久遠281 氏_MARCHOCIAS_プロローグ

Last-modified: 2014-06-23 (月) 19:33:17
 
 

 プロローグ

 
 

C.E.75
炎によって炭化した樹木が自身の重量に耐え切れず、火の粉を撒き散らせながら倒れた。
森も家も生き物さえも燃やし尽くす業火の中、黒髪の少年が蹲っていた。
その腕の中には、頭の天辺の一房だけ立った赤毛が特徴的な女性が抱きかかえられていた。
女性の体は大量の赤黒い血で汚れており、その炎に照らされら顔からは血の気がまったく無く、
誰が見てもすでに事切れているのは確かだった。

 

「……また、奪うというのか……」

 

女性を抱きかかえたまま長い間うつむいていた少年は、低い声でそうつぶやき、顔を上げた。
そこに現れたのは辺りを焼き尽くす業火と同じ真紅の瞳。
その瞳が怒りを湛えながら上空を睨む。

 

「あんた達は!!」

 

上空を飛びまわるは八枚の青き羽を持った白きMS。
自分がどれだけ声を枯らそうとも、その機体に乗った者に声は届かないことを承知で少年は叫ぶ。
それでも少年は叫ばずにはいられなかった。
失った悲しみ故に。
相手への怒り故に。
己の無力さ故に。

 
 

少年はゆっくりと、抱いていた女性の亡骸を地面に横たえた。
そのまま立ち上がると、少年は今にも泣きだしそうな瞳で女性の亡骸を見た。
しかしそれは長い時間ではなかった。
少年は一度目を伏せ、再び上空へと視線を向ける。
その時にはすでに少年の瞳には悲しみの色は無かった。
代わりにあるのは、憎悪の強い光。
少年は女性の亡骸に背を向けて走り出す。
その身にかかる火の粉も熱風も少年の足を鈍らせる事は出来なかった。

 

やがてたどり着いたのは小山。
否、それはカモフラージュネットや落ち葉で偽装されたものだった。
少年は迷うことなくネットの裾を掴むと、その下に潜り込んだ。
すぐに見えたのは巨大な掌。
更に奥には青い装甲。
巨大な掌に飛び乗った少年は、装甲に付いたパネルを慣れた手付きで操作する。
すると青い装甲が開き、少年は迷う事なくその中に飛び込んだ。
そこは暗く狭いコックピット。
少年は中心のシートに座ると、目の前の赤い起動スイッチを押す。
その途端、暗かったコックピットに白い明かりが灯る。

 

だが次に聞こえてきたのは異常を告げる警告音。
それと同時に手元のモニターにエラーを知らせる警告が出てきた。
しかしそれも少年には予想していたことだった。
もう随分の間、この機体はまともに整備も動かす事もされず、雨風にさらされていたのだ。
異常がでていない方がおかしい。
少年は素早くキーを操作し、全てのエラーを無視するようOSに設定する。
全ての作業を終わらせると、少年は操縦桿を握り、ゆっくりと動かした。
その途端、周りから軋んだ音が鳴り響く。
それは長らくこの地に座り込んでいた巨人が、錆を振り払いながら立ち上がる音。
同時に周りを囲んでいた炎が生み出す熱風に、今まで巨人を隠していたネットが吹き飛ばされた。
ネットの下から現れたもの。
それは紅き翼とトルコカラーの装甲を持つMS。

 

その名は『デスティニー』―――『運命』の名を持つ巨人。

少年―――シンは、コックピットの中から上空を睨み付けた。

 

青い羽を持つ白いMS―――『ストライクフリーダム』はまだこちらに気が付いていないらしく、
火の粉と黒煙の中に悠然と佇んでいた。
その姿はまるで古の時代に信じられていた、堕落した人間を業火で焼き尽くし、
新たな時代を築いたとされる全知全能の『神』のようでもあった。
だがシンは『神』など信じてはいない。
堕落した人間に対する方法が『全て殺す』という短絡な行為の時点で、何が『全知全能』だというのか。
第一、今目の前にいるのはけして『神』などではない。
作り出したのも『人』ならば、操るのも『人』だ。
それ故にシンは恐れることも無ければ、引く気も無かった。
だが、同時に勝てる気も無かった。
相手の機体は完璧に整備されているものに対し、こちらの機体はエラー音が常に鳴り響き、
CIWSは弾切れ、ライフルも無く、長距離ビーム砲はエネルギー不足で使用不可、
アロンダイトはとうの昔に折れて紛失したままだ。
かろうじて使えるのはフラッシュエッジⅡくらい、しかしそれも長らく使っていなかったため、
正常に動く保証は無い。
シンは一抹の不安を抱えながら、フラッシュエッジⅡを引き抜く。
不安をよそに、フラッシュエッジⅡは赤いサーベルを形成する。
その様子に安堵の吐息を吐き出すと、シンは上空のストライクフリーダムをロックオンする。
ロックオンされた事でこちらに気がついたのか、ストライクフリーダムが振り向いた。
その間にシンのデスティニーは大地を蹴り、紅い翼を広げる。
その途端、コックピットに鳴り響いたのは警告音。
どうやら翼への通電系に異常が出ており、出力が上がらないらしい。
それでもどうにか紅い光の翼が形成され、デスティニーの巨体を上空へと導く。
ストライクフリーダムはデスティニーの姿に驚いたのか、一瞬動きを止める。
しかし直ぐ我に返ると、ビームライフルをこちらに向かって構えた。
その途端、シンの中で何かが弾けた。

 

打ち出された弾をシンは必要最低限の動きでかわすと、
そのまま一気にストライクフリーダムに迫り、フラッシュエッジⅡを振り上げる。

 

―――獲った!!

 

かわされた事に驚いたのか、動かないストライクフリーダムにシンは勝利を確信した。
しかし―――

 

「キラ!!」
「!?」

 

聞き覚えのあるその声に、シンは目を見開いた。
その目に映ったのは赤い戦闘機のような飛翔体。
こちらに向かって高速で飛んでくるそれに、シンは反射的に避けようとする。
しかし異常が多数出ているデスティニーは、飛翔体のスピードに対応する事が出来なかった。
直後、凄まじい衝撃がシンを襲う。
その衝撃に、シンの意識は一気に闇に引き込まれた。

 
 

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