第6話
「レーダーに反応!」
カズイの声がアークエンジェルのブリッジに響いた。
アークエンジェルは今、紅海を進んでいた。レセップスを突破したマリュー達はインド洋を抜け、アラスカを抜ける航路にあった。
「民間機!?」
「速さが違います。これは民間機ではありません」
マリューの言葉をチャンドラが否定した。
「敵!? 総員、第二戦闘配備!」
マリューの声で、艦全体が緊張に包まれた。
上空からアークエンジェルに向って、飛んできたのはザフトのMSディンであった。ディンはジンの機体をベースに大気圏でも飛行できるように、開発されたMSだ。
アークエンジェルの真上を二機のジンが通り過ていった。
「目の前のザフトMSに狙いを定め、イーゲルシュテルン、ウォンバット撃てー!」
ナタルの声がブリッジにいる皆の耳に聞こえた。
その命令を射撃指揮のロメロ・パルが実行した。
二機のディンはアークエンジェルの射撃をかわしていった。
だが全ては避けきれずに被弾していき、ディンのスピードが最初に比べ、遅くなっていた。
「新たに機影が二機、ディンの後方から接近しています!デュエルとバスターです!さらにその後方にザフトの戦艦らしき反応が一つ」
CICのジャッキー・トノムラが声を張り上げた。
「ローエングリンをいつでも撃てるように準備を……」
「艦長!?」
マリューの案にナタルが驚きの声をあげた。
「ナタル、これは最後の手段よ」
ナタルはマリューの顔をみて、何も言えなかった。その顔は苦渋に満ちていた。
マリューとて、この切り札を地球で使用したくは無いようだ。
「パイロットの準備は問題ないの?」
「準備はできているそうです」
マリューの言葉にミリアリアは即答した。
「それなら今すぐ出撃させて!それとストライクは、エールに換装し、アークエンジェルの援護にまわって!」
「わかりました!」
とミリアリアはマリューの言葉を、キラ、ムウに伝えた。
キラの乗るストライクはアークエンジェルの甲板に降り立ち、アークエンジェルに接近するデュエルとバスターを待ち受けた。
ムウのスカイグラスパーはランチャーに換装し出撃した。ランチャーの火力でディンを撃破しようとしているようだ。
ランチャースカイグラスパーのアグニから一筋の光が放たれた。
無人MS輸送機グゥルを駆り、バスター、デュエルはアークエンジェルに向っていた。
「敵の攻撃だ、避けろ!」
イザークは唐突にディンのパイロットに通信をいれた。
その声に気がついたのかディンが方向転換をし、その場から離れようとした瞬間、ランチャースカイグラスパーのアグニから放たれた光に貫かれた。
「ナチュラルが!」
バスターのコックピットでディアッカが叫んだ。
モニターにはディンがアグニの光に貫かれ、爆発する姿が映った。
バスターは、超高インパルス長距離狙撃ライフルをアークエンジェルに向けて構えた。
「ここで終わりにしてやる!」
ディアッカの声がコックピットに木霊した。
「やらせはしない!」
ムウは、バスターがアークエンジェルを狙っているのを気づき、バスターに向ってアグニを構えた。
ムウがアグニを放つために、トリガーに指を掛けた瞬間、バスターがムウのスカイグラスパーの方に機体を向けてきた。
バスターのライフルがスカイグラスパーに向けてビームが放たれた。
「あのパイロット、こちらにも気がついていたのか!」
ムウはビームを避けるため、スカイグラスパーを急速旋回させた。
「くっ!」
ムウは体に掛かるGに顔を歪ませた。
アークエンジェルの格納庫でカガリが、整備班長のマードックに詰め寄っていた。
「使える機体をなぜ、遊ばせている!?」
「パイロットがいないんだよ」
「なら私が乗る」
カガリの発言にマードックは驚き、あいた口が塞がらなかった。
「でも、あんたは軍人では……」
マードックはカガリをスカイグラスパーに乗せる事を、許可しようとしなかった。
「そんな事いって、アークエンジェルが落ちたら意味がないだろ!」
マードックはこの我侭娘を如何にかする為、ブリッジにいるマリューに連絡を取った。
ブリッジにいたマリューは、格納庫にいるマードックから連絡を受け、話を理解した。
マリューはこの話に頭を悩ませていた。この艦のパイロットは、ムウとキラしかいなかった。シミュレーションの報告によると、カガリ、トールが他の者より抜きに出ている事が報告で受けていた。トールは今、ブリッジで作業をしていた。今から格納庫に向わせても、意味がないのかもしれないとマリューは思っていた。
「構わないわ。その子の好きにやらしてあげて」
「わかりました」
マードックはマリューの会話を切り上げ、スカイグラスパーにソードを換装させるように整備士達に命令をした。
カガリは換装し終わったスカイグラスパーに乗り込むと、アークエンジェルを飛び出した。
アークエンジェルから出ると、ディンの多さにカガリは驚いた。
カガリが準備している間、ザフトの援軍のディンが来たようだ。
「イザーク」
「なんだ!?」
デュエルのコックピットにいるイザークは、ディアッカの声に反応した。
「これでディンは来れないぞ!」
「分かっている……カーペンタリアからこの時期無理をして、こっちの作戦に乗ってきたんだ。それだけでも感謝している。そのためにも、ここで足つきを落とす」
アークエンジェルのまわりを、十機のディンが旋回をしていた。
ディンはアークエンジェルの攻撃をうまい具合に避けながら、持っている機関銃でアークエンジェルを攻撃をしていた。
アークエンジェルがザフトの攻撃により、艦全体が揺れ始めた。
「ローエングリンの準備を……」
マリューはクルーに命令した。
「艦長、まだ撃つのは早いのではありませんか? それに……」
ナタルがマリューの行動に戸惑いを表した。
「今、戸惑ってこの艦が落ちたら意味が無いわ!」
「しかし艦長、あれを撃つとどうなるか……わかっているんですか?」
「ええ」
ナタルの問いにマリューは頷いた。
「僕は反対です」
と唐突にキラがブリッジの会話に乱入してきた。
今、ストライクはアークエンジェルの廻り飛んでいるディンに、ビームライフルで攻撃をしながら器用に、二人の話に参加してきた。二人の話に参加したので、ビームライフルの照準が少し狂い、ディンに当たらないようだ。
「パイロットがなにか用か?」
ナタルはモニター越しのキラを見た。
「僕ならこの状況から、アークエンジェルを守り抜くことが可能ですよ」
キラの自信満々の声がブリッジのクルーを安心させた。
「本当なのね?」
マリューがキラに聞いた。
「その証拠を見せてあげますよ。僕が撃墜されるまで、主砲を撃たないでください」
キラはモニターを切ると、アークエンジェルの周りを飛んでいるディンを見た。
「さあ、僕を楽しませてくれ!」
キラの顔が狂気に歪んだ。
イザーク、ディアッカはアークエンジェルに決定打を与えられないでいた。
「イザーク、アスランは後どのくらいで足つきに奇襲を掛ける事になっている?」
「後五分だ!」
「五分もあれば、アスランが来る前に落としているかもな」
「そうだといいな!」
話は急に終わり二機は、ムウが乗るスカイグラスパーの攻撃をかわした。
「全然あたらない!どうしたもんか……」
ムウはスカイグラスパーの中で愚痴た。
ストライクは一機のディンめがけて、全速力で接近すると、頭部カメラをビームサーベルで振り払い、機能をなくして所で別のディンに向って放り投げた。
ディンとディンが接触する瞬間、ビームライフルで二機を貫いた。
「弱いんだよ!」
コックピットのキラを叫んだ。力の限り叫んだ。
ディンのパイロット達は驚いていた。
ナチュラルが自分達、コーディネータより旨くMSを操縦できることを…………そしてこの事を誰も認めたくなかった。
「俺達は大きな間違いをしたな」
ディンのパイロット達は、アスラン達の話から、ストライクのは恐怖に値するものだと聞いていた。そしてストライクを全力で倒すように命令された。
だが、ディンのパイロット達はストライクのパイロットの技量を真実だと思っていなかった。赤服の失態をナチュラルが乗ったMSが強いと言うことで誤魔化しているのだと思っていた。だが事実が違った。赤服の言ったとおり、連合のMSは化け物だと思った。だがその事に気づいた時は全てが遅かった。
ストライクは常人では耐えられない加速で、次々とディンを撃破した。
一機はストライクの蹴りで体勢を崩し、腕を捕みそのまま海面に叩きつけて、その後ビームライフルで貫いた。
一機は、接近すると同時に達磨にし海中へと叩き落とした。
一機は、ビームライフルで落とさず、頭部バルカンで蜂の巣にした後、サーベルでコックピットを貫いた。
「弱い相手は、時間をかけて殺してあげるよ!」
キラはコックピットの中で叫んだ。
その瞳は焦点が合ってないのか、絶え間なく動いていた。
ストライクの戦闘を見ていたミリアリアが呟いた。
「戦争を楽しんでいるみたいね……」
この声は、ブリッジにいた誰にも聞こえなかったようだ。
キラのおかげでアークエンジェルは窮地から脱出した。
しかしストライクはバッテリーがほとんど無くなり、窮地に陥っていた。
ディンはまだ残り五機は残ってるのだ。
「大丈夫か!?」
ムウがキラを心配してモニター通信をしてきた。
キラは大丈夫とムウに言った。
「まだあんなにも残っているんですよ」
「そうだな」
ムウはヤレヤレといった感じの表情をした。
キラは子供のように新しい玩具を見つけたような顔をしていた。
「そういえば我侭なお姫様はどこにいきました?」
ムウはキラの言葉でカガリがアークエンジェルの近くにいない事に気がついた。
ムウは先ほどカガリから通信があった事を思い出した。
「キラがいるなら何とかなるだろう。嬢ちゃん!」
「嬢ちゃんって呼ばれる年じゃない!」
「俺から見たら、まだ嬢ちゃんだ」
「もういい。何か用なのか?」
「今回は俺と坊主がいれば何とかなる。嬢ちゃんはもう戻るんだ」
「ザフトのMSが邪魔でまだ戻れないだろ」
カガリのいう通り確かに今は戻れないようだ。
ムウはどうしたものかと一計を案じた。
「なら私はこの辺を一回りしてくる。問題はないか?」
カガリが逆にムウに提案した。
「そうだな……よろしく頼む」
「無理はしないようにするさ」
カガリはそういうとアークエンジェルを離れ、あたりを旋回し始めた。
「おいディアッカ」
「なんだイザーク」
「戦闘機が別の方向に向っているようだぞ」
「あっちにはアスランが待機しているところだな。イザーク、あの戦闘機を落とすぞ」
「そうだな」
デュエルは、カガリが乗るスカイグラスパーに向けてグゥルを加速させた。
バスターはライフルをスカイグラスパーに向ってビームを射出した。
一筋の光がスカイグラスパーに迫った。ビームは換装していたソードに当たった。
その衝撃でスカイグラスパーは錐揉み降下していった。
「ディアッカ、一撃で仕留めろ!」
「イザークすまない」
デュエルは錐揉み降下しているスカイグラスパーに向けてビームライフルを構えた。
「これで終わりにしてやる」
ビームライフルを放とうとした瞬間、デュエルのビームライフを持つ腕がムウのスカイグラスパーが放ったアグニのビームに包まれた。
「イザーク大丈夫か!?」
「ディアッカ後ろだ!」
イザークの言葉にディアッカ、そしてバスターは振り向いた。
目の前にストライクが映しだされた。ストライクはビームサーベルを振り下ろそうとしていた。
接近されたストライクにバスターは何もできなかった。
ディアッカが死を感じた瞬間、目の前のストライクのサーベルの持つ腕が切り落とされていた。
ニコルが乗るブリッツは、アークエンジェルがいた遥か上空で輸送機と共に待機していた。
「そろそろですかね」
ニコルはブリッルに乗り込むと、輸送機を飛び出した。すぐさまミラージュコロイドを展開した。
そして真下の戦場に向ってブリッツは降下していった。ブリッツのモニターに戦場の全体が映ると、ニコルの表情が変化した。
ストライクがアークエンジェルを飛び出し、バスターに向っていたのだ。
ニコルはブリッツの軌道をかえ、バスターとストライクに間に割って入ろうとした。
「間に合ってください」
ブリッツは何とか間に合い、ストライクの腕をビームサーベルで切り落とした。
ディアッカは、すぐさまストライクを蹴り飛ばした。ストライクは海へ落下する前に上手く体勢を立て直し、アークエンジェルへと戻っていた。
ブリッツはそのまま海面に叩きつけられるだけだった。だがしかしニコルは最後の足掻きとして、飛ぶ目的では着いていない背面スラスターを吹かし、落下するスピードを減速させようとした。一瞬だけブリッツは静止したが、すぐにまた落下し始めた。
海面が近づき、このまま何もできないと思った瞬間、ブリッツのコックピットが激しく振動した。何事かと思い、カメラを左右に動かすと、デュエルとバスターがブリッツの腕を掴んでいた。
「ストライクに奇襲を掛けたのか……」
ムウは先程、ブリッツが行った行動に驚いていた。
ムウは確実にストライクの攻撃がバスターを仕留めたと思った。
だがしかし実際は違った。
突如現れたブリッツにストライクは、攻撃を受けていた。ムウが気がついた時点で全てが遅かった。ムウはストライクが落とされると思った。だがストライクはムウの予想を超えた動きをし、その場を脱出した。
「ディアッカ、危ないところでしたね」
と二人の耳にニコルの声が聞こえた。
「助かったぜ……」
ディアッカがニコルは礼を言った。
「今回の任務は失敗のようだな……」
「そのようですね」
ディアッカとニコルは落胆した。
「撤退だ……」
イザークの一声に残っていたディン、そしてバスター、デュエル、ブリッツは戦場を後にした。
「撤退したようね……」
アークエンジェルのブリッジは安堵の胸をなでおろした。
「艦長!」
格納庫にいるマードックから突然通信が入った。
「どうかしました?」
「嬢ちゃんが戻ってこないんだ!」
マリューはマードックの言葉に首を傾げた。
「カガリさんが!?」
マードックは頷いた。
「一時間後に、ムウ少佐を探索にまわして」
「艦長!ここはまだザフトの勢力圏です」
ナタルがマリューに食って掛かった。
「わかっているわよ!」
「それなら私は何もいいません。早く見つけてここから出ましょう」
ナタルはそう言うとマリューから離れ、CICでカガリからの救急信号が発信されていないか確認をしていた。
「自己満足のためにこの艦を危険にさらしていると艦長は思っているかもしれませんが、私はそれでいいと思いますよ」
艦長は声の方に振り向くと、そこには笑顔のミリアリアがいた。
キラはベッドから這い出ると、近くに置いてある時計を手に取った。時計の針は五時を指していた。
キラは赤のザフト服に着替えると部屋を出た。
廊下に出ると博士の所にいるうさ耳の女の子がこちらに向かってくるのが見えた。
「あはようございます」
「おはよう」
「博士が呼んでいます」
女の子はそういうと今来た廊下を戻りはじめた。
キラはその後をついていった。
そして女の子はある部屋に入った。キラもその部屋に入った。
中に入ると、白衣を着た女性がいた。
「博士、こんな早くに何か用ですか?」
「あなたに話があるのよ……」
「なんでしょうか」
「新型のMSのテストが終わったら、オーブに戻ろうと思うのよ……」
「そんな事、僕には関係ない話ですが」
「あなたにもついてきてほしいのよ」
キラは博士に言葉に驚き、完全に眼を覚ました。
「どうして僕が……」
とキラは博士に聞いた。
「ボディーガードが必要じゃない」
「それなら別の人にお願いしてください。それに僕は忙しいので」
「その事なら大丈夫よ。パトリック・ザラに先日話をつけたら、了承されたわ」
「……わかりました。それで博士が言っている新型MSはどこまで完成しているんですか?」
「あれはほとんど完成しているわ。最後の調整と実践データを取るだけね」
「そのMSを操縦するのはいったい誰なんですか?」
「そんなの決まっているじゃない」
「実践データはいつ取るんですか」
「今日の昼ね。相手はたしか傭兵部隊よ。サーペントテールと言っていたかしら? 興味ないから名前なんて正確には覚えてないわね。用事はすんだからいいわよ」
博士はキラを部屋から追い出したいようだ。
「失礼します」
とキラは部屋を出て行った。
キラは自分の部屋へと戻った。
そして部屋の机に置いてある端末を起動させた。
端末を動かし、先程博士が言った傭兵部隊の事をネットで調べ始めた。
端末に次々出される情報にキラは顔色が青ざめていった。
キラは自分の能力は、他の者よりは優れていると自覚していたが、ここの傭兵達は一つの能力に関して秀でているようだ。
キラがさらに情報を端末で調べていると、端末に映し出されていた情報が次々に消えていった。
「この端末にクラッキングをしかけているのか……」
キラは端末を動作させ、見えない相手の攻撃をうまく避けていた。
キラの操作ではじわじわと端末に詰まっている情報が消え始めていた。
キラの腕では、この勝負は初めから勝てなかったのであった。
どう足掻いても、クラッキングのスピードを遅くできるのが精一杯のようだ。
「このままではすべてのデータが壊されてしまう……」
キラは家から持ってきた端末を取り出した。
その端末を起動させ、ネットへ接続させた。
「このままでは終わらせないからな」
キラは部屋に置いてある端末を切り捨て、家から持ってきた端末でクラッキング相手に攻撃を仕掛けた。
「こんな時、ハロがいたならば楽なのに……」
キラは端末を動かしなら、愚痴をこぼした。
キラはクラッキング相手の端末にある情報を抜き取ると、すぐさま端末と回線を切り離した。
キラは抜き取った情報を見ると、サーペントテールの事が詳しく乗っていた。
「相手は、サーペントテールの関係者なのか? 今日の実践データ取りが終わったら、どことなく聞いてみるか」
キラはザフトに入って、久しぶりの笑顔になっていた。
キラは新型MSが置いてある格納庫にいた。
「これがザフトの新型か……二機もあるのか」
白と青の色を基調としたMSと、赤を基調としたMSがキラの目の前に立ち尽くしていた。
「これを使わないで、この戦争を終わらせたいものだな……」
とキラの背後でパトリック・ザラの声がした。
「この機体の名称はついているんですか?」
二人はお互い顔を合わせず、MSを見上げていた。
「開発番号しかついていない。君が名前をつけるかい?」
キラはパトリックの提案を断った。
「この二機は量産を目的に作られていないですね」
とキラはパトリックに聞いた。
キラの言葉にパトリックは頷いた。
「一機で戦況をひっくり返す事を前提に考えている機体だ」
「そのための核ですか……」
「私は、一機だけでも十分だと提案したんだが……シーゲル・クラインが強硬してもう一機とな……」
パトリックの口からため息が漏れた。
「その二機専用の戦艦と、強化パーツも開発しているそうですね」
キラの言葉にパトリックは再度頷いた。
「議長になったというのに、シーゲル・クラインのその提案を了承したんですか」
「中々手厳しいな。確かに私は議長だが、まだそこまで力はない。今の議会は、私の派閥よりシーゲルの派閥の方が力を持っているんだ」
「政治の事はよくわかりません」
「兵士にそこまで求めてはいない」
キラはパトリックの言葉に苦笑した。
「確かに、政治家と兵士では舞台が違いますからね」
「そういうことだ」
二人が今後の事について、己の考えを話していると格納庫に兵士が入ってきた。
「議長、サーペントテールが到着しました」
「わかった」
パトリックは兵士に返事をすると、キラを見た。
「どうする? 私は今からサーペントテールのメンバーに会おうと思うのだが……」
「議長の話が終わった後、会おうと思います」
「そうか」
パトリックはそう言うと、格納庫から出て行った。
キラは再度MSを見上げた。
「名前がないのか……」
キラは二機の名前を考え出した。
数分経っただろうか、キラの口が動いた。
「自由と正義……」
キラは自由と言葉を発した時白と青を基調としたMSに、正義と呟いた時赤を基調としたMSに視線を移動させた。
「安直な名前だな。こんな名前のMSに乗りたくないな」
キラは自分の考えた名前に苦笑した。
「どっちが自由で正義なんだい」
キラの背後で声がした。
キラは振り向くと、キラの知らない男が経っていた。
「どなたですか?」
「私を忘れたのかい?」
キラは男の声で目の前の人物を思い出した。
「シャ……じゃなくて、ギルバート・デュランダルさん」
「シャ? 最初の言葉が何か気になるが、思い出してくれたかな」
デュランダルの表情が柔らかくなった。
「それでさっきの質問なんだが、君の口から出た言葉は、目の前の二機の名前なんだろう?
たしかこの二機はまだ、名称が決まっていないらしいじゃないか」
「そうみたいですけど、私にはこの機体の名称の決定権はありません」
「自由と正義いいではないか……」
「本当にそう思っていますか?」
キラはデュランダルを見た。
「私には機体の名称など、さほど意味がないのだよ」
とデュランダルは笑みを浮かべた。
デュランダルと談笑をしていると、格納庫に金髪の少年が入ってきた。
「ギル……」
と少年がデュランダルの名前を呼んだ。
「君とはもう少し話をしたいのだが、この子が早く家に帰りたいようなので、ここで帰らせてもらうよ」
「名前を教えてもらえますか……」
とキラはデュランダルに聞いた。
デュランダルは少し迷ったのか、すこし間を置き金髪の少年に何かを囁いた。
「レイ・ザ・バレルです。よろしくお願いします」
と金髪の少年は、デュランダルが何かを呟いた後、すぐさま自己紹介した。
「サイ・アーガイルだ。こちらこそよろしく」
とキラは親友の名前を使い、目の前の少年に自己紹介をした。
その言葉を聞いたデュランダルは、顔の表情は変化した。
「レイ、先に行ってなさい。私はサイ君と少し話をしてすぐに向かうよ」
「わかった」
とレイは格納庫から出て行った。
「なぜ偽名を使ったんだ」
デュランダルはキラを睨み付けた。
「偽名ではありませんよ。プラントの住民登録では先程の名前で表記されていますよ。それにもし本名でも言ったら、さっきのレイとかいう少年の精神にどのように影響するかわかりませんよ。あなたがどこまで話しているかにもよりますが」
「私は何も話していない。あの子がどこまで気がついているか分からないがな。たしかに全てをクルーゼから聞いていたとしたら、何が起こるかわからないな」
「そういう事ですよ」
「どういう事か分からんが……君はプラントに属する限り、本名をもう名乗らないという事なのか?」
キラはデュランダルの質問に頷いた。
「ええ、そのつもりです」
「わかった。忙しいのに邪魔をしたよ。この後の模擬戦も期待しているよ」
デュランダルはキラに別れを言うと、そのまま格納庫から出て行った。
キラは格納庫から出ると、時間まで基地内を歩き始めた。
廊下を歩いていると、兵士達がキラに話しかけてきた。
女性兵士も何人か混じっているようだ。
キラは兵士達と話し始めた。話の内容はキラとサーペントテールとの勝負との話で盛り上がっていった。
兵士の一人はサーペントテールのパイロットを、今は亡き黄昏の魔弾が戦い、サーペントテールを退けたと話をしていた。
「黄昏の魔弾っていうのはそんなに優秀なのか?」
とキラはその兵士に聞いた。
兵士は頷いた。
「赤服ではありませんがそれらに勝るとも劣らない撃墜数を誇っていました」
と別の女兵士は自分の事であるかのように、嬉しそうに喋っていた。その表情に見え隠れし、悲しみの表情も混じっていた。
「その人は今はどうしているんだ?」
キラの言葉に女兵士の顔が下を向いた。
「もういませんから……」
「すまない。嫌な事を思い出させてしまった」
「そう思うなら、私の願いを聞いてもらいますか……」
「可能な事なら……」
「黄昏の魔弾、ミゲル・アイマンと言うんですがあの人は、戦場で死にました。その仇を討ってほしいのです」
「なぜ?」
「あなたは新型MSを優先的に操縦できるという事は、それなりの腕前を持っているという事でしょう? あなたがそのまま新型MSに乗って戦場に出撃するかもしれません」
「それで」
「そしてミゲルを殺したパイロットを殺してほしいのです」
最後の方になると、女兵士の声がどんどん小さくなっていた。
「そんな不可能ではないのか? 戦場に兵士は数え切れないほどのいるんだ。その中から探し当てろいうのか……」
キラの言葉に女兵士は頷いた。
「しかしどうやって……」
「ミゲルが死んだのは、ヘリオポリス襲撃の時です」
キラはその言葉を聞いた時、心臓が締め付けられたような感じがした。
「ヘリオポリスの時という事は、連合の新型MSに殺されたという事か?」
とキラは何とか声を出した。
女兵士はキラの言葉に頷いた。
キラはさらに話を続けた。
「確かに連合の新型MSなら探すのは簡単だ……」
「それなら私の願い聞いてもらえますか?」
女兵士がキラに歩み寄ってきた。キラは壁際に追い詰められていった。
女兵士目には涙が溜まっていた。突然女兵士の歩みが止まった。
女兵士の体を同僚が押さえつけていた。
「すいませんでした。この子、ミゲルさんの恋人だったんですよ。戦場に行くパイロットさん達にいつも言っているんですよ。本当にすいませんでした」
と同僚はそう言うと、女兵士を連れて行った。
キラの耳に、女兵士の泣き声が残った。
キラはそのままトイレに駆け込むと、誰もいない事を確認すると、個室の扉を何度も何度も殴りつけた。
「分かっていたんだが……実際目の前にすると…………」
キラは自分の心を落ち着かせようと、個室の扉を殴りつけた。
キラは数度、扉を殴りつけるとトイレを出て行った。
キラが廊下を歩いていると、博士が目の前を通った。
博士は一度キラの目の前を通ると、再度キラの所に戻ってきた。
「その手どうしたの?」
と博士はキラの手に視線を向けた。
キラは博士が視線を向けた手を、自分の手で見た。
その手は真っ赤に染まっていた。
「あなた、一体何をしたの?」
「いや別に……」
「ちょっとついてきなさい」
と博士は、自分の研究室に向かって歩き出した。
キラはその場を動こうとしなかった。
博士はキラの所に戻ると、キラを睨み付けた。
「ついてきなさいっていっているでしょ」
キラは博士の研究室へと歩き出した。
キラは研究室に着くと、博士の命令に近い口調に従いイスに座った。
「何があったか話なさい!」
キラは博士に口を開かなかった。
「喋ろうとしないのなら、こっちだって考えがあるわ」
博士は研究室の奥にある部屋へと消えていった。
数分経つと、うさ耳の女の子を連れて部屋から出てきた。
「話しますよ」
キラは女の子を見ると、黙っていてもしょうがないと思い博士に話す事にした。
博士はキラのその言葉を聞くと、女の子を奥の部屋に戻そうとした。
しかし女の子は部屋に戻ろうとしなかった。キラの話を聞きたいようだ。
キラは先程あった事を、二人に話した。
「割り切りなさいといっても無理よね」
博士の言葉にキラは頷いた。
「僕にはできませんよ」
「私だってできないわよ」
と博士は笑った。
「だけどある程度は、何とかなるでしょ。迷いがあったらあなた死ぬわよ……あなたの帰りを待っている人がいるんでしょ」
キラは、博士と話していると、キラの服をうさ耳の女の子が引っ張っていた。
「傷の治療を……」
と女の子はキラの腕を見た。
「そういえば、傷の治療まだだったわね」
と博士は、戸棚から医療セットを取り出した。
「まかせたわよ」
と博士は医療セットを女の子に渡した。
女の子は医療セットの中から、包帯等を取り出し、傷を治療し始めた。
「博士、終わりました」
「もう終わったの。もう少しゆっくりしても良かったのに」
キラが博士を見ると、悪魔の笑みを浮かべていた。
「からかっていますね」
「ええそうよ」
キラはこの言葉でなんだか泣きたくなってきた。
「泣いている暇はないわよ。もうすぐ模擬戦が始まるんだから。ブリーフィングルームに集合らしいわよ」
「わかりました」
キラはブリーフィングルームに向かうため部屋を出た。
「傷の治療、ありがと」
とキラは部屋から出る際、うさ耳の女の子にお礼を言った。
部屋を出るとキラは、ブリーフィングルームに向かった。
ブリーフィングルームの前に着くと中から笑い声が聞こえた。
キラは笑い声を無視して、部屋へと入室した。
部屋の中には、ザフトの新型MSに携わっている研究員と、ザフトで見かけた事がない男がいた。
「先程話していた少年だよ」
と銀髪で眼鏡をした常にニヒルな笑顔の白衣を着た男が、ザフトで見かけない男に話していた。
キラはその男が誰なのか見当がついた。
男がキラに歩み寄ってきた。
「君が模擬戦の相手なのか……」
「初めまして……サイ・アーガイルです。あなたが私の相手ですか」
「そのようだな。叢雲劾だ、よろしく頼むよ」
二人は握手を交わした。
「良い所で悪いんだけど、この後すぐに模擬戦を始めようと思うんだ。いいかな?」
研究員の言葉に二人は頷いた。
ブリーフィングルームで軽い打ち合わせをすると、皆部屋から出て行った。
キラは部屋から出るとすぐさま今回模擬戦が行われる宙域へ向かう戦艦に乗り込んだ。
キラが戦艦に乗り込むと、すぐさまその戦艦は発進した。
格納庫に向かったキラは、目の前のある二機のMSのどちらかに乗るか迷っていた。
「サイ君、君はどっちに乗るんだい?」
キラが後ろを向くと、ブリーフィングルームで劾と話していた研究員がキラに話しかけてきた。
「赤いのに乗ろうと思っていますよ」
「接近戦に特化したMSかい。僕にとって君がどっちに乗っても関係がない。いいデータが取れればそれだけで良いんだけどね」
「期待しといてください。あなたを驚かせて見せますよ」
キラは研究員そう言うと、赤を基調としたMSに乗り込んだ。
「出撃してもいいんでしょうか?」
キラがモニター越しに映るオペレータに聞いた。
オペレータはどこかに連絡を取ると、キラに問題ないと答えた。
「出撃する」
キラはそう言うと、赤を基調としたMSを発進させようとした。
「サイ君、ちょっといいかな」
先程の研究員の声がコックピットに響いた。
キラはその声を聞き、発進を一旦停止させた。
「なんですか」
「つい先程なんだけど、いま僕たちが開発しているMSの名前がやっと決まったよ」
「どんな名前なんですか?」
「今君が乗っているのがジャスティス、そしてもう一機がフリーダムだよ……」
キラはその名前を聞いて苦笑した。
「どうして笑っているんだい?」
「いや何でもありません。それだけなら出撃します。サイ・アーガイル、ジャスティス出撃する」
キラの乗るジャスティスが加速した、宇宙へと飛び出した。
「サイ君、模擬戦の座標を送るからそこに向かうように」
ジャスティスに座標が表示され、キラはその場所にジャスティスを向かわせた。
その場所に向かうと一機のMSが佇んでいた。
「あれはブルーフレーム? たしかヘリオポリスの時に行方不明になっていたと思っていたが、サーペントテールに渡っていたのか……レッドフレームも所持しているかもしれないな。
サーペントテールから抜き取った情報では、こんな事は乗っていなかったな」
「サイ君、準備が良いなら始めないか?」
劾から通信が入ったのでキラは了承の返事をした。
「では始めますか」
キラがモニター越しにブルーフレームを見ると、ブルーフレームは最初に比べ大きく写っていた。
ブルーフレームはビームライフルを持ち、ジャスティスに向けて構えていた。
キラはジャスティスを加速させその場から離れた。
「コーディネィータにしては、反応速度がナチュラルとそんなに変わらないようだな……」
劾の言葉がキラを激しく動揺させた。
「お喋りするほど余裕があるんですね、あなたは」
キラはそう言うと、ビームサーベルを手に持つとブルーフレームに切りかかった。
劾のブルーフレームは、キラのジャスティスが振り下ろしたビームサーベルを難なく避けた。
「本当にコーディネータなのか。まるでナ……」
「そんな事は関係ない」
キラは劾の言葉を遮るかのように、バルカンをブルーフレームに向かって撃った。
「そうだな。今は全く関係話だな」
ブルーフレームはバルカンを雨を避け、ジャスティスに向かって加速した。
劾の激しい攻撃にキラは防戦一方になり始めた。
「それに先程握手した時に感じたんだが、君は他の兵士より多くシュミレータ等で何度も訓練をしていると思ったんだが……」
キラは劾の言葉に驚きを隠せなかった。
「その割には君は、他のザフト兵より下位の位置の腕しか持ってないようだな」
劾はまるで子供を相手をしているかのように、キラとジャスティスと戦っていた。
劾はブルーフレームのビームサーベルでジャスティスの右腕を薙ぎ払った。
キラはジャスティスの残った左腕で、ブルーフレームの頭部に向かってビームサーベルを振り下ろした。
ブルーフレームはすぐさま後方へと移動した。
ビームサーベルがブルーフレームの頭部アンテナをかすめた。
「今の君は、その機体の性能に頼っているだけだ!」
劾の声と同時に、ジャスティスのコックピットが衝撃で揺れた。
劾は吹っ飛ばしたジャスティスを見ていた。
ジャスティスは起き上がり、ブルーフレームから距離を取った。
「一体何をするんだが……」
いきなりジャスティスが劾の視界から忽然と消えた。
劾は何かに感づいたのか、すぐさまブルーフレームをその場から移動させた。
と同時にジャスティスのビームが、ブルーフレームのいた位置を通過した。
「動きが全く違うな……」
ジャスティスがブルーフレームを追い詰めていった。
「これが新型の性能か!そしてこのパイロットの本気!」
この時のキラは確実に劾の操縦技術を超えていた。
ジャスティスがブルーフレームの頭部を確実に捉えた瞬間、ジャスティスがあらぬ方向へと飛んでいった。
そして近くに漂流していたデブリに当たり、ジャスティスは減速した。
減速したところで、ザフトの戦艦から出てきたMSに捕縛され、そのまま戦艦に収納された。
劾は目の前で起こった行動に呆然とした。
すると突然通信が入った。
「模擬戦はもう終了だ。ご苦労だったね」
と先程の研究員から連絡があった。
「一体何が……」
「ジャスティスのパイロットがGに絶えられなかったから気絶したんだよ」
「気絶!?どうして」
「それは判らないよ」
「しかどのくらい負荷が?」
コーディネータでも気絶すると思われる負荷で、ジャスティスのパイロットは数十秒動いた事を研究員から聞かされ、劾は驚きを隠せなかった。
「キラ・ヤマトって奴はまったく面白い男だ」
劾は笑顔を零しながら、自分の艦へと戻っていった。
第6話終わり
第7話に続く
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