色である。
「あれはセガール! ……それと……?」
<モンド……! クソっ、まだ動けるやつあったのかよ……!>
「モンド?」
ようやく自機のレーダーが捕捉した敵機のうち、3機は【GRMF-03F セガール】だった。
キラがよく知っているMSだ。テストパイロットもやったことがある。旧式【GAT-04 ウィンダム】の後継機であり、C.E.78時点で世界中の主要基地に配備された全領域対応型換装機である。いわゆる旧連合所属のナチュラルパイロット用として開発された機体だが、機体性能および武装出力は【ZGMF-X10A フリーダム】を凌駕する。やはりというか、正直このデュエルでは荷が勝ちすぎる相手だ。
それはいい。高機動パックを装備したセガールは高性能ではあるがオーソドックスな構成なので、やりようはある。
残り2機を、キラは知らない。
デュエルに登録されたデータベースによれば【MPTB-0005A モンド】。モンドとは確か、ヨーロッパ方面の古い言葉で【世界】の意だったか。その正体不明機はまるで騎士のような鎧と、天使のように優美で有機的な翼を備え、オーロラのような光を振りまいて飛行している。
キラは知らないが、シンは知っているような口振りだ。一体どんな機体なのか訊きたいところだったが――
<このォ! さっさと墜ちろ!!>
先行して会敵したデスティニーの剣を躱し、逆に背後に回り込んでビームライフルを撃ったその動きでおおよそわかった。
強い。今のバッテリー仕様【GRMF-EX13F ライオット・デスティニー】の総合性能は、駆動時間もろとも【ZGMF-X56S インパルス】並にまで落としている。だがシンの突撃をああも余裕を持って対処し、反撃できるとなればそれこそ、あのモンドとかいう機体は本来のライオット・デスティニーと同等の性能を秘めているのかもしれない。
なんにせよ、此方の機体より高性能な敵が5機も来た。下手をすればキラとシンすら揃ってやられる。
後先考えずに本気で挑まなければ。
「セガールは僕が引き受ける。シンはそっちを!」
<ああ、油断すんなよ!!>
極限まで集中。すると何かが弾けるような感覚が、体の内に響く。
響き、やがて体という殻を破り外へと広がったその波紋が、キラの意志そのものを乗せて世界に浸透していくような。ひどくクリアーに世界の構成物質の一つ一つすら知覚できるような。そういった慣れ親しんだ感覚に眇めた瞳は、全ての光を貪欲に飲み込むような闇に似た、生気を感じられない紫晶色。
敵の気配を感じるだけじゃなく、戦場全体の動きを完全に掌握できるような全能感で、シンも同じく本気を出したことも察知できた。
だから、
「っチィ!」
まるで、とか、錯覚、とかの速度の比喩でなく。本当に瞬間移動してきたモンドの攻撃に紙一重、反応することができた。
ただのサーベルの一閃で、変形解除して構えたデュエルのシールドが両断された。
◇
全艦後退、それが総旗艦金剛から出された最優先命令。
しかし今ここで後退はできないと、グランドスラムを正眼で構えた響は、昂ぶった心を鎮めるように深く長く息を吐いた。隣に洋式サーベル型の愛刀を抜いた木曾が並び、
「ま、仕方ねーわな。オレ達で抑えなきゃいかんか。榛名、ここは踏ん張り所だぞ」
「そのようですね。響と木曾は前衛をお願いします。瑞鳳はストライクで敵モビルスーツに、鈴谷と瑞鳳は共に【戦艦棲姫弐型】へ攻撃を集中。では金剛お姉様、そういうことですので」
<まったく……無茶する妹を持つと苦労しマース。ならできるだけ火力支援しますから、絶対に無謀な真似だけは厳禁デスからネ!>
後方で榛名と瑞鳳、鈴谷が砲を構えた。徹底抗戦だ。
目前に敵艦隊がいる。前衛に未確認の新種の【姫】が一隻と、ビームサーベルや大型シールドを構えた重巡ネ級や軽巡チ級など。後衛には【戦艦棲姫弐型】率いる空母部隊。彼女らは【軽巡棲姫】と共に石垣島北方から出撃した増援部隊である。そこへ背と両脚に航空機のような翼を備えた敵MS、【MVF-M11C ムラサメ】が颯爽と合流してきた。
おそらく【榛名組】も敵増援部隊も、互いに互いの足止めをせねばと思っている。互いの陣営の動きが、それを余儀なくさせている。相手を自由にしていたら自艦隊に大きな損害が出るに違いなく、だから殿として相手の足止めをと。
こんなことをしている場合じゃないのにと、響は臍を噛みたい思いだった
「さっさと片付けるぞ。響、合わせてやるから好きにやれ」
「助かるよ。じゃあ、そうさせてもらおうかな」
上空を見ればキラ達が新手のMS隊と戦い始めたところだった。
あの二人が全艦隊に後退を促すということは考えるまでもなく強敵ということで、つまり海上に自分達がいると足手まといで邪魔なのだ。悔しいが、こればかりは覆しようがない。早く倒して自分達も後退せねば。
腹を括る。交わした目線で突撃タイミングを合わせる響と木曾。
長らくご無沙汰だったが、榛名達の艦隊の前衛担当といえばこの二人、コンビネーションには自信がある。それは二人の航行速度や攻撃手段が大きく変わった今であっても、変わらない。やることは同じだ。
「いくよっ……!」
「応!」
スラスターを噴かして響が真っ向から突撃。その後ろで木曾は両大腿部にマウントされた小型兵装ユニットを分離しつつ、全身にゴテゴテ盛ったポッドからバカみたいな数のミサイルを放った。
こうして火蓋は切って落とされた。上空のキラ達に続いて、海上の響達も強敵へ挑みかかったのだった。