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Last-modified: 2015-12-29 (火) 23:58:42

その後、ハヤトたちのいた地下施設は、タワーが管理することとなり、
ゲッターのための大掛かりな施設を転用し、食料や物資をタワーへと供給する補給基地として再利用されることとなった。
同時に、それに必要な労働力確保のため、地下日本政府のシェルター内から避難民を受け入れる事が決まる。

そしてそれらの円滑な管理のため、ハヤトとリョウは
補給基地運営の最高責任者として、タワーの幹部の末席に名を連ねることになった。
階級としては大佐とその補佐官ということになるが、現場の混乱を考え、タワーの指揮系統から外しているため
今後そう呼ばれることはないであろう。

その二人は今、南極のコロニーに来ている

「なんかこう、かたっくるっしいのは苦手なんだよな」

お仕着せの礼服を着せられたリョウが、落ち着き無くそわそわしていた。
今日はハヤトの所長就任を祝う祝賀会のために、多くの有力者が集まるパーティが催され、
必然的にリョウも出席することになったのだ。

「まあそういうな。ファーストレディとして恥ずかしくないよう。俺がみっちり調教してやる」

彼女の腰に手を回そうとした燕尾服の男の手を、リョウは最小限の動きでさりげなくかわした。

「ぜってぇ嫌だ」

そういって距離をとったリョウは、目の前の壇上で演説をしている男に目を向ける。
よく回る舌を持っているのに、肝心なところで不器用な男は、この計画の意義とか、目標とか
リョウにとっては、てんで意味のわからない話をしていた。

しかし、彼女以外の人間たちはうんうんと大きくうなずいて、彼を注視している。
これだけのカリスマ性がある男が、タワー内で見せた、狂気。彼女は疑問が口をついて出た。

「隼人はなんであんなことしたんだろうな?」

隣で優雅にグラスを傾けていたハヤトは、リョウに聞き返す。

「あんなこと?」

「ほら、私たちを無理やりさらって、ミチルさん?だったかを蘇えらそうとして、なんか
 ・・・・・・あいつにそんなことする必要あんのかって思ってさ」

(あんなに かっこいいのに)
リョウがぼそりといった言葉にハヤトは眉間のしわを深くする。

「ずいぶんと司令を買ってるんだな」

「ん? まあ、あれもお前だからな」

その一言に、ハヤトは満足げに含み笑いをした後、真顔で言った。

「あいつが何で彼女にこだわったか、だな」

「俺が思うに、彼女を蘇らせるのがあいつの目的じゃない。おそらくは手段だろう」

「はぁっ!?だったら何で もがっ」

急に大声を上げようとしたリョウの口を、手近な食べ物でふさぎ、ハヤトは続けた。

「静かにしろ。そうだな、あいつは不器用で、自分のことはとにかく後回しにしちまう癖がある。ということはだ」

そこまで言うと、もったいぶったように言葉を区切った男に、食べ終わったリョウは身を乗り出した。

「ってことは?」

リョウは期待から無意識にハヤトの顔に自分の顔を近づける。
触れそうなほど近くにある顔に、ハヤトは意地悪く笑い、
リョウの額を、指でこつんと軽く押しかえした。

「イテッ 何すんだよ」

「後は自分の頭で考えてみるんだな」

「何だよそれ むぐっ」

ハヤトはどこか満足げに笑って、また反論しようと開いた口に、再び料理を押し込める。
彼女がそれに夢中になっている間に、少し出てくると言い残し、彼は一人どこかへ向かった。

ハヤトが向かったロビーに、赤いソファがある。そこに一人の男がいた。
血の赤を落とした赤いマフラーとコートは、中の人物の覇気によって威圧感の壁を作っている。
彼に近づくとハヤトは笑いかけた。

「竜馬、あんたは会場にはいかねぇのか?」

「俺はいい むさい男がいたら酒がまずくなっちまうだろ」

柄じゃねぇしな。そういって笑った男に、ハヤトは持ってきた包みを手渡す。

「そうなんじゃないかと思ってな。シェフに頼んで料理をつめておいて貰った」

「おお、気が利くじゃねぇか。後で酒の肴にでもするぜ」

今の世界では貴重な生鮮食品と肉類が大きな包みにいっぱいに詰められていて、竜馬は上機嫌だ。

「リョウがあんたの世話になったからな。その礼だ」

ハヤトはさりげなく竜馬の隣に座る。

「しかしゲッターのエースパイロットを運転手扱いとは、俺たちも偉くなったもんだな」

「まあ司令様の命令だからな」

まったく人使い荒くて困っちまうぜ。そういって大げさに肩をすくめた竜馬に、ハヤトは真剣な顔で言った。

「本当にすまないと思っている」

「何だよ藪から棒に」

「武蔵のことだ。あの時俺がもう少し早く気が付いていれば、彼は死なずに済んだだろう。
 ミチルさんのことも結局救えなかった。」

「気にすんじゃねぇよ」

手を振った竜馬を見もせず、ハヤトはうつむいていった。

「いや、元はといえば俺が悪い」

「俺はな。自分がクローンだって事は最初から知っていたんだ。
 ミチルさんを蘇らせるために生み出され、敷島博士から医学と遺伝子工学の知識を叩き込まれた存在。
 そして、リョウは、・・・・・・あいつは最初から、ミチルさんの意識を乗せかえるための器として作られたんだ」

「なんだと じゃあ あいつにアンチインベーダー因子は」

「いや 因子は持っている。そうでなければ彼女は存在していない 
 なにせインベーダーに汚染された遺伝子を使用したんだからな」

「そうなのか じゃあ、あいつ男なのか?」

「フッ ははは その発想はなかったな」

竜馬の発言をうけ、ハヤトはあの嫌味な笑顔で心底おかしそうに笑って言う

「てめぇ 馬鹿にしてんのか?」

それに明らかに気分を害した竜馬に、笑いでうかんだ涙をぬぐいながらハヤトが言った。

「いやすまん。まず第一にY染色体とX染色体は大きさがまったく違う。
 だからY染色体の性決定因子をX染色体に人為的に転座させ・・・・・・」

早口で繰り出される専門用語に竜馬は顔をしかめた。
竜馬の頭は悪くはないが、聞いたことのない単語を並べられてもいきなり理解とは行かない。

「悪かったよ。 だから俺にわかるように説明しろ」

「こちらもすまん なら切り口を変えよう 竜馬は三毛猫を知っているか?」

事情を知らない人間が見れば、通報ものの凶悪な視線で竜馬はハヤトをにらみつけた。

「しらねぇわけねえだろ なめてんのか?」

竜馬の様子にハヤトは肩をすくめ、いつもの余裕を含んだ笑みで答える。

「そう怒るな。ならば三毛猫はメスしか居ないのは当然知っているな?」

竜馬はしばらく考えた後、すっかり毒気を無くし、丸くなった目でハヤトを見た。

「・・・・・・そうなのか?」

「まったく 正確に言えばほとんどが雌。雄の三毛猫は大変稀な存在だ」

「へぇ~知らなかったぜ」

感心している竜馬に、ハヤトは説明を続ける。

「このようなことが起こるのは、性別を決める因子の中に、毛色の情報も同時に含まれているからだ」

「性決定因子をY遺伝子 毛色をアンチインベーダー因子と読みかえれば理解できるだろう
 竜馬の因子だけを取り出して、ミチルさんのX染色体と合成し、生み出されたのがリョウだ」

そこまで言ったハヤトは竜馬の様子をうかがった。
当の本人は、腕を組んで、あさっての方角を向いている。

「分かったような。分からねぇような」

「どう説明したもんだろうな。遺伝子と言うのは筆箱のようなものだ
 シャープペンシルという因子が入っていたとしたら、
 そこには高確率で消しゴムという因子もセットになっている さらに三色のペンや定規も入っているだろう 
 人によっては、さらにカッターも入れているかもしれない」

「そいつを無理やり開けて、中身を好き放題に取っかえたってわけか?」

ようやく合点が言った様子の竜馬に、ハヤトはほっとしたように言う。

「そういうことだ。さて話を戻すぞ」

「ミチルさんを元の体に復元するのが俺の唯一の使命だった。
 しかし、どうしても計画の遂行が不可能な場合に備え、保険としてリョウが作られたんだ」

「だが、俺に与えられた知識では、それが不可能だと気が付いた。
 ならば、やることは一つ。リョウの意識を殺してミチルさんのものに入れ替える、ただ、それだけのことだった」

「それなのに、俺は柄にもなく、ためらっちまった。だから彼女は・・・・・・ミチルさんは俺が」

――殺したようなものだ。

「それ以上言うな!」

隼人は考え出すと長く引きずる。目の前の男も似たような性格だろうと思った竜馬は、
話を終わらせようと、怒気を発した。

「過去は過去だ。ミチルさんはあの事故で死んだんだ。これ以上グダグダ言うと絞めるぞ」

ついで竜馬の発した言葉に、ハヤトはポカンとする。
そして、責められるとばかり思っていた自分に苦笑し、竜馬の生来の人のよさに、安堵の笑みがこぼれる。

「はは 主賓を前に、ずいぶん乱暴だな」

「フッ あんたと違って、育ちがわりぃもんでな」

竜馬がそういうと再び沈黙が流れる。唐突にハヤトが口を開いた。

「お前はあれをどう思う?」

「わかんねえよ」

ミチルさんだったもの、あれを思い出す事を拒否する竜馬に、ハヤトは取り合わない彼の目を覗き込んだ。

「あれはミチルさんだったと思うか?」

「俺が知るかよ」

竜馬はそういってソファに体を投げ出す。足をハヤトに向け、組んだ腕に頭を乗せて、そのまま天井を見上げる。

竜馬は少しだけ間を空けて、さきほどの質問に答えた。

「どっちでも襲ってくるなら倒すまでだ」

ハヤトは返答が聞こえているのか居ないのか、ぼんやりとした様子で宙を見、ただ一言つぶやいた。

「生命に手を加えるのは、犯してはならない領域なのかもしれないな」

竜馬はハヤトのつぶやきを聞き流し、目を閉じる。竜馬の頭は悪くはないのだ。
だが、彼は答えの出ない問題を考えるのが、とても苦手だった。

そのまましばらく目を閉じていると、不意に嗅ぎ慣れた香水のにおいがする。そのにおいに目を開けると
長い付き合いの腐れ縁の男が覗き込んでいた。

「起きたか」

彼は責めるような口調ではなく淡々と言う。
その一言であたりが薄暗くなっているのを意識した竜馬は、あわててソファから飛び起きた。

「わりぃ 寝ちまってたか?」

「いや、気にするな。俺が遅くなったせいだからな」

今の隼人はタワーの司令官ではなく、疲れている友人を気遣う一人の男性だ。
二人の会話に気が付いたのか、二つの気配が近づいてくる。

「お やっとお目覚めか。よかったなリョウ」

「やったー ようやくこのドレスともおさらばできるぜ」

お仕着せのドレスを一日着せられていた彼女は、肩の荷が下りたとばかりに、はしゃぎだす。
ハヤトは着飾った彼女のドレスの紐がほどけかけ、ずれているのを伝えようとはせず、楽しげに見守った。

「ん?おい待て、リョウも居んのか?」

「何だよ。居ちゃ悪いか!」

「いや、悪りぃってことはねえが」

竜馬は言葉を続ける代わりに頭を掻いた。そんな竜馬の行動を隼人がいぶかしむ。

「見てのとおりだ。お前を入れると四人だな」

司令である男がそういうと竜馬は手を止めて、困ったように頭を抱えた。

「おれ、ゲッター1機で来ちまったぜ」

二人の隼人は事態に気が付くが、リョウだけはよく分かっていないようで、ハヤトに言う。

「? 三人ならゲットマシンでちょうどじゃねぇか?」

無自覚にひどいことを言うリョウに、ハヤトは苦い笑いを浮かべて言う。

「お前、竜馬を置いて帰る気か?」

その一言にリョウはああ、と口元に手を持っていく。それを尻目に司令が提案した。

「誰かが二人で乗りこむしかないだろうな」

その一言を待っていたようにハヤトがリョウの体に手を回す。

「よし、リョウここは俺たちが二人で・・・・・・」

だが言い終わる前にその手を避けたリョウは、竜馬に駆け寄った。

「竜馬~二人乗りしようぜ」

まるで野球にでも誘うように、軽く誘うリョウに、竜馬は面倒そうに頭をかいた。

「二人乗りは運転しにくそうだな。ん? ちょっと待て、お前、服の紐ほどけかけてんぞ。
 結んでやるから後ろ向け」

「ほいほい 了解だぜ」

大人しく竜馬に背を向けて紐を結ばれるリョウと、それを大層不服そうに見つめるハヤト。
リョウの服の紐を結び終わった竜馬は隼人に向かって言った。

「なあ隼人、こっからタワーまでだと結構距離あるぜ。第一インベーダーが
 出る可能性だってあんだぞ、二人乗りなんて無茶だ」

そういった竜馬に隼人が答える。

「いや、予定が変わった。先にドームまで向かってもらう、そっちなら平気だろう、何より
体格的にお前たち二人がやるのがちょうどいい」

そういわれた竜馬は、背後からの無言の殺気を感じつつも、しぶしぶ承諾した。

「インベーダーが出たら頼むぜ」

竜馬が誰にともなくそういうと、四人はゲットマシンが止めてある格納庫に向かった。