赤い妖精おちり

Last-modified: 2010-04-03 (土) 09:39:20
瑞 麗 著  
 

 

北風吹き荒む、ある冬の日の江戸の町-

 

木造家屋が多く、その上この時期、強く乾いた北風が吹き荒れることの多い、
ここ江戸の町は、火事が起こると火の回りが早く、瞬く間に大火となってしまい、
それがこの街にあるお城の住人でもある、この国の統治者たちの、大きな大きな
悩みの種でもあった。

 

そんな江戸の町にやってきた、一人の、一見紅毛人の愛らしい少女-

 

彼女の名前は、ティリス・イルザーク。

 

“えすぱにあ国ぱんぷろーな”生まれの、今はフランスの船乗りであるこの少女は、
バスク人らしい、小柄で粘り強く、独立心旺盛な…、だけにおさまらず、決して
その見た目に騙されてはいけない、何と船戦(ふないくさ)とチャンバラをこよなく愛する、
近年欧州から名を売出し中の戦乙女なのであります。

 

そんな彼女を、ばてれんの名前に舌が回りづらいこの国の人々は、何時しか“おちり”と
呼ぶようになっていました。

 
 

その晩も、またお城の面々を悩ませることになる、火事を知らせる鐘の音が、江戸の町に
鳴り響く。
同時に、濃紺だった江戸の夜空が、見る見るうちに、紅蓮の炎に赤く染められていく…。

 

日頃大砲の下を掻い潜り、カロネード砲をぶっ放しまくっているおちりにとって、
このくらいの火は何でもない、どころか、心が沸き立つ有様で、うきうきしながら
火事見物に出かける始末でありました。

 

家を焼け出され、強い北風に煽られ、ますます勢いを強めていく火から、少しでも、
一歩でも逃れようと、必死で逃げ惑う江戸の町民たちを横目に見ながら、
 なんとこの国の人たちは意気地がないこと!
と、いささか興ざめしていたおちりの目の前に、忽然と現れたのは…。

 

       --------- つ づ く ----------

 

 

「原田隊はこれ以上火の広まるのを食い止めよ!
 片倉隊は、町人たちを一刻も早く安全な場所へ逃げさせよ!」
突如として、大勢の男たちが現れ、大火に向かってゆく。

 

彼らは、木の葉に囲まれ向かい合う二匹の雀が描かれた大きな旗を掲げていた。
おちりは知らないが、これは、この国で“竹に雀”と呼ばれる、広く人々に知られた
家紋だった。

 

彼らに号令する声のする方を見やったおちりは、その姿に驚愕した。
胴は黒漆塗の鉄板で兜も黒、そしてその兜からは、金色に輝く、大きな三日月が
映えている。
その三日月の下の隻眼に、いつしかおちりは、深く深く惹き込まれてしまっていた。

 

この甲冑は、「黒漆五枚胴具足」と呼ばれる著名な甲冑、そしてこの甲冑の主こそ、
奥州・仙台の領主であり、広く天下にその名を馳せていた一代の英雄、
“独眼竜”伊達権中納言政宗公その人だった。

 

この時代の江戸の町には、まだ町火消はなく、市中の消火活動は、大名火消の手に
委ねられていた。
他家に引けを取るわけには行かないという自負もあり、また、いまだ天下を
窺う奸雄として、幕府からも他家からも警戒されていた伊達家としては、
公儀への忠義を見せつけられる、絶好の機会でもあるのだった。

 

       --------- つ づ く ----------

 

 

このおちり、船戦となればカロネード砲をぶっ放しまくり、さらには敵船に
接舷すれば、また陸上でも敵を見れば、兜・甲冑に身を固め、剣を振り回しながら、
真っ先に切り込んでいく豪傑である!

 

…のであるが、兵を率いるということについては、しきりに参加する大海戦や
バトルキャンペーンなどで、せいぜい多くて1艦隊5隻を率いる経験までしかなく、
しかも、他国の猛者たちに苦戦しているのが実情だった。

 

確かにおちり自身は極めて強いのであるが、部隊を率いる指揮能力という点では、
実は本人も自信はないのであった。

 

これだけの大火の中で、千人ほどの武者とはいえ、名手のチェスを見るかのように
見事に指揮し、火事場の混乱を収めつつあるこの黒い甲冑の武将に、いつしか
おちりは、深く深く魅せられてしまった。

 

居たたまれなくなったおちりは、やおら、将に燃え落ちようという家屋に
飛び込み、次の瞬間には、中から二人の子供を抱えて飛び出してきた。
犬より優れる、と言われる聴力を見につけているおちりは、この業火と
崩れ落ちる家屋、逃げ惑う人々の叫び声の中で、その子供たちの、将に
火の中に消えようという声を、確実に聞きつけていたのだった。

 

助け出した子供たちを、仙台藩の片倉隊の兵に預けるや、再び、今まさに
燃え広がろうという家屋を、一蹴り・一殴りで叩き壊したのだった!

 

少しでも長くこの時間よ続け!
おちりは、強くそう願ってやまずにはいられなかった…。

 

       --------- つ づ く ----------

 

 

…おちりの願いも空しく、大火は、その黒甲冑の武将・政宗公の見事な指揮によって、
ほぼ鎮火しつつあった。
ここまで鎮まればあとは公儀の役人たちや街の者たちに任せればよい、と、
仙台藩兵も、藩邸に引き上げてしまった。

 

黒甲冑の武将にその活躍を見せつけ、深く印象づけるために、わざわざ仙台藩兵の前で
大暴れしてみせたおちりだったのであるが、結局、おちりに何の声も掛けずに、
藩邸の中に入ってしまい、藩邸の門は閉じられてしまった。

 

この木の門と土の壁の中に押し入ることは、おちりにとって朝飯前なこと…、
なのであるが、
「そんなことをなさっては、却って目の敵にされてしまうのが関の山です」
副官のニーナに、そう冷静・的確に忠告され、歯噛みしつつ、おちりは何とか実行に移すのを
思い止まったのであった。

 

当然、おちりは全然面白くなく、日に日に不機嫌が募る。
とばっちりをうけては堪らない船員たちは、おちりを酒場に、博打に、と連れ出し、
少しでも気晴らしを、と試みるのであったが…。
酒に酔えば卓を叩き壊し、博徒のイカサマは鋭く見抜いてしまい、その露見を恐れて
おちりを消そうとした賭場のやくざ者たち数十人を、あべこべにまとめて叩き伏せ、
半殺しにした上、反対に大金を巻き上げてしまう…、と、かえって大騒ぎを
起こしてしまう始末なのであった…。
第2副官のエルナンも、いい歳をして、もちろんとばっちりを喰いたくはない…。

 

       --------- つ づ く ----------

 

 

読者の声

  • なぜか見入ってますきょうこのごろ -- 七誌? 2010-03-17 (水) 00:09:00
  • 初期設定ミスにより、一部改訂~w -- 瑞麗? 2010-03-14 (日) 21:06:14
  • 小説みたいな感じがしますね つづきたのしみです (^Q^ -- 皇后さま? 2010-03-13 (土) 11:35:43