アイスのあつさ (60-953)

Last-modified: 2007-09-19 (水) 12:39:01

概要

作品名作者発表日保管日
アイスのあつさ60-953氏07/09/1907/09/19

作品

いつもの通り部室でだらだらと過ごしている。
今日は朝比奈さんが少し遅く、俺の心は荒んでいくばかりだ。
「みくるちゃん遅いわね…キョン、ちょっとお茶入れて」
「やめておいたほうがいいぞ。この暑い中まずいお茶を飲むなんて最悪だろ。朝比奈さんがくるまで待ってろ」
そう、このうだるような暑さの中でもなんとも不思議なことに朝比奈さんのお茶は清涼さを与えてくださるのだ。
「あたしは今喉渇いてるの」
ハルヒのわがままに「水でも飲んでろ」と吐き捨て、その売り文句を丁重にお買い上げ頂いたハルヒはなにか怒鳴ろうとした。
その時「おくれましたぁ~」と舌足らずな可愛らしい声を響かせ天使が舞い降りた。
いえいえ気にしないでください。こんな場所に来てくださるだけでも幸福の極みなのですから。
「あの、今日は、その「さしいれ」があります」
差し入れという言葉をイマイチ理解していない様子。あれは未来人の技能か朝比奈さん個人のスキルかどっちなのだろう。
がさがさと手に持った袋をあさり「ひーふーみーよー」と数える朝比奈さん。
あなたは本当に未来人ですか?覗いてみるとカップ型のアイスのようだった。
「あれ?いっこ足りない…」
袋を受け取り数えてみると確かに人数分に一つ足りない。だがその代わりのように手紙らしきものが入っている。
『ごめんねー!あんまり暑かったんでひとつもらっちゃったさ!あとは勝ち抜きじゃんけんサバイバルさっ!」
なんだそりゃ、と思ったが朝比奈さん曰く「元々鶴屋さんに頂いたんです」とのこと、なら文句も言えないな。
「じゃあ早速じゃんけんするわよ。みんな、準備はいい?」
長門はわかっているのか不安だったが大丈夫だと信じたい。
「あ!そうね、キョンはぐーを出しなさい。他のみんなは…わかってるわね?」
ハルヒがいやらしい笑みを浮かべる。しまった。さっき怒らせたのがまだ有効期間内だったのか。
なんとかクーリングオフ出来ないものかと思っている間にじゃんけんは始まってしまった。
「じゃーんけーん、ほいっ!」
結果グーを出したのは俺一人…じゃない?長門もグーだった。
「あー!有希なんでぐー出しちゃうのよ!?」
長門は何も言わずただ俺を見ている。
まさか俺のために一緒になって負けてくれたのだろうか。
なんていい奴なのだろう。今すぐにでも頭を撫でてやりたい。
その衝動に従って長門に手を伸ばしかけた瞬間、ハルヒに遮られた。
「きっと有希が素直なのをいいことに何か言い含めたに決まってるわ。よってキョンの分はなし!」
なんとも理不尽な判決、俺にいつそんなチャンスがあったというのか。弁護士を呼んで「異議あり!」とやってやりたい。
視線を感じ振り向くと長門が相変わらず俺を見ていた。
そんな長門を見ているとハルヒへの怒りも何のその。
しかたない長門に免じて許してやろう。
「ありがとうな、気持ちだけで十分だ」と長門の頭を撫でてやる。
長門はコクリと小さくうなずいた。
 
逆サイドに殺気のこもった視線、俺はこんなにもハルヒの恨みを買っていたのだろうか。
イライラした様子でアイスを配るハルヒ。せめてあの袋くらいくれないもんかね。
「災難でしたね」
「古泉か、まあ慣れてるからな」
「そうですか、では僕の分のチョコアイスを半分食べますか?」
…こいつは何を言っているのか。スプーンは一つしかないのに。
「僕は気にしませんよ」
俺は気にするんだ馬鹿野郎。
「キョンくんはチョコ好きじゃないんですか?あ!じゃあこっちのストロベリーならどうですか?」
朝比奈さんがスプーンにアイスをひとかけら乗せ差し出してきた。
これは…間接キスと言う奴ではないか?無防備にニコニコしている朝比奈さん。
い、いいのか?このまま。いってしまってもいいのか?
「ダメに決まってるでしょバカキョン!」
いやまあ予想はしていたけどさ。
 
結局俺はハルヒの隣に座らされ飢えた捨て犬みたいにアイスを食べるみんなを見送るしかなかった。
長門の本が閉じられ三々五々帰宅への道を歩く。
自転車にまたがり早く帰ってアイスでも食べようと漕ぎ出そうとしたとき襟元を掴まれた。
喉が絞まり咳き込みながら振り向くとハルヒが仁王立ちしていた。
「うしろ借りるわ」
俺の返事も聞かず自転車の後ろに腰掛けるハルヒ。やれやれまだ開放されないらしい。
ハルヒは自転車に腰掛け俺の背中から抱きついていた。
「もっと豪快にまたがってくるかと思った」
「あんたあたしを何だと思ってるのよ」
今の俺たちがあまりに男女の青春そのもので軽口でも叩かないとやってられない。
「で、どこまで行きましょうかお客さん?」
「そうね、近くのコンビにまで」
コンビニ?てっきり家まで送らされると思ったんだが予想が外れたようだ。
 
コンビニに到着するとハルヒは「ちょっと待ってなさい」と言って一人で行ってしまった。
手持ち無沙汰に待っていると5分ほどでハルヒが出てきた。
手にはコンビニの袋。雑用ってのは団長の運転手もやらなきゃいけないのか。
「そうね、あんた早く免許取りなさいよ。そしたらもっと行動範囲が広がるわ」
俺はいつまでSOS団に縛られるのだろうか。なんとなく大学にいってもハルヒにこき使われていそうな感じがする。
「何よ、文句あるの」
「はぁ、ま、どうせ言うだけ無駄だろうからな。ちゃんと取るよ。それにいつか取るつもりだったしな」
始めのため息はせめてもの反抗の意思表示だった。
「わかればいいのよ」
ふん、と鼻を鳴らすハルヒ。反抗の芽は巨人の鼻息一つでどこかに飛んでいってしまった。
「あ!そうだそれよりこれ」
「はい」と差し出されたのはカップ型のアイスだった。
「なんでまた」
「団長ともあろうものが雑用にアイス一つあげないなんてセコいにも程があるでしょ」
だったら初めからその団長が我慢してたらいい話じゃないか。遠回りな。
「あたしだって食べたかったんだからしょうがないでしょ。あんまり文句言うとあげないわよ」
ハルヒの気が変わる前に、そしてアイスが溶ける前に食べるのが吉と見た。さっさと頂くとしよう。
一口食べてその冷たさが身にしみる。やっぱりアイスは夏に食うのが一番だな。
「そうね、じゃああたしも食べよっと」
がさがさと袋からもう一つアイスを取り出すハルヒ。自分のも買ってたのか。
「悪い?」
別にそれはハルヒの金であり文句の付け所などない。俺は自分のアイスに集中しよう。
二人で自転車に腰掛けてアイスを食べる。真夏に比べて日が落ちるのが早くなった。もう残暑なんだろうな。
「ねえキョン…」
ハルヒと目が合った。その目にはハルヒらしくない何か寂しさや不安のようなものが浮かんでいた。
「あたしたちってさ…」
ハルヒが何を言おうとしているのかわかっているのにわかっていない自分がもどかしい。
「…………なんでもない!あんたのバニラもおいしそうね。ちょっとちょうだい」
一転してハルヒは明るい笑顔でじゃれてきた。さすがの俺もわかるくらいに。
 
ついでだ、ということでハルヒの家まで送ることにした。ハルヒのナビのおかげでわりと早く到着した。
ハルヒは名残を惜しむでもなく「じゃあね」と背を向けた。
だから俺は背中からハルヒを抱きしめた。さっき自転車でハルヒが俺の背中を抱いてたみたいに。
「な!?ちょ…」
「ハルヒ、これは気の迷いだ」
「あ、暑いから離れな…」
「でもいつか気の迷いじゃなくなると思う。だからちょっと待ってろ。せめて免許取るまでには決めるから」
「え…あ…」
ハルヒの肩が震えている。こういうとき顔を見ないのはせめてものマナーだよな。
体が熱いのは気温が高いせいだけではないだろう。俺とハルヒの体温の相乗効果だろうか。
「暑いな、またアイスでも食べたいもんだ。今度は俺だけ仲間はずれじゃなくてみんなでな」
ハルヒの体がビクリと動く。
「二人でどっか行きたいならはじめから言えよ。おかしな遠回りなんかするな」
至近に見えるハルヒの耳はもう真っ赤だった。
「どこへだってつきあってやるから、な?」
ハルヒは無言で俺の手を握り締めていた。
素直に「はい」と言えないのか。まったく、意地っ張りな奴。いつになったら素直になってくれるんだかな。
「アイス…」
「ん?」
「アイス…また一緒に食べに行ってくれる?」
ハルヒは可愛かった。まるで初めて恋をした少女が初めて好きな人にお願いするように。
俺の返事なんて言うまでもないだろ?