「おチビ、ご飯だよ」
ケージの扉をかじる小さな生き物にそう声をかけ、私はケージの檻の隙間から枝豆を差し入れる。
小さな生き物は枝豆を口に咥え、嬉しそうにかじり出す。
「枝豆、だいすき」
私の頭の中に甲高い声が響いた。
さらば、おチビ
File#0041
Thought:Positive
EntityClass:Secure
特別対処用プロトコル:#0041担当エージェントは毎週土曜日、日曜日に■■家を訪問し、#0041とその飼い主である■■ ■に対しインタビューを行ってください。
説明:#0041は高いテレパシー能力を有するゴールデンハムスターのオスです。■■家の長女■の飼育下にあり、〔チビ〕〔おチビ〕と呼称されています。2021/04/01、ネル市在住の■■家長女■の母親■によって、「娘が飼っているハムスターがしゃべる」という相談を受けた調停官・七海によって発見されました。
インタビュー記録0041-1(2021/04/03)
オブジェクト:#0041(以下、おチビ)
インタビュアー:調停官・七海
調停官・七海:#0041、おはようございます。
おチビ:おはようななみん、美味しいのある?
調停官・七海:質問に答えていただけますか、#0041。
おチビ:(頬袋から枝豆を取り出して食べる)うん、いいよー。
調停官・七海:あなたはどのようにしてその高いテレパシー能力を得たのですか?
おチビ:(首をかしげる)??
調停官・七海:えーと、あなたはどのようにして、人としゃべれるようになったのですか?
おチビ:(枝豆を食べながら)わかんない。
インタビュー記録0041-2(2021/04/04)
オブジェクト:■■ ■(以下、[飼い主])
インタビュアー:調停官・七海
調停官・七海:こんにちは、[飼い主]さん。今回は#0041についていくつかお聞きしたいことがあります。
調停官・七海:あなたは、#0041とはどのようにして出会ったのですか?
[飼い主]:あの子は、友達から貰ったの。
[飼い主]:友達の狩ってるハムスターが沢山子供を産んで、引き取り手を探してた。
[飼い主]:それであの子をもらったんだけど、帰り道で頭の中に、「おなかすいた」って声が聞こえて。
[飼い主]:あの子を入れていた移動用ケージの中であの子がこっちを見てて、
[飼い主]:この子は喋れるんだな、って気付いたの。
調停官・七海:#0041の特異性についてはどう思われますか?
[飼い主]:正直凄くびっくりしたけど、でもそれであの子が怖くなったりはしなかったわ。
[飼い主]:あの子はしゃべることができる、それでもただのハムスターだから。
・・・・・・。
暗い、綿が詰められた巣箱の中で目を覚ます。
僕はあくびをして、巣箱の外へ出る。
最近、身体が重くてよろよろする。
多分、最後が近いんだろう。
砂浴びのために、お風呂に向かう。
体をひねり、全身で砂を浴びる。
砂浴びが終わったら散歩の時間。
ケージの大きな扉が開き、大きな手が僕の前に差し出される。
僕はその手によじ登り、ケージから出してもらう。
大きな、人間の女の子の顔が僕を見て微笑む。
大きな女の子の大きな手が、僕の額と背中をなでる。
僕を乗せたその手は、微睡んでしまうほどに温かい。
「おチビ、お散歩しようね」
僕をなでていた女の子の声が聞こえ、鼻先に散歩用のボールが現れる。
散歩用ボールに入ると、僕の背後でボールの扉が閉められる。
散歩用ボールは床に下ろされ、そのまま僕は歩きだす。
ぐるんぐるんとボールは回り、部屋の中を歩き回る。
暫くそうしてボールに乗って部屋の中を散歩していると、いきなりひょい、とボールが持ち上げられた。
「お掃除、終わったよ。」
ボールの扉が開き、僕は大きな手の上に乗る。
そのまま僕はケージに戻され、背後でケージの扉が閉まる。
ケージの中は隅々まで掃除されており、真新しい床材のにおいが鼻をつく。
新鮮なレタスとハム、チーズ、食パンのかけら、様々なナッツ類、ヒマワリの種を頬袋に詰め、僕は巣箱の中に入る。
巣箱の中もきれいに掃除されており、ふわふわの綿が僕を出迎える。
僕は綿の中に頬袋の中身を吐き出し、毛づくろいをして丸くなる。
おやすみ、僕は幸せでした。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。
追記:2023/05/11、#0041は老衰によって死亡し、EntityClassはSecureからNeutralizedに変更されました。