俺は当ても無く会場をぶらついている。先刻のギルバートの台詞が頭に響く。
『答えはこの場でする必要は無い。だが最長で3日しか待てない……それまでに決意を固めてくれマフティー。君がこの世界を正しい方向に導く事を信じているよ』
俺はそう大層な人間ではないのだがな。
――『Ξガンダム』――
確かに『俺』と『ガンダム』なら可能だ。
いや、できる。
『エディミオン・クレーター』の軍事資源提供拠点基地どころか連合の『連合艦隊』や『MA』など物の数ではない。
月に集結している連合軍を壊滅させることも可能だろう。
『だが、それは本当に正しい事なのだろうか?』
疑問はいつも其処に辿り着くのだ。
この世界の技術を遥かに凌駕する『テクノロジー』の集合体である『ガンダム』をこの世界で使用してもよいのだろうか?
『世界』に災いの種を撒き散らす事にならないのか?と自分は『パンドラの箱』を持っているのだ……
気の向くまま会場に隅にあるカウンターにまで足を伸ばした。
一杯やろうかと思う。こういう時は酒に限る。
だが、そこには『先客』がトグロを巻いていた。
特大の『蛇』が。その蛇は俺を目敏く見つけると……
「よう、話は済んだのかな?」
ラウはグラスを傾けながら俺に声をかけて来た。
「『人気者』のハサウェイ君はご機嫌斜めのようだな」
「うるさい」
と俺は殴る真似をしながら苦笑する。こんな冗談をいつの間にか互いに言えるようになっている。
お互い性格が捻じ曲がっているから妙に馬が合うのだろう。
『異郷』の地でこんな『悪友』ができるとは思いもよらなかった。
ラウは俺を隣に誘った。
正面ではバーテンターがカクテル、水割りなどの『洋酒』を中心に準備している。
俺はカウンターの席に着きラウは酒を勧める。
「まぁ、飲めよ。これは私の奢りだ」
「ああ、頂こう」
グッと飲む。
旨い。こんな酒は久しぶりだな。酒はこんなに美味かっただろうか?
俺はお代りをもう一杯、注文する。
カランカラン
酒の入ったグラスを回し中の氷が良い響きを立てながら砕ける。
ラウは俺に問いかけてきた。
「――どうする?」
「ん、どうするかまだわからない」
「――そうか」
また静寂が訪れ、グラスの氷が砕ける音が響く。
先程のギルバートの申し出の件だ。
出撃するのか、それともしないのか?
彼は別に明確な答えが返ってくることは期待していないのだが。
話が一旦、中断してしまったようだが、唐突に仮面の男は別の話題を切り出す。
『明日の天気は晴れだろうな』と言うように。
「実は……私は『人類の滅亡』を考えているのだ」
「そうか……」
俺は驚かなかったし冗談かと笑い飛ばしもしない。
「クク……驚かないのだな?冗談だと思っているのだろう?」
「いいや」
「フン……君だけだよ。あの『ギルバート』でさえ最初は目を白黒させてたぞ」
「……憎しみを感じる」
彼はまたクッと喉の奥で笑い、一気にグラスに入った酒を飲み干す。
仮面で表情を見せず口元でしか判断できない。
そう、『この男』も表情を見られるのが嫌いなのだろう。
「流石は『ニュータイプ』……いいな……フフフ、そう言えば『言葉で解決できなきゃダメ』という馬鹿な格言を残した奴がいたな?誰だったかな」
「『人と人とが心で分かり合えるなんていうのは嘘。何もしないで分かりあえるわけないというのがある』という妄言だろう?」
俺の同意にラウは嬉しそうに強い蒸留酒を飲み干す。
ゴクゴクゴク
フゥ、彼は一気に飲み干しす。あれはかなり強い酒だと思ったが……あんなにガブガブと飲めるものなのだろうか?
またお代わりを注文した……一体、何杯目だ?
「なぁ? もし、私が君の前に『敵』として現れたら……どうする?」
「殺す」
奴が望む単純明快な答えをくれてやった。
実際、俺は何の躊躇いも無く実行に移すだろう。
『不殺』とか『汝の敵を愛せよ』などと言う戯言は俺の辞書には一切記されていない。
無論、抵抗できない奴や降伏した敵は殺さないが。
俺もよく冷えた酒を喉に注ぎ込む。冷えた液体なのに喉を熱く焦がす。
「クククッ、フハハハッ……」
ラウは腹を抱えながら笑った。
俺には仮面の男は俺の答えに心から嬉しそうに笑ってるように見えた……
「そう!本気で君は言ってくれている。私が敵対したら君は躊躇無く私を殺すだろう!! だから、私は君が好きなのだ!」
些か、興奮しながら俺への好意を表す、『友人』を見ながら俺もとんでもない事を口に滑らせてしまった。
……後から考えたらかなりの『鬱』が入っていったのだろう。
「――俺も広い意味では『地球人類』の抹殺に賛成している男だ。地球を汚染する人類を叩きだす。宇宙に出た以上、人は重力に『魂』を縛られる必要はない」
「ふん、その点、『私』と『君』は似ているどころか同類だな。だが私は『破滅志向』だそ? 君は宇宙に出た『人類の革新』とやらを信じているのだろう?」
「ああ。だが、そこまでの『インテリジェンス』を求めるには人類はもっと血を流さないといけないんだろうな」
ラウは俺のその言葉を聞いて益々笑い始めた。
「最高だな人は……!! どこの『世界』に存在しても互いに『殺し合い』『憎みあう』か。ククッ……」
しかし、俺はそれに相反するアンチテーゼをもまた知っていた。
「だがな……俺が餓鬼の頃に『ニュータイプ』が『人の心の光』の『奇跡』てやつを起こしたのを目撃したんだ。人々の思念が放出され、光となって地球を包んだ」
それは確かに奇跡だった。
ラウはその話に興味深げそうな姿勢を見せた。
「ほぅ? それでどうなったのだ?」
「地球は『破滅』から救われたが……現状は結局、何も変わらなかった。で俺が代わりに彼らの意思を継ごうとしたわけだ」
「ふむ? だが、君は敗れたのではなかったかな?」
痛いところを突かれた。
『U・C世界』でオーストラリア・アデレートにて行われる『連邦中央閣僚会議』の粉砕を宣言した俺は法案の破棄を要求し会場を『Ξガンダム』で襲撃した。
はっきり言って勝利する事は論外に近かったし特攻に等しいと思う。だが、どうしてもそのような理不尽な事は止めさせなくてはならなかったのだ。
その時に、因縁の『キルケー部隊』、『ペーネロペー』と再び交戦し熾烈な戦闘を展開した。
俺は『ペーネロペー』の『レーン・エイム』を完全に追い詰めたが、恐らくは『ケネス』が指揮を執った作戦で設置されたビーム・バリアーによって機体ごと絡められてしまった……らしい。
その後、病院で目が覚めたわけだ……異世界の。
『戦闘』には勝ったが『ケネス』に敗れた。
……辛辣なラウの一言に対して俺はめげずに反論してやった。
「……戦闘には勝ったんだよ」
「負け惜しみだ」
ああ言えばこう言われるのだ……話題を変えよう。
ゴホンと咳払いをする。
「まぁ、向こうでは俺は『死んだ』ことになっているだろうな……だが、必ず俺の『意思』を継ぐ者が現れる……はずだ。その意味では『敗北』とはいえまい?」
その言葉に何か感じたかのようにラウは反応する。
「そういうものなのか?だが……私の『意思』を受け継ぐ者などいるのだろうか……?」
「いるさ、必ずな……おいそれより、お前少し飲みすぎだぞ?」
だが、俺のその言葉は彼には届かなかったようだ。
見ると仮面の男はカウンターでうつ伏せになって完全に酔い潰れていた。