E meets G 06

Last-modified: 2013-06-04 (火) 12:41:52

発令所の面々は、画面を食い入るように見つめるだけだった。
その男、流竜馬の戦闘の様子は、あまりにも衝撃的で、残虐で、圧倒的だった。
「・・・NISERって『あの』神隼人の研究施設だよな・・・」
「『侵略者』共を笑いながら・・・アレも化け物同然だぞ・・・」
「・・・本当に味方なのか?」
発令所の中をしばし職員同士のざわめきが支配していた。

喧騒の中、日向は考える。
正直なところ、味方かどうかは怪しい相手だ。
だけどあの男の驚異的な戦闘能力ならば・・・葛城三佐と赤木博士の救出が可能だ。
おまけに偶然かどうかは知らないが、流竜馬の現在位置は先ほどまで三佐達のいた面会室に程近い。

「葛城三佐と赤木博士と現在位置の特定を!・・・それとP6通路一帯に館内放送の準備を!」
相手は自分と同じ人間だ。交渉してみる価値は十分にある。
曲りなりにも相手は人だ。

・・・多分。

葛城ミサトは、無意識のうちに自分の拳銃の残弾数を再度確認している。
15発装弾してあったから・・・残り4発。
スペアのマガジンなど携帯していない。
最初にあの「化物」に出くわした時、恐慌にかられ、無駄弾を撃ちすぎた。
情けない。これでも軍事教練の実技はかなり優秀だった筈なのに。

それにしても。
・・・あの「化物」一体何者なのよ。
ややもすると、体の奥底から根源的な恐怖が湧き上がって来る。
「使徒」を初めて見た時ですら、こんな思いは無かった。
・・・もっともあたしの場合「使徒」は父の仇、復讐すべき相手。
恐怖を憎悪が上回っただけなのかもしれないわね。

お互い握り合っている左手が震えている事に、ミサトは気がついた。

手を握っている相手、赤木リツコの表情は無表情そのものだった。
無理矢理にその強い意志の力で、感情が外に出ないよう押さえ込んでいるのだ。
だが手の震えと顔の色までは隠し切れなかった。無理も無い。
リツコの自制心の強さは認めるが、こればかりはくぐった修羅場の数がものを言う。
まして相手は保安諜報部のガード達ですら、恐慌を起こすような「化物」共だ。

「リツコ・・・悪いけどもう少しだけ頑張って。何とかセントラルドグマまで辿り着きたいの」

リツコは気丈にも青ざめた顔を持ち上げ、唇を堅くかみ締めながら頷いた。
手をぐっと握り返す。少し冷たいけど、やっぱり温かい。
その温かさが、絶望という名の氷を少し融かしたような気がした。
この温かさを喪わないためにも、何としても安全な場所まで一刻も早く辿り着かなくてはならない。
次にあいつらに襲われたら・・・。
ミサトはぶるり、と体を奮わせた。
あんな死に様だけは真っ平御免だ。
こみ上げてくる吐き気をどうにか押さえ込み、恐怖を紛らわせるようにやや早足でミサトは歩き出した。

あの時、彼女達二人に面会室の中にいた事は幸いだった・・・のかどうか。

妙な地響きに気がついた二人が部屋の扉を開いた時、ミサトの目に入ったのはは予想だにしない光景だった。
辺り一面は血の海と化し、彼女達二人を護衛している筈のNERV保安諜報部のガード達がいない。
辺りを注意深く見回すとやや離れた場所に、彼等は確かにいた。
腕や脚があり得ない方向に折れ曲がり、体の各所が欠けた骸として。
後ろでリツコが息を呑む気配を感じ、ミサトもまた数秒後、同じ反応をする事になった。

動かぬ骸の傍に、こちらに背を向け、死体の辺りでごそごそと蠢く大きなものがいた。
ぐちゃり、ぽき、めりめり、ごりん。
明らかにこのNERVで異質な、「解体」する音。
音は蠢くもののいる辺りから響いている。

不意にミサトは、自分の背中をむず痒いような、名状し難い何かが這い上がってくるのを感じた。
例えるなら何十匹もの毛虫が這い上がってくるような感覚。
逢ってはならない何かに出くわしてしまったような、そんな感覚。
無意識のうちに、二人は思わず後ずさりしていた。

ミサトやリツコの視線を感じたのだろうか。
蠢く何かは、一斉にゆっくりと首をこちらに回す。
じゅるじゅるという何かを啜る、粘質の音を立てながら。
まずミサトとリツコの目に入ったのは、嘗て目のあったから血を滴らせる、恐怖に顔を歪めたガードの首だった。
そして捻じ切られた生首を片手で抱えているのは、形容しようの無い、見た事も聞いた事も無い「化物」。
伝承で語られる「怪物」がそのまま具現化したような姿。
悪夢そのものだった。
ミサトをその視線が合った時「化物」は口に咥えている、おそらくはガードの目玉を、ちゅるん、と呑みこむ。
そしてこちらを見て、口の端を吊り上げてみせた。
「化物」共は新たな獲物の到来に、歓喜し、嗤っていた。

ミサトは絶叫しながら、ホルスターから拳銃を引き抜いていた。
自分でも何を叫んでいるのか判らない。
狂気を後押しするものは、生命そのものの純粋な恐怖。

後ろでリツコが何かを叫んでいたような気もする。

気がつけば、三匹の「化物」共は動きを止めていた。
最早「化物」が動く気配は無い。
後ろを見るとどうやら無事なリツコの姿があった。
安堵でへたり込みたくなる衝動を堪え、二人はセントラルドグマまでの逃走を開始した。

エリアの電源が停止したのか、エレベータ等は使用できず、己が二本の脚でのみの逃走である。
途中で館内の端末や携帯電話による連絡も試したが、中継点も壊されたのか連絡は取る事は出来なかった。
逃げ回るしかない彼女達の行く先が、セントラルドグマである事を知っているかのように「化物」は現れた。
疲労は二人の体に重くのしかかり、そろそろ限界に達しようとしていた。

「・・・あいつ等、一体何なのよ」
口を開けば、少しでも疲労が、そしてあの陰鬱な気分を紛らわせるような気がした。
そう思い、ぽつりとミサトはさっきからの疑問を口にする。
「・・・私が聞きたいわよ。あんな生物、見たことも聞いた事も無いわ」
リツコもまた疲労を色濃く覗かせる顔をしながら口を開いた。
「使徒、って事は無いわよね?」
自分で言っておいてなんだが、ミサト自身あの「化物」が使徒だと思ってはいない。
使徒は人間の美的感覚でいっても、美しい、と思える何かがある。
例えるなら機能美、とでもいうべきだろうか。奇妙な統一性があるような気がする。
そしてそれはあの醜悪な「化物」共には無いものだ。
「可能性は否定できないけど・・・使徒とは何かが違う気がす・・・」

リツコの言葉が途切れた。
見る見る青ざめていくリツコのその視線の先を見た時、ミサトは自分の顔が引き攣っていくのを感じた。
視線の先にはあの「化物」共が十数匹、二人の前に姿を現していたのだ。
彼女達は待ち伏せられていた。
「化物」共はNERV本部の構造に詳しいリツコをも出し抜いて、先回りしたのだろう。
初めてここに現れた筈の「化物」が、何故こうまでNERVの構造に詳しいのか、という疑問が頭を一瞬
掠めたが、ミサトは溜息と共にその考えを捨てた。
今考えても始まらない。
数分後には自分の肉体は彼等の腹の中にあるのだろうから。
死にたくは無い。私はまだ精一杯生ききっていない。
遣り残した事がある。どうしても己の命に替えても、いや命と引き換えにやり遂げたい事があるのに。
しかし彼女達の必死の思いも、「化物」の嗤いを見た時、諦観に変わっていった。

突然「化物」共の嘲笑うような咆哮が止まった。
「化物」の瞳なき濁った視線は、彼女達を通り越し後ろの何かを捉えている。
そしてあろう事か、その何かに慄いている。

何が・・・いるの?
恐る恐る振り向くリツコの目に入ったのは、見た事の無い一人の男だった。
浮浪者、と言っても何ら問題の無いような薄汚れたその姿は、どうみてもNERVの関係者ではない。
顔は薄汚れた赤いマフラーを目だけを覗かせ、頭まで巻いているためよく判らない。
野獣のような、しかし強靭な意志を秘めたその目は、今までリツコが見たどんな男のものとも違っていた。
そう。勿論あの人とも違う。
だが、リツコには何かが判った気がした。
「化物」共が怯える筈だ。
この男は狩人だ。そして・・・。

「・・・赤木と葛城だな」

マフラーでくぐもったその男の低い声は、それ程大きい訳ではなかったが、何故かよく通った。
そこは屠殺場だった。
数分前、ミサトとリツコを嗤った者達・・・「化物」は骸というよりは、肉塊と化してそこに在った。
屠殺者たる男は、唯一マフラーに隠されぬその目に、何の表情も浮かべず、そこに在った。
手に抱えるショットガンはまだ熱いのだろう、その銃身が陽炎を纏っている。
見た目は市販の散弾銃と変わらないが、凄まじいカスタマイズが為されたショットガンは、文字通り
男の手足として「化物」共を圧倒的な破壊力で血飛沫と肉片に変えた。

「・・・貴方、誰?」
男の登場と虐殺、という衝撃から覚めたミサトは、警戒心も露にその不審な男に声をかけた。
リツコの視線にも不安と畏れがある。確かにこんな男は見た事も無い。
危ういところで命を救われた。それは感謝する。
この男はおそらく敵ではない。だが味方であるとも限らない。
味方の到来とするには、この男はあまりにも剣呑過ぎた。
まるで肉屋が豚でも解体するかのように殺戮する男の様子に、ミサトは吐き気を催したほどだ。
万が一に備え、ホルスターの中の拳銃に手を伸ばす。
そのミサトの様子におそらくは気がついている男は、ミサトをまるで無視して、己が変えた光景に
じっと視線を投じている。
「・・・質問に答えなさい」
ミサトは視線を更に険しくして、男は問い詰める。

ミサトを見もせずに、男は右手のショットガンを「化物」共の死体が折り重なる辺りに向け、発砲する。
重厚な音と共に、動かない死体と思われた肉の山から、一つの小さな影が飛び出した。
確かにそれは「化物」の一体だった。仲間の死体を盾にしていたらしい。
甲高い悲鳴を上げ、ミサト達のいる方とは逆の方に跳ねた。
「・・・逃がすかよ」
男はぼそりと一言呟くと、ショットガンを構え直して走り出そうとし・・・そこで歩みが止まった。
逃走に転じようとした「化物」が一声大きな悲鳴を上げ、もがいていた。
何時の間にそこにいたのだろうか。
通路の奥に何か巨大な影がいて、それが逃げようとした「化物」の頭を掴んでいたのだ。

逆光となって、その姿はよく見えない。
大きい影だった。楽に2mは越えているだろう。人に似た姿をしているのは間違いない。
だが体のバランスは明らかに人間とは違うものだった。
そいつはこちらに向かってゆっくりと歩いてきていた。
重量もかなりあるようで、地を踏みしめる音にも重量感がある。

「敵前逃亡は死あるのみ」
低音の太い声ではあったが、それは確かに言葉を喋った。
と、同時に自分の手の中にあった「化物」の頭を握り潰す。
スイカを割った時のような音が辺りに響き、思わずミサトは眉を顰めた。
そしてリツコは見た。
その声を聞いた時、男の顔に隠しようの無い愕然とした表情が浮かんだのを。

「なあ、そうだろぉおオオオ!・・・流ェ・・・竜馬ァァアア!!」

獣の咆哮にも似た叫びと共に、巨大な影は通路の奥から姿を現した。
それはやはり例えようの無い「化物」だった。
だが先ほどまでの「化物」とも明らかに違う生物。
強いて言うなら、爬虫類のような特徴を持っていると言えるかもしれない。
頭部はコブラの頭部に似ているような感じだが、その下にある顔は人間に近い構造を持っていた。
腕部が異様に長く巨大で、おそらくは膝位まではありそうだ。
手も足も、人間の基準から考えれば信じ難いほどに巨大な代物だった。
人間や他の「化物」と明らかに違う点として、かなりの太さを持つ尻尾を備えている。

新たに現れた「化物」は爬虫類特有の威嚇音を上げながら、おそらくは笑っていた。
もし人間の表情がこの「化物」にも適用できるならば、おそらくは歓喜の表情を浮かべていた。
そして流竜馬とは・・・おそらくこの男の事ね。
リツコは男に視線を走らせ・・・またも驚かされる事になった。

対峙する男は口元を覆っていたマフラーを掴み、一気にほどいた。
想像以上に精悍で、整っているというには険のある容貌の男、流竜馬の口の端が持ち上がっていた。
先ほどまでの黙然とした表情は何処へやら、竜馬もまた笑っていた。
その表情はまるで悪魔のように邪悪で、野獣のように猛々しい。
目を爛々と輝かせ、牙を剥き出して浮かべるその笑みは、まさに獣の歓喜の笑いだった。

「そうかい・・・どうやってかは知らねぇが、生きていやがったかよ・・ゴォォオルゥ!!」
竜馬は獣の如く吼えるように叫び、ショットガンを構え直す。
滴るほどに強烈な精気と、闘志を剥きだしにしたその男の姿は、まさに獲物を前にした野獣そのものだ。
対する「ゴール」と呼ばれた怪物もまた、野獣の本能そのままに威嚇音を上げている。
間違いない。リツコは確信と共に考える。
この「二匹」は戦う事を渇望し、殺しあう事を愉しんでいるのだ。
目の前にしておきながら何だが、こんな男、いやこんな人間がいていいのか。
しかしこの「二匹」が止めようとして止まる筈が無い。
自分達の意志とは関係無しに、対峙する「二匹」の緊張感が傍目にも目を逸らしたくなる程に高まっていた。

「二匹」の魔獣同士の戦いが始まろうとしていた。