「まずいことになったな……」
巨大な剣を構えたアストレイブルーフレームセカンドLのコクピット内で、傭兵部隊『サーペントテール』の叢雲劾は苦々しげに呟いた。
『なんなんだこいつ等っ!? はっ速い!』
『クッ! 雑魚の分際でぇっ!』
その両翼に陣取るのは同じくサーペントテールのイライジャ・キールが駆る専用ザクと、別の傭兵部隊を率いているカナード・パルスのドレットノートイータだ。
その眼前には、三角状の陣形を取りながら彼らと一定距離を保つ連合の新型量産機、ウィンダムが三機。宇宙用M1アストレイを主体としたアメノミハシラ防衛部隊が傭兵三人の後ろから援護攻撃を行うが、エールストライカーを装備したウィンダムは無駄のない動きでそれらを全てかわしていく。
アメノミハシラに接近してきたのは型式不明の宇宙戦艦一隻──それがアーモリーワンに奇襲をかけたガーティー・ルーと同型の艦とは当時知られていなかった──のみ。それに対しアメノミハシラは決して油断せず、十分な数の防衛部隊と傭兵を素早く出撃させ、警報を鳴らした……だが、その迅速な行動が裏目に出た。出撃直後にアメノミハシラ下層部で爆発が発生。敵の侵入が報告されたのは、敵MS部隊が防衛部隊に一気に切り込んできた直後だった。
そして更に予想外の事に、防衛部隊は未だに所属不明機を排除することが出来ないでいた。数では圧倒的に勝っていた、現に5機ほど居たダガーLは囲んでの集中攻撃で瞬く間に倒せたのに、だ。
曲者だったのは残った三機のウィンダムだ。機械の様に正確、かつ柔軟性を持った射撃と回避。まるで一心同体のように互いを活かし、隙を見せない完璧なフォーメーション──手も足も出ず、もはや足手まといの防衛部隊を後方に下がらせ、傭兵達がメインで闘っていても状況はまるで好転していなかった。
『消えろっ! 消えろっ! 消えろおぉッッ!』
ドレットノートが背部の大型装備『イータ・ユニット』をバスターモードで展開、各二門の機関砲とビームキャノンをウィンダム目掛け放つ。ウィンダム達が散開した所に、三人がそれぞれ一機ずつに接近する。
「任務はアメノミハシラを守る事……時間を掛けるわけにはいかない」
放たれるビームを大剣形態に変形させた多目的バックパック『タクティカル・アームズ』で薙ぎ払いながら、ブルーフレームが一機に肉薄し斬りかかる。それをウィンダムはシールドで受け止めつつ刃を滑らせ、逆にシールド裏に装備された二発の小型ミサイルを発射、至近距離からブルーフレームにぶつけようとする。
「くっ!」
咄嗟に後退しつつタクティカル・アームズを引き戻し、その刀身でミサイルを受け止める。衝撃が厚いラミネート装甲で出来た刀身を伝わり、コクピットを揺らした。
(こいつ等の動きには、戸惑いも恐怖も何もない……まるで機械だ。パイロットは本当に人間なのか?)
冷や汗を流しながら、劾は正面のウィンダムを見据える。眼前の敵は再び無駄のない動きで、右手に持ったライフルをブルーフレームに向けて持ち上げた。
「一体何がどうなっている!?」
アメノミハシラの司令室で、ミナが声を上げた。流石の彼女もこの状況に、その凛とした佇まいを崩す事はなくとも動揺を隠し切ることは出来なかったようだ。
眼前の大型モニターに映るのはたった三機のMSに押さえられる傭兵達と、手も足も出せていない自らの兵達。だがそれ以上にミナを驚愕せしめたのは、別のモニターに映るアメノミハシラ内部の監視カメラの映像と、通信機から伝わり消えていく、恐怖に満ちた叫び声だ。
『こ、こちら2番カタパルト! 侵入者が、灰色のパイロットスーツを着た侵入者が……っ! く、来るな! こっちに来るなぁぁぁぁ!』
『司令室! 司令室っ! 助けっ、助けてくれ! ゾンビが、ゾンビが仲間を食って仲間がゾンビにっ! 急いで、急いで救援を! おい司令室聞いてるのかっ!? チクショウもう誰でもいい、助けて! 助け──』
『イヤアァァァァァッッ! やめて! やめてお願いだから許して! イヤ、イヤ……イヤイヤイヤイヤイヤイヤ────ッッ!』
どこもかしこも通信は悲痛な叫びを最後に途絶し、監視カメラに最後に映った者達は例外なく切り倒され、引き千切られ、陵辱され──唯一つの例外なく惨殺されていく。
いやむしろ、殺されて終わった者はまだ幸せかもしれない。
「ゾンビ、だと……いつからアメノミハシラはパニックホラー映画のロケ地になったっ!?」
まだ残っているカメラから映る異様な光景……それはゾンビの群れ。殺された筈の人間がゾンビとなって生者を喰い殺し、その死体が新たなゾンビとなって立ち上がる。正に地獄とはこのことか。
「やはり……『妖蛆の秘密』の力」
背後からの声にミナが振り返る。表情を引き締めたティトゥスが、司令室に入ってきていた。
「お前達……『妖蛆の秘密』というのはあの……魔導書というやつか」
「然り。そしてその使い手は……」
ティトゥスは顔をモニターに向ける。下層の宇宙船用ドックにある監視カメラの映像に一瞬映った道化師の姿を、ティトゥスは見逃さなかった。
「……最強にして最悪の魔術師、逆十字[アンチクロス]だ」
「やれやれ、肉体労働は苦手なんですが……」
「そりゃ私もそうだけど、まあこの場合は仕方ないんじゃない?」
「こらそこー! のんきなこと言ってる暇があるなら走る走る撃つーー!」
「あ、あの~、本当に撃っちゃっていいんでしょうか~?」
そこら中でゾンビが蠢く宇宙船ドッグを、ジャンク屋組合の長リーアム・ガーフィールドと同じくジャンク屋のプロフェッサー、山吹樹里、ユン・セファンはひたすら走り続けていた。沸いて出るゾンビ共をそれぞれ手に持った火器で最低限駆逐しながら、とにかく駐留してある筈のリ・ホームへと向かう。
何故上層に向かわずリ・ホームに向かっているのかというと、下手にゾンビの多い狭い通路を通って上層ブロックへ向かうより、割と彼等が居た場所から近場にあり、MSや環境設備を持つリ・ホームへと向かったほうが効率がいいというリーアムとプロフェッサーの意見からだった。
幾らゾンビとはいえ元は人間ということで撃つのを戸惑っているユンに、プロフェッサーは表情一つ変えず淡々と言い放った。
「連中だって好き好んでゾンビになってるわけじゃないでしょ。ここはサクッと始末してあげるのがあちらさんの為にもなるってことよ」
「は、はあ、そんなものなんでしょうか~?」
「なんでこんな事に~! ホラー映画は嫌いじゃないけど自分が出るのはイヤーーーッ! こんな時にロウは 何処にいんのよーーー!」
正しいんだかそうでないんだか分からない答えを普通に言うプロフェッサーに、ソバカスの浮いた顔を半泣き状態にしたユンは困惑する。その横では樹里が半狂乱でゾンビの群れに銃を撃ちまくっている。本来は臆病な性格なのだが……想定以上の恐怖にネジが何本か飛んでいるらしい。
「この状況、我々が生き残るためには仕方ないでしょう。とにかく、なんとかリ・ホームに辿り着かなくては。
せめて作業用でもMSが確保出来れば楽だったんですが、こうゾンビで溢れていては……っ!?」
リーアムが鼻元を手で覆い、顔を顰める。血と肉と臓物の生々しい匂いで満ちたドックに、更に濃密で不快な悪臭が漂ってきたからだ。
ズルッ、ズルッ──何時の間にか集まり、歩みを止めたゾンビ共の後方から、奇妙な衣擦れの音と共に、その匂いの元は近付いてくる。
「オホホホホ、おこんばんわ~。雌のイイ匂いがすると思ったら、結構な上玉が集まってるじゃな~い♪」
そしてゾンビの壁が道を開け、その異形は現れる。奇怪な仮面とローブを纏った道化師風の太った大男の出現に、ユンと樹里はヒッと小さな悲鳴を上げた。
「あ、貴方は一体、何者です!?」
「あらっイイ男。でも流石に歳が行き過ぎね、アンタには興味ないわ……でもまあ誰だと聞かれたら答えてあげるが世の情けかしら。アタシはティベリウス、死を支配する魔導書『妖蛆の秘密』を持つ魔術師よん☆」
ローブから露わにした、体系とは裏腹なひしゃげた腕。その掌に何処からともなく現れる一冊の書物。分厚いその表紙は鉄に覆われ、その色はどす黒く染まっている。そしてそこには蠢くもの……大小の蛆虫が、大量に沸いていた。
「魔術師……?」
「この世界じゃ信じられないのも無理ないけど。ま、信じようと信じまいとどーでもいいわ」
書物を手品のように消し、ニヤけた仮面の奥から下卑た笑いを響かせながら、ティベリウスは四人に近寄っていく。
「そ・れ・よ・り♪ 見れば見るほどオイシそうなこと。ナイスバディなオネエサマにスレンダーなお嬢ちゃん、そっちのソバカスの子もよくよく見ればバランス取れてていい感じじゃな~い♪」
「こ、こっちに来るなぁ!」
舌なめずりの音をたてながら近付いてくるティベリウスに、樹里が後ずさりながら銃を向ける……しかし、その震えた手は引き金を引けない。ゾンビはまだしも、生身の人間に銃を撃つのは流石に抵抗があるのだろう。
「アラアラ、怖がっちゃヤ~よ。このアタシが優しく、丁寧に、手取り足取り腰取りカワイがってア・ゲ・ルブルォァッ!?」
喋ってた途中の道化師に、弾丸の雨が叩き込まれた。あっと言う間にボロ雑巾のようになったティベリウスは後方に吹っ飛び、床に倒れ伏す。カツンと、外れた仮面が転がった。
「悪いけど趣味じゃないわ、帰って」
「ププププロフェッサーーーーーッッ!?」
「いきなりですか~!? っていうか躊躇なく撃ちました~っ!?」
「何言ってるの、障害は排除しないといけないでしょ? まだゾンビだって山ほどいるのよ?」
銃口から煙を上げるマシンガン片手に、プロフェッサーは煙草を吹かす。その憮然とした態度に樹里とユンは顔を引きつらせた……直後、
「ホント酷いわね、喋ってる途中に横槍入れるなんてマナー違反じゃない?」
「っ! 危ないっ!」
ボロボロになったローブの下から何かが伸び、樹里達に迫る。それを見たリーアムが三人を突き飛ばし、伸びた何かはリーアムの全身に絡まり、首を締め上げる。
「リーアムっ……キャアアアアアッ!?」
「な、なんですかこれえぇぇぇぇ!?」
「あら、これは……ちょっとマズイ、かしらねっ……」
突き飛ばされた三人がリーアムを助けようとしたが、更にローブの下から新たに伸びたそれらが全員を拘束し、地面から持ち上げる。
彼等の身体を縛るそれは……腸だ。腐り切った肉は黒ずみ、グロテスクさを引き立たせている。染み出る生暖かい粘液が身体を汚し、嫌悪感を増大させる。
「イヤ、イヤァッ! なにこれぇ!? 汚い気持ち悪い気色悪い~っ!」
「あらあら、そんな事言わないでよ。アナタの肌がキモチイイって、アタシのイキのいい内臓ちゃんも嬉しくてビクビクしてるんだからぁん♪」
悲鳴を上げる樹里に、更に追い討ちで絶望感を与える声。
倒れていたティベリウスが、ローブを引きずりながら立ち上がる。開いた腹の中からは四人を拘束する腸が伸び、さらにその内側は全ての内臓が腐り落ち、大量の蝿、蛆、その他諸々の蟲が蠢いている。
そして、仮面の外れたその顔は──
「キャアアアアアアアアアアッ! お、オバケェェェェ!?」
「ガ、ガイコツさんですかあぁぁぁぁぁ!?」
「あら失礼ね、カッコイイでしょ?」
樹里とユンが一際大きな悲鳴を上げる。ティベリウスはまだわずかに腐肉を残した己の髑髏をカタカタと鳴らしながら、落としていた仮面を拾い上げる。
「成る程、ゾンビの親玉はやっぱりゾンビだったってワケね……油断したわ」
「わ、私達を……どうする気、ですか……」
プロフェッサーが珍しく不機嫌そうに呟き、首を絞められているリーアムは苦しそうに問う。
「そんなの決まってるじゃない、これから楽しい楽しいオトナのプレイタイムよ。壊れるくらい……いえ、壊れてからもアタシのぶっとい一物や腸で、穴という穴全部ズンズン突き刺してア・ゲ・ル♪ ノーマルから触手プレイ、死姦プレイまでよりどりみどりよ~ん。文字通り昇天させてアゲルわ~……でも、その前に」
吐き気をもよおす内容を当然のように、実に嬉しそうに言い放つティベリウス。だが最後に、その声のトーンが急に低くなった。
「男は要らないわ」
「……っ!? かはっ……っ!」
「「リーアムっ!?」」
「リーアムさんっ!?」
突然、リーアムの首を締め上げていた腸──否、もはや触手と呼ぶに相応しい歪な肉の力が強まる。リーアムが目を見開き、苦しげに呻く様に他の三人はジタバタと身体を動かすが、拘束は弱まらない。
「あと二十年も若かったらアタシ好みのショタ美少年だったっぽいけど……ま、邪魔だからさっさと死んで頂戴。あ、ダイジョブダイジョブ、死んだらちゃんとゾンビにしてあげるから安心なさいな」
「やめて、やめてよぉ! リーアム、リーアム!」
「オホホホホホホ! オーーッホホホホホホホホ!」
樹里が叫んでも、プロフェッサーがティベリウスを睨みつけても、ユンがポロポロ涙を流しても……事態は何一つ好転しない。むしろそれを見て楽しげにティベリウスは嘲笑う。
リーアムの目が血走り、口からの呻き声がかすれ始め……今にもその意識が落ちようとしたその時、
「──我の客人達を離してもらおうか、外道」
二発の銃声と共に、その高貴な声が響き渡った。
「グッ! ッハッゴホッ……」
銃弾が首に絡みついた触手を引き裂き、地面に落ちたリーアムが呼吸を再開する。
「誰!?」
ティベリウスが銃弾の飛んできた方向を睨む。リーアム達の後方、通路の奥に立っていたのは、上から下まで黒で統一された麗人。その手に持つ金色の古式拳銃が黒に映える。
そしてその表情は、見るだけで怖気を誘うような貌だ。その細められた眼からは映る全てを射殺さんほどの冷たさを放っている。
「ここの主だ。招待してもいないのに現れた無作法な来訪者が居ると聞いてな、直接用件を聞きに来た」
「ゴホッ……ロ、ロンド・サハク……」
「……オホホホホホ! まさかアンタの方から直接来てもらえるとは思わなかったわ、ロ・ン・ド・ちゃん☆」
ミナに見据えられても、ティベリウスはその人を小馬鹿にした態度を崩さない。仮面の口部分から覗かせた舌を仮面に這わせながら、下種で卑猥な言葉を吐き出し続ける。
「ん~、やっぱり直接見ても美人だわ~。その引き締まった体もサイコー、さぞ具合がいいんでしょうね~」
「何が目的だ? 何のために我等を攻め、我の城に押し入り、我が臣民を手にかけた?」
「ああ~ん怒っちゃイヤよぉん。でもその怒った声も凛々しくてス・テ・キ♪ 早く悲鳴を聞いてみっ」
ドンッ!と銃声が響き、言葉を遮られたティベリウスの頭がのけぞった。ミナの握った拳銃の銃口から、白煙が立ち上る。
「さっさと答えろ魔術師。貴様の様な下衆に使ってやる時間は我にとって惜しすぎるのだ……とはいえ、仮に答えたからとて無事に帰れるとは思うな。我が民をあのような姿に辱めた罪、生半可な罰で終わると思うなよ、蛆虫!」
ミナの表情が明確な怒りを形作る。唇は引き締められ、眉間に険しく皺が寄る。吊り上げられた眼からはそれまで以上の冷たさを放つと同時に、激しく燃える憤怒の色を覗かせた。
「……何よ何よ、熱くなっちゃって。あ~ヤダヤダ」
ティベリウスがのけぞった頭を戻す。眉間に穴の開いた仮面が一回転、憤怒の貌に早変わりした。
「調子乗ってんじゃねえぞこのアマァ! 手足全部バラした後犯しまくって、そのスカした顔に雌豚以下のアヘ面しか浮かばなくなるまで調教してやらぁっ!」
ティベリウスの腹から新たな触手が伸び、ミナに迫る。だが、ミナは動じない。
「……そうか、そういう態度を取るか。なら仕方あるまい」
腐臭と腐汁を撒き散らす臓腑の触手がミナに絡み付こうとし──
「下劣で礼儀知らずな輩には、用心棒に対応してもらうとしよう」
──直前、疾った二本の白刃によって細切れに寸断された。
「なっ!? ア、アンタはっ!?」
ティベリウスの驚愕を他所に、二本の刀で触手を斬り裂いた黒いサムライはそのままティベリウス目掛け通路を駆け抜ける。
触手に捕らわれた樹里達の横を影が抜けていった瞬間、彼女等を捕えていた触手もまたバラバラに切り落される。地面に落ち尻餅を付いた樹里とユンが軽く声を上げるが、彼女達の身体には切り傷一つついてはいない。
そのままサムライはティベリウスの眼前まで駆け抜け、その二刀を道化師へと振り下ろした。刀を両腕の鉤爪で受け止めたティベリウスの仮面が、驚愕を映した青の仮面に変わる。
「アンタ、ティトゥス!? リベル・レギスに吹き飛ばされて死んだ筈じゃ……あるばっ!」
その仮面に回し蹴りを叩き込まれ、道化師の巨体が後方に吹っ飛ぶ。そのまま彼は後方で停止していたゾンビの群れに突っ込み、結構な数のゾンビを自らの身体で潰した挙句飛び散った腐肉と腐汁に埋まる。
「危なっかしい事をなさる……ここまでに沸いていたゾンビ共の始末を頼んでおいて、自分はさっさと先に進んで彼奴の前に姿を晒すなどと。拙者が間に合わなかったらどうするつもりだったのか」
「何を言う。人の庭を土足で荒らされて、主が顔も見せずに黙っておけるものか。それに、期待通りの見事なタイミングで来てくれたではないか……無事か、リーアム代表にその他の諸君」
「え、ええ……助かりましたよ」
「私達はその他扱いですか……」
少々目を細めで呆れ気味に言うティトゥスの言葉を軽く流しながら、ミナが倒れたリーアムに手を伸ばす。立ち上がるリーアムの横で、樹里が自力で立ち上がりんがらぼやいた。
「……やってくれんじゃないのよ、ハラキリ男」
低く抑えられた声とともに、ゾンビの残骸の中から道化師が立ち上がった。腐肉まみれのローブを翻し、床や壁に腐臭と一緒に撒き散らす。
「……奴には清掃代も請求せねばならんかな」
「馬鹿を言っていないで下がってくれぬか。ここからはもうタダでは済まんぞ」
「分かっている……リーアム代表、早く彼女等を連れて上へ。そうすればもう追っ手はない」
「分かりました。さ、皆さん」
「ちょっと興味あるけど、まあ仕方ないわね」
「え、ええとぉ、あちらのお侍さんは……」
「あの人は大丈夫! 早く行きましょ! もうグロいのはイヤー!」
ミナに促され、ジャンク屋の面々が通路の奥へと走っていく。ミナと彼女を見据えるティトゥスが残り……最後にミナが、トーンの下がった口調でティトゥスにハッキリと言い放った。
「……では、後は任せたぞ。確認しておくが、我の依頼は『侵入者の速やかなる捕縛もしくは殲滅』だ……遠慮はいらん、好きなようにやれ」
「……委細、承知」
その言葉に満足げに微笑み、身を翻すミナ。
「ちょっと待ちなさいよ、アタシのこと忘れてんじゃないわよ!」
ティベリウスはそれを見て彼女を追おうとするが、振り返ったティトゥスがその前に立ち塞がる。
「客人、ここからは関係者以外立ち入り禁止だ」
「……オーッホッホッホッホ! 随分と落ちたもんじゃないティトゥスちゃん。かつてはアタシ達と同じ
『アンチクロス』の席に座っていたアンタが、今はあんな女の飼い犬? 無様すぎて笑っちゃうわ!」
「……今の拙者は唯の傭兵だ。それ以外の何者でもない」
笑い転げるティベリウスに、ティトゥスは両手をそれぞれ上下段に広げつつ、刀を交差させて答える。
「故に……依頼に従い、貴様を斬る。聞きたいことは山ほどあるが……今はこれ以上語ることはない」
「斬る? 今のアンタが?このアタシを? ……オーーーーーーホッホッホッホッッ!」
ティトゥスの言葉に、ティベリウスは仮面を百面相させながら大きな馬鹿笑いを上げる。ティトゥスは何の反応も示さず、刀を構えて動かない。
「ムリよムリムリ!アンタごときにこのアタシが殺せると本気で思ってるの?さっきは油断したけど、今のアンタのヘッポコ剣術じゃアタシを殺すどころか傷一つだってつ」
「斬」
ティベリウスが言い終わるのを待たず、ティトゥスはティベリウスの懐に踏み込み、両の刀をその首に突き立てた。
「けっ……らんれぇぃっ!?」
そのまま柄を捻り、腐肉を抉りながら刃を外側へ向ける。一気に両手を広げティベリウスの首を落とし、更に返す刀で胴体を×字に斬り裂く。しかし……
「……やるじゃないのよ。けど、無駄だって言ってるでしょ」
まだ、終わってなどいない。
胴体の裂かれた部分から触手が溢れ、分かたれた胴体と首に絡みつくと共に残りがティトゥスに迫る。
ティトゥスはバックステップしながら触手に斬り付けるが、斬った後ろから別の触手が迫り、それに対処している間に斬った触手が再生する。何度も斬り付け触手の勢いが止まった時には、ティベリウスの身体は綺麗に繋がり元へと戻っていた。
「アタシは不、死、身☆そんなナマクラ刀でアタシが殺せるわけないでしょ。同じアンチクロスだった
アンタはよく分かってるでしょうに……ま、ちょっとビックリはしたケド。そんな並よりちょっと上程度の魔力しか感じない身体のクセして、そこまで動けるなんてねぇ……けど」
突然、ティベリウスの後方で待機していたゾンビ達が前へと出てくる。十数体のゾンビが前に出たのを確認してから、ティベリウスは右手を前に出し……
「これは避けられるかしら?」
ひしゃがれた指をパチンと鳴らした瞬間、ゾンビが一斉にティトゥスに飛び掛る。
ティトゥスは向かってくるゾンビを刀を振るい次々と斬り倒していく。横斬り、縦斬り、袈裟斬り、斬り上げ、薙ぎ払い、斬り落とし……ありとあらゆる太刀筋で向かってくるゾンビを斬り続けるが、そのの勢いは止まらない。愚鈍だが肉体の限界を超えた力を持つ腕が、アングリと広げられた口内で光る歯が、ティトゥスの肉を引き千切り喰らわんと這い寄って来る。
「結構保つわねえ……それじゃ、これはどう!?」
ティベリウスがもう一度指を鳴らす──直後ゾンビが内側から弾け、臓腑で構成された何本もの触手がティトゥスに迫る。しかも眼前のゾンビだけではなく、斬った筈の倒れたものからも同様に。
「くっ……裂っ!」
斬撃を一瞬止め、足を曲げ腰と胴を下に深く捻り溜め込む。その隙を突き一気にティトゥス目掛け迫る触手。多くの触手が紙一重の距離まで近付いた瞬間、ティトゥスは溜め込んだ腰を解放し、その場で駒のように回転する。回転と連動して刃を唸らせる刀が、寄って来た触手を次々と輪切りにしていく。
「バカね!」
だが回転の終わり、そこに一瞬だが大きな隙が生まれる。数本の触手が絡まり、一本の太い触手となって横薙ぎにティトゥスの腹部を打った。
「ガハッ……」
ミシリ、と骨の軋む音を聞いた直後、ティトゥスの体が近場の壁まで吹っ飛ばされた。鈍い音を響かせ、壁が歪み亀裂が入る。更に、一本の触手がティトゥスの左肩に深々と突き刺さり、壁ごと串刺しにする。飛び散った血が、壁に血痕を作った。
「ぐああっ!」
「オホホホホホホ、中々いい声で鳴くじゃな~い」
蠢く触手の中から、ティベリウスが鉤爪を構え近寄ってくる。ティトゥスはまだ動く右手の刀で自らを貫く触手を断ち、肩から引き抜く。だが傷は深く、出血も酷くはないが、無視できるほど少なくもない。
「……まさかとは思ったけど、アンタ本当に魔術を使ってないのね。よくそんなザマで皇餓が召喚できたわ、アタシ達だって鬼械神の召喚はまだヤバイから出来ないっていうのに」
黒装束を破り傷口に巻き付けるティトゥスを見て、ティベリウスは呆れた。先ほどからティトゥスの攻撃や動きを見て大方想像は付いていたが、正直ありえないと思っていた。
「なんで使わないのよティトゥスちゃん? せっかくの力、使わないと損じゃないの」
「……拙者はもう、魔術には頼らん。己の力のみで進む……そう、決めたのだ」
「ハァ? ……オーーーーーホッホッホッホッホッッ! 何を言うかと思えば! 何、前の世界でボッコボコにされたから反省しましたとでも言うわけ!? 笑わせないでよ! くだらない、くだらないわ!」
一瞬の呆然の後、ティベリウスは狂ったように一際大きい笑い声を上げ、眼前のティトゥスを罵った。ティトゥスはその侮蔑に言葉を返さなず、俯く。
ティトゥスの様子など気にも留めず、身を振り手を振り仮面を震わせ、ティベリウスは全身でティトゥスへ嘲りを表現する。
「じゃあ何、ユニウスセブンの落下を防ごうとしたのはマジで正義感ぶってやっちゃったワケ?
バカよバカバカ! 何、大十字九郎の影響でも受けて正義の味方ヅラ? アンタが? ギャハハハハハハハハ!」
ティトゥスは反応しない。ティベリウスの言葉に、彼は悔しさや情けなさは微塵にも感じなかった。
──しかし、ティベリウスを見てから既に火のついていた別の感情が、胸中で激しく燃え上がっていた。
「己の力? そんなちっぽけなモノで何が出来るってのよ!? 現にアンタだってユニウスで皇餓使ってんじゃないの! そもそも、人間なんてゴミよ、アタシ達に搾取される為に存在するブタよ、家畜よ!
そんなモノの為に命掛けるなんて馬鹿馬鹿しいにも程があるわ。アンタだって似たような考えで散々殺してたじゃないのよ、ホント今更!」
そう、当時は己もそうだった。弱者など殺す価値もなかったが、同時に生かす価値もなかった。殺すことに拘ってはいなかったが、躊躇もなかった。
目の前の男と、自分は間違いなく同類だった──故に、気付かなかった。
「『汝の欲するところを行え』、結局これが全てなのよ。力を持つ者がゴミを好き放題にする、これが世界の真理そのもの。だからアタシはこの世界でも、どいつもこいつも殺して犯して好き勝手にやらせてもらう、いえそれが当然の権利なのよ!ここの連中も同じよ、ミナちゃんもさっき逃がした連中も、どいつもこいつも犯して殺して喰らい尽くして」
「少し黙れ、腐乱死体」
周辺の空気が、固まる。忙しなく動いていたティベリウスが動きを止め、仮面の奥の腐った眼窩がティトゥスを睨みつける。
「……あんですって?」
「腐った耳では聞き取れなかったか? ならばもう一度言おう」
俯いていた顔を上げ、ティトゥスは真っ向からティベリウスを見据える。その眼に宿るのは、憤怒と憎悪。
「その汚らしい口を止めろと言ったのだ、肥溜。臭い息を吐くな、汚い汁を撒き散らすな、視界に映るな、拙者と同じ空気を吸うな……貴様のその醜悪さ、その全てが我慢ならん」
「んなっ……」
元々侮蔑していた、嫌悪もしていた。だが、同類だったから肝心な事に気付かなかった。相当な時間共に居る事を許容し、気にしないどころか気付きもしなかった。
この人外は、この外道は──唾棄すべき、滅すべき存在だという事に!
「拙者は大罪人、正義を語るつもりも毛頭ない……しかし」
遅かったのかもしれない。今更気付いてもどうしようもないのかもしれない。
「『汝の欲するところを行え』……そう言ったな」
だが、気付いた以上やる事は一つ。それは今、眼前にある。
この感情を抑える必要は無い……この憤怒は、憎悪は、邪悪に対する正しき怒り!
「拙者は貴様が、貴様の行いが甚く気に入らん……故に全身全霊を持って、今貴様を成敗する!
それが今、拙者が最も欲するところだ!」
肩の痛みを無視し、刀を呆然とするティベリウスに振り下ろす。ティベリウスは鉤爪でそれを受け止め、不機嫌極まるといった感じでブツブツと呟き始めた。
「……ウザイ、ウザイウザイウザイウザイウザイウザイ!」
刀を払い、巨体を回転させながら何度も何度も鉤爪をティトゥスにぶつける。二刀でそれを防御するが、肩の痛みに力が入らず、徐々に後退するティトゥス。
「クッ……」
「ハッ! 大層な事言って所詮その程度!? もういいわ、アンタはアンチクロスの頃からちょっと気に入らなかったのよ、武人面気取りやがって……介錯してやるから、ハラキリしてなさい!」
飛び上がり、右手の鉤爪をティトゥスの首へと振り下ろすティベリウス──だがその瞬間、
「我、埋葬にあたわずっ[Dig me no grave]!」
「っ!?」
後方から放たれた光が、ゾンビの群れごとティベリウスを貫いた。
「ギャアアアアアア! 熱っ、あっつゥゥ!」
腹の中央を吹き飛ばされ、地面に落ちたティベリウスはのた打ち回る。
その後方に、辛うじて生き残……もとい、死に損なったゾンビを巨大な砲とガントンファーを両手に殴り倒す少女の影があった。
「キモイゾンビを叩いて砕く、エルザがやらねば誰がやるロボー!」
……随分と楽しそうですね。
「随分といいタイミングで来てくれたな、エルザ」
「当然ロボ、37.5秒前から絶妙かつ感動的なシーン狙ってたロボ」
「この木偶人形……」
親指を立てるジェスチャーをするエルザに、ティトゥスは本気で殺意を持った。当のエルザはティトゥスと会話しながらも、ゾンビを次々に駆逐していく。右手の『我、埋葬にあたわず』の砲身で全身を叩き潰し、左手に持ったガントンファーで頭を胴体から引き千切って飛ばした後まだ活動するそれに弾丸をぶち込み粉砕する……実にX指定な光景だが、見た目ロリっぽいロボっ娘がそれをやっているとシュールである。
「なっ、なんでドクターウェストの機械人形までここにいるのよ!?」
「……まあいい、首尾のほうは?」
「バッチリロボ。魔導兵器三体全部、ゾンビと一緒に片付けといたロボ。時間稼ぎサンキューロボ」
「ちょっとアンタ達アタシを無視してんじゃ……なあ!?」
地面に転がされたまま華麗にスルーされたティベリウスは、一瞬二人の会話の内容を理解できず……理解した瞬間、素っ頓狂な叫びを上げた。
「そんな馬鹿な!アンタみたいなガラクタがこの短時間で、レギオンを全機始末出来るわけ……」
「ガラクタはどっちロボ、エルザを嘗めんなロボ。変なシールドには手こずったロボが、あの程度の性能でエルザに敵うと思ってんじゃねーロボ」
最後のゾンビを叩き潰し、今度はティベリウスに親指を下へ向けるジェスチャーをするエルザ。エルザはドクターウェストが造り上げた最高傑作、その能力は魔術師と比べても遜色ない。非常に高いパワーと運動能力、そして装備された『我、埋葬にあたわず』を初めとした呪法兵装。所詮人間に毛が生えた程度の魔導兵器が束になったところで、彼女に敵うはずもない。
「け、けどね……例えレギオンがやられようが、アタシ一人さえ居ればアンタ達なんざ敵じゃないのよ!」
腹の傷が塞がり、バック転しながら立ち上がったティベリウスはエルザへと駆けて行き、鉤爪を振るう。『我、埋葬にあたわず』で受け止めガントンファーの弾丸を肩口に撃ち込むが、傷口は即座に塞がってしまう。
「アタシを殺せないアンタ達に、勝機なんざ一切あるわけが」
「ないという訳ではないのは、御主が一番よく分かっているのではないか、ティベリウス」
後ろからのその声をティベリウスが聞いた時には、ティトゥスは既にティベリウスの横を駆け抜けて行った後だった。一条の閃光が疾り、ティベリウスの首の中央が横一線にスライドする。
今にも胴体から滑り落ちそうなその頭目掛け、エルザが『我、埋葬にあたわず』を振り上げ──
「エルザァァァァァ、ホォォォォムランッッ! ロボォッッ!」
「ゴッッッ! ド、ヅィラァァァァァァァァッ!?」
フルスイングされた『我、埋葬にあたわず』に、クリーンヒットしたティベリウスの頭部がぶっ飛ばされる。オマケにそのまま、『我、埋葬にあたわず』の砲口を残った体に向け、引き金を引くエルザ。放たれた光の奔流に呑まれ、肉の焦げた臭いと共にその体が灰になって消し飛ぶ。
「て、テメエ等ァァァァ、ゴッ!? こ、こんな真似してタダで済むと思うんじゃ、ヌボァッ!」
吹っ飛ばされた頭部の方はただっ広いドッグの天井まで達し、天井にぶつかって戻ってきた挙句地面に叩きつけられる。正にピンボール。
だがそんな悲惨な眼に合いながらも、首だけのティベリウスはケタケタと笑い続ける。
「オホ、オホ、オーーーーホホホホホホ! けど無駄よ無駄!『妖蛆の秘密』の力を得たアタシは不死身!
アンタ等がどれだけアタシを切り刻もうと焼き尽くそうと、アタシは何度でも蘇るのよ!」
床にキスした状態で転がるティベリウスの頭の周りに、何処からともなく現れた腐肉が集まっていく。それらは徐々に纏わり付き、一つとなり、ティベリウスの胴体を形作っていく。
「どう! これこそ人間には持ち得ない、人間を超えたアタシの力! 『妖蛆の秘密』の力!この力がある限り、魔術にびびった腐れザムライとポンコツ人形如きに、このアタシが負けるわけがないのよ!」
「そう、『妖蛆の秘密』……それがある限り貴様は死なぬ。だが逆に言えば、『それがなければ』貴様はタダの死体に過ぎぬわけだ」
淡々とした言葉が、再生途中のティベリウスの頭上から聞こえてくる。ゆっくりと不完全な身体で上に振り向くと、其処にはティトゥスとエルザが仁王立ちしていた。
「ちょ……ちょっとタンマ! ね、ねえティトゥスちゃ~ん?」
「「妖蛆の秘密」に蒐集された死者の怨念、憎悪から変換された魔力が在るゆえ、貴様の肉体は無限に再生する事が出来る……つまり『妖蛆の秘密』こそが貴様の本体と言っても良い。それを悟られぬよう、『妖蛆の秘密』は貴様の体内中で常に転移しその位置を隠している……拙者や他の逆十字がそれを知らぬと本気で思っておったか」
ティベリウスの言葉を無視し、ティトゥスは確信を付く。当のティベリウスは仮面を驚愕の面に変え、ここに来て本気で慌て出す。
「ねえちょっと! ちょっと待ってってば!」
「そして肉体を完全に消し飛ばされた時、肉体を再生する直前に『妖蛆の秘密』は姿を現す……」
「ちょっと、ちょっとちょっと! マジになんないでよ! い、今までのは久しぶりに会ったトモダチへの軽いスキンシップよぉん、スキンシップ☆だからぁ……」
「悪いが──」
ティトゥスは無造作に後ろへと足を振り上げ──
「──生ゴミの友人を持った覚えはない」
短く言い放った直後、ティベリウスの巨体を上空へと蹴り上げた。
「あがあぁぁぁぁぁっ!?」
「────斬ッッッ!」
そしてその腐肉達磨に、ティトゥスは怒涛の連続斬撃を放ち続ける。ティベリウスの身体は千切りにされ、短冊切りにされ、微塵切りにされ──やがてそれは腐った血と骨の混じったミンチへと変わっていく。
「ロボロボロボロボロボーーーーーーッッ!」
更に其処にエルザが『我、埋葬にあたわず』を全開出力で叩き込む。飛び散ったミンチの一部分が消し飛ぶ。更に二発目を発射、ミンチはまたその体積を減らしていく。
斬撃、砲撃──斬撃斬撃斬撃砲撃斬撃斬撃斬撃斬撃砲撃斬撃斬撃砲撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃──斬撃と砲撃による、無慈悲で圧倒的な蹂躙。
もはや血風と表現してもよいほどに解体[バラ]されたティベリウスの肉体、その真っ赤な霧の中に、ドス黒く鈍い輝きを持った書物が姿を表し──
「嘗ァメルナァァァァァァァァクズ共ガァァァァァァァァァ!」
悪寒が、ティトゥスの背を走った。素早く刀を鞘に戻し、『我、埋葬にあたわず』を構えたままのエルザを抱えて後方に跳躍する。流石に大砲抱えたロボっ娘は腕に堪えるが、構っていられない。
──直後、轟音と共にティトゥスとエルザが立っていた床が、大きく陥没した。
「これは……!?」
「なっ、何ロボ!?」
眼を見張る二人の眼前で、血風が勢い良く広がる。その中に浮かんでいる物体が二つ。
『妖蛆の秘密』と──血で真っ赤に染まったティベリウスの仮面だ。
「──もういい。もういいわ。もうロンド・ミナもアメノミハシラの確保も知ったこっちゃないわ!」
エコーの掛かった低い声を出す仮面──その後ろで、巨大な魔術陣が展開された。
「「──っ!?」」
変化は更に続く。魔術陣の内側の空間が歪み、何かがその姿を形作り始める──それと似た光景に、ティトゥスは見覚えがあった。
「これは……あの魔導兵器と同じ!?」
「殺してやる、どいつもこいつも皆殺しにしてやるわ……アンタ達をくびり殺した後、残りはこのアメノミハシラごと、全員宇宙の藻屑にしてくれる! 宇宙に飛び出した死体で、シッポリタップリ無重力死姦してやるわ!」
──歪みの中から、巨人が現れた。
大きさは20メートル前後。全身は丸みを帯び、その上から真っ赤な布のような物が被せられている。その両手首にはゴツいナックルガードらしきパーツが装着され、掌部を覆っている。
その頭部──いや、頭部に被せられた特殊なパーツは特に特徴的で、肩部分よりも更に横に大きく広がっている。そのパーツも大半が布に覆われており、両端に装備されたむき出しの大型キャノンが奇妙にミスマッチだ。
そしてその変わった中で、最も異様な部分──それは、布に覆われていない顔部分だ。
ツタンカーメンのマスクの様に突き出した顎。カメラアイは存在せず、本来眼が在るべき場所に在るのは──鋭い無数の歯を噛み締めた口だけ。その口がとても下卑た笑みを浮かべているように見えるのは、偶然なのか?
「真逆……こんなことが!?」
その異容に、ティトゥスは慄きを禁じえない。大きさも姿も違うが、その姿から連想されるものは一つ。
ティトゥスの考えを裏付けるように、血風から本来の姿に戻りかけていたティベリウスが、叫びを上げた。
「モビル・マキナ──フォビドゥン・ベルゼビュート! 暴食せよ!」
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