GUNDAM EXSEED_01

Last-modified: 2015-02-23 (月) 21:11:09

C.E.148 地球連合とプラントを前身に持つクライン公国の戦いは続いていた。そんなある日の出来事。

 

地球、タクラマカン砂漠。一隻の陸戦艦が砂上を進んでいく。
「こちらブリッジ。報告にあった通り、研究所を発見しました」
陸戦艦のブリッジ、オペレーターが報告をする。
「了解、MS隊出撃用意」
オペレーターの後ろ、艦長席に座る男性が言った。
「こちらモビルスーツ隊。用意は完了している。目標は研究所の制圧、各機発進する」
答えたのは少年だった。MSのコックピットに座る少年はヘルメット越しでも端整な顔立ちと分かる。
「ハルド・グレン機、先行する。他の機体は俺の指示に従え」
少年が、そう言うと同時にMS格納庫のハッチが開き、一機のMSがスラスターを噴射させ、空に舞い上がる。空へと姿を現した機体は地球連合軍のMSストライクΔ(デルタ)であった。この時代では既に旧式となっている機体。それに少年――ハルド・グレンは乗っている。
「ライナス機、発進。俺の後ろにつけ。サマー機は艦上で狙撃態勢を取りつつ待機、ギークは艦の周囲を旋回し警戒、MSが来たら敵でも味方でも構わん、サマー機と連携して撃ち落とせ」
ストライクΔの後に順次発進するのは地球連合軍の新型量産MSグラディアルの試験型である。
「敵味方構わないっていうのは乱暴じゃないですかねぇ?」
ハルドに通信してきたのはライナスである基本的に味方同士の通信回線はフリーにしているので、その声は部隊全員に聞こえる。
「タクラマカン砂漠は公国の領土内しかも奥地、味方が来るわけねぇし、この状況で俺たちに会いに来るような味方は俺たちを消したいような奴ら、撃ち殺しても構わない。以上、質問は受け付けない」
ハルドはライナスの質問を切って捨てる。ライナスは特に言い返すこともなく、ハルド機の後を追った。
ライナスのグラディアルは背中こそ飛行用のスラスターパックが付けられているが、両肩と両足にはミサイルポッドパックを装着しているため、どうしても全身機動性特化の装備のストライクΔには追いつけない。
「しかし、ボクらってそんなに悪いことしてますかね?」
周囲を警戒しているギークは疑問に思う。
「あたしは覚えがないねぇ」
艦上で大型のスナイパーライフルを構えるグラディアルにのる女性パイロットのサマーは言う。
「あたし等の中で悪いことしてんのは隊長か艦長ぐらいでしょ。味方を撃ったり売ったり打ったり。艦長は囮にしたりぐらいだけど、やばいのは隊長でしょ」
「俺のは全部正当防衛。ベンの方がタチが悪いぜ。ベンは艦を守るのに基地全部囮にしたからな。
パイロットの俺には真似できないね。艦を守るためなら何でもする最高の名艦長だ」
サマーに反論し、ベン――ベンジャミン・グレイソン艦長を嘲笑するように言うハルドだったが、自分がやったことは何1つ否定しない。
このようにパイロット同士で会話していると脇から急に通信が割り込んでくる。こういうことをするのは一人しかいない。
「ちょっとねぇ、あんたら、考えが甘いよ!もしも味方が狙ってくるなら、アタシさね」
食堂のばぁ様である。
「昔、女スパイだったアタシが握ってる秘密情報を狙いに来たのさ。もしくはアタシの魅力にやられた将校が子飼いの部隊を使って拉致しに来たとかさね」
「前はユウキ・クラインの愛人で隠し財宝の情報を狙ってるってボクは聞いたっすけど」
「自分は、今もばぁ様は魅力にあふれて見えますけど、さすがに年齢不詳の老女を狙うのは……」
ギークとライナスが続けて反論する。その会話を全て聞いていた艦長のベンジャミン・グレイソンは、
「頼むから、真面目にやってくれ」
ため息交じりに呟くのだった。
「ハルド機、まもなく研究所に到着します。ハルド少尉、金目の物か身分証らしき物があったら私に下さいね。では安全と金運を」
会話中も仕事を忘れないようで、私欲丸出しのオペレーターはユイ・カトーという。
「了解。貴金属かパスポートを期待してくれ。さてと」
ハルドは気分が高揚するように感じながら全員に伝える。
「行くぞ、猟犬(ハウンド)ども。狩りの開始(始まり)だ」
地球連合軍最悪クラスの特殊部隊マスクド・ハウンドが動き出す。

 
 

研究所内には3機のMSの姿が見えた。クライン公国軍の量産機であるゼクゥドの陸戦型である。3機ともシールドを構え防衛の態勢を整えている。
「サマー、狙えるか?」
「少し遠いし、ビームだから当たっても威力は期待できないよ」
威力が期待できないというのは大気圏内でのビームの減衰率によるものであり、距離が遠ければビームの威力は一気に下がる。
「だったら、俺とライナスでやる。付いてこれるか?」
「無理ですね。こっちは武装が重いので一機の処理が関の山です」
「じゃあ、俺がやれるだけやる」
そう言うとハルドのストライクΔが急制動をかけながら、一機のゼクゥドに向けてライフルを撃つライフルは実体弾を発射するM3ソリッドライフルである。
発射された弾丸は、シールドの防御を僅かにそれ、ゼクゥドに直撃し、態勢を崩させると同時にシールドの防御面が一瞬コックピットから外れる。
その瞬間を逃さず、ハルドの機体はコックピット部分めがけてライフルを連射していた。
弾丸はゼクゥドのコックピットに数発直撃し、ゼクゥドは立ったまま動かなくなる。
「お見事です」
「ライナス、お前もこれくらいやれ」
「自分はこうしますよ」
ライナス機は、制動をかけてスピードを緩めたハルドの機体を追い抜くとミサイルポッドからミサイルを全弾、一機のゼクゥドに発射する。
「アホが」
ハルドは毒づく。相手の腕が良ければいくらでも対処できる攻撃だ。今回は運よく相手がヘボだっただけだと思った。
ゼクゥドはミサイルの直撃を全弾シールドで受け前腕を消失していた。衝撃でちぎれ飛んだのだ。
「はい、さよなら」
ライナス機のビームライフルがゼクゥドのコックピットを貫く。
残りは一機だ。武装のビームカービンを連射するが、ハルドたちの機体には当たらず空を切るだけだった。
「あんまり、避けてやるな。研究所の施設にあたる」
ハルドが言う。
「じゃあ、隊長が受けてやってくださいよ。自分はシールドに傷つけてじぃ様に怒られるのは嫌なんで」
ライナスがハルドの観点からでは生意気な一言を吐く。
「俺はシールドを傷つけても構わんが、ヘボの弾に当たると、その度に腕が落ちる呪いにかかっているから駄目だ」
若干いらつきながらハルドは言う。そんな会話をしながらも二機は残り一機のゼクゥドを左右から挟むような形になると突撃し左右からゼクゥドを串刺しにする。
「コックピットからずれたな」
「でも、動力は逝ってますよ。殺したいならどうぞ」
「部下の癖に、嫌な言い方だ」
ハルド機は動かなくなり、横倒れとなったゼクゥドから這い出してきたパイロットにライフルの銃口を向けると何のためらいもなく引き金を引いた。
『グチャリ』
聴こえないはずの音がハルドには聴こえた気がした。

 
 

「どうしますか?」
ライナスが聞いてくる。
「研究所内の調査も任務の内だ。入るぞ」
ハルドは機体を着地させると、ヘルメットを脱ぎ室内戦闘用の装備を整えて、機体を降りる。
そして、先に降りていたライナスの装備を見てげんなりする。
パイロット用のノーマルスーツの上に防弾ジャケットを着ていない。
グレネードと予備弾倉を収めておくベルトをしていない。
緊急時用の薬品が入ったポシェットをしていない。
そして銃器は、ほんのわずかに錆の浮いたアサルトライフルと一般兵用のオートマチックピストルどちらも官給品、タダで兵士に配られるものだ。
自分は、最新モデルでテスト評価も高い最高級品のアサルトライフルとハンドガンを自費で買ったというのに。
「クソが」
思わず、ライナスの尻をハルドは蹴飛ばしていた。
訳が分からず蹴られたライナスはキョロキョロするだけだった。
「ギークとサマーは周囲を警戒、ベルゲミールも同様だ。基本は二度確認、異常と感じれば後で間違いでも構わんから俺に教えろ。もし俺に何かあったらベンが指揮を執れ。以上、問題ないな」
「「「了解」」」
全員から返事来たので、とりあえずハルドは満足だった。
「隊長、自分はどうすれば」
ライナスが所在無げにアサルトライフル弄りハルドに訪ねる。
「お前は俺の盾になって死ね。ついでに言っておくがお前の保険金と軍人年金の受け取り手は俺になっているから安心して死ね。
ついでにその銃は撃つなクソだからだ。弾は……fuck!口径が合わねぇ。これだから革新的な機構の武器は……」
悪態をつくハルドに若干後ずさりしながらライナスは自分がどうすべきか考えていた。自分は器用な男だからと……
「何しているライナスさっさと行くぞ!」
考える間もなくライナスはハルドの前に立たされ、研究所の中に進んでいくのだった。

 
 

研究所内は無人だった。
「どういう手筈だったんでしょうねぇ?」
ライナスが自分を盾にしているハルドに訪ねる。
「適当なプランだったんだろう。俺たちが近づいてきたから研究員は逃げた。
防衛用のゼクゥドは足が遅いから置いていったのと、後で合流できるみたいな甘い見通しがあった。
もしくは、どうしてもすぐに運び込めないものがあって、それの防衛にMSを置いていったか」
適当にそこらにある端末を操作したり、書類を眺めながらハルドは言う。
「かなり訓練された施設だな。痕跡がまったくねぇ。MSパイロットの腕はヘボだったが」
掴んだ書類を投げ捨てハルドはいらついたように言う。
「ライナス、盾はもういい。金になる物を探す方に切り替えだ。そこらへんの高そうなコンピューターを運べ。
カトーが金に換えてくれる。臨時収入を貰って北京あたりで高級料理を食うぞ」
ハルドが、そう言うと早速ライナスは動き出し、コンピューターやら金になりそうなものを運び出し始めた。
といってもいくらにもならんだろうなぁとハルドは確信していたので北京の高級料理は自腹になることを確信していた。
「ボク、北京ダックって食ったことないんですよね」
「バカ、中国料理っていったらなんかすごい歴史の料理が出てくるからアヒルなんて前菜よ」
通信回線では他のパイロットが好き勝手言っている。ハルドは自分の口座の残高かどれくらいだったかを思い出しながら、適当に研究所内ふらつくことにした。
自慢にすらならないが、ハルドは自分のカンが鈍いことを知っていた。
だが、それには気づいた。迷宮のような造りの研究所をほっつき歩いていて偶然にたどり着いた場所だ。
嫌な予感と良い予感
どちらもする。
『プリンセス・ルーム』
ライナスと歩いていた時は見つけられなかった部屋だ。
ライナスを呼ぶか、しかしそんな気が全く起きなかった。
やめておこう、そう思ったはずなのにハルドはその部屋に入らずにはいられなかった。
これはマズイそう思っても止められなかったのだ。
ハルドは部屋に入った瞬間、思わず目がくらんだ。その部屋は全てが白で覆われており、部屋を照らすライトの光すら反射していたからだ。
「いかれてやがる」
部屋の設計者に悪態をつきながら、やがてその光景に慣れてくるとハルドの目に見えてくるものがあった。それはポッドである。医療用の筒状のもの。
恐る恐る、そのポッドに近づくハルド。するとポッドの中には薄っすらと人影が見えてくる。
人形のような少女だ、陶器のような白い肌にプラチナブロンドの髪、そして花のように可憐な唇。
ハルドはそれだけで危険な生き物な気がしていた綺麗すぎると。世の中は汚いもののはずなのに。
だが、ハルドはそれ以上の恐れを感じることになる、不意に少女の眼が開いたのだ。
その瞳は宝石以上の蒼だった。思わずのけぞるハルド。そしてポッドが開き始めた。
身構えるハルド。そしてゆっくりと起き上がる少女。少女は起き上がると、周りをキョロキョロとし、そしてついにハルドを見つけると、こう言った。
「あなたは、王子様?」
ハルド・グレンの旅路はここから始まったのだった。

 
 

「顔は王子様の自信があるが残念ながら違うな」
訳の分からない質問に対して、ハルドは自分の頭が働く範囲で答えた。
実際、御伽噺の王子様と言っていいほどハルドの顔は良い。
「そうね、あなたは凄く強い仔犬。きっとライオンより強い仔犬。そんな気がするわ」
何を言っているんだ、この女はと思った瞬間だった。
「隊長、一通り金になりそうなものは運びましたよ。ってなんですか、その美少女!」
ライナスが部屋に入ってきた。なぜ今気づく。
この部屋はおかしい、頭の整理がずれる、
ハルドは言いようのない気持ち悪さを感じた。
ライナスが何故、すぐに気づいてこの部屋にこれる?
自分が迷って辿り着いたような部屋なのに。
迷って?違う。迷ってはいない偶然辿り着いた。
思考が途中で変な方向にずらされる。困惑?探索?
「あなたと二人で会いたかったから」
ハルドの思考に割り込むように少女は声を発する。
ダメだ、やばい!
ハルドは思わず拳銃を抜いた――つもりだった。実際にはハルドは少女の手を握っていた。
「私はリーザ・アイン。研究所の人はそう呼ぶわ」
「俺はハルド・グレン。地球連合軍の特務少尉(殺し屋)」
「そうなの、でも軽蔑したりしないわ。人は色んな事情があって生きるものだから」
やばい、やばい、やばい!いや、やばくない?許してくれるのか?許して――いや、駄目だ!
この部屋はだめだ!
「ライナス!この女を連れて出るぞ」
「え?どこから……」
「この部屋から、研究所から、ここはやばい!」
ハルドは必死の思いでライナスに少女を放り渡し、真っ白の部屋から逃げ出した。
ハルドは人生で初めて味わうような焦燥感を覚えながら、研究所から逃げ出した。

 

「自分の機体は金目の物で一杯です。女の子を乗せる余裕はありませんよ」
研究所から出た瞬間にライナスはそう言って、ハルドに少女を渡した。
やめろ。金目のものなんかいいから、この女を預かれ、そう叫ぼうとしたが声にならない。
「怯えなくても大丈夫よ、仔犬さん。ほら、落ち着いて」
そう言われると、不思議と気持ちが落ち着くようなそんな気分になっていく。
「なんなんだ、お前」
冷静さを取り戻し、改めて訪ねる。
「さぁ、研究所の人ならわかると思うけど。私には分からないわ。
そもそも自分のことを完全に理解している人間なんていないわけだし、
その質問はナンセンスね。ハルド君?それとも少尉さんのほうが良いのかしら?」
「ハルドで良い」
この女は面倒くさいということだけはわかった。さっさと帰るそれがいい。
研究所の収穫物となると、この女も入るのか?と思いながらハルドは言う。
「とりあえず、乗ってくれ。余計なことをしたら、手荒なことをしないといけないので大人しく」
「わかったわ。私、MSに乗るの初めてだから楽しみだわ」
「座席の奥の空いてるスペースに立つなり、座るなりしてくれ」
ハルドは言いながら、少女がパイロット席の奥のスペースに引っ込むのを見とどけると、
自分も機体に乗り込み、研究所から機体を飛び立たせた。
「なるほど、こういう感じなのね。砂漠っていうのは」
少女は艦に戻る間中、ずっと同じようなことを言っていた。まるで見るもの全てが初めてのようだった。

 
 

そうこうしている内にストライクΔは甲板上に着艦する。
「大きい船ね。名前は?」
「ベルゲミールだ。ハルド・グレン機帰還。ハッチを開けてくれ。」
「了解です。格納庫ハッチ解放します。ハルド少尉、何か金目の物はありましたか?」
ユイ・カトーは仕事はするが金のことばかりだ。
「イマイチだったな。ライナスの機体にそれなりのを積んであるから見繕ってくれ」
ハルドは機体をハンガーに納めながら答える。
「あと、金にはならないが人間を見つけた。医務室に連絡して検疫の用意をしてくれ、女だからサマー、お前が付け」
「了解」
サマーからは短い返事が返ってきた。
「ねぇ、サマーってだれ?」
「女」
面倒くさいので一言で済まし、ハルドはコックピットハッチを開き、降りる。その動きに倣って少女もストライクΔから降りる。
褐色の肌のサマーは既に待機していた。動きが早いのがサマーの良いところだ。
ハルドは少女に言う。
「この女がサマー。しばらくはこの女についていけ」
次にサマーに向け、
「サマー、まずは検疫だ。その後は軽く取り調べをしてくれ。
名前はリーザ・アインと言っているが本名かはわからん。
取り敢えずでいいから身元を聞け。民間人のようだから穏便にな」
「了解」
それだけ言うとサマーは少女を促し、一緒に歩き出した。
「可愛い女じゃないか」
サマーが行くと、ハルドに後ろからしゃがれた老人の声がかけられた。
「ツラは良いが中身はどうだかな」
振り返りながらうんざりした様子でハルドは答える。
振り返った先には皆から、じぃ様と呼ばれる整備士の老人が立っていた。
「今回も全機無傷でお帰りとは流石のもんだ」
「相手がヘボだっただけだよ」
何でもないようなことのようにハルドは言う。
「まぁ、そうかい。しかし、こっちの仕事は減らないんじゃがな。
ところで、いつも言っとるだろうがデルタで急制動をかけるなと、毎度こっちはパーツのすり減りを心配せにゃならん。
いつも言っとるがの、さっさとグラディアルに乗り換えんか。
だいたい儂は砂漠戦が大嫌いでの砂が色んなところに入る心配をじゃな」
「もういい。わかったよ。じぃ様。デルタが壊れたらグラディアルに乗るそれでいいだろ。
あと、砂漠の仕事は終わり。もう帰るから、それでかんべんな」
じぃ様の話しを最後まで聞くことなくハルドはさっさと格納庫から退散することにした。
老人になると、話しが長くなって困る上に、話しが飛びまくる。
これ以上、うるさくなるようだったら、どっかのホームにぶちこんで、
静かな余生を送ってもらうのも良いかもしれないと思い始めていた。
まぁ、それはいいとして、乗り換えると言ったが、実際は嘘だ。
ハルドは死ぬまでストライクΔに乗る気だった。
あれ以上に信頼できる機体はないからだ。
それにハルドにすればMSに乗り始めた頃からずっと使っている機体だ今更、手放す気にもなれない。

 
 

そういえば、とハルドは他のパイロットに伝えることを忘れていた。
おそらくパイロット用の控室にいるだろうから、ハルドは控室に向かった。
案の定、ライナスとギークがくだらない世間話をしている。
ライナスは特徴のない顔でギークは細い不健康そうな男だ。
とりあえず話している二人を無視して自分の用事だけを伝える。
おそらく、それが伝えられることを知っていてここで二人とも待っていたのだろう。その点のプロ意識は評価できる点だ。
「サマーは別の仕事があるので、三人交代で待機。サマーの仕事が終わるのがいつかは分からんので、8時間目安で交代し24時間警戒。ギーク、ライナス、俺の順番で警戒役は交代。休憩組は各自の仕事を終えたら好きに過ごせ。酒は飲むな。クスリはやるな。以上、解散」
とりあえず、何かあってもすぐに動かせる機体を用意しておくための交代制での休憩だ。
戦力的にギークの警戒時が一番不安だが、他のパイロットの発進準備の時間くらいは稼げる編成である。
人が多ければ二機チームで待機させたいが、そんなに人がいないのが特殊部隊のつらいところだとハルドは思う。
さてと、ハルドは気持ちを切り替え、自分の仕事をすることにした。さっさと終わらせ、食堂でメシを食い、途中まで読んでいた小説の続きを読みながら眠りにつき、休憩するのだ。
まずは今後の方針の打ち合わせである。
ハルドはブリッジに向かいベンジャミン・グレイソンと話しをすることにした。ハルドは少尉であるが、その上に特務がつくと大尉及び少佐待遇となるため、実質的にはこの艦では最高階級であり、隊長である。
ブリッジに入るとユイ・カトーはおらず、操舵手リック・リーだけが鼻歌交じりに操艦していた。艦長席には当然、ベンジャミンが座っている。
「これからどうする?」
ベンジャミンは端的にハルドにそう言った。面倒がないのは良いが出世はできないタイプだといつも思う。
「俺たちの任務はなんだっけか、ベン?」
歳の差は相当あるが、ハルドとベンはお互いに言葉づかいを気にすることはない。
「タクラマカンで研究所を見つけ、そこでの収穫物(物・人に限らず)をエルザ・リーバス准将の元に届ける」
「そういうことだ。そしてエルザが欲しがってるのは、俺が拾った女だ。間違いない」
ベンは訝しげな表情を浮かべる。
「細かい情報は報告書にして渡すが、あの女はやばい。多分こっちには隠すだろうが、あの女が何か持っているのは間違いない。あの研究所で一番大事にしまわれていたくらいだからな」
ハルドは少女がいた部屋とあのポッドを思い出す。おそらくだが、研究所のゼクゥドはあの少女を守っていたのだろう。何らかの治療中だったか、処置中で研究所から持ち出せなかったのだろう。それを、自分たちが攫ってきたのだとハルドは考えをまとめる。
「普通の少女のように私には見えるがな。収穫物がアレしかないならそれを准将に届けるしかない」
ベンもある程度考えをまとめたようだった。少女については懐疑があるようだが。
「それで、どうするんだ。グレン少尉」
今度は今後の方針の話しだ。
「ユーラシアを抜け、アラスカから准将のいるカリフォルニア基地まで行くか?」
「ユーラシアは戦場になっている所が多いから、俺は嫌だな。補給も不安だ」
「ならば、アジアを抜けるしかないな」
「モンゴルを抜けていこう。アジアは基本的にクライン公国の勢力圏だが、モンゴルのあたりは、面倒事に巻き込まれる可能性が高いが地球連合びいきが多い土地だ。」
「ではモンゴル経由で半島を抜け、日本海に出るというルートで良いか?」
「ああ、日本海経由で沖縄基地に向かい補給をしたら、太平洋を渡る。太平洋に関しては公国軍と地球連合軍が揉めてるから巻き込まれる心配はあるが、そこは運次第ってとこかな。
気分的にはハワイにでも寄ってバカンスでもって感じだが」
「ハワイ周辺は今の最激戦区だぞ。いつの時代の話しをしている」
「俺の産まれる前の話しだよ。まったく嫌な時代だぜ」
やれやれと言った様子でハルドは言うと、
「じゃあ、ルートに関しては任せた」
「了解した」
用事は済ませたという様子でブリッジから出ていった。

 
 

「あとは、お姫様か化け物かの様子観察か」
まずは医務室による。
普通の医者からカルテをもらい少女が全くの健康体だということを把握する。
次にサマーが取り調べをしている部屋を観察する。見ている限りでは綺麗な少女にしか見えない。なので、サマーを呼び出して話しを聞く。
「どんな感じだ?」
「普通の少女といった感じかと」
いまいち要領を得ない答えだった。
「ずっと研究所で生活していて、外に出るのは初めてだといいますが、知的にも年相応の感じで私より難しい言葉を知っているくらいで」
それはお前がバカなんじゃないかとハルドは思ったが何も言わず、サマーの話しを聞いていた。
「ああ、そういえば。なにかカンというのですか、そういうのが鋭いというか、
私の生まれ故郷の景色を当てたり、今、私が呼び出されるのを当てたり、
隊長が来ているのを知っていたりしました。教えていないのに」
それを先に言えよ、と思いサマーを取り調べ役にしたのは失敗だったと感じた。
「OKだ。よくやった。後は俺がやるから、他の自分の仕事をしろ。
終わったら休憩で良い。交代のシフトは組んでいるから、仕事が無いなら休んで良いぞ」
「了解です」
というとサマーは素早く部屋から出ていった。
「さて、どうしたものかと思い、ハルドは少女の待つ部屋に入るのだった。
簡素な部屋である机が1つに椅子が一組向かいあっている。少女はちょこんと椅子に座っている。
ハルドは改めて少女を見た年齢は自分と同じぐらいだろう。
容姿は白すぎるような肌にピンクの可憐な唇、プラチナブロンド、宝石のような蒼い瞳。
服装はノースリーブの白いワンピース。見た目は間違いなく美少女だ。
ハルドは椅子に座り少女と向かい合う。少しエアコンが効きすぎている気がする、少女の服装では寒いかもしれない。
「エアコンの温度を上げても?」
ハルドは第一声をそれにした。
「ええ、そうしてくれるとありがたいわ。少し寒かったの」
少女は微笑んで答える。
「さっきの女の人は全然、そういうことに気が回らないのだもの」
やっぱりサマーは失敗だったなとハルド思った。今後、あの女にはこういう仕事は回さないことに決めた。
「自分から言えば良いじゃないか」
「寒いから温度を上げろというのもなんだか、お客の身では偉そうな気がしたの」
意外に遠慮するタチか、上手くやれそうな気がした。
「名前はリーザ・アインでいいんだったかな?」
「ええ」
「偽名とかじゃなく?」
「実際のところは分からないわ。リーザ・アインは研究所の人が付けた名前だから」
「アインは1を表す言葉だから、1番の実験体ということかな。リーザは多分ペットに名前を付けるのと同じ感覚だったんだろう」
「そうね、私と同じ見解だわ」
理性的なタイプ。と嫌いじゃないとハルドは思った。

 
 

「申し訳ないのだけれども、私から答えられることは少ないの。
私は気づいたら研究所にいて実験体にされていたから、それ以上のことは分からないわ。
どういう実験なのかもね」
「その割には、賢しらな喋り方をするね」
「勉強をしたのよ。本を読む自由はあったし、自由時間は全て勉強に当てたの。自分を知るため」
思ったよりも知的だな。面倒は少なそうだ。だが……
「君の不思議の力について聞きたい、君はエスパーか?」
そうハルドが言うと少女は鼻で笑うように言った。
「エスパーなんて不確かなものじゃなく、科学的なものらしいわ。研究者たちがいうには」
なんだろうか、変だなとハルドは思う。どうにも初対面の時と印象が違う。最初の時はもっと化け物じみていたような……。今は普通の少女の印象だ。
「力について説明したほうが良いのかしら」
「ああ、頼む」
こっちの意図も読んでくれるし、本当に面倒がないな。賢いのか。
「その前に、私は力を使っている時は精神的に安定しなくなるの、貴方に失礼なこと言わなかったかしら?」
「まぁ、失礼なことというか……なんというか、こちらの精神が侵食されるような気持ち悪さを感じたな。まぁそれはいいよ」
実際、やばかったと、ハルドは名状しがたいような恐怖があの時はあったことを思い出す。
「そう、それはごめんなさい。あと、もう一つ私ってすごく見栄張りなの、今の私ってどう見えるかしら」
「すごく知的に見えるよ」
ハルドはお世辞抜きに、そう言った。
「ありがとう。でもこれって結構疲れるの普通に話してもいいかしら」
「いいよ、そうしたら俺も普通に話すからよ。じゃあ、よろしく」
一気にばが砕けたような感じがした。
「ありがとう。じゃあ、力についてね。まぁ力って言っても正直、大したものじゃないの。心を読めるわけじゃないし」
「でも、読まれたように感じたぜ」
「それは相手をイメージで見てるだけ。後は私の想像で適当言ってるだけだし。他には、何か人が来そうだなぁ、と思ったら人が来るって感じ。未来予知みたいに勘違いする人もいたけど物がどうこうしたりするのは分からないし」
「人間に対する感知力ってやつか」
「うん、研究所の人もそう言ってた」
けっこうすごい力じゃないかとハルドは思った。
「でも、どっちも万能じゃないの。イメージが見えない人の方が圧倒的に多いし、人の感知だってできないことの方が多いの」
「なにか条件があるのか?」
「私のイメージだと輝くもの?それを持っている人はわかるかな。後は物凄く自分が強い人。サマーさんだっけ?あの人は輝くものを持っているから分かる。キミはなんていうか物凄く強い自分を持っているから分かる。」
いまいちはっきりしないなとハルドは思う。取り敢えず自我の強い人間は分かるということか。
「あとは実験だけで成功しなかったけど、なんか心を飛ばすってのやったかな」
心を飛ばす?また抽象的で分からんな。とハルドは思った。

 
 

「私の力についてはそれだけ。もう話せることはないわ。研究所の職員について聞いても仕方ないでしょ?」
「まぁ、そうだな。じゃあ、最後に聞くけど、なんでそんなに協力的なんだ?」
「そりゃあ、あの研究所から出して自由をくれたから。対応も悪くないし、キミはイケメンだし、最後は冗談だけど、結構満足な状況なの今は。色々新鮮だしね」
自由を与えりゃ協力的になるか、独房入れておくよりは……
「そりゃ自由は良いもんだもんな。じゃあ質問は終わり。部屋を出て好きにしていいよ。礼儀正しくしてりゃあ、大抵のことは見逃してやる。あと俺にウザい思いをさせなけりゃかな……」
「うそ、ほんと!ありがとう」
「取り敢えず、自由の艦を歩く前に食堂のばぁ様って人に話しを通すから、この艦の裏のボスだからな」
そう言うと、ハルドは席を立ち、少女――リーザ・アインを艦に迎えいれるために食堂へ向かうのだった。

 
 

リーザ・アインが取り敢えずの間、客としてマスクド・ハウンドの一員として加わった。
だが、隊員の間に別に何かあるわけでもなかった。
人の入れ替えが激しいし色々と事情があるのが集まるのが特殊部隊なので、今更人についていちいち詮索するものは居なかった。
当面の間リーザには仕事として平時は食堂の皿洗いと廊下の掃除を任せておいた。
また戦闘時は1番安全なブリッジで大人しくしているようにハルドは命令をしておいた。
仕事が無い時は艦内をほっつき歩いていても良いと言ってあるし、暇なときにでも読むといいとハルドは蔵書を貸している。
服に関しては、白いワンピースのままでも困るので、ユイ・カトーの軍服を貸した。
腰は緩く胸の辺りがきついということで、ユイ・カトーとの間にひと悶着があったが、別にたいしたことではない。
艦はまだ砂漠を抜けない。既に外は夜だ。警戒にはサマーがあたっている。
オペレーターは休憩中だ。ハルドは次の警戒番なので、準備をしていた。もうすぐ交代である。
その時だった。
「こちら、サマー。バカ発見。全艦緊急用意繰り返す全艦緊急用意」
ハルドは急ぎ、ストライクΔのコックピットに向かう。
「こちらハルド。バカはなんだ?」
機体を立ち上げ、すでに起動準備は出来ている。後は武器を持って出るだけだ。
「ゼクゥドの空戦型が8機。4の2で小隊を組み飛行中。
一定距離を保ってます。奇襲の気配なし。ギリギリ指揮官機が射程内、撃ちますか?」
「まだ待て、こちらが気づいてると察してるか?」
「こちらは夜戦待機中。本艦が戦闘用意に入っていることにまだ気づかれてません」
夜間に甲板上で機体を待機させると時は、ハルドは必ず機体にカバーを被せて機体が見えないようにさせている。
カバーは熱源をシャットアウトさせる特別製、目視でなければ機体は発見できない。
夜ならば、相当近距離に入らなければ。機体は見えないだろう。
さて、どうしたものか。MSの数は2倍だが、相手がヘボかどうかで状況が変わる。
「くっそ眠いユイ・カトーオペレーターから報告。マスクド・ハウンド総員戦闘態勢整いました。
隣のリック操舵手はさっきまで寝てて、クソどもを皆殺しにしてほしいとブツブツ言っています。
私も同意見です。相手がイケメンで大富豪だったら、許しますけど」
相当不機嫌なオペレーターの声が艦内に響く。
「リーザ・アイン。読書中だったので眠くはありません!」
「ベンジャミン・グレイソンだ。映画鑑賞の最中だったが、まぁいい。
まぁいいが少しイラついている。MS隊にはそれなりの対処を期待する。艦の戦闘用意は万全だ。以上」
「ギーク機。搭乗完了。アニメを見てました。良いところでした。以上」
「ライナス機。搭乗完了。なんか言わないとダメな流れですかね、これ。以上」
うるせぇな。どいつも。まぁいいが、とハルドは思う。
「敵が一定距離を保ってるなら、こっちも様子見だ。なんか言いたいことがあんだろう。俺らにさ」
ハルドがそう言った途端、敵部隊に動きがあった。

 
 

「こちら、サマー機。敵指揮官機が1機で通信圏内に入ります。撃ちますか?」
「まだ待て」
直後にオペレーターからハルドに連絡が来る。
「敵指揮官機から隊長へ通信です。声はおっさんです」
余計な情報はいらんと思いながら、ハルドは言う。
「繋いでくれ。サマーは俺の通信次第で撃つかどうか判断していいぞ」
回線を通じていい歳の男の声がハルドに届く。
「そちらが研究所から拉致した少女をこちらに渡せ。こちらには、そちらの部隊を殲滅する戦力がある。よく考えて返答しろ」
それだけで通信は切れた。
「隊長、通信切れましたよーははは、笑っちゃいますね」
「だなー、くそ笑えるぜ」
言いながらハルドは全く笑ってない。オペレーターもだろう。というか艦内ではリーザ以外、笑えるぜといいながら、1人も笑っていない。
久しぶりの無礼だ。
まず敬意がない。まずは名乗る。どんなクソみたいな傭兵でも最低限それはする。クソした後に尻をふくくらいの当り前だ。つまりクソ傭兵以下の奴らということだ。
そして自分らの要求だけ突きつけて終わりだ。ゴミのようなMS乗りでも、取引のようなことは言う。
渡したら命は助けてやるとか、そんなつもりがなくても言う。それが最低限の礼儀と道理だからだ。
そして、殲滅するときた、言葉遣いがなってねぇ。脅しをかけてきた。なめられているということだ。
よく考えて?考えるまでもないことだ。
「死に腐れ、アホが」
直後、サマー機のスナイパーライフルが先行していた指揮官機を撃ち抜いた。命中は見事にコックピット。
「隊長、向こうの奴の音声データいただいたんで、面白いことやりますから。スナイパーライフル装備で出てくれませんか?」
ギークからの連絡だった。
言われた通り、ハルドのストライクΔはスナイパーライフルを持って甲板上に出る。
「指定したポイント上にライフルを向けてください。面白いことが起きますから」
最後にキヒヒと気持ち悪い引きつり笑いをギークはしていた。
直後、ライフルを向けていたポイントに敵機がふらふらと飛んできた。なので、躊躇いなくハルドは引き金を引いた。これも見事にコックピットに命中。
「何をしたんだ?」
とりあえずハルドはギークが指定したポイントに飛んでくる敵を撃った。
祭りの射的より楽な仕事だった。
「相手の隊長の音声データ貰ったんで、音声コピーして奴らの通信回線に介入して、偽の命令を出してるんですよ。
あいつら、電子戦対策してないから通信回線乗っ取り放題。キヒッ隊長の言うヘボってやつですよ。キヒヒ」
うーん。ほんとにヘボだな。とハルドは思った。公国の二線級部隊でも、もう少しやるし、
電子戦にここまで脆い部隊も初めてだ。逆に不安になるなとハルドは思いながらも敵は、
既に半分以下になっている。
「あ、やつら通信回線切りやがった」
ギークが言うが。別にどうということはない。

 
 

「隊長、何機おとしました?」
サマーがハルドに聞く。
「さぁなぁ、サマーのが多いんじゃねぇかな」
要は甲板上から近づいてくる敵にスナイパーライフルで長距離射撃を決めればいいだけなので、
別にギークが何をしようと、ハルドとサマーの機体がひたすら狙撃してればいいだけなので、本当にどうということはない。
気付くと動く敵機は無くなっていた。
「隊長、マンショットは何発決めました?」
サマーが聞いてくる。マンショットとはコックピットを貫いた射撃で、人を撃ち殺せたかという話しであり、
昔も今も頭を撃ちぬくのをヘッドショットと言うが、それのMS相手版と言った感じだ。
「撃ったのは全部マンショットだと思うけど、どうだろうなぁ」
正直、興味がない。どうせ相手はごろつき以下だろう。タクラマカン砂漠でMSが動けなくなれば死ぬだけだ。
あんなごろつき以下を助けるほど世の中には余裕がないのだ。
「私の方が仕留めた気がするんですけど」
サマーが機体にカバーをかけ直し、再び夜間の警戒に当たる。
「そうかぁ、じゃあ次のメシの時にオカズを1つやるよ」
「じゃあ、肉が良いですねぇ」
「肉は若い男子には必須なので駄目だ。野菜を食え」
つまらない戦いを終え、くだらない話しを終え。ハルドは機体を格納庫のハンガーに納める。
どうせ、すぐに交代だ。そう思いコックピットの中でぼんやりすることにした。
多分、またリーザを狙う奴が来るだろうな。次もヘボだと良いが。
ぼんやりしながらそんなことをハルドは思うのだった。

 
 

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