――メビウス<ゼロ>フラガ機・コックピット内――
――ドクン!ドクン!ドクン!
鼓動で判るようにオレの心臓は完全にオーバーヒート気味である。喉はカラカラだし、
パイロットスーツの下の全身は既に汗水塗れになっていてドロドロになっていた。
コックピット内の状況もこれまた酷い。振動が激しく目の前に映るメインモニターの画像は
ブレてノイズが走りまくっているのだ。更に目が充血し周りが赤く見えるのに拍車を掛けて、
――ビー!ビー!ビー!!
アラームが鳴り響き、危険警告と共にコックピット内が赤く点滅する事で、
オレの焦りを後押しているのだ……!
オレと僚友二人のメビウス<ゼロ>は、ひたすら加速し続けている。逃げる為に。
計器の表示は滅茶苦茶で、このまま続くと、ノーマルな戦闘は不可能な状態になるだろう。
何故こんな事をしているのか、オレには次第にわからなくなってきた。
ただ、生存本能だけがオレに訴えかけてくる……!
――逃げろ!後ろを振り返るな!捕まれば死ぬ!殺される!
と、ひたすら突き上げてくるのだ。
――ピィキィィィィーン!!!
「だぁッ!!」
再び凄まじい頭痛が、オレに襲い掛かる。
感じる――何か離れた磁石が引き合うような浮遊感。
そして、それは決して自分と相容れる事のない存在。
――来る!!来やがる!!!
原初の恐怖――。
オレの脳裏を、見下してたように薄笑いを浮かべた壮年の金髪男の姿が浮かぶ。
オレが最も嫌悪したアイツ……オヤジ!!
なんでオレは今、あんな糞野郎のことなんかを思い出すんだ……?
オヤジはオレの中では最悪のトラウマで嫌悪すべき存在だ。
こんな絶対絶命の時になんでアイツの事なんかを……。
こいつが走馬灯というやつなのか――!
一層混乱してくる頭を抑えながら、オレはスロットレバーを強く握り締めた。
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――ピィン!
「……うむ?」
コックピット内で、私はまた脳裏に微弱な感応を感知した。取るに足らない程の
弱々しいプレッシャーを。感知するにはあまりに微弱で弱すぎる力だ。
そう、例えるならトイレで繁殖しているゾウリムシのような……。今の私にとってはその程度だ。
だがこの程度のプレッシャーに強く反応するほどに、まるで飢えきった狼のように、
私は手応えのある敵を求めていた。微弱すぎるプレッシャーを放つ敵だが、
先程、倒したメビウス<ゼロ>の隊長機に匹敵する程度は期待しておきたい。
しかも今の私には、あの倒した奴も物足らなくなりつつあるのだ。
強く、手応えのある敵が目の前に現われてくれないかな――。
キュィィィン――!
急速に内面の意識が周囲へと拡散し、広がってゆくことを感じる。
感覚がコックピットの外に出てゆき、機体の外から更に周辺の虚空の宇宙へと無限に広がってゆく。
宇宙と自分が一体化した奇妙な感覚。これに私は、もう夢中になっている。
人の肉体など只の殻に過ぎず、自分という本質が無限宇宙に広がる、
一つの偉大な存在と共有できるような……もはやこれは、言葉では言い表せない。
しsて、そうこうしている内に、コックピット全面のメインモニターの視界に3つの光点が浮かび上がった。
獲物が視界へと入ったのだ。口元が思わずほころんだ。
「――見つけたぞ」
私の歓喜に答えるかのように、我がハイマニューバは絶好調である!
軽快な手応えと共に、私は、左手で姿勢制御用バーニア用のスロットレバーを全開にすると、
一気に背面スラスターをも全開にさせる。
――ゴォォォ!!
]
『MMI-M730試作型エンジン』は私の高らかな意思に感応するかのように、背部スラスターが
盛大に噴射を始め、機体全体が更に加速させてゆく!
心地良いGが、私の体を貫き背後へと颯爽と流れてゆくのだ。
3つの光点が見る見るうちに距離が縮まり、視界にはその光点のおぼろげな
輪郭がはっきりとして来た。
モビルアーマー・メビウス<ゼロ>3機の後姿がはっきりと見えてきた。
――まるで逃げ散って回る野良犬の群れのようだ。 こちらは狼のようなものだから、そう見えるのだろうか?
「逃げるのなら追いたくなるのが、心情だろうに……」
そう言いながら、私は右手の指は武器操作の仕草を始めたのだった。
それに答えるかのように、白いハイマニューバの右腕のマニュピレーターに握られた
『JDP2-MMX22 試製27mm機甲突撃銃』が、鈍い輝きを放ち始めたかのように感じる。
――銃が獲物を狙う獰猛な野獣のように舌なめずりをしている。
そのような錯覚を感じるかのように私の心は高揚をしていた。これはある意味、
獲物を前にした狩人だけが感じる感覚なのかもしれない……
「……さて最初の挨拶の一撃をお見舞いするとするか」
高速機動を続けながら、余裕をもって武器を構える漆黒の宇宙空間に鮮やかに映える
純白のジン・ハイマニューバ……。右腕は全く震えずに、突撃銃を構えている。
関節の強化の改造を改造に重ねた一品ものだ。
基地のモビルスーツ整備班長とそのチームが悲鳴を上げた程の無茶な改造をごり押し通しで
やってもらった甲斐があったというものだ。
コックピット内は強力なGと振動でシェイク状態だが、私自身は何ら異常はない。
ハサ以外の誰かに見られたら、変態扱いされてしまうだろうな……。
だが、今のコックピット内の自分は鼻歌の一つでも歌いたくなる程なのだ。
そして、今の気分を誰かに聞かれたら?私はこう答えるだろう。
今日は、先日、ハサから勝手に奪っ……もとい借りた、サブカルチャー・コミックスの中で特に、
気に入った台詞で決めてみようか。
「蝶サイコ―……!」
きめ台詞と共に、右手の親指をほんの僅か数ミリで動かす。
カチリッ!!
そして、次の瞬間、白いハイマニューバの右手の鉛色の死神が雄叫びをあげた。
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――ピィキィィィィーン!!!
「ツッゥ!!」
ガクンッ!!
脳裏を走る頭痛と同時に咄嗟にオレは、操縦桿を動かした。体が勝手に反応したのだ。
生きるという生物の根底に根付く、生存本能が働いたのだろうか?
マジでラッキーだったとしかいいようがない……!
何故ならその瞬間にコックピット内のオレから見て右上斜め方向から、
赤い射線のような連続した閃光が襲い掛かってきたのだ!
ドッドドドドッドド――!!
キュイン!!キイィッ!!
直ぐ傍から耳へと、装甲を削るような耐え難い響きを感じた。いや、そう感じただけかもしれない。
「がぁッ!」
オレのメビウス<ゼロ>の機体の角度が左斜め下の方向へと歪んだ。
今、頭痛と同時に操縦桿を動かさなかったらオレは確実に死んでいた……!!
衝撃の為にベルトが体に食い込み、吐き気と捻れるような鈍い苦痛を全身に与えていた。
今の攻撃を回避する為に生じた被害だ。だが、後で考えたのならば、それだけで済んだのは、
後で振り返ってみれば本当に、僥倖であったのだ。何故なら……オレは死ななかったからだ……!
咄嗟に、機体チェックをしてみた。今の攻撃の一撃でどれだけのダメージを
機体が受けたのかを知るために。装甲板を多少削られただけだと思うが……。
後方モニターで確認し、敵の射撃距離を設置されているコンピューターが相対距離を算出していた。
モニターには、グングンと近づいてくる、”白いジン”の形をした悪魔がこちらに向ってくるのが判る。
「い?……嘘だろう……!?」
目に入りそうな汗を激しい瞬きで弾きながらも、算出した距離がメインモニター上のサブウィンドに
表示された数値を見て、オレは自分の目を疑ってしまう。
あの位置から、オレの<ゼロ>に向って当てたっていうのかあれは……!!
後方モニターに映る”白い死神”――。この距離であんな精密射撃を……。
正直、ゾッとする。あの時の頭痛で、操作を誤らなければ死んでいたのは、こちらなのだ。
『隊長!ご無事ですか!』
『兄貴!大丈夫なのか!』
その時、頭部からの汗でびしょ濡れのヘルメットの内部耳側から音声通信が入った。
ケインとラッセルからだ。どうやら先程の”敵”の攻撃で機体が被弾し、オレが負傷したと思われたようだ。
奴らの声からは、切迫感が漂っていた。それを振り払うかのようにオレは、渇き切った喉を
辛うじて出た唾を飲み込むことで何とか湿らせ、辛うじて声を出す。
「……大丈夫だ!!こんなことでやられるか!このオレ様がな!!」
腹の底から絞るようにして、何とか陽気なバカ声を出すことが出来た。
通信から安堵の溜息が二種類聞こえてくる。
……正直ここまでバカできるとは、オレも筋金入りの捻くれ者という事だろう。
だが、状況は最悪だ。コンマ一秒ごとにあの”白い悪魔”がオレ達を追いかけてきる!
そして、あのおかしな頭痛も引っ切り無しにズキズキと襲い掛かっている。
こうなったら……一発逆点の大博打を打つしかない!
「ケイン!ラッセル!!仕掛けるぞ!」
頭痛を堪えながらも、オレは通信機に向って怒鳴る。チャンスは一度だけだ!
必殺技の三位一体の一撃!こいつを仕掛けて一気に急速反転離脱だ!
それはオレ達3人が得意とする、メビウス<ゼロ>のガンバレルを最大限に利用した連携による多重時間差攻撃!
これでオレ達は、敵のモビルスーツのジンを多くを葬って来たのだ。今回も決めてみせる……!
『ハッ!』
『一かバチかの賭けか……やってやるぜ!』
二人とも一瞬、息を呑みこむが、当然のように頼もしく応えてくれた。
共通の認識でオレ達は、あの”白いジン”を容易ならざる敵だとパイロットとしての本能で理解しているのだ。
「いいか!お前等!チャンスは一度コッキリだ!ありったけの弾を奴に喰わせてやれ!そして……一気に逃げる!!」
オレ達にとって逃げることは恥でもなんでもない。勝てないなら逃げる!そいつのどこが悪い?
負けない勝負はしない。だから最強なんだね……!
『了解しました。なぁに、生きてる限り敗北じゃありません』
『そのとおりだぜ相棒!それに兄貴!その形振り構わないところがしびれる~憧れる~』
目頭が熱くなってくる。オレを理解してくれるのはやっぱこいつらだけだ。嬉しいこといってくれるね!
『よし!!みんなの命!オレが預かったぁぁぁ!!!」
『『オオッ!!』』
瞬時にメビウス<ゼロ>三機はそれぞれの分かれ、オレを中心に陣形を取ってゆく。
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――ピキィーン!
脳裏を閃光が走り抜ける。この感覚……こちらに戦意を向けられた時のプレッシャーだ。
「うむ?」
目の前のメインモニターに映る三機のモビルアーマーが突然、整然とした陣形を取り始める。
……どうやら戦いを挑むつもりのようだ。この私に。
数を頼みにして三機がかりでいけば、私を倒せると思っているのならば只の愚か者であろう。
――そう、虫けらのように叩き潰せばそれで終わりなのだ。
だが……このプレッシャーの感じ、どうやら違うようだな。どんな芸を見せてくれる?
「よろしい……その挑戦にのってやろう。身のほど知らずに終わるか……それとも……」
私は口元に優しい微笑みを浮かべながら(実際は不気味な笑み:ハサウェイ談)、
機体のスピードを上げるのだった。