GOTHICな人々(仮)

Last-modified: 2006-11-22 (水) 22:17:33

プロローグ


プロローグ

 …細かいことはもう覚えてはいない。
 いつの頃からか、私はとある奇妙な集団と行動を共にしている……。
 
 彼らは気ままにあてどもない旅を続けており、ひとところに定住することの無い生活をしていた。
 彼らには職業の概念も無く、端的に言えば住所不定無職という両親共々卒倒するような優雅なご身分、冒険者であるとの事だ。
 しかし私にはそれをちっとも嘆かわしいことだとも思わず、むしろ推奨していたりするくらいだ。
 なぜなら私も例外なくそのメンバーであり、自由気ままにこの世界を闊歩していくつもりであるからさ。
 彼らは自らの所属するその浮浪者集団を『GOTHIC』と名乗った。
 まともそうだとはお世辞にも言えないそんなやさぐれた一団ではあるが、これでも一応はウレイド王国の地方都市ダンバートンの官庁より正式に認可された冒険者集団なのである。
 
 ちなみにこの文章より興味をもたれた方は、ダンバートンの南の草原にぽつんと立っている記念碑…というよりも、外観はまるっきり墓である。に、豪快なパンチを繰り出すことをお勧めする。
 これであなたも今日から奇妙奇天烈なメンバーの一人、となるのだ。
 命の保障は出来ても、生活の保障は出来ないけどね。
 
 我らGOTHICは珍妙な集団である。特に顕著なのは、メンバーが皆例外無く個性的である点である。と簡単に説明しただけではいまいちピンとこないであろう。
 どれだけどう個性的で珍妙であるかについては追々物語を進めていけば明らかになっていくことなので、ここでは割愛しよう。…とはいえ、あまりにも読者の諸君をまるっきり無視していくわけにはいかないので、とりあえず手始めに手近なこの男から紹介していくことにしよう。
 
 その男はさっきから私のすぐ隣で荒い吐息をぶーぶー吐き散らしているので、嫌でも目立つ。
 加えて特異的なのはその風貌である。
 私を半刻ほど前から見下ろしているその男は、きっと怪訝そうな顔つきをしているのであろうが…実際のところそれは本人にもわからないのではないかと思われる。
 なぜならその男はまるで60リットル程の容量の大型なゴミバケツをひっくり返したような…お世辞にも兜とは言えない様な珍妙な鉄の塊を被っているからである。
 ただでさえそんな重量物を常に首の上に乗せていると言うのに、分厚い板金で出来た重鎧を着込むその姿は、まったくもって異様としか他に表現のしようも無かろう。
 
 彼は鋼鉄のバケツを少し傾げながら、私の顔を覗き込む。ゆっくりと…背中の毛がすべて逆立ちそうな、とてもぬったりとした奇妙な速度で、うら若き乙女の美しくくびれた腹部程度の太さがありそうな…しかしゴツゴツしてぶっとい丸太ん棒の様な右腕をぬぅらりと私の方に伸ばす。
 あくまでも、美しいのは乙女のくびれたお腹であり、間違ってもこの男の腕ではないから間違えないように。
 …たったそれだけでも相当な筋力を使っているのであろう。彼の呼吸音が、バケツの中で一層増幅されて、ハァハァ言っているのがわかる。
 案外そうでもないのかもしれないが、如何せんバケツである。普通に呼吸をしていたとしても、くぐもった吐息がハァハァ聞こえてきてもおかしく無いかも知れない。
 
 …重たい。
 私の頭をぐりぐりと撫で付けるのはいいが、まるで熊の前足にも勝るとも劣らない、大きく分厚い手である。大の大人でもご遠慮して払いのけたくなるであろう、ずっしりとした不快感が全身にのしかかってくる。
 思わず身を翻して逃れようとしたが、また握力も相当なものであろう…なぜか掴まれた訳でも無いのに私の頭はがっちりと固定されてしまった。…まぁ押しつぶされる様な感覚ではないから心配も要らないが、不快であることだけは間違い無い。
「おまえはいつ見てもちっこいナ…。ワシを見習って、まっと沢山筋肉つけろヨ」
 余計なお世話だよ。こっちはアンタみたいな化け物とは根本的に体のつくりからして違うんだからさ。大体、ハァハァ言ってんじゃないよ。気味の悪い…。
 
 ふいに頭が軽くなる。
 背後の気配を悟ったのか、最早化け物の頭部と化しているパナッシュヘッドギア…通称パナッシュがぬるりと回る。
 彼の振り向いた先には、ややニヒルな笑みを浮かべたやんちゃそうな青年が立っている。
 一見少年のようにも見えてしまう様な冒険心溢れる真っ直ぐなその目は、端にいくにしたがってやや小気味よく吊りあがっている。口の左端を僅かに傾けて笑う癖のあるその好青年は、名を『ボウイ』と言った。
 
「おぅ、柳。そんなところでなにしてんだ?」
「ぃゃ、ちぃとばかしソコのちみっこいのを愛でてたところョ」
 『柳』と呼ばれるその男はぶっといサラミの様な指でこちらを指し示す。
 一方爽やか笑顔の好青年は、顔の半分を口にしたように大きく口をあけて爽快に笑う。抜けるような青天井に映えるその白い歯が印象的だ。
「はっはっは!おまえにかかったら、ダンバ郊外の乳牛ですら”ちみっこく”見えるだろうよ?」
「だって、ちみっこいモンはちみっこいですからの~。ちみっこいのは、サイコーです」
「ほんと、相変わらず頭ン中が病気だな、ヤレヤレだぜ。ま、気持ちはわからんでもないがな」
 
「それより柳。おまえ昨日ラビダンジョンに行っただろ……」
 
 そんな言の葉のやりとりをしながら、なぜか薄ら笑いを浮かべる痩身の好青年と、見たまんま化け物の推定体重150キログラム程は楽にありそうな動く金属の塊は、連れ立ってアスキン銀行に向かっていった。
 
 アスキン銀行とは、ここダンバートンにも支店を置くエリン有数の巨大銀行であり、また同時にお金だけでなく貸し金庫も備えている…まさに冒険者にとって必要不可欠な営利団体である。読者の諸君にも一度立ち寄ってみることをお勧めしよう。
 なんといっても預けた物品の隅々にまで手入れが行き届いていて、まったく劣化する事がないのだ。機会があれば私も両の手に装備した驚くほど鋭利なこの短刀を少しの間預けてみたいと思う。
 
 特にすることもないので、私もその二人の後を追うようにのこのこついていった。
 
 何か面白いことに呼ばれたような気がしたのもその一因であろうか。
 私のこの予感は実によく当たるのである。つい先日のことであったが、同じように面白そうな予感を嗅ぎ付けてふらり一人でダンバートンの南の畑に赴いたときであった。
 当初の目的は、何のこともないただの日課である『ぐるぐるちっち』をする為であったのだが…ちなみにこの『ぐるぐるちっち』というのは、日頃パナッシュ魔人のお陰で運動不足に陥っている私の体力を補うための自主的な鍛錬であり、文字通り『ぐるぐる』しながらネズミを『ちっち』と鳴かす運動の事である。
 まぁ私にとってはただの暇潰しを兼ねた遊びみたいなものであるが、地域住民にとっては畑を荒らすネズミ退治にもなりうるので、立派な奉仕的な運動である。
 
 元来奉仕活動というものは、無償でとり行っているからこそ『奉仕』活動と呼ばれるべきである。
 ダンバートンの住民は皆口をそろえて困っていると言う割には誰もぐるぐるちっちをしようとしない。たまに物好きな冒険者がぐるぐるちっちをしている姿を見かけるが、大方『奉仕』とは程遠い。すべからく何らかの見返りを求めているのである。
 誰か私のように心の広い人間はいないものであろうか…。これだから人間と言う存在は…(以下略)…。
 ま、これらの事に関して色々と言いたい事もあるが、ここでは割愛しておこう。話しが進まないのでね。
 
 そうである。ふと女神モリアン様に呼ばれたような気がしてぐるぐるちっちの手を止めて遠くを見やると、なにやら見慣れた様でそうでない様な生き物がうごめいているではないか。
 
 それは狸であった。
 他の国ではどうだか知らないが、このウレイド王国には狸なんぞ星の数ほど居る。別に珍しいものでもないのだが、その狸達は違った。
 なんとまぁ、滅多にお目にかかれないほど見事な黒毛を持つ狸であった。背や腹を問わず全身真っ黒であり、且つ毛の一本一本に至るまで微塵の狂いも無く…本当に見事としか表現出来ない艶消し色の狸達であったのだ。染色アンプルを使ってもこうはいかないだろう。
 しかも彼らは珍しくも一家総出で仲むつまじく食事をしているところであった!
 この際、彼らは畑荒らしではないか!という意見は却下しておく。珍しいからいいのだ。どうでも。
 
 私は人外のモノと話しをすることに関しては、ちょいとばかり自信がある。
 彼らを驚かさないようにゆっくりと近づいていき、「よっ」とばかりに右手をあげる。彼らもそれに気づいたのか私がしたのと同じように一声あげると、ゆっくりと近づいてきた。
 人であれそうでないモノであれ、円滑なコミュニケーションを図るにはそれ相応に距離感というものが大切である。まず基本は挨拶からなのだ。
 ぐるぐるちっちをしているくせに…と思われるかもしれないが、私は基本的に平和主義である。例え彼らが如何に珍しい存在であるとはいえ、むやみやたらに捕まえようとは爪の先程も己の額程にも思わない。
 しかし身勝手な人間様は、恐らく彼らを見るや否や喜び勇んで飛び掛るであろう。
 やれ皮が高く売れるだの肉が美味いだの…想像するだけでゾっとする様な言葉を放ち、私が瞬きをする程の一瞬の間にその平和な家族を根こそぎ目の前からさらっていってしまうだろう。
 
 私は彼らに忠告をし、森に帰ることを勧めた。出来ればフィアードの森の様にうっそうとした所がいい。
 とはいえ、彼らも食べ物を探しにわざわざこんな所まで来ているのだ。人間様の都合でさっさと返すのも忍びないので、ぐるぐるちっちでネズミから失敬したチーズを彼らにプレゼントしたのだ。
 黒い彼らは一言感謝の意を伝えると、黒い頭を上下しながら暗い茂みの奥に消えていった。
 
 これらの私の一連の行動は、あくまで純粋な善意からくるものであるからして、『恩返し』など最初っから期待していない。
 だが、エレメンタルの様に輝いた瞳をして私のプレゼントを受け取ったあの幼い子狸が、数年後に元気な姿を見せてくれたら嬉しいものである。
 願わくば、彼ら一家にライミラク様の加護のあらんことを…。って、柄でもないな。
 
 話がややこしくなってきたのでここいらでまとめると、『黒い狸の一家に出会った。』と、ただそれだけの話なのだが…平凡な日常をおくる私にとっては、これ位でも十分『面白い出来事』なのである。
 
 さて。そんなこんなでダンバートンのそこそこ都会な町並みにまったく似つかわしい雰囲気の、大して面白くも無い建物にふらふらっと入っていった私であったが、その直後耳障りな大音響につっぷす事になろうとは流石に考えも及ばなかった。
 
 その災厄はまるで不意をつくのが唯一の楽しみであるかの如く、突然我が身に降りかかってきた。
「「だぁりんだ!!だぁりんみっけた!!だぁりんきた~~~~!!」」
 
 キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
 
 頭が割れるかと思った。いや、まったく割れたと思った。少なくとも、後1メートル近かったら鼓膜が破れていたに相違ない。
 そのその耳障りな大音響を発した主は、ガラスも割れそうなハイトーンボイスでなおもまくし立てる。
「だぁりんのあほたれ~~!どこにいっとったのだ!えりあ、もう30分もまっとったのだこんちきしょ~!」
「んが?約束なんざしちゃおれへんじゃろ。たぶん。のぅ?ボイ丼よ」
 横から割って入ったのは、パナッシュ男、柳であった。続いて爽やかな好青年も会話に参加する。
「あぁわりぃわりぃ、えりあ。とりあえずなんだかしらねーが謝っとくぜ」
「だぁりんとえりあは結婚しとるのだ。ふうふなのだ。いつも一緒じゃないといかんのだ!」
 そういいつつもそのやかましい娘は、しかめっ面のまま嬉しそうに『だぁりん』に飛びつくという器用な芸当をやってのけた。
 しかし何かを思い出したのか、途端にぶ~たれた表情となる。
「ほれになんだね?ラビダンジョンに行ったとかなんとか言っとったね?こにょかわいぃかわいぃえりあちゃんを差し置いて、年増で、年増で…年増で…えぇっと、あほ女のサキュバスに会いに行っとったって?!きぃ~~~~~!うわきもも~!!」
 背の低い、シラフでろれつのまわらない彼女は、勢い見上げるようにして…さらりと好青年な彼の胸をぽかぽかと連打する。
 眉をしかめて顔の半分を口にしてわめいてみたり、口を3の字の格好でとんがらせて不満そうな顔をしてみたり、かと思えばちょっと嬉しそうだったり…実に表情のころころ変わる娘である。
 女心と秋の空というが、この娘の表情と感情に限っては秋の空というよりもむしろ巨大な台風だ。しかも快晴であるのに大雨が降ったりするという、常識破りの規格違いな大暴風。
 その癇癪球娘の頭に手を乗せ軽くぽんぽんと叩く爽やか笑顔の色男青年。たったそれだけでちび爆弾のやかましくわめいていた口が閉じ、二の句を聞いて徐々に口角のゆるく上がった極上のアヒル口となっていった。
「はっはっは。この間ラビダンジョンに行ったのは柳だ。浮気なんてした覚えはねーぞ」
 だけどもまぁ、また一分もすればわめきだすだろうね。
 ん?もう早速、雲行きが怪しい様だ。
「それに、だ。さっきゅん相手に浮気はしねぇ。安心しろ、いいか?浮気とエロいのは違うからな?さっきゅんは脱がすが、決して手出しは…ん?」
「ぬ・が・し・た?………きしゃぁ~~~~~~~~~~~~!!!」
「ぁ~~~~~ぁ、こりゃボイ丼死んだナ。南無~」
 ……ほら、やっぱりね。

 今のやりとりである程度ご想像がついたかと思うが、このつっこみ所が多すぎて逆にどこからつっこめばよいのか解らない『歩く癇癪球娘』が爽やか青年ボウイの嫁さんであり……なんとまぁ信じられない事に、我らGOTHICのギルドマスターである『大城戸えりあ』その人である。
 まぁなに。ギルドマスター…つまりは、この珍集団の長からすでに常軌を逸しているのである。
 その『ますたぁえりあちゃんのこれくしょん』と一方的に言い放たれているこのGOTHICの面々も、当然一筋縄ではいかないメンバーである事がご想像ついたであろう。
 
 今回紹介したメンバーはこの三名。『ちび爆弾娘』えりあ・『地雷踏みの好青年』ボウイ・『パナッシュ=ジャイアント』柳。
 いづれもさぞ珍妙であったことだろう。
 あぁ、それと忘れないで欲しい。なにより、この私も輝かしい奇人変人GOTHICメンバーの一人だという事をね。
 まぁとにかく。我らGOTHICとは、このような奇人変人大変身~な人々の集まりであることをおわかりいただけたであろうか?
 
 この物語はまさに、そんなGOTHICな人々の生き様を描いた作品となる…予定である。