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Last-modified: 2015-12-29 (火) 23:57:18

隼人たちは、今、敷島博士のラボに向かっている。動力部に続く、立ち入り禁止の表示のある扉を抜けると、
その先の廊下は、ゲッター線の緑がかった燐光で照らされ、その奥のラボをも照明のように照らしている。
時折蛍のように舞う緑色の光は、危険なエネルギーであるということを忘れさせるほどに幻想的だ。

「前から思ってたんだけどよ。なんでこんな危険な場所に研究室があんだよ」

金属の床を靴が叩く音だけが響く空間に、竜馬の声が反響して響いた。

「博士たっての希望だ。なんでもいざという時、真っ先にゲッター線に包まれて死にたいらしい」

「なんだそりゃ」

リョウはあまりに突飛な発言に隼人の正気を疑った。しかし、竜馬と武蔵の表情が、それが隼人の妄言
ではないことを証明していた。

「悪趣味通り越して理解できねぇぜ」

「出来ちまったら終わりだ」

武蔵の発言に竜馬が首を振って答える。その発言に一同はおのおの思いをこめて首を縦に振った。

ラボの奥に行くにつれ、ホルマリンの薬品の匂いが濃くなる。
そのせいなのか、あたりに舞うゲッター線のせいなのか、リョウは気分が悪くなった。
それに気づいたゴウが彼女を気遣うように背中をさする。

「あっありがとう 私は大丈夫だ」

彼女は慌てたようにゴウにいうと、何を思ったか、前を歩く隼人に並ぼうとする。
竜馬がそれを見咎め、素早く二人の間に体を滑り込ませた。

「不用意に近づくな。馬鹿!」

「すまない ハヤトは私がほかの人と触れ合うのを嫌がったから癖で」

竜馬に、にらみつけられたリョウは、意外にもおとなしく謝り、赤面した顔を伏せた。
隼人は振り返り、柔らかい笑顔でリョウを見つめる。その表情は女性をエスコートするときのそれだった。

「つまり俺をあいつと間違えたのか 光栄だな」

隼人の嬉しそうな様子に竜馬は疑念を強くする。

「てめぇが何考えてるか、まるでわからねぇぜ」

だがあいかわらず警戒は解かない。そんな竜馬に、隼人はいつものニヒルな笑みを貼り付けて言った。

「ふん。他人の頭の中なんかわかってたまるか」

しばらく歩くと五人は最深部と思われる部屋に到着した。
室内は、ゲッター炉心からもれる光に照らされて、十分すぎるほどに明るかった。
部屋の上部に張り出した炉心の明かりの下、吹き抜けになっている部屋の大きさは中々のものだ。
有事の際にどうなるのか考えなければ、居心地も悪くない場所であるのだが、敷島博士以外にこの部屋を好んで
使う人間はいないだろう。
事実、旧式のアサルトライフルが、弾薬をつめられたマガジン共々
無造作に研究室の床に転がっており、それがまともではないと判断できる人間が出入りしていない、
つまり、敷島博士しかここに来ないのは明らかだった。

その部屋の奥に、三つの巨大な試験管のようなものが機械にセットされていた。淡い緑色のガラスで覆われた
容器には液体が満たされており、そのうち二つに人が入っているのが見て取れる。一人は短髪の女性で、もう一人は男性だった。
これは地下のドームにあったものをタワー内に運んできたもので、女性のほうはミチルさんが入っている。
リョウはその中のもう一つを見て声をあげる。

「ハヤト!」

あわてて駆け寄る彼女を制止するものはいなかった。なぜならば、ほかの人間はもう一つの装置に気を取られていたからだ。
部屋に入って、すぐ横にも同じように三本がセットになった巨大試験管があった。それもまた一つが空だったが、
奥の完全なものは違い、使われていない容器のガラス部分が叩き割られていた。
他の二つにはそれぞれ男と髪の長い女性の二人の人間が入っている。竜馬は不機嫌そうに男の方を指差した。

「おい隼人。何だこの気味悪い装置は」

それを見た武蔵も隼人に質問する。ゴウは何も言わず、割れている装置を見つめた。

「中に入ってるのは 竜馬か?」

常人ならば気が遠くなるだろう竜馬の鋭い眼光にも、隼人は顔色一つ変えない。

「そのとおりだ武蔵。ゴウは見覚えがあるだろう? お前が入っていた装置だ。こちら側にある物が博士が一番初めに作った試作型で、
奥にあるのが、俺が改良を加えて二番目に作った試作型だ。
さて実物を見せたところで、これから説明に入りたいところだが」

隼人はそこまで言い、おもむろに自分の銃を取り出すと、なんと、奥の装置の前にいるリョウに向けて発砲した。

「コルト・ガバマント」 一撃で相手を戦闘不能にするという「対人最強の銃」から出た弾丸は、彼女の足を狙い進む。
リョウはハヤトの入れられている試験管に、渾身の蹴りを見舞おうと構えを取っていた。しかし、発破音に反射的に後ろに飛んだ。
彼女の体を一陣の風がかすめる。

「てめぇ何しやがる!」

竜馬とリョウ、二人のリョウが同時に叫ぶ。しかし隼人は視線一つ動かさず、銃口に彼女を
捕らえたまま言った。

「やれやれ、油断も隙もないな。そんな乱暴な壊し方では、中の人間はただではすまんぞ」

涼しい態度を崩さない男に、リョウは怒りをあらわにした。

「黙れ!ハヤトをこんなにしやがって!ハヤトを助けたら、てめえにも蹴りを見舞ってやるよ!」

そういって凶悪な笑顔をつくった彼女は、再び試験管に突進する。隼人は銃をおろし、
そばで怒気を放っている男に言った。

「竜馬、彼女を拘束しろ」

「はぁ?何で俺が」

「あれはゲッターのコクピッドと同じ素材だ。下手な衝撃では壊れんし、壊れるとしたら中のものも無事ではすまん。
 このまま壊されるのはお互い不利益になるだろうと思ってな」

「相変わらず意地の悪りぃ男だな。てめえは」

不満げな竜馬は、コートの下から気だるげに自分の拳銃、デザートイーグルを取り出し、上に向かって一発だけ撃つ。
車の装甲を楽々と貫く、「一般人が手に入る中で最強の拳銃」を、より安定した性能の銃が手に入るであろう軍属の竜馬が使うのは不思議ではあるが、
彼の庶民的な感覚を持ってすれば、安定した性能よりも、自分が気に入るかどうかが重要なのだろう。
そう考えれば、イーグルを駆るものがイーグルの名の付く高火力の銃を選ぶのは必然だった。
彼が銃に掛ける愛情の賜物か、弾は正確に炉心に当たる。その弾は、彼の意図までも理解したのか、炉心を傷つけることは無かった。
しかし当たった場所を中心に、炉心から燐光が粉のように舞い、あたりに不思議な音を撒き散らす。

「なんだ?」

銃声にまた飛び上がった彼女は、見慣れない光景に目が天井に釘付けになる。
思わず足を止めてしまったことで、後ろから伸びた腕に捕まり、あっという間に彼女は締め上げられた。

「隙だらけだ、視野が広いってのも考えもんだな」

「しまった。くそっ ハヤト」

竜馬に彼女が拘束されたのを確認した隼人が、彼に向けて不満げに言った。

「おい竜馬、無茶をするな」

「ふん、敷島のじじぃがここを使ってるってことは、あの炉心、大砲でも壊れねえようにしてんだろ?」

反省の色のない竜馬の、不敵な笑みに、これ以上言っても無駄だと悟った隼人は言葉を飲み込む。
その間も彼女は拘束を解こうと暴れるが、竜馬が相手では子猫が暴れているに過ぎない。

「くそっ離しやがれ!」

それでも暴れる彼女に、竜馬がゆっくりと頬を寄せ、耳打ちをする。

「リョウ落ち着け 俺に考えがある」

「へ?」

リョウはその一言に、先ほどまで激しい抵抗をやめ、とたんにおとなしくなる。竜馬は彼女の目を覗き込むと
いつものように不敵な笑顔をつくり、唇の動きだけで言葉を形作った。

(俺に任せろ)

隼人は、竜馬が自分の命令を聞き、さらに彼女をおとなしくさせた様子を満足げな顔で見届けた。
そして、おもむろに銃を収め、勝ち誇ったように、両手を広げて言う。

「よし竜馬よくやった。全員そのまま聞け!」

隼人の低いながらもよく通る声が辺りに響く、その長身と端麗な容姿と相まって、その圧倒的な存在感に誰もが息を呑んだ。
顔の傷によって出来る凄みは、まるで悪の総統のようで、その迫力に自然、場の視線は隼人に集まる。

「そもそもの発端は月面戦争時代にさかのぼる。彼女らを生み出した「ドーム計画」の発端となったのは、
戦争中に発見された「アンチインベーダー因子」だ」

「アンチインベーダー因子?」

「そうだ。遺伝子内にそれを持つ人間は、絶対にインベーダーに乗っ取られない。不可侵かつ堅固なる人類の砦。
当時それを持っていたのは、早乙女博士、竜馬そして俺のわずかに三人だった。俺たちが生きるか死ぬか、
それは人類の生死も分ける重大事項だった」

隼人は一息つくと、噛みしめるようにゆっくりと話し出す。

「まず早乙女博士はその因子の働きをわざと弱め、その身をインベーダーに侵食されながらも、人間の意識を保つことで、奴らの目的を探り、
対抗策として真ゲッターとクローンのゴウを作り上げた」

「俺はその間、身を隠し、インベーダーを一網打尽にする戦力、クローン兵を擁した「ドーム」の作成、
そして種の保存のためにギリギリの人間が暮らせる環境の確保、つまり各地のシェルター建設を行った」

「そして、竜馬、この計画に異を唱えるだろうお前を、地下の牢獄へと押し込めた。あの博士の死体がクローンだとは誰も思わなかっただろう。
A級刑務所にしたのは、あれだけ堅固な守りなら、最悪の事態でもお前が死ぬことは無いだろうと判断してのことだ」

「つまり、それだけとんでもねえ計画だったってわけか」

竜馬は当時を思い出し、憎悪に燃えた目で隼人を睨む。しかし隼人は顔色を変えず続けた。

「この計画で生き残れるのは、良くて地球人口の一割。戦場となる日本の場合、各地に存在するシェルター内に逃げ込むことが
出来た人間。つまり総収容人数である100万人が生存の限界となる」

100万人、一見多く見えるだろうが、その数字は決して多くは無い。日本人口を一億人とした場合100万人に入れる確立はわずかだ。

「生存率は単純計算で0.1%ってとこか。てめぇらは、裏でそんな胸糞わりいこと考えてやがったのか!」

「ふん、何とでも言えばいい」

竜馬は隼人に向かって吠える。隼人は涼しい顔で竜馬を見ているだけだった。

黙って見ていることの出来なくなった武蔵が、隼人に質問を投げかける。

「なぜクローンなんだ?」

「俺と早乙女博士がパイロットにクローンを選んだ理由は大きく分けて二つある 
 一つはゲッタードラゴンのパイロットの人員を安定的に大量に確保できること、もう一つは、
 優秀なパイロット同士の遺伝子を操作することで、「アンチインベーダー因子」を持ちながら、
 より強いパイロットを作り出せる可能性があったからだ」

隼人はポケットの中から取り出したライターをもてあそびながら答える。

「この因子は特殊でな。性別を決定付けるY遺伝の内部にある。つまり自然な状態では男親から男子にしか遺伝しない厄介な代物だった。
 仮に優秀なパイロットが出来ても、生身での交配では、安定して遺伝させることは不可能に近い。
 だから遺伝子工学の権威、敷島博士の協力は必須だった」

「交配だの確保だの てめえは人間を何だと思ってやがる!まるで道具じゃねぇか」

竜馬が二人の会話に割り込む。隼人は闇が増した黒目で、竜馬をじっと見つめ、話を続けた。

「それでも計画は実行されねばならん。そのために、まずは、超人的な身体能力と強靭な肉体を持つ俺と竜馬 
そして最初の母体となるミチルさんのクローンの量産体制を作り上げようとした」

「しかしここで計算違いが起きる。あの事故でミチルさんが死亡し、遺体もインベーダーと融合していることが判明した」

ここで隼人は悲しそうな表情をする。

「当然彼女の遺伝子は汚染されている。クローンの計画は中止を余儀なくされた。しかし博士は彼女の遺体を処分しなかった」

「理由は俺にもわからない。インベーダーへの策のためか、それともすでにインベーダーに取り込まれ正気を失っていたのか、
とにかく、彼女は「ドーム計画」のために作られた地下施設に保管され、こうして眠り続けていた」

ゴウが表情を変えずに質問する。

「それをわざわざ持ち出した理由は?」

「簡単だ。俺は彼女を、ミチルさんを目覚めさせる。そこのリョウを使ってな」

「私を使ってだと!?どういうことだ」

「リョウ、お前には、竜馬のほかに、ミチルさんの遺伝子も使っているんだ。
 そこに、インベーダーに犯されていないミチルさんの脳だけを取り出し、
 地下に存在する仮想現実装置を使って、彼女の記憶をすべてお前に移植する。
 少々予定とは違うが、そうすれば俺の夢が叶うんだ」

竜馬は隼人が彼女に向けた表情の意味を理解する。あの時彼が見ていたのはミチルさんだったのだ。

「そんなことをしたら、リョウはどうなるんだ」

武蔵の質問に隼人は、口元にだけ不気味な笑みを浮かべて言う。

「体には影響はない もっとも人格は保障しかねるがな」

それを聞いた竜馬の背が大きく震える。竜馬の口が深い弧を描き、犬歯がのぞいた。

「はっ反吐がでるぜ。おい隼人、てめぇの顔、この鏡でよく見てみな。まるで悪役だぜ」

竜馬は背後にある試験管をあごで指し、リョウを拘束していないほうの手で、
自らの銃デザートイーグルを隼人に向けた。隼人も負けじと竜馬にコルトガバマントの銃口を向ける。
武蔵とゴウは一触即発の事態にどうすることも出来ないでいた。

「何とでも言え。俺はミチルさんのためなら鬼にでも悪魔でもなってやる。竜馬、お前にとっても悪い話ではないはずだ」

「断る。鬼や悪魔だぁ?俺らはもうなってんだろうが!ゲッターに乗るってことはそういうこった。ミチルさんだって
わかってただろうぜ

「知ったような口を利くな!さあ竜馬、彼女を渡せ!」

否定され、激昂した隼人の銃が火を噴く。竜馬は当たらないことが分かっていたかのように、その場を動かず、
銃撃の後に、ゆっくりと半歩だけ動き、ハヤトが入っている試験管の前に陣取った。

「はっあたんねぇぜ。もっとよく狙えや」

そういって煽るような目線を送る。隼人はその竜馬の頭に狙いを定めた。

「なら望みどおり狙ってやる!」

再び隼人の銃が火を噴くと、着弾点からビシリという音が響く、それは試験管に使われている強化ガラス
に亀裂が走る音だった。隼人が竜馬の意図に気がついた瞬間。竜馬の手を離れたリョウが空中に踊る。

「いまだリョウ!やっちまえ!」

「おりゃぁぁぁぁーーー!」

二人のリョウの叫びとともに、試験管のヒビ割れた部分を、リョウのえぐり取るような強烈なフックが砕いた。
それと共にハヤトの入っていた試験管から中身があふれる。
そして長身の体が水圧によって飛び出してきた。リョウはそれを守るように自らの胸に抱き抱え、
さらには自らの身をクッションにしようと、共に水流に流される。

「ハヤト大丈夫か?」

ハヤトはその身が地上に出ると、彼女の胸の上で、咳き込みながら息をする。
心配そうに見守るリョウにハヤトはいつものように、キザにかっこうをつけて答えた。

「ああ、なんとかな」

隼人のうつろな黒い目が、人質を失った竜馬に向けられる。それは明確に殺意を宿していた。

「竜馬、貴様ぁ!」

「やるか隼人!本気のお前は初めて会ったとき以来だな!」

竜馬は親父直伝の殺人空手の型の一つをとり、隼人は肩の力を抜き、両手を下げる独特の構えを取る。
二人がじりじりと近づき、お互いをその拳の射程に入れた時、何かに気が付いた武蔵が二人に呼びかけた。

「おいお前ら大変だ。ミチルさんが目を覚ましたぞ!」

「なんだって!」

二人は先ほどまで争っていたことも忘れて、武蔵のほうを向いた。そこには試験管のなかで薄目を開けている
彼女の姿があった。

「ミチルさん」

「マジかよ」

隼人はその手から銃を取り落とす。竜馬もその光景にあっけにとられ、銃を持ったまま固まってしまった。

武蔵は二人に知らせると、今度は彼女を助け出そうと試験管の周りを探る。ゴウはなぜかその場から
後ずさり、部屋の入り口付近へと歩みを進めた。

「どういうことだ!?」

意識を取り戻したミチルさんに、それを見たハヤトの声が部屋にこだまする。
リョウは驚いているハヤトと試験管内の女性を不思議そうに見比べた。

「どうしたんだハヤト?」

「なぜ彼女は目覚めた!?今まで何をしても目を開けることなどなかったのに」

考え込んだハヤトのまねをして、リョウは指をあごに当てていたが、ふと思い立ち、指をほっぺに持っていく。

「ここにきて何か変わったことがあるとか?」

「それは、まさか!?」

隼人は天井を見上げ、緑色の光を放つゲッター炉心を確認すると、その細い目を見開いた。

「お前ら、その人から離れろ!」

ハヤトはあらん限りの声を張り上げる。

「なんだ?」

「どうかしたか」

竜馬と隼人がハヤトの声に気がつき、後ろを向いた。

「そいつはインベーダーだ!」

その直後、竜馬と隼人の背後で、あのビキリという音が不気味に響いた。
同時に骨が折れるようなゴキリという音もする。事態を察知した竜馬がすぐさま試験管のほうを振り向いた。

そこにあったのはミチルさんの姿ではなく、試験管にあふれんばかりにひしめく、目の付いた触手と、
試験管のほぼ中央、本来腰がある辺りから伸びるミチルさんだったものの首。
そして、試験管の背面から伸びた触手に巻き取られ、切り裂かれ、肉塊へと代わり果てた友の姿だった。

「ムサシィィィィィィィイイイイイイイ!」

竜馬は自身の銃を撃とうと構える。
しかし、彼女の姿をしたものが、竜馬の闘志を的確に削いだ。

「竜馬君、私死にたくない。死にたくないの」

その声は生前の彼女そのもので、その声に隼人は狂気じみた笑いを浮かべる。

「ミチルさんなのか」

彼はそのままふらりと立ち上がると、彼女のそばに歩み寄って行く。

「隼人!」

竜馬はその行動をとめる余裕などなく、ただ、その手から銃を離さないだけで手一杯だった。

「ふふふ、ひゃははは」

隼人の顔にあのころと同じ狂気が浮かぶ、久しく見せなかった狂った笑い顔を惜しげもなくさらしていた。

「隼人君 もっとこっちへきて」

生きていたころの彼女と寸分たがわぬ声で、それは隼人を呼ぶ。

「ミチルさん」

隼人がそれに近づいていく、竜馬はどうすることも出来ず、ただそれを見ていることしか出来なかった。
鉛のように重くなる体、遠くなる意識、そんな中、自分に向けて誰かの声がする。

「だらしねぇぞ 竜馬ぁぁ!」

とたん釘付けになっていた体に衝撃が走る。続いて銃撃の音があたりに響いた。
竜馬は最初の衝撃にバランスを崩し、その場に倒れる。そのそばをインベーダーの黒い触手がなぞった。
発破音は一発ではなく、連続で聞こえる。倒れた身を起こし、前を見ると、
ハヤトが、アサルトライフルでミチルさん・・・・・・いやインベーダーを攻撃していた。
彼の足元には隼人が倒れている。どうやら隼人も竜馬と同じように攻撃をかばわれたらしい。

竜馬は加勢しようと、手にした銃を撃とうとするも、その手は空を切る。
見ると手の中には何もなく、目当ての得物はすぐそばに立つ女性の手の中にあった。
彼女は竜馬の視線に気づくと、彼にウインクしていった。

「化け物退治なら俺たちにまかせろ!」

竜馬の銃を構え、またポーズをとって格好をつけようとしたリョウに、ハヤトの冷たい声がなげかけられる。

「リョウ何度も言っているだろう。俺じゃなく私と言え」

「うっさい!普段は言ってるんだからいいだろ!」

その言葉が合図だったかのように、リョウは攻撃を避けながら前に跳び出た。まるで肉食獣のようにしなやかな体は
ヒョウのように、飛び跳ねながら敵の懐を目指す。

「そうもったいないことを言うな。お前はレディなんだからな」

そのリョウに襲い掛かる触手を、ハヤトはアサルトライフルによる的確な援護射撃で打ち落としていく。

「お前のそういうキザったらしいとこ、どーにかなんないか?」

リョウは難なく試験管に接近し、ミチルの生首に竜馬の得物を向けた。

「そいつは無理な相談だな」

その間もリョウに襲い来る触手は、すべてハヤトの手によって撃ち落とされる。

「そうかよ。よっしゃもらった!」

リョウは正面から捕らえた敵に向け、イーグルの引き金を引いた。
拳銃は火を噴くが、彼女の頭を打ち抜いた銃傷は、瞬く間にふさがる。

「うっ嘘だろ?デザートイーグルで駄目なのかよ!」

彼女は再び撃とうと引き金を引くが、
しかし銃は火を噴かず、カチンという、金属音だけが空しく響く、それは弾切れを示していた。
さらに運悪く、弾を撃ちつくし、リロードの操作をしていたハヤトが叫ぶ。

「リョウ!すぐに逃げろ!」

「そっそんなこと言ったって」

しかし彼女が体勢を立て直す前に、インベーダーの触手が襲い来る。
とっさに跳ね避けたものの、そのうちの一つが体勢を崩した彼女に迫った。

「このやろう!」

避けることはできない。彼女は体を低くすると、何を思ったか、拳を繰り出した。
その時、二つの発砲音が迫り来る触手を無力化する。

「俺が援護する。戻れ」

竜馬がとっさに取り出したのは、隼人から因縁と共に譲り受けた「コルトガバマント」だ。

「俺もいるぞ。二人ともインベーダーに不用意に近づくな。取り込まれるぞ」

そして今の隼人の持つ「コルトガバマント」
奇しくも、先ほどまで彼女を害そうとしていた隼人の拳銃が、リョウを救ったことになる。

「みんなこっちだ」

部屋の入り口ではゴウが扉を開け放って呼んでいる。隼人は入り口に向かって走った。

「誰か、俺と一緒に来い。 残りはインベーダーを食い止めるんだ」

隼人の進路をふさごうとする触手を、ハヤトが打ち落とし言う。

「ここは俺とリョウが何とかする!この構造物の内部が分かる竜馬、お前が行ってくれ!」

竜馬と隼人は驚いたような顔をしたが、合理的な説明に納得したように笑うとすぐに走り出す。

「分かった、おいリョウ。そいつは預けるぜ。それからインベーダーは「目」をつぶさねぇと倒せねぇぞ」

竜馬がイーグルの弾薬の入ったマガジンを放ると、竜馬と隼人とゴウの三人は部屋の外に出た。
そのまま金属の扉が閉まり、触手の行く手を阻む。

「再開の余韻に浸っている場合ではないな。リョウ、離れるなよ」

「へいへい 分かってるぜ。積もる話は後だ」

部屋に残された二人は、お互いに背中を預け、敵に対峙した。