「ゲッタートマホーク!!」
竜馬はトマホークを水平に構えると、E.Sシメオンに向かって最大速度で突っ込んだ。
「うらあああああ!!」
「ははははは……!
そうだ、来い! 俺に死の恐怖を味あわせてみろ!」
対してシメオンはビームサーベルを構えると、スラスターを最大に吹かせて真ゲッター1に接近する。
「喰らえぇぇぇ!」
急速に肉迫するシメオンが、突然機体を90°回転させた。
「なっ……!?」
トマホークの刃が、シメオンの股間を通る。シメオンに攻撃が当たる前に、真ゲッターの胴体に衝撃が走った。ジャガー号の隼人にその衝撃がダイレクトに伝わる。
「ぐあっ!」
「そらそらどうしたぁ!?」
シメオンは真ゲッターの腹からビームサーベルを離し、更に両足で蹴りつける。
「くそっ、その手は流石に考えなかったぜ!」
「ボヤボヤするな! 次が来るぞ!」
「俺に任せろ!
オープンゲット!」
弁慶の掛け声と共に合体が解除され、真ゲッター3に再合体する。
「まだ次の殺し手があったか。
くくくく……いいぞ! もっとだ! もっと!!
その殺意の矛先で、この俺を貫いてくれよ!!」
射出されたエアッドが真ゲッター3を取り囲み、雨霰とビームを放った。
「ミサイルストーム!」
真ゲッター3はタイミングをずらしながらミサイルを発射し、エアッドを撃ち落とす。
なかなか晴れない煙の向こうから、シメオンがビームサーベルを振りかぶって飛び出してきた。
「そりゃあああ!!」
すかさず弁慶は真ゲッター3の腕を伸ばし、シメオンの機体を捕まえる。
「何っ!?」
「へっ、行くぞ!
大雪ざ……」
太い光条が奔り、真ゲッター3とシメオンのいた空間を直撃した。
咄嗟にオープンゲットした為、機体に傷はつかなかったが、ゲットマシン同士がある程度の距離を置いて離れる。シメオンもトマホークによって付けられた以上の傷は負っていなかった。
「さーて、醜い金属の塊はできたかな?」
軽薄そうな若造の声がして、妙につるりとしたマネキンのようなA.M.W.S――バイラム――が、自身の身の丈の三倍は長いレーザーバズーカを抱えて接近してきた。
再び真ゲッター1に合体すると、竜馬はバイラムにトマホークの先端を突きつけた。
「なんだてめぇは!」
「へえ? 避けたんだ? まあ、数分しか憶えていられないだろうけど名乗っておくよ。
僕はリヒャルト。偉大なる神の使いさ」
「神だと!?」
「あははははは……!!
神の使いか! インポ野郎の命令のくせに良く言うぜ! うひゃひゃひゃひゃ……!」
シメオンから相変わらず狂った笑いが聞こえた。
「アルベドぉ……ッ!
アニマの器も持たないA.M.W.Sごときに手間を取ってるおまえが、僕を愚弄するっていうのか!」
バイラムはレイピアのような細身の剣を抜いてシメオンに突きつける。
「愚弄じゃないさ。見下してやってるだけだ。おまえのモドキじゃそいつらには勝てやしない。
どうする? 興が冷めたか?」
「冷めやしねぇよ。まとめてぶっ殺す!!」
竜馬は再びトマホークを振りかぶると、シメオンとバイラムに向かって振りおろした。マネキンの頭は簡単に吹っ飛んだが、シメオンは再び腕でトマホークを受け止める。
「そんな! E.Sが! こんな簡単に……!」
きゃんきゃん騒ぐバイラムをトマホークの柄で振り払い、再びシメオンに向き直る。シメオンはビームサーベルで真ゲッターに向かって斬りかかってきた。
そのまま二合、三合と打ち合う。物理事象に干渉しているのは相変わらずだが、打ち合う刃先から伝わる振動が徐々に強くなってきた。
「こいつ、さっきより頑丈になってきてる……?」
「いいぞ、いいぞ……! アニマの器の高鳴りを感じる! さあ、来い! 俺に力を!!」
「おい、今の何処からの攻撃だ!? 天の車とネピリムの歌声が一瞬で爆発するなんて!」
「え? うちの本社じゃないんですか?」
アレンの不思議そうな声に、Jr.はイラついて怒鳴った。
「射線軸が明らかに違うだろ!
戦艦ならデュランダルで座標を追えるけど、もっとずっと小型のモンから光線が出てる」
「まさか。あんな巨大なエネルギープラント、戦艦の主砲でだって一撃で壊せるようなシロモノじゃないわ」
「グノーシスもさっきから数万単位で消滅させているエネルギーです。でも、モモも感じ取れなかった……」
ゲッター線用のセンサーが搭載されていないから当然なのだが、ケイオスは何時もの曖昧な微笑を浮かべたまま、強化ガラスの向こうを見た。
「でも、おかげでグノーシスの追加転移もないようだし、曙光とKOS-MOSの攻撃も有効になっているね」
「その様だ。間もなくグノーシスは駆逐できるだろう」
「あの緑の光は……ふふふ、懐かしいな」
「ヴィルヘルム様」
「若い君は知らないだろうね。破滅と進化を司るあの光を」
「我々の計画に支障が出るものでしょうか?」
赤い外套を纏った者は仮面の下からヴィルヘルムを見た。
「そう、彼らの進化が早いか遅いか。それだけだよ。早いに越したことはない。
我々の計画は変わらない」
「グノーシスが減ってきているな。彼岸との境の時間は終わりだ。インポ野郎の計画は時間稼ぎにもならないというわけだ」
「余所見してんじゃねーーーーっ!!」
トマホークはエアッドを数機叩き壊しながら、シメオンの腕にのめり込んだ。
「くそっ、叩き斬れねえ!」
「竜馬、焦るな!」
「落ち付け!」
「ゲッターバトルウィング!」
蹴りつけてくるシメオンを咄嗟にバトルウィングで引き離して距離を取る。
ここ最近、大型で強力なゲッターに乗って楽な戦闘が続いていたのと、シメオンが予想以上に戦闘中に強くなっていっていることから、竜馬は苛立ちを感じざるを得なかった。
(おいちょっと落ち着け!)
「こいつ、自分が成長するのに俺達を利用してやがる! 今のうちに潰しておかねえと!」
(だからってイライラするな! ゲッター線が暴走するぞ!)
竜馬は再度トマホークを持ちかえると、シメオンに向かって突っ込んだ。だが、より高機動になったシメオンは、後退してそれを避ける。
「今日のところはこれで仕舞だ。幕の数も減った。
貴様とは相性が良さそうだな。次はギャラリーのいるところでやろうぜ。ははははは……!!」
「てめえっ! 待ちやがれ!!」
シメオンの後ろにU.M.Nゲートが開く。慌てて追いかけるが、ゲートはシメオンを飲み込むとすぐに閉じてしまった。真ゲッターにはU.M.Nの追尾システムがついていない。
「くそっ!」
(今日は逃げられて正解だな)
「うるせえよ。おまえが冷静とか気味が悪ぃ」
(なんだと!)
「ラインの乙女が最後の掃射体勢に入ったな。もう追加転移もないし終わりだろう」
隼人が周囲を索敵しながら言った。チャージ中も曙光一艦の砲撃だけで戦線を維持できるのだから、大した戦力だ。
「ならもうここにいる意味もないな。ついでに第二ミルチアに降りるか」
「ああ、そうするか」
弁慶の声に一息つくと、竜馬は真ゲッターを第二ミルチアに向けて降下させた。
『グノーシスの消滅を確認』
KOS-MOSは本社とデュランダルの両方に報告を入れた。
「一匹残らずか?」
『はい』
「星団連邦の艦体も、混乱から収まりつつあるようです」
シェリィの報告に、Jr.はブリッジの床に尻餅をついた。
「あー、つっかれた~~」
「Jr.さん、大丈夫ですか?」
「ヴォークリンデの襲撃犯にされて、すぐにグノーシスが大量に襲ってきたんだもの。疲れもするわ」
『せんぱーい』
立ちっぱなしだったシオンと、それに促されるようにモモも、Jr.の隣にしゃがみ込む。そこへちょうどミユキの通信が入ってきた。
『まだこっちは残務処理中なんですけど、KOS-MOSを第二ミルチアの二局に移送しろって』
「え!? でも、それは断ったはず……」
『ほら、この間の辞令があったじゃないですか。今、近くにいるからいいだろうって』
「ここのところ戦闘に巻き込まれたりしてて、KOS-MOSの解析が全然できてないのよ! まだ無理だって……」
ピピッ
シオンのコネクションギアに着信があった。
「また辞令? 局長にかけあってもらって……」
メールを開いたシオンの顔が青ざめる。
「主任? どうしたんですか? 主任?」
『先輩?』
「……CEOのサインが入ってる……」
「え、えええええええ!?!?」
横から覗きこんだアレンが腰を抜かした。
そこには確かに、ヴェクター・インダストリー最高経営責任者ヴィルヘルムのサインが入った辞令が映し出されていた。
それには、KOS-MOSの移管のみではなく、KOS-MOSの深層領域のデータをコピーしたことに関しては咎めだてしないという旨も書かれていたのだが。
「ああ、良かったぁ……。なんて寛大な処置なんでしょうかねえ。減給、降格は絶対にあると思ってましたもの。
それにしてもCEOのサインなんて初めて見ましたよ」
「CEOが出てくるほどのことかよ。まあ、プロテクトAAAを持たされてるぐらいだもんな」
感激するアレンの反対側で、Jr.もそれを覗きこみ、一人納得と頷いていた。
「いいぜ。エルザで送ってやるよ。モモも一緒にな」
(そんな……もうKOS-MOSを手放さなきゃいけないなんて……)
「メリィ、マシューズに繋いでくれ」
「はいな」
マシューズが通信に出る前に、Jr.は立ちあがって長いコートの裾を叩いた。
「あの、シオンさん?」
「あ、ああ……なんでもないの、モモちゃん」
『チビ旦那!』
「よう、船長。閉じ込めっぱなしで悪かったな。もうちょいしたら戦闘封鎖も解かれるから、第二ミルチアへ降りてくれ」
『あ、ああ……わかりやした』
「んー、なんだ? なんかあったか?」
『なんかっていうか、あの客人、A.M.W.Sで出て行っちまったんですよ!』
「リョウマさん達が!?」
「相変わらず無謀な奴らだ」
「通信で呼んだら?」
『それがさっきから呼んでるんスけど、全然反応しないんスよ』
『あいつら血の気多そうだから、気づいてないんじゃないの?』
ハマーとトニーも好き放題言い始めた。アレンが大事なことを思い出す。
「あ、そういえばリョウマさんとベンケイさんはU.N.P持ってませんよ。ハヤトさんがコネクションギア持ってるぐらいで」
『ええええ!? 何処の田舎モンだよ!!』
「A.M.W.Sで大気圏突入なんてできるわけがねえ。おい、アレン連絡はつかないのか?」
「あ、はい」
Jr.にせっつかれてアレンは自分のコネクションギアを取りだした。しばらく隼人にコールをしてみたが出ない。
「んー、通じませんね。一応メールしておきます」
「ファウンデーション付近で浮遊してたらすぐにキャッチできるようにしとかないとな。
シェリィ、回収の指示出しておいてくれ」
「わかりました」
やがて星団連邦の艦体が退き始めると、Jr.達もエルザに乗り込んだ。
着陸前にちょっとしたアクシデントがあった。エルザが揺れた際、シオンの眼鏡が落ちて、うっかりアレンがそれを踏んでしまったのである。
「あ、あ~~~~~~っ!!
ああ……す、すみません、主任! 本当に、本当にすみません!! 必ず弁償します!」
「はあ……」
シオンはしゃがんで壊れた眼鏡を手に取った。レンズ部分はホログラムなので、壊れたのはフレームのみだ。
「いいわ、売ってるものじゃないし。それに、視力が悪いわけじゃないから」
「そ、そうなんですか?」
「へぇ、伊達眼鏡?」
「ううん。私ね、子供の頃から、U.M.N上のものが見えちゃうみたいなの。これはそれをシャットアウトしていたんだけど……。
しょうがないわね」
それでもシオンは壊れたフレームを大事にハンカチに包むと、ポケットに入れた。
(U.M.N上のモノが見える……サクラよりは軽いけど、同じ症状じゃないか?)
Jr.はエルザの着陸が完了するまで、シオンを見続けた。
指定されたポートに着陸すると、シオンとアレンは入国手続きの後すぐにKOS-MOSを連れてヴェクターの第二局に向かった。
「じゃ、こっちも出発しようぜ」
「すまないが、少し待ってくれないか。小委員会へ経過の報告をしてくる」
「わかった」
「ミズラヒ博士も既にミルチアに降りているそうだ。何か伝言があれば伝える」
「わあっ! ママが来てるんですか!?
お会いできるのを楽しみにしています。って、伝えてください!」
ぱあっと表情を輝かせたモモに、ジギーは何時もの無表情な声音ではなく、優しそうな声で「わかった。伝えよう」と返事をした。
ジギーは近くの公衆U.M.N通信所を使って、モモの保護者であるユリに連絡を入れた。
彼女はプロジェクトゾハルの発案、実行を行っている『接触小委員会』のメンバーだった。
ユリ・ミズラヒはジグラット・エイトの報告を聞き終わると、軽く頷いた。
『了解しました。正式な引き続きが終わるまで、引き続き任務に当たるように』
「はい。
……ミズラヒ、博士」
『まだ何か? ジャン・ザウアーさん?』
ユリはジギーの生前の名前で呼んだ。
死んでからサイボーグにされた彼にとっては、生前の記憶が甦るのは不快だった。
「現在はジグラット・エイトです」
『そのようね』
「モモが……貴女にお逢いできると、喜んでおります」
ユリは一瞬、表情を強張らせ、目を伏せた。
『そう……。私は……。
私も、貴方がたの到着を歓迎します』
それだけを、やっとのことで言うと、ユリの方から通信は切れた。
ジギーはしばらく何も映さなくなったモニターを見つめ、そして瞠目した。
「なーんか、怖がってるって感じだな。彼女に逢うのをさ」
「盗み聞きとは、あまり関心できる趣味ではないな」
後ろの柱に寄りかかっていたJr.に、振りかえらずに言う。
Jr.は多少ドスの入った声にも気にせず話しかける。
「なあ、おっさんさあ。その義体、炭素系の新型にバージョンアップしないか? 戦闘用レアリエンの技術を応用すれば、かなりイイ線行くと思うぜ」
「悪戯に寿命を延ばすつもりはない」
「そうかぁ? あんたが長生きすると、モモが喜ぶだろ」
「いや、遠慮しておこう。長く生きるつもりはない」
「はあー、そうか。
ま、気が変わったら、何時でも声かけてくれよ」
ジギーは手を振って先にリムジンに乗り込むJr.を見て、溜息でも吐きたい気分に狩られた。
ミルチア政府から用意されていたリムジンに乗り込むと、隣に座ったモモが話かけてきた。
「ジギー、ママはなんて?」
「そうだな、とても忙しそうだった」
「やっぱり……」
「接触小委員会を支えているのだ。相当の激務なのだろう」
「……そうですよね! モモもママを手伝えるよう、頑張らなくちゃ!」
竜馬達は第二ミルチアの地に降り立った。
14年前の旧ミルチア事変の後、入植が決定したばかりだったこの惑星が、急遽第二ミルチアとして選ばれた。まだ首都とその周辺ぐらいしか開拓されておらず、住宅地を離れると手付かずの自然が広がっている。
竜馬は住宅地近くの森にゲッターを着陸させた。
「よっと!」
「真ゲッター、リターンバック」
コックピットから飛び降りると、真ゲッターを由美子のところに戻した。第二ミルチアの北半球は、丁度夏真っ盛りだ。日本と環境が似ているのか、蝉のような昆虫の鳴き声も聞こえる。
「暑いな」
『洗っといてあげるから、パイロットスーツもよこしなさぁいん。
それにしてもぉん、ちょっと消化不良だったわねぇん』
「仕方がねぇ。相手の能力もよくわからん状態だったしな。アニマの器とかESとか、ありゃなんだ?」
弁慶は草の上に突然出現した服をつまみ上げ、自分のサイズの物を探した。
『う~ん、アニマと言えば心理学の用語だけどぉん、ESは何かしらねぇん? ちょっと調べてみるわぁん』
「おう、頼むぞ」
普通にTシャツとズボンを送ってきた由美子に、これからU.M.N管理センターに行くつもりだった隼人は眉をひそめた。まあ、街で適当に買えばいいのだが。
「つってもU.M.N管理センターに行っても、調べられるツテがないんじゃな」
「Jr.にでも聞いてみるか?」
「めんどくせ―から占拠でもするか」
夏の日差しに少し目を細めながら歩いていると、住宅街の一角から、草の匂いがした。
「ん……?」
さっきまでいた森の中とは違う、緑の匂いでも特に郷愁を誘うような、青い香りに、ふと竜馬は足を止める。
「どうした?」
「いや、なんか……懐かしいつーか、嗅いだ事のある匂いがする」
「匂い?」
隼人は興味のなさそうな表情で先に歩こうとするが、弁慶は一緒に立ち止まり、鼻をひくつかせた。
「あー……確かに……こりゃぁ……」
食べ物の匂いでもないのに釣られて歩いて行くと、この時代には不釣り合いな建物に出くわした。
木造日本家屋。
表には草書で「古書」の文字。
開いたままの引き戸の向こうには、びっしりと紙の本が棚に詰められていた。
「ほ、本屋だ……」
「しかもレプリカじゃない。完全な木造家屋だ」
「それだけじゃなくて……やっぱり……畳があるーーーー!!」
(畳ーーーー!?)
「いらっしゃいませ」
思わず叫んでしまった竜馬達の前に、奥の畳部屋から、深緑色の和服を着流した柔和な表情の男が現れた。外見年齢は竜馬とあまり変わらなさそうだが、雰囲気が大分落ち着いた感じがする。
「あ、どうもお騒がせして……」
弁慶が後頭部に手をやって謝る。
「構いませんよ。この辺ではなかなか手に入らないものが多いですから。みなさん珍しがって奇声をあげたりとかするんですよ」
「いや、そういう意味で騒いだわけじゃ……」
隼人は並んだ本棚を眺めた。ジャンル関係なく、サイズ毎に本が並べられ、床の上にも溢れている。ほとんどは昔から重版を繰り返してきた古典ものばかりだが、手にとってみるとここ100年近くに印刷されたものもあり、細々と紙媒体が続いてきたことを伝えている。
そのうちの一つに目が止まる。『宇宙から注ぐエネルギー』というタイトル本を手に取る。1960年代に記された最初の論文だった。
「……かなり古い物もあるようだが、これはどうやって保存していたんだ?」
「ああ、古い本は複製の許可が下りるんですよ。出版社もなくなっているところが多いですしね。保存ができない程経年劣化した本は、専門の複製家のところに持っていくと、作ってくれるんですよ。複製されたものの古本、なんていうのも多いですよ」
隼人はパラリと本をめくった。今では常識とさえなっているゲッター線について、まだ手探りで研究し始めた早乙女博士の情熱がありったけぶつけられた論文だった。
値札を付けるために掛けられた帯を見ると、公務員の課長クラスの一カ月分の給料の値段がついていた。
「気に入られたようですね」
「まあな」
「良かったら他の本も見て行ってください。いやー、お客さんが来るのは一週間ぶりなんですよ。ゆっくりどうぞ。
あ、お暇でしたら麦茶でもいかがです?」
換えたばかりの新しい畳からは、青いイ草の匂いがして、向こうに見える縁側からは、チリンと風鈴の音色が聞こえた。
「えっと、じゃあ、お言葉に甘えて」
「お、おう」
畳とちゃぶ台に感動していると、店の主人は麦茶と羊羹を出してくれた。
「まさかこんなところで畳に上がれるとはな」
弁慶が畳の上を撫でて、しみじみと呟く。
「おや、畳を御存じで? 日系移民の方ですか?」
「日本人だよ」
「しかし、今時分、完全な木造住宅なんてよく作れましたね」
弁慶はありがたく冷たい麦茶をいただきながら店主に尋ねた。日本人で良かった。
「ええ。元々ミルチアは、昔風に言うなら日系移民が多い惑星でしてね。先のミルチア事変で生き残った人達の中にも大工さんとか、和菓子屋さんとかいるんですよ」
「そうだったんですか」
(俺の人生に足りないものがわかった。畳だ。ブリッジは畳にリニューアルするわ)
(どうせ周りからすぐに締め上げられるだろ)
(おまえ、帰りに羊羹買ってこいよ! 麦茶も最近飲んでねーし! ちゃんとヤカンで煮出すやつ買ってこい!)
竜馬は無視して店主の足捌きに目を向けた。
「あんた、剣道やってんのか?」
(剣道つーか、居合いじゃねえか?)
「おや、よく御存じで。祖父が流行らない剣術道場を開いてまして。まあ、弟子なんて私と父ぐらいでしてねぇ。おかげで家計は火の車。祖母にせっつかれて父はすぐに安定した公務員になってしまいましたよ。
ま、私も祖父の事は言えませんが」
「あんた、すげー親近感わくわ。
俺は流竜馬ってんだ」
「これはご丁寧に。私はジン・ウヅキと申します。
流さんは空手でも? 柔道をやっているようには見えませんし」
「おお、よくわかったな!」
妙に意気投合した二人見ながら、弁慶は羊羹を口にした。
「ウヅキというと、ひょっとしてシオンちゃんの身内の方ですか?」
「うちの愚昧を御存じですか? ご迷惑をおかけしていたでしょう?」
「えーと、まあ、なんというか。
しかしあの若さで主任をしているから、頑張っていると思います。
あの、こう言ってはなんですが、お客が来なくては商売が成り立たないのでは?」
「ええ、私も最初は医者をやっていたんですがね。しかし今のご時世、ほとんどの病気はナノマシンと薬で治っちゃうんですからね。ご近所のお年寄りの話相手ぐらいしか仕事がなくて。だったら何も設備投資のかかる医者などしなくても、別の商いでも話はできる。何より売る物があれば、その分得かな、なんて思いましてね」
「いや、この本の方が設備投資がかかるのでは?」
「本の方は半分は祖父の蔵に眠っていたもので、残りの半分はお客さんのものなんです。好事家の方が多くて助かるんですよ。交換したり、置き場所がないから置かせてくれという方もいらっしゃる」
「なるほど」
そこへ隼人が本を何冊か抱えて畳の上にあがってきた。暇つぶし用に、昔に出た論文や推理小説、時代劇小説等。
「これだけ頼む」
「はい。ありがとうございます」
「それだけでいいのか」
「まあ、読む暇もそれほどないだろう。暇つぶしが欲しかったらお前達も見て来い」
隼人はそう言うと、実に久しぶりに麦茶を手に取った。
その時だった。
床の間に飾ってあった水墨画の掛け軸に、突然ホログラム映像が映った。
『只今、緊急ニュースが入ってきました。
正体不明のA.M.W.Sが、宇宙港近くの市街地を攻撃している模様です。ミルチア警察がただちに出動、軍も出動に向けて動いている模様です』
キャスターの女性は、上ずった声ながらも一息にニュースを読み上げた。
続いて、高層ビルを縫うハイウェイの上を飛んでいる大型のA.M.W.Sが映った。ナース服のようなデザインの鼠茶色のボディにショッキングピンクのラインが入り、左背から天使の翼にも掌にも見えるエアッドを生やしたA.M.W.Sだ。
A.M.W.Sは何かを追っているようで、手に持った錫杖のようなもので時折ハイウェイを叩き壊していた。
「あの大きさ、さっきのロボットと同程度じゃないか。ただのA.M.W.Sじゃないぞ」
「ESイサカル。あれを市街地で使うとは……」
ウヅキがぼそりと呟いた。
「あんた、アレ知ってるのか?」
「え? あ、ああ……まあ、世間話ができる程度には」
画面の中では、警察使用のA.M.W.Sがイサカルに包囲をかけるが、レーザーは全く通用せず、逆に錫杖の一撃で 落とされていく。
「ESを御存じなのですか?」
「さっきやりあったぜ。逃がしちまったけどな」
「ESとやりあったのですか!? あれは一星系の方面軍丸ごと一つは必要になるほど強力な機体。それとやりあってご無事とは」
「追われてる車が壁に追突した! モモちゃん達じゃないか!」
画面に豆粒ぐらいの大きさで映っている四人の姿の中、弁慶は特徴的なピンクの髪にすぐに気づいた。隼人は麦茶を飲みながらモモを見る。
「あまり気にしてなかったが、よっぽど重要なデータ持ってるらしいな」
「いかん、すぐに助けに……」
「いえ、大丈夫です」
慌てて立ちあがろうとした弁慶を、ウヅキの穏やかな声が諌めた。ただ、その視線は画面を見つめたままだった。
「ミルチアにもESはあります」
その間にも、イサカルはハイウェイやビルを壊し、小さな人間を追いつめていく。報道のカメラでは追われている側の情報はほとんど得られないが、イサカルの動きだけはわかる。
やがてどこかの高層ビルの密集地に追い詰めたようで、イサカルは背中のエアッドを射出して下に向けてぐるりと展開させる。
エアッドの先端が、エネルギーの収束を始めた時だった。
細かいマシンガンの弾がエアッドを破壊した。
群青色の鋭角的なフォルムのESが、左手に持ったマシンガンを構え、撃ちながらイサカルに襲い掛かる。至近距離まで詰めると、右手に持った獲物でイサカルを殴りつけた。イサカルは左半身を引くと、錫杖でESの左手を打ちすえる。はずみでESから飛び出た弾が何発か、ビルを破壊した。
「何やってるヘタクソ!」
竜馬が卓袱台を叩いた。
「あれか? ミルチアが所有しているESというのは?」
「ええ。ESアシェル」
アシェルとイサカルは近接戦闘にもつれ込むと、互いに斬激を何度も打ち込んだ。イサカルはアシェルの独鈷杵を錫杖で受け止め、そこを支点として錫杖を捻ると、アシェルの腕を絡め取る。
「だめだ、話にならねえ!」
「今ならまだ間に合うだろ!」
ヒートアップした竜馬と弁慶が立ちあがる。
「待て、様子がおかしい」
二体のESは、接触部分からオーロラのように揺らめく光を放ちながら、機体の一部を接触したまま空中で固まった。
「どうやらアニマの器が共鳴しているようですね」
数十秒固まっていた二機は、やがてイサカルがぎこちない動きでアシェルを蹴り離した。そのまま離脱していく。
「終わったか」
「まだ出てくるんじゃないか?」
「それはないでしょう。そうそうある機体じゃない」
「なんなんだよ、そのESってのは」
座りなおした竜馬がウヅキの方を見る。
ウヅキは羊羹を一つ、楊枝で切って口に運んだ。
「正確な出自などはわかりません。
太古に発掘された脊椎型の高エネルギーユニット『アニマの器』を搭載したA.M.W.S。それがESです」
「発掘?」
「どんなオーパーツなんでしょうねえ。あれを組み込んだA.M.W.Sは、エネルギーを無補給で戦い続けることができるとか。蔵書の古代文明に関したものを見てもそれらしい戦闘文明は見当たりませんし。
発掘された数が幾つかはわかりませんが、私の知っているのは3器ぐらいです」
「まだ他にもあるらしい、ということか」
「ええ。
外見的な特徴としては、ESは見た目は他のA.M.W.Sよりも大きいですね。アニマの器自体が大きいですから、それに合わせて機体を作らざるを得ない。大型のA.M.W.Sを見たら、ESと思った方が良いでしょうね」
シオンはアレンとKOS-MOSを連れて、ヴェクターの第二局に来ていた。
「外で戦闘があったみたいですけど、大丈夫でしょうか?」
「モモちゃんを狙ったものかもしれないけど、多分Jr.君達がなんとかしてくれてると思う」
「せんぱーい!」
ミユキと二局の主任・ウイラードが来た。
「ミユキ!」
「へへ~、先輩とKOS-MOSの迎えに来ちゃいました!」
「あのー、僕もいるんだけど……」
「あら、全然気づきませんでした」
ウイラードはKOS-MOSとシオンを見ると満足そうに頷いた。
「無事にKOS-MOSを届けてくれて感謝しますよ、ウヅキ主任。
既に準備はできていますので、直ぐにVer.2へと換装します」
「これが完全に戦闘用で、凄いんですよ~!」
「イツミ技官、少し静かに」
しかし説明できるのは嬉しいのか、ウイラードは部屋のモニターに一つの装備を映し出した。
「KOS-MOS第三種兵装。これから換装する筐体にいずれ搭載される予定です。
起こりうる最悪の事態を未然に防ぐ目的で建造されているものです」
「こ、これって……」
「あれ? なんか見たこと……へぶっ!?」
(間違いないわ。ネピリムがあの時見せてくれたウ・ドゥとの激突……)
そして巨大な戦艦。
シオンはアレンの口から手を離すと、スカートの裾で掌を拭った。
「あ、あの~、その『起こりうる最悪の事態』ってなんなんです?」
「ウ・ドゥという存在を御存じですか?」
「何処かで聞いたような気はしますけど……」
「プロジェクトゾハルは、グノーシスをこの宇宙から一掃する為に推進されている計画です。その為には、ミルチアに今も眠るオリジナルゾハルをサルベージしなくてはならない。
オリジナルゾハルは半世紀以上も前から、この宇宙最高のエネルギー源として研究されていたものですからね。
しかしそのシステムの中枢、ゾハルを制御するためのコアユニットは諸刃の剣なんですよ」
「その、ウ・ドゥというのがゾハルの制御ユニットなんですか?」
「正確には違います。制御ユニットの初期暴走が起こした現象、それがウ・ドゥです。詳細は全く不明。
この影響で、旧ミルチア宙域は今の様な姿になってしまった。何より忘れてはならないのは、グノーシスはこの現象に呼応する形で発生した、ということです」
「それじゃ、またグノーシスが出てきちゃうんじゃないんでしょうか?」
「それは断定できません。しかし、十分考えられる話だと思いますよ。
ウ・ドゥが存在する以上、グノーシスを排除する為のプロジェクトゾハルには、更なるグノーシスを招きかねないという危険性が、常に含まれているのです」
「それで、出現したグノーシスを倒すのがKOS-MOSの役目! なんですよ~!」
ミユキははしゃいだ声で第三種兵装を指差した。シオンはそれを見て眉をひそめる。
「これって相転移システムですよね?」
「ええ。元はアーキタイプ用に建造されていたものですが、新たに建造した戦闘用筐体用に再調整がされています。
システム半径は130nm(ナノメートル)」
「130nm!? 制御できるんですか!? そんなスケールのモノ?」
アレンは驚いて目を見開いた。
「第二局<うち>と戦技研で制御させます。その為に、KOS-MOSをここに移送させたのですから」
「ええ、任せてください、ウヅキ先輩!
KOS-MOS、万全の状態に仕上げて見せます!」
「残念ですがイツミ技官。君には新しい辞令が届いています。
至急、曙光へと上がってください」
「ええーー!? もうですか!?」
がっかりしたミユキが、今にも二局の主任に喰ってかかりそうになるのを、慌ててシオンは止めた。
「そ、それは本社の決定ですか? 彼女はKOS-MOSの開発にも関わっているので、このまま二局に居た方が良いと思いますけど」
「もちろんです。辞令をご覧になりますか?
尤も、一局の主任が二局の人事に口を挟めるとは思えませんが」
シオンに対しての印象はあまり良くないのか、二局の主任からは、否定的な口調で否定的な意見が出た。
「先輩……」
ミユキは済まなそうに下を向いた。
「KOS-MOS起動の経緯から、色々とご不安なのはわかりますが。
なに、大丈夫ですよ。これまでのKOS-MOSの活動記録からも、それは遂行できると本社は考えておりますし、それは、我々も同様です。準備も万全に整えてあります」
「信頼するしかないんですね……」
「ちょ、主任、そんな言い方……!」
「できるはずですよ。
何より、この第三種兵装を設計したのは、一局にいらっしゃったケビン・ウィニコットさんですから」
シオンは虚を突かれたような、苦しいような、そして僅かながらの甘い痛みと共にその名を受け止めた。
「……わかりました。
本日1400を持って、第二開発局にKOS-MOSを移管します。
書類は後送しますので、必要事項を御記入の上、一局の私宛てに御返送ください。
ソフトウェアの引き継ぎは、彼にやってもらいますので、わからないことがあれば」
「了解しました。御苦労様です」
いきなりの事に驚くアレンをKOS-MOSと一緒に残し、シオンはミユキを引っ張って二局の建物を出た。
(わかってるわ。
でもKOS-MOSはケビン先輩が一から全部作り上げたのよ。だったら兵装も私が最後まで作るべきよ。どうして二局にデータが行っているの?
本当はKOS-MOSにそんなことなんてさせたくなかったのに。ケビン先輩だって何時もそう言っていた。それなのに兵器を作らせるなんて。
早く、なんとかしてKOS-MOSを取り戻さないと……)
カタン
と、再び傾いた音がした。