そのころ食堂の一角で竜馬が騒いでいた。カウンターを挟んで向かい合っているのに、
今にもつかみ掛かりそうな勢いで食って掛かる男を、歴戦の戦士の風格を持った食堂のオバちゃんが
慣れた様子で対応している。それはタワーでは日常の風景だった。
だから、みな当たり前のように男を遠巻きにして進む。
「なあ、あと一切れでいいんだよ」
リョウは拝むように両手を合わせた。相手のオバちゃんは日本式の誠意の尽くし方を知っていてもなお
竜馬の頼みを断った。
「アンタがそこまでするなんて珍しいね。けどだめだよ。このローストビーフは一人一枚。それがルールだ。
いくらエース様でも特別扱いはしないよ」
「だからもう一人部屋にいるっつってんだ!部屋から出てこれねぇから俺が代わりに」
なおも食い下がる竜馬を、呆れたように見てオバちゃんは言った。
「その子はパイロットなのかい?わたしゃ聞いてないよ。
肉ほしさに嘘をつくとは感心しないねぇ。そんなに大事な子なら仲良く分けて食べな」
今の世界では生鮮食品と並び、肉は大変な貴重品だ。中でも生産に最もコストのかかる牛肉とその加工品は、
パイロット達の給料代わりに支給されることもあるほど価値が高く、ゆえに在庫は慎重に管理されていた。
牛肉を食うということが地位の高さを示す。中世のイギリスに存在した慣習が
未来の日本で復活するなど誰が予想できただろう。
「何だとババァ!なんで俺の肉を分けてやらなきゃなんねぇんだ」
もう少し余裕のある状態だったら別だったのかもしれないが、
腹の減って気の立っている竜馬としては自分の取り分を一切れも譲りたくない。
譲歩という言葉を覚えているかもどうかも疑わしい状態の男に、別の涼しげな男の声がかかる。
「どうしたんだ竜馬」
竜馬は見知ったその声に振り向いた。
「よう、ゴウじゃねぇか」
「竜馬 そんなに食いたいなら俺の分をやる」
ゴウと呼ばれた男は、すでに確保していたプレートから、ローストビーフの乗った皿だけを竜馬に差し出した。
「なんか納得いかねぇが、まあくれるってんならチームのよしみでもらってやる」
竜馬としては、ゴウまでもが、自分を肉欲しさに嘘を付く人間として見ていることに納得がいかず、
普段以上につっけんどんになる。
その返事を嘘を認めたとみて、オバちゃんが皮肉たっぷりに言った。
「話がついたのかい?そういうことなら、あたしゃかまわないよ」
「なんだと」
ゴウが上官である竜馬を呼び捨てにするのは、竜馬の希望にそった結果だ。
余談になるが、この物語では、ゲッターチームは四人体制をとっている。
基本的には、竜馬を筆頭に隼人、武蔵の三人体制だが、隼人が司令という立場である以上、
すべての作戦に出撃するわけにはいかない。ほかの二人も、今朝の竜馬のように、
単独で旧ゲッターを駆り、戦場に繰り出すこともある。
その時、操縦者のいなくなるゲットマシンの操縦をゴウが担当している。いわばサブパイロットだ。
タワー内には真ゲッターと、元は隼人の愛機だった旧ゲッターがそれぞれ一機ずつ備えられている。
それゆえに、四人体制にすることで、かなり柔軟な運用が可能となっている。
さて話を食堂に戻そう。
分けてもらっているのに、えらそうな態度を崩さない竜馬と、その竜馬を揶揄するオバちゃん。
竜馬が彼女に言い返そうと向きを変えた瞬間、竜馬を呼ぶ声が食堂に響き渡った。
「おい竜馬!」
決して狭くはないタワーの食堂全域に武蔵の声が響く
「おう 武蔵か こっちだ」
武蔵の声が怒気を含んでいることにも気づかず、竜馬は呑気に彼に手を振った。
その手を目印に、武蔵は迫力でギャラリーを気押して進むと、彼の目の前で言い放った。
「てめぇあの子に何しやがった!」
最初の発言で、食堂中の視線が一点に集まる。竜馬は放心したように目を丸くして言った。
「なんのことだよ?」
「とぼけんな。リョウだよ。おめぇの部屋のベッドで泣いてる女のことだ!」
続けて、武蔵の発言に、あたりから、どよめきと悲鳴と歓声が上がった。
英雄色を好むというが、月面戦争時代から現在まで、エースパイロットであり続けた竜馬には、
その言葉は当てはまらなかった。徹底して硬派で、高潔で、なにものにも囚われない。
当然彼の女性関係の話題は話題に上ることはなかった。
その竜馬に女がいる。英雄の一大スキャンダルに、注目が集まらないわけが無かった。
再び余談になるが、竜馬および彼が率いるゲッターチームはタワー内で「カミカゼ」と呼ばれている。
日本人で構成されていること、命を燃やすような派手で思い切りの良い豪快な戦い方をすること、
そして何よりも、竜馬が作戦に参加することで、どんな劣勢でも勝てるように感じる安心感や心強さ。
それらが過去の日本人の戦時の作戦行動や、日本の最高神である太陽の神の起こす奇跡の風を思い起こさせたのだろう
誰が呼んだのか定かではないが、竜馬に対するタワー内の信頼は、信仰に片足を突っ込んでいる状態
だということだけは、述べておきたい。
そんな竜馬は、今、急な展開についていけず、頭痛を感じ目頭を押さえている。
「おまえ見たのか?」
自分の言いつけを守っているのなら、リョウは部屋の中から出ていないはず、
ならば、なぜ武蔵が彼女の存在を知っている。そう言いたかった竜馬の問いかけは、
彼の混乱もあいまって、武蔵にあらぬ誤解をあたえた。
「ああ見たぜ。別にてめぇが誰といい仲になろうが口を出すつもりは無かった」
「けどよ。無理やりってのはどういう了見だ!」
どよめきは大きくなり、三人を囲む人の壁はさらに厚くなった。
そこにゴウが首をかしげ、いささかピントのずれた質問をする。
「女の人と一緒に寝るのは本人の許可が必要なのか?」
竜馬はそれに答える余裕もなく武蔵に言った。
「なあ武蔵 お前と俺には決定的な認識の相違があるみてぇだ」
「ああ だろうな!」
怒りを隠そうともしない武蔵を横目に ゴウが空気を読まずに会話に割り込んでくる。
「なあ竜馬 昼寝する時、男の場合も許可がいるのか?」
「ゴウはちょっと黙ってろ」
普段退治しているインベーダーのモノよりも、沢山の目にさらされ、連中と違って一つ一つに
意思が宿っているそれは、さすがの竜馬にも堪えた。
前後左右から襲い来る、遠慮のない視線に、竜馬は冷や汗をたらしながら慎重に言葉を選ぶ。
「・・・・・・そうだな。二人とも説明してやるから部屋に来い。ここじゃ人目がありすぎる」
「おう 部屋でじぃぃぃっっくり聞かせてもらおうじゃねぇか」
「わかった なら邪魔させてもらう」
話がまとまり、そのまま立ち去ろうとした男三人の背中に声がかかる。
「待ちな!」
竜馬が振り向くと、そこにはローストビーフを切り分ける前の大きな肉の塊があった。
それは大皿に盛り付けられ、丁寧に小奇麗な薬味を乗せられている。
「たった今連絡が入ってね。これを食べる予定だったパイロットが帰れなくなったんだそうだ。
・・・・・・祝いだ。持ってきな」
嘘か真か。そう言って、良い笑顔で親指を立てたオバちゃんに、竜馬がいつもの不敵な笑みを見せる
「へぇ 少しは気が利くじゃねぇか あんがとよ」
竜馬は、それをおとなしく受け取ると、
彼に話掛けようと歩み寄ってくるさまざまな視線を、にらみ一つで追い払いながら、
自らのねぐらに戻っていった。