ep5

Last-modified: 2013-11-04 (月) 00:37:02

「あ、そ、それは……」
「こちらのA.M.W.Sにはヴォークリンデがグノーシスに襲われた時の戦闘記録が残っているが、それでは不満かな?」
「は、汎用データベースを使用していれば、改竄の余地があると見られ……ひっ……」

隼人と竜馬が同時に睨むと、とうとうローマン大尉は腰を抜かした。部屋の中の血の匂いが濃くなった気がする。

「あ、あの……モモ、ナノスプレーを持っているので、使ってあげてもいいですか?」

モモが竜馬達の方に恐々とお伺いを立てた。憮然としている竜馬に代わって弁慶が口を開く。

「おう、やってくれると助かる。どうも俺達は手加減が苦手でな」
「はい」

モモがポケットからスプレーを取り出し、倒れた兵士達の傷口に吹きかけているのを見て、ガイナンが口を開いた。

「まさか、エルザのあるドッグからここまで、この調子だったのか?」
「ああ」

慌ててJr.がブリッジの自動ドアを開けると、そこには精一杯穏便に表現して「しかばね」としか言いようのない事態が広がっていた。

「おいおい……やりすぎだろ……」
「シェリィとメリィの監禁されている部屋に行って、治療に当たらせてやってくれ」
「わかった」

Jr.が出ていくのを見て、ガイナンは隼人の方を見る。

「もう少し、穏便に質問をしたらどうかな?」
「と言っても、時間がかかるのも考え物だと思うがな。さっきのニュースを聞いただけでも、このままじゃ第二ミルチアの特権とやらも奪われるんじゃないのか?」
「確かに……。
ローマン大尉。他にどんな証拠があれば我々の嫌疑を晴らせるのでしょうか?」
「な、何か公的な証拠となるようなものがあれば……」
「公的な証拠……ヴォークリンデの航路記録<ブラックボックス>は?」
「それが、回収をしたのが、先程もニュースで流れた、オルムス教の手の物で改竄される可能性が……。
所有者であっても改竄できない、AAAクラスの公的プロテクトがかかっているようなシステムならあるいは……」
「ブラックボックスって改竄できないように設置されてるもんだろうが。それを……」

弁慶がどん! と足を踏みならした。

「だが、トリプルエーのプロテクトがかかってるシステムなんて、そうそうあるものじゃない。
連邦政府のマザーフレームか、U.M.Nのオペレーションシステムぐらいだろう」

ジギーが呟くと、ローマン大尉を支えていたシオンが顔をあげた。

「……ある。あるわ!」
「あ、KOS-MOSか!」
「KOS-MOSだって!?」
「そういえば、もともと連邦の依頼で開発したって言ってたな」
「ええ、KOS-MOSのデータベースのプロテクトはAAA!
ヴォークリンデでのグノーシスとの戦闘を記録しているわ。それを証拠として提出すれば……」
「あ、でも、記録の複製<デュプリ>をとるには、本社と連邦政府の二つのキーが要りますよ」

アレンが大事なことに気づく。今、勝手にやれば規約違反だ。

「エンセフェロンダイブで記録を追体験すれば、コネクションギアを通して複製をとれるわ」
「そんな、ダイブの設備もなしに無理ですよ」
「調整槽の簡易ダイブモジュールでいけるわ」
「冗談でしょ! それに、第一、規約違反ですよ!?」
「ほっとけそんなもん。
KOS-MOSのメモリーだな?」

竜馬が踵を返した。

「隼人、弁慶、行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!
KOS-MOSはヴェクター<うち>のものなんですからね! 勝手に触らないで!!」
シオンはローマン大尉をほっぽり、慌てて竜馬の後を追う。それにアレンも続いた。
ガイナンはモモを手伝って倒れた兵士の治療をしようと思った。その矢先。コネクションギアが鳴った。
「ヘルマー代表!?」
『ガイナンか。見ての通り、連邦議会は今、騒ぎになっている。それなりに手をまわしているが、時間稼ぎにしかならんだろう。
ローマン大尉は私の子飼いの部下だ。協力して、ファウンデーションの無実を証明できるデータを提出して欲しい』
「……ヘルマー代表。そのお言葉、30分早く欲しかったのですが……」

ガイナンは額に手を当てて頭を一つ振ると、モモとジギーの方を向いた。

「すまないが、KOS-MOSのデータベースの複製が穏便にできているか、確認してきてくれないだろうか?」

 

竜馬達は今度は悠々と歩いてエルザに戻った。

「なんやの、このスプラッタは!?」

Jr.に部屋から出してもらったメリィが、出てきた途端に声をあげた。

「まだスプラッタになってねぇ。医務室からナノスプレーを持ってきて、倒れているやつらを治療しろ。終わったら大部屋に監禁しておけ」
「わかったわ」

ジギーは歩きながら竜馬の隣に並んだ。

「君はザルバートルなのか?」
「あんだぁ? レアリエンの親戚かそりゃ?
あんな青瓢箪と一緒にするな。鍛え方が違うんだよ」
「そうか」

ザルバートルとはDNA操作をした、いわゆるデザイナーズチャイルドの隠語だった。主に宇宙開拓初期と、この星団ではU.M.N発見初期、レアリエン黎明期に多く産出された。
先天的能力の特化故に、やや他人を見下す傾向が多く、またトレーニングを好むとは言い難い性質を持ったものが多く産まれている。
今ではザルバートル派と呼ばれる一段を形成するまでになり、先程の議会にも派閥を持つまでに至っている。
竜馬の反応から、ジギーは彼を生身の人間と判断した。
エルザへの道を「しかばね」を治療しながら進むと、中から気づいたマシューズが飛び出してきた。

「おい、リョウマ! いくら客だからってなあ!」
「うるせえ! おめーだって容疑かけられてんだよ! 証拠取ってくるからガタガタ言うんじゃねぇ!」
「証拠ぉ?」

なおも何か言いたそうなマシューズをJr.が制した。

「KOS-MOSに用があるんだ。カーゴスペース開けろ」
「わ、わかりやした……」

と言っても、ハッチはさっき竜馬が飛び出していったまま、内部から赤い道筋が伸びている。

「こ、ここの人たち、時間、経っちゃってます、よね……」

モモは恐る恐るナノスプレーを持った手を握りしめた。観測能力は十分に発揮され、中から生命反応があるのはわかる。とても微弱だが。

「ああ、死んでなかったから大丈夫だろう」

弁慶がたったそれだけの太鼓判を押すと、人間の役に立つようプログラムされたモモは、さっさと中に入る竜馬に続いて、エルザの中に入った、
ネオゲッターの周りの死にかけの兵士に一通りナノスプレーを吹きかけ、隣のKOS-MOSの寝ているカーゴスペースに移動する。
KOS-MOSの寝ている調整槽は、黒い棺桶のような形で、表にヴェクターのロゴが入っていた。脇についているロック解除用のキーボードを叩き、調整槽を開ける。
中ではKOS-MOSが眠っていた。

「そういや追体験するって言ったな。主観が入らないか?」

ふと竜馬は思ったことを尋ねた。

「大丈夫ですよ。主客分離はちゃんとしますし、足りない部分はU.M.Nから拾ってきます。あくまでKOS-MOSの知覚を間借りするだけですから」

アレンはコネクションギアを取りだした。シオンも調整槽に取りつけてある、簡易モジュールのゴーグルをかけ、近くのBOXに腰掛けた。電脳ダイブすると体が動かなくなるから、本来なら横になるのが一番なのだが。

「アレンくん、接続補佐<バックアップ>お願いね」
「りょ、了解。
システムナタラージャ起動。非局所的連結<インターコネクション>開始します」

簡易モジュールでダイブをサポートするのは初めてだった。若干声が震える。

「大丈夫か。無理なら俺がやるが」

隼人の申し出を、アレンはきっぱりと断った。

「大丈夫です。僕はこの分野のプロですから。
……主任、なにがあってもサポートします。安心して、潜ってください」
「ありがとう。
行くわよ、KOS-MOS」
「ダミープロトコルにて、接続開始」

アレンが実行ボタンを押した途端、全てが歪み始めた。壁も床も、竜馬達の体も何もかも。マーブル状に拡散しようと歪んでくる。

「な、なんだこれは!?」

体に違和感は感じない。ならば視覚がおかしくなったのか。
ただ、KOS-MOSだけは歪まずに眠り続けている。後は輪郭すらもう判別がつかない。

「なに、これ……っ!?」
「そんな……こんなことって……!」

アレンが慌ててシステムの緊急停止をしようとした瞬間、KOS-MOSから光が迸った。

 

思わず目を瞑っていた隼人と弁慶が再び瞼を開くと、そこは妙に薄暗い一室だった。
手足をみると、歪みはない。そしているのは二人だけだった。竜馬もシオンもJr.もいない。

「なんだったんだ、今のは? それに、ここは……?」
「あ、ああ……KOS-MOSが……!」

アレンの悲鳴があがる。そちらに視線を向けると、ミユキやトガシが腰を抜かしたような姿勢をしている。

「ミユキちゃん!? どうしてここに……」
「そうか、エンセフェロンダイブ……! 
ここはヴォークリンデの中だ。KOS-MOSの記憶を追体験する為の……」

コツ……という靴音と共に、KOS-MOSが床に降り立つ。二人はまさに起動の瞬間を見ていた。

「なるほど、主客分離か。KOS-MOSのメモリーを俺達は客観的に見ているわけだな」
「だがよ、隼人。竜馬達は一体何処に行っちまったんだ?」

二人の前で、KOS-MOSは、アレン達にすぐに脱出ポッドに乗るように指示をした。

「待ってくれ、KOS-MOS! まだ主任が……」

追いやられるアレンがKOS-MOSにすがる。

『問題ありません。すぐに保護します』
「あ、待って! 僕も一緒に……!」

KOS-MOSはシオンの場所をすぐにサーチし、右腕をキャノン砲に変形させると最短距離を作りだした。アレンが慌てて後を追う。

「さっきKOS-MOSから光が出た。あの場にいた全員をエンセフェロンダイブさせたいということか。
だとすればヴォークリンデ撃沈以外にも見せたいメモリーがあるということか」
「起動したばかりのKOS-MOSにそんなメモリーがあるのか?」

足を動かさずとも、視界は勝手に切り替わる。
数多の死体を目にしながら弁慶は疑問に思う。ヒルベルトエフェクトを、KOS-MOSは使用していない。

「あるんだろう。シオンが度々言っていたろう。『KOS-MOSは勝手に動いている』とな」

やがて壁をぶち破ったKOS-MOSが、シオンがグノーシスに釣りあげられているシーンに出くわした。
そして、シオンを見つけて救助する時になって初めて、KOS-MOSはヒルベルトエフェクトを使った。

「おい、どういうことだ? KOS-MOSはグノーシスがいるっていうのに人間を見殺しにしているぞ!」
「俺達も確かに当初はグノーシスに攻撃が通じなかったからな。だが、昨日は自主的にグノーシスを相手にしている。この差はなんだ?」

両腕に一丁ずつ持った巨大なガトリングガンでグノーシスを掃討したKOS-MOSは、銃口で道筋を示した。

『これより第一格納庫に向かいます。グノーシスの狙いは99.998%の確率で、格納庫内に保管されている”物体・ゾハル”です。
私に課せられている任務は、その物体の確認、保全と、あなた達ヴェクター関係者の保護です』
「でも私……」
『格納庫の第二層に救命<ライフ>ポッドがあります。それで脱出して下さい』
「KOS-MOS……?」
「なるほど。つまりヴェクター関係者じゃない者は見殺しということか」

隼人の言葉は、格納庫の再生映像で決定的になった。辛うじて生き延びて、同じく第一格納庫に逃げてきたバージル中尉を、KOS-MOSがグノーシスごと撃ち殺したのだ。

「!!」

思わず弁慶が息を飲む。目の前のシオンやアレンと同じ様に。
ショックで動かないシオンに向けて、KOS-MOSは感情を伴わない声をかけた。

『この艦はもうじき沈みます。急いで下さい』
「待ちなさい、KOS-MOS。あなた、自分が今何をしたのか解っているの?」
『私に課せられた任務は、”あなた達”ヴェクター関係者の保護です。軍関係者まで護れという指示は受けていません』
「馬鹿なこと言わないで!! だからって、他人<ひと>を殺してもいいってことにはならないのよ!?
何故バージル中尉を撃ったの? 彼を犠牲にしなくてもあなたの力なら……」
『あの時バージル中尉は私の射撃軸線上にいました。もし私が射撃軸をずらし、直接あなたの護衛<カバー>に回っていたとすれば、一時的に十二時方向の邀撃<ようげき>戦力が30%以下に低下していた筈です。
それに対して中尉が死亡することによる戦力の低下は0.2%以下に過ぎません。私はあなたを生還させる為に、より確実な選択をしただけです。
それに、ポッドの定員は二人。誰と誰を優先させるかは明白でしょう』
「そんな……酷すぎるわ! あなたには良心ってものがないの!?」
『シオン。私は”人間”ではありません。ただの”兵器”です。それはあなたが一番よくご存じの筈ですが。
どうするのです。乗るのですか、乗らないのですか。
彼の死を悼む気持ちがあるのなら生きた方が賢明です。でないと彼は”無駄死に”したことになりますよ』
「主任、さあ、行きましょう」

アレンに支え起こされ、シオンはようやくライフポッドへと歩き始めた。
証拠となる映像はここで終わる。

「前から頭の足りない女だと思っていたが……」
「おい、隼人」
「KOS-MOSはもう完成している。この映像を見るだけでも明らかだ。任務まで負っている。
個人的に疑問に思うのは、何故開発中と称して、シオンにKOS-MOSの表層アプリケーションを弄らせているのかだが……。
まあいい。ゲッター線とは関係がない。後でアレン君にでも暇つぶしに聞くさ」

 

竜馬の目の前には草原が広がっていた。振り返れば水平線。そして僅かに髪を揺らす風。まるで昔の地球に戻ったようだ。

「ここは……また、何処かに飛ばされたのか?」
以前、月に飛ばされた時のように。周囲を見渡してもゲッターやロボットの類は見当たらない。

「こりゃ戻るのに骨が折れそうだな」

一つ頭を掻き、腕が視界を僅かに遮った。その腕を下ろした瞬間、竜馬はそれを認識した。
透明でありながら、ところどころに色がある。まるで作りかけのジグソーパズルのような、斑な少女。
透明な肌の上に褐色と白が散逸し、黒とファイバーブルーが、長い透明な髪に色の滴を垂らしたように散っている。
両目だけは色が付いているものの、右目は青く、左目は赤かった。

「おい、おまえ……」

竜馬は視線で少女の輪郭をなぞった。見覚えがある。

「KOS-MOS……?」

斑の少女はそれを肯定も否定もしなかった。KOS-MOSのように無機質な無表情ではなく、色々な感情が混じり合った結果、最後に無表情になったような、そんな目で竜馬を見上げている。
透明な肌の向こうで草が風に凪いでいる。

「マリア!」

突然ケイオスの声がした。

「ケイオス!」

ケイオスは少女に駆け寄ると、そのまま勢いをつけて抱きしめた。

「ああ……マリア……」

何の反応も見せない少女はされるがままで、ケイオスはまるで幻にしがみついているようだった。

「そいつはKOS-MOSじゃないのか?」
「KOS-MOSは器。マリアの意識が少しずつ集まりつつあります。
僕達をエンセフェロンに導いたのも、マリアの意識の影響でしょう。彼女は、いつも僕の意思を汲んでくれましたから」

ケイオスはそういうと、マリアの手を引こうとしたが、まるで直立不動のKOS-MOSのように動かなかった。
それに気づくとケイオスは寂しそうに笑い、手だけは握ったまま竜馬の前に跪いた。

「ゲッターエンペラー。どうか、僕達をお救いください」

 

Jr.達は、何処かの街角にいた。
暗く、雨が降りそうな雲を持つ、夜の街だ。繁華街の一歩裏の通りは静かだった。
表通りからは街の喧騒の代わりに軍靴が響く音がし、上空ではサーチライトを地上に向ける軍艦が哨戒している。

「ここは……」

Jr.の他にはジギーとモモがいる。他のメンバーを探してJr.は表通りの方を見た。軍靴に合わせて行進する、クローンの様に同じ顔の群れ。

「そんな、馬鹿な……」

Jr.と同じ顔で、髪だけが金色になっている子供達が、銃を抱えて行進している。

「あの人達、Jr.さんと、同じ顔……?」
「間違いない。U.R.T.V<U-レトロヴァイラス>……」

Jr.の一人ごとに、ジギーは確信を持って尋ねた。

「なるほど、どうやら俺だけが幻覚を見ているわけではないようだな。
ここはどこだ? 心当たりでもあるのか?」
「……」
「おい」
「なんだよっ!」

余りに荒々しい口調に、モモが思わずジギーにすがる。

「心当たりがあるのかと聞いている」
「ああ、あるぜ。これが幻覚でなけりゃ、そして俺の記憶が正しけりゃ……。
ここは、ミルチアだ。十四年前のな!」

Jr.は吐き捨てると、軍靴の鳴り響く表通りに飛び出した。

「Jr.さん!」
「どこへ行く!」

思いつめた表情のJr.に、ジギーはモモを見た。

「Jr.さん、どうしたのかしら? さっきの人たちを追いかけようとしてるみたいだけど……」
「いずれにしろ、あいつにしかわからん理由があるんだろう。
とにかく状況がつかめない。一人にさせるわけにはいかんな」

Jr.が飛び出した表通りは、まさしく阿鼻叫喚というにふさわしかった。
暴走したレアリエンが人々を襲い、銃弾を撒き散らし、時にはその死体に群がっている。
そのレアリエンを鎮圧する兵士達にも混乱が見られるようで、そこかしこに壊れたA.W.M.Sが転がっている。
逃げまどう人々を、Jr.と同じ顔をした金髪の子供達が、マネキンのような無表情で撃ち殺していく。

「やめろーーっ!!」

言っても届かない声だとわかっているのだが、それでもJr.は叫んだ。

「畜生! どいつもこいつもウ・ドゥに汚染されやがって!!」

U.R.T.Vが、突然倒れた。同じ銃声が響き、次々とU.R.T.Vを撃ち殺していく。
一人の黒髪の少年が、こちらは感情を殺した表情で銃を構えて味方を撃っていた。

「あ、あれは……」

背後から追ってきたジギーとモモが、その少年を見て驚いた。

「ルベド! どこなの? 赤<ルベド>!」
「ガイ……ナン……」
「ガイナンだと? 確かにあの顔はJr.と瓜二つだが……」
「あの、Jr.さん、大丈夫……ですか?」
「な、なんでもねぇ……」
「Jr.さん……」
「なんでもねぇっつってんだろっ!!」
「っ!!」
「ご、ごめん……つい……。
ちくしょう……なんだってんだよ。どうなってんだよ、ここは……!」

 

シオンはアレンと一緒に、黄昏時の公園に居た。
小さな公園だった。目の前に見える、大きなビルに出入りする子供の為に作られた、狭い公園。それでもブランコと滑り台、花壇と砂場が和みを与えてくれる。

「あ、あれ? ここ……僕はエルザの中でKOS-MOSの……。
主任!? 主任もいたんですか! 良かったあ~。
あれ? 主任?」

シオンは公園の出入り口を凝視していた。アレンも視線を追う。親子が手を繋いで公園から出ていく。お父さんが遊んでいた娘を迎えに来たのだろう。

「仲の良い親子ですね。いいなあ、ああいう家庭的な雰囲気」

親子の背中に重なり、そしてじわじわと何かが空間に浸み出してきた。

「!?」
「あ、あなたは……」

それは10歳ぐらいのオレンジ色の長い髪を持った女の子だった。シオンは、その姿を見た憶えがある。ヴォークリンデの襲撃の時に。

「ずっと、あなた達を待ってたの。ゆっくりと、お話をしたかった」

少女は外見とは裏腹の、落ち着いた声と口調で二人を見た。

「待っていた? 私達を?
あなたは一体……」
「私はネピリム……そう呼ばれているわ。私が私として存在した時から」

 

思わず竜馬は息を飲んだ。

「おまえ……ゲッターの事知ってるのか! ここじゃ誰も忘れてるっていうのに」
「はい。あなたがハチュウ人類と戦った時から、ずっと知っています」
「そいつは俺じゃねえよ」
「え?」

ケイオスは酷く戸惑った表情をした。マリアの手を握る力が強くなったのが竜馬にもわかる。

「だって、あなたは”流竜馬”なんでしょう?」
「確かに俺は流竜馬だが、そいつは俺じゃねぇよ」

ケイオスに立ちあがるよう促しながら、ふと竜馬は気づいた。
”竜馬”の気配がしない。

(おい! おい! 聞こえるか!?)

何時もなら一方的に竜馬に話かけてくるのだが、こんな異変が起きても返事がない。

「おい、ケイオス! ここは何処だ!?」
「ここはKOS-MOSのエンセフェロンです。この景色を選択したのは、僕とマリアの記憶が共通しているから」
「おまえらが昔いた場所ってことか?」
「そんなところです」
「それで? おまえはいったいエンペラーに何から助けてもらいたいんだって?
そのマリアってのをどうこうするとかはできねえぞ。ゲッターなんて破壊するしか能がねえ」
「わかっています。だから浸食されたこの世界を、破壊して欲しいのです。そして、マリアに安らぎを……」
「浸食だと? それは……」

銃声が聞こえた。咄嗟に竜馬が身構える。
草原がドット絵の様に変化し、次第に金属で覆われた街を形成しはじめる。中心部に巨大な塔が見えた。

「な、なんだこれは!?」
「あれはラビュリントス……!
そうか、僕とJr.がいたから、あの時を再現しはじめて……」
「どういうことだ!? ちゃんと説明しろ!」
「Jr.達がこっちに向かってきています。今はそちらに合流しましょう。
歌声が、聞こえ始めている」

ケイオスはなんら変化の無いマリアの体を再度抱きしめた。まだらの少女は竜馬のいる虚空を見たまま、微動だにしない。

「マリア、また逢えたら……」

 

シオンとネピリムは公園のブランコに腰掛けた。アレンはその周りの柵に軽く腰を落として、二人を見守っている。

「じゃあ、やっぱりここは旧ミルチアなの。それも十四年前の……」
「そう、あなたの意識の底に眠る連綿と続く記憶の世界。それをKOS-MOSが感じとって、再現しているの。
この世界はね、KOS-MOSの記憶でもあるのよ」
「KOS-MOSの記憶ですって? そんなはずは……」
「記憶は個人だけのものではないわ。ひとつ所に留まってもいない」
「違うの。だって、元型<オリジナル>のKOS-MOSは……」
「二年前の”あの時”破壊されたはず? 
あなたの大切な人も、死んでしまった」

表情を変えたのは、シオンよりもアレンの方だった。

「素敵な思い出は半分だけ。残りの半分があって、初めてあなたという意識が形成されているの。
あなたは……ううん、あなたたちはそれを受け入れなければならない。
「思い出を……受け入れる……」
「あなたは、ふたたびミルチア<ここ>を訪れなくてはならない」
「……!
お願い、教えて。どうして私が、ミルチアへ?」
「さあ、KOS-MOSがあなたを待っているわ」

ネピリムはブランコから降りると、公園の出口へと歩いていく。その後ろ姿は徐々に透けていき、最後には見えなくなった。

「公園の外に、KOS-MOSがいるんでしょうか?」

恐る恐る声をかけるアレンを放って、シオンはネピリムの後を追う様に、公園の出口へと走り出した。

「ま、待ってください、主任!」

 

隼人達の目の前の映像が切り替わった。銃声の響く、廃墟の街だ。

「なんだここは? ヴォークリンデの記録再生だけじゃないのか!?」
「場所はわからんが、おそらく俺達が巻き込まれたのは、こっちを見せる為じゃないのか?」
クローンの様に同じ顔をした少年兵が、無差別に銃を乱射している。
「あれはJr.!?」
「いや、髪の色が違う。こいつらは一体……」
「あ! ハヤトさん! ベンケイさん!」

幼い女の子の声がして、二人はそちらを振り返った。

「モモちゃんにジギーか。他の奴らは?」
「わからない。Jr.がこっちに飛び出して行った。どうやら知っている場所の様だ」

ジギーに釣られてぐるりと周囲を見渡す。崩れた高速道路、倒れたビル。さっき歩いていた場所よりもいっそう酷い。
不意に、ソプラノの声が聞こえた。明確なメロディを持たない、ただ発声されただけの高低する音波。

「こんなところで誰が……」
「あ、Jr.さん!」

Jr.は一人、傷を負っていないビルの前で立ち尽くしていた。

「Jr.! こんなところで何をしている」
「知っている建物か?」
「……U-TIC機関中央タワー、ラビュリントス」
「何故そんな名前を……」
「隼人! 弁慶!」

隼人が疑問に思った時、竜馬の声がした。ケイオスと一緒に、ビルの反対側から走ってくる。

「竜馬!」
「何処だ、ここは?」
「14年前のミルチアらしい。何故この場所が選択されたかはわからんがな」
「ハレルヤ!」

ビルの上から壮年の男が、朗々とした声をあげた。
「海はその中にある死人を出[いだ]し、死は陰府<よみ>もその中にある死人を出したれば、各自<おのおの>その行為<このなひ>に随ひて審<さば>かれたり」

モモがハッと顔をあげる。

「この声……あれは……あれはパパ!
パパ!!」
「なに?」

咄嗟に走りだそうとするモモの手をジギーが掴む。

「止せ、モモ。どこへ行くつもりだ」
「止めないで! パパが、パパが呼んでる!」
「モモちゃんのパパってことは、あの人がヨアキム・ミズラヒ博士なのか?」
「ああ、間違いない」

答えたのはJr.だった。

「かくて死も陰府も火の池に投げ入れられたり。此の火の池は第二の死なり。すべて生命<いのち>の書[ふみ]に記されぬ者は、みな火の池に投げ入れられたり。
歌え、諸人よ! 饗宴の時は来たれり!!」

一際声高く叫んだ後、ヨアキム・ミズラヒはラビュリントスから身を投げた。

「パパーーー!!」

モモが絶叫する。
そして周囲の光景が再び揺らいだ。

 

次に来たのは、何処かの森の中にある教会の前だった。
モモがその場に泣き崩れる。
「う……う、うう……。
パパ……初めて、会えたのにっ……!」
「モモ……」

Jr.がモモの方に手を置く。

「思い出して泣くのもいいが、今はやめておけ。この世界は起きた時間軸を再現しているだけに過ぎん」

隼人はそういうと、さっさと教会に向かって歩き出す。慰めの言葉はジギーとJr.が勝手にかけてくれるだろう。
教会の入り口で、走ってきたらしいシオンとアレンに出くわした。

「シオンか?」
「リョウマさん。あっちにはJr.君達も……。
あなたたち、どうやってここに?」
「わかんね、シオンがダイブした途端、視界がぼやけて……気付いたらここに来ていた。
その後、いろんなもの見せられて……」

Jr.が苦い顔で返事をする。

「そっちはヴォークリンデの映像を見ていないのか?」
「え? ベンケイさん達は、ちゃんと追体験できたんですか?
僕ら全員、主任のエンセフェロンダイブに引きずられたんでしょうか?」
「まさか……。みんなは接続してなかったのよ」
「でも、KOS-MOSから発信されるパルスがダイブモジュールを介して逆流したとすれば、考えられない話じゃないですよ、うちで採用してるのは、非接触式ですし」
「だとしても、簡易モジュールではその負荷に耐えられないわ。なにかもっと別の外的な力がないと……」
(いや、KOS-MOSだかマリアだか知らねえが、モジュールなんて関係なくできたはずだ。ただ、そのチャンスがくるのを待ってただけってことだ)

竜馬がケイオスを見ると、彼は曖昧に笑って答えた。

「いずれにせよ、ここはKOS-MOSのメインフレーム―――いわゆる内的世界。僕らの持っている記憶が共鳴した結果 創造された世界……そんな感じがする」
「でも、僕にはこんな場所、記憶にありませんよ。それに、それなら僕とかベンケイさん達の記憶とか混じっててもいいはずじゃないですか?」
「そうだね。
記憶――つまり、過去に起きた出来事は、同一の時間軸、空間軸が共鳴することによって、より強固で優先的、選別的なものになるんじゃないかな。
そう考えれば、僕やアレンさんの記憶が反映されていなくても不思議じゃない」
「要するにこの世界は、共通の空間的、時間的体験を持った者たちによって常に変化するということか」
「そうなるな。そのうち俺達の記憶も出てくるかもしれん」
「みんな幻なんですか?」

モモの疑問にシオンが微かに震えながら首を振った。

「幻覚と現実は、それを体験する主体者にとっては同じことよ。これは幻なんかじゃないわ」
「主任……」

教会の中に入ると、礼拝所を20歳ぐらいの女性が一人で掃除をしていた。灰色のショートボブにロングスカートの清楚な感じだ。

「レアリエンか」
「ええ、たしかにレアリエンみたいですけど……でも、ちょっと違う感じもします。もっと人間に近い……」

モモの観測装置はその女性を見て、微かな違和感を伝える。

「モモちゃん、観測できるのか?」
「え? は、はい……」
「今まで見せられた一方通行の光景とは違うようだな」

隼人の考察を受けてジギーが尋ねた。

「君はレアリエンなのか?」
「はい、フェブロニアといいます。レアリエンの安らげる場所が欲しくてこの教会の手入れをしているんです」

聖母の笑みという言葉がぴったりのフェブロニアの笑顔に、シオンが2,3歩よろける。

「フェ、フェブロニア……」
「知り合いか?」
「私、知ってる……知ってるわ…………あなたを。
でも、嫌……思い出したくない……。だって、だって……」

いやいやと頭を振って逃げようとするシオンに向けてフェブロニアはまた微笑んだ。

「シオン、いらっしゃい」

フェブロニアは教会の裏手に出る扉の方に向かうと、先にその向こうへと出て行った。

「シオン」

そのフェブロニアの後ろ姿に重なって、ネピリムが現れた。

「なんだこのガキは」
「ネピリム……」

ネピリムは竜馬達にまるで闖入者を見るような視線を一瞬向けると、シオンにその視線を固定する。

「その扉を開けた瞬間から、あなたたちは自分自身と向きあっていくことになる。
それは、とても辛くて哀しいこと……。
だけどそれは、あなたたちにとっても私たちにとっても、とても大切なことなの」
「何が出てくるか知らねーが、そんなもん見せる為に呼びつけたのか?
見せたきゃ見てやるが、とっとと元の場所に帰せよ」
「え?」

大股でずかずかとフェブロニアの後を追った竜馬達を見て、ネピリムやシオンは当惑した表情をした。

「ネピリム、もう、そんなことをしなくてもいいんだ」

ケイオスはそう言うと、晴々とした表情で竜馬達の後を追った。

「ケイオス!? どういうことなんだ!? おい!」

Jr.達も慌てて後を追う。

 

扉の向こうは、灯りの落ちた病室だった。
医者と看護師と、普通の服を来ているから見舞いの者と思われる死体。そしてベッドの上に群がるレアリエン達。
レアリエン達は布団に浸みてもなおしとどに流れ落ちる血の中で、貪っていた。

「暴走レアリエンってのは人を喰うのか……」
「い、いや……」

シオンがか細い声をあげる。

「ここは重篤神経症治療施設。あなたのよく知っているところよ」
「い、いやあああああっ!!!!」
「くひひ……!」

シオンの悲鳴に混じって、甲高い子供の笑い声がする。窓の外には、白い髪をしたJr.と同じ顔の子供が、隣のビルの屋上で笑い転げていた。

「アル……ベド……」
「きひひひひ!
歌、歌声が……僕を……ひゃはははは!
鏡よ、僕を映せ! 僕を定義しろ……! うひゃひゃ!
僕は無限のテロメラーゼだ! 僕は反存在なんかじゃない……完全なる連鎖だーー!!
あーっはっはっはっあっはっひゃっひゃははっはっははひゃひゃひゃはっはーひゃひゃっひゃひゃひゃひゃはは!」
「う……うわあああああああっ!」
「いやああああああっ!」
「主任、Jr.くん! いったいどうしちゃったんですかっ! ねぇっ、主任……」
「あー、うるせえ!」

笑い声に殺意を憶えた瞬間、竜馬の手に勝手に銃が出現した。

「そうか、エンセフェロンの中だから好きな様に……」

過去に起こった出来事を変えることはできないが、今この面倒な映像を消すことぐらいはできる。銃が出現したということは、そういうことだろう。
竜馬は躊躇なく引鉄を引いた。隼人も弁慶もショットガンやマシンガンを手にして、目の前の光景をガラスの様に打ち砕いた。

「よーし、以上だな?
他に見せたいものはあるか?」

ネピリムは竜馬達の態度に怯んだように一歩退いた。

「あなた……あなたは……違う……」
「うるせえ! さっきからワケのわからないもんばっかり見せやがって!
いい加減に説明しろ! でなきゃてめーら全員殺せないまでもここの背景ぶっ壊すぞ!!」
「ひい~~!! や、やめてください!」

慌てて止めに入ったのは腰が引けているアレンだった。

「エンセフェロンが崩壊したら、接続している僕達全員、廃人になっちゃいますよ~~~!」
「根性がねえからなるんだよ!」
「何無茶苦茶な事言ってるんですかーー! 根性のある人だってなっちゃいますよ~~!!」

半べそをかきながらしがみついてくるアレンを弁慶の方に押しやり、竜馬はネピリムに銃口を向けた。

「ごめんなさい」

謝罪をしたのは、フェブロニアだった。周囲は草原と、一本の大木に切り替わっている。

「私達は、この意識の世界でだけしか存在できない。だから実数世界に助けを求めるには、こうするしかなかった」
「くどくど言いわけすんな。もっと短く言え」
「私の妹達を解放してあげて欲しいの」

大木の下には、座って微笑むフェブロニアと、その周囲を駆け回っている女の子が二人いた。

「……なんか変じゃないか?」

弁慶が二人の子供を見て言った。女の子達は、ずっと同じ方向だけをぐるぐると回り続けているのだ。
「そうですか? 楽しそうな光景に見えますけど」
「子供ってのはもっと好き勝手に追いかけっこするもんだ。あれじゃまるで……」
「ええ。ここは、あの子たちを捕らえた檻なの。
私達はゾハルを制御するために、創られた、”人間と誤認される”トランスジュニックタイプのレアリエン。
そしてあれは人が創ったシステムによる呪縛。でも、あの子たちにとっては現実の世界そのもの。
ここから解放してあげて欲しい、妹たちを……。
私はそれをシオンに頼みたかった」
「わ、私に……?」
「でも、それはとても辛いことを思い出させてしまう。今のあなたは忘れることで自分を保っていられるのに。
もし、関わり合いの無いあなた方にお願いしても良かったら、どうか……」
「まあいい。考えといてやる。
てめーはどうなんだ?」

睨みつけられたネピリムは、少し落胆した様子で口を開いた。

「私は……ただ未来を変えたかっただけ」
「未来を、変える……?」
「私達が存在できるのは、意識の世界だけ。だから、私を見れるシオンに接触したの」

ネピリムは背伸びをして、シオンの眼鏡に触れた。

「やめて!」

思わずその指先を叩き落とす。

「主任……?」
「あ……ご、ごめんなさい……」

ネピリムはシオンの態度に頓着はせず、首を巡らせた。

 

視界は一気に宇宙空間になり、目の前に惑星が一つせり上がってくる。

「あの惑星は?」
「……旧ミルチア……!」

シオンが目を見開く。
そのミルチアに向かって飛来する物体があった。

「あれは……KOS-MOS!?」
「しかもあれって、第三種兵装じゃないですか! 開発中ですよ!」

KOS-MOSはミルチアから湧き上がってくるモノに、両肩の相転移砲の照準を向けた。

「なんだ、あれは……!?」

竜馬の全身が総毛立つ。
見たことはないが知っている。それは”竜馬”も同じであり、同時に倒すべきものだと直感的に分かった。
蔦の様な、コードの様な、骨の様な、常に何かを侵食するソレ。
ソレは、星団を、星雲を、銀河を超え、マルチバースの向こうから触手を伸ばし、たまたまその一本がミルチアに辿り着いた。

「竜馬?」
「おい、あいつは……」

KOS-MOSの放った相転移砲は、やがて掻き消され、KOS-MOS本人も飲みこまれていく。

「あの波動は、ウ・ドゥと呼ばれる意識体」
「ウ・ドゥだって!?」

ネピリムの答えに、叫んだのはJr.だった。

「ウ・ドゥは十四年前、ミルチア宙域を巻き込んだ局所事象変移の源。
いま見た光景は、そのウ・ドゥと本来あるべき姿となったKOS-MOSとが出会ったときに起こる、未来の映像<ビジョン>。
ウ・ドゥはじき目醒める。”彼”を目醒めさせようとする者たちと”彼”を求める者の意識を糧として」
「目醒めるのか……奴が……」
「いま見た未来は、無限にある可能性事象のうちのひとつ。
でも、決定されているわけじゃない。新たに生じた僅かな波が、全体に波紋を広げることもある。事象は刻々と変化する、漂う波のようなものだから」
「だから、こういうのもあるんだろ?」

KOS-MOSの飲みこまれた空間が、緑色の光線によって引き裂かれる。

「……!!」

ネピリムが息を飲み、ケイオスが表情を和らげた。

「その波は、もう生じているみたいだね?」

大きい。
周囲360°全てを使ってもまだ足りない。それほどの巨大な戦艦が、遥か銀河の果てから、こちらを目指してやってくる。

「これは……希望、なの……?」
「さあ? 絶望かも知れないぜ?」

隼人達は顔を見合わせて笑う。

「もしかしたら……」

ネピリムが呟くと、その姿は扉へと変わった。

「こっから帰れってことか?」
「多分な」

宇宙空間に突然できた奇妙な扉に手をかけ、開く。
扉の向こうは洞窟に手を加えただけの簡素な墓所だった。正面にはKOS-MOSが磔にされている。

「KOS-MOS!」
シオンがKOS-MOSに駆け寄る。

「ここがあなたの心の中なの……?」

竜馬はケイオスを見た。曖昧な笑みの中、眉根を潜めて一つの石棺を見つめている。

(マリアの墓、か……?)

シオンはKOS-MOSの前で手を翳して、パスワードを告げた。

「汝ら神の如くなりん」
KOS-MOSを縛りつけている鎖が消え、俯いていた顔が正面を向き、そして赤い瞳が真正面にいるシオンを見た。

「深層領域プロテクトを解除します」

青白い光が何匹もの龍の様に畝って洞窟を満たす。眩しさに思わず目を瞑った。

 

(……おい……おい! ……聞こえるか!?)

自分と同じ声が話かけてくるのがわかる。竜馬が目を開くと、そこはエルザのカーゴスペースだった。

「ここは……」
(おお……良かった! やっと繋がったぜ! どうなってるのかと焦ったんだからな! 
俺とお前の接続が切れるなんてよっぽどのことだぞ? 何があった?)
「戻ってきたのか」

「全員、無事らしいな」

周囲を見渡した隼人の声を聞き、竜馬は調整槽のKOS-MOSを見た。
ゆっくりと上体を起こしている。
そして起き上がったKOS-MOSにシオンが笑みを浮かべて声をかけた。

「おはよう、KOS-MOS」
「おはようございます、シオン」
「ああ、主任! しゅにーん!」

アレンはバイザーを外したシオンに抱きついた。

「良かったあああーーーー!! 無事で、本当に良かったです……!」
「アレン、君……?」

 

デュランダルのブリッジでは、まだ部下を介抱しているローマン大尉がいた。竜馬達の顔を見て、一瞬顔を引きつらせる。
シオンがデータディスクを渡した。

「対グノーシス専用人型掃討兵器KP-X略称KOS-MOSのメモリーデータです。
プロテクトレベルAAA。改竄の余地はありません」
「たしかにお預かりします。おって嫌疑が晴れるまでミルチア太陽系圏を出ないように」