機動戦士ガンダムSEED ACES
Phase1 Misson6
プラントを構成する最も重要なコロニー、《アプリリウス・ワン》。
最高評議会を有し、プラントの政治の中心であると同時に軍、いやザフトの中心でもある。
軍最高司令部でもある国防委員会と、士官学校の性格を有するアカデミーがあるからだ。
ザフトは正確には《軍》ではない。《武力組織》である。
彼らは義勇兵制度を建前としているため階級を持たず、指揮権は大雑把な色で区別をしている。
自ら志願した兵士たちは全員一括してアカデミーに入れられ、そこで各自の志望と適性をみる。
それから各々卒業したのちに能力に応じた部署に配属となるのだ。
そして今日、ここアカデミーにおいて一つの式典が行われている。
「優秀なる士官アカデミーの諸君。 国防委員長のパトリック=ザラである。
諸君らも知るように我々の祖国たるプラントは今、存亡の危機に直面している。
傲慢なナチュラルは、自由で平和であったプラントに無法な要求を突きつけ、核攻撃すら行った。
しかし!我々新人類たるコーディネイターはそのような古く下等なナチュラルなどに膝を屈してはならない!
今も宇宙で、地上で幾多の同胞たちがコーディネイターの自由のために旧人類と戦っている。
諸君らは今日まで辛い訓練を受けてきたであろうがそれは今日のこの瞬間で最後である。
これからはコーディネイターの自由のため、ザフトの一員としてナチュラルと戦うのだ。
諸君らが多くの戦果をあげることを期待する。ザフトのために!」
『ザフトのために!』
会場にいる全員が大きな声で復唱し、それを満足げに頷いた父はゆっくりと壇上から姿を消す。
「諸君は所定の課程を修了したとみなし、それぞれ任務に就くこととする。以上をもって士官アカデミー卒業式とする」
式典を担当している教官の一声により会場が卒業生たちの歓声に包まれる。
半年の訓練が報われ、ようやく前線に出れるのだ、気持ちが昂ぶるのはむしろ必然だ。
それぞれ、昂ぶった気持ちのまま仲良いやつやら好敵手やらに声をかけていく。
「見てろ、アスラン!貴様より先にネビュラ勲章を取ってやる!」
「ま、せいぜいナチュラルに負けない程度にがんばれよ」
と、通り過ぎる人がみな宣戦布告なり挑発してきたりするのは、どうやら首席になって皆に好敵手扱いされているようだ。
「イザークもディアッカも相変わらずですね」
と、ニコルが肩を落とす。
「そうだな」
これは苦笑いするしかないほどいつものことであった。
「ところでアスランはこれからどこに行くんです?」
「一応お世話になった教官に挨拶に行こうと」
「はぁ…」
「……まってくれ、どうしてそうため息をつくんだ」
「普通こういうときはあんな感じに遊びに行くとかしません?」
そういうニコルの指先には、ラスティーが同期の女性陣にお誘いをかけていた。
「雰囲気を見る限りダメそうだな」
「……自分以外ならそういう見方もできるんですね」
「?」
「まあ、僕自身、教官には挨拶に行こうと思っていたところですから。いいですよ、一緒に行っても」
アカデミーの教官といっても、優秀であるという共通点以外は全くない。
ずっと教官職に就いている人もいれば一時的に教官職に就いているだけの人もいる。
そして今、最後に挨拶に来ている教官は一番の古参で複雑な経歴の持ち主でもある。
「アスラン=ザラ、ニコル=アマルフィ、入ります」
教官室を開けて待っていたのは初老の、しかしがっしりとした体格の男性であった。
「おお、君たちか。まあそこに掛けたまえ」
そういって部屋の真ん中ほどにあるソファーに僕らを座らせ、自分もテーブルを挟んだ反対側に座る。
「半年か、存外早いものだな月日が流れるものは。とくにこんな老人には早くに感じるものだ」
「よしてください、教官はまだまだ若いですよ」
「そうですよ、まだ僕らじゃシミュレーションでは勝てないじゃないですか」
「そうかね、私は航空機シミュレーションしか取り柄がないものだからな。しかし今日の主力はMSだ。こんなことは無駄だと言っている教官も多いだろう」
「でもシミュレーションでも学ぶべきことはたくさんあります。 第一、教官のマニューバから逃れるのはMSでも一苦労です」
そうか、といって部屋の主・ディートリッヒ=ケラーマン教官はほほ笑む。
教官はザフトでも凄腕のパイロットではあるがMSには乗れない。
なぜならナチュラルだから。
プラントにも多少はナチュラルが住んでいるとはいえ、ザフトに所属するものは皆無である。
ナチュラル対コーディネイターという人種間戦争の態を表してきた昨今の状況は世間の教官に対する風当たりを強くしていた。
ナチュラル側からすれば「卑怯な裏切り者」として、コーディネイターからは「信用ならないナチュラル」として。
しかし、自分達候補生にとってはそれは些細な問題だった。
自分より強いナチュラルがいる。
それは自分たちプラント生まれのコーディネイターにとって初めての経験であり、今までの世界がいかに矮小であったかを知るきっかけでもあった。
それから自分達は教官を畏怖、尊敬すると同時に乗り越えるために自らを磨く。
結果として教官がアカデミーに来て以来、ザフトの中ではナチュラル軽視の風潮は弱まっているといえる。
イザークも最初は認めようとはしなかったが、今では一部のナチュラルは優秀であることを認めてはいる。
しかし前線に立つ兵士・指揮官たちが敵の強さを知っていても、後方の国民・指導者たちは全く知らないということは皮肉である。
休日に街中で見かける戦意高揚ポスターや自室のテレビ主体での討論会での発言でもたびたび『下等なナチュラル』のことばが出る。
軍の特に前線任務の兵士には受けが悪いらしいが逆に一般市民の受けはいいらしい。
しかし、大小の違いはあるがこういうことは西暦の時代からたびたび生じていることでもある。
今までの訓練での話との思い出話などと話していると部屋に重く鐘の音が響く。
「……おお、もうこんな時間か。君らも家族や恋人との待ち合わせもあるだろうから、そろそろ出発するといい」
見ると部屋に掛けられた大時計が5時を指している、どうやらずいぶんと長い間話をしていたようだ。
「そうですね。それでは教官、お元気で」
「なに、私はまたここで候補生たちを教育するだけだ。それよりも君らの幸運を願っているよ。後方にいる私にできることはそれだけだ」
アスランら二人が帰った後の教官室は来る前にもまして静かに感じる。
手元から羽ばたいていくヒナ鳥を見送ることを寂しく思うと同時に、もはや飛べぬ自分と比べ少しうらやましくも思うのも事実である。
自分の机へと戻り少し日に焼けてきた写真を手に取る。
「私ができることはここまでだ。あとは任せたよ」
そこにはまだ髪の毛のあった頃の自分と二人の若い士官が映っていた。