機動戦士ガンダムSEED ACES
Phase1 Misson4
月面プトレマイオス基地。現在のところ宇宙における唯一の連合の根拠地である。
今この基地を母港としているのは第4、第7、第8の計三個艦隊とそれなりに充実しているが、実態は目を覆うような有様であった。
開戦当初、連合宇宙軍に存在していたのは第一から第六艦隊まであった。
しかし、第1・第2艦隊は世界樹、第3艦隊はグリマルディ、第5・第6艦隊もヤキンでそれぞれ壊滅した。
よって、開戦時から動かず防衛に徹していた第4艦隊はともかく、第7、第8艦隊に至っては 初戦により壊滅した艦隊の残存部隊を再編した寄せ集めで、定数に届かない部分は新兵で補うほどである。
戦闘での指揮官の消耗も大きく、第8艦隊に至っては優秀とはいえ准将を司令長官に任命するほどである。
もはや虫の息ともいえる連合宇宙軍だが、少しでも状況を改善すべく、日夜訓練に励んでいた。
―プトレマイオス基地、士官用食堂―
「マーカス、フラガ、ひよっこたちの調子はどうだ」
「まだ実戦は無理だ。 まあよその速成士官組に比べればまだましだが。」
「こちらも同じく。 バートレット大尉はどうです?」
「こっちも似たようなものだ。 おまけに着艦誘導も新米と来てる。 事故死が出ないかひやひやもんだ。
それと、フラガ。 階級は同じなんだからワザワザかしこまって、大尉なんぞつけなくていい」
そう言ってジャック・バートレット大尉は、椅子の背にもたれながら煙草をふかした。
苦笑いを浮かべながら、マーカス・スノー大尉はぐっと一息で食後のコーラの缶を空ける。
「まあ仕方がないさ。 最先任で42歳だったら敬意を払わなきゃならんよな」
「おい、マーカス。 好きで42になったわけじゃないぞ」
「そりゃあ、誰だってそういうでしょうねえ」
目の前で、俺よりも年上でパイロット、指揮官として優秀な二人がじゃれ合うのを見ながら今後の訓練スケジュールを考えていた。
俺がまだ少尉だったころは兄貴のウィングマン、中尉になってからはメビウスゼロ部隊クリムゾン分隊長として飛ぶだけでよかったが、 今ではもっと多くの部下の面倒を見て、その部隊の管理までしなければならなくなった。
初戦の惨敗での消耗を補う大量の速成士官や兵での戦力のかさ増しが原因だ。
新兵の急増は部隊の中での経験者の割合を減少させ、上に立つベテランパイロットの仕事量と負担を加速度的に増やした。
当然、体長自らでする書類仕事も多くならざるを得ず、ここにいる三人も先ほどまで食事をとりながら、それぞれの分厚いの書類と格闘していた。
尤も、マーカス大尉や俺の書類の日付は今日昨日のものだが、バートレット大尉の書類の日付は一週間前である。そこらが、42でもまだ大尉にいる秘訣であろうか。
その42な大尉は深くため息をつき、
「だべっていてもしょうがねえ。 おれはこれからひよっこどもの訓練に行ってくる。 またひよっこを落とさせたくはないからな」
そう言って、席を立っていった。
バートレット大尉は開戦時は前線に立たず、後方での新米パイロットへの教育任務に就いていた。
しかし、その後方であるはずのグリマルディでの戦闘で同僚二人、新米十数人を失い、生き残ったのは大尉と新米二人だけだった。
大尉の部隊は壊滅判定が下され解体、生き残った人員を中心に再編制された。
マーカス大尉は開戦時から空母ケストレル飛行隊の体長として前線で戦っていたが、同じくグリマルディで大尉以外のパイロットすべてを失い、現在も部隊の再編制の真っ最中である。
「おれも部屋に戻ってデスクワークを済ませておくか。 じゃあなフラガ」
「お疲れ様です。 マーカス大尉」
大尉は手に持っていたコーラの空き缶を屑かごに放り込むと、俺に声をかけてから自分の部屋へと帰って行った。
「さて、この書類を提出して今日は終わりっと」
「まったく、何で私がハルバートン准将の尻ぬぐいなんぞしなければならんのだ」
「しかし新造戦艦の艦長というのは、大変な名誉ではないのですか?」
「完成の目処も立ってないモビルスーツとやらが主兵装だぞ。最悪の場合は中途半端な戦艦を押しつけられた形になるのだぞ」
「艦自体の火力も相当なものですし、最悪メビウスを積めばアガメムノン級と同等の戦力と言えるでしょう」
目の前のえらくご立腹な自分の上司をなだめすかしながら同時に、アレン・C・ハミルトン少佐は、中佐に同意して愚痴をこぼしそうになる自分をなんとか抑えつけていた。
彼らはつい先ほど、ハルバートン准将直々に新型宇宙戦艦の艦長及び副艦長として任命されたのだ。
それだけなら先のヤキン戦で、乗艦を失った中佐が不機嫌になる理由などないのだが、同時に下された命令が『新型艦の運用に必要な人員は適宜確保せよ』というとんでもないものであったからだ。
手渡された資料を見てもモビルスーツの整備、及び運用の人員こそ決まっていても、操舵、CIC、等々の基本的な人員一覧が白紙のまま渡されたのだ。
中佐が「ずいぶんと変わったジョークですな」とつい面と向かって言ってしまうほどである。
准将の返答は、「第八艦隊ではモビルスーツ開発分の人員ですでに限界だ。 よって戦艦人員は第七艦隊から出向という形で頼む」という、これまた冗談としか思えない話であった。
このままでは不可能だと譲歩を求めても、結局ヤキンで同じく艦から脱出した旧乗組員は最優先で配属する、という口約束しか取り付けることができなかったのだ。
准将の部屋から出てすぐからずっと、私はこうして中佐の愚痴を聞きながらなだめているというところだ。
そして中佐はさんざん騒ぎ終わってから
「私はもう疲れた。 これから宿舎の方に帰るから後は君が何とかし給え」
という、准将の命令と同じくらい有り難くない一言を言って、本当に宿舎へ帰ってしまった。
呆然と廊下に立ちつくしていると、廊下を歩いていた誰かがぶつかった。
「おい、危ないじゃないかこんなところで……って、ハミルトンじゃないか。 久し振りだな。どうした、ボーっとして。 恋の悩みか? まあ酒でも飲みながら俺に話してみろよ」
どうやらいい相談相手が自らやってきてくれたようだ。久しぶりに士官学校の旧友と飲むのもいいかもしれない。
「まあ、そんなところだ。 仕事が終わったら出いいからバーにでも行かないか。 行きつけのいい店がある」