第1話 邪なる鬼の王の胎動
Infinite Stratos(インフィニット・ストラトス)
通称「IS」
篠ノ之束博士が開発した宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォーム・スーツ。
宇宙開発が滞っていた為に計画は頓挫。しかし、その圧倒的な性能を誇るISは軍事転用されることとなり、各国の主力兵器へと変貌を遂げた。
だが、ISには唯一の欠陥が存在した。
それは・・・ 女性にしか動かせないということであった。
これにより世界の軍事・国防その他役職の要を女性が占める事となり、「女尊男卑社会」へと移り変わっていったのである。
だが・・・!?
「ヒック・・・ バーロー、俺を誰だと思ってやんだ!
泣く子も黙る神流会の・・・人斬り政たぁ俺の事だぁ!!!」
ヤクザは無くならなかった!!!
静寂が包む夜の住宅街に、ドスの効いた男の罵声が響き渡る。
年は中年ほど、パンチパーマに強面の顔、高そうなスーツを身に付けたその道の人間である。
赤く染まった顔が、男が泥酔状態である事を物語っていた。
そんな男は、電柱の隅に存在する自分より一回りも二回りも小さい影を見下ろしながらいちゃもんを付けていた。
「ぶーん」
小さな影はモーターの回転する音のような声を出しながら幾多のコードを伸ばして周囲を探るように徘徊していた。
その身体は生物でない事がはっきりと分かるほど異様な姿をしていた。
目と思われる球状のレンズが備わっているが、胴体、四肢は無く、本当に「機械の塊」と表現した方が分かり易い外見をしている。
そんな物体に対し、男はさらに
「コリャァ・・・ 何とか言わんかい!」
と罵声を浴びせて蹴りを入れた。
蹴りを入れられた機械の塊は意に介する事無く、再び周囲の徘徊を始めた。
「夜中に騒がしいわね!」
夜中に鳴り響く罵声に周辺にお住まいの住人から非難の声があがる。
「うるせー! こちとらダチと大事な話をしとるんじゃ!」
男は非難の声にも罵声を浴びせ、そんな掛け合いすら無視して周辺を徘徊する機械の塊を追いかけた。
「ワリャー! 何処にゆくんじゃ! 人にガンつけといて逃げる気かい!」
完全にいちゃもんであろう理由を述べながら、千鳥足でヨタヨタと着いて行く。
傍から見ればとてもシュールな光景であるが、機械の塊から延びるコードを辿った先にある物に男は気付いていなかった。
「おいコラ・・・ 待ちいな・・・」
男が機械の塊を捕まえようとした矢先、前方に何かの気配を感じた。
それは今まで自分が罵声を浴びせていた小さな物ではない。
ともすれば自分と同じ、いや、それ以上の大きさを持つ。
男は目線を足元から徐々に上に上げる。
機械の塊が見えた。
さらに目線を上げる。
機械の塊が見えた。
さらに目線を上げる。この時点で男は上を見上げる形となる。
その視線の先には、男の頭部に匹敵するほど巨大な眼球が男を凝視している光景が写っていた。
さらにその眼球の周りには、先ほどの小さな機械の塊と同じようにギーガーチックな無機質の物体が到底生物とは呼べぬような形を作っており、その身体からは無数のコードが延びていた。
そのコードの先は駐車してある車に、隣接する住宅の窓の隙間から屋内のテレビに延びており、
コードの先端辺りからさらに分岐したコードにより対象物は分解されていた。
男は先ほどまでの威勢が嘘のように黙り込み、
「へっ・・・ へへ・・・」
と、気が触れたような声を出して固まっていた。
ピキ… ビキ・・・ ジジジ・・・ ギギギ・・・
幾多の機械が擦れ合う事で生まれる耳を突くような不協和音が巨大な機械の塊を包み込み、一向に動けない男の上半身を、まるで捕食するかのように飲み込んだ。
「ぎええ!!!」
男は悲鳴とも断末魔とも取れる声で叫び、飲み込まれていない下半身をがむしゃらに動かしてもがいていた。
そんな事などいざ知らず、ご近所の住人から、
「いつまで騒いでるんだ酔っ払い!」
「静かにしろ」
と状況が状況なだけに無情とも取れる非難の声があがった
機械の塊が男の上半身を飲み込んで十数秒が経過した所で、男をまるで食べられないものを口か吐き出すかのようにして開放した。
ブリブリッ! ガンッ!
無造作に開放された男は脱糞をしながら頭からアスファルトに落ち、そのまま気絶した。
捕食されたかのように見えた男の上半身は傷一つ付いていない。
気絶したままの男の事など意に介さず、機械の塊は周辺の機械類にコードを伸ばし解体を始めていった。
「最近夜な夜な電気製品や車の部品が盗まれてる?」
「そーなんだよ。 今ん所ウチは被害を受けて無ぇけど、
近所に住んでる婆ちゃん家はラジオの中身が空っぽになってたらしいぜ?」
今、携帯で話をしている相手は五反田弾。中学校からの友人で悪友だ。
IS学園へ入学してからは当然ながら同じ高校では無い為、会う機会もめっきり減ったがこうして定期的に連絡を取り合っている。
弾の話では、最近近所で機械関係の部品を狙った盗難事件が多発しているらしい。それも人が侵入した形跡は無く、その方法も大胆で、一夜にして車のエンジンをまるごと盗まれた人も居るらしい。・・・技術の無駄遣いじゃないか?
「犯人はまだ捕まってないんだな」
「いや、容疑者は一応書類送検されてるらしいぜ?
なんでもこのあたりの暴力団関係の人間みたいだけど、
本人は無実を訴えてるんだってよ」
「つまりヤクザか・・・ 最近のヤクザも手先が器用なんだな」
「これも時代の流れかねぇ」
「いい流れでは無いけど逞しくはあるな」
そう、ISの登場により女尊男卑へと移り変わった社会の中にあっても、ヤクザの構成員は男を占めていた。
もともと社会不適応者の集まりである彼らにとってISの軍事的有用性など関係無いらしく、今日もどこかで裏の世界を走り回っているのだ。ご苦労な事だな・・・。
「ヤクザが機械の部品なんかを盗んでどうするんだろうな?」
「そりゃお前、武器になるような物を作ってるんじゃねぇか?
昔と違って、今じゃ拳銃一つにしても手に入れにくいだろうし」
それもそうだ。既存の武器、兵器を遥かに凌ぐISが登場した事で、そちら関係の開発は自制の傾向にあるらしく。治安維持にいたってもISが介入しだした事で、世にはびこる悪党どもはどうにも肩身が狭くなっているのだ。
こうした事で、昨今のヤクザ達はまるでゲリラのように現地で武器調達を行っているのだ。
まぁ、カタギの自分達には関係の無い事であるが、物騒である事には変わりない。
「とりあえず犯人が捕まったんなら問題無いんじゃ無いか?」
「それがよー。未だに盗難騒ぎは続いてるんだよコレが・・・」
「まだ? まぁヤクザならいくらでも汚し手は居るだろうから
一人が捕まっても問題ないだろうけど、組合とかも捜査されてんだろ?」
「詳しい事は知らないけど、噂じゃ証拠となる物は未だに見つかってないらしいぜ
もしからしたら真犯人は他に居るのやも・・・」
『誰と電話してるのお兄?』
「ッッッ!!!」
電話先から弾以外の声が聞こえた。この声は聴き覚えがある。
そう― 弾の妹こと、五反田蘭その人だ。
「っいやっ、高校の先輩だよ! 島本さんって人で! 今度遊ぼうって約束してるんだ!」
「ふーん…」
弾の奴、かなり焦ってやがる・・・。
昔からそうだった。妹の蘭の事になると途端に威勢が弱まるというか小さくなるというか・・・。
ともかく弾は蘭が苦手らしいというのは目に見えて明らかであった。
中学時代は事ある毎にその現状を目の当たりにしたものだが、電話越しからでもその光景が実際に目に映し出されるようである。
ISに始めて触れたときの一体感にも似ているな・・・。全ての情報が頭の中に流れてくるような感覚。口で言い表すのは難しいがつまりはそう言う事である。
そんな他愛も無い事を考えてる合間にも、電話先の状況は苛烈なものになっているらしく、弾の声が一つ、また一つと震えあがって行くのが分かった。
「それ本当に高校の先輩? なんか『中学から知り合ったとても気の合う友達』
と話してるように見えるんだけどなぁ」
流石は妹、感が鋭い。
「いやっ、あのっ、本・・・当に高校の・・・」
「じゃあ変われる?」
「へ・・・?」
チェックメイト。 そんなキーワードが頭をよぎった。何にせよ弾には既に逃げ場は無い。
後は釜で煮られるか、地獄の業火で焼かれるかを選ぶだけだ。
「変われないの?」
「それは・・・」
「どうして?」
「その・・・」
バシッ!!!
あっ、弾の奴、アイアンクローを受けちまった。これはいよいよ念仏を唱える必要があるな。
『イ イ カ ラ カ ワ レ』
声では無い、何と言うか気迫とか殺意とか、脳みそにダイレクトに伝わってくるテレパシーのようなものが電話越しからでも伝わってきた。
それと同時に電話の声の主は男から女へと変わる。
「あの~ もしもし?」
先ほどの阿修羅のような剣幕から一変、花も恥らう乙女の如く話す少女の声が聞こえた。
「あ~。もしもし。蘭?」
「はひっ? も、もひもひ!? 一夏さんですか!?」
電話の向こうの少女はかなり狼狽しているようであった。
はて? 相手は電話の相手が俺だと気付いていたと思ったけど?
「あっあっ、あのっ! この度はどのようなご用件でございましょうか!?」
「いや、用件っていうか弾と話をしてただけだけど・・・」
「っそうですよね! いやだ私ったら・・・」
電話の向こうで恥ずかしそうに身体をもじもじさせている少女の姿を容易に想像できた。
ふむ、初めてISに触れてからと言うもの、自分にはある種の超能力的な力が備わっているのだろうか?
もしかして男の身でありながらISが操縦できるのはそのせい? いや、違うか。
またも他愛も無い事を考えていた俺の意識を現実へ引き戻すように蘭の声が耳を突いた。
「あのっ! お兄とはどんな話をしてたんですか?」
そんな事は兄である弾に聴けばいいのに、とも思ったが、先ほどのやりとりからも分かる様に、弾の言う事など毛ほども信用して無いだろう。
哀れな兄だ。完璧超人である姉が妹で無くて本当によかったと心の底から思えた。
「まさか私の事で変なことを・・・?」
電話の向こうから、先ほど感じたような気迫・殺意交じりの波動を感じ取った俺は、弾の命が危ういことを感じ取りすぐさま事の真相を伝えた。
「いや~。最近そこいらで機械類の盗難が多発してるんだって話を聞いてたんだよ」
真実は伝えた。後は相手がそれに納得してもらうのを祈るのみ。
ダメだった場合、俺は一人、かけがえの無い友を無くすことになる。
「そう! そうなんですよ! もう私も怖くて夜眠れなくて・・・」
「あんなにいびきをかいてるのに眠ってなかったのか(ry」
バキッ
命の果てる音が聞こえた。
こうして俺は一人の友を無くした事になる。
弾、お前はいい奴だった。
っとまあ冗談はさておき、久しぶりに蘭とも話が出来た。
他愛も無い会話であったが、中学時代を思い出せるかけがえの無い時間を過ごせた。
最後に弾と蘭には物騒だから気をつけるように念を押し、
蘭からは此方を応援するメッセージを、
弾からは女を紹介しろ的なメッセージをそれぞれもらい、
弾の断末魔で電話は終了した。
謎の盗難事件か、今のところ殺傷沙汰にはなってないみたいだけど、地元でそんなことがあると流石に心配だな。
この時の俺はまだ気付いていなかった。
この事件が後に日本を、いや、全世界を揺れ動かすこととなる事態へ発展する事を。
そして・・・。
「一夏、さっき電話していた相手は誰だ?」
ゾクッと背後から凍てつくはどうのような殺気を感じた。
振り向けばそこに俺の幼馴染であり、IS学園に入学して久しぶりに再開した女性。
篠ノ之箒が凄まじい剣幕で仁王立ちしていた。
あれだ、『鬼気迫る』ってこう言う事を言うんだな。
「相手は女性だったみたいだな。
とても親しく会話していたようだが、一体何処の何方なのだろうな?」
箒の手には二つの獲物、左に木刀、右に竹刀が握られた。
ほう、二刀流か。
かの宮元武蔵を連想させるそれは、数秒後には俺の頭蓋骨を真っ二つにする勢いで振り下ろされることとなるが、それはまた別の機会に・・・。
バキッ!
とっておきたかった。
S・O・C (セルフ・オーガナイズ・チップ)
とある天才科学者によって開発された自己分解・構築・再生を行うことの出来る機械生命体である。
そのメカニズムは脅威の一言であり、機械が自動で効率よく製造を行う為、工場などを設置する手間も省ける。
何よりも製造に極端な制限のかかるISに比べ、その柔軟性、多様性の面で遥かに凌駕する技術は魅力的であった。
世界各国がISへ対抗出来る媒体として、その技術を虎視眈々と狙っていた。
「私たちは他国から貴殿の技術特許を守るべく保護したいと考えております」
黒いスーツにサングラス。
本人がSPですと言葉で言うよりも分かり易い服装をした女性が、ある一人の科学者と交渉をしていた。
「つまりがこの技術を日本だけで独占したいというだけだろう」
科学者は怒気の篭った声でSPの言った言葉の真意を正直に述べた。
この科学者、外見からしてどうも異質であった。
屈強な肉体、鋭い眼光、厳つい顔、どれをとってもインテリな科学者と言うより武道家といったほうがまだ納得できる容姿をしている。
「確かにそれもあるでしょうが、ここ最近産業スパイと思われる輩が研究所周囲をうろついているとお聞きします。
何より先ずご自身の身の安全を守ることが先決ではないでしょうか?」
SPの女性は科学者の気迫に多少気負いされながらも端々と述べた。
「わしは誰の力も借りん!
そしてこのS.O.Cの技術をISの研究の為に提供する気は無い!」
科学者はそう言い放ち、話は終わりだと言わんばかりに部屋の奥へと入っていった。
「やれやれ・・・。S.O.Cと言いISといい、発明する者は誰も彼もが偏屈だな・・・」
独り残されたSPはポツリと呟き部屋を後にした。
とある住宅街。何の変哲も無い町並みが続く中で、一際目を引く建物があった。
物流の倉庫のような白い建物と、風力発電でもしているのか風を受けて回る巨大なプロペラ付きの柱が突き刺さった屋根
建物の周囲には資材廃材が散乱しており、何かしらの工場である事が見て取れた。
そんな建物の脇に全く変哲の無い普通の家があった。
物語は、ここからはじまる。
「うんがぁ~」
窓から差し込む朝日が現在の時刻を知らせる中、部屋の一室でだらしないいびきをかく少年が居た。
年は高校生ぐらいであろう顔立ちと、それに見合わぬ筋骨隆々の躯体。
そして壁に貼られたポスターが時代を思わせるいいアクセントとなっていた。
朝日がダイレクトに身体を照らしても、少年のサーカディアンリズムは乱れることを知らないのか、一向に起きる気配を見せなかった。
「お母さん、おはよ!!」
「おはようチィちゃん。お兄ちゃんを起こしてきて」
下から声が聞こえる。少年の部屋は2階にあるようである。
「わかった!」
チィちゃんと呼ばれた少女は自分より一回り大きい体をしている犬にまたがり、階段をドタドタを上っていった。
そこそこに騒がしい音を立てていたが、それでも少年は起きる事は無かった。
かに思えたが、身体に何かが纏わりつく違和感を感じ取り、重いまぶたは開かれた。
開いた瞼は数秒間ぼやけたままでピントを合わせる作業に追われている。
徐々に視界がはっきりとなるにつれ、少年は自身にまとわり付く機械のコードのような物体を認識した。
ギギッ ピピッ ガシュガシュ ギイィンッ
と音を立てるそれは、まるで肉体と同化するように少年の肉体を侵食していた。
「うわあぁぁぁぁ!!!」
少年は自身の叫び声で頭部が二つに割れるが如く叫び声を上げた。
「お兄ちゃん!」
「ワオォ!!」
「わ!!!」
急に視界が明瞭になる。
目の前には伸ばした髪を左右それぞれを高い位置で纏めた丸顔の少女と
ダルメシアンを連想させるブチが斑に点在する、お世辞にも可愛いとは言えない中型犬の姿がそこにはあった。
「ジャッキ・・・ チィ子・・・」
「「?」」
それぞれの存在を確認し呆けている少年を4つの瞳が何事かと見守っていた。
少年は冷や汗を流しながら状況を確認する。自身の手足を見る限り先ほどの機械の塊は何処にも無く、朝日に照らされた部屋は何の変化も見られなかった。
状況を察するに先ほどの出来事は全て
「夢か・・・」
ふうっと鼻から息を噴出し少年は安堵した。
「うえ うえ」
朝っぱらから最悪の寝覚めを味わった少年は、気色の悪い機械の塊を思い出し軽い嗚咽をしていた。
自分を起こしに着てくれた少女と犬と共に1階におりると、朝食が出来上がっている事を知らせる、なんとも表現しがたい香りが漂っていた。
ふっくらと炊き上げられ、白い湯気がその暖かさを物語る。多すぎず、少なすぎずの量で盛られた純白のご飯
白の黄色の色彩が黄金比を導き出す目玉焼き、そしてでしゃばらない程度に横に備わる惣菜
そしてトドメのお味噌汁。
日本人の朝食として何一つ恥じることの無いメニューである。
そしてそれを作り、テーブルに綺麗に配置をする割烹着姿がまぶしい女性。
一目見ただけで『古き良き日本の母』を連想させる女性は慣れた手つきで家族の朝食を準備していた。
「お兄ちゃん。また変な夢見たんだって!」
ドアを開け、自身の身体と不釣合いなスリッパを履いてパタパタを音を立ててあるく少女。
名前は『チィ子』
少年の妹であり年は小学校低学年ほどか。
見た目の容姿とは裏腹になかなかどうしてしっかり者である。
「あっそう。 顔洗って歯磨きなさいね」
チィ子の話を華麗にスルーした割烹着の女性は少年の『お母さん』
名前は連載から20年以上経った今でも無い。
「ジャッキのゴハンは外よ」
チィ子と一緒にのそのそと入ってきた犬の名前は『ジャッキ』
少年にとっては弟のような存在である。
「お父さんもゴハンが出来ましたよ。 こっちにいらっしゃい」
お母さんは壁に取り付けられた警備システムのような機材に取り付けられた受話器を持ち『お父さん』と思われる人物に朝ごはんの仕度が抱きた事を知らせた。
しかし、電話先の相手の反応は、
「いらん!!」
の一言であった。
そんな返答に対しても機嫌を悪くする事の無いお母さんからは、母親としての許容力とも言うべき寛大さが伺えた。
「親父さんはまた研究所にこもりきりか」
「みたいね」
少年は冷蔵庫を開け、まだ蓋を開けてない1000ml入りの牛乳を手に取りながら言い、
妹のチィ子は自分の席に着きながら答えた。
「ふ~む」
少年の父はどうやら科学者のようである。
家族団欒の朝ごはんに参加できないほど研究にのめり込む父親の体調を若干気遣いながら、今しがた開けた牛乳に口をつける。
ゴクンゴク!!!
勢い良く牛乳を口腔内へ注ぎ込み、周りにも聞こえるほどの嚥下音を響かせながら1000mlの液体を丸々飲み干した。
「わっお兄ちゃんがまた1000mlの牛乳一気に飲み干した!」
『また』っという言葉の如く、少年は毎度毎度同じ事をしているのだろう。
「育ち盛りなんだから仕方ないだろ ほれジャッキ」
「しょうがないわね、育ち盛りなんだものね」
少年は悪びれる様子もなく席に着くと、机に置かれた目玉焼きの皿を持ってジャッキのところまでもって行く。
ジャッキは喜んでそれをペチャペチャと音を立てて食べた。
「あっ、あたしの目玉焼き!」
自然体で、まるで当たり前のように行われた光景に対し、涙目になりながらチィ子は抗議の言葉を述べた。
「ジャッキは外で食べなさい。 チィちゃんはお父さんのを食べて」
「クワゥ」
一連の出来事で少年とジャッキを怒るでもなく、お母さんはいつもの事と片付けてジャッキを屋外へと誘導した。
一方チィ子はというと、めちゃくちゃになった自身の目玉焼きを恨めしそうに見ながら新しい目玉焼きの皿を受け取った。
少年はと言うとそんな事などに目もくれず食事を続けている。
「おふくろ― ここんとこ続けて同じ気持ち悪い夢を見てるんだ。
ウチの家系って呪われてるってこと無いだろう?」
少年は毎夜毎夜うなされる夢をお母さんに相談した。
相談してどうなるものでもないだろうが、この悩みは親の悩みでもある。
「ふ~ん。
ありうるわね。ご先祖様が殺人鬼だったってこともね」
「おいおい・・・」
お母さんは本気なのか、冗談なのか分からないような口調で返答をした。
顔色一つ変えないあたりが『母親』なのだろう。
「そういえば瞬ちゃん、新しく入学してきた子達の面倒はしっかり見てるの?」
「あぁ、ちゃんとこっちから挨拶したぜ。俺らが居る限りでかい顔はさせ無ぇってね」
『瞬』
やっと出てきたがこれが少年の名前である。
時期的に今は新学期を迎えている。
瞬は有り余る体力と元気を糧に活動する、いまどき珍しいガキ大将のような少年であった。
実際、高校に入学しても2人の友人と共に他のクラスの男子を相手に度々喧嘩をしては先生達を困らせていた。
ISの登場により社会が女尊男卑の傾向になったとしても、瞬にとってそれは何の障害にもならなかった。
周辺地域はIS企業とはあまり密接な関係に無い街であった事もあるが、それよりも大きかったのが、
瞬の父親でもある『島本平八郎』博士の数々の発明によるものであった。
ISほどでは無いが、島本博士の発明は産業関係にとってとても有用な発明ばかりである。
住宅街にドンと構える工場のような建物はいわゆる『研究所』と呼ばれるものであり、島本博士の発明による特許料により維持費を賄っていた。
そのおかげと言うのか言わないのか、この街では男女の関係に優劣をつけたがる人間はそう居なかった。
そんなこんなで高校生活を満喫していた瞬ではあったが、この度めでたく進級する事ができ、新入生を迎え入れる先輩となったわけである。
喧嘩っ早いが根は優しい少年である瞬は入学初日の後輩を呼び出し、自己紹介と言う名の脅しをかけていたわけだが、
その時に出会った一年生の『五反田弾』と気が合い、今では喧嘩こそ誘わないものの、よく遊びに行く仲になっていた。
「んで、その弾の中学校の時の友達は、
なんとこの前ニュースであったISを動かしたって言う男らしいんだ」
「へぇそうなの。瞬ちゃんの後輩の友達は立派な人物なのね」
これまた顔色一つ変えずにさほど驚きもせぬといった口調でお母さんは洗物を済ませていた。
「お兄ちゃん!あたしその人に会って見たい!」
流石に幼い子どもは好奇心旺盛であるのか、お母さんと違ってチィ子は瞬の話に興味津々であった。
「おう、弾の奴も一つ下の妹が居るらしいから今度ついでに会いに行こうぜ」
何気ない朝の一場面、何気ない家族団欒の朝食。
そんな平和な家庭の光景に一つ、また一つ足音が近づいてくる。
屋外に出されたジャッキはその気配にいち早く感づき、姿勢を低くして身構えた。
ジャッキの唸りが咆哮に変わった時、物語はついに幕を開ける。
「S.O.C? スカルキラー? 困るなぁそんなの」
月明かりに照らされた部屋の一室で、頭部に兎の耳のような髪飾りを身に付けた女性と思われる人物はポツリと呟いた。
「そんなものがあったら、いっくんがヒーローになれないもんね
・・・そう、『私たちの世界』には、そんなものは必要無いんだよ」
女性は朗らかな笑顔でそう呟いたが、その目には全くと言っていいほど感情が篭っていなかった。
「ついにここまで来た。これでわしの長年の夢が叶う」
窓の一つも見当たらない部屋、恐らく地下室と思われる場所で、むさくるしいまでの形相をした男がポツリと呟いた。
「人々の為に働く巨大ロボット!
鉄人28号やジャイアントロボのように正義の為に働くロボット!」
男は額が強張って血管が浮き出るほどの笑顔を見せ、その目はこれ以上無いほどに見開いていた。
ピーッ ザザッ ザー・・・
ワレラ・・・ ムー テイコク・・・
イマ フジョウシ・・・ キョウリ ヘ カエル・・・
続く…