経済格差/再①

Last-modified: 2023-03-19 (日) 10:51:47

脱工業化は我が国の地域経済と地域間経済関係にどのような影響を与えたか

図2 各地域の第3次産業割合と名目地域内総生産の全国比(1955~2015年、県民経済計算)より、日本経済全体に占める製造業の割合は1970年代前半から低下し始め、急速に低下し始めたのは1990年代初頭であり(脱工業化の深刻化)、この傾向は2005~2010頃まで続いた。ただし、2010年代後半の製造業は持ち直している。一方で、第3次産業化の状況は、趨勢は全地域とも日本全体とほぼ同様であるが、地域差は大きい。1970~2005年まで、関東では第3次産業化が急速に進んだが、中部のペースは遅い。右図によれば、1955年以来の関東の肥大化+1970年以降は近畿が縮小。2010年以降は全国比の変動はやや落ち着く。

図3 各地域による生産の供給先割合(2005年、地域間産業連関表)と表1 各地域の生産への需要額の変化率(1995~2005年、図3と同じ)より、1995~2005年にかけて、特に関東が第3次産業割合を他地域より速いペースで高めつつ、地域総生産の全国比も拡大させた。全国的に自地域に閉じた地域経済構造が形成される一方で、特に関東が他地域に対する需要を減少しつつ、衰退しつつある他地域内の人口とそれに付随する需要を吸収して拡大しているのではないかとの推測が成り立つ。

急速に脱工業化が進んだなかで、第3次産業の中心地としての関東、自動車製造業など国内に残る数少ない有力製造業が立地する中部などの地域、そして近畿を含むその他地域の3つの地域に分岐することになった。同時に、関東は経済規模を拡大させたが、他地域への生産波及力は弱くなり、むしろ他地域の需要を吸収する構造になっている。

戦後日本の地域間格差の動向

1980年代における格差拡大の要因、経済企画庁(1987)によれば
①第3次産業が東京圏を中心に成長していることから首都圏の雇用吸収力が上昇→産業を中心に賃金格差拡大。
②電気機械、自動車等の機械工業や情報関連サービスなどの成長産業の偏在
③本社機能、金融サービス機能等の東京への集中
④公共投資の抑制など
①・②が生産面、③が分配面、④が支出面を重視している。

経済企画庁「県民経済計算」で1人当たり県民所得の動向を検討する。県民所得を雇用者所得・企業所得・財産所得の項目に分割して、加重擬ジニ係数を計測した(表1)。オイルショックを除いて高度成長期から86年まで一貫して企業所得の格差は拡大傾向にあった。企業内の地域間分業が進んだこと、地方圏の企業が都市圏の企業によって系列化されたこと→企業所得が都市圏に集中→企業所得の格差拡大。

高度成長期に地方圏へ工場立地→製造業を中心とした第2次産業の生産活発化→雇用者所得上昇→地域間格差縮小
第1次オイルショック→第2次産業の生産調整→高率の賃上げが企業所得の大幅縮小→地域間格差縮小
しかし、80年代→サービス経済化や東京圏への一極集中の進行役第3次産業を主体とした雇用者所得が拡大→地域間格差拡大

日本における所得の地域間格差と人口移動の変化 世帯規模と年齢構成を考慮した世帯所得の推定を用いて

日本経済がバブル崩壊後に低迷を続ける中,世帯所得の格差拡大が進んだ.所得格差が急速に拡大した要因として,景気の長期低迷のほか,グローバリゼーションの深化にともなう国内産業の空洞化,終身雇用制度の揺らぎや成果主義の導入,労働規制緩和政策にともなう非正規雇用の増大,所得税や相続税の見直しによる累進課税の緩和などが一般に指摘される(Tachibanaki,2005).

地域経済学における格差研究では,県民所得などマクロ経済指標を用いた分析が主で,世帯所得の実態を分析したものは稀である。世界的な視点からは日本の地域間格差は深刻な問題とは言えないが、統計データと国民意識の間には懸隔が生じている。本稿では,1993 ~ 2008 年の住宅・土地統計調査のミクロデータを用いて都道府県を単位に世帯所得の推定をおこない,その地理的分布と時間的変化を明らかにした上で,所得の地域間格差と人口移動の相関関係について検討する.今回の分析では独立行政法人・統計センターから新たに提供を受けた非集計ミクロデータを用いる。

地域間格差の捉え方には,不平等化モデルと平等化モデルと呼ぶべき対立する二つの立場がある。所得の地域間均衡をもたらすはずの人口移動が,経済規模で見た地域間格差の拡大を招くという本質的なディレンマが存在することにある。

家計に関する統計では,「家計調査」等のミクロ統計と「国民経済計算」等のマクロ統計の間で乖離が大きい.

所得の分布はふつう正規分布せず,高所得側に大きく歪んだ形をしている.そのため,総世帯の平均所得は高所得世帯の影響を受けやすい.こうした問題を回避するには中央値(メディアン)を用いるのが適切と考えられる(盛山,2004),「世帯の年間収入」は階級別の世帯数で与えられているため,ここでは「不詳」を除いて累積相対度数を計算し,線形補完法により中央値を求めた。同様の方法で四分位値や五分位値を求めることができるが,以下の分析では中央値にあたるものを代表値とし,「世帯収入の中位値」(または単に世帯収入)と呼ぶ.この方法で各年次の都道府県別に世帯収入の中位値を推定し,所得の地域問格差の分析をおこなう.

「住宅・土地統計調査」に含まれる「世帯の年間収入」データを用いて,都道府県別の所得水準を推計した.同時に全体の動向を見るため,その際世帯人員の減少や高齢者世帯の増加など人口学的要因や,物価水準の地域差など経済的要因を考慮する.以下では調整すべき要因を逐次的に追加しながら 3つの分析パターンを示し,その要因が所得分布に与える影響について考察をおこなう(第 1 表).求められたパターン 3 の結果を階級区分図として示す(第 5 図).1993年と 2008 年に共通しているのは,首都圏を筆頭に東海地方,近畿地方など概ね国土の中央部は高所得地域で,東北地方北部や九州地方南部(及び長崎県)など周辺部は低所得地域という構造を示すことである.1993年は2008 年より地域間格差が大きく,高所得地域と低所得地域のコントラストがやや強く表れている.

都道府県別の世帯収入の川貞位や増減について分析をおこなう.5 年ごとに地域別所得変化を調べるため,3 枚のグラフを作成する(第 6 図),使用したデータはパターン 3 による世帯収入の中位値である.1993~98年では政府の景気下支えで、首都圏で減少、地方圏で増加して格差縮小。1998~ 2003年では「小さな政府」への回帰と構造改革で格差縮小、東京都のみ収入増加。2003~08年では輸出産業により景気拡大するも、労働規制緩和で非正規労働者が増加(実感なき景気回復)。景気回復を背景に世帯収入が増加した地域が多いが,地方圏では横ばいか減少を示す地域も見られ、全体として地域間格差はやや拡大した,地方圏での所得変化はまだら模様である.青森県を除く東北地方では,製造業部門が好調であったことを背景に,世帯収入がいずれも増加に転じている.逆に,島根県,鳥取県,長野県,北海道など公共事業への依存度が高い地域では世帯収入の減少が見られる.各地域の産業構造の違いが所得の増減に反映していると考えられる.

以上の分析結果を要約.世帯収入の地域間格差は 1993~2003年に縮小した. 1998年までは,バブル崩壊の後遺症に苦しむ大都市圏で所得が減少し,政府の景気対策の恩恵を受けた地方圏で所得が増加した結果,格差の縮小が生じた.1998年以降は,経済状況の悪化で全国的に所得が減少する中で,地域間格差は引き続き縮小した.2003~08年の景気回復期には所得増加に転じる地域が多く,地域間格差はやや拡大した.15年間の変化を地域別に見ると,東京都の所得順位は上昇し,首都圏が上位を占めるようになった.製造業に強みのある愛知県や東海地方はその所得の順位を上げたが,経済不振の続く大阪府や京都府は順位を下げた.順位最下位グループを形成する東北地方や九州地方の低所得県はほぼ固定的である,このように,変動係数だけからはわからない所得格差の地理的実態を明らかにすることができた.

もし,低所得地域から高所得地域ヘスムーズに人口が移動するという仮説が成り立つならば,所得水準と人口社会増減の 2 変数間には正の相関が見出されねばならない. 1993年では2 つの変数の相関係数は 0.45 で,弱いながらも正の相関が見られる.1998 年では地域間格差が縮小して人口移動は全体として沈静化した(都心回帰)。2003 年では高所得地域で人口流入,低所得地域で人口流出という傾向が強まった(首都圏への一極集中と都心回帰が同時に進行)。2008 年では人口移動が全国で活発化し、所得水準と人口増加率の相関係数は 0.86 に高まり,所得の高い人口流入地域と所得の低い人口流出地域の対比が一層鮮明になったと言える.4 枚のグラフから,都道府県別に見た世帯所得の水準と人口の社会増加率の間の相関の強さは時期によって大きく異なり,所得水準が人口移動に及ぼす影響力は強まる傾向にあることが明らかになった.1998 年以降,所得の地域間格差に関する指標に大きな変化が見られないにもかかわらず,「東京一極集中」や「地方の疲弊」が強く意識される理由の一端は,地方圏から首都圏への人口移動が経済力の地域間格差を一層広げているという現実にある。格差は個人や世帯あたりの所得で見るか,地域あたりの人口や経済の規模として見るかで意味が異なる,国民の格差意識の根底にあるのは,前者が縮小しておらず,後者は拡大していることへの危機感であると考えられる.