ep2

Last-modified: 2013-06-18 (火) 10:05:20

その後も次々と幽霊達が消えていった。苛立ち紛れに竜馬はまだ残っている手近な幽霊を片っ端から消滅させた。

「おい、もうその辺にしておけ。エネルギーの供給が間に合わん」
隼人に諌められ、渋々竜馬はネオゲッター1の腕を下ろす。周囲にはすでに壊滅した艦体の破片しかない。

「あいつら、ただの幽霊じゃねえ。目的を持って動きやがった。しかも俺達が目を付けていた物に、だ」
「エンペラーに報告しておいた方がいいだろう。少々遠いが戦線をこちらに移すだろうな」

エンペラー艦体がいるのは別の星団だ。同じ銀河にいるとはいえ、援軍を呼んでも到着までに時間がかかる。

「俺達も旗艦に戻るとしよう。このまま近くのU.M.Nコラムに行けば……」
「おい、SOS信号が入ったぞ」

弁慶が近くに寄ってきて、二人に緊急帯の回線を開くように促す。

『…………みません、……れかいませんかぁっ!』
「……このイラっとするヘタレ声……」
『……すみませーん、誰かこれ聞いてませんかぁ! 聞いてたら応えてくださーい!
誰かぁ、はやく助けてぇ~~~っ!』
「アレン『君』か」

面倒くさいからこのまま放置してやろうと回線を切る前に、弁慶が勝手に返事をしてしまった。

「ああ、待ってろ。すぐにそっちに行く」
「おい、弁慶! ちっ……」

ネオゲッター3がライフポッドに近づくと、アレンが悲鳴みたいな歓喜の声をあげた。

『ああ、何処の何方かは存じませんが、ありがとうございますぅ~~~!』
「また随分とご挨拶だな」
『あ、ベンケイさん!?』
モニターに映った弁慶に、アレンは再度安堵の表情をする。

「お前一人か?」
『あ、いいえ! 主任も一緒です。
主任! 助かりましたよ! 後はこれで本社に連絡……』
『うちのKOS-MOS見ませんでしたか!?』

アレンを突き飛ばし、シオンが叫んできた。なんとなくその態度が気に食わない竜馬は、露骨に顔を歪めた。

「コスモスだぁ? ンだそりゃ!? 犬か? 猫か?」
『ひっ!?』
『違います! KOS-MOSはうちで開発中のアンドロイドなんです!』

慄くアレンとは逆に、シオンは凶悪な面で睨みつける竜馬に食ってかかった。

『あの子、勝手に自律モードを立ち上げて動いてるんです! 早く止めないと……』
「けっ!」

アンドロイドを「あの子」呼ばわりするシオンに、竜馬は隠されていた地雷を見つけた気がして、ますます機嫌を悪くした。隼人も突き放す。

「どこまでのスペックがあるんだか知らんが、U.M.Nコラムに乗れるようならとっくに転移しているだろう。ここからそう遠くない場所にあるわけだしな」
『KOS-MOSには移動手段がないから、その辺にまだいるはずなんです!』
「まあ、探してもいいが、そんな暴走アンドロイド、壊してもしらんぞ?」

弁慶はヘルメットの上から頭を掻いた。

『そんなのダメです!』
「文句言うんじゃねえよ! だったら勝手に探せ!」
『あ~! あ~! そんなこと言うんですか~!? つ、次にグノーシスが来たら、KOS-MOSがいないと大変なことになりますよ!!』
慌てたアレンが必死に食らいつく。
「グノーシス? U.M.N上の都市伝説か?」

隼人は聞いたことのある単語に眉を潜めた。U.M.Nを調べ始めてから何度か出くわした単語だ。
曰く、ワープ中の船体がロストした、転送した品物が届かない、データベースが消されている……。
特にワープ中の行方不明事件に関しては、U.M.Nの中に化け物がいるらしいという都市伝説が流れていた。隼人は今の時代になってもそういう噂はなくならないものだと、僅かに苦笑したものだ。
その化け物の名がグノーシス。

『都市伝説じゃないんですよ! 既に100近くの星系がグノーシスによって消されてるんです!
KOS-MOSは、連邦からの指示で開発した対グノーシス用戦闘アンドロイドなんですよ!!』

Kosmos Obey Strategical Multiple Operation Systemとは、ヴェクターインダストリーが開発した、女性型戦闘用アンドロイドである。合成人間―レアリエン―技術が進んだこの星団内に置いて、全てを機械で構成するタイプのアンドロイドは珍しい。
数多くの武装、対グノーシス用の切り札を持ち、任務、論理、効率を最優先させる。

 

ヴォークリンデを含む連邦艦体の残骸に向かう宇宙船があった。
ローエングリン級貨客船エルザ。そのブリッジでは、三人の男が周囲を警戒しながら会話をしていた。

「全滅か……。派手にやりやがったな、こいつは。何も残ってねぇんじゃねぇか?
おいトニー! 連邦船が押っ取り刀で到着するまでどんくらいある?」

一段高い船長席から、Tシャツにキャップというラフな恰好をしたマシューズは、青のタンクトップとジーンズといういで立ちの操舵主トニーに向かって声をかけた。

「えーと、最後の救難信号が発信されたのが30分前だから、どんなに早くても後3時間はかかるんじゃねぇの?
近くに艦影なかったし。なぁ、ハマー?」
「そうっすね。半径5000光年の範囲に居た船は自分らだけっすよ」

マシューズの下のナビゲーター席に座る眼鏡をかけたハマーは手早くレーダーを幾つも切り替えて報告をする。

「おっし! そんだけありゃあ十分だ。売れそうなもん残らず掻っ攫ってくぜ!」
「ねぇ船長、いくらガイナンの旦那への借金返済期日が迫ってるからって、こいつはちょっとマズイんじゃないっすかぁ?」
「そりゃ見つかったら、の話だろうに。
大体だな、こんな辺境をわざわざ連警が巡回して回るもんかよ」

小柄なハマーは襟元に顎を隠すぐらい、首を縮めた。

「だからって、何も死に装束掻っ払ぐような真似しなくても。
なんか自分ら、宇宙のクマネコか、ジャッカル…でなけりゃハイエナって感じしません?」
「馬っ鹿野郎! 何だその喩えは! 全部絶滅した動物じゃねぇか! 縁起でもねぇ。
宇宙環境に優しい再生<リサイクル>屋と呼べ再生屋と」
「再生屋<アルバイト>はこないだガイナンの旦那に禁止くらったばかりっしょ。ファウンデーションのイメージが落ちるって。いいのかなぁ……。
っと、三時の方向に大破した艦、発見! ありゃあ、ガニメデ級だな」

「おお、でかしたぞトニー。U.M.N.の非常帯を傍受してた甲斐があったってもんだぜ。早く着けろ、早く」

トンと、エルザのフロントウインドウに人の姿がぶつかった。

「うわ!? し、死体!?」

ハマーとトニーは咄嗟に腰を浮かせた。マシューズは軽く舌打ちをする。

「ここは戦場跡だぞ。別に珍しかねぇだろ。
モーターの推進剤がもったいねぇ。構わねぇからホレ、弾いちまえ」
「じょ、冗談っしょ! ご先祖は敬えって、死んだ婆ちゃんから散々言われてたんだからさ。祟られるのゴメンだぜ。船長やれよ!」

トニーはウインドウの死体に向かって手を合わせた。
と、その死体が動いてウインドウに手を接触させる。

『通信回線を開いて下さい、話したいことがあります。2020です』
「し、死体が喋ったっす!」
「ば、馬っ鹿野郎! よく見ろ、こいつは死体なんかじゃねぇ」
「なんまんだぶ、なんまんだぶ……!」

必死に念仏を唱えるトニーはともかく、ハマーがシートにしがみつきながら見上げると、赤い瞳と水色の長い髪を持った、美少女とも呼べるヒトガタがいた。

「レアリエンかサイボーグ、そんなとこだろう」
「で、でも真空中で活動出来るレアリエンなんて聞いた事ないっすよ!」
「なら軍のロボットかなんかだろ。いいから回線開けよ!」

ハマーは若干指先を震えさせながら回線を開いた。トニーはまだ念仏を唱えている。

「俺は不定期貨客船エルザの船長、マシューズだ。先ほど、貴殿らの救難信号を受信した。
偶然本船の進路近傍であたが故、すわ一大事と救助に駆けつけた次第だが……」
「きゅ、救助ぉ?」

マシューズはトニーの頭を蹴飛ばした。

「な、何か協力出来る事はないかな?」
『単刀直入に言います。今から第二ミルチアに向かってゲートジャンプして下さい』
「はぁ? ねーちゃん、寝言だったらベッドの上で言ってくれ。こちとら”バイト”がまだなんだ。来た早々んなこと出来るかい。
おまけになんだ、第二ミルチアだと? んな遠距離、行くのにいくらかかるか知ってんのか?」
『ご心配なく。U.M.N.ゲートの使用料金ならば”我々”が持ちます』
「んな与太話信用出来るかい。
仮に本当だったとしても、こちとらビジネスの予定がギーッシリと詰まってんだ。ヒマがねぇんだよ、ヒマが」
『こちらも時間がありません。指示通りにしないと、この窓を破壊します』
「へっ、出来るもんならやってみろっ! このエルザのフロントウィンドウは、直径6ミリのデブリの直撃にだって耐えられる様に出来てんだ。ねーちゃんの柔なパンチくらいじゃ、ヒビ一つ入れらんねぇ……」

     ビシリ

柔な拳が一撃でヒビを入れた。
念仏を唱えていたトニーが顔をあげ、マシューズとハマーの顎が落ちた。

『後一撃でこの窓は割れます。見たところ宇宙服は着ていないようですが。
これは”善意”の提案です。
このままあなた達を宇宙に放り出してから、船を占拠する事も出来るのですよ』

本気だ。間違いなく本気だ。いや、ロボットだから本気とかそういのですらないのだろう。むしろやる。
本能も理性もそれを理解したマシューズは、慌てて首を上下に振った。

「わーった! 行く、行きますって!! そう焦るない!」
『最初から素直にそうしていただければ、1分45秒も無駄にせずにすみました。
これからそちらに乗り込みます。カーゴベイを開けて下さい。』

「り、了解した」

マシューズはちらりとトニーを見た。心得たトニーがそっとレバーに手を伸ばす。

『それと……』
「な、なんでぃ」
『船を急加速させて私を振り落とそうなどとは考えないことです。エンジンごと船を破壊しますよ』

がっくりと三人は肩を落とした。

 

「ったく、弁慶の奴勝手に返事しやがって……」

竜馬は文句を言いながら、KOS-MOSの識別信号を探して、デブリの間を飛んだ。地上戦用のネオゲッター1だが、宇宙空間ならば問題なく移動することができる。

「ん……? 移動……?」
レーダーにシオンが送ってきた識別信号が移動しているのが映った。単純に宇宙船の速度だ。戦闘用とはいえ、人間サイズのアンドロイドがこのスピードを出せるとは思えない。

「隼人、弁慶! 見つけたぞ!」

竜馬は宇宙船に近づくと、緊急帯で連絡を入れた。

「おい、そこにKOS-MOSってロボットいるか?」
『わああ、船長、船長! し、知り合いが来たっすよ!』

音声の後に、パッとキャップを被った、隼人や弁慶と同年代の男が映った。

『ああ?
おい、にーちゃん、あんたか? このロボねーちゃんの飼い主は。料金はちゃんと払ってくれるんだろうな!?』

「俺のじゃねえよ。いるんだな? 今、その飼い主を連れてきてやるからよ」

たいして待たずに弁慶と隼人が脱出ポットを連れてきた。

『KOS-MOS!
このたびは弊社のKOS-MOSがご迷惑をおかけしました。ヴェクターインダストリー本社第一開発局のシオン・ウヅキです。こちらは同局のアレン・リッジリー』
『別にかまわんよ。窓の修理代とミルチアまでの代金を払ってくれるならな』
『ミルチアまで?
KOS-MOS、あなた勝手に……!』
『でも主任、ミルチアには二局がありますし、もともとヴォークリンデの寄港地もミルチアでしたから、丁度良いんじゃないんですか?』
『そうだけど……』

話がまとまりそうなので、弁慶は脱出ポッドをエルザの方に流す。

「どうやら、連中は問題なさそうだな」
「ああ、とっととこっちも引き上げるか。
おい、隼人」
「ん? ああ……第二ミルチアと言ってたな。丁度良い。俺達も第二ミルチアに行くぞ」
「おい、なんでだよ!?」
『あー、そっちもお客さんスか~?』
「そうだ」
「お、おい隼人!」

勝手に返事をした隼人に、竜馬と弁慶はしぶしぶ付いて行った。
押しやったライフポッドと共に、船底に開いたハッチからエルザに乗りこむ。

『今、与圧をしますから、しばらくお待ちください』

今まで聞いていたのとはまた違う、柔らかい少年の声がして、カーゴベイに空気が送り込まれる。

『どうぞ』

合図と同時に竜馬は早速ハッチを開けて、ネオゲッター1から飛び降りた。

「KOS-MOSは!?」

アレンを押しのけて下りてきたシオンに、竜馬はうんざりとした視線を送る。

「いらっしゃいませ、ようこそエルザへ。僕はケイオスって言います。

彼女だったら今ブリッジに向かったから、案内するよ」
制御室から銀髪の少年が顔を出し、竜馬達の前で微笑んだ。

ケイオスに案内されてブリッジに入る。竜馬達の目に真っ先に飛び込んできたのは、ファイバーケーブルのような青く長い髪だった。

「KOS-MOS!」

シオンが思わず駆け寄ると、KOS-MOSが振りかえる。
白のバイザーが前髪をかき上げ、レオタードの上に短いタイトスカートを巻き付けたような衣装を身につけたロボットは普通に美人で通ってしまうように見えた。
戦闘用のアンドロイドをどうしてこんな美人にしたのか、竜馬達からすれば謎でしかない。ゲッターロボをサイズダウンさせて自律行動型にした方が建設的に思える。

「ちょっとKOS-MOS、あなた一体どういうつもり? 私達を置き去りにした挙句、独りで第二ミルチアに行くだなんて……搭載したOS、ちゃんと機能してないんじゃないの?」
『マシューズ船長。格納庫脇のフィッティングルームをお借りしたいのですが……』
KOS-MOSは制作者の質問には答えず、マシューズの方に向き直った。
「ちょっとKOS-MOS?
「ああ、構わんが。どうするんでぃ?」
「KOS-MOSってば!」
『試験用コンデンサのまま戦闘を行ったので、エネルギーが尽きかかっています。リロードの為、コ・ジェネレーターからバイパスを頂きます』
「料金は請求していいんだな?」
『はい』

KOS-MOSは抑揚の伴わない声で会話を終了させると、シオンには目もくれずに自動ドアから出て行った。

「随分良くできた人工頭脳だな」
「いや~、人間の脳を模して作ったせいか、どうも予想外の行動をしていまして……」

頭を掻きながらアレンが隼人の皮肉に真面目に返事をする。シオンはその隣でアレンの言動にも気づかない程、肩を落としていた。

「ああ、お客人をほったらかしで済まなかったな。
俺はこのエルザの船長マシューズだ。そちらさんも第二ミルチアだったな。相乗りだからマケておくぜ」
「助かるぜ。
俺は弁慶。こっちが隼人と竜馬だ」

弁慶が紹介すると、マシューズとハマーが軽く笑って挨拶をする。
トニーは「ようこそ」の一言すら適当に口走ると、操舵席から飛び降りて、落ち込むシオンを慰めるアレンのどかしてナンパを始めた。

「ちょっと、主任になにするんですか!」

頑張って喰いつくアレンのへっぴり腰に思わず和んで、竜馬はブリッジを見渡した。
「4人で動かしてんのか?」
「外見もそこそこだが、中身も最新鋭を詰め込んでるんでね。3人でも十分なぐらいさ」
「まー、お金かけすぎて借金だらけッスけどねー」
「余計なこと言うんじゃねえ!」

マシューズがハマーを張り倒した。

「料金がわかったらこっちに請求してくれ」

隼人はクレジットカードをマシューズに放り投げた。

「おっとと……おおっ!? ぶ、ブラックカード!?」
「りょ、料金は聞かなくていいんすか!?」
「マケてくれるんだろ? 後で適当に返してくれ」
「は、はいっ!」

テンパる二人を見て、竜馬と弁慶が隼人を見た。

「いいのか? 架空請求してくるぞ」
「どうせアブク銭だ」

幸いなことに隼人の笑顔はマシューズとハマーには見えなかったようで、代わりにケイオスがブリッジ全体に声をかけた。

「それじゃ、僕がキャビンに案内するよ。
トニー、彼女を連れていくよ」
「ええ? おい、ちょっと待てよケイオス!」

ケイオスは涼しい表情のまま、最後にアレンを誘ってブリッジを出た。

エルザは六層に分かれていて、第六層がブリッジ、キャビンは第四と第三層を割り当てられていた。残りの二層は荷物やA.M.W.S、脱出ポッドの置き場になっている。

「女性用のキャビンは四層になります。男性用は三層。一応自動販売機を置いているから、換えの下着なんかもそれで。
食事は……と、ちょっと……当番制だから保障できないけど」

「おいおい、普通、自動調理器ぐらいつけとくだろ? 何に借金つぎこんだんだ」
「さあ?」

ケイオスは曖昧に笑うとエレベーターのボタンを押した。

「あ、ねえケイオス君。もし良かったら、夕飯は私が作るわよ?」
「え、いいの? もしそうしてくれるなら助かるけど」
「ええ~!? しゅ、主任の手料理……っ!」
「やめとけ。どうせ缶詰か何かだろ」
「あら、失礼ね。こう見えても、実家で生活無能者を世話していたんだから。
キッチンは第五層でいいの?」
「うん」

シオンは勝手に五層のボタンを押す。

「通信室も第五層にあるから。もうすぐコラムに着くからU.M.Pが使えなくなるし、外に連絡を取りたかったらそちらでお願いします。
「じゃあ、先に本社に連絡を入れた方がいいですね」
「そうね。ミユキ達も心配だし。
ハヤトさん達はどうします?」
「ああ、こっちのことは気にするな。基本、野放しだからな」
「野放しって……大丈夫ですか? 戦闘があったんですよ? 他のスタッフの人は?」
「大丈夫だ。ちゃんと脱出ポッドに乗るように言ったから」
「でも……」
「いーからさっさと降りろ」

エレベーターのドアが開いたのを幸い、竜馬がしっしと手を振る。

「もう! 
行くわよ、アレン君」
「ああ、待ってください、主任~!」

尻尾を振ってシオンについていくアレンに生温かい視線を送ると、再びドアが閉じてエレベーターは第三層に着いた。
キャビンは壁際に沿って個室が作られており、中にはシャワーとトイレ、ベッドが設えられていて、中心は談話室の様にソファが置かれていた。自動販売機はエレベーターの横に種類別に五台。

「意外と広くできてるな」
「もともと個人所有のクルーザーを買い取ったそうですよ。
それじゃ、何かあったら艦内通信を使ってください。
お戻り、ありがとうございます」

最後にケイオスは竜馬を見ると、エレベーターに戻った。

 

宇宙を眺望できる執務室。推定年齢二十代~五十代の銀髪の男性が、その宇宙を背に、アンティークのデスクに肘をついていた。

「ヴィルヘルム様。KOS-MOSから報告です。
シオン・ウヅキ、アレン・リッジリーの両名はKOS-MOSに同行したそうです」
「そう」
「交戦域に接近中の船籍不明艦の存在を考えると幸いかと」
「仮にそれが彼女の脅威となるのであれば、KOS-MOSは護る。そうなんだよね?」
「はい。全ての指令よりも優先させて」
「いずれにせよ、KOS-MOSを引き上げさせたのは賢明さ。
軍にも彼らにも、これ以上奉仕する必要はない。ラインの乙女に関するデータも揃ったしね」

ヴィルヘルムは立ち上がると、背後の窓の傍に置かれている、地球の大航海時代に使われていたような羅針盤に触れた。

「全ての事象は、この秩序の羅針盤が指し示す通りに動く。
後は……必要な因子<ファクター>を揃え、もう一つが目醒めるのを待とうよ」

 

U.M.Nコラムは、特殊なパルスが発せられているだけで、特にその宙域に危険があるわけではない。
ハマーはエルザの通信をU.M.N管理局に繋げた。

『本日は当U.M.N転移ゲートをご利用いただき、ありがとうございます。
お客様がたの船籍登録を読み上げさせていただきますが、所属はクーカイ・ファウンデーション。船種は第二種貨物船。船番号MFHE-59824751、船名エルザ。船長はマシューズ様でよろしいですか?』
「OK。合ってるぜ」
『では、フライトプラント転送して下さい』
「はいっす」
『拝見します……。
貨物は廃船部品、目的地はミルチア太陽系圏…………あ、貨物重量がちょっとオーバーしてますね』
「たらふく集めすぎたんでね」
『クーカイ・ファウンデーションへの請求が割増になりますが、よろしいですか?』
「ああ、かまわねぇよ」

『わかりました。では、よい旅を』
通信が切れるとハマーはエルザのロジカルドライブをコラムのパルスの波長に合わせた。

「やっぱり言われちゃったっすね」
「まあ仕方ねえな。やっかいなもんもあるが、上客も入っちまったしな」

 

シオンとアレンは、エルザの通信室で本社へ生存報告を行った。
てっきり帰還するかと思っていたが、同時に辞令が送られてきて、シオンは眦を釣り上げる。

「局長! どういうことですか、これ!?」
『頼むよウヅキ君。私だって君の気持ちは十分、理解しているつもりだ。
それに報告書を見たが、実用上特に問題となる点はなさそうだし……』
「いいえ、全っ然っ理解していらっしゃいません! いいですか、勝手に動いているんですよ、あの子!
その原因も特定できていないのに、二局に渡すことなんて出来ません! 実戦装備だなんて危険過ぎます!
それに、あの子のことは私が一番詳しいって、局長だって知っていらっしゃるじゃないですか!」
『ヴォークリンデの一件、トガシ君から聞いたよ。
幸いにして、うちに人的被害はなかったが、かなり危険な状況だったそうじゃないか。
そんな現場に君たちを残しておけると思うか?』
「承知の上です」
『しかしだねぇ……』
「局長!!」

シオンは嘆願するというよりも、命令するかのような気迫で上司に迫った。

『……分かった。負けたよ。
上の方は何とかしておこう。手続きはミユキ君に任せる』
「ありがとうございます」
『ただし……無茶はなしだ。少しでも危険を感じたら、速やかに状況を中断すること。
二年前のような事は二度と繰り返したくない。いいね?』
「そのつもりです。
『良かったですね、先輩!』
「当然の権利よ」

    カタン

何かが、傾いた音がした。

「ん?」

竜馬は軽く周囲を見渡すが、落ちるようなものは見当たらない。談話スペースのテーブルの上には、自動販売機で買ったコーヒーがあるだけだ。

「なんだ? 今の……」
「どうした、竜馬?」
「いや、なんか落ちた音というか、ずれたみたいな……」
(おまえにもわかったか)

突然頭の中に響いた声に、咄嗟に声をあげそうになった竜馬は、慌てて手で自分の口をふさぐと、

「ちょっとトイレ!」

そのまま自分の部屋に決めた個室に駆け込んだ。

(いきなり話かけるんじゃねえよ!!)
(お前にしか話しかけられないからいいだろうが。
それより、今の感覚わかったか?)

自分とまったく同じ声――流竜馬の声――が、竜馬の頭の中に響く。

(今の、音か? 何か落ちたんじゃ……)
(違う。あの部屋の物が物理的に落ちたんじゃない。何処かで何かが傾いたんだ。まあ、まだ俺もそれが何か分かる程進化してないがな。
そっちにいる間は、俺の感覚とリンクさせておくから、ちゃんと調べてこいよ。例のモンは、多分この音と関わってる気がする)
(勝手にそんなもん取りつけるんじゃねー!)

文句を言っても返事も返ってこない。竜馬は舌打ちすると、談話スペースに戻った。

「それで、第二ミルチアだがな」

隼人は特にそれに頓着することもなく話の続きに入る。

「U.M.N管理局の中央センターがある。隠ぺい資料なんかも含めて、そこを調査するのが一番だろう」
「なるほどな。
しっかし何時までスパイごっこをするんだ? 俺にゃ性に合わねえよ」

弁慶の言葉に俺もだと言いたいが、竜馬は黙ってコーヒーを飲んだ。性に合わないスパイごっこをさせている本人も、全くそういうのに向いていないのがわかっているからだ。

「そこまでの潜入は別に俺達でなくてもいいだろう。ハイパースペースを抜けたら、艦に連絡を入れて別部隊を……」

突然、艦内に緊急帯の通信が入った。艦内通信用のモニターが勝手に開く。三十代ぐらいの、金髪をオールバックにした男性の顔が映った。

『前方を航行中の民間船へ。
ハイパースペース内で戦闘が発生している。貴船の安全の為、速やかにゲートアウトする事を勧める』

同じ通信を強制的に聞かされているマシューズ達は血相を変えた。

『お、おいちょっと待て!
ハイパースペース内で戦闘だぁ? どこのバカだ、おまえら!!』
「へっ、どうやら面白いことになってるじゃねえか」

竜馬達は凶悪な笑顔を浮かべると、ブリッジに通信を繋げる。

「おい、戦闘ってのはどの規模だ?」
『よしてくれ! 厄介事はあのロボねーちゃんだけで十分だ!』
「だから追っ払ってやるってんだよ! カーゴベイ開けろ!」
『バカ言うんじゃねえよ! A.M.W.Sで出る気か!?』
『小型艇を数十機の戦闘機が追ってる。救難信号が小型艇から発せられているんだ』

ケイオスはブリッジのカメラ映像を竜馬達の方に回した。
丸っこい形の小型艇の後ろを、可変構造の戦闘機が追いながら、射撃を繰り返している。小型艇のパイロットの腕が良いのか、今のところ被弾はない。

『何処の所属だ、こいつら!? 
ヴェクターのねーちゃんは知ってるか!?』
『うちの製品じゃないと思いますけど……』

シオンがのんびり返事をしている間に、小型艇はエルザの側面を回って前方に出た。戦闘機がそれを追う。

『まずい! 射線軸に載ってる!』
『何だと!?  かわせ!! 境界面に触れたら御陀仏だ!!』
「今すぐカーゴベイ開けろ!」

竜馬は怒鳴って艦内通信を切ると、隼人と武蔵と共にエレベーターに駆け込む。
第六層のカーゴベイに着くと、ネオゲッターに飛び乗った。同時に被弾したのか、船体が揺れる。

『やりやがったな、このトーヘンボク!!』
「だから言ったろうが!」
『わーったよ! 
ケイオス!』
『了解』

目の前の壁が開く。三機のネオゲッターがワームホールの内側のハイパースペースに飛び出した。

「ゲッタートルネード!」
ネオゲッター3はエルザの上部に着くと、すぐに後方から追い上げてくる戦闘機めがけてトルネードを発生させた。よじれたビームがエルザを掠め境界面に吸収される。

「プラズマソード!」
高速で飛んだネオゲッター2は、後方からのビームの嵐を避けながら前方を行く戦闘機に追いつくと、次々とそれらを斬っていた。

『ちょっ……A.M.W.Sで戦闘機以上の機動とかありえないですよーーーっ!?』

アレンとハマーがブリッジでそのスピードに目を剥いた。

「チェーンナックルゥーーー!!」

ネオゲッター1は近くに来た戦闘機を蹴飛ばして弾くと、チェーンナックルで自分と同サイズの戦闘機を鷲掴みにすると、そのまま振り回して付近の戦闘機と一緒に境界面に叩きつけた。圧縮された時間と空間の狭間に飲み込まれ、たちまち分解されていく。
戦闘機群を全滅させたところで、更にまた別の戦闘機群が出てきた。

「新手か! しつこい野郎どもだ!」

しかも先程のものよりも機動が早い。

『巡航速度を維持し、降伏しろ。しからざれば攻撃する。
繰り返す。巡航速度を維持し、降伏しろ。しからざれば攻撃する。こちらの指示を遵守すれば、危害は加えないことを確約する』

合成された音声に、及び腰だったマシューズの表情が引き締まる。

『自律戦闘端末<オーテック>か。くだらねぇ。
見え見えなんだよ! 死人に口無しってな!
トニー! ジェネレータ出力最大! 船でヤツを吹っ飛ばせ!!』
『おっしゃぁ!
お客さん達、しっかりつかまってろよ!!』
『わあ、何するっすかーーーっ!』

ハマーはトニーが操縦桿を引っ張った瞬間に嫌な予感がした。
エルザの船体が船尾側に傾いた。境界面に接触した装甲から炎が噴き上がり、エルザ後方の空間を埋め尽くす。

「ハイパースペースでウェーブライドかよ! イカレてやがる」

竜馬は犬歯を剥きだして笑うと、隼人のいる方に目を向けた。辛うじて炎の飛沫を免れた戦闘機が、ビームを放ちながら小型艇とネオゲッター2に向かっている。
一条のビームが小型艇に当たった。

「ドリルアーム!」

ネオゲッター2は両手をドリルに変形させると、ほぼ平行に突っ込んでくるオーテックを同時に貫いた。

「おっと!」

そして境界面に接しそうな小型艇を抱え上げる。1秒にも満たない早技だった。