第七話『黒き鬼』
「……第五格納庫がここまで酷い状態だとは」
「無理もないだろ。あの鬼は地下から攻めてきたんだからな」
防護服を着込んだ研究員が二人、研究所地下の格納庫の一つを調査していた。
――廃棄されたプロトゲッターの墓場。普通の研究員ならば普段は立ち寄りもしないような場所だ。
「とりあえず、壁の穴だけでも塞がないとな。またいつ攻められるか分からん」
「あぁ……ん?」
「どうした?」
「いや、数が少ないと思ってな」
今までに造られたプロトゲッターの数は開発初期から関わっているメンバーですら定かではない。
研究所内に次々と格納庫が増設されていったのも廃棄された機体を解体できないままに新型を造り続けたのが原因である。
だがその割には、この場に置かれているプロトゲッターは少ないように見えた。
「ああ……『墓荒らし』だよ」
「『墓荒らし』?」
「他に呼びようがないからこんな風に呼ばれてるらしいがな。ま、気にするなってことだ」
もう一度格納庫の中を見下ろす。
――なくなったプロトゲッターはいったいどこに消えたのか、それを知るのは彼が地上に戻ってからだった。
「え~と、ここの確かここの配線……あった!」
プロトゲッターのコクピットの下に潜り込んだシンは慎重にケーブルを取り外し、使い古されたナップザックに放り込む。
「よし、これで……痛ッ!?」
頭をぶつけた。ジンジンと響くような痛みに顔をしかめながらなんとか這いずり出る。
簡易昇降機でゲッター3系列のプロトゲッターから降りながら格納庫の一角を見つめる。
――宙に吊り下げられたプロトゲッター、先日の戦いでシンが乗った一機だった。
その周囲には無数のプロトゲッターの亡骸が転がっている。すべてシンが地下の格納庫から移動させたものだ。
前回の襲撃から早くも一週間が経過した。
被害を受けてない箇所はないと断言できるほどの損害を被った研究所はほとんど休む間もなく復旧作業に忙殺されていた。
しかもその間の鬼の再襲撃を警戒してゲッターの整備と調整も並行して行っているのである。
すでに何人かの研究員は病院へと搬送されてしまったほどに過酷な状態だった。
そんな中で、シンはただ一人プロトゲッターの生きたパーツを探し求めていた。
すべてはプロトゲッターを一機、完全な形で使用可能な状態に修繕するためである。
……そう、修理ではなく修繕だ。ほとんどは規格が同一のもののためコクピット周りや主要内部機構は共有できる部品もある。
だがそれ以外の場所、例えば欠損した頭部や右腕などは無理矢理別の機体のものをくっつけるしかないのだ。
故にどうしても全体的なバランスが崩れ、ツギハギになってしまうのは目に見えていた。
だがそれでも、シンはその作業に一週間もの時間を費やしていた。
「……待ってろよ、絶対にまた戦えるようにしてやるからな」
大破同然の機体に向けて決意を込めた誓いを告げる。
――そんな彼を見下ろす者たちに、その姿はどう映っているのだろうか……
「おい、いいのか? ずっとあんなことさせといて」
「別に構わんだろう。どうせすぐに思い知るだろうさ」
残骸ひしめく格納庫を見下ろしながら弁慶と隼人は言葉を交わしていた。
「思い知る?」
「お前だって分かっているだろう。ゲッターに必要なものは三人のパイロットと三つのゲッター炉心だ。
現状でゲッターを操れるのは俺たち以外にあいつだけ、博士が乗るにしても二人だけだ。
それに見てみろ、ジャガー号のダメージが深すぎて炉心に亀裂が走ってるのがここからでも分かる。
あんな状態のものに手足と頭をつけただけならそいつはただの馬鹿デカイ棺桶だ、合体も変形も出来ないな」
的確に、そして冷徹に隼人は告げる。
「……本当にどうにもならねぇのか?」
「根本的な問題だ、根性論で乗り切ることはできん。どうにかなってほしいのか?」
心配そうに階下の様子を窺う弁慶の視線が隼人に向けられる。どこか憤りすら感じられるような双眸だった。
「俺たちはあいつが今までどれだけ必死にやってきたか知ってるだろう? それでも俺たちがしてやれるようなことって本当に何もないのか?」
「ない、何もな」
即答。ただの決め付けではなく現状の情報をまとめて弾き出された結論だった。
「俺たちがしてやれるのは早くあいつが諦めることを祈るだけさ。もっともアイツは違うようだがな」
「アイツ?」
下から上へと隼人の目線が動く。
そこには二人よりもさらに高い場所からシンを見下ろす男がいた
「竜馬……」
「俺たちよりも多少は付き合いが長い、無理もない話か」
クッ、と小さく笑って隼人は歩き出す。
「…………おい、隼人」
小さな呼びかけに隼人は肩越しに振り返る。弁慶は食い入るように下に目を向けていた。
「どうした?」
その様子につられて隼人も再び視線を格納庫に向ける。
「……早乙女博士?」
黙々と取り外したパーツを整理するシンの背後に早乙女が立っていた。
「――まだ続けておったのか」
「……許可を出したのはアンタだろ、何か問題でもあるのかよ?」
背中にかけられた声に言葉だけを返す。コクピット周りのパーツが思いのほか多量になってしまい、細かく整理しなければどこに必要なものなのか分からなくなってしまったのだ。
「確かに許可は出した。だがこうも言ったはずだ、無駄なことだとな」
「まだコイツは形にもなっちゃいないんだ、決め付けるには気が早いだろ?」
まだまだ摩耗したパーツを探さなければならない。まともに動きさえすれば失った手足の代用を強引ではあるが繋げることも出来る。
「……貴様がそこまでする理由はあるまい」
その言葉に、動きが止まった。
「達人との約束か? それともただの意地か? もしそんな理由であるならくだらんな、死に急ぐだけで意味など何も無い」
「――意味、か」
振り返る。そこには相変わらず得体の知れない畏怖を感じさせる男がいた。
「意味がなくちゃ何もしちゃいけないのか?」
「何?」
「理由がなければ指をくわえて黙って見ていなけりゃならないのか?」
ふつふつと激情が沸き上がってくる。ただ感情のままに溢れ出す言葉を止めることなく一気にぶちまける。
「達人さんと約束もある、意地っていうのも否定はしないさ。でもな、確かにアンタの言うとおりだよ。 そんなのは理由にはならない」
譲り受けた約束は自身のものではなく、意地はただの自己満足にしか成り得ない。
それを理由になんてするつもりはない。
「でも、それでもだ、それが理由にならなくても俺は何もせずにいることなんて出来ない!」
プロトゲッターの残骸を指差す。
「こんなものを見せられて! あんなものを見せられて! 何もしないなんて選択ができるもんか! 何もせずに何もかも失うのをただ見てることなんてできるか!!」
ありったけの憤りを言葉に込めた。だが目の前の男の表情は崩れない。相変わらずの鉄面皮だ。
「……それが貴様が戦おうとする理由か」
「笑いたきゃ笑えよ。何を言われても止めるつもりなんてないからな」
「好きにしろ。許可は出したんだからな」
ボロボロの白衣が翻る。下駄の響く音を残しながら早乙女は格納庫から去っていった。
「…………」
しばらく早乙女が消えた闇を睨みつけていたが、意味が無いことを悟って再びパーツの山に向き直る。
「――クソ、また最初からだ」
メモくらいしとけばよかった、と後悔しながらパーツの整理を一からやり直し始めた。
「…………フン」
つまらなそうに鼻を鳴らして隼人は今度こそ歩き去っていく。
「お、おい隼人」
弁慶がその背中に声をかけるが、今度は一度も振り返ることはなかった。
格納庫を見下ろし、そして上を見上げる。
いつの間にか竜馬もそこから立ち去っていた。
「シン……」
パーツの整理に四苦八苦する少年は、上から見下ろす視線に最後まで気付くことはなかった。