1st PHASE I’m yourself, I’m your shadow.

Last-modified: 2014-05-07 (水) 10:32:59

――ここは、どこだ?

 

 彼が、最初に考えたのはそれだった。
 彼は、先程まで宇宙にいた。
 そこで、攻め入って来たかつての故郷“オーブ”の軍隊を、現在彼が所属する“ザフト”の
エースパイロットとして友軍と共に迎え撃っていた。そしてその最中、彼らを裏切り故郷の側
についたかつての上司と相見える事となった。
  
かつてのプラント評議会議長パトリック・ザラの一人息子。
 ザフト特務機関“FAITH”にも選ばれた、伝説のエース。
 二年前の大戦を終わらせた英雄の一人。
 そして、裏切った際に奪ったMSに同乗していた彼の同僚の少女諸共、
彼がその一刀の下に討ち取った筈だった、その男。

 

 幾度となく、その情けない姿と理不尽な言動に軽蔑の念や反抗の意思を
覚えたが、それでもその操縦技術は内心認めていたし、同じ志の下に戦う
仲間だと思っていた。

 

 それなのに、それがかつての仲間だというだけで
戦場を好き放題に引掻き回しては自分たちに何度も辛酸を舐めさせた
テロリストを庇い、挙句に寝返ってかつての仲間だった彼らに銃を向け、
上から目線の言葉で彼の意思を否定する。

 

今回の一騎打ちも同様で、只管に彼の意思を否定する言葉を吐いては、
幾つもの戦いを潜り抜けた彼の攻撃さえ容易くかわしてのける。
その一方で、途中途中で挟まれる上司、否、裏切り者の攻撃を交わし切れず、
少しずつ傷ついていく彼の機体。

 

まるで、それまで彼が築き上げて来た経験や努力さえも、裏切り者に否定されているかのような一方的な戦い。
そんな戦況が、否応無しに彼の精神を疲弊させ、冷静さを削り取っていく。
 そうして乗機の武装がほとんど破壊され、自身もそんな劣悪な戦況と
壊れたスピーカーのように繰り返される裏切り者の戯言にいい加減うんざりとしていた彼は、

 

たった一つ残った武装に全てを賭け、裏切り者の駆るマゼンタのMSへと突撃して――。
そしてどういう経緯があってか、赤と黒の波模様が空を覆い、赤色掛かった濃い霧の中に
うつ伏せで彼――シン・アスカは倒れていた。

 
 

PERSONA DESTINY
1st PHASE I’m yourself, I’m your shadow.

 

「一体、どうなってんだ?」

 

 血を透かしたような深紅の瞳でシンは辺りを見回したが、霧が深すぎて何も見えなかった。

 
 

今の彼の格好は、ここに来る前と同様、ザフトのエリート階級、
通称“赤服”“ザフトレッド”等と呼ばれる兵士用のパイロットスーツ姿だ。
ただし、ヘルメット――どうしてそうなったのか分からないが、バイザーに
大きな罅が入っている――は被っておらず、今は彼の傍でゴロリと転がっている。

 

目が覚めた時からヘルメットは既に外れており、
その状態でも生きていられる事から、今彼の居る場所には空気が存在する、
つまり宇宙空間では無い事が分かった。
ではここは地球か、あるいはどこかのコロニーの中だろうかといえば、それも違うだろう。

 

地球の空はこのような赤と黒の毒々しい色合いでは無いし、
コロニーならば天候・環境システムを操作すれば霧も含めて
今彼がいる環境を再現出来ないことも無いだろうが、それをする意味が無い。
そもそも、月付近の宙域で目下戦闘中だった自分が地球やコロニーに流れ着いたとは、
到底考えにくい。

 

それに、霧に覆われて碌に見通す事が出来ないというのに、
何故だかそこが“見覚えある場所”のような気がした。
ここはどこなのだろうと、シンは思考しようとしたが、
その途中で別の疑問が頭に浮かんだ。

 

「戦況は、どうなったんだ?」

 

月付近で展開されていたザフト要塞“メサイア”と
現プラント評議会議長ギルバート・デュランダルが提唱した
法案“デスティニープラン”を賭けたオーブ軍との防衛戦。
 守ると誓い守れなかった少女やある戦友のような人の業が
生み出した悲しい人々が生まれない、彼の家族を奪った戦争が起きる事の無い、

 

そんな世界を望んでその戦闘に参加していたシンが、
その戦況を気に掛けない訳が無い。
友軍は――かつての所属艦だったミネルバとそのクルー達は?
メサイアは? その中で指揮を取っている議長は?
オーブ軍――それを実質的に率いているラクス・クラインとその一派は?

 

「アイツは……アスランは?」

 

遂には耐え切れず、シンの口から最後に戦った相手にして、
その決着がどうなったか分からない裏切り者――アスラン・ザラの名前が
苦渋と不安に満ちた呟きとして漏れた。
誰かに彼と、そして彼とシンとの一騎打ちの結果がどのようなものになったかを

 

問い質しているともとれる言い方だが、しかしその返事が返って来る事は無かった。
 当然だ。
 周囲は何処を見回しても霧が立ち込めるばかりで、
それらしい気配も感じない以上、そこにはシンしかいないのだ。
彼しか居ない以上、返答が返って来る訳が無い。

 

 そう、そこにシンしかいない――その事実“自体”に間違いは無かった。

 

『アスランがどうなったか、知りたいか?』

 

 返って来る筈の無い返答が、返って来た。

 

「っ!?」

 

 ギョッとし、声のした方にシンは振り返った。
 見れば、その方向を埋め尽くす霧越しに、人らしき黒いシルエットが薄らと透けていた。

 

「だっ、誰かいるのか!?」

 

 この深い霧越しに姿が見えるということは、それなりに近い位置にいるということだ。
それなのに、声が発せられるまでシンはその気配に全く気付かなかった。
ザフトのトップエースにまで登り詰めた彼が、だ。
 そのせいで生まれた動揺から冷静さを欠いたせいで、
霧の奥にいるらしい声の主にシンは思わず怒鳴り声を上げた。

 

 だが、それに意に介さないように、どこか卑屈で皮肉染みた口調で声の主は彼に驚きの言葉を告げた。

 

『アイツなら、お前を途中で割り込んだルナごとアッサリ倒していったよ』

 

「なっ……!?」

 

 声を掛けられた時とは比べ物にならない衝撃が、シンを打ち据えた。

 

 だが、そんな彼に追い打ちを掛けんばかりに、声の主は更に無情な事実を告げる。

 

『その後、アイツは“ミネルバ”を堕とした』

 

 ミネルバ。
 今回の防衛線の直前まで彼が所属していた、最新鋭のザフト高速艦。
 まともな進水式も行われないまま出港することとなってからほぼ一年、
多くの苦楽を共にして来た彼の“家”ともいえた存在。

 

 ルナマリアを含む、気心の知れた多くの同僚や上司が乗っていた。
 その艦が、アスランによって堕とされた?

 

『酷い話だよな? 自分だって思い出もあれば知り合いとかもいるだろうに、
平然とエンジンやら格納庫やらぶち抜いて爆発させるんだもんな。多分、ヨウラン辺りが死んだぜ?』

 

 そうだ。
 アイツだって、ミネルバにいたんだ。一緒に、ミネルバを守ってきたんだ。
 なのに、それを堕とした? 平然と?
 嘘だ、と言い返したかった、しかしその言葉を声にすることは適わなかった。

 

『そして、アイツはあの新しいフリーダムや、前にアスハが乗ってた金ぴかと合流して大暴れ。
向かってくるMSは適当に武装を壊して宇宙漂流の刑。戦艦やらレクイエムの軌道を曲げるための
改造コロニーやらは、殺さず済ませるのが面倒だったのか知らねーけど極太ビームサーベルでズッバズバ。
一緒に連れてきたオーブ軍の連中も調子に乗りまくり』

 

 相手が少しずつ近づいているらしく、霧越しのシルエットが段々大きく、濃くなってくる。

 

『最後にゃメサイアも仲良く一斉射撃かましてボコボコにしてから、中の議長諸共陥落。
アスランのハゲ曰く、「未来を殺す」最悪の魔王デュランダル議長とその傀儡ザフト。

 

彼らを触れさせる事も無く倒し、自分達の自由と平和を守った英雄ラクス・クラインと愉快な仲間達。
さぁ、私達の戦いはこれからですわ!』

 

 相手が近づくに連れてハッキリしてくる、霧越しのシルエット。
 その “酷く見覚えのある”形に、しかしシンは違和感を覚えることも出来ない。

 

 声が告げる絶望の事実を整理することが出来ず、茫然と聞き流すことくらいしか
今の彼には出来なかった。

 

『……可哀想になぁ。家族を奪われたあの日からずっとずっと力を追い求めて戦い続けて、
やっとの思いで手にした“戦争の無い世界”への希望を、こんなにも簡単に呆気なく踏みにじられるなんてな』

 

 霧越しのシルエットの拡大が収まり、赤色掛かった黒一色だったそれの本来の色合いが少しずつ見えて来た。
 どうやら、声の主は大分近くまで来たらしい。

 

『でもさ――』

 

 声の主が、シンの目の前までほんの3,4歩というところで足を止めた。

 

 すると、それまで膜のように周囲を遮っていた霧が、急激に薄くなり始めた。

 

『それでこそ“復讐”のし甲斐があるってモンだよな』

 

 壊れたラジオから流れたようなノイズ音混じりの声が狂喜を滲ませてそう言う。
それに続くように、声の主を隠していた霧が急激に薄くなり、その姿を顕にした。
 その姿を目にして、思わずシンは目を見張った。

 

 声の主の“有り得ない姿”に、フリーズしていた彼の思考回路を無理やり再起動させる程の驚愕が彼を襲った。

 

『そうだよなぁ? ――“俺”』

 

 馴れしたんだ痩躯を覆う赤と薄紫色のザフトレッド用パイロットスーツ。
 ヘルメットを着けておらず、丸見えになった首から先にあるのは、10代後半頃の少年の顔。

 

 ところどころで寝ぐせが跳びはねる黒髪が頭部を覆い、
幼さの残る生意気そうな顔は笑いつつも吊り上げた目頭と眉から
憎悪を有らんばかりに発散する、狂気染みた表情を浮かべている。
 もっとも目立つ特徴である目が、血を透かしたような真紅ではなく、
濁った金色の光彩を放っているという事。

 

 そして、その声が壊れたラジオのようなノイズ混じりであるという違いはある。
 だがそれ以外は、その姿形も、その声質自体も、
構成する要素の何もかもが、全てが“彼”だった。
 驚愕に目を見開くシンの目の前で、
“もう一人のシン・アスカ”が、その笑みをニヤリと強くした。

 
 

 良いことを思いついたと、彼女は思った。
 つい先日も感じた、奇妙な感覚。
 現世(うつしよ)でそれを感じた前回と違い、今回は“向こうの世界”から感じた。

 

 その感覚に興味を抱き、感じた付近を“自らが産み落とした分身の目”を
通して見たそれは、予想通り人の子――それも、“今回も”現世とも“向こうの世界”とも
違う異界より訪れたらしい人の子だった。
 たて続けて異界からの来訪者が流れ着くという事態。その理由に察しがついている彼女としては
その現象は実に興味深いものだ。

 

――さて、どうしようか。

 

 異界からとはいえ、あの人の子もまた“来訪者”。その“素養”次第では、
“力”と“役割”を与えてやる資格があるかもしれない。
 では、次はどのような“役割”を与えようか?
 ほんの少しの間、空想の世界を練る子どものように嬉々としながら、
彼に与える“役割”について思考する。

 

 同時に、かの人の子から目を離していたのだが、
どうやらその間に事態が進展していたらしい。
 いつの間にか、その人の子の“影”が現れていた。
 その事に気づいて意識を再び人の子と、その“影”に向けた彼女は、
最初、遅かったか、と落胆した。

 

“影”が現れた以上、あの人の子が辿る運命は“影”を受け入れずに死を迎えるか、
受け入れて“影”を己が“力”とするかのどちらか。どう転ぼうが、事が終わってしまえば
彼女の“力”を受け入れる余地は無くなる。
 ほんの少しだけ残念そうに溜息をつき、
そのまま分身との視界共有を切ろうとして――ふと、気づいた。

 

 すでに“影”は現れている。そして事が終われば、
もうあの人の子に“力”を与えることは出来ない。
 ならば、事が終わる前に“力”を与えたら?
 そして彼女はほくそ笑み――話は冒頭の“良いこと”に戻る。
  
――さて、そうと決まれば。

 

『思いついたが吉日』という言葉もある。事が終わらぬ内に
自らも“向こうの世界”に行くことを決めた彼女は、
丁度良く近くで硝子を拭いていた人の子にその旨を告げた。

 

「すんませ~ん! トイレ行って来ま~す!!」

 

 完全に呆気にとられて何も考えられなくなっていたシンが、
どうにかその口から絞り出すことが出来た言葉がそれだった。
 夢を見ていると思った。さもなければ、
アスランとの戦闘の際にどこかマズいところでも打って、
そのせいで幻覚を見ているのだろうとも、思った。

 

 そう考えても仕方ないだろう。
 今の彼の眼に映る“それ”は、あまりに異常極まりないのだから。

 

『誰だって?』

 

 そんなシンの姿が可笑しかったからか、
それともしばらく待って出てきたのがあまり間の抜けた言葉だったからなのか。
淀んだ金色の目を歪めて、クックッともう一人のシンは忍び笑を漏らしてから、その問いに答えた

 

『オイオイ、お前の眼に俺は誰に見えてるんだ? 自分の顔をもう忘れちゃったのか? 
俺は、“お前”――ザフト特務隊“FAITH”所属、認識番号960511、
最新鋭MS“ZGMF-X42S デスティニー”のパイロット、シン・アスカさ』

 

 もちろん、変装なんかしてないぜ、と付け加え、掌を仰ぐ、
おどけたような仕草と共にシンと同じ顔に歪な笑顔を浮かべるもう一人のシン。

 

 だが、その言葉を素直に受け入れる事などシンには出来ない。
 当然だ。自分がもう一人いて、それが目の前に現れるなど、
そのもう一人の自分の存在をどうのこうの以前に、その事態自体がそもそも現実として受け入れ難い。
 ましてや、そのもう一人の自分が――。

 

『「アスランに負けたとか、ザフトがオーブに負けて議長も死んだとか、
どうしてそんなありもしないデタラメを言うんだ」って?』

 

「なっ!?」

 

 図星を突かれ、思わずシンは驚きの声を漏らした。

 

『今度は「どうして俺の考えてる事が分かったんだ?」か? 言っただろ? 
俺は“お前”――お前の“影”。自分が考える事くらい、簡単に分かるって。
それと悪いけど、俺が言った事は――お前がルナの邪魔のせいでアスランに負けた事や、
デュランダル議長が死んだって事は、皆ホントの事』

 

「う、嘘だ! そんな事、俺は――」

 

『お前が知らないのは、ただ、それを受け入れられなくてお前が忘れてるってだけ。
仕方ないよな。まさか、守るって“取り敢えず”言ったルナのせいでハゲとの決着が
着くなんて思うわけがねーし、“戦争が無い世界”への希望を賭けていたデスティニープランが
文字通り潰されるトコなんて見たくもなかったもんな』

 

 尤もらしい事を、薄ら笑いを浮かべて言うもう一人のシン。その言葉に反論したかったが、何故かシンは出来なかった。
 もう一人のシンが言う事はこれっぽっちも記憶に無いデタラメの筈だ。それなのに、
何故か頭の奥で何かがざわつき、彼に反論の言葉を考えさせないのだ。
 それでも、何か言わなければと言葉を探しあぐねていたシンだったが、そんな彼を後目にもう一人の彼がこう言った。

 

『――でも、良かったじゃないか?』

 

「良かった?」

 

 嘲笑と共にノイズ混じりの声で放たれたその言葉に、言うべき言葉が分からず逡巡していたのも忘れて、
間の抜けた声でシンは聞き返した。
 コイツ、何言ってんだ、という疑問符が頭に浮かんだ。

 

 アスランに負けたというのも、同時にルナマリアも守れなかったというのも、
議長も殺されてデスティニープランも潰されたというのも(シン自身認めてないとはいえ)、
全てもう一人のシンが言ったことだ。
ならば、それらの話の中に良い事が一つも無い事くらい分かっているはずだ。

 

『だってそうだろう? これで、お前はまた“復讐”する理由を手に入れたんだから』

 

「復讐、だって?」

 

 やはり意味の分からない事を言うもう一人のシン。
 だが、何故か理解出来ない筈のその言葉に、自らの心がざわめき出すのをシンは感じた。

 

 まるで、自らも意識していなかった“とんでもない何か”が、
もう一人の自分に容赦なく穿り出されそうな、そんな不安。
 その不安が知らず知らずの内にシンを一歩後ずさせるのを見計らったかのように、
もう一人のシンが歪に歪めていた金の双眸をカッと見開いた。

 

『そうさ――復讐だ!』

 

 突然、もう一人のシンが叫んだ。
 先程までのどこか嘲笑しているかのような声から一転した、
熱と狂喜の籠った声で、畳みかけるようにもう一人のシンが更に叫ぶ。

 

『家族が皆殺しにされたあの日から、お前はずっとそれを楽しみに生きて来た! 
家族を奪った奴ら、戦争をする奴ら、戦争を食い物にする奴ら、

 

関係の無い人達に理不尽な事を強いる奴ら、仲間を奪った奴ら、
守ると誓った娘を奪った奴ら、お前を裏切った奴ら、
ヒーローごっこするなと言っておいて自分はヒーローごっこしてる奴ら、
正義ヅラして戦場を引掻き回す奴ら、御大層な理念のために人を死なせる奴ら、
訳の分からない御託を並べて“戦争の無い世界”をぶっ壊す奴ら、お前の“復讐”の邪魔をする奴ら!

 

そいつらをコテンパンに叩き潰して、醜く命乞いさせて、嘲笑って、
その上で八つ裂きにして殺してやる! それだけを考えて! それだけを楽しみにして! 
そのため“だけの力”をただ只管求めてっ! お前は今日まで生きて来たッ!! ――そうだ!』

 

 そこで一旦息を吸い、

 

『お前の本質は、“復讐”なんだよ!』

 

 勢い良く腕を振って、その激情の籠った言葉をもう一人のシンが言い放った。

 

「俺の、本質が……復讐?」

 

 もう一人のシンのあまりの迫力に押されつつも、どうにかシンはそれだけを呟く。
 その蚊も消え入りそうな声で発せられた言葉に、ああ、ともう一人のシンが満足気に頷き返した。
 その様が、そしてその言葉が、これ以上無いくらいに彼の逆鱗に触れた。

 

「フザけんな! 俺は! 俺はずっと、“戦争の無い世界”の為に戦って来たんだ!」

 

 そうだ、俺は今までずっとそのために戦って来た。
 あの日――2年前オーブに地球連合軍が攻めて来た、あの日から。
 有無を言わさない大きな力の前に、為す術も無く最愛の両親と妹を奪われた、
無力だった自分。

 

 そんな自分が嫌で。誰かを守れるだけの力が欲しくて。
容易く人の命を奪っていく戦争を無くしたくて。そのためにザフトに志願して、
そのために戦って来た。
 そのためだけに、戦って来たんだ! 俺の本質が復讐なんて、そんなワケあるか!
 そんな激情を込めた彼の怒声を、しかしもう一人のシンは鼻で笑った。

 

『違うな。“戦争の無い世界”も、「誰かを守れる力が欲しかった」っていうのも、
それ全部建前だ。家族を奪った戦争が憎かった。家族を奪われたのに復讐も出来ない無力な自分が憎かった。
だから、その憎い戦争や情けない自分に“復讐”したくて、“復讐”するためだけの力が欲しくて、
お前はザフトに志願したんだ』

 

「違う!」

 

 全くその気持ちが無かったわけではない。
 確かに戦争も、あの日の無力な自分も憎かったのだから。
 だが、それは自分が戦う理由の全てではない。ましてや、
自分が求めていたのは復讐のためだけの力ではない。
自分が本当に求めたのは、戦争を無くす力、誰かを守るための力で――。

 

『じゃあ、ステラは?』

 

その名前を聞いた途端、ピクリとシンは身体を震わせた。

 

『覚えてるよな? ステラ・ルーシェ――お前が守るって約束して、守れなかった娘だ』

 

 覚えているに決まっている。
 思い出そうと思えばすぐにでも思い出せる、幼さの残った愛らしい顔。

 

 守ると誓い、しかし守れなかった少女のその名前にシンは懐かしさと愛おしさ、
悲哀を覚えると共に、急激に嫌な予感が募っていくのを感じた。

 

『連合軍に無理やり戦わされていたあの娘を、お前は必至で守ろうとした。
でもお前は守れなかった。何でだ? 
フリーダムやアークエンジェルの連中に邪魔されたからか? 

 

ステラを説得し切れなかったからか? 
それとも、その時のお前の力がステラを守るには足りなかったから? 
――違う。全部違う。
本当の答えは、お前の力が守るための力じゃない、
お前の“復讐”のためだけの力だったから、さ』

 

「なっ……!?」

 

『その証拠に、その後、あれだけ敵わなかったフリーダムに、
お前はどうにかだったけど勝つ事が出来た。
当たり前だ。“復讐”は何かを奪われたりした、その仕返しにやるモンだ。
そのための力でステラを奪われたことへの復讐は出来ても、
“そのためじゃない”力でステラを守るなんて、最初っから無理なんだよ!』

 

「ち、違うっ! 違う! そんなワケっ……!」

 

 頭を左右に振り、シンは必死に否定しようとする。
 守るから、と、そう告げた時、ステラは安心仕切った笑顔を見せてくれた。
 なのに、自分の力が、誰も守れない“復讐”だけの力だから。
だから、ステラを守る事が出来なかったと、そうもう一人のシンは言った。

 

 その言葉を肯定するということは、つまり知らなかったとはいえ、
ステラを最初から裏切っていたということだ。
 あの愛らしい笑顔を見せてくれた、ステラを。
 だから、もう一人のシンのその言葉を、シンは受け入れられない。
 自分の力が誰も守る事の出来ない“復讐”のためだけの力などと、
自分の本質が誰も守る事の出来ない“復讐”だなどと、決して認める訳にはいかなかった。

 

そんな彼に畳み掛けるように、眉を吊り上げてもう一人のシンが更に叫んだ。

 

『じゃあ、もっと言ってやるよ。アスランとの一騎打ちでルナが邪魔に入ったあの時、
お前は躊躇せずにルナをアスランごと堕とそうとした! ステラと同じように、守るって言ったルナをだ! 
けど、ルナはお前の邪魔をした! お前を裏切ったアスランへの“復讐”を邪魔した! 

 

だから、ルナを憎いと思った! 憎いと思ったから、
アスランごと“復讐”しようとしたんだよなぁ!』

 

「ルナをっ!? そんな事――」

 

『あるんだよ! とっくに忘れてるだろうけど、
お前は確かにルナを憎んだ! 「殺してやる!」と思った! 

 

二人纏めて堕としてやるって、あの時出せた最高速で“デスティニー”を突っ込ませたんだ! 
アスランの返り討ちに遭わなきゃ、二人とも殺せてた! 
それもこれも、お前のその力が“復讐”のための力だから! 
お前の本質が誰かを守ることじゃない! 気に入らないもの全てを憎んで仕返して、
八つ当たりする、“復讐”だから――』

 

「黙れェッ!!」

 

募り上がる不安が、もう一人のシンが吐く侮蔑ともとれる言葉への憤りが、
ついにシンの口から噴き出した。

 

「何が……何が、俺の本質は復讐だ。何が、何も守れないだ」

 

 家族を失って、その悲しみを繰り返したく無くて。

 

そのために俺は、あんな悲劇を二度と起こさない力を求めて。
ステラのような、戦争の為に誰かに利用されるような子供が生まれない世界を
作りたくて。そのために戦って来たんだ。
 なのに、なのにコイツは。

 

 俺がアスランに負けたと、メサイアが堕ちたとデタラメばかり言って、
俺の気持ちを否定して、俺が誰も守れないと言って、俺が復讐しか出来ないと言って!
 何が、何が「俺はお前」だ! お前が俺なら、俺がどんな思いで今まで生きて来たか、
今まで戦って来たか、一番分かってる筈だ! それを……お前なんか、お前なんか――。

 

「“お前なんか、俺じゃない”!!」

 

 込められる限りの“拒絶”の意思を込め、もう一人のシン向けてシンは絶叫した。
 すると、その叫びに一瞬虚を衝かれたように金の瞳を丸くしたもう一人のシンが、
俯いてクックッと肩を震わせて笑い出した。

 

『そうかよ……俺を撥ね退けてでも、負けた事も、
自分のことも認めたく無いワケか。
じゃあ、もういい。お前なんかもう、知った事じゃない。
俺はもう――“お前なんかじゃないんだから”ッ!』

 

 ガバリと、もう一人のシンが顔を上げ、その金色の瞳を
凛々と輝かせて高らかに狂笑を上げる。

 

 すると、突然のもう一人のシンの身体から黒い靄のようなものが噴き出し、
その身体を覆い尽くして黒色の塊を形成していく。そしてその黒い塊が、
急激な勢いを持って縦横無尽に膨張していき、見る見る内に
巨大な“何か”を作り上げていく。

 

「な、何なんだよ? 何が、起きてるんだ!?」

 

 急転の事態に狼狽し、誰に問い掛けるでもなくシンはそう言った。
 その問いに答える声は、今度こそ無かった。

 
 

 もう一人のシンに異変が起きた、丁度その頃。
 シンがいる地点より少し離れたその場所を、一つの集団が進んでいた。

 

「大変クマ!」

 

 集団の中から、慌てたような声が上がる。

 

「“影”が暴走始めちゃったみたいクマ! ヤバイクマ!」

 

 その絶叫に釣られるように、潮が引くように急激に薄くなっていく霧。
 それに合わせ、霧の中に覆われていた瓦礫やら巨大なロボットらしき物体の
残骸やらがその姿を晒していく。
 それが、暴走した“影”が、人を襲うことが出来るようになったという何よりの証。
 
「マジかよ!?」

 

「ちょっ……まだ辿り着いてもいないのにぃ!」

 

 その事実が分かっていても、否、分かっているからこそ、
彼らはその事態に絶叫せざるを得ない。
 霧が完全に引いた時、“影”は人を襲う。暴走した“影”に
人が抗う術は無い。
 “力”を持つ彼らならまだしも、その彼らも“影”の下に
辿り着けていないのではどの道同じ事だ。
 “色々と気になる事はあるが”、いずれにせよ、
このままでは手遅れになってしまう。

 

「――急ごう!」

 

 暴走した“影”に、“また”誰かが殺される。
 その最悪の結末を回避するために、霧の空けた瓦礫とロボットの残骸の山の中、
その集団は更に足を急がせるのだった。

 

『我は影……真なる我……』

 

 ノイズが混じったシンの声でそう告げる、もう一人のシン“だったもの”。
 急激に膨張した黒い塊の中から現れた時、その姿はもはやシンどころか、
人の姿すらとっていない、巨大な異形と化していた。

 

『さぁ、“復讐”の時間だ』

 

 トリコロールに彩られた全身を覆う装甲と背の赤い翼は所々が砕け、拉げ、罅割れ、
内部機器が露出し、千切れたケーブルが切断面からバチバチとショートしている。
 その右肩には全身が軟体動物のようにあらぬ方向に曲がりくねった女性がへばり付き、
そこから下にあるはずの右手は手首の辺りからバッサリと切り落とされ、内部の機構を外に晒している。
 一方、その左肩には撥ね上がって鋭くなった装甲に腹を貫かれた男性が寄り掛かるように俯き、
その先に延びる左手に握られている長大な剣――対艦刀に分類されるその兵器は、
刃となるレーザーを発生させる上下の発信機が拉げ、代わりに固まった血で出来たような赤黒い刃が
その部分を覆っている。また、それを持つ本体同様に所々がボロボロになった実態部分には、
右腕が二の腕の辺りから千切れた茶髪の少女と、その身を包む独特のデザインをしたピンク色を
基調としたパイロットスーツの所々に金属片を突き刺した金髪の少女がしがみ付いている。

 

 更に、本来なら滑らかな白の装甲で形作られた脚部がある筈のその下半身は、
赤色の胴から下を覆う幾人もの亡者が怨裟の声を上げ、百足の足のようにウゾウゾと蠢いている。
 そしてその頭部。半ばで折れた金色のブレードアンテナを額の部分に掲げた
白色の兜から覗く緑のツインアイは罅割れて内部のカメラが露出し、
その身体に纏わりつかせる亡者達と同様に、文字通りの血涙を滝のように流していた。
 身も凍るような恐ろしい姿に変わり果てていたが、しかし、シンには見間違いようが無い。
 ここに来る直前まで駆っていた愛機を。
それにしがみ付く、失った筈の大切な人々の姿を、見間違える訳が無い。

 

『俺から全てを奪ったアスラン達も、俺の邪魔をしたルナも、
そして俺を拒んだお前も――皆、皆々、“復讐”してやる!!』

 血涙の溢れるツインアイを瞬かせ、赤黒い刃の光る主武装“アロンダイト”を、
“デスティニー”が高々と振り上げた。

 

 反射的に、シンは横に跳んだ。
 一瞬空けて、シンがいた位置目掛けて“デスティニー”の姿をした化け物が
“アロンダイト”を叩き付けた。
 途轍もない質量を持った一撃が、すぐ目の前で雷が落ちたかのような轟音を上げ、
地面を砕いた。
 巻き上がった細かな破片に額を打ち据えられ、思わずシンは尻餅を突く。

 

「痛っ……!」

 

 鋭い痛みの走った額に手を当て、同時に視線を上方に向ける。
 再び“アロンダイト”を振り上げる“デスティニー”の姿が見えた。
 慌てて横に転がるシン。
 そのすぐ傍に、血の刃を渡らせた対艦刀が再び叩き込まれた。
 大小様々な形の破片を伴った暴風に煽られ、再びシンは尻餅を突く。
 視界一杯に砕けた灰色の地面――意識していなかったので気付かなかったが、
どうやらアスファルトらしい――と、所々が砕けた水色の刀身が広がる。
 そして、目が合った。

 

『……ちゃぁん……お兄ぃちゃぁああぁぁん……』

 

 2年前と同様の、半ばから千切れて赤黒い血を流す右腕を伸ばそうとする
妹――マユ・アスカと。

 

『シ……ぃん……シイィイィィン……』

 

 もう二度と誰にも弄ばれないようにと、彼女から貰った思い出の貝殻と共に
湖畔へ水葬した時そのままのパイロットスーツ姿の、ステラ・ルーシェと。
 ボロボロの“アロンダイト”にしがみ付く、当に失った大切な少女たちと。
 地の底から響くような怨嗟の呻きを放ち、空ろとなった目から血涙を流す、
恐ろしい姿をした彼女達と。
 そして、彼女達ごと引き上げられた対艦刀と共に移動した視線の先で――。
 その両肩で、最期に見た時そのままの姿で恐ろしい死に顔を血涙に濡らす両親と。
 文字通りの血涙が流れるツインアイに、溢れんばかりの怨讐の念を込めて彼を睨む“デスティニー”と。
 目が、合った。
 それが、一瞬とはいえ彼を動揺させた。
 その動揺のために動きを止めてしまったのが、いけなかった。

 

 視界の端に、水色の軌跡が見えた。
 それに気付くやすぐに横に一回転した傍で、ズドンという轟音が鳴った。
 そう思った時、すでにシンの身体は宙を舞っていた。
 先程額を打ったものよりも大きい破片が、雨のように彼の全身を打つ。更にその数瞬後、
追い打ちとばかりに硬い地面にシンは背中を打ち付けた。

 

「ガハッ……」

 

 パイロットスーツを着ていた事が幸いした。
 ザフトのパイロットスーツは首から胸、背中、肩に掛けてプロテクターに覆われているため、
急所となる部分が集中しているその辺りへのダメージが大分抑えられたのだ。
 だが、それはあくまで不幸中の幸いという話である。
 実際には、破片のシャワーと地面に全身を傷つけられたシンは、痛みのあまり動く事が出来なくなっていた。
 特に、一番にガードすべき頭にも傷を負ったというのが問題で、
ただでさえ切れた頬や額から夥しい量の血が流れているというのに、片目が見えなくなっており、
もう片方の目も酷くボヤける。
 おまけに、すぐ傍で衝撃が発生したせいか、両耳からキンキンと耳鳴りが喧しい。

 

『クソオオォォォッ!!』

 

 ノイズがかった、自分の声と同じ怒声が聞こえた。
 それだけでも発生する鋭い痛みに耐えながら、声のした方にシンは首を傾けた。
 見れば、悔しそうにトリコロールの装甲をガタガタと震わせる“デスティニー”の姿があった。
 その左手から伸びる水色の刀身が、先程までシンがいた位置のすぐ傍の地面に沈んでいた。

 

『クソッ! 絶好のタイミングだったのにっ! だけどっ! 今度こそ!』

 

 再び、その左手に握られた“アロンダイト”が高々と持ち上げられる。
 マズイと、シンは思った。
 先程までとは違い、今のシンは首一つさえ動かすのも難儀な状態だ。今度は確実に避けられない。
 今度こそ、彼の下のアスファルトごと、シンの身体は叩き潰される。
 どうにかしないと。
 必死に打開策を考えようとするも、しかし身体の痛みと耳鳴りにまともに思考する事が出来ない。
 足掻こうとしても、その瞬間走る激痛に呻き声を上げるしか出来ない。
 もう、シンに出来る事は何も無い。

 

『今度こそ……“復讐”してやるうううぅぅぅぅぁああ!!』

 

 その憎悪をその一刀に込めるように、雄叫びを上げて“デスティニー”が
“アロンダイト”を振り上げる。
 その刀身にしがみ付くマユとステラが、シンが守りたかった二人の少女が、
嬉しそうに顔を歪ませる。まるで、これから死んで自分達と同じになるであろうシンを、
祝福するかのように。

 

――死ぬのか?

 

 こんなワケ分かんない場所で、こんなワケ分かんない奴に、
あんなワケ分からないデタラメ好き放題言われて。
 嫌だ。
 アスランも、メサイアも、ミネルバも、ルナも、本当はどうなったのか、
まだちっとも分かって無い。
 “戦争の無い世界”だって、まだ諦めて無い。
 だから――。

 

「まだ、死ねるかッ……」

 

 ボロボロの刀身が、水色の残像を引いて振り下ろされる。
 ノイズの混じったシンの声で狂笑を上げる“デスティニー”。
 そして、ほぼ確約された死の運命に絶望するでもなく、最後まで抗おうとばかりに、
見る見る内に大きくなる刀身を見える方の目で只管睨みつけるシン。
 そんな彼の思いに呼ばれたかのように――。
 何処からともなく、球体状の“何か“がシンと、彼からほんの1メートルも無い位置まで下りていた
“アロンダイト”の刀身との間に現れた。

 

 渾身の力を込めていたであろうその一太刀が、ガキリという甲高い音を立てて弾かれる。
 その衝撃から仰け反る“デスティニー”の姿が一瞬見えたかと思うや否や、
シンを守ったその球体が爆発し、その爆風が彼の視界を真っ白に覆い隠す。
 その爆風が直前までもう一人のシンの姿を隠していた赤い霧よりも更に濃い、
真っ白な霧だと気付くよりも前に、片目だけのシンの視界が“それ”を映した。
 薄灰色の影からシンの胸の上まで伸ばされた、その姿を覆い尽くす白い霧以上に白く美しい、
その誰かの“手”を。

 

「――ああ、そのままでいいですよ」

 

 何かを喋ろうとして、しかし傷が痛んだのか呻き声を上げただけのその人の子に、
自身が生み出した結界の霧越しに掌を向けて彼女はそう言った。
 やはり現世の人の子とは違う、と彼女は思った。
 寝癖混じりの黒髪や黄色掛かった肌は日本(ひのもと)に住まう人の子と良く似ているが、
血を混ぜた硝子玉の如き見事な紅の眼は、海の向こうに住まう人の子とて同じ物を持つ者はそうおるまい。
その様は、何者かの意図によってそうなるように作られたかのようだ。
 そして何より、彼の内に有りしその“素養”。
 現世の人の子には持ち得ないその“素養”こそが、何よりもこの人の子が異界より現れたというその証。
 こうして直に彼の前に現れて感じるその“素養”に“再び”感嘆の感情を覚え、彼女は微笑を浮かべる。
 彼は、“力”と“役割”を与えるのに値する“素養”を、確かに持っている。

 

「さて、いつまでも君の傍にいられるわけでも無くてね。早速ですが――君に“力”を与えたい」

 

 力、と、そうオウム返ししようとして、再び人の子が痛みに呻きを上げる。
 彼女が何を言っているのか、自分に何をしようとしているのか、
そもそもどういう状況なのか自体、彼には分かって無いだろう。
 だが、分かってもらう必要は無い。
 分かろうが分かるまいが“力”と“役割”を与える事に変わりはないし、
霧越しとはいえ姿を見せている以上、彼の記憶を多少暈してやらねばならないのだから。

 

「そうそう。君に与える役割なんですが――」

 

 ゆっくりと、彼の右手に、自らの右手を近づけて行く。
 その途中、片方だけ開かれた彼の眼が視線に入った。
 まるで情報の整理がついていないだろうために、只管その赤い瞳は丸くなっている。
 だが、先程“影”に害されようとしていた時、その瞳は確かに強烈で印象的な光を宿していた。
 その光が、彼に与える“役割”に直前まで悩んでいた彼女を一瞬で決断させたのだ。
それ以上に相応しい“役割”は無いと。

 

「“渇望”――そう、君には“渇望”の役割を与えましょう」

 

 死の運命に抗う術を、生を求める、鋭いまでの“渇望”の光を。

 

――こだ……ああぁぁ……こい……あぁぁ……

 

 どこからか、怨念と憎悪に満ちた悪鬼の叫びが響いた。
 それがあの“デスティニー”の姿をした化け物の声だと気付くのと、
自身が“立ち上がって”、赤と黒の一対のウイングを生やしたその背を見ている事に
シンが気付くのは同時だった。
 あれ、とシンの頭に疑問が浮かぶ。
 先程まで、立つどころか、喋る事さえ困難な程に痛んだ自分の身体が、
どういう訳か痛まない。全身の傷も、片方しか開かない目もそのままなのに、
まるで痛覚だけがすっぽ抜けたかのようなのだ。

 

『どこだあああぁぁぁ! どこに行ったあああぁぁぁぁぁ!?』

 

 それに、明後日の方向を向いて自分を探しているかのような素振りをしている“デスティニー”も
奇妙だ。碌に移動できなかった自分が奴から姿を眩ませる事等出来る筈が無いし、周囲の地面に刻まれた
“アロンダイト”の跡から見ても、それは間違いない。だというのに、見失ったと言わんばかりのあの様子は
一体何なのか?
 どうにも腑に落ちない現状だが、しかしシンはそれ以上踏み込もうとしなかった。
 まるで“霧が掛かった”かのように頭がボンヤリとして、思考するのも、“直前に何があったか”を
思い出すのも億劫に感じたからだ。

 

――にしても。

 

 何気なく、シンは周囲を見回す。
 もう一人の自分や“デスティニー”に気を取られて気付かなかったが、
霧が晴れて全体が見渡せるようになったそこは、やはり見覚えのある場所だった。

 

 足下を覆うアスファルトも、所々にスクラップとなって鎮座する、
当時配属されたばかりだったオーブ軍主力MS“M1アストレイ”や、
連合軍主力MS“ストライクダガー”も、爆風に抉られたかのような焦げた土の斜面も。
 違いは幾つもあるが、二年前に家族と共に目指して、しかし彼しか辿りつく事が出来なかった、あの港だった。

 

――そっか。

 

 そりゃ、見覚えもあるよな、とシンは納得する。
 家族を失った場所、家族を守れなかった無力な自分を嘆いた場所、彼の始まりの場所。
 忘れたくたって忘れられない。
 例え、何事も無かったかのように立派な慰霊碑に変えられてたとしても、
そこで失われた命があったことを、忘れちゃいけない。
 決して、復讐なんかのためじゃないのだから。
 そんな理不尽に命が奪われる戦争から、奪われる運命にある命を守りたくて、
この道を、選んだのだから。

 

――我は汝、汝は我

 

 突然、声が響いた。
 耳を介してではなく、自らの内から直に伝わって来たかのようなその声に
驚くよりも前に、右手に何やら違和感がある事にシンは気付いた。
 見ると、いつの間にやら長方形の何かを持っている。

 

――今こそ双眸を見開きて

 

 どうやら、何かのカードらしい。
 裏面には濃い青と薄い青の二色で中心を境に塗り分けられた仮面の絵が描かれ、
表面にはシンプルな金枠の内側で終着点の無い闇のような黒い渦が描かれている。
 どうしてこんなモン持ってるんだ、と不思議に思いながらその絵柄を眺めていたシンだったが、
その頭にふと“言葉”が過った。

 

――発せよ!

 

 それを見計らったかのように、先程から響く声が、そう告げる。
 その声を訝しむ間もなく、その言葉が何を意味するのかを考える間もなく、
シンの口が、その“言葉”を紡いだ。

 

「――ペ……ル……ソ、ナ」

 

 “ペルソナ”。
 そう口にした途端、シンが持っていたカードが、枠に覆われた闇の中から
猛烈な勢いを持った蒼い炎を吐き出す。
 そしてその炎の奔流の中に、シンの片目がそれを見た。
 影絵のように炎が放つ光の中に映り込む、“何か”の姿を。

 

『そこかああああぁぁぁぁ!!』

 

 カードから溢れる炎が気付かせたのだろうか。
 それまで背を見せていた“デスティニー”が、怨讐の叫びを上げて振り返り、
“アロンダイト”を高々と振り上げる。
 それを気にも留めず、シンはただカードが放つ光の中の“何か”を見つめていた。
 ふと、次にどうすべきかが頭に浮かんだ気がした。
 そうすればいいと、“何か”も言っているような気がしたので、
シンはそうすることにした。

 

『今度こそ、終わりだあああぁぁぁ!!』

 

 神速を伴って、“アロンダイト”が振り下ろされる。
 それと同時に、シンは右手を握り締めた。
 硝子が割れたような甲高い音を、同時に発生したシンの中の
“何かが弾けるような感覚”に共鳴させて。
 カードが砕け散った。

 

 これで終わる、と彼は思っていた。
 これで、自分を拒絶した“本体”に“復讐”できると、彼は信じ切っていた。
 抗うための“力”を持っていない、否、持つ事を拒否した“本体”が、
自分に対抗する等出来る訳が無いのだから。
 だから、今度こそ終わるのだ。
 自らが振り下ろすこの刃が、自分を拒んだ“本体”を、
己の本質さえ受け入れられない脆弱で幼稚なその精神ごと叩き潰して四散させるのだ。
 それで、愚かな“本体”への“復讐”が完遂するのだ。
 それが、避けようの無い運命だから――その筈だったから。

『……何だよ、ソレ?』

 

 妙だとは思っていた。
 あの白い霧に覆われ、それがすぐに晴れたかと思うや、いつの間にか眼前から消えていた“本体”。
 傍から見ても動けるような状態じゃなかった“本体”が一体どこに消えたのか。
必死になって探していたところ、ふと暫くして背後から何かの光が射している事に気付いた。
まさかと思って振り返れば、案の定“本体”がそこに“立っていた”。
 あれ程に傷ついた“本体”が立てた事も、“本体”の右手から溢れんばかりに発生する
蒼い炎も気になりはしたが、しかし彼にとってそんな事はどうでも良かった。
 “本体”がそうであるように、その“影”である彼もまた、その本質は“復讐”。
 その本能に従い“復讐”することを優先した彼は左手の血の刀身が付いた対艦刀を構え、
振り下ろした。
 それから後は刹那の間の事だった。

 

 握り締められた“本体”の右手から硝子が割れたような甲高い破壊音が響き、
そこから粉々に四散した欠片が光を纏って寄り集まり、

 

『何なんだよ、“お前”?』

 

 作り出された“何者か”によって、“アロンダイト”が止められたのは。
 ガキリと、音を立てて“アロンダイト”がその“何者か”の持つ武器に太刀筋を逸らされる。
 ボロボロの刀身が、再び轟音を上げて何も無いアスファルトの地面に沈みこんだ。
 その隙を突かんと、武器を構えて“何者か”がもの凄い速さで突っ込んでくる。
 チィッ、と血涙に汚れた白色のマスクに覆われた口から舌打ちの音を立て、
すぐに彼は“アロンダイト”を引き戻し、“何者か”との間に構えて盾にする。
 “何者か”が放った逆袈裟切りが、その場所にしがみ付いていたマユの身体ごと、
巨大な刀身を中程で真っ二つに切断した。
 続けて、得物を上に振り上げて縦一線を繰り出そうとする。
 させるかと、対艦刀の残っている部分ごと彼は突進を繰り出した。
 その一撃が“何者か”を引き剥がすが、しかし直前で武器を間に出して防御したらしく、
ダメージを負ったようには見えない。
 クソッ、と毒づき、彼は憎悪を込めて、全身から赤色の光を噴き出す“何者か”を睨み付ける。
 顔は赤みを帯びた蛇腹状の仮面に覆われ、その隙間から覗く金色の目からだけでは
その感情を読み取ることは出来ない。その額から後頭部に掛けては、鉢巻きのような細い帯状のパーツが伸びている。
その右手には、赤黒く柄の長い、矛らしき武器が根元から握られている。更に、仮面上部の突き出た部分と鉢巻き上のパーツの先端、
そして武器の刃と身体の至る所から、ゴゥゴゥと炎が燃え上がっているという特徴があった。
 だが、そいつの最も特徴的なところは、身に纏うその服にある。

 

 肩と肘から炎が噴き出るその服は、首元から胸、肩までと肘から手首までが黒く、
それ以外の部分が濃いワインレッドで彩られていて、その腰元に独特の形をしたベルトが巻かれている。
そしてその襟元には、砂時計に似た赤いザフトのマークが描かれていた。
 所々のデザインが本来の物とは異なるとはいえ、その服は間違い無く、
ザフトのエリート士官が身に纏う“赤服”だった。
 そして、盛り上がった赤いマフラーが覗くその胸元。胸を肌蹴るその着こなし方は、
彼の“本体”がよくそうしていたものだ。
 その姿に“何者か”の正体が思い浮かび、しかし彼はそれを否定する。

 

『お前は……』

 

 有り得ない。
 アイツが“力”に目覚めたなんて、有り得ない。俺がこうして存在しているんだから、
それだけは絶対に有り得ない!
 じゃあ、“アレ”は何だ?
 俺に対抗できる、“アレ”は、何なんだ!?
 俺に対抗できるってことは、“アレ”はアイツの“力”? 
アイツの“心の鎧”じゃないのか?
 違う! それだけは有り得ないんだ! 俺がいるんだから! 
アイツは、俺を拒絶しているんだから! じゃあ、じゃあ――!

 

『お前は……お前はっ! お前は一体何なんだああああぁぁぁぁぁぁッ!?』

 

――怨讐の血刃

 

 自問自答の末に生まれた猛烈な不安を吹き飛ばさんばかりの絶叫を上げ、
彼は“アロンダイト”を振り上げた。

 

 有り得ない想像しか浮かばない“何者か”を“本体”諸共叩き潰すために。
 半ばから断ち切られた水色の刀身を、それまでとは比べ物にならないほどの
速度を持たせて振り下ろす。
 自分の存在を脅かしているかもしれない“何者か”も、流石にこれは防げまい。
 そう考えていた彼の耳に、それまで何も行動を起こしていなかった“本体”――片方だけ
開けられた真紅の目から光彩が消えたシンのその言葉が、確かに聞こえた。

 

「――“カグツイザナギ”」

 

 その言葉に反応したかのように“何者か”――“カグツイザナギ”が空いている左手を彼に向けた。
 そう思った刹那、

 

――アギ

 

彼の全身を灼熱の炎が包み込んだ。

 

「見えたクマ!」

 

 集団の一人の、赤と青の着ぐるみ姿が手首の無い太い腕をそれに突き付ける。
 その先では、“影”が今まさに必殺の攻撃を繰り出そうとしているところだった。

 

「デッケー……つか、何アレ!? ロボットだよな!? どー見てもロボットだよな!? な!?」

 

 9メートル弱程度のその巨体はトリコロールの装甲に覆われ、背から機械の翼を生やしたその姿は、
誰が見ても同様にロボットと表現するだろう。
 加えて、所々が壊れて緑色に光る目から血涙を流すその様は禍々しくも、そのスタイリッシュとも
いえない事も無いシルエットと合わさり、独特の味を出している。
 その様に、スゲーカッコイイ、と男心を刺激されたように叫んでいた茶髪の少年が、
同行する緑ジャージの少女に、燥いでる場合か、と後頭部をチョップされる。
 だが、集団の先頭を走っていた灰色の髪の少年の視線は、それとは別のものを捉えた。

 

「――っ!?」

 

「痛てて……ん? どしたよ相棒?」

 

 後頭部を撫でていた茶髪の少年が、灰色髪の少年の異変に気づき、声を掛ける。
 その声に、灰色髪の少年は“それ”を指差すことで答えた。
 その指先は、“影”が手に持つ、半ばから断ち切られた、凝固した血の如き赤黒い刃の剣のような武器を
振り下ろそうとする、その眼前を指示していた。

 

「んなっ!?」

 

「えっ、何? 何かあったの――って嘘!? アレってまさか!?」

 

「何でクマ!? “影”はまだ暴走中なのに! ちゅーか、アレってセンセイの!」

 

 集団が、一様に驚きの声を上げる。
 “まだ存在しない筈”のモノが、そこにいた。
 蛇腹状の仮面に覆われた顔と、右手に持つ矛。赤いオーラのようなものに包まれ、
所々が燃え上がり、見た事のない赤い服を着ているという違いはあれど、その姿はあまりに酷似していた。
 その“まだ生まれていない筈の心の鎧”は、あまりにも見知った姿をしていたのだ。

 

「――“イザナギ”?」

 

“影”の全身があっという間に燃え上がったのは、呆然と灰色髪の少年がそう呟いた、
そのすぐ後だった。

 

『ぐわあああああぁぁぁぁ!!』

 

 悲鳴を上げ、炎の中で“デスティニー”がのたうつ。
 赤青白に塗り分けられていた装甲と、その身にしがみ付いていた亡者達が、
その全身を覆う炎に炙られ、見る見る内に消し炭へと変わっていく。
 その様を、ボンヤリとシンは眺めていた。

 

『ぐくっ、クソオォッ! 何なんだよ、ソイツはァッ!?』

 

 ソイツ?
 ああ、コイツか?
 怨嗟の叫びを上げる“デスティニー”が何の事を言っているのか分かり、シンは顔を上げた。
 ボヤける片目の視界の中に、宙に佇むその後ろ姿が映った。
 3メートルはあろうかという巨体を、所々が燃える“ザフトレッド”の制服に包み、
刀身の燃え上がる赤黒い矛を持った、先端から火の上がる鉢巻を額に巻いた仮面の怪人。
 その仮面の隙間から除く金色の双眸だけでは、その表情を読み取ることは出来ない。
 それが、自らの無意識の海とやらより生まれ出でた“心の鎧(ペルソナ)”というものだということ。
 そしてその名が“カグツイザナギ”ということは、それを呼び出したその瞬間に分かった。
 呼び出した瞬間に、その情報が頭に浮かんだといった方が正しいか。

 

『有り得ない、有り得ないッ! 俺がここにいるのに! お前は俺を拒んだのに!!』

 

 いつの間にやら、“デスティニー”の装甲はそのほとんどが燃え落ち、
その身を食らっていた炎も鎮火していた。
 代わりに、赤いパイロットスーツの所々を焦げさせたもう一人のシンが、
黒煙と陽炎の中で荒い息を立てて叫んでいた。

 

『ソイツは一体何なんだよォッ!? そんな、どこから湧いて出たかも分かんないような“力”を使ってまで、
俺を受け入れたくないってのかよオオオォォッ!?』

 

 ウルサイ。
 何が受け入れたくないだ。ありもしないデタラメしか言わなかったクセに。
 どこから湧いて出た? なら、お前もどこから湧いて出てきたんだよ?
 いい加減、自分と同じ姿で騒がしく喚くそいつが鬱陶しくなってきた。
 その心情を悟ったかのように、カグツイザナギが刃の燃え盛る矛を袈裟懸けに構える。

 

――消えちまえ、化け物。二度と俺の前に現れるな。

 

 カグツイザナギが、矛を振り抜いた。
 それによって生まれた炎の波が、もう一人のシンを飲み込み、巨大な火柱を発生させる。
 その火柱が消えた後には、焦げ付いたアスファルトの地面のみが残っていた。
 それを見届けてすぐに、シンの視界がぐにゃりと歪んだ。
 全身が、思い出したように痛み出した。瞼も鉛に変化したかのように重い。
 カグツイザナギの体が細かな光となって四散し、元のカードに戻るのが見えた。
 どうやら、限界らしい。
 それを悟るや否や、自分に駆け寄る集団を視界に入れる間も無く、シンの意識は
深い闇の中に猛烈な速さで沈んでいくのだった。

 

 2nd PHASE The world in televisions, and the another world.

 
 
  • いつの作品か知らんが酷いなこれ…自分のシャドウが出てるのにペルソナ出すとか設定とか調べてないな -- 2014-04-27 (日) 09:42:29
  • くっせぇ -- 2014-05-02 (金) 23:27:08
  • 中二+脳内独自設定か。くさい -- 2014-05-05 (月) 09:35:04
  • ↑そんなこといってたらSS -- 2014-05-07 (水) 10:32:37
  • なんて書けないわ。気に入らないんなら見るな -- 2014-05-07 (水) 10:32:59