アム種_134_080話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 16:00:37

第八十話 天空の先へ



「クク……ククッ……そうか……デュランダルは死んだか、そうか!!」



 月の裏側に位置する、地球連合軍基地。

 ブルーコスモス派の残り少ない拠点となったここで、男は口から漏れ出る愉快な声を、止めることができなかった。



 ロード・ジブリール。最後のロゴスメンバー……「元」であることを本人は知らないが……にして、ブルーコスモスの盟主たる男は、この月基地まで後退することを余儀なくされていた。



「これで、まだ!!あの化け物共を抹殺できる!!」



 基地の彼の元へと飛び込んできた、プラント最高評議会議長死すの一報。

 追い詰められつつあった彼にとって、これほど喜ばしいことはない。



 これが、嗤わずにおれようか。

 勝機が、見えてきた。



「レクイエムは!!チャージはどうなっている!!」



 デュランダルの死んだ今が、最高の好機。

 せっかく死んだのだ、葬送歌のひとつも、送ってやらねばな。



 彼の口元が、冷酷に歪む。

 屈折した悦びに、彼は打ち震えていた。



 ロゴスの出資を失い、連合からは切り捨てられ。

 子飼いのファントムペイン、ロアノークの部隊も行方がようとして知れぬ。

 これまでの屈辱を、倍にして返してやるのだ。



「……レクイエムの準備は、順調なのでありますか?」



 背後から問う声に、ジブリールは上機嫌で応える。



「うむ……これでやつら、コーディネーター共を一掃できると思うと、感慨深い」

「左様ですか」



 ジブリールは、興奮していた。

 だから、違和感に気付かない。



「んじゃ……アンタはもう、用なしだ」

「何?」



 と、彼が怪訝な顔を背後に向ける間もなく。

 目前で作業を続けていた兵士達が一斉に立ち上がり、振り返り。



 引き抜いた銃を、全員が揃い彼に向ける。



「なっ!?」



 驚いたのも束の間。

 彼の全身は、何十発もの銃弾によって貫かれ、切り刻まれたボロ雑巾と化していた。



「……悪いな。この基地はとっくに『こいつら』に制圧されちまってたんだよ」



 金髪をなびかせた男は、無感動に足元の死骸に呟く。



「ただ、レクイエムの起動コードはお前さんしか持ってなかったからな」



 かつて上司であった骸に対し、男はひどく冷たく言い放った。



「終わったぜ、美人のねーさん?」

「ええ、流石ですわ。フラガ少佐。ただ」



 男は、近寄ってきた濃い色のゴーグルの女性士官に問う。



「『こいつら』ではなく『我々』。それに私のことはサラとお呼び下さいな」

「へいへい」



 明らかに自分の監視が目的であろう女はそう言うと微笑む。

 惜しい。足元に死体さえ転がっていなければ、随分と魅力的な笑顔なんだが。

 ネオ……いや、ムウはひとりごちる。



 この状況では、女狐。魔性の笑みにしか、見えなかった。







───何故だ。何故、俺がこんな仕打ちを受けねばならない。



 暗い牢獄の中、一人少年は自分に舞い込んだ理不尽に、憤っていた。

 眼前には、太く冷たい鉄格子。

 どうして、こうなってしまったのだ?



(俺が……ギルを殺せるはずなど、ないじゃないか)



 敬愛する、デュランダルを。殺せるわけなどない。



(あいつだ……あいつがやったんだ。あの黒い服の男が)



 どうして誰も、気付かないのだ。

 あの男がやったということに。



 サングラスをかけた黒髪の男の顔が、ちらつく。





……そう。あれは、昨晩のことだった。



 レイはようやく時間がとれたというデュランダルに呼ばれ、彼の待つ執務室へと向かっていた。

 案内と議長の護衛を兼ねる、二人の武装した警備兵たちに付き添われ。

 彼の心は、久々の再会に、心躍っていた。



 だが。

 開かれた扉の先で、彼が見たのは。



(胸から血を流して倒れる、ギルと……拳銃を手にした、『あの男』───)



 今思い出すだけでも、腸が煮えくり返る。

 あの状況で、自分が殺せるわけがないではないか。

 どう考えても、室内にいたあの男だと思うのが自然だ。

 にもかかわらず、警備兵たちは───……



(俺を拘束し、ギル殺害の犯人として連行した)



 馬鹿げた話だ。彼らだって、状況は見ていたはずなのに。

 しかしそれは逆につまり。



「奴らも……一緒になって仕組んでいた、ということか?」



 デュランダル殺害の罪を、レイに着せるために。

 それはつまり、連中にはまだ仲間がいるということ。

 デュランダルの執務室に出入りできるパイプや、警備兵を摩り替える人事が可能な位置に。



(なんだ……何かが、起ころうとしている……のか?)



 だったら、報せなければ。だが、誰に?どうやって?



 頭に浮かんだのはやはり、苦楽を共にしてきた、ミネルバ艦隊の仲間達。

 だが自分がこの状態では、どうすることもできない。



(……考えろ。考えろ、レイ。どうすればいいのかを)



 どうすれば敬愛するデュランダルの仇が討てるのかを、必死にレイは思考していた。

 自分は、名目上は要人を殺害した殺人犯。タイムリミットがあまりないのを、わかっていながら。







 レイのことも。デュランダル議長のことも。

 もちろん、月に集結しつつあるブルーコスモス一派のことだって、気になってはいたけれど。

 それでも、行けるはずがないと思っていた。



「……行って、シン」



───『もって、三ヶ月です』。医師の言葉は、あまりにも残酷であったから。



 議長が生前に遺してくれた温情措置で、ずっとそばにいられるなら。

 いられる間だけ、彼女の側にいてやりたかった。なのに。



「ステ、ラ」

「シン、悩んでる。ステラ、シンの悩んでる顔、見たくない」



 背中を押してくれたのは、彼女のほうだった。



「ステラ、笑ってるシンのほうが好き。だから、行って」

「でもっ……!!」

「シンが悩むの、みんなが「死ぬ」こと。「死ぬ」のはダメ、みんな怖いから」



 笑顔で、彼女はシンを送り出してくれた。



「ステラ……シンのこと、待ってるから」







「……よかったのか、ほんとに。あの子の側についててやらなくて」



 大気圏離脱を控える、ミネルバ。

 突入は一度ユニウス7で経験済みだが、若手が多く離脱ははじめてという者が多いミネルバでは、手の空いたものは一人では心細いらしく、手の空いた大半の者達がミーティングルームに集まり、椅子に身体を固定するシートベルトを既に装着しだしている。



 その中でシンとジェナスは、話し込んでいた。

 彼のことを心配したジェナスが、こちらに移ってきた形だ。



「……ああ。決めたんだ」



 シンもまた、タリアに宇宙に行くか、地球に残るかを選ぶよう言われていた。

 そしてシンは彼女の心遣いに感謝しながらも、宇宙に行く道を選択していた。



───ステラの笑顔に、応えるために。



『本艦、並びにアークエンジェルの両艦はこれより、大気圏離脱シークエンスに入る。

 総員、ショックに備え身体を固定せよ。繰り返す、本艦はこれより大気圏の……』



 副長による艦内放送で、一気に室内の緊張が高まる。



「全部、終わらせて、戻ってくるんだ、って。ステラのところに」

「そうか」



 大気圏離脱用の大型ブースターを装着したミネルバが、アークエンジェルがその機体を加速させていく。

 ブースターによってその形状を更に大きくした二隻は、高く高く、舞い上がる。



 彼らが向かうのは最後の戦場、宇宙。


 
 

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