ケイオスが案内をし、竜馬達もエルザに続いてデュランダルに乗りこんだ。
「こっちです」
船舶用のドックの少し先にある、A.M.W.S専用のハンガーに入ると、他にも大量のA.M.W.Sが並べられている。
ネオゲッターから降りた竜馬達は、まだ無重力の空間をふよふよと漂いながら、ケイオスの隣に並んだ。
「ケイオス、さっきこの艦が回収した金色の板があるだろ。あれはなんだ? 知ってるか?」
「それは、ここの責任者が説明すると思います。もともと、エルザの雇用主ですし、僕とは個人的な知り合いですから」
「そうか、じゃあ頼むぜ」
確かに知り合いが多いのか、ケイオスは周囲のメカマン達に挨拶をしながら、ハンガーの中を泳いで行く。出入り口のある方に目を向けると、透明な壁の向こうにトレインが見えた。
「すげえな、内部にトレインもあるのか」
「結構広いですからね。それと、デュランダル内だけで使用するわけでもないですし」
無重力なのはドッグエリアだけで、一つ扉を抜ければ、後はちゃんと人工重力が働いている。
トレインの前に、エルザの乗組員達がいた。
「ケイオス! 無事だったか!!」
マシューズ達が心配して駆け寄ってきた。
「うん、大丈夫」
KOS-MOSもシオン達の隣に立っていた。
「よう、KOS-MOS。よくやったな」
『お役に立てれば幸いです』
シオンはKOS-MOSの反応に何か言いかけ、黙って竜馬をじっと睨みつけた。それに気付かずアレンが感心した声をあげる。
「リョウマさん達もよく無事でしたねえ」
「無事に決まってんだろ。あいつらでかいだけだろうが」
「大した度胸だな。酔狂で戦ってるわけじゃなさそうだ」
「あん?」
竜馬達は声をかけてきた少年の方に目を向けた。14歳ぐらいの短い赤毛の男の子だ。渋めの赤いロングコートを羽織っている。
ケイオスが先に声をかける。
「Jr.(ジュニア)。ありがとう、助かったよ。
竜馬さん、彼がこのデュランダルの所有者です」
「ガイナン・クーカイ・Jr.だ。本名は別にあるけど、そういうことになってる。とりあえずJr.でいいぜ。エルザの雇用主ってところだな」
「ガイナン・クーカイ……? ひょっとして、クーカイ・ファウンデション!? ”フォーブス今年の急成長法人”トップ10入りの?」
シオンが目を見張る。隼人もすぐに「ああ」と思い当たったのか顎に手をやった。
「知ってるのか?」
「娯楽産業分野で急成長したところだったな」
「いやぁ、片手間に商売始めたら、なんか儲かっちゃってさ」
世の中には隼人みたいに片手間商売で儲かる連中が他にもいるのだ。竜馬と弁慶は、早熟らしい子供を見下ろした。こっちの方が愛嬌は数百倍ありそうだが。
「じゃあ、その社長さんにちょっと聞くが、さっきグノーシスの腹から出てきたのを回収してただろ? あれはなんだ?」
「やっぱり! リョウマさん達も見たのね!? あれはヴォークリンデにあったのと同じものじゃない?」
「あー、あれな……」
シオンもそれに同調し、Jr.は困ったように頭を掻いて、背後に控える紫の髪を持った年上の女性を振り返った。
「シェリィ、予定変更。ファウンデーションへ帰投する。あと、ガイナンに”最後の贋作を確保”って伝えといてくれ」
「了解しました。これよりファウンデーションへ帰投します」
秘書の役割をしているらしいシェリィは、コネクションギアで各部署に指示を出す。Jr.が竜馬達の方を向く。
「まあ、見たけりゃついてきな。こっちだ」
マシューズ達をエルザに残し、Jr.に先導されてトレインを乗り継いできたのは、デュランダルのほぼ中心部に当たる場所だった。
各種セキュリティを瞬時に観測したモモが、不安気に周囲を見渡す。
「ここ……なんでしょう? とても厳重なコンディション調整を感じますけど……」
周囲をぐるりと、20メートル程の巨大な箱が並んでいて、下から薄い光でライトアップされている。それ以外は計器から漏れる灯りぐらいで、この室内自体は薄暗かった。
「全部で13……それぞれのブロックに、名前がついているようだな」
ジギーが光を当てられているところに気がついた。
「ペトロ、アンデレ、ポアネルゲ、トマス、ヨハネ……」
『フィリポ、マタイ、バルトロマイ、ヤコブ、タダイ、シモン、ユダ』
更に遠くのものはKOS-MOSが読みあげる。
「十二使徒か。最後の一つは……」
『マリーエンキントと記されているようです』
隼人が正面の一つを見つめた。
「なるほど、マリアの子供。つまりイエス・キリストというわけだ。今度は宗教にまで手を出すのか?」
「ヤバい物にも神の名前をつけるもんさ。こういったな」
Jr.がスイッチを入れると、ペトロの位置にある箱が下にスライドし、中から金色の板が現れた。シオンが叫ぶ。
「ゾハル!」
竜馬の腕に一瞬、鳥肌が立った。
(なんだ!? 今の……)
(おい、わからねえか!?)
頭の中で”竜馬の声”がした。
(こいつだ! こいつが”傾いた”んだよ! 間違いねえ!)
ばっと竜馬はゾハルを見渡す。弁慶はそれには気づかず、Jr.とシオンを見た。
「ゾハル? どういうもんだ?」
『可能性事象変異機関。
現在を含む、ごく近未来の事象を可能性事象として捕らえ、その中で最も起こりうる事象を顕在化させ、その差分をエネルギーとして取りだす機関です』
「KOS-MOS? あなた、どうしてそんな事を知っているの!?」
シオンがまた驚いた。そんな知識はシオンにもない。誰がKOS-MOSに与えたのか。
隼人は興味深げにゾハルを見渡す。
「常に最も起こりやすい事象を選択し続ける……無限のエネルギーが得られるな。それが13枚」
「12枚だ。ここにあるのは全部エミュレーター。オリジナルはここにはない」
マリーエンキントの箱がスライドし、空の中身を見せる。
竜馬は開いたままのペトロに近づいた。
(こいつの何が傾いたんだ? 最も起こりうる事象を選択したってことか?)
表面に手を触れようとした途端、
「触るな!」
Jr.が叫んだ。
「消滅するぞ!」
「消滅?」
やむなく伸ばした手を止める。
「ああ。ゾハルに触った人間は例外なく全員消滅している。だからこうやって封印しているんだ」
「そんな危険はものをどうして……?」
「ま、商売は色々と手広く。それにこの御時世、グノーシス対策は避けて通れねぇからな。
連邦が重いケツを上げる前から、備えは必要だったってコト」
「どうかな? こんなもの持ってる方がグノーシスが狙ってくるぜ?」
竜馬がはぐらかすJr.を睨みつける。隼人も弁慶も視線を強くはしないものの、黙ってJr.を見た。
数秒もしないうちに、それを受け止めるJr.は精神的な疲労を感じた。
(気圧されてる……? 馬鹿な! 俺はU.R.T.Vレッドドラゴンだぞ!?)
「あ、あの! 通路の先にも、部屋がありますね。向こうはなんですか?」
異様な空気を感じ取ったモモが声をあげた。
「見て気持ちのいいもんじゃないぜ」
「見せてくれないの?」
シオンが食い下がる。
「やめとけよ、お薦めしない」
「重要機密だから? これも機密に見えるけど?」
「ま、いいか……そんなに見たいなら、どーぞ。あんたたちももう、深く関わっちまってるんだしな」
Jr.は軽く溜息をついて肩をすくめると、マリーエンキントの奥への扉を開いた。
入った先には大きなビーカーが乱立している。隼人達は一目で中身がわかった。
「なに……かしら?
……っ!」
「言ったろ、お薦めしねーって」
『ここにあるものはすべて、人間のグノーシス変容体のようです』
KOS-MOSの言うとおり、ビーカーの中に入っているのは、全てミュータントと言っていいような異形を身体に持った人間達だった。
ジギーもどこか悼むような声で呟く。
「変容体……話には聞いていたが……」
「グノーシスに接触すると、大抵は白化して砕けちまうんだがな。ごく稀にこんなこともある」
「まだ生きているのか?」
「コールドスリープさせてるから、生きてはいる。けどグノーシスの影響が眠っている間にも出てきて……。
俺がこの子を見るのは一カ月ぶりだけど、その時はまだ女の子だった」
アレンも気の毒そうに彼女達を見る。
「人間がグノーシスになるなんて……やつらの正体って判らないの?」
「捕獲されたグノーシスの残滓はたくさんあるみたいだが、正体解明の参考にはならなかった。
……それの構成物質知ってるか?」
「いいえ……」
「NaCL……塩さ。あの半透明の体組織だって、その主成分は水や水酸化ナトリウム。
そんな当たり前の物質が、なぜあんな存在になるのか。
奴らに接触された人間が例外なくグノーシス化するっていう事実から、新種のウィルス説や、別次元の生物がこの世界に存在する為にとっている仮初めの姿だって説まで、玉石混淆さ」
「別次元の生物か」
ゲッター線を喰う喰わないに関わらず、全滅させることが決定した。
「まあ、人間に対して敵意を持っていることだけは確かだな」
「人類に敵意を持つ存在なんて、珍しくはないが」
弁慶の後、隼人はそんな存在を鼻で嗤った。
「いつからこんなことが始まったのかしら?」
「非公式には、ここ数百年、それらしい現象は散逸的にあったらしい。
けど、ある事件を境にして、グノーシスは歴史の表舞台へ飛び出した」
「ある事件?」
「ミルチア紛争」
「……!」
シオンの表情が一気に強張る。
「ヨアキム・ミズラヒ……稀代の科学者にして、U-TIC機関創設の祖……」
「U-TIC機関? それはモモちゃんが捕まってた場所じゃないのか? まさかモモちゃん……」
「パパはそんなことしないんです! だって、モモのパパは……」
心配する弁慶に、必死になってモモは訴えた。その姿に、Jr.は開きかけていた口をいったん閉じ、また開いた。
「昔はいい人だったらしいぜ。ただ、ゾハルの研究を始めてから次第に狂い始め、最後にはグノーシスへの知的好奇心を抑えきれず奴らを呼び寄せた。
ファウンデーションは、その後始末と事実究明のために、戦後、遷都した第二ミルチア政府が音頭をとって設立された。
それが俺たちの本来の仕事さ。しかし、ここ数年は平和そのもの。
かといってファウンデーションの維持、特にゾハルの管理には莫大な金がかかる。そんなこんなで財団化、その後に一部門を民営化したらサイドビジネスで大当たりってわけ……」
「なるほどな」
隔離格納庫から出ると、金髪碧眼の少女が元気良く駆け寄ってきた。
「ちび様、お話は終わりましたん?」
「ああ。メリィ、この人達を部屋まで案内してやってくれ」
「部屋?」
「ああ。トニーが無茶したんだろ? エルザの船底がかなり傷ついてたぜ。あれじゃ大気圏に入れねぇよ。
デュランダルでミルチアの軌道上にあるファウンデーションまで送っていくから、そこからシャトルで降りてくれ。それまでここの部屋を使ってていからさ」
「ああ、ウェーブライドやったからな……。
じゃあ、部屋借りるぜ」
「は~い、それじゃ皆、迷わんとついてきて~な」
メリィは旗でも持っているような仕草で、竜馬達を個室のあるエリアまで案内した。
「せや、あんさん達、ヴォークリンデに乗艦してたんやろ? 着替えもなんもグノーシスに喰われたんとちゃう?」
「え? う、うん……まあ……」
着替えの話を出されて、流石にシオンはためらうように返事をした。ずーっとヴェクターの制服を着たままなのだ。下着だけは流石にエルザの自動販売機で買ったものの、それだけである。
「この距離やったら一日あればファウンデーションに着くけど、服のクリーニングもしといた方がいいと思うさかい。後で着替え持っていきますわ」
「あ、ありがとう! 凄く助かるわ!」
「何かリクエストある? スカートとかパンツとか」
「できればゆったりした服がいいな」
「OK! まかしとき!
そっちの兄さん達は?」
「別になんでもいい」
「僕も、特には……」
「しかし、関西弁なんて久しぶりに聞いたな」
思わず弁慶がぽろりとこぼすと、メリィが即座に喰いついた。
「わかってくれますのん!? うち、お笑い芸人めざしてますねん! せやけどなかなか相方が見つからんで、困ってますねん。
あ、兄さん達、どう? うちと漫才やらへん?」
「…………」
「ピン芸人じゃだめか?」
「何言うてますねん。あの絶妙なタイミングのボケとツッコミはコンビでこそ輝くもんや。ハリセンは最高やで」
「そうかそうか」
「あ~、何流してはるん~? ここは「ハリセンってなんですか」っちゅーボケかハリセンチョップを入れるもんやで」
「メリィさんって楽しい人ですね」
モモがシオンを見上げて笑った。
「そ、そうね」
騒いでいるうちに、空いている個室のあるフロアに着いた。
「カードキー渡しておきますさかい。中にあるもんは好きなように使うてください」
「ありがとう」
「あ、後でメリィさんのところに遊びにいってもいいですか?」
「大歓迎や! 時間が空いたら連絡するさかい。
兄さん達も来たってや~!」
自分の仕事に戻っていくメリィを見送り、各々宛がわれた部屋に入った。
竜馬達は隣り合った部屋を三つ借りたが、とりあえず一室に集まった。部屋の中はホテルのスイートルーム並みになっていて、ジェットバスにミニバーまであった。
(おい、同じ戦艦でも格差があるぞ)
(うるせぇ! ゲッターにそんなちゃらちゃらした設備なんざいらねーんだよ! バカになるぞ!)
一つ厭味を言って、ゲッター線を使った通信機を立ち上げる。
「おい、由美子……」
立ち上がった画面の向こうで、全身緑の服を着た一体のレアリエン(だと思われる)の頭が、突然吹っ飛んだ。
白い壁に放射状に血が飛び散る。
『あはん、上手く行ったわん』
実に上機嫌な女の声がした。
「由美子!」
『あらん? 竜馬ちゃん、どうしたのん? 武器の追加ん?』
モニターに映ったのは、緩くウェーブした長い栗色の髪をサイドで纏め、下着なんだか水着なんだか男には判別不可能な衣装の上に白衣を着た、自称25歳の女性だった。可愛いとも美人とも取れる顔立ちの下のボディはB.90 W.63 H.93である。
名前は敷島由美子。敷島家の分家の一つの子孫らしい。ゲッター艦体とは別れ、既に艦体の通り過ぎた宙域を監視するために残っている。「敷島銃工業株式会社」の社長という立場を使って、現在は調査に来た竜馬達のバックアップを行っている。
「そりゃー後でいい」
「……なんだ、それは……」
ドン引きした弁慶が、首のないレアリレンを指す。
『もっちろんアートよん。前衛的でしょん? テーマは”彼岸花”なのぉん』
レアリエンが緑の服を着ていたのはその為か。やたらとレアリエンの人権を主張しているシオンとは対照的だ。
「わかった。わかったからその前衛アートを片付けろ」
『あらん? 竜馬ちゃん達にこの芸術がわからないなんてぇん』
「俺は体育会系なんだよ」
憮然として言い放つと、由美子がパチンと指を鳴らす。ブラインドが降りてきて、とりあえず前衛アートは見えなくなった。
手早く連絡を済ませる為、隼人が口を開く。
「由美子、ゲッター線の減少だが、年代順と宙域を重ね合わせたグラフをくれ。
それと、グノーシスの出現時期。U.M.N内にグノーシスが現れる前は、U.M.Nの中にもゲッター線が検出されたのか。
他の調査項目は、”プロジェクトゾハル”、”ヨアキム・ミズラヒ”だ」
『グノーシスん? U.M.Nの都市伝説がゲッター線の減少に関係あるってことなのねぇん?』
「そうだ。俺達はさっきまでグノーシスと戦闘をしていた。後でネオゲッターの戦闘中のゲッター線量を送るが、出現時は確かに濃度が減っている」
「グノーシスの所為でもう100近くの星系が潰れてるんだぞ。おめーらはどうやって情報収集してんだよ」
『ごめんねぇん。こっちで生活しているとぉん、U.M.Nで情報を集めるのが主流になっちゃうからぁん。
それにぃ、真ゲッターの携行武器だって作らないといけないしぃ』
「おまえ、そっちが主流で情報収集してないだろ」
竜馬が軽く睨みつけるが、由美子には全く効かなかった。
『でもぉん、ミズラヒ博士ならうちのお得意さんだったわぁん』
「何?」
『正確に言うとぉ、U-TIC機関なんだけどぉん。
この人、脳物理神経学の権威だったのぉん。それが娘さんの病気――U.M.Nの共時性に対する感受性過敏――って良くわからないんだけどぉん、それの治療のためにもっと大規模な研究所を作ったのぉん。それがUnknown Territory Interventing and Creation<不可知領域への干渉及びその創造>機関なのねぇん。
同じような脳疾患による重篤精神病者を集めて人体実験をやってたらしいわん。よく考えてるわねぇん。囚人並みに死んでも世間の関心は薄そうだものぉん』
そのうち兵器工場の隣に病院でも建てかねない。
弁慶は娘の病気にひっかかった。
「ちょっと待て。それがなんで兵器の納品になるんだ?」
『さぁ? スポンサーの御意向じゃないのぉん? 研究費って結構かかるしぃ。
戦闘用レアリエンも作っていたわん。今、普及しているアスラ型27式。人間の脳をトレースして現場の判断力をあげたやつよぉん。多分それ用の受注だと思うわん。
でもぉん、結局娘さんは助からなくてぇ、狂人ヨアキム・ミズラヒの誕生ってわけぇん』
「娘の死後、発狂か……」
思い出すのはどうしても、早乙女博士とミチルのことだ。
『愛妻家で子煩悩だったみたいだしねぇん。奥さんの名前がユリ、娘さんがサクラ』
「なるほど、それでモモか……」
弁慶がモモの姿を思い出す。彼女もミズラヒ博士を慕っているようだった。
だとすると、本当にミズラヒ博士は狂っていたのか?
「ということはミズラヒ博士のスポンサーはヴェクターか」
『といってもぉん、ヴェクターは14年前のその発狂した後の事件――ミルチア紛争の後に手を引いてるけどぉん』
「ヴェクターがスポンサーなのに、武器は余所に発注しているのか」
『積極的に武装組織を育てましたなんて宣伝したら企業のイメージダウンじゃないのぉん? 特にヴェクターは官民癒着企業なんだからぁん。
まあ、とにかく発狂したミズラヒ博士のおかげでぇん、ミルチアの人口の四分の三以上が死んじゃったのぉん。流石脳物理学の権威だけあってぇ、人間の脳だけを攻撃できるステキウエポンを作っちゃったのねぇん。でも頭は彼岸花みたいに破裂はしなかったらしいんだけどぉ』
「破裂するのはホウセンカだ」
『その後、どうしてか旧ミルチアは二重ブラックホールに囲まれちゃてぇん、行き来できなくなっちゃたのよぉん。まあ、二重ブラックホールの奥なんて行ったら潰れちゃってると思うけどぉん』
隼人は顎に手を当てて、素早く当時の状況を整理する。
「ミズラヒ博士は娘の脳疾患治療のために研究所を立ち上げたが結局娘は助からず、博士は発狂。スポンサーの意向で作った兵器を使ってミルチアを壊滅に追い込んだ。
疾患の内容やU-TIC機関の設立経緯を考えると、おそらくゾハルは脳の研究に使っていたんだろう。それでグノーシスを呼びこんだ」
「14年前と、それ以前のゲッター線の濃度は?」
『ちょっと待ってねぇん』
由美子は視線を落として手元のコンピューターでグラフを呼びだした。
『……そうねぇん、確かに14年前を境に一気に減ってるわん』
「グノーシスはゾハルに呼び寄せられてるってことか。インベーダーがゲッター線に寄生するみたいに」
「おそらくな。そうなると、エミューレーターは場所がわかっているからともかく、オリジナルを探し出して破壊したほうがいい。グノーシスを一掃するにはそれが一番だ」
『そのオリジナルゾハルの場所を探すのねぇん?
隼人ちゃん、”プロジェクトゾハル”ってどこから出てきたのぉん?』
「ヴェクターだ。量産型の百式観測レアリエンと、KOS-MOSの同時開発が、プロジェクトゾハルでカテゴライズされていた」
「そういや、アレン君がKOS-MOSも人間の脳を模してるとか言ってなかったか?」
『手を引く時に、データをごっそり持ちだしていたんじゃないかしらん。戦闘用レアリエンも、そっちを作るより先にトランスジュニックタイプを作ってからの応用だと思うわよぉん。
U-TIC機関には先日もマシンガン2000丁を納品したばかりよぉん。お客さんの素性はあまり調べないことにしているけどぉ、ちょっと調査してみるわん。
U.M.Nじゃ改竄された情報を掴まされそうだからぁん、スキエンティアと接触してみるわん』
「スキエンティア?」
『100年ぐらい前からU.M.Nの使用に関して疑問を持つ人達が興したテロ組織よぉん。何か知ってそうだしぃ、テロ組織なら武器だって売り込めるじゃないん?』
「まー、頑張って商売しろよ。なにかあったらまた連絡する」
翌日。デュランダルは第二ミルチア軌道上のクーカイ・ファウンデーションに近づいていた。平面型のコロニーの外壁を、ホオズキの様な形で覆っている。
「ちょっと珍しいもん見せてやるよ」
とJr.に言われた竜馬達は借りていた服を返し、クリーニングしてもらったパイロットスーツに着替えてデュランダルのブリッジに入った。
シオン達も呼ばれてブリッジに上がっている。KOS-MOSはエルザの中に置いてある調整槽に入っていて、ここにはいなかった。
「あれがクーカイ・ファウンデーションですかぁ。この艦同様、金掛かってるなぁ」
アレンが目の前に迫ったファウンデーションを見て声をあげる。モモもはしゃいだ声をあげた。
「デュランダルがそのまま、摩天楼<メトロポリス>になるんですよね?」
「え? この艦、このまま入港するの?」
「この艦、ファウンデーションの有名なランドマークなんだそうですよ。エルザの中にあった、トラベルガイドに載ってました」
必死にデートスポットを探していたのがモロバレで、竜馬達は生温かい目でアレンを見守った。
「そうなんだ、旅行ページって、あんまり見ないから……」
「あっ、ほら……入港ですよ!」
デュランダルは艦首をいったん下げると、ホオズキのガクの位置に向かって方向転換した。そのままデュランダルの巨体が、茎のようにファウンデーションの底に突き刺さる。
コロニーの中心に備えられた湖の底から、デュランダルの艦首が飛び出した。フロントガラスの表面を滝のように滑る水の向こうに、竜馬達の目には90°傾いた街並みが見えた。
「へえ、こいつは確かに珍しいな」
「すごい、本当に都市の一部になるように、デザインされてるのね」
自分が横に立っているに落ちないというのが不思議な感覚だ。宇宙に出て大分経つが、地面と立っている場所が交差すると未だにそういう感覚が湧いてくる。
「観光に来るなら、ニューイヤーズ・イブがいい。ライトアップしたメトロポリスはなかなかの眺めだよ」
背後から声がすると、黒いビジネススーツを来た20代後半の男性が、シェリィとメリィを侍らせて入ってきた。
「よう、ガイナン」
Jr.が近寄って声をかける。本名は別にあると言った通り、似てはいたが親子には見えない。せいぜい歳の離れた兄弟ぐらいか。髪の色も違う。
「いろいろ収穫があったようだな。後でゆっくり聞かせてもらう」
「ああ」
「ガイナン・クーカイ。クーカイ・ファウンデーション代表理事か……」
ジギーが呟く。ゆったりと立つその雰囲気が誰かに似ているような気がして、竜馬は一瞬首を傾げたが、すぐに思い当たった。猫を被っている昔の隼人だ。
(ってことはこいつも腹に何か持ってるってことか)
「なんだ竜馬、人の方を見て」
「いんや、なんでもねぇ」
竜馬はテキトーに流して窓の外を見た。シオンがガイナンから挨拶を受けている。
ガイナンは続いてモモの前に立つと、しゃがんで視線を合わせた。
「君がモモさんだね。接触小委員会のユリ・ミズラヒ博士から、報せをもらっている。ミルチアまで安全に送ろう」
「ママから、ですか!?」
「ああ、よろしく頼む……とおっしゃっていたよ」
「ママと話せますか?」
「どうかな、とてもお忙しそうだ」
「そう……ですか。どうして、いつも会ってくれないのかしら……」
しょげるモモに、ガイナンが優しく声をかける。
「また通信が入ったら、必ず報せよう」
「はい……ありがとうございます」
それでもモモの表情は晴れなかった。
ガイナンは立ち上がると竜馬達の方を向く。
「そちらは第二ミルチアへのシャトルをご希望だとか? もう一日待ってくれれば、デュランダルでお送りするが?」
「そこまで世話になるつもりはねぇよ」
「もう行っちゃうんですか?」
モモが少し寂しそうに弁慶の方を見上げた。
「まあ、仕方がねぇ。それにモモちゃんもミルチアに降りるんだろう? 用が終わったらまた会おうな」
「はい!」
竜馬達はネオゲッターをシャトル用の搬送艇に移すため、エルザに戻った。マシューズ達にも挨拶をして、コンテナルームに入る。
隣の部屋ではKOS-MOSが寝ているはずだ。
「じゃーな」
軽く隣の部屋に向かって呟くと、ネオゲッターに乗りこむ。立ち上げようとすると、突然ハマーの通信がカーゴスペースのモニターに入った。
『た、大変っすよ! ネットワークニュースで、ちび旦那達が……あとヴォークリンデのことも!
それで、連邦艦体がクーカイ・ファウンデーションを包囲してるんっす!!』
「なんだと?」
乗り込んだばかりだが、ネオゲッターから飛び降りると、隼人の持っているコネクションギアに目を移す。
『連邦絶対基準時21日未明、テセドア方面第一一七海兵師団がクーカイ・ファウンデーション所有の重武装艦による攻撃を受けました。旗艦ヴォークリンデをはじめとする同師団は壊滅……』
「どういうことだ? グノーシスの襲撃は報告されてるはずじゃ……」
『財団はかねてから、第二ミルチア自治政府との癒着を指摘されており、連邦評議会は連邦反逆罪の適用もあり得るとして、現地へ艦隊を派遣した模様です』
アナウンサーの声が重なる映像は、デュランダルがヴォークリンデを砲撃しているものだった。
「ただの合成じゃねえか!」
「これを証拠と言い切るのか? 何を根拠に……絶対座標か」
人類が宇宙に進出して以来、場所の特定に使われるようになったのが、地球を起点0,0,0とした絶対座標だった。市販のカメラ等の家電製品にさえも表示義務が施されており、座標表示に関しては改竄が出来ない様、ブラックボックス処理がされている。それはこの星団においても変わっていない。
「けど、座標だけ合ってたって、日付をずらして撮影なんざいくらでもできるだろう。デュランダルがヴォークリンデと同じ座標で戦闘したのだって、本当なのか?」
「誰が撮影したのか知らんが、ヴォークリンデのブラックボックスは回収されてないのか? 三日ぐらいで回収、解析まで終わるとは思えんな」
「評議会の討論まで生中継か。俺達の証言が何処まで通用するかな?」
隼人の皮肉めいたもの言いに、竜馬のこめかみが引きつった。
『あ、ああ……』
ハマーの呻き声と共に、火災時の消防団の呼びかけみたいな放送がクーカイ・ファウンデーションの内部にエコー付きで響き渡った。
『連邦法に基づき、クーカイ・ファウンデーションを第18編37章798条・防衛情報の収集隠匿及び第18編105章2153条・連邦所属艦隊への戦闘行為容疑で拘束する。速やかに武装解除せよ。
また、ミルチア政府がクーカイ・ファウンデーションの入港を幇助した場合には、連邦法第18編115章2384条・叛乱扇動のコンスピラシーに該当するとして、非常事態宣言を発令する。』
『揚陸艇がもう接岸してる! どうなってんだ!?』
マシューズの声を流石に気色ばんでいた。摩天楼の一部と化したデュランダルのすぐ傍の水面に、連邦軍の揚陸艇が浮かび上がる。
「連邦もゾハルエミュレーターを欲しがってるってことか。あと、可能性があるとすれば、連邦政府の命令で動いているというジギーとモモ」
「…………それで、勝手にこっちに罪を擦り付けて掠め取ろうって魂胆か」
「しかも連邦も勢力毎に欲しがっているらしいな。派閥の分裂に、どっかの宗教団体まで出てきたぞ」
討論の中継を面白そうに見ている隼人の肘を、弁慶がつついた。
「おい、隼人……」
竜馬の方を見るよう促す。直後に隼人はしまったと、ポーカーフェイスを崩した。すぐに室内のカメラに顔を向ける。
「船長、デュランダルのブリッジにつないでくれ。Jr.やガイナン氏はどうしている?」
『あ、ああ……ちょっと待ってく……。
おい、なんだ、てめーら!!』
マシューズの声と共に、エルザの外壁をガンガン叩く音がする。まだ修理前とはいえ、これ以上傷つけられるのはゴメンなのか、ハッチが開かれた。
外から星団連邦の海兵隊が雪崩れ込んできた。
「クーカイ・ファウンデーション所属船籍、デュランダルの乗組員か?
現時点を持って、デュランダルを星団連邦の管理下に置くものと……」
「ふざけんなあああああ!!」
口上を並べる隊長らしき人物を、竜馬がぶん殴った。
「すわぶっ!?」
頬骨と顎が砕かれ、血と涎を垂れ流したまま壁まで吹っ飛ぶ。
「な、何を……」
「反逆者だ!」
「捕えろ!」
兵士達は、叫んで銃を構えるまではできた。だが、次の瞬間に骨が砕かれ、床や壁に叩きつけられた。
「反逆者だと……? どっちが反逆者だか教えてやらぁ!」
「落ち付け、竜馬!」
咄嗟に止めようとした隼人と弁慶だが、回り込んだ兵士に銃口を向けられれば話は別だ。
隼人は背後に回った兵士のマシンガンを片手で掴んだ。そのまま銃口を床に向ける。
「う、うおお・・・・!」
兆弾がエルザの床やネオゲッターの装甲に当たる。必死にマシンガンを取り戻そうとするところに更に力をかけ、反動で飛び上がった銃底で兵士の顎を砕く。そのままもぎ取ったマシンガンを無造作に撃った。
「ぎゃあああああ!!」
弾に当たった数人が悲鳴をあげる。
弁慶は引き金を引かれる前にタックルで一人を倒すと、そのまま銃を奪って台尻で頭を殴りつけ、残った兵士に向かって発砲した。腹には当たったが、多分胃の辺りだ。
『お、おい! あんちゃん達、何やってんだ!? こっちまで余計なとばっちりがくるだろうが!』
「おい、てめーらの親玉は何処にいる?」
マシューズが焦って怒鳴るが、竜馬はそんなことは聞いちゃいなかった。倒れた兵士の内、口が利けそうな奴の胸倉を掴んで持ち上げる。
「でゅ、デュランダル制圧、担当、は……ラピス・ローマン、大尉……」
「デュランダル制圧担当か……」
「落ち付け竜馬、本当に制圧しようとしているのは連邦評議会の連中だぞ!」
「うるせえ!」
竜馬は止めようとする隼人を拳で横に薙ぎ払った。これに関しては、隼人は大人しく殴られる。
「竜馬!」
「うおおおおおおお!!!」
弁慶の制止を振り切って、竜馬は開いたままのハッチから外に飛び出した。外のデュランダルの通路にいた兵士達が、怒号と悲鳴と銃声をあげた。
「いかん、完全に頭に血が上ってるぞ!」
「俺の責任だ。あの時の……」
隼人は顔をあげると、マシューズの映っているカメラを見た。
「すまん、迷惑はかけないようにする」
『いやもうかけてるだろ!』
「大丈夫だ。ナノマシンで治る程度の傷だ」
『結局病院送りかよ! 誰が治療費払うんだ!?』
「まあ、死んじゃいないから、まだ竜馬も完全にキレちゃいねえだろうが……」
「とにかく、すぐに竜馬を追う」
『人の話聞いてンのか、ゴラァ!!』」
隼人と弁慶は竜馬が出て行った後を追い、エルザの外に出た。
デュランダルのブリッジにも星団連邦の兵士が入りこんできた。ただしこちらは堂々と司令官を連れて。
「私は星団連邦軍特殊作戦司令部情報局ラピス・ローマン大尉。
現時点をもって、本艦を星団連邦の管理下に置くものとします」
まだ若い女性の士官は、シオン達の方に目を向ける。
「ヴォークリンデの生存者ですね。参考人として身柄をお預かりします。
なお、ヴェクターの資材は証拠として一時的に接収します」
「そんな、KOS-MOSまで……」
「大尉! 保護願いの出ている百式観測器を発見しました!」
「おい、乱暴すんな!」
兵の一人がモモの腕を掴んで引きずる。慌ててJr.が離そうするが、振り払われ、床に倒れた。
「Jr.君!」
「一部屋を収容に使い、監視を固めるように」
「全員ですか?」
「分散させると、監視が手薄になります。後続との合流までに、可能な限り、艦内の捜索を進めなさい」
「了解しました。
行け!」
「チッ!」
無理矢理立たされたJr.が舌打ちする。
「ガイナン・クーカイ、星団連邦反逆罪容疑で連行します。来なさい」
「おおせのままに」
ミルチア自治州代表党議員代表、ヘルマーの元へ通信が入った。
『代表、ヴェクターのCEOからEPR通信が入っていますが……』
「ヴェクターの? ……わかった、出よう」
回線が繋がれ、映し出されたのは、推定年齢二十代~五十代の銀髪の男性だ。
『お久しぶりです、ヘルマー代表』
「Mr.ヴィルヘルムこちらこそ。枢機院議長を退任されて以来ですな」
『状況は伺っています。議会には、私からも口添えしておきましょう』
「恐縮です、Mr.ヴィルヘルム。
『実は現在、我が曙光はミルチア圏に向けて、航行しています。厭な予感がするのでね』
「厭な予感……?
『今回の一件、既にお気づきではないのですか』
「背後にU-TIC機関がいることは間違いないでしょうな」
『そう。とすれば、彼らの目的は一つ。ミルチアに眠るオリジナルゾハル、そして……』
「ウ・ドゥ……あれをふたたび、目醒めさせるわけにはいきません」
『弊社のKOS-MOSとそのスタッフがそちらのお世話になっていると思いますが』
「お言葉ですが、Mr.ヴィルヘルム。クーカイ・ファウンデーションと第二ミルチア政府とは……」
『そうでしたね。では、Mr.クーカイにお伝えください。それぐらいならば問題はないでしょう』
「ええ、その程度ならば。
「しばらくの間、KOS-MOSをお貸ししますので、いかようにも使って欲しい……と。
プロジェクトゾハル実動まではまだ間がありますし、なにより万が一の事態が起きたとき、アレは役に立ちます。サポートはミルチア支社の二局と戦技研にさせましょう』
「よろしいので? 最高機密なのでは?」
『打算ですよ、こちらとしても実動データは多い方がいい。』
「了解しました。Mr.クーカイにそ伝えておきましょう」
『恐縮です、では……』
「ウ・ドゥ……か……」
Jr.達はデュランダルの会議室に押し込められた。
「予備尋問を行います」
銃を構えた兵士達に囲まれ、その中心にローマン大尉が立つ。
Jr.は隣のケイオスに囁いた。
(いざとなったら、この姉ちゃんを人質にとるか?)
(いや、もう少し様子を見よう)
ケイオスは微笑を浮かべながら扉の方を見る。
ガンッ! という派手な音がして、外から赤い突風が舞い込んだ。
「おりゃあああああ!!」
ドアの近くにいた兵士が二人同時に蹴り飛ばされ、後ろから飛び込んできた隼人が、銃で壁際の兵士達の腹を次々と撃つ。
「え?」
「お、あ……」
「ひっ……」
兵士たちが怯んだ隙に更に室内へと入った竜馬は、弾丸を避けながらモモを捕まえている兵士の頭を鷲掴みにすると、膝で額を割った。
「きゃ……」
思わずモモは口元を手で覆う。一瞬にしてボロ雑巾のようになった兵士を投げ捨てた竜馬は、怯えるローマン大尉の元に近寄った。
「おい、勝手に人を容疑者にするんじゃねえよ」
野獣を通り越して魔獣の睨みだ。訓練された軍人のはずのローマン大尉は、よろりと足をもつれさせた。それでも転ばないのは立派である。
シオンが銃を構えたままの隼人に喰ってかかった。
「いきなり何するんですか!? ハヤトさん、あなたには良心ってものがないの!? いくらなんでも酷過ぎる!」
「良心?」
隼人はシオンを一瞥して嗤った。心底シオンを見下した目だった。
「しゅ、主任……」
隣にいたアレンまでも怯える。
すぐに隼人はローマン大尉の方を見た。
「ラピス・ローマン大尉だったか? 昨日、デュランダルに乗艦したばかりの我々にも嫌疑がかかっているようだ。遺憾に思うんだが、何か身の証を立てる方法はないか?」