第5話 恐怖の転校生?

Last-modified: 2011-09-12 (月) 00:50:06

第5話 恐怖の転校生?

 

「つまり、この邪鬼王というロボットは自律可動型のロボットというわけかね?」
暗い部屋であった。
大きさは一般的な学校の教室ほどかそれよりやや大き目か。
それほどの大きさの室内に口の字で長机が並べられ、それぞれの席にスーツ姿の初老の男性達が座っている。
照明はつけられず、室内を照らすのは壁に設置された巨大なモニターの明かりのみ。
そのモニターには一夏の駆る白式より抽出した、島本研究所を襲撃した巨大ロボットとの戦闘記録および映像が映し出されている。
何の知識もなくその映像を見れば、高度なCGを駆使した映像作品ともとれるだろう。
実際、この部屋にいる人間の殆どはそうであってほしいと思っていた。
それほどまでに、モニターに映されている映像は重大な内容であったのだ。
「少なくとも、島本博士はそう言われています」
手元に大量の資料を置いた男が答える。
服装から見るに軍人のようだが、その表情は目の前に突きつけられた現実の為か、威厳の欠片も見られない。
「そして、その制御は事実上、島本家の人間が必要ということかね?」
「それも島本博士の言葉から察するに…」
「非常識な…」
そう言って男は白髪が大半を占める頭に手を当て苦い表情を浮かべる。
それにつられるように周囲でため息が広がり、室内は重苦しい空気に包まれた。

 

「正体不明の巨大ロボットに、ISを破壊することの出来る自律可動型の巨大ロボットか…」
白髪の男は目の前に置かれた資料に目をやる。
それは各国から送られてきた、今回の一連の騒動における詳細なデータを要求する旨が記載された用紙である。
付け加えるならば、邪鬼王およびS.O.Cの技術提供を要求する内容も記載されている。
「ISの発表から現在に至るまで、日本がどれほど肩身の狭い思いをして来た事か」

 

篠ノ乃束が開発したISを世に知らしめる事となった白騎士事件は、当然全世界をも混乱に至らしめるものであった。
結果、そのISの発祥の地である日本は、諸外国からの非難の雨に晒されることとなる。
混乱の責任を負うため、日本はIS技術の全世界への提供を余儀なくされ、IS技術およびIS操縦者育成のための機関―
『IS学園』の設立、運営までを全て自国で負担しなければならなくなった。
資金面での問題もさる事ながら、IS技術を狙った諸外国のスパイ活動も日常茶飯事となっていた。

 

「やっと世界からの信用が取り戻されようとしていた時に、日本の科学者というのはどこまで非常識なのか」
白髪の男はよりいっそう深いため息をついて肩を落とす。
「しかし、事はISの時より深刻です。
何せ、開発者である島本博士が邪鬼王お呼びS.O.Cの技術提供を拒むばかりか、邪鬼王の引渡しにも応じない状況なのですから」

 

島本研究所での巨大ロボット事件から数時間後、周辺区画は政府の手により世間からは完全に隔離された。
そこで巨大機動兵器「邪鬼王」の引渡しの作業に取り掛かるものの、事は難航を極めていた。
本来ならば、このような事態に対して国は一定の強制力というものがあるのだが、今回はその強制力も意味を成さないものであったからだ。
何故ならば、肝心の邪鬼王がISと同じく既存の兵器を遥かに凌駕する性能を持っていたこと。
そして、その邪鬼王は正体不明の機体ではあるが、『ISを破壊してのけた』という実績が持つからである。
これではいかにこちらが強制力を行使しようとも、対する側の抵抗は計り知れないものである。
人的被害、周辺地域への被害を考慮するとそれはどのような事があっても避けたいものであった。
当の島本博士も引渡しには一切応じず、
「貴様らでは邪鬼王は扱えん!!!」
の一点張りである。

 

交渉は数日続けられるも平行線を辿り、政府側もある種諦めの雰囲気すら漂わせていた。
「どうにかならんものかね。
あの邪鬼王とかいう兵器の存在は諸外国にも知れ渡っておる
偵察機と思われる所属不明の船や飛行機が領空・領海で確認された回数は先月の二十倍にもなっているのだぞ?」
「しかしながら、島本研究所での事件の際に偶然居合わせた織斑一夏の操縦するIS-
『白式』からの戦闘データを見る限り、邪鬼王を強制的に拘束・破壊することは不可能でないにしろ
こちらへの被害も相当なものになると考えられます」
「確かに、ここは島本博士の心変わりを待つしかないのかもしれません」
「それを世界各国の利権に飢えた者達にも理解してもらえと?」
白髪の男の言葉により、先ほどから発言していた男達の言葉は詰まり、再びため息交じりの沈黙が室内を包み込んだ。

 

「ひとつだけ、手が無いこともありません」
ふと、部屋の隅から女性の声が聞こえた。
整った顔立ち、凛とした目つき、黒いスーツに身を包んだそれが、より一層その人物の風格を高めている。
女性の名は織斑千冬。
島本研究所での事件に居合わせた織斑一夏の実姉であり、IS学園の教員でもある。
彼女の突然の発言に、今まで下ばかりを向いていた男達の視線は跳ね上がる。
「どのような手があるのかね?」
「ベストではなく、ベターな選択ではありますが…」
「構わん。聞かせてくれたまえ」
ISの開発した篠ノ之束博士の友人にして、ISの開発に操縦者として関っていた人物。
その後も、IS運用協定締結から全世界へのIS技術および操縦法の指南役を務めた彼女である。
今の現状を打開する案のひとつやふたつ、考えてくれるに違いない。
男達は期待に満ちた目で千冬の発言を待った。
「…邪鬼王をIS学園で保護すると言うのは」
「なっ!」
「なんと…」
「正気かね!」
千冬の発言に耳を疑った男達の戸惑いの声が広がった。
正体不明の巨大ロボットをよりにもよってIS学園で保護・管理しようというのだから当然である。
そんな周囲の反応を他所に、千冬は自身の持ち出した案について話し出した。
「各人の思惑通り、この件については日本だけではなく、世界各国を巻き込んだ事件となっています。
そして各国から送られてくる偵察部隊。
邪鬼王とS.O.Cの技術提供が期待できないとなると、何らかの強硬手段を用いる国が出始めるのも時間の問題かと」
男達は黙って千冬の話を聞いていた。
彼女ほどの人間が、何の見通しもなく先ほどの発言をするわけはない。
彼女なりに現状を打開する策があるのだろうと皆がそう確信していた。
「技術提供・共有が出来ない、未知のメカニズムを有した大型機動兵器。
それが民間の研究所で管理されてあることで、各国への不安もより強いものになっています。
ならば、いっそのこと―
邪鬼王の力に対する抑止力と監視の意味も含めて、世界中のISの技術の集大成であるIS学園で保護するのが妥当かと―」
そこまで言い終わったところで、千冬は一度周囲の男達を見渡し反応をまった。
「つまり、邪鬼王を事実上IS学園の制御下に置かれていると各国にアピールしようというのだね?」
白髪の男が、その沈んだ表情を変えぬまま、千冬の言葉を簡略化して問いかけた。
「簡単に言えばそうなります。
先ずは邪鬼王の制御・管理が誰によってなされているのか明確にすることで、不安要素のひとつである
『未知の兵器による他国への武力的介入』の可能性を否定する。
また、IS学園の所有物になれば、原則どの国も手出しは出来ない。
そして、邪鬼王にはIS運用協定は意味を成さず、技術提供の義務は発生しません」
「しかし、それはかなり強引ではないのかね」
千冬の言葉をさえぎって、末席の男が立ち上がり口を挟んだ。
それはここにいる誰もが感じていた事であろうが、それに対して千冬も同じなのかやや表情を濁らせた。
「ですから、『ベスト』ではなく『ベター』だと先に申したはずです」
そういって、先ほど発言した男にその鋭いまなざしを向けた。
男はその気迫に満ちた眼光に気負いされ、無言で席に着く。
「先ほど言われましたとおり、この件にはいろいろと問題が残ります。
しかし、現状を打開ならずとも好転させるきっかけにはなるのではないかと考えますが…」
それだけいうと千冬は口を閉じて周囲の反応を待った。

 

数秒ほどの沈黙。
周囲の様子を伺うもの。
目を瞑りひたすら考えるもの。
邪鬼王の映るモニターをただ見つめるもの。
各人がそれぞれの思惑を頭の中でめぐらせていた。
「邪鬼王…。
IS学園で管理させることを島本博士は承諾するのかね?」
白髪の男はゆっくりと重い口を空けた。
「島本博士も現状のままを維持できるとは考えていないはずです。
拘束、技術提供ではなく、あくまで鬼邪王および島本家の人間の『安全の確保・保護』を名目に説得できればあるいは…」
「…君に任せよう」
「了解しました」
白髪の男は半ば諦めたような口ぶりでそうつぶやく。

 

邪鬼王をIS学園で保護。
この案が可決されたことで周囲から不安の声が上がったが、誰も直接反対しようとはしなかった。
白髪の男はモニターに映る邪鬼王および島本博士に目線を動かしふうっとため息を着いた。
「どう転ぶにせよ、時代の流れは今、日本国にあるということか…」

 
 
 
 
 
 

(背景に徹しなければ…!)
ISスーツに身を包んだ彼女達は体育すわりのまま、微動たりしなかった。
唯一呼吸による胸郭の動きと瞬きが外見から見て取れる彼女達の活動であるが、それはまさに「固まっている」という表現がぴったりの光景であった。
齢十五になる乙女達が、周囲の人間とおしゃべりもせずにそうなる訳はひとつしかない。

 

そう、『恐怖』だ。

 

彼女達が何故『恐怖』する必要があるのか。
確かに、鬼教官と恐れられる織斑千冬が彼女達の前で腕組をして立っている。
しかし、私語はしないにしろ、皆が全員固まるほど恐怖を感じる理由まではなかった。

 

では、何故か。

 

その原因は、千冬の後方に居座る巨大な影にあった。
巨大な爪、牙、尻尾。
銀光沢がより一層重量感を増す装甲。
そして、全長十数メートルほどの大きさのそれ。

 

つまり、邪鬼王が生徒達を見下ろす形で『お座り』をしていたのだ。
リラックスしているのか、その巨大な尻尾を空中でフルフルと揺らしている。
邪鬼王にとっては、目の前にいる女子生徒たちは始めて見る人間ばかりである。
それぞれの顔を覚えるため、左目の巨大なレンズで一人一人をじっくりと観察していた。

 

しかし、それらの行動は邪鬼王の事を何も知らない人間にとっては、並ばれた料理の品定めをしているようにか見えなかった。
しかも相手はエイリアン顔負けのグロテスクな機械の化け物である。
彼女達はそれぞれが目立つ行動をしないように、そして生命の危機という恐怖感により否応無しに固まってしまっているのだ。
蛇に睨まれた蛙の気持ちが理解できる日が来ようとは、夢にも思わなかったはずである。
「ここの学校って真面目な奴等ばっかりなんだなぁ」
そんな異様な光景の中で、一人のんきなことをつぶやく人間が一人。
齢十六になる少年の名は『島本瞬』
邪鬼王を造った島本博士の息子であり、事実上、世界中でただ一人、邪鬼王を完全に制御できるとされる存在である。
少女達が皆ISスーツに身を包んでいるのに対し、瞬は上半身をタンクトップ一枚。
下半身は軍服にブーツと、歳さえ相応なら軍人ともとれる身なりであった。
「真面目かどうかはさておき、一般的な感性を持ち合わせているだけのようだが」
瞬の言葉に対し、やや皮肉を交えて千冬が答えた。
「相変わらず難しい言葉使うけど、何が言いたいのか全然分かんねぇよ」
「お前のその正直な物言いは褒めるとこなのかも知れんな」
千冬はやれやれとため息をついて苦笑いを浮かべる。
その様子をやはり理解できないのか、瞬は首を傾げて不思議そうに少女達を見渡していた。

 

「キュィン!!」

 

ビクッ!!!!!!!!!!!!!

 

少女達を観察していた邪鬼王が不意に声を上げて建物のほうを向いた。
それはいきなりの挙動であったため、先ほどまで身を固めていた少女達は皆、体をさらに硬直させた。
「ついに食べられるのかと思った」
「これがこの世で最後に聞く声なんだと確信した」
「目の前が真っ白になった」
後の彼女達は、この時の出来事をこう語ったという。

 

邪鬼王が向いた先の建物からは、二人の人間が走ってこちらに向かっている光景が見えた。
少女達のワンピースともレオタードとも取れるISスーツとは対照的に、彼らのISスーツはスキューバーダイビング時に纏う全身水着のようなものであった。

 

「遅い!」
遅れて現れた事で千冬の一喝を受けたのは、『織斑一夏』と『シャルロット・デュノア』である。
本来ならばISを扱う事が出来るのは女性だけのため、当然IS学園も女性向けの施設が大半を占める。
それにより、男性向けの施設が極端に少ないため、男の身でありながらISを使用できる二人は、女子更衣室とは離れた場所で更衣を済ませなければならなかった。

 

「こっちはそれなりに急いだつもりなんだがなぁ」
第二グラウンドへ何とか無事に到着―とはいかなかった。
そう、鬼が目の前で手を組んで待っている。
しかもその鬼の後ろには、さらに巨大な鬼がこちらの様子を伺っている。
その名も「邪鬼王」
邪悪な鬼の王様である。
もっと別の名前をつける気は無かったのだろうか。
ジャキオーって響きはいいのかもしれないけど、せめて漢字とかはもう少し考えても良かったような・・・
「くだらんことを考えている暇があったらとっとと列に並べ」

 

ばしーんっ!

 

本日二度目となる頭部への容赦ない一撃。
その痛みに悶絶しながらも、何とか一組の列の端に座る。
「ずいぶんとゆっくりでしたわね」
何の因果か、隣にいたのはセシリアだった。
若干不機嫌そうな目をしているのは俺達が遅れたからだろうか?
「スーツを着るだけで、どうしてこんなに時間がかかるのかしら?
こちらはテーブルに並べられた料理のような気持ちでお待ちしていたというのに」
どんな気持ちかはさておき、セシリアの機嫌の悪さはどうも遅れたことだけではなさそうだ。
「ええ、ええ。
一夏さんはさぞかし女性と縁の多いようですから?
そうでないと二月続けて女性にはたかれしませんよね」
ここにきて嫌味を言われた。
改めて転校生に叩かれたことを思い出すと、頬がずきずきと痛み出してくる。
「なに? アンタまたなんかやったの?」
声はすれど姿は見えず― 手練れの忍だろうか?
「後ろにいるわよ、バカ!」
はいはい。後ろは二組の列だもんな、っていうか鈴かよ。
まあ、鈴以外の二組の女子は俺にバカとかバカとバカとか言ってこないが。
「こちらの一夏さん、今日来た転校生の女子にはたかれましたの」
「はあ!? 一夏、アンタなんでそうバカなのよ!?」
「―安心しろ。 バカは私の目の前にも二名居る」

 

ギギギギッ…

 

っと軋むブリキの音で首を動かすセシリアと鈴。
視線の先にはもちのろんで鬼が待ち構えていた。

 

「では、今日から格闘及び射撃含む実践訓練を開始する」
「はい!」
「キュィン!」

 

ビクッ!!!!!!!

 

「邪鬼王、お前に飛び道具は付いてねぇよ」
一組と二組の合同実習なので人数はいつもの倍。
出てくる返事も妙に気合が入ったものだが、同時に返事(?)をした邪鬼王の声で皆萎縮してしまった。
「その前に紹介しなければならないが…。 島本、任せるぞ」
千冬はそう言って邪鬼王の横に立つ瞬に自己紹介を命じる。
瞬は言われるがままに生徒達の前に歩み出し、それに着いていくようにして邪鬼王も腰を上げて一歩、また一歩と生徒達に近づいてくる。
巨大な体を進ませる毎に地面に振動が伝わり、それがまた生徒達の恐怖を一層と増す要因となった。
「俺は島本瞬!邪鬼王の世話係だ!」
元気な声でヨロシクと続けた瞬につられて、生徒達はオドオドしながら返事をする。
「そしてここで世話になることになった邪鬼王だ!
ジャッキ!挨拶だ!」
「ギャオォォォォォォォォォォオオンッ!!!」
「「「ヒィ!!!!!!」」」
挨拶を促された邪鬼王は、その巨大な体を震わせ、口を全開にして雄叫びを上げた。
雄たけびはIS学園内を震わし、近くで聞いていた者には空気振動すら伝わるほどであった。
そんな雄叫びを目の前でされた生徒たちはたまったものではなく、それぞれ悲鳴を上げて屈みこんだり、隣の生徒と抱き合ったりして恐怖していた。
その中でも雄たけびに耳を塞いでいたりはするものの、平然と立ち尽くす生徒も居た。
「そりゃはじめてみたらそうなるよなぁ…」
平然としていた生徒の一人である一夏はそう呟いた。
目の前に居る邪鬼王とは、これが初めての対面ではない。
島本研究所での巨大ロボット事件の際に一緒に戦った戦友のようなものである。
あの事件以降は会うことも叶わなかったが、邪鬼王の姿を見る限り元気にしていた事は見て取れた。
「あの時は戦闘で傷を負ってたけど、完全に直ってるみたいだな」
「一夏さん、あの邪鬼王と言う巨大なロボットの事を随分お慕いになられているようですが」
出席簿にて頭部を強打されて、涙目になりながら頭を押さえるセシリアが声をかけてきた。
「前に話しただろ? 邪鬼王は俺にとって戦友みたいなもんだ」
「…そうですの」
邪鬼王を見ながら笑顔でそう答える一夏の横顔を見ながら、若干不機嫌そうに呟いた。
セシリアとしては一夏にとっての『特別な存在』と言うのが気に食わなかった様子であるが、例によって一夏はその事にまったく気付いていなかった。

 

「お前ら静かにしろ!!」
邪鬼王の雄叫びにより狼狽した生徒達が一向に収まる様子を見せないため、業を煮やした千冬が一喝する。
恐怖による恐怖の上塗り。
強引な手段ではあったが、それにより生徒達はどうにか落ち着きを取り戻した。
それでもまだ邪鬼王への恐怖感が殺がれたわけではなく、目の前の化け物の挙動一つ一つに全身系を集中させながら瞬の言葉を待った。
「…よし。 島本、続けろ」
「へ? もう終わりだけど?」

 

バシンッ!

 

「痛ってぇ!!!」
「自己紹介ぐらいまともにやってみせろ!」

 

千冬の一撃を受けた瞬は叩かれた頭を二、三回撫でながら目の前の生徒達の方を向いた。
生徒達の目線がこちらに集中している事に今更ながら気付き、若干しりごみする形で千冬の方に向き直る。
「自己紹介っつっても、俺達だってなんでここに連れてこられたか今一分かんねぇし」
珍しく弱気な姿勢を見せて千冬に助け舟を求めた。
額に手を当てて本日何度目かのため息をついた千冬は、瞬を後ろに下げて生徒達の前に立った。
「先ほど本人達から紹介があったが、目の前にいる巨大なロボットが邪鬼王、そしてその世話を担当する事になった島本瞬だ。
お前達にとっては衝撃的であろうが、これより邪鬼王はIS学園で管理することになった。
まあ、戸惑うのも無理は無いが、人生はいつでも戸惑いの連続だ。 すぐに慣れろ」
いつもどおりの強引な物言いに、生徒達は明らかに困惑した表情を浮かべる。
生徒達の憧れを一身に受ける千冬の言葉であるため、それを認めざるを得ないが、事は目の前の巨大ロボットである。
これからの学園生活を、このグロテスクで凶暴そうなロボットともにすごさなければならない。
生徒達の中では立ちくらみをする者も現れ、その表情は絶望の淵に叩き落とされたようなものであった。
「せっ、先生!」
不意に生徒の一人が手を上げる。
「なんだ?」
「そっその邪鬼王ってロボット…
人を、その、たっ食べたりとか、しないですよね…?」
手を上げた生徒は邪鬼王の様子を伺いながら震えた声で千冬に問いかける。
その目はさながら助けを求めるような悲壮感すら漂っていた。
本来ならばロボットが人を食べるなんて発想など出てこないはずだが、邪鬼王にいたっては凶悪な爪牙を供えた立派な口がついている。
そして吠える。
十人に聞けば十人が答えるだろう。
コイツは何かを捕食できる―と。
「島本 どうなんだ?」
千冬は瞬のほうを向いて生徒達の問いの答えを促す。
「少なくとも、俺は見たこと無いなぁ」
瞬の口からすばらしい言葉が返ってきた。
人を食べたところを見たわけではないが、それは否定にはならない。
つまり、人を食べる可能性もあるということだ。
「そう、ですか…」
質問をした生徒は力なくそう答える。

 

「あの、その邪鬼王のエネルギー供給はどうされているんですか!」
次は違う生徒が手を上げて質問する。
相手はロボットである。無機物が有機物を摂取してエネルギーに変えることは正直考えにくい。
ならば有機物=人間を捕食することも無いのではないかという一筋の希望から出た質問であった。
「邪鬼王は機械ならだいたい何でも食べるぜ?」
「食べる…」
「そう、食べる」
「それはその、口からエネルギー物質を取り込む形の…」
「そう、俺らと同じ」
「…そうですか」
質問した生徒は先ほどの生徒と同じく、力なくそう答える。
『機械なら』という言葉通り、生き物を食べる事はないのかもしれない。
しかし―
((((やっぱりあの口で捕食するんだ))))
この場に居る生徒達は皆同じ事を考えていた。

 

「先生、よろしいでしょうか?」
先ほどの生徒達とは打って変わって、落ち着き払った声で質問をしたのは『篠ノ之箒』であった。
「なんだ篠ノ之?」
「邪鬼王をIS学園で管理する事は分かりました。
ですが、ISとはまったく規格の違うこの巨大なロボットを、具体的にどう管理されるのでしょうか?」
当然の疑問である。
ここはISの研究および、IS操縦者の育成を担う施設だ。
その施設で、ISとは違う技術体系で作られているのであろう邪鬼王を管理する。
邪鬼王の研究とその技術をISへ流用させる事が目的だというのならば納得も出来るが、何もそれはIS学園でなくても良いのではないか。
ならば、わざわざIS学園で邪鬼王を管理する必要がどこにあるのだろうか。
この場に居るもの全員、いや、邪鬼王がIS学園で管理されるに至った経緯を知らない人間は皆そう思っているだろう。
「具体的に、か。 そうだな」
千冬は一度邪鬼王を見て、次に不安そうにしている生徒達のほうを向き直る。
そして、まるで子どもがいたずらを思いついたかような笑みを浮かべた。
「どうだ。 ISの実践訓練として邪鬼王と戦ってみるというのは?」
「「「な!?」」」
千冬の発言に一同驚愕する。
ただでさえISの稼動経験が乏しい自分達に、あの巨大なロボットと戦えというのだ。
突然の提案に生徒達はこれ以上ないほどうろたえだしてしまう。
千冬としては半ば冗談のつもりであったが、予想以上にざわめきが大きくなったため、流石に鬱陶しくなってきた。
「冗談だ馬鹿者共…。
ISの操縦すらまともに出来ないお前達に相手が務まるものか」
「教官! …いえ、先生!」
うろたえる生徒の中で、鋭さを持った声が発せられる。
声の主は―
「どうしたラウラ」
「邪鬼王のスペックデータをお聞きしてもよろしいでしょうか」
小柄な体に反して、その真紅の眼からは強靭な意志が伝わってくる。
「聞いてどうする?」
「私なら戦えます」
「・・・そうか」
ラウラの事を以前から知っている身としては、何故そのような答えが返ってくるのかだいたいの見当が付いていた。
「ISがお前にとってどのような意味を持つかは知らんが。
仮にここで邪鬼王を倒せたとしても、邪鬼王がISを破壊したという事実は消えんぞ」
「…!」
考えを見透かされてか、ラウラはそれ以上言葉を発する事はなかった。
「邪鬼王がISを破壊した?」
「え? ISはISじゃないと倒せないんじゃなかったの?」
「じゃあ、邪鬼王って世界で一番強い兵器って事?」
千冬の何気ない一言は、せっかく静まった生徒達のざわめきを再び再燃させてしまう。
「あー。 いちいち騒ぐな。 授業が一向に進まん」
「でも先生! ISがISじゃない兵器に破壊されるなんて世界的な大ニュースじゃないですか!」
生徒の一人が一際大きな声で言う。
それが邪鬼王がこのIS学園で管理される事になった一番の理由であったのだが、千冬はあえてそれを言おうとはしなかった。
「邪鬼王やその技術に関する詳細な情報は機密事項のため教えてやれん。
邪鬼王がISを破壊した経緯、およびその状況を知りたければ、そこに居る機密もろくに守れぬ馬鹿な男にでも聞くがいい」
「ゔッ! 痛いところを」
突然矛先を向けられたのは一夏である。
邪鬼王は現在でも世間一般的に公表された存在ではない。
どちらにしろ後々には一般人にもその存在を知らせる情報が届いてしまうだろうが、現時点では機密事項的な存在である。
そんな邪鬼王の存在を一夏は、あろう事か箒、鈴音、セシリアの三名に話してしまっているのである。
「あれは無理やり吐かされただけなのに…」

 

島本研究所での事件の後―
俺は一時的に政府によって軟禁状態となっていた。
それまでの間は当然IS学園には行けてないことになる。
身柄が解放されて晴れて自由のみとなった俺に待ち構えていたのは、クラスメイトからの執拗なまでの尋問だった。
流石に機密事項の為、誰彼構わず話してしまったわけではないのだが、こと、箒、鈴、セシリアに至っては常軌を逸するほどの脅しをかけてきた。
それはそれはひどいもので
「どうも腕が鈍ったのか、私の真剣が偶然一夏の頭に向けて飛んでいかなければ良いが」
「最近スターライトmkⅡの照準が甘いようでして…。 いつも一夏さんのほうを向いてますわ」
「一夏って毎日三食酢豚食べてくれるって約束してくれたわよね?」
と、こちらの生命を脅かすまでになっていた。
この為、俺は自分の身の安全を守るために情報を漏洩させてしまったのだ。
まさに、命には代えられないってやつだ。

 

どか!

 

「なんとなく考えていること分かるわよ!」
脅しで無理やり情報を引き出してきた張本人のうちの一人が後ろから足蹴をかけてきた。
先生ー! せんせーい!

 

「千冬さん。あんたの弟の周りって元気な奴ばかりだな」
「ふん。 活気溢れる十代女子にも手を焼かされる。 それとだ島本」
「あん?」

 

バシンッ!

 

「ぁ痛ってぇぇっっ!!!」
「ここでは先生と呼べと言ったはずだ」

 

「凰! オルコット! 前に出ろ!」
急に名前を呼ばれた二人はビクッと体を引きつらせて、声の聞こえたほう向く。
その先には鋭い目線でこちらを睨む鬼が一人立つ。
「な、何故わたくしまで!?」
先ほどから騒いでいた鈴音ならともかく、自身が呼び出される理由はないはず。
しかし相手は理屈を通り越した理不尽の塊である。
これはもう諦めるしかない。
名前を呼ばれなかった男、織斑一夏は自身の姉の性分を熟知した上でセシリアの不運を見届けていた。
「これから戦闘の実演を行ってもらう。
専用機持ちはすぐに始められるだろう?
だから黙って前に出ろ」
有無を言わせぬ言葉に気負いされ、二人の専用機持ちは渋々と前に出た。
「少しはやる気を出せ。
―アイツにいいところを見せられるぞ?」
千冬は未だにやる気を見せない二人に対し、耳元でボソッと呟く。
その言葉を聞いた二人は先ほどまでの機嫌が嘘のようにやる気をみなぎらせた。
「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」
「まあ、実力の違いを見せるいい機会よね! 専用機持ちの!」
「千冬さん… あいつ等あんたの弟に『ほの字』なんスか?」
「見てのとおりだ。 あと島本」
「へ?」

 

ドゴッ!!!

 

「ぐぇっ!」

 

千冬の左手から放たれた強烈な貫き手が、瞬の水月に深々と突き刺さった。
完全なる不意打ちの前には鍛えられた肉体も意味をなさず、付きつれられた痛みに対し、ただただもがき苦しむのみであった。
「お前、さっきまでのそこまで痛みを感じていなかったろぅ?」
依然足元で悶絶する瞬を冷たい瞳で見下ろしていた。
「ここでは先生と言え。 …次は無いぞ?」
「はっ、はひ…」
激痛に支配された肉体に苦しむ瞬の目に映ったのは、紛れも無く鬼そのものであった。

 

「…っと言うわけでだ。 早速実演にうつるか」
千冬は何事も無かったかのように顔を上げ、前に出した代表候補生二人のほうへ向き直る。
先ほどまでの光景を間近で見守っていた二人は、一瞬体をビクつかせる。
「そっ、それで、相手はどちらに?
わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」
「ふふん。 こっちの台詞。 返り討ちよ」
二人はお互いに牽制し合い、視線が触れ合う中で火花を散らしす。
「慌てるな馬鹿ども。 対戦相手は―」

 

キィィィィン…

 

千冬の言葉を遮るように、遠くから空気を咲くような音が聞こえてくる。
それはだんだんと大きくなり、何かがこちらに近づいてきている事を知らせるものであった。
「ああああーっ! どっ、どいてください~っ!」
「え? なに、俺?」
誰かの声が聞こえその方向を向いた一夏の目の前には、ISを展開させてこちらに突進してくる山田先生の姿が映っていた。

 

「って、うわ!?」
「キュィンッ!!!」

 

ドカーンッ!

 

真耶の駆るISの突撃に巻き込まれた一夏は、寸でのところでIS【白式】を展開させて身を守るも、その衝撃を全て相殺する事は叶わなかった。
激しい衝突音を響かせ、数メートルを吹っ飛ばされて地面に激突する―ことはなかった。
「ッ? 白式の展開はギリギリ間に合ったけど、衝撃が少ない?」

 

むにゅ。

 

「ん?」
なんだろう、この手のひらに感じる感触は。
地面ってこんなに柔らかかったっけ?

 

ギシギシ…

 

「お?」

 

周りでは何かの機械…音?
はて、俺は校庭に居たはずだが…。
そして手に残るでプリンのような感覚
「あ、あのう、織斑くん…ひゃんっ!」
プリンが喋った! しかも震えた声で!
―って待てい。そんな訳あるか。
おそるおそる俺は自分の手の先に視線をやる。
「そ、その、ですね。 困ります…よりにもよってこんな場所で…。
確かに…吊り橋効果は男女の仲を急接近させるといいますが、急接近どころか天国まで一直線と言うか…」
山田先生であった。
プリンの正体は山田先生であった。
プリンはプリンでもムチプリンである。
ああ、そうか。 本物のおっぱいってこんなに柔らかいのか。
漫画に出てくるおっぱいはゴム鞠みたいに硬そうなやつばっかだったしな
ってそうじゃない。
いつものサイズが合ってないような服ではわからなかったのだが、たわわな胸の膨らみがその美しい曲線を隠すことなく現している。
さらに問題なのは俺達の距離と体勢だ。
さっき一緒になって吹っ飛ばされた結果、どうやら狭い場所に入り込み俺が山田先生を押し倒しているような状態になっているのだ。
しかも俺の手はしっかりと山田先生に乳房に触れていて、いまだに鷲摑みの状態である。
話さないといけないのはわかっているが、急な出来事でどうにも体が動かない。
それに山田先生も、恥じらい交じりに恐怖を合わせたような表情をしているからますます固まってしまう。
そういえばここは何処なんだろう?
俺は動かせる限りの視線であたりを見渡す。
外―は見えるけど、なんだこの刺刺しい牙みたいな物体は?
それにさっきからあたりに響く機械音。
足元も地面じゃなくて冷たい鉄の板みたいだ。
「―ハッ!!!」
そうだ!思い出した!
山田先生がぶつかってくる瞬間―アイツが飛んできたんだ。
見た目はまるで怪獣のような巨大ロボット。
名を―。
「邪鬼王ー! 一夏達は大丈夫かー?」
狭い空間の外からは島本先輩の声が聞こえる。
そして山田先生のこの怯え様と、牙のような物体。
ここは―
「もしかして、邪鬼王の口の中?」
「み、みなまで言わないでください~!」
今にも泣き出しそうな山田先生ではあったが、正直、こちらとしても衝撃の事態だ。
俺の置かれた状況はこうである。
邪鬼王の口の中でISを展開して山田先生に覆いかぶさり胸を鷲摑みにしている。
なんともシュールな光景である。
どうやら地面への落下の衝撃がなかったのは、吹っ飛んだ俺達を邪鬼王が驚異的なスピードで先回りし、その口で受け止めてくれたからのようだ。
島本研究所でも、その巨体で無人ISのビームを避けている光景を見てきているが、邪鬼王の運動性能はまさに圧巻だ。
「って、感心している場合じゃないな」
だが、そのシュールな光景にあって俺の置かれた状況はかなりまずいものであった。

 

ビーッ! ビーッ!

 

「ゲッ!」

 

白式のモニターがロックオンされたことを告げるアラームを鳴らす。
邪鬼王の口の外を見るとそこには蒼穹の狙撃手ことセシリア・オルコットの姿があった。
その手にはしっかりとスターライトmk-Ⅱを構えており、その照準はこちらに向けられている。

 

バシュンッ!

 

スターライトmk-Ⅱから光が光を放った瞬間、俺の視界は急に悪くなった。
まるで高速で移動するかのような、いや、実際に移動しているのであろうこの振動。
俺達が今まで居た場所をレーザー光が貫いた。
どうやら邪鬼王が避けてくれたようだ。
「ホホホホホ…。残念です。
外してしまいましたわ…」
顔は笑っているが、その額にははっきりと血管が浮き出ているのが見て分かる。

 

ガシュンッ!

 

不意に近くで何かが組み合わさる音が聞こえた。
あれ? 今のって確かアレだろ?
鈴のIS『甲龍』の武器『双天牙月』を連結した音だよな?
アレって最初は二個に分かれてるんだよ。 
それを組み合わせて両刃状態にするんだ、お前達とは動きが違うって感じに。
その状態だと投擲も可能なんだ。
そうそう、あんな感じで大リーグボールを放つみたいに振りかぶって…。
「って!うおぉぉ!?」
鈴の放ったダブルトマホークブーメラン…じゃなくて『双天牙月』が迷うことなく俺の首めがけて飛んできた。
…まずい。この距離はさすがに邪鬼王もかわせないかも!
「はっ!」

 

ドンッ!ドンッ!

 

短く二発、火薬中の音が響いた。
放たれた弾丸は的確にダブル…じゃない『双天牙月』の両端を叩き、その軌道を変える。
薬莢の跳ねる音が響き、俺はピンチを救ってくれた射手に視線を向けた。
それはなんと山田先生だった。
両手でしっかりと五十一口径アサルトライフル『レッドバレット』をマウントしている。
アメリカのクラウス社製実弾銃器で(以下略…
それよりも驚かされたのは山田先生の姿であった。
邪鬼王の口の中という限定された狭い空間で、倒れた姿勢のまま上体だけをわずかに起こしての射撃。
そしてあの命中精度だ。
雰囲気も、いつものバタバタした子犬のようなものとはまったく違い、落ち着き払っている。
とてもではないが、入学試験の時に勝手に壁に突っ込んで動かなくなった人と同一人物とは思えない。
…っと思ったが、額から汗をだらだら流している辺り、今でもまだ邪鬼王の口の中という恐怖は薄れていないみたいだ。
それはそうだ。
邪鬼王を知らない山田先生からしたら、今現在の自分の命は邪鬼王の手の中。
いや、口の中?
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
そんなくだらないことを考えている俺をよそに、セシリアと鈴はもちろんの事、他の女子も唖然としながら山田先生を見つめていた。
「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。
今の状況下であのくらいの射撃は造作もない」
「む、昔の話は置いておいて、助けていただけないでしょうか~!?」
ぱっと雰囲気がいつもの山田先生に戻る。
小刻みに震える躯体を駆使し、肩部武装コンテナに銃を預ける。
「島本、そろそろ降りてもらわんと話が進まん」
「へぃへぃ」
強烈な一撃をその身に受けた瞬は、この短時間で既にそのダメージを克服しつつある様子だった。
その年齢でその肉体の強度は評価に値する。
千冬は横目で瞬を見ながらそう考えていた。
「邪鬼王-! そっと降ろしてやれ!」
「キュィン…」

 

瞬の呼びかけに反応して邪鬼王が反応する。
発声の際に声帯を用いる必要が無いのか、いや、そもそも機械が発声を行う事こそ可笑しな事であるのだが、邪鬼王は口を微動たりさせずに声を発していた。
それも口腔内にいる人間に気を遣ってか、発声の音量もかなり抑えられたものであった。
(ただの機械…という言葉では片付けられん存在か…)
現時点で、邪鬼王の『気遣い』に気づいているものは、千冬以外存在しなかった。
邪鬼王はその姿勢を前へ前へと傾け、ちょうど顔を地面に接する地点でその動作を止める。
それに合わせ、山田先生は抜けそうな腰を激励しながらなんとか土の大地を踏むに至った。
続く形で一夏も後を追い、同じく土の大地を踏む。
「ありがとな邪鬼王!」
「クォオン!」
自身の身を守ってくれた存在に対し、一夏は素直に感謝の意を示す。
しかし、山田先生に至ってはそういった心の余裕は未だ取り戻していない様子であり、ヘナヘナと腰を抜かして座り込んでいた。
「さて小娘ども、いつまで惚けている。
さっさとはじめるぞ」
「え? あの、二対一で…?」
「流石にそれは…」
「安心しろ。 今のお前たちならすぐに負ける」
山田先生の力量は先ほどの射撃の精度を見れは一目瞭然であるが、代表候補生である自分たち二人を同時に相手に出来るというのは疑うべきところであった。
そんな二人の思惑を察してか、千冬は不適な笑みを浮かべてそう述べる。
『負ける』
その言葉が気に障ったのか、セシリアと鈴の両名はその瞳に闘志をたぎらせる。
セシリアに至っては入学試験で一度勝っている相手のいうのがポイントであったようだ。
「…あのー」
やる気になった二人の様子を見ていた山田先生が弱弱しい声で割り込んだ。
「何かご不満でも?」
不意な問いかけに即座に応じる千冬。
その目に別段怒りを込めたつもりはないのだが、生まれ持った鋭い眼力は他者を萎縮されるに十分な効力を持つ。
「いっいえっ! 決して不満があるわけではないのですが!」
「ではどうされました?」
「それは、その…」
「?」
地に腰を預けたまま立ち上がろうとしない山田先生の姿を訝しげに眺める。
当の本人はそれ以降の言葉を躊躇ってなかなか用件を述べようとはしない。
「他に何か不都合でも?」
「その、腰が…」
「腰が?」
「抜けて立てません」
「…」

 

ベタであった。
これ以上無いくらい。
別に何が悪いわけでもない。
邪鬼王のその凶悪な容姿も。
邪鬼王の口にはまり込む形になった状況も。
邪鬼王への恐怖で腰を抜かしてしまった山田先生も。
ただただ、なんとも言えぬベタな展開だけが場の空気を気まずいものとした。
「…」
額に手を当てて千冬は考える。どうしたものかと。
ここは本来、代表候補生であろうと所詮はひよっ子であることを自覚させる場面であったはずだが、自覚させる人物がこれでは。
「まあいいでしょう」
千冬はそれだけ言って邪鬼王のほうを見る。
見られた邪鬼王はただ
「キュィン?」
と首を傾げて反応するのみであったが、それだけで良かった。
「山田先生、腰は抜けてますが両手は使えますね?」
「へ? っはい! 何とか」
それだけで十分である。
千冬は先ほどから想定していたものを変更し、それ以上に効果を示せるものを提案した。
「邪鬼王の頭に乗って二人と演習を行って下さい」
「へ…」
山田先生は固まる。
千冬の提案を耳で聞き、口の動きを読み、頭で理解するも、理解したところで脳がフリーズした。
「マジかよ千冬さん!」
「千冬姉それはさすがに山田先生が可愛そうじゃ…」

 

ドスッ!
バチンッ!

 

二人の男子の発言は、それぞれに対応した制裁の方法でかき消された。
足元で悶絶する二名をよそに、いまだフリーズしたままの山田先生に歩みより他の人間に聞こえないようにつぶやく。
「懸念されている事はもっともでしょうが、何より教師の威厳を示すのにこれとないチャンスかと」
それだけである。
それだけの内容であったが、山田先生のやる気を引き出すには十分だったのであろう。
「やっやります!」
いまだ立ち直れぬ自身の腰を引きずりながら、その目に闘志をみなぎらせて邪鬼王に近寄る。
「っと言うわけだ。邪鬼王、頼めるか?」
命令というわけではない、命令ならば瞬以外の言葉を受け付けないだろう。
しかし、千冬が邪鬼王に発した内容はそうではない。
邪鬼王の意思を最優先した依頼であり、邪鬼王はそれを断ることが出来る。
「キュィン!!」
しかし、それはなかった。

 

嬉々として― と言うには難しいが、邪鬼王は拒否を示す反応をしなかった。
「頼むぞ」
自身の要求に応えてくれた機械仕掛けの獣に感謝を意を示して、再びその相手となるセシリア・鈴の両名の方を向く。
「という訳で、山田先生の足は邪鬼王が請け負うことになった。
不満は無いな?」
「不満はありませんが…」
「まぁ、その…やれって言われれば…」
二人ともが苦い顔をしている。
「心配するな。邪鬼王はあくまで足の代わりだ。
攻撃面は全て山田先生が請け負う」
懸念はそれだけではなかったのだが、提案した相手が相手だけに、二人はそれ以上口を出すことなく装備の確認を簡潔に済ませた。
一方の山田先生は邪鬼王の頭に何とか座る形で乗ることに成功して準備を済ませる。
「でははじめ!」
号令と同時にセシリアと鈴が飛翔する。
それを目で一度確認してから山田先生も臨戦態勢をとる。
「そちらにハンデがあろうとも手加減はしませんわ!」
「さっきのは本気じゃなかったしね!」
「いっ行きます!」
「ギャォオオオン!!!」
「ヒィッ!」
最後の邪鬼王の叫びに恐怖しながらも、その目を鋭く冷静なものへと変えた山田先生。
自身の意思で移動できず、自身は飛行できずというハンデを背負ってもまだ、焦る事無く相手を観察した。
「ハンデ…になればいいのだがな」
その様子を見ていた千冬は誰に言うでもなく呟いた。

 
 
 

どうしてそこに石が落ちているの?
それに意味はあるの?
はじめからそこにないといけなかったの?
それは決められていたことなの?

 
 
 
 

それなら―
邪鬼王?
あなたは―

 
 

何故生み出されたの?

 
 
 

続く