hate_seed_nobody01

Last-modified: 2013-12-22 (日) 03:53:46
 

奴婢

 

オレは奴婢だ。
母親が奴婢だから、その子供は奴婢だ。
妹が一人と、彼女の赤ん坊がいる。
オレたちは黒い縮れた髪、黒い肌と黒い目だが、妹だけピンクの髪をしている。
あの子が生まれたとき、周囲の奴婢の女たちが大騒ぎしていた。
奴婢の先祖がピンクの髪と青い目をした穢れた血を持つ女だったそうだ。
だから、その女に似てしまった妹は、村の子供達から苛められて育った。助けてやりたか
ったが、そんなことをすると妹もオレも殺されてしまうので、黙って見ていた。
オレたちの婆さんと同じ世代に、目が青い老女がいて、彼女もそのことでずいぶん苛めら
れたとかで、妹が血だらけになって帰ってくると、よく世話を焼いてくれた。
俺たちの仕事は、畑の世話だ。とうもろこしを植えて、面倒を見る。
村の男たちは牛を飼う。彼らは似た色、同じような模様の牛をすべて見分けることができ
る。しかしオレたち奴婢の見分けはつかない。オレたちは村人の区別も、奴婢仲間の区別
もつくが、牛の区別は一向につかない。
人間と奴婢は、そういう能力が違うのだという。
奴婢は三歳で肩に焼印を押される。オレは泣き叫んで気絶したが、妹は気丈に耐えたと母
親が言っていた。ただ妹が苛められるようになったのは、ピンクの髪のせいだけでなくそ
のことも原因らしい。
奴婢の祖先は人間に逆らった、人間によく似た動物だったらしい。妹はその先祖の髪と人
間に逆らう気性を受け継いだと思われたのだ。
だがいまオレの隣で子供をあやす妹は、あまり上手に口が利けない。畑での作業も他の女
よりとろい。これもまた、奴婢に流れる動物の血だと、村人は言う。
オレたちは動物だから、男は12の年に去勢される。剃刀で金玉を切り取られるのは怖かっ
たが、奴婢の男が一人前になる儀式だから、なんとか泣かずに耐えた。

 

村の男が奴婢の女に子供を産ませる。
それでも穢れた血を持った、妹のような子供が生まれる。
彼らは服という布をまとっているが、オレたちは裸だ。陰茎をぶらぶらさせながら歩くオ
レたちを、村の人間の子供が嘲笑う。金玉がなくても、やることはやれる。妹はオレとす
ると嬉しそうだが、村の男にやられると、ぼこぼこにされることが多い。ピンクの髪を切
ってやりたいと思うが、あれは穢れのしるしなので、子供のころから伸ばしっぱなしだ。
オレ達が穢れたヒトモドキの血を持っているのを忘れさせないために。
妹の子供は、幸い見た目は人間だ。
母はピンクの髪の赤ん坊を産んだために、そのあと村の男たちに相手にされなくなったと
いう。ただ大きな腹を抱えて畑作業をするのは大変だから、自分は楽をしたかもと歯の抜
けた顔で笑う。
働けなくなった奴婢は殺されて畑の肥料にされる。
赤ん坊を5人も6人も産んだ女は、年を取るのも早い。
オレの婆さんは沢山の子持ちだったが、食料の無駄使いだと、オレが去勢された年に殺さ
れた。奴婢の死体が埋められた土地に生えるトウモロコシが、オレ達の食料だ。
だから働けないヤツは、死んでくれないと困る。
奴婢には、たまに異常に丈夫なヤツが生まれる。実を言うと、オレがそうだ。
村の男の三倍を超える荷物を持つことができる。
一方、ひ弱で育たない子供も多い。
そいつらも畑の肥やしになる。妹の下に弟もいたが、生まれてすぐに死んだ。
赤ん坊の骨は柔らかいから、あっというまに土になっただろう。

 

このところ、村に落ち着きがない。
牛を追って村を出ていた男たちが帰ってきて、集まっては話している。
奴らはオレ達に言葉がどの程度わかるか、大して興味はないから、オレは耳に入ったこと
をしっかり覚えた。
奴婢には妹のように、頭の働きがゆるい者も多いし、そもそも人間でないから、村人はあ
けっぴろげに色々言う。オレは多分村人と同じくらいの頭があるようだ。
どうやら、このあたりを平らげようとしている奴がいるらしい。そいつはとても強い兵士
と武器を持っていて、とてもこの村が敵うものではない、ということだ。
オレは村から出たことはないが、他にも同じような村があるのは知っている。
そして死んだ婆さんが言ってたことだが、オレたち奴婢の祖先の女は、夜空の星の間から
やってきたらしい。
そんなところに動物が住んでいるとは思えなかったが、婆さんの昔話を大人しく聞くだけ
の分別はオレにもあった。
まあ、オレは毎日畑の世話をして、家族の分のトウモロコシをもらって食べて出すだけだ。
奴婢の女に相手をさせると、牛の乳をくれる男は結構いたが、妹はアレなのでそういうい
いものはもらえない。種をもらえるだけで幸せなのだ。オレが突っ込んでやったって、子
供は生まれないんだから。
季節が変わるころ、オレ達奴婢は広場に集合させられた。子供を含めて、50人ほどだ。
めったに顔を見ない村長がいて、奴婢を全員殺すと言った。
男たちが山刀を持って、囲いを作る。
まずオレ達男が集められた。
女より力が強いから、先に始末しようということだろう。
跪くように言われ、オレを含めた男たちは同じ体勢をとった。
順番に、山刀が振り下ろされる。何度か打たれると、首がころりと落ちて、穢れた血が噴
き出した。
オレの番が来た。
あんまり何度も山刀を首にぶつけられると、痛いだろうと思う。
しかしもう刃こぼれしていたのか、首に頭に、がんがんと打ち付けられた。
オレは死にながら、ばあさんが言っていた祖先が住んでいたという星の世界に行ってみた
いと思っていた。
母親は妹の心配より、自分の望みを考えてしまう。
だからオレは奴婢であり、動物だったのだ。

 
 
 

狩猟

 

「あら、カガリさん。気球にお酔いになりまして? お顔の色が優れませんわ」
「いや、なんでもないんだ」
 カガリ・ユラ・アスハはラクス・クラインの問いを否定した。気球は巨大なものだった
ので、キャビンの広さは十分にあるし、彼女は乗り物酔いしない体質だ。
 キラとアスランがライフルを構えて、遠くに見える獲物を狙っている。
 パーンという軽い銃声。そして弾丸を受けて倒れる獲物。
「せっかくの狩りですもの。わざわざ大洋州まで参ったのですから、楽しまなくては」
 にっこり笑うラクス。獲物を仕留めて微笑む男たち。
 なぜ自分はこんなところにと、カガリは思う。
「ああ、そうだな」
 地に伏せた獲物にディンゴが寄っていくのが見える。あれがカンガルーかなにかであれば、
カガリはこんな思いはしない。しかし気球から狩られているのは、ナチュラルという彼女と
同じ種族の人間だった。

 

 たった二年前のことだ。
 オーブ軍とラクスたちはメサイア攻防戦に挑み、世界の独裁者を目指していたプラント
のデュランダル議長を倒し、戦争を止めさせた。ラクス・クラインは請われてプラント議
長となり、戦後処理のため地球に赴いた。各国首脳が集まっての会談で、当然カガリも戦
勝国の元首として参加した。
 そこで、度肝を抜く事態が起こったのだ。
 ラクス率いるザフト兵が各国首脳を拘束し、伏せてあった兵士たちが会場の護衛を撃ち
殺した。そして彼女は、鈴を鳴らすような美しい声で言った。
「皆さん、わたくしに従っていただきます」
 会場のモニターにワシントンD.Cが映し出された。そこに三体のモビルスーツが降下し
てくる。カガリにとってはよく知る機体だった。ストライクフリーダム、インフィニット
ジャスティス、そして大破したはずのデスティニー。
 迎撃に上がってくる相手などものかは、三機は大西洋連邦の首都、旧アメリカ合衆国建
国以来他国の軍隊の侵入を許したことのない街を完全に破壊した。
「次はニューヨークですわ」
 核動力の三機にとって、ワシントンからニューヨークは遠くない。
 ビッグアップルと呼ばれる世界一の商業金融都市だが、どれだけの防衛もたった三機の
モビルスーツの前に無力だった。
 落とされたウィンダムがメトロポリタン美術館に墜落した。密集したニューヨークでは、
撃墜された連邦の機体が街の被害を広げていった。
「大統領、いかがです? プラントに降伏しますか」
 ラクスはザフト兵に拘束された首脳たちを澄んだ瞳で見渡した。
「次はどこがよろしいかしら。ブリュッセル? 少し遠いですけれど、南京?」

 

 ラクス・クライン率いるプラントは地球をその足元に置き、コーディネーターによるナ
チュラルの支配が始まった。オーブだけはこれまでの友誼を鑑みて、独立国であるしナチ
ュラルも『名誉コーディネーター』の称号を受けている。しかしコーディネーターとナチ
ュラルの結婚は禁止されたし、カガリの周囲の官僚たちにもだんだんとコーディネーター
が増えていった。
 プラントから次々と降りてくるコーディネーター達。今は彼らがラクスの意を受けて世
界を支配している。
「地球のナチュラルに、食糧生産以外の技能は必要ありません。食料を消費するだけの都
市住民が死ねば、ブレイク・ザ・ワールドの影響の異常気象も乗り切れますわ。人口が半
分になればいいだけですもの」
 ラクスはこう言ってころころと笑った。
 その結果がこの、ナチュラルハンティングだ。地球に降りてきたコーディネーターなら、
一度は楽しむという遊び。
 デュランダル議長の言に乗って兵器産業を破壊したため、ナチュラルは反撃しようにも
兵器の補給が利かなかった。いま兵器を生産しているのは、プラント本国とオーブのモル
ゲンレーテだけだ。国を守る手段をなくしたナチュラルは、圧倒的少数のコーディネータ
ーに支配され、搾取されている。
 世界中にここと同じような狩猟場が設けられ、ザフトの軍人は射撃練習をナチュラル狩
り以外にはしなくなったほどだ。
 アークエンジェルのクルーには特権として子供をコーディネーターにする権利が与えら
れた。ムウ・ラ・フラガとマリュー・ラミアス夫妻は、その権利を行使せずナチュラルの
子供を妊娠した。カガリからみれば彼ららしい選択だったが、ラクスは侮辱と受け取った
ようだった。その証拠に、フラガ夫妻はオーブの高級住宅地でバラバラ死体になった。二
人とも体が100以上に切り刻まれ、マリューの子宮から3センチほどの胎児が取り出され
たうえやはりみじん切りにされていた。
 オーブだけでなく他の地域でも、コーディネーター支配に反抗的なナチュラルがナイフ
で切り裂かれて殺される事件が多発するようになった。
 カガリは犯人を知っている。人に見られても平気で人間を切り裂き続ける青年、赤い瞳
からブラッド・アイド・リッパー。支配層に近いナチュラルからこう呼ばれて恐れられて
いるのは、デスティニーのパイロット、シン・アスカだった。彼は以前の戦争で家族をカ
ガリの父ウズミの失政で亡くしたと信じ込んでいるので、彼女に強烈な憎しみのこもった
目を向ける。しかしその能力でラクスに気に入られている。今日はシンはプラントに行っ
ていて留守なのが、カガリにとって唯一の救いだ。でなければ、彼もこの気球に乗って、
カガリの前でナチュラルを殺すことを楽しんだだろうに。
 しかし血を分けた弟のキラ、初めてのコーディネーターの友人だったアスラン、彼らは
なんと変わってしまったのだろうと思う。
 キラとラクスは恋仲ではあったが、少し前までは姉の自分のことをとても大事にしてい
たのに、今ではよそよそしいと感じる。アスランは指輪までくれた仲だったが、彼の翠の
瞳にはもう愛情も執着もなく、ただオーブの元首という地位への一応の敬意があるだけだ。
 この気球に乗っているのが、自分以外全員コーディネーターであるという事実も、カガ
リを憂鬱にさせる。いやナチュラルハンティングに付き合わされるナチュラルは自分だけ
で十分だと思うのだが、ラクスの気分次第でいつ自分が獲物にされるかわからない恐怖が
ある。自分が要らなくなったとき、シン・アスカに下げ渡され生きたまま切り刻まれるの
だろうと、予想はしている。
 また銃声が響いて、ナチュラルが殺された。
 コーディネーター達は心底楽しそうだ。
 ラクスが大きなお腹をなでながら言う。
「あら、この子も喜んでいるようですわ。豊かな世界に子供を生かしてやりたいと思うのが、
親の情ですもの」
 キラはコーディネーター一世であるが、普通のコーディネーターより多くの遺伝子を操
作されているせいで自然な生殖能力がない。しかし多様性を失った遺伝子を持つ二世同士
の子供を作ることを可能にしたプラントの遺伝子工学は、キラとラクスの子供を作ること
に成功した。倫理的に問題ありということでクローン人間と同じく禁止されていたES細胞
から精子を作り、そのキラの精子とラクスの卵子の両方に遺伝子操作をして受精可能にし
たのだ。
 いまラクスの子宮の中にいる赤ん坊が、どれだけキラとラクスの遺伝子を持った子供な
のかカガリにはわからない。それなら、彼女自身とキラが姉弟だというのも、遺伝子上ど
の程度の共通性があるのか。このゴンドラでナチュラルを狩って楽しむキラはラクスの配
偶者のコーディネーターで、カガリ・ユラ・アスハの弟ではないと内心で思った。
「アスランは射撃が上手いな。シンはナイフを持たせればすごいし、僕はモビルスーツだ
けってこと?」
 キラが軽口を言って周囲を笑わせる。
「あら、わたくし、アスランもシンも好きですけれど、一番好きなのはキラ、あなたです
わ」
 ラクスの答えはカガリにとっては歯が浮くような不快感を伴ったが、みなが笑った。キ
ラはあのワシントン攻撃の後、カガリにとって遠い人間になった。彼女への憎しみを露に
するシン・アスカと仲良くしている。キラとアスラン、そしてシンの三人が話している姿
はラクスの近くでは日常的に見られる。彼らの姿に、同志、共犯者の匂い、そして妖しげ
な同性愛まで嗅ぎ取ってしまうのはおそらく被害妄想なのだろうが。
「わたくしはいまお腹がこんなですから狩りに参加できませんけど、カガリさんは楽しま
れたらいかがですの?」
 ラクスの言葉は命令に等しい。
 カガリはオーブの人民を狩りの獲物にされたくなかった。ナチュラルで銃の訓練を受け
たことがある程度の彼女がこの距離から狙撃したとして、目標に玉が当たる確率は何万分
の一だろう。
「カガリ、このライフルはナチュラル用のスコープがついているから」
 アスランが優しい声でライフルを持ってくる。ナチュラルとコーディネーターでは基本
の視力が違うのだ。アスランは紳士だ、初めて会った時から。ただそれはコーディネータ
ーとしてであり、ナチュラルを同じ人間だと思ったことはないのだろう。
 カガリはライフルを手にとってその重さとともに人間の命の重さを感じた。
 とりあえず一発撃てば、お付き合いとしては十分だ。自分はオーブの元首であり、そこ
いらの軍人とは違うのだから。
 そう思って適当に引き金を引いた。
 あたるはずがないと思っていた。しかしカガリのスコープの中、女と思われる姿がばっ
たりと倒れた。
「まあ、お見事ですわ、カガリさん」
 ラクスが聖母の微笑みを浮かべて言った。