第四十九話 パーソンズ・アイ
「オーブ派遣軍司令官、ユウナ・ロマ・セイランだ」
「同じく旗艦タケミカヅチ艦長、トダカ一佐であります」
タケミカヅチ艦橋に足を踏み入れたネオを、二人の指揮官が迎え入れた。
ユウナのほうは鷹揚に微笑を浮かべ、トダカのほうはネオの異形のマスクにうろたえるような表情を見せながら。交互に握手を交わす。
「遠路はるばる、よくぞおいで下さいました」
ネオとて、連合の部隊を預かる指揮官である。だが相手は一国の代表、それに準ずる存在だ。その辺はちゃんとわかっているから、最初から高圧的に出るようなことはしない。
「さっそくで悪いのですが……戦力のほどは?」
「ええ。トダカ一佐」
「艦隊といっても、わずか数隻の──これでも、我軍としてはぎりぎりだったのですが──ものですから、
けして十分とはいえませんが……。空母1、戦艦2。その他補助艦4。MSがM1、ムラサメ合わせ20機ほど」
「いえ、そんな。うちも似たようなものですよ。オーブの派兵に感謝いたします」
カーペンタリアの近いオーブとしては、これだけの艦隊を動かすのもびくびくものだっただろう。
素直に感謝の意を、ネオは述べる。
「それで、相手は例の『ミネルバ』、『アークエンジェル』とのことですが……?」
「はい。その件で早速ですが、作戦の打ち合わせなど───……」
トダカの問いに頷き、ユウナのほうを向くと、彼は黙って頭を振る。
そして、頭を掻いて苦笑交じりに彼に言った。
「生憎と、作戦その他軍のことは殆ど、トダカ一佐に任せておりましてね」
「ほう?」
「私は政治家です。こうやって乗り込んできたのもお飾り的なものにすぎません。
なにぶんそういうわけで素人ですから、なるべく口出ししないようにしているんですよ」
「なるほど。よい心がけです」
「いやいや、当然でしょう」
少なくとも、なにかにつけて口出ししてくるうちの上司とは大違いだ。
心底、ネオはそう思う。
思いつつ改めて、トダカに向き直る。
「ではトダカ一佐。お願いします」
「ええ。ではこちらに」
「……?」
海図の表示されたパネルのほうへと案内されながら、ネオは目撃した。
ほんの一瞬、ユウナとトダカがなんらかの意図をもったアイコンタクトをしているのを。
なにやら、こちらには言えない考えがあちらにもあるようだ。
用心しておいたほうがいいかもしれんな。
自国の守りのみにしがみついている臆病者たちだと思っていたが、なかなかやっかいな、食えない相手なのかもしれない。
彼らを心中では侮っていた自分に、ネオはそう言って認識を改めさせるのだった。
──さて。
「ネオはオーブ軍との折衝で向こうの艦にお出かけ中、ザフト艦とぶつかるまでは余裕もある、と」
二人組の兵士たちが談笑しながら歩いていったのを見送ってから、ブルーの変わった髪色の少年──アウルはひょっこりと曲がり角から顔を出した。
左右確認、接近する人影、なし。1ブロック先まで走ってから、二人の「連れ」に手招きする。
気分は某探検隊。だがクルピラもズォン・ドゥーも艦内だからいるわけもない。
「これってつまり、チャンスってやつ?」
「ま、そういうことだな」
「……」
続いて、緑がかった髪を持ち上げた少年。さらに金髪の少女。
スティング・オークレーにステラ・ルーシェ、いささか軍艦には似合わない三人組が通路の角に隠れつつ周囲を窺う。
一応彼らも、れっきとした連合の軍人である。
『エクステンデッド』───、そう呼ばれる、身体能力を強化した兵士達。
そんな彼らがこそこそとなにやら悪巧み(?)をしている理由、それは───……。
「お、あれだ」
「やっりぃ、丁度だれもいねーじゃん」
隔離されたように人気のない、艦内の一角。
これより先への立ち入りを禁ずる、簡単な細いロープによる仕切り。
「こりゃ……会えそうだな?」
「うーっし!!一体どんなやつか見ものだな!!」
「……アウル……声、大きい……」
その先にいる、未だ知らぬ同僚のパイロット。
紫色のフリーダムとジャスティスの操縦者たちの顔を、アウルは純粋な少年らしい好奇心から、スティングは強い者への興味・あこがれ、あ、ステラは二人になんとなくついてきただけだが……それぞれの理由から、一目見るためであった。
──お仲間らしいし?ここの先輩として会って顔見る権利くらいあるんじゃねー?──
そうはじめに言ったのは、アウルである。
言いだしっぺということで、見つかってネオに怒られた場合には、残りの二人に対する賠償(食堂のおごり)を含み、彼が全責任をかぶるということになっている。
「暗証番号は?」
「……4……1……2……6……」
二人のパイロットがいるであろう自動扉前の、テンキーの前に三人集まり最後の関門突破を試みる。
予めアウルが係官の指先を盗み見て書きなぐった数字を、ステラがぽつぽつと読み上げた。
「よし、これで」
「さあ……ご対面といきますか」
ロック解除を告げる電子音とともに、自動ドアが開いていく。
三人は足音を殺して、室内に足を踏み入れた。
「どうだ?ニルギース」
「ああ、悪くない。……どうやら、身体が覚えているようだ」
ディオキアを出航したアークエンジェルの、格納庫。
ここではアスラン立会いのもと、ジェナスとセラによってニルギースのアムジャケットの試着が行われていた。
「不思議なものだ……随分、自然に身体に馴染むようだ」
白とモスグリーンを基調としたジャケットを、ルビーのように紅いクリスタル状のアーマーが覆う。それは肩にマウントされた剣も含め、凶悪なデザインであった。
「バスタードソードまであったのは驚いたけどな……。動くのに問題なければ、それでいいだろ」
やはり修復・再構成されている───、セラと軽く目線を交わし、同じ意見の彼女と無言で頷きあう。
「大丈夫なのか?やはり記憶がないというのなら……」
「いや、問題ない。この分ならおそらく、戦い方も身体が覚えていよう」
気を回すアスランだったが、ニルギースはやんわりと断った。
「戦っていて思い出すこともあるだろうし……無理はせん。だからやらせてくれ」
「しかしだな」
「アスラン、ミネルバから通信!!マリューさんがブリッジにあがってくれって!!」
「あ?」
「あー、わかった。今行く。……いいだろ、頼むから無理はしないでくれよ」
キャットウォークからのキラの声に、溜息、ひとつ。
キラの声に中間管理職の悲哀を後姿から滲ませながら、アスランが立ち去っていく。
これで『フェイス』、一応隊長として、なかなか忙しいのである。
「……ま、海上で飛行できる装備もないし、当分はモトバイザーでの支援たのむな」
「ああ」
そういえばニルギースが生身以外で銃を使って戦うところをみたことはなかったな。
彼が射撃主体のモトバイザーを使うというのが少し、変な感じがした。
同時に射撃が得意で、バイクを愛用していた相棒のことがふとジェナスの頭をよぎった。
彼もまた、この世界にきているのだろうか。
きているのならば一体、どこにいるのだろう。