ある『幸せ家族』 (85-103)

Last-modified: 2008-03-25 (火) 23:26:23

概要

作品名作者発表日保管日
ある『幸せ家族』85-103氏08/03/2508/03/25

作品

ある晴れた日のこと。
「また先輩のこと見てたでしょ」
太陽がぽかぽか当たる仕事の休憩時間。
隣に座る比較的仲の良い同僚の女性に不意にそう言われた。
「えっ」
「ずっとぼーとしてたし」
「そ、そんなこと…」
「またまた~モロバレなんだから」
「うっ」
「まぁカッコイイもんね。ちょっとやる気なさそうなのも良いよね」
そう言ってデスクワークをしているその先輩の方に二人で目をやる。
4年上の先輩。
やる気の無さそうな仕事スタイルが妙にカッコよく見える。その割りには仕事もきちんとこなすし良く出来る方だと思う。
それに優しい。
女性には特に優しい。
お茶くみも手伝ってくれたり。
同期の男性社員にはちょっと辛口なツッコミをしているけれど、それは仲が良い証拠だと思う。
「でもねぇ…彼、結婚してるしね」
「知ってますよ」
「あ、そうだ、あんた彼の奥さん見たことある?」
「えっ、う~ん無いなぁ」
「無いんだぁ残念ね。見たら驚くくらいスッゴい美人なのよ!前に一度お弁当届けに来たことあるんだけどね」
「へぇ~」
「あれで子持ちだって言うんだから驚きよ」
「そんなに?」
「う~ん、そうねぇ…」
ジッとわたしを見つめる彼女。若干視線が下目なのが気になる。
「あんたもねぇ…」
「?」
「可愛いし、胸もあるんだけどねぇ」
「なっ、ちょっと!」
「彼女には勝てそうに無いわね」
そんなはっきりと言わなくても…。
それに別に、
「わたしはそんなつもりじゃ…」
「あれ、そうなの?まぁ寝取るのも難しそうだから止めといた方が良いわね」
寝取るって…。
「寝取るってのは冗談だけど、」
冗談だったんだ。
「さっきも言ったけどさ、お弁当持って来たときなんか何処のラブストーリーよ、って言いたくなるくらいベタベタだったの」
あんまし分かんないんだけどな、その例え。
そんな友人との他愛ない話も時間になり一旦切り再び仕事の時間。
仕事をしながらちらっと先輩を見てみる。
どう見てもあんましやる気があるようには見えないよね。
ふふ、ちょっと可笑しい。
そんなわたしの視線に気が付いたのか先輩が顔を上げた。
「ん?どうかした?」
「あっいえ何でも」
やだ、わたしったら。
「そう?何かあったら言ってね。俺で良かったら手伝うからさ」
そう言って小さく微笑む先輩。
…一体今までどれくらいの女の人がおちたのだろう。
 
時間はゆるやかに過ぎ、昼休み。
「さっ、お昼食べにいきましょ」
隣の友人がそう言った。続いてお昼仲間の他2名もわたしのところにやってきた。
最近は近くのカフェに皆で行くのが習慣になっている。お手頃価格で美味しいパスタが目玉。
「うん」
そう答えて立ち上がろうとしたら斜め前の席から声が上がった。それは、
「うゎ、またやっちまったか?」
そんなちょっと戸惑いを含んだ呟きだった。
「どうしたんですか?」
もう一人の友人がすかさず先輩に声をかける。その声色はどうみても狙ってない?ねぇ。
「いや、どうやら恥ずかしいことに弁当を家に忘れたらしい…」
額に手をやっていかにも残念そうにする先輩。
かわいそうな先輩…あ、そうだ、
「じゃa…」
「じゃぁ先輩!あたしたちと一緒にお昼どうですか?」
わたしが言おうとしたことをもう一人の友人が先走った。
「近くに美味しいパスタがあるお店があるんですよ!」
更に先程の友人が言う。
…なんかライバルがホントに多い。
「パスタねぇ…最近食べてないしたまにはいいか。じゃ、悪いけど一緒にいいかな?」
悪いなんて、
「「是非!」」
「ねぇ、あんた負けてない?」
…ほっといて。
先輩を取り囲むようにしてわたしたちが歩いていると後ろから声がかかった。
「キョン!!」
きっとスピーカーでもこうはいかないと思う程の音量で。
ちょっと顔色が悪くなった先輩が文字通り恐る恐るというようにそちらを振り向く。
「あ~…ハルヒ?」
「あたし以外の誰の声に聞こえるのかしら」
先輩以外は前を向いたまま振り向けない。
何ていうのか、静かな怒りというか、恐怖というか。見たら喰われるというか。
「あたしのお弁当を置いていくなんて許しがたい事をしておいて、自分は女の子と仲良く昼食、ね」
「ちょっと待て!落ち着け…ってうわぁ!」
「てりゃ」
そこでようやく先輩の奥さんを見ることが出来た。
飛んでたけど。
「ぐぁ!!」
凄い勢いで先輩が吹っ飛ぶ。
それはそれは美しいドロップキックが先輩の頭に直撃。
生きてますか?先輩?
「いってぇ…」
それは、
「当たり前でしょ」
奥さんが凛とした声でそう言った。
「あぁ…」
そんな風呟いてしまうほど、確かに綺麗な人だった。
仁王立ちのように鞄を下げた手を腰にやるその姿は、長い綺麗な黒髪のポニーテールが良く似合っている。
「あ~まず、何故お前がここにいる」
よろよろと立ち上がった先輩が奥さんに聞く。
「はぁ、あんたはホンットに鈍いわね」
しかし何処か呆れ顔の奥さんそう呟き、ツカツカと先輩に寄ってきてビッと鞄から一つの包みを目の前に突き出した。
「はい、お弁当!」
「えっ…あ!あぁ」
「全く。お小遣いそんなにあげて無いし、お昼食べれなかったらどうしよう?とか思って急いで来たあたしがバカみたいじゃないのよ」
早口でそっぽを向きながらそう言う奥さん。
「…悪かった」
ホントに申し訳なさそうにそう謝る先輩。
「別に?あたしがしたくて勝手にやっただけだし」
「そう拗ねるなよ」
あ、拗ねてるんだ。
わたしには怒ってるようにしかみえないけど…。
「ありがと、嬉しいよハルヒ」
「「「わっ」」」
一度左手で額の髪をさらい腰に手をやり、顎に右手を当て、くいと少し上げそっと奥さんに口付ける。
「んっ…」
えっちだ、とかそんなのではなくて美しいとか綺麗だとかそんな言葉が当てはまる、まるで絵画に描かれた1ページみたいな長い長いキス。
「…んぁ…ばか」
息が続くのかと思うくらいの長いキスが終わり頬を紅く染める奥さんを見てわたしたちは確信した。
この奥さんにはどうやっても、地球が逆回転したとしても、勝てそうに無いな、と。
その後、奥さんは幼稚園に預けた双子ちゃんの様子を見に行くためとかですぐに帰って行った。でもまだ幼稚園のお迎えは早いよね?
それに対して先輩は、
「すまない、これ食わなきゃいけないから一緒に食えない。悪い」
と、薬指に綺麗なシルバーのリングをはめた左手と右手を合わせ申し訳なさそうにし、愛妻弁当を食べはじめた。
それはそれは幸せそうに。
 
「はぁ」
「ふぅ」
「ぁぁ」
場所は代わってわたしたちは最初の予定通りカフェにいる。
だけど空気が…
「ちょっとちょっとあんたたち辛気くさいって!美味しいパスタが美味しくなくなるんだけど。いい加減落ち込むのやめなさいよ」
「別に…」
「ねぇ?」
他友人ニ名が顔を見合わせる。
「落ち込むっていうか…」
「何ていうのかしらね」
「うん」
「こう、『幸せ』ってああいうことを言うのかなって」
「あ、そうよそれ!」
「でしょ?」
わたしたち3人がそれぞれ打ち合わせたようにお互い納得し合う。
「まぁ…そんね。確かに…あたしもあんな風な家族が欲しいとは思うわね」
最後の一人も多いに納得した風に頷く。
 
さっきのお弁当だってちらっと見ただけど、どれも時間がかかるもので、しかも全部手作りのように見えた。
あれだけ作るのにどれだけ時間を使って頑張ったのかわたしなんかじゃ全然分からないくらい。
夫に対する敬意と愛。
それが見てる人にもきちんと伝わる。
「まぁでも?」
「そうね」
「まずは」
「素敵な相手探さなきゃね」
「それがまずは一番の目標だっ」
明るい笑いが起こる。
「何よ」
「なんでも~」
「む~」
さてさてわたしたちも午後の仕事頑張らなきゃ。
重なる明るい笑い声がオープンカフェに広がるお昼どき。
あんな風に愛し、愛されたい。
そんなことを思わせるある『幸せ家族』を見た、ある晴れた日のこと。