DEMONBANE-SEED_270_01

Last-modified: 2013-12-22 (日) 20:38:17

オーブ本土東側の高知がすぐそこに面していて平地が無く人の手がさほど届いていない海

岸沿い、鬱蒼とした奇形の木々の葉が地面に日の光を届く事を拒む、黒々とした気配を漂

わせる森を背後にして立ち並ぶ絶壁にただ一つ、禍々と歪に湾曲する口を潮の満ち引きに

応じて開いく天然の洞窟が穿たれていた。



荒波に削られゴツゴツとしながらも、海水に濡れて何かしらの生々しさを携える光沢の

付いた岩肌をした、蝙蝠すら寄り付かない奥深くまで続く危機感を孕む闇を貯めた蛇行す

る悪路を奥へ奥へと進んでいくと、やがて広大な空洞が広がる場所に行き止まり、空気が

腐敗しているかと思わせる生臭い異臭がヘドロの如く堆積するそこの入り口の対面、吐き

気を催す有毒な緑色の光を放射する湖の殆ど砂の無い沈泥が岩の上を薄く覆う濃い緑色の

泥地の水際よりやや手前にある盛り上がった岩の突起物―――明らかに何者かによって加

工された台形の岩、というより祭壇―――が言いようの無い異様さを漂わせて立っている。



この祭壇に似た突起物が何者によって拵えられたのかは定かではないが、ここが間違い

なく忌避されるべき禁断の領域である事は明確だった。



しかしつい最近になって、この洞窟はある特定の神を信仰する教団の者達が儀式か集会

もしくは何かを行なう為にひっそりと使用するようになった。



文明の光の届かない星々が幽かな光の揺らめきに乗せて悪意ある囁きを交し合う闇夜の

帳の中、空恐ろしさの湧く寒々とした魔的で生臭い死の匂いを立ち上らせる波音に混じっ

て教団の者たちが密やかに洞窟に入っていくのを、もし目撃したなら全身を包み隠すフー

ド付のマントを巻きつけるように着込んだ彼らの手に携えられたか細げな懐中電灯の灯り

で知る事が出来るだろう。



彼らはここら一帯の地域で信仰されているカナロアと呼ばれる神を祀る者達であり、

また同じ信奉者の中でも特に熱烈で病的なまでに信仰する者達の集まりである。



手に携えた頼りない灯火を頼りに、彼らは暗く濡れて滑りやすい蛇行する悪路を覚束無

い足取りで奥へと入っていく。



開けた場所は既に信者で埋め尽くされており、広場は湖から放射される粘着質な悪意の

ある緑色の暗澹とした光で滲むように浮かび上がっていた。



信者達は地面に膝をつけ頭を垂れ、口の前辺りで両手を組んで祭壇に向けて祈りを捧げ

ていて、祭壇には一つの石像が置かれていた。



その石像は七インチから八インチの間程度の高さで、一体どのような経緯を持って存命

していたのか判断付きかねない太古からの物だという事は明らかであり、執拗なほど精緻

に彫刻された小像は常人なら吐き気を催すほどグロテスク極まりなく、古ぶるしさの雰囲

気に混じる奇怪で恐ろしげな気配は博物館などで目にする古代の遺産などに見られるもの

と同種の物でありながら遥かに凌駕する空恐ろしい景観を強烈にほのめかし、今なお息づ

く古代の残り香を付着させていた。



蛸にも龍にも人間にも石像の姿は似ついていると同時にどちらとも甚だ異なっていた。



触腕の付いた締まりのない弛んだ頭部に、蝙蝠に似た未発達な翼と胴はゴム状の鱗で覆

われており、前脚と後脚には巨大な鉤爪を備えた怪物の石像は湖の緑色の光に照らされて

いるからか、怖気のする生気を帯びているように見える。



推測するに、この石像がカナロアだという結論に辿り着くが、人間の信仰する神がこれ

ほどまでに悍しいモノなのか。



まるで光あれと創造された世界を踏み躙るような、身の毛もよだつ不気味な神は、果た

して本当にカナロアなのか。



少なくとも、信者達にとってこの石像は間違いなくカナロアなのだろう。



信者達の祈りが続く中、石像に似た両生類めいた生物の姿が刺繍された何とも冒涜的な

飾り付けの装いをした神父風の男が石像の置かれた祭壇の前に立ち、うやうやしく両手を

像において既知の言語には当て嵌まらない奇妙で謎めいた言葉を朗朗と喋り始めた。



同時に信者達は暗く鬱な詠唱を陰の篭もる淡々とした声色で唱え始めた。



この冒涜的で悍しい集会に参加する信者達が正常な精神を保持しているかは疑わしい限

りで、理解しがたいその信仰の片鱗を耳にしたなら、その狂わしく呪わしい内容に誰もが

忘却というあまりにも当たり前で最良の選択をするはずだ。



世の理の裏側に潜む吐き気の催す外道の知識が告げる恐怖の数々―――ほんの少し小突

けば常識というシャボンは弾け、無知という楽園は泡沫と消えて安楽椅子の悪夢と変わる。



この洞窟は今、楽園と悪夢の混じりながら鬩ぎ合う陽炎の如き境界線上に立つ弥次郎兵

衛に等しい。



そんな中に居ても信者達は口元で組んだ手を強く握り、不浄の空気が満ちる雰囲気の中

で一心の祈りを捧げていた。



ここに集まった信者達の半数は家族か身内、もしくは友人か恋人が軍役に身をおいてい

る者で、激化する戦況の中に飛び込まなければならない親しい者達の無事を祈るためにこ

こへと集ったのだった。



彼らは例え尋常ではない教義の宗教に属して影を孕んでいるとしても、まだ引き返す事

が出来るおおよその一般的な者だった。



そしてもう半数。彼らは奇妙な風貌の―――蛙や魚を彷彿とさせる両生類めいた人間だった。



額は狭くて鼻は平べったく、長く厚い唇の張り付く肌理の粗い青白い肌は縮れた黄色い

毛が疎らに生え、目は腫れぼったく潤んでいて、耳は異常に発達の遅れた形をなし、首筋

には妙に深くたるんだ皺がある。顔の表面は皮膚病か何かしらの病気にかかったがために

皮がむけたようにところどころ調和が取れてなく、大きいが指の異常なまでに短い手は血

管が盛り上がっており、如何にも不健康そうな土気色を帯びていた。



儀式は経過と共に熱気を増し、清濁の秘められた陰気な詠唱も加速的に大きくなっていく。



愛する物の無事を願う祈りと悪意の有る汚らわしい者達の祈りが入り混じって同じ神に

向かって捧げられる光景は滑稽そのものであった。



そんな光景を神父風の男は何とも愉快そうに眺めていた。



亀裂が走ったかのような口を吊り上げ、容貌の後ろに立ち込める悪意有る闇の気配の中

で燃える三つの眼を揺らしながら。



この集会が行われていた同時刻、オーブのとある病院で産まれた一人の赤ん坊が死んだ。



赤ん坊は産声を上げる事無く、変わりに身の毛がよだつ言葉を常識を超えて死ぬ寸前ま

で呟き続けた。



その声は水の中で喋ったようにくぐもっていて、おおよそ人間の声帯が発せられる音と

は思えないような声で、この声を聞いた分娩室にいたもの全員は数日に渡り身の毛のよだ

つ景観と生物の悪夢を数日間にわたって見続けて精神を病んでしまった。



赤ん坊の声を出来る限り文字で表すと次のようになる。



ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん

ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん

ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん

ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん

ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん

ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん

ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん

ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん

ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん



―――ルルイエの館にて死せるクトゥルー夢見るままに待ちいたり



予兆は既に現れ、前触れは密かに潜み、気配は漂い、警告は告げられた。



しかし無知なる人間は水に浮かぶ泡のようにまどろみ続け、人知を超える恐怖の来訪者

はその触腕を無知という名の平穏な島へ伸ばしてしまう。



それは何者も逃れるすべの無い暗黒の到来した狂気の帳。

それは倒れ臥して果てるまで苛む絶望の夜。

だが、光はあった。



海の底に陰惨な歴史と事件で結ばれた昏い因縁の残る、日本の千葉県の海底郡にある地方都市の夜刀浦。



戦時中は怪しげな実験が行われていたという飯綱製薬の敷地内に位置する飯綱大学の旧

図書館に、ラバン・シュリュズベリィとハヅキとその学徒達は居た。



シュリュズベリィの顔には苦々しげな皺が彫られている。



「―――諸君、ここ最近での<深きものども>の活動が著しく顕著であることは言うまでもない。

インスマスは勿論、世界中で彼らの集会は開かれ、一般のニュースや新聞にさえ彼らの

活動が掲載されるほどだ。

これは明らかな異常である」



「博士、これは彼らの中で何かが起きようと、もしくは何かを起こそうという計画が進

行しているという事でしょうか」



「うむ。憶測の域は出ないがフェラン君が言ったとおりだろう。

ホルバーグ准将からの情報によれば、軍内に潜伏する多数の<深きものども>が良から

ぬ動きを見せているらしい。

どうやら軍の上層部は<深きものども>と何らかの取引を行っているらしいのだが、残

念だが我々では軍という巨大な組織に対抗する事は例え覇道財閥の力を借りたとしても無

謀といってもいい。

それにホルバーグ准将は我々と繋がっている事を敵に知られてしまったらしく、焦った

声で滞在していたホテルに直接電話でこの情報を伝えてきた」



「じゃあ准将は……」



キーンが恐る恐る訊ねた。



「……もう<深きものども>の手にかかっている筈だ。

諸君、我々に残された時間は限りなく少ない。

准将の話を聞くに、数日後に迫った『オーブ開放作戦』において何かしらの事態が高確

率で発生すると予想される。

これまでの<深きものども>の活動の規模を考えるに、おそらく今回引き起こされる事

態は人類の存亡に関わってくるものだと私は考えている。

我々はこの未曾有の事態に対処すべく、ミスカトニック大と覇道財閥にて物資を補給し

た後にオーブへと向かう。

諸君、覚悟の程は良いか!」



シュリュズベリイの凄味の有る問いかけに、学徒達は微塵の迷いも無く頷いてみせる。



彼らの決意をシュリュズベリィは頼もしく感じた。



確かに人類は強壮たる旧支配者たちの前では脆弱で虚弱でしかないかもしれない。



だが一人一人の胸の内に宿る小さな炎―――圧倒的理不尽に直面したとき、絶望に対抗

する意思は限りなく無力ながらも絶対的に存在するのだ。



これまで眼球のない双眸でシュリュズベリィは数多くの生徒にそれを見てきた。



そして今目の前にいる者達も絶望に抗う意志を持っているのだ。



ここでふと、ある二人の顔がシュリュズベリィの脳裏を過ぎった。



「どうしたのダディ。突然笑ったりして」



ハヅキが指摘したとおり、シュリュズベリィの顔には微笑が浮かんでいた。



「いや、何でもないよレディ。ちょっと思い出しただけだ」



「何を?」



「大十字君とウェスト君のことだ」



「ああ、あの碌でもない二人ね。

ウェストは頭が可哀想だったし、九郎は講義中にカップ麺食べてるし。

ホントおかしな人達だったわ。

でも、どうしてこの二人を今になって思い出したの?」



「今この二人がここに居たらどんな事を言うだろうな、と思ってな」



「そんなの決まってるじゃない。

ウェストは最初から最後まで騒いでるだろうし、九郎はきっと後味がどうとか言って付いて来るでしょう」



「うむ。まさにそうだな」



この二人を顧みるに、どちらとも程度の違いこそあれ、個性的な気質を持ち合わせていた。

九郎は魔術に通ずる者としては珍しい陽性の心を持っていたし、ウェストに関しては語る必要も無いだろう。



九郎とウェスト。この二人は今何処で何をしているのだろうか。



「まあ、この二人のことだし、元気でやってるんじゃない?

もしかすると、またウェストは捕まってたりしてね」



かもしれないなと苦笑したシュリュズベリィだったが、弾かれたように視線を下に向けた。



シュリュズベリィの鋭敏な魔術的感覚が真っ先にそれを捉え、次いでハヅキが気付いた。



図書館の床の裏側、地面の奥に通る下水道の内部を巨大な原形質状の物体が進んでいる

かのような言葉に尽くしがたい音が響き渡っている。



地面に張り巡らされた暗い水路、その奥で蟠る異臭の漂う闇と共に到来する何かがいた。



「今回は奴らの方から仕掛けてきたか」



脳髄を凍結させるほどの恐怖と悍しさを伴って、呪わしい音が徐々に大きくなってくる。



「決して倒せない相手ではない……が、苦戦は必至だろう。

戦うのは得策ではない。

全員、直ちに蜂蜜酒を服用し外に集合するんだ。

この場を離脱する!」



シュリュズベリィの号令に学徒達は瞬く間に外に集合した。



既に飯綱大学周辺には異臭と瘴気が充満しており、地上は空に詰め込まれた黒い雲によ

って海底のように暗くなっている。



「全員揃ったな。

準備は良いかレディ?」



「勿論よ」



「よろしい。では―――機神招喚!!」



シュリュズベリィの声と共に魔術の超理論が瞬く間に刃金を構築し、幾重にも連結して

やがて一つの形を成す。



鋼の巨鳥がその姿を現した。



学徒たちを巨鳥の背に乗せて飛び立った直後、マンホールの蓋を突き破ってそいつが現れる。



しかし既に鋼の巨鳥は超音速の域に速度を達し、人間の眼では視認出来ない距離にまで

離れていた。



そいつは獲物を逃がした事を知ると、身体を引きずって本来いるべき次元へと還っていった。



後には破られてひしゃげたマンホールの蓋に、マンホールから幽かに聞こえてくる悍し

い残響と異臭が残されていた。





+++





C.E.71/6月15日―――大西洋連邦はアスハ代表が要求を拒否した事によって

『オーブ開放作戦』を発動し、オーブへの武力侵攻を図った。

戦況は連合を脱退したアークエンジェルと無事帰還したキラ・ヤマトの搭乗するザフト

の核エンジン搭載新型機『フリーダム』の加勢とオーブが極秘開発していたMS『M1ア

ストレイ』を実践投入、さらにザフト新型機『ジャスティス』に乗ったアスラン・ザラが

参戦するも連邦の物量という戦力差による圧倒的有利は覆しようもなく、連邦が投入した

連合の新型GAT‐Xシリーズ『フォビドゥン』『レイダー』『カラミティ』によってオー

ブ陥落は目前になっていた。



To Be Continued……







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