第七十八話 リザルト
既に彼は、その部屋の主ではなかった。
『議長。地上の部隊から届いたベルリンの映像、編集が完了致しました』
彼を意のままに動かす者がいる。そしてそれは、目の前の女性士官ひとりではなく、幾人もの組織となって確かにプラントという国家に存在している。
「……わかった。会見は明後日にセッティングしてくれ。その席で“プラン”を発表する」
『はっ』
気の進まぬ彼とは対照的に、赤服の女軍人は口元を満足そうに歪める。
その不敵な表情が、デュランダルの癇に障った。
「いよいよですな」
「……本気で受け入れられるとでも思っているのかね?あのような机上の空論が」
「受け入れさせてみせますとも。すべてはラクス様の導く、融和した世界のために」
彼にヒルダの言葉を跳ね除けることは敵わない。
それはけっして、彼女の右手に銃が握られているからでも、自身の命が惜しいからでもない。
人質は、彼ではなく。またラクス・クラインでもなく。プラントそのもの。
(───『クレイモア』)
異世界の技術であるという、物騒な代物。
それらによって、地球上のロゴスメンバーが全て抹消された。
彼を監視する彼女からだけでなく、ザフト軍正規のルートからもその情報は既に届いている。
罪のない国民達を、彼らと同じ末路に向かわせるわけにはいかない。
(今は、まだ)
従うより他にない。
この状況を打開する、その準備が整うまではまだ。
(……ラクス、ミーア)
彼らが頂くべき対象として崇める、一人の少女。
そして、その影武者として用意された、同じ顔を持つ“妹”。
(どうか、彼らに。正義を)
それらこそが、デュランダルに──いや、プラントに残された切り札であった。
『あ……あぁ……っ、あっ……!!』
「ステラ!!気を確かにもつんだ!!ステラ!!」
一度落ち着いた少女は、再び震えていた。
ミサイルの雨に怯え、降り注ぐビームの束に恐怖する。
力を失っていたデストロイの両眼が、鈍く光を取り戻す。
「ステ……くっ!?」
「なにやってんのよ、あの馬鹿バクゥ部隊は!?」
今までやられた仇とばかりに、その弾幕はあまりに濃密だ。
これではせっかく戦いから切り離したステラの意識も、無意味になってしまう。
呼びかけながらも、シンは必死にミサイル群を撃ち落し、ビームをシールドで防ぎステラを守り続ける。
だがとても、手が足りない。
「このままじゃ……やめてくれぇっ!!」
シンの懇願は、聞きいれられない。
ただ目の前の敵に怒りをぶつけるだけのMS隊が攻撃をやめることはない。
たった一機でこの数のMSの攻撃から、デストロイの巨体を守りきれるはずもない。
下手をすればこちらまで敵とみなされることだってありうるのだ。
「……シン!!あたしをあの子のとこに下ろしなさい!!」
「はあ!?何いってんだ、今冗談を……」
「冗談なんかじゃない!!あたしがコックピットからあの子連れ出から!!」
「な、馬鹿!!無茶言うな!!危険すぎる!!」
外はビームとミサイルで、アリの這い出る隙間もない状態だというのに。
生身で出て行って、無事で済むわけがない。
「あんた、あの子助けたいんでしょ!?だったらさっさとこんなところから避難させないと!!」
「わかってるけど!!でも!!」
ビームブーメランを投げ、ミサイルを数機、同時に撃墜する。
「はやくしないとステラだって、また暴れ出しちゃうわよ!?」
「わかってるって!!でもできるかよ、そんなこと!!」
それは、ルナに死ねにいけというようなものだ。
彼女を助けたいのは自分であって、その我侭でルナを危険に晒すわけにはいかない。
せめてもう少し、弾幕が弱まれば。
「くそ……ステラ!!」
『諦めるんじゃない!!シン!!』
シンのカバーしきれなかったミサイルを、光条が撃ち貫く。
「キラ?」
『僕だけじゃない、みんなもいる!!』
ハイマットフルバースト、五門の砲口で、飛来するミサイルを撃墜していく。
そのキラの下では、ニルギースがモトバイザーのガトリングで、ミサイルへと対空射撃を行いつつジャンプ一閃、バスタードソードで切り裂き。
『セラ!!シンとルナマリアを手伝ってやれ!!』
変形し急機動でミサイルを翻弄し、チャフをばら撒くアスランがセラへと指示を飛ばす。そして。
デストロイの巨大な背後に、滝のような分厚い、溢れ出るエネルギーの壁が湧き上がる。
「ジェナス!?」
『はああああっ!!撃!!』
リミッターカバーを外したアブソリュートソードが地面を割り、噴き出すアムエネルギーがビームシールドの要領で、ステラの機体を守っていた。
『ラミアス艦長たちも、あっちの部隊と話をつけようとしてくれてる。……シン』
「は、はい」
『あのMSに乗ってる子は、君が守らなくちゃならない子なんだね?』
キラの問いかけは、どこか確かめる響きがあった。
迷うことなく、シンは頷く。
「……約束、しました」
『そう。なら、守るんだ。僕に出来なかったことを、やってみせてくれ』
シンがキラの事情など、知るわけもない。
だがキラは言いながら、自分の守れなかった、赤毛の少女を思い浮かべていた。
「……はいっ!!ルナ、やるぞ!!」
「ええ!!」
再び、デスティニーをデストロイのコックピット側へと密着させる。
誰も、彼女を傷つけないように。
ビームシールドを展開し、コックピットを覆うようにシンは機体を密着させた。
怖い。
怖い、怖い。
シン、怖い。
シン、助けて。
ステラは真っ暗になったコックピットで、一人膝を抱えて震えていた。
窮屈なヘルメットは脱ぎ捨て、何度も滴る涙を、ノーマルスーツの手袋で拭う。
「シ、ン……」
会いたい。でも、怖い。
きっと揺れ続けるコックピットの外は、「死」をステラに運んでくるものでいっぱいだから。
一人でいくなんて、できない。
「あ……ぁ……うぅ……」
「泣かないの」
膝に顔を預け、嗚咽する。
どうしよう、どうしよう。
やっぱり、死ぬのは、怖い。
でも今となってはシンの言うように、みんなを「死なせる」のも怖い。
彼女は、突如として聞えた声に顔をあげる。
「なによ、かわいい子じゃない。こんなとこで泣いてたらその顔が台無しよ」
「……だ、れ……?」
コックピットハッチが、開いていた。
そこから見える空は、曇っていたけれど。
コックピットの暗闇に比べれば、驚くほど明るい光をステラに見せていた。
開いたハッチから、覗き込む少女が一人。
「ルナマリア・ホーク。その……シンの、友達よ」
「シンの……?」
戸惑いがちに微笑んだ軍服の少女は、ステラに手を差し出す。
「迎えにきたわ。行きましょ。……シンが、待ってる」
今度は、迷うことのない優しい笑みで。
彼女はステラに手を伸ばしてきた。
「さ、ステラ」
迷いは、あった。けれど、シンの友達。
ならばきっと、シンが信頼できる人だ。
だったら。
ステラは、彼女の手を取った。
ステラとルナを載せ、セラのストームバイザーが離れていく。
「ステラを……頼むな。ルナ。セラ」
あとは、こちらに残された仕事を終わらせるだけだ。
ステラを戦いに縛り付けていた、この忌まわしい機体を破壊して。
「ステラ……君の運命は」
デスティニーが、羽ばたく。
引き抜いたアロンダイトを、正面に構えて。
ルナに肩を抱かれ、ステラが見守る中、黒い巨体へ、大剣を振りかざし急降下する。
「俺が、変えてやるっ!!」
剣は、その勢いを止めることなく機体の中心を貫き。
ステラが収まるべき場所として設けられていたコックピットは完全に潰れる。
もとから、存在しなかったように。
「終わりだ!!これで!!」
頭部を掴み、掌のビーム砲──パルマ・フィオキーナを作動させる。
ゼロ距離のビームに穿たれ、ツインアイの顔面が爆散した。
ゆっくりと、後ろに倒れ崩れ落ちていく。
それは破壊という名を持つ機体と、それに縛られた少女におとずれた、終焉であった。