Story0013

Last-modified: 2021-07-07 (水) 22:18:40

 「神は海の大いなる獣と、水に群がる全ての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。」


File#0013

Thought:Neutral

EntityClass:Normal

特別対処用プロトコル:#0013に分類される実体はその多くが他種族(人間含む)に対し愛情深く友好的であるため、特に[データ削除済み]の必要はありません。

説明:#0013は人間に酷似したアストラルⅠ型生命体です。背中に鳥のような翼を有しており、飛行能力を有しています。高い現実改変能力を持ち、他の種族よりもはるかに高度に進化した古代種であることが判明しています(聖書に記述あり)。現在異種間調停理事会は#0013-A〔マリオン・リュスト〕を特等調停官として雇用しています。


 ・・・・・・。
 「また報告書を呼んでいるのですか、K」
 いつの間にか、背後にリュストさんが立っていた。

 「気配を消すの上手いですねリュストさん」
 僕が聞くと、リュストさんは楪さんが呼んでいましたよ、と言って微笑んだ。
Violet
 リュストさんは僕と楪さんがやっている異種間調停理事会の事務所に、ごくたまにやってくる特等調停官だ。
 腰まで伸びたつややかな黒髪を右肩に流し、雪のような白い肌とアメジストのような色の瞳、穏やかな性別不明の声を持つかなりの美人で、女の人だけでなく男の人も、リュストさんとすれ違うと誰もが振り返る。
 男の人だろうか女の人だろうか。前に年齢・性別を聞いたことがあるけれど、にっこり笑ってはぐらかされ、楪さんに女の人に年齢を聞くことは失礼ですよ、と怒られた。

 この人と出会ったのは確か僕が十二歳くらいの頃だ。
 僕は精霊や幽霊や妖怪、異星人や異世界人、誰かの後ろの人やエリクススペクトル(俗にいう"オーラ")などの、人が視ることの出来ないものを視て、声を聞き、言葉を交わすことができる。特にこれと言って恐怖を感じることはない―――これはこのような能力を持つ人間の中では特異なことなのだという―――が、それを家族に言ったら、幻聴だ幻覚だと騒がれ、精神病院に放り込まれた。
 一般室―――鍵のかからない部屋だ―――で三ヶ月ほど過ごしたが、窓の外にグミの木があり、その枝に鴉が止まっていた。
 紫色の眼をした鴉は僕を見て、こんにちは、と声をかけてきた。
 その鴉はとても紳士的で、穏やかで、外国の珍しい話を色々聞かせてくれた。
 外に出たい、と頼んだら、一週間後に楪という調停官が病院に来て、僕を引き取ると話をした。
 その隣にあの鴉が人間の姿で立っていた。

 それ以来、月一度僕の様子を見に、この人は来る。
 鴉が人間に化けたのか、それともこっちが本来の姿で、鴉の姿を借りていただけだったのか、未だに分からない。

 「K君。今日は保安局に行きますよ」
 デスクに座った楪さんは僕にこう言った。
 「翼の生えた人が見つかったんです」


 僕が住んでいるロンデニアはかつてロンドンと呼ばれ、戦前はブリテン島に存在したイギリスという国の首都だった。
 戦争が始まり、国境が消え、各都市で自治が行われるようになって、ロンドンはロンデニアという都市国家になった。
 警察機関も進化し、各都市が共同戦線をはる保安局が誕生、各都市の治安維持を続けている。

 楪さんが扉をノックすると、その人は「入れ」と短く言った。
 その人は短い金髪に緑の瞳をした、背の高い男の人で、黒いスーツを着て緑のネクタイをしていた。

 「こちらの方はロベルト・ロイドさんです」
 僕は初めまして、と頭を下げた。

 「この子が新入りか、楪」
 「そうです。呼び名はK、本名はエマ・レイ」
 よろしくお願いします、と僕はまた頭を下げた。


 応接室にて、ロイドさんの秘書だという女性が入れた紅茶を出された。
 「さて、本題だが」
 ロイドさんは紅茶を一口飲んで、言う。

 「最近、有翼の人型実体の目撃例が相次いでいる」

 曰く、夜になると、都市上空を有翼の人型実体が飛翔するのが見えるという。

 「その生物を、我々に確保せよと?」
 楪さんが訊くと、ロイドさんは短く、そうだ、と答えた。


 その家に着いた時には、あたりはもう暗くなっていた。
 玄関のドアチャイムを鳴らすと、恰幅の良い五十代前半ほどの年頃の赤いフレームの眼鏡をかけた女性が出て来た。

 「こんにちは、異種間調停理事会の者です。ちょっとお話、良いですか?」
 僕の声は緊張でカチカチになっていた。

 「息子があの子を連れてきたのは、一週間ほど前でした」
 女性は少し困ったように、話してくれた。
 「事情は話してくれなかったけど、しばらく一緒に暮らすんだ、って言って」

 彼女が淹れてくれた紅茶を飲みながら、僕たちは彼女の話を聞いた。

 「その後、息子は宝くじで、十億当てたの。みんなあの子のおかげだわ」
 「そうですか。その子は、今どこに?」
 「外に行っていると思うわ。あの子、夜になると空を飛びに行ってしまうのよ」

 その時、外で大きな鳥の羽音が聞こえた。
 僕が急いで二階に向かうと、リュストさんがベランダへ出て空を見上げていた。

 空を飛んでいた大きな鳥が、ベランダへ下りてくる。
 それは、長い黒髪をサイドポニーテールにまとめ、黒い袖なしのブラウスと黒い短パンという出で立ちの、背中に黒い鳥の翼が生えた、僕と同い年くらいの女の子だった。
 「サラ。帰りますよ」
 リュストさんは珍しくきつい調子で言った。


 「また報告書を呼んでいるのですか、K」
 いつの間にか、背後にリュストさんが立っていた。

 「気配を消すの上手いですねリュストさん」
 僕が訊くと、リュストさんはお久しぶりです、と言って微笑んだ。
 リュストさんの傍らに、あのサイドポニーテールの女の子が立っていた。

 リュストさん曰く、この女の子、サラは今ロイドさんと同居しているらしい。