Story0041

Last-modified: 2021-06-27 (日) 21:54:45

 「おチビ、ご飯だよ」
 ケージの扉をかじる小さな生き物にそう声をかけ、私はケージの檻の隙間から枝豆を差し入れる。
 小さな生き物は枝豆を口に咥え、嬉しそうにかじり出す。
 「枝豆、だいすき」
 私の頭の中に甲高い声が響いた。


さらば、おチビ
File#0041

Thought:Positive

EntityClass:Secure

特別対処用プロトコル:#0041担当エージェントは毎週土曜日、日曜日に■■家を訪問し、#0041とその飼い主である■■ ■に対しインタビューを行ってください。

説明:#0041は高いテレパシー能力を有するゴールデンハムスターのオスです。■■家の長女■の飼育下にあり、〔チビ〕〔おチビ〕と呼称されています。2021/04/01、ネル市在住の■■家長女■の母親■によって、「娘が飼っているハムスターがしゃべる」という相談を受けた調停官・七海によって発見されました。


インタビュー記録0041-1(2021/04/03)
オブジェクト:#0041(以下、おチビ)
インタビュアー:調停官・七海

調停官・七海:#0041、おはようございます。
おチビ:おはようななみん、美味しいのある?
調停官・七海:質問に答えていただけますか、#0041。
おチビ:(頬袋から枝豆を取り出して食べる)うん、いいよー。
調停官・七海:あなたはどのようにしてその高いテレパシー能力を得たのですか?
おチビ:(首をかしげる)??
調停官・七海:えーと、あなたはどのようにして、人としゃべれるようになったのですか?
おチビ:(枝豆を食べながら)わかんない。


インタビュー記録0041-2(2021/04/04)
オブジェクト:■■ ■(以下、[飼い主])
インタビュアー:調停官・七海

調停官・七海:こんにちは、[飼い主]さん。今回は#0041についていくつかお聞きしたいことがあります。
調停官・七海:あなたは、#0041とはどのようにして出会ったのですか?
[飼い主]:あの子は、友達から貰ったの。
[飼い主]:友達の狩ってるハムスターが沢山子供を産んで、引き取り手を探してた。
[飼い主]:それであの子をもらったんだけど、帰り道で頭の中に、「おなかすいた」って声が聞こえて。
[飼い主]:あの子を入れていた移動用ケージの中であの子がこっちを見てて、
[飼い主]:この子は喋れるんだな、って気付いたの。
調停官・七海:#0041の特異性についてはどう思われますか?
[飼い主]:正直凄くびっくりしたけど、でもそれであの子が怖くなったりはしなかったわ。
[飼い主]:あの子はしゃべることができる、それでもただのハムスターだから。


 ・・・・・・。
 暗い、綿が詰められた巣箱の中で目を覚ます。
 僕はあくびをして、巣箱の外へ出る。

 最近、身体が重くてよろよろする。
 多分、最後が近いんだろう。

 砂浴びのために、お風呂に向かう。
 体をひねり、全身で砂を浴びる。

 砂浴びが終わったら散歩の時間。
 ケージの大きな扉が開き、大きな手が僕の前に差し出される。

 僕はその手によじ登り、ケージから出してもらう。

 大きな、人間の女の子の顔が僕を見て微笑む。

 大きな女の子の大きな手が、僕の額と背中をなでる。
 僕を乗せたその手は、微睡んでしまうほどに温かい。

 「おチビ、お散歩しようね」

 僕をなでていた女の子の声が聞こえ、鼻先に散歩用のボールが現れる。
 散歩用ボールに入ると、僕の背後でボールの扉が閉められる。

 散歩用ボールは床に下ろされ、そのまま僕は歩きだす。
 ぐるんぐるんとボールは回り、部屋の中を歩き回る。

 暫くそうしてボールに乗って部屋の中を散歩していると、いきなりひょい、とボールが持ち上げられた。

 「お掃除、終わったよ。」

 ボールの扉が開き、僕は大きな手の上に乗る。
 そのまま僕はケージに戻され、背後でケージの扉が閉まる。

 ケージの中は隅々まで掃除されており、真新しい床材のにおいが鼻をつく。
 新鮮なレタスとハム、チーズ、食パンのかけら、様々なナッツ類、ヒマワリの種を頬袋に詰め、僕は巣箱の中に入る。

 巣箱の中もきれいに掃除されており、ふわふわの綿が僕を出迎える。
 僕は綿の中に頬袋の中身を吐き出し、毛づくろいをして丸くなる。

 おやすみ、僕は幸せでした。

 ありがとう、ありがとう、ありがとう。


追記:2023/05/11、#0041は老衰によって死亡し、EntityClassはSecureからNeutralizedに変更されました。