サイコメトラーItsuki The Movie(163-39)

Last-modified: 2017-05-06 (土) 20:13:25

概要

作品名作者
サイコメトラーItsuki the Movie163-39氏

作品

登場人物
島村 幸雄……三流企業に勤務。役職は高いが身長は163cm。プライドだけは一人前。
難波 剛三郎……酒、賭博、女に金を使い借金まみれ。金目当てでツアーに参加。ウィスキーが好き
辻村 京介……若手エリート弁護士。身長183cm。オーナーと共にツアーの見届け役としてペンションへと向かう。
星野 朱里……現ペンションのオーナー。本人は都心で住居を構えており、父の遺言のせいで戻ってくることに。
星野 正治……朱里の父。暗号文を残してこの世を去った。(実は島村や難波たちに詰め寄られ、殺害された)
真野 瑠璃……宝石店の総元締。宝石やゴールド、ダイヤモンドに目がない。ヘビースモーカー
上村 伸次……某一流大学の学生。暗号文に興味を示しツアーに参加
谷口 明保(たにぐち あきやす)……アホの谷口をそのまま名前にしたもの。明(あ)保(ほ)身長は北高時代のもの。髪型もオールバックで整える。女性をランク付けするのは変わらず。
引地 英雄……元中学校数学教諭、定年まで校長を務める。責任逃れをする場面が多く、部下から忌み嫌われている。また、金に執着する傾向が強く、このツアーに参加したのもそのため。ついでにハゲ。

 

眼を覚ましたハルヒがこれが日課だと言いたげに郵便受けを確認していた。余計な広告やビラはゴミ箱に捨て、三枚折りにされた今回の発端となる紙を手にして中を広げる。
「……………っ!!いっ、一樹!起きて!起きなさいって言ってるでしょうが!!」
「なんだよ、朝っぱらから騒々しいな。またあの女でも現れたのか?」
「違うわよ!いいから、このチラシを読んでみなさいよ!!」
「『ミステリーツアー参加者募集のお知らせ?』わけの分からない数列が並んでいるし、おまえ、こんなものに興味があったのか?旅行ならいくらでも……」
「も~~~~っ!あたしが言っているのはここよ、ここ!!」
「ペンションやコテージ、その周辺の土地、及びその持ち主が残した財宝を、暗号を解いた者だけに相続される!?これがその暗号だっていうのか?」
ペンションやコテージ、財宝の文章を読みあげているうちに次第に古泉の眼が見開いていく。ハルヒも「ようやく分かったようね」などと言いたげな顔をしている。
「もっとちゃんと読みなさいよ!どうせ、暗号はツアーに行ってから配られるんでしょ。これはそのためのテストみたいなものよ!これくらい解けないと参加する資格はないってこと!あんたならサイコメトリーですぐに解けるでしょ?」
「………ダメだ。おそらく大量に印刷されているせいで出題者の意図がまったく伝わって来ない。サイコメトリー無しで解くしかなさそうだな。仕事の合間でいいからハルヒも一緒に考えてくれ」
「あたしこういうの苦手なのよね……あんたが考えなさいよ!シャンプー&カットならサイコメトリーだけで十分でしょうが!!」
「出来ないことも無いだろうが、カットで失敗は許されないし、予約の客でいっぱいなんだ。……仕方がない。帰ってきてから考えよう。ジョンや裕にも連絡しておく」
ハルヒがチラシを再度覗きこみしばらく考えていた。仕事に行くんじゃないのか?おい。

 

美容院から帰宅した古泉に、ベッドで横になって数列と睨み合っているハルヒの姿が映る。
「その様子じゃ、俺と似たようなものか。ジョンや裕のところにも同じチラシが入っていたと連絡が入っていたんだが………ジョンも裕も手掛かりすら掴めないらしい。財宝に辿り着くための暗号文はこれより更に難しいってことになりそうだ」
「む~~~~っ、駄目ね。数列の規則性が全っ然分からないわ。0、10ときて、どうしてその次が1110なわけ!?」
チラシに書かれた問題は0、10、1110、3110、132110、13123110の次に入る数字を応えるという単純な数列の問題なのだが、四人がかりで考えてもその取っ掛かりすら掴めずにいた。
「俺も1110以降は下三桁がすべて110で共通しているくらいしか思い浮かばない。ジョンですら解けないとなると………っ!そうだ、朝比奈さんにも連絡して、この暗号のことを話してみるか!」
「警視庁捜査一課の刑事に、こんな事を考えている暇なんて無さそうだけど……」
「難事件を抱えているのなら、向こうからやってきてサイコメトリーの依頼をしてくるだろ?」
「それはそうだけど………朝比奈さんとはあんまり関係を持って欲しくないのよね。あんたやジョンが死ぬかもしれなかったことだって実際に遭ったんだし」
「まぁ、ハルヒが狙われたこともあったし否定はしないが、アイツ等がこのチラシで俺たちを呼び寄せようとするとは思えない。現時点で俺やハルヒ、ジョン、裕も分かっていないんだからな。俺たちにだけこれが解けるようにでもしない限り、呼び寄せられないだろ。………しかし、朝比奈さんに繋がらないな。ポルシェを運転している最中か?」
古泉がみくるに電話をかけているところで映像が切り替わる。バスタオルで髪を拭きながら、みくるが浴室から出てきた。振動しているスマホに気付いたみくるが、耳と肩でスマホを挟んで古泉からの電話に応じる。
『一樹君?………ごめんなさい、今お風呂に入っていたところだったから。どうかしたの?』
「なんだ、てっきりポルシェを運転している途中で着信に気付いてないのかと思ったぞ。今朝届いたチラシに載っていた数列が解けなくて困っていたんだ。ジョンや裕にも同じチラシが届いていたらしいんだが、ハルヒを入れて四人がかりで考えても手掛かりすら掴めないでいる。今からその数列を言うから朝比………」
『それ、もしかして財宝の在り処を記した暗号を解くとかいうミステリーツアーのこと?あたしのところにもチラシが来てたけど、こんなの有名小学校の入試問題よ?』
『小学校の入試問題!?』
「ってことは、幼稚園児が解く問題ってこと!?」
「俺たちは足し算、引き算すらできない幼稚園児以下かよ……」
『そうでもないわ。一般常識を知っているからこそ解けないだけ。幼稚園児が千万の位なんてわかるはずがないわよ。あれはね、数字を右から読むの』
『右から読む!?』
『あたしもこの数列を知ったときは一樹君やハルヒさんと似たような反応をしていたわ。幼稚園児だからこそ解ける問題だと言ってもおかしく無いはずよ』
「う~~~ん、数字を右から読んでも何も浮かんで来ないわよ。答えを知ってるのなら早く教えてよ!」
『最初の0だけは違うけれど、あとの数字は一段上の数字の説明をしているの。二段目は0が1つだから10。三段目は0が1つと1が1つで1110。四段目は0が1つと1が3つで3110。それを繰り返して、13123110の次だから、23124110ってことになるかしら』
『おぉ~~~~!』
「これで財宝発掘ツアーに参加できるわね!こんなチラシじゃサイコメトリーできなかったけど、暗号ならサイコメトリーできるわよ!どれくらいの財宝かはまだ分からないけど、あたしが仕事を辞めてジョンを養うくらいわけないわ!すぐに応募しましょ!」
『ちょっと待って。ジョンや裕君のところにも同じチラシが届いたって言ってたわよね?こんな問題、ちょっと検索するだけでいくらでも答えが出てきてしまうものよ!時間があるときで構わないわ。ハルヒさんの自宅にも同じチラシが入っていないか確認してもらえる?こんなチラシを全国にバラ撒いたら何千人と集まることになりかねないし、もし抽選で選ばれたとしても、あたし達五人に招待状が届くなんてありえないわ!』
「それじゃあ、あたし達に招待状が届いたら……」
「アイツ等が絡んでいるとみて間違いないな。朝比奈さんがこの数列のことを知らなかったら、一体どうするつもりだったのか直接聞きに行ってみたいもんだ」
「あんた、自分で言ってたことをもう忘れたの!?またあの女が来ることになるわよ!」
『逃れられそうに無いわね』
「アイツがあの後どうなったかも気になるし、今回は賞品まで用意してくれたんだ。ジョンも面白がってついてくるだろ。事件も暗号も解き明かして、アイツ等と関わるのもこれで最後にしてやるさ」

 

みくるから聞いた解答とその規則性を知らせ、案の定ハルヒの部屋にも届いていたチラシを確認して、五人でミステリーツアーに応募した。みくるが懸念していた通り、抽選ではありえない状況が出来上がってしまったが、ジョンにとっては望むところだったようだ。
『あのジジイの鼻っ柱を圧し折ってやりたかったんだ。それに、今度は時間制限無しでアイツと闘れる』
招待状に記載された日時に五人がそれぞれの思惑を持って出揃い、地図で指定された池袋のバス停に辿り着いた。
「まったく、いくら地図まで送って来たからって、こんなに沢山バスがあるんじゃ、どれに乗ればいいのか分からないじゃない!」
「そうでもないわ。ミステリーツアーと称してこんな時間に呼ぶくらいだもの。バスの窓のカーテンがすべて閉まっているはずよ!」
「……あれじゃないのかい?僕たちの持っている招待状と似たようなものをバスガイドに渡しているみたいだよ?」
『運転手とバスガイドはあのジジイと森とかいう女だと思っていたが、どうやら違ったようだな』
「現地で待ち構えているかもな」
「とにかく、あたし達も行きましょ!」
並んでいた二人は既にバスの中に乗り込み、最後に並んでいた奴がバスガイドに声をかけていた。
「俺、谷口って言います!ガイドさんのお名前を教えてくれませんか?」
「えぇっと……それはちょっと………お次の方もいらっしゃいますのでご乗車いただけませんか?」
渋々バスへと乗り込む谷口。運転手とバスガイドの名前なら普通は入ってすぐのところにプレートが挟んであるはず。まぁ、あのアホがそれに気付くわけもない。
「古泉一樹様ですね。では、こちらのアイマスクをお持ちください。席はご自由に座っていただいて構いませんが、席に着き次第アイマスクの着用をお願い致します」
「カーテンが閉まっているだけならまだ分かるけど、アイマスクまで着けろって言うの!?」
「ミステリーツアーですから。ほんの演出だと思っていただいて構いません」
「(ちょっと!今回は鶴屋さんには連絡しているんでしょうね!?)」
「(心配いらないわ!鶴屋さんなら、もうバスの後ろについてる。バスを尾行して行き先を突き止めることになっているから安心して)」
孤島での経験からか、ペンションがすべて焼き払われてしまったときのことを考えていたらしい。鶴屋さんの存在を聞いてようやく安心したハルヒ達が乗車していった。当然古泉の隣はハルヒだ。
「皆様お揃いのようですので、これより発車致します。ペンションには明日の朝到着します。先ほども申し上げましたが、アイマスクは外さないようにご注意願います」
バスの動き出しと共に、鶴屋さんの車が一番に後を追い、それ以外の車も一斉に動き出した。首都高に乗ってしばらく、黒い車がウインカーを出して鶴屋さんの車の前に入り、もう一台の黒い車が真横についた。それを確認したかのようにバスがスピードを上げ、鶴屋さんの車から次第に離れていく。
「このっ!邪魔にょろよ!!道を空けるっさ!!」
パッシングやウィンカーを出しても二台の車が道を譲ろうとする気配もなく、とうとうバスが見えなくなってしまった。後ろに続いていた一般車からのパッシングを受けて、ようやく横についていた車がスピードを上げて道を空ける。それに乗じて路線変更したものの、一般車六台に道を譲ったところで再度車に阻まれた。SAに入って駐車場に車を止めた鶴屋さんが急いでスマホを取り出した。
「これも、みくるが言ってた組織の仕業に間違いないにょろよ!でも、向かった方角で大体の見当がつくにょろ!圏外になる前にみくるに連絡しておくっさ!」

 

 カーテンで遮られてはいるが、隙間から入ってきた光で夜が開けたことが分かる。山道を走っている最中に全員起きただろうが、ようやくバスが停車してバスガイドがマイクを持った。
「皆様、おはようございます。今回のツアーの目的地に到着致しました。アイマスクは外していただいて構いません。ご乗車ありがとうございました。皆様のご武運を心よりお祈り致します」
カーテンを開けるとペンションからバスへとやってくる星野朱里と辻村が見える。最後にバスを降りた俺に、古泉たちの視線が集中する。
「よぅ、ここは久しぶりと言うべきかな?」
「おまえ、やはり来ていたか」
「……妙だな。俺はおまえがバスに足を踏み入れた瞬間に気付いたが、おまえは違ったか?古泉一樹。今頃になってそんな顔をするのはおかしいんじゃないのか?」
「あんた、またあたし達の邪魔をしようっていうわけ!?」
「今回は私用だ。あの連中からサイコメトリーの邪魔をするようにと依頼されたわけじゃない。このペンションの前オーナーの遺産を奪い取りに来ただけだ。暗号文とやらを解いてな。もっとも、そんな暗号文が俺たちに通用するとは思えない。おまえもそうなんじゃないのか?例の数列も簡単に解けたはずだ。まぁ、財宝を巡って敵対していることに変わりはない。だが、それを言うとここにいる全員敵ってことになりそうだ」
『コイツに付いてきて正解だったようだ。今度は制限抜きであんたと闘れる』
「ジョン……だったか。まぁ、機会があれば、いずれそうなるだろう。まずは財宝を捜し当ててからだ」
「皆さん!!ようこそ我がペンションへおいで下さいました。現オーナーの星野朱里です。よろしくお願いします」
俺たちの会話を遮るように星野朱里が現オーナーだと名乗り出ると、その横から長身の男が口を開く。
「弁護士の辻村京介と申します。オーナーと共に遺産相続の見届け役として参加させていただくことになりました。どうぞ宜しくお願い致します」
「えっと……このあとのこともありますので、皆様のお名前と……出来ればご職業も教えていただけないでしょうか?この中のどなたかに正式に遺産を相続することになりますので……」
「他のツアー客に興味は無いんだけれど……仕方が無いわね。真野瑠璃よ。宝石店を経営しているわ」
「俺は難波剛三郎。数年前まで職についてはいたが、今は無職だ」
「私は島村幸雄。一流企業の幹部を務めている」
「谷口明保です!今は就職浪人です!」
「佐々木貴洋、ルポライターだ」
「あたしは涼宮ハルヒ!OLよ!」
『ジョン・スミス、ただのフリーターだ』
「僕は多丸裕。アルバイトで食い扶持を繋いでいるだけさ」
「上村伸次、大学三年です。今回は暗号文に興味があってこのツアーに」
「え~~私は押す、引くの引くに大地の地、それに英雄と書いて引地英雄です。今は定年を迎えていますが、都内で中学校の校長をしていました。教科は数学です」
「古泉一樹、美容院のトップスタイリストだ」
「朝比奈みくる。雑誌編集者よ」
「(朝比奈さん!佐々木貴洋って、女子高のときの……)」
「(ええ、相続の件も含めて、彼の本名である可能性が高くなったわ!ここでは職は偽ることができても、偽名は使えないもの)」
「(職を偽るって、ルポライターや雑誌編集者のこと?)」
「(それもあるけど、あの島村って男。こんな場面で一流企業の幹部なんて言えるはずがないし、そんな人間がこのツアーに参加するわけがないわ!)」
「(要するに、プライドが高いだけってことね)」
星野朱里の案内でペンションに向かっていくのを見届けて、バスが発車した。死角に入ったところで運転手とバスガイドがマスクを破り、組織のトップとNo.2の二人が素顔をさらけ出す。
「橋を落とす準備はできたか?」
「はい。このバスが橋を渡ったところで爆破させます。あの者たちに音が聞こえることはありません」
中腹まで下ったところで鉄筋の橋をバスが通り過ぎ、数秒後に橋の中央が爆発して破片が谷底へと落ちていった。

 

「良い空気ね……あたしが普段いる職場は煙草臭くて。星野さん、あたし達が泊まるのがあのコテージになるのかしら?」
「はい。お食事の際はペンションに来て頂くことになってしまいますが、何か申し付けがあれば私がコテージにお持ちすることになっています」
「おい、譲ちゃん。お宝はこの辺りに隠されているってことでいいのか?」
「すみません、それはまだ私にも……でも、暗号にはその隠し場所もすべて分かるようになっていると……」
「だったら、その暗号を早く見せて欲しいものね」
財宝に眼が眩んだ連中を見据えながらみくる達もペンションへと入って行く。ペンションの中と外に同じような長いテーブルが二つ。現オーナーからペンション内の席に掛けるよう指示を受けていた。古泉の隣にハルヒ、みくる、ジョン、裕さんの五人と俺。対面には上村、みくるやハルヒを品定めしている谷口、引地、難波、真野、島村の順で座っていた。12人全員が見える位置に星野朱里と弁護士の辻村が立っていた。島村がイラついているのが俺の位置からでもよく分かる。
「改めまして、皆様ようこそおいで下さいました。当ペンションの現オーナーの星野朱里と申します。よろしくお願いします」
「自己紹介に時間をかけているほど私は暇じゃないんだ!いいからさっさと暗号文を見せろ!」
「やれやれ、弱い奴ほどよく吠えるのは人間も同じようだな。あんたのそのセリフの方がよっぽど無駄だ。何事も順序ってものがあることをよく覚えておけ。狸ジジイ」
「おまえは、一体何様のつもりだ!!!」
「だから、それが無駄だと言っているんだ。とっとと席に着け。この瞬間湯沸かし器野郎」
「くっ……」
島村が渋々席に着いたところで、星野朱里がようやく自分の出番が来たと一呼吸ついてから話始めた。
「暗号文をお配りする前に、皆様に一つ約束していただきたいことがあります。暗号文を解き明かして此処にいらっしゃる方のどなたかに渡るまでの間、ここに滞在していただきます」
「お嬢さん、他の人がどうかは私も知らないけど、私にはビジネスってものがあるのよ?」
『だったら今すぐ帰るんだな。あんたのそのセリフからは長期間滞在しても暗号文が解けないとしか聞こえないね』
「何ですって!?」
「申し訳ありませんが、その通りです。これが守れない方に暗号文をお渡しすることはできません。今、私の横にいる辻村さんの車でご自宅まで帰っていただくことになります。私もここに来るのはこれで最後にしたいんです。父の残した遺言にいつまでも縛られたくありません。食料に関しては大量に用意してありますので、心配はいりません」
「おい、嬢ちゃん。酒やつまみはあるのか?俺はウイスキーが無いと駄目なんだ」
「はい、ソフトドリンクも含めて豊富に取り揃えてございます」
『だそうだ。さっさと席を立ったらどうだ?ビジネスってものがあるんだろう?』
「仕方がないわね……留まるわよ!留まればいいんでしょ!?」
これで一人脱落したようなもんだ。しばしの間を置いて星野朱里が辻村とアイコンタクト。持っていたケースの中から紙を取り出した。
「これから皆様にお配りさせていただく資料が父の残した暗号文です。申し訳ありませんが、暗号文を知った誰かが処分してしまう可能性もありますので、本物はお渡しすることも、お見せすることも、その在り処をお伝えすることもできません。ですが、父の遺言では、その文面にすべてが記されていると書かれていました。私も本物の暗号文に色々と試したのですが、その暗号文以外は何も浮かんできませんでした。皆様のご健闘をお祈りしています」
紙に記されていたのは妙なところで改行されている12段の暗号文。

 

我が従僕の兵士は、恋愛に
溺れ、あらゆる思想に興味
が湧かず。もしも私の妻女
王の宝が親子を支え始めた
ら去れ。師の詩が子を止め
て私の志を示す姿が私の史
だ。仕え支え私の志を継ぐ
者よ、死を使役し者よ、我
が宝、天使の賜物なり。宝
玉を欲す者死ぬ気構え無く
ば、己が身を屍と化す。我
其に直面すること叶わず。

 

「困ったね。暗号文の内容を読む限り、誰かが犠牲にならないと宝は手に入らないのかい?」
ようやく上村が喋ったと思ったら、『誰かを犠牲にして自分が宝を得る』と言っているようなもんだ。まぁ、財宝目当てで来る連中にまともな思考回路を求める方がおかしい。
「ところで朱里さん、朝食はまだできないのか?腸が煮えくり返っては何とやらっていうだろ?」
「それを言うなら『腹が減っては戦はできぬ』だよ。君、本当にあの数列を解いたのかい?」
「おうよ!何人にも声をかけて解かせてやったぜ!」
「要するに、自分では解いていないってことだよね?」
二人目の脱落者が決定したようだ。星野朱里も初対面でいきなり名前を呼ばれて驚くと言うより、正直引いていると言った方が正しそうだ。
「食料は大量にあっても、食事を作る人間がいなきゃ始まらないわ!暗号文と睨み合いをしていても仕方がないし、あたし達も手伝いましょ!辻村さん……だったかしら?胸のバッジを見ても弁護士に間違いないようだし、食事を作るなんてできないわよ」
「えっ!?朝比奈さん料理できるの!?も~~~~っ、暗号文もわけが分からないし、あたしも手伝うわよ!一樹、あんたも来なさい!」
「ちょっ……いくら広いキッチンだからって四人もいたら手狭になるだろ!?」
「あっ、ハルヒさん!それなら俺が行きます!」
「あんたに下の名前で呼ばれる筋合いなんてないわよ!!」
「君は財宝目当てで来たのか、女性をナンパしに来たのかどっちなのか教えてくれない?」
「両方に決まってるだろ!俺様が財宝を手に入れて美女を引き連れて一生バカンスを楽しむんだよ!俺の見たところ、朱里さんはAAランクプラス、涼宮さんはさっきの発言でAランクにまで下がってしまった。だが、SSランクの朝比奈さんもいるし、俺様のカッコイイところを見せつけて朝比奈さんにアピールしまくってやるぜ!」
「じゃあ、もう一人の女性のランクはどうなるのか聞いてもいいかい?」
宝石を散りばめたアクセサリーを惜しげも無くというより過剰に付けた真野が谷口を睨む。蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまった。残りの人間は暗号文を睨んでいるが、どいつも大して変わりがない。上村のように暗号の糸口だけでも掴もうと周りの連中にアプローチを仕掛けている方がまだマシだ。爺婆が配膳を手伝うはずもなく、出揃った料理に手をつけ始めていた。
「それにしても、ペンションにAEDまで置いてあるなんて意外ね。消化器は当然だと思うけど……」
「スキー場はすぐ近くにあってシーズン中はここも結構賑やかになるんですけど、携帯やスマホは圏外ですし、病院も遠くて救急車が到着するのも20分くらいかかってしまうんです」
「そういや、ハルヒ。前に女子高で消化器を使ったとか言ってたな」
「えっ!?何々?どんな話?」
『女子高』というキーワードが出たせいなのか、ただの興味本位なのかは知らんが、どうしてこのハゲがここで割り込んでくるんだと女性陣三人の表情がそれを訴えていたが、それを上乗せするかのように谷口まで入ってきた。
「俺にも聞かせてください!」
「フン!結局無駄に終わったけど、あんな奴助けようなんて考えるんじゃなかったわ!でも、今は害虫駆除に使えそうね!」
ハルヒが近くにあった消化器をすかさず手にとって栓を抜くと、矛先が引地と谷口に向けられた。
「この二人がどうなろうと僕には関係ないけど、折角の料理が台無しになるのは勘弁してくれないかい?」
「おまえも少しは助けろ!」
「君とは今朝会ったばかりで親しい仲というわけじゃないし、助ける義理もない。彼女たちはそうでもないようだけどね。本当に抽選で選ばれたメンバーなのか怪しくなってきたよ」
「ねぇ、ちょっとあなた。灰皿はどこにあるの?あるのなら持ってきて頂戴」
「すぐ、お持ちします」
ハルヒも射出口をようやくそらして食事の続き。早々と食事を終えた真野が煙草を吸い、難波は朝食をつまみ代わりにウイスキーを飲んでいた。

 

朝食を終えて星野朱里が皿を下げ、それを手伝うみくるとアホの谷口。テーブルが片付いたところで壁に掛けてあったペンションと周辺のコテージの地図、各コテージの鍵を持った星野朱里と辻村が全体を見渡して話始める。
「お食事の際は、このペンションに来て頂くことになりますが、各コテージにもお酒やおつまみ、飲み物をご用意させていただきました。それでも足りない場合は、内線電話でお申しつけくだされば、私がコテージまでお持ち致します。私はこのペンションで寝泊まりしていますので、午前零時頃まででしたら、対応可能です」
「食事をする度にこのペンションまで来なくちゃいけないの?面倒ねぇ、一番近いコテージにさせてもらえない?」
「注文した酒が早く届くようにしてくれれば、俺はそれでいい」
「あたしは一樹と同じコテージならどこでもいいわよ!」
「暗号の解読に集中したいし、あまりうるさくない場所がいいな。僕はここにするよ」
「俺はここにする」
「朝比奈さんはどのコテージにするんですか!?」
「貴様ら!!少しは年功序列というものを考えろ!!」
「やれやれ、さっき言ったばかりのことをもう忘れたか?こんな寝ボケたジジイが暗号を解読できるとは到底思えん。俺たちは財宝の相続に来たんだ。優先席を譲るために来たんじゃないんだよ。一流企業の幹部がこの程度の距離も歩けないとはな。プライドだけ一人前で、本当は三流企業の雑用係なんじゃないのか?」
「何ぃ!?もう一度言ってみろ!!」
「なら、ご要望に応えてやる。『弱い奴ほどよく吠える』今度はちゃんと覚えておけ」
「貴様あぁ――――っ!!」
殴りかかってきた島村を蹴り倒し、顔面を踏みつけた。
「少しは己の無力さを考えて行動しろ。おまえのようなチビの拳が俺に届くはずがないだろう?もっとも、考える頭すら無いようだがな。というわけで一人脱落だ。さっさとコテージを決めたらどうだ?」
自業自得と言わんばかりに残りのメンバーがコテージを決めていく。谷口がみくるのコテージの近くを陣取ることをみこして、青古泉たち五人はペンションからやや遠い位置で固まり、谷口はペンションから二番目に遠いコテージで確定。一番遠いコテージには、今俺が踏みつけている狸ジジイで決まりだ。
「あんたのコテージの鍵だ。地図を確認して荷物を置いてくるんだな。帰りたかったらそこの弁護士にでも頼むといい。じゃあな、三流企業の雑用係さん?」
俺がペンションを出た後、起き上がって唾を吐き捨てた島村が鍵と荷物を持ってペンションから出ていった。その様子を星野朱里と辻村がしばらくの間見つめていたが、片付け作業をしていたみくると谷口に気付いて皿洗いに加わった。
「すみません、手伝っていただいて……」
「気にすることないッスよ!あんな奴等放っておけばいいだけです」
「あたしも星野さんに話を聞きたかったの。あなたのお父さんのことについて……どんなことが趣味だったのか教えてもらいたいのよ。暗号を解く鍵になるかもしれないでしょ?」
「………父はギャンブル好きで、賭け事ばかりしていました。いつ借金を背負わされるか分からないような状態で、母と一緒に何度も何度も説得したんです。それで、ようやく父が折れて、そのときのお金を元手にこの土地を購入してペンションを建てたんです。ペンションのオーナーとして経営をしているうちに、次第にギャンブルから足を洗うようになったんです」
「でも、あの暗号が解けたら、その場所に財宝が埋まっているんですよね?」
「私も遺言状と暗号文を渡されただけなので、そこまでは分かりません。あのっ、後はわたしが片付けをしますので、コテージでお休みになってください」
「昼前にまた来ます!昼食の準備を俺にも手伝わせてください!」
「あの暗号文の何かヒントでもと思って聞いたんだけれど、不快な思いをさせてしまってごめんなさい。食事の準備や片付けならあたしにも手伝わせて頂戴!」
「はい、ありがとうございます」

 

俺が島村に渡した鍵以外にもいくつもコテージがあったが、プライドの塊のような男がコテージを変えるという選択肢はありえない。コテージの鍵を開けようとしている古泉の後ろでハルヒが上機嫌。
「なんだ、ここにも消化器や懐中電灯が備え付けられているのか。前回の事件の反省を活かすつもりが……必要がなくなってしまった。って、どうしてそんなに楽しそうにしているんだ?」
「アイツが島村って狸ジジイを蹴り倒したのを見て、あたしもスカッとした気分になれたわ!あんな奴には一番遠いコテージがお似合いよ!」
「まぁ、それをやったのがアイツじゃなかったら、ハルヒと似たような気分になれただろうが、俺にはそこまで嬉しいとは思えない」
二人の会話を切るように呼び鈴が鳴り、『俺だ』とジョンがコテージへと入り、裕さんがそれに続いた。しばらく四人で暗号と睨み合いをしていたところでみくるが合流した。
「どう?暗号の方は。何か掴めた?」
「僕には解読できそうにないよ。何かヒントになるようなものがあるといいんだけどね」
「この暗号を書いた星野さんのお父さんはギャンブルにのめり込んでいたそうよ。このコテージやペンション周辺の土地もギャンブルで稼いだお金を元手にしたもののようね」
『少しは小声で話せ。誰かに聞かれる』
「誰かって誰のことよ!」
「まずは上村。抽選で選ばれたメンバーにも関わらず、俺たち……最低でも、俺とハルヒ、朝比奈さんは繋がりがあると思っている。このコテージの付近で隠れて見ていたのならジョンや裕も仲間だとバレる。それに、今頃窓の傍で張り付いているんじゃないか?ハルヒと朝比奈さんを目当てに……」
「も~~~~っ!!料理さえ無かったら引地ってハゲもまとめて噴射しておけばよかったわ!!」
『ついでに、星野朱里と辻村だ。盗聴器や監視カメラで各コテージの様子を見ている可能性が十分にある』
「それに、まだ誰がそうなのかは分からないけれど、あたし達以外にもミッシングリンクがあるはず。組織が絡んでいるなら間違いなく殺人事件が起こるわ!その前に何としてもこの暗号を解く必要がありそうね」
「俺たち以外のミッシングリンクねぇ。その中に谷口が入っていないことだけは確実だな」
「ところであんた、アイツが言ってたのは本当なの?あの狸ジジイが三流企業の雑用係だって話」
「直接触れたわけじゃないから俺にも分からんが、一流企業の幹部で無いことくらい、容易に想像できるだろ?」
「そうなりそうね。一樹君、昼食のときにテーブルを蔦ってサイコメトリーしてもらえないかしら?」
「例の数列が書かれたチラシもそうだったが、この暗号文をサイコメトリーしても何も伝わってこないってのに、そんな離れ技ができるとでも?」
「この紙をサイコメトリーすることができるのなら、あの男がすぐにでも財宝の在り処を全員の前で明らかにするはずよ。それが無いってことは、彼もほとんど情報が得られていないってことになるわね」
「この暗号文を解かない限りここから出られないことに、変わりはないようだね。僕はもうお手上げだよ。それに、誰かを犠牲にしてまで財宝を手に入れたいとは思わない」
「こういうタイプの暗号は両端のどちらかを縦に読むか、漢字、もしくは平仮名だけで文字が浮かび上がる、あるいは漢字と平仮名でモールス信号を表しているというのがメジャーなんだけど………どれもあてはまりそうにないわね」
「モールス信号まで熟知しているのかい?でも、それでも駄目だとすると……点字というのはどうかな?」
『暗号文を解くのならモールス信号の一覧表くらい持っていても不思議ではない。星野朱里が本物の暗号文を調べても何も出てこなかったと言っていたんだ。点字があればそのくらいすぐに分かる。火にあぶる程度のこともやっているはずだ』
「ねぇ、この10行目ってさ、『死ぬ気』じゃなくて『「し」抜き』って意味なんじゃないの?」
「そういえば『し』と読める漢字がやたら多いな。ナイスだ、ハルヒ!一つずつチェックしていこうぜ!朝比奈さんの言う通り何か浮かび上がってくるかもしれない!」
「待って!この暗号文に直接書くのは避けた方がいいわ!食事のときに書いてある内容が見られかねないし、紙を盗まれる可能性だってある。あたしがまとめるから、皆はそのまま持っていて頂戴」
みくるが警察手帳に暗号文を写し、ボールペンしか手元になかったせいで『し』と読める漢字を黒く塗り潰していく。『賜』の字を塗り潰したところで、古泉、ハルヒ、裕さんが固まった。
「朝比奈さん、これも『し』と読めるのか!?」
「あたしも自信が無いんだけど、この字も含めないと数字が浮かび上がってこないのよ。あっ!たとえ圏外でも、メールの文章予測機能が使えるわ!ついでに鶴屋さんからのメールも確認しないと……」
警察手帳には、平仮名の『し』と『「し」と読める漢字』が黒く塗りつぶされた暗号がかかれていた。

 

我が従僕の兵●は、恋愛に
溺れ、あらゆる●想に興味
が湧かず。も●も●の妻女
王の宝が親●を●え●めた
ら去れ。●の●が●を●め
て●の●を●す●が●の●
だ。●え●え●の●を継ぐ
者よ、●を●役●者よ、我
が宝、天●の●物なり。宝
玉を欲す者●ぬ気構え無く
ば、己が身を●と化す。我
其に直面すること叶わず。

 

『……本当に合っているのか?俺はこんな文字を見たことも無いぞ』
「傾いてはいるけど、そのまま『4』で良いんじゃないの?」
「ジョンが言っているのはそういう意味じゃない。通常は『Ⅳ』と書いて、Iを四つ並べた形では書かないんだよ!」
「一部の例外を除いてね」
『例外?』
「ほら、これだよ」
「えぇっ!?組織の車に邪魔された!?」
ようやく鶴屋さんからのメールを確認して、みくるが驚きの声を上げる。
「ちょっと!今のどういうことよ!?鶴屋さんはバスを尾行して、あたし達がどこにいるのか調べてくれていたんじゃないの!?」
「黒い車三台に囲まれて、あたし達が乗っていたバスが見えなくなっても、尾行させまいとしていたみたい。諦めてSAに駐車したところで、あたしにメールを送ったって。……ペンションとコテージの事はあのチラシにも書いてあったし、長野、岐阜方面に向かって行ったそうだから、ヘリで上空から探すってメールを送ってくれたんだけど、長野や岐阜じゃペンションやコテージなんて数が多すぎて、あたし達のコテージまでは特定出来ないわよ」
『さっさと暗号を解いて、あの弁護士の車で帰るだけだ。それより、この数字が時計の四時を指すことは分かっても、その後は一体どうするつもりだ?』
「星野さんは『この文面にすべてが記されている』と言っていた。『死ぬ気』の三文字が時計を指すヒントだったように、この暗号文にはまだ何か隠されているに違いないわ!」
「そろそろペンションに向かおう。ハルヒや朝比奈さんも昼食の支度を手伝うんだろ?」
「あんたも一緒に手伝いなさい!あのハゲや狸、酔っぱらい親父は手伝いもしないんだから!!」

 

 星野朱里の手伝いに向かった五人がペンションへ入ると、それを追ってきたかのように谷口、そして上村が現れた。谷口が昼食の支度を手伝おうと声をかけたところでハルヒが一言。
「あんたが居ても邪魔になるだけだわ!少しは暗号文と向き合いなさいよ!あんたみたいな間抜けでも、暗号文を解くヒントくらい出せるわよ!!」
「君は片付けの手伝いに専念したらどうだい?君が作った料理なんて、食べる気がしないよ」
渋々テーブルへと戻った谷口が上村の隣へと座る。本人は星野朱里とみくるの間を陣取りたいと考えているだろうが、ハルヒに間違いなく蹴り飛ばされる。まぁ、ジョンや裕さん、上村が今朝と同じ席に着いていたことも要因の一つとして上げられるだろう。ペンションの時計は十二時を過ぎ、俺、辻村、引地、ペンションから最も近い真野と、最も遠い島村の順で現れた。昼食が全員の前に揃っても、難波が一向に現れる気配がなく、食事に手がつけられないからと真野が吸っている煙草の匂いがペンション内を漂っていた。
「あの、私が難波さんのコテージに行って、様子を見てきます!皆さんは先に食べていてください」
「星野さん一人で酔っぱらった難波さんを連れて来られるとは到底思えないわ。一樹君、星野さんと一緒に行ってもらえないかしら?」
「あっ、それなら俺がやります!」
「あんたはいいから黙ってなさいよ!!」
アイコンタクトで『難波をサイコメトリーしろ』とみくるから青古泉に伝わり、こちらも渋々と重い腰を上げる。マスターキーを持った星野朱里と二人でペンションから出ていった。二人が見えなくなったところで上村が口火を切る。
「外にもテーブルがあるのなら僕はそっちで食べたかったな。そっちの方が暗号文の糸口も見つかるかもしれない」
『止めておけ。虫が群がる上に、大事なものが風で吹き飛ばされかねない』
「おい!おまえ、それはどういう意味だ!!」
『そういや、前にも金髪を超サ○ヤ人のように逆立てて身長をごまかそうとした奴がいたな。あんたも自意識過剰なんじゃないのか?俺は暗号文のことを言っただけだ。あんたの毛が吹き飛ぶなんて言った覚えはない。そんなに気になるのならカツラでも被ったらどうだ?バスに乗車する前なら、俺たちに知られずに済んだだろう?』
「このっ……この野郎―――――――――っ!!」
「50を軽く超えた大人が二人揃ってみっともない。止めなよ、昼食が台無しになるだけだ。ところで、辻村さん。暗号文を紛失した場合どうなるのか教えてくれないかい?」
ハゲと同じ扱いをされた島村も苛立ちを隠せずにいたが、俺が目配せをしたところで縮こまっていた。アホの谷口も男にはまるで興味がなく、自分の食事に被害が及ばないようガードしている。やむなく引地も踏みとどまったものの、上村とジョンに対する苛立ちは隠せず、昼食に手をつけていた。
「その場合、その方には財産相続の権利が無くなります。勿論、しらみ潰しに探しまわっていただきます。外に漏れたとしても、お渡しした暗号文だけでは何のことか分からないでしょうが、万が一ということもあり得ます」
「ちょっと待って!ということは、この中の誰かに盗まれて紙を燃やされでもしたら、暗号文を解いても意味がないってこと!?」
「それが明らかになった場合は、財産が相続された後だったとしても、すべて剥奪され、残りの方々で分配することになるでしょう」
「くくくくく……『証拠さえ残らなければ平気』だと顔に書いてあるぞ。狸ジジイとハゲとそこのアホがほぼ同時に同じ面をした。自分以外の人間の暗号文を奪うのは勝手だが、おまえらにこの暗号文が解けるとは到底思えない。そんなことより、自分の暗号文を奪われないよう注意するんだな。……おっと、暗号文をどこにしまってあるのかはっきりしたようだ。くくく……どうやら、暗号文を守るだけで精一杯のようだ。そんな奴がここにいる資格はない。財宝は諦めてとっとと帰れ」
「(朝比奈さん、アイツの今のセリフもサイコメトリー?)」
「(いいえ、そうとは言いきれないわ。今のはスリの手口と似た様な方法を使っただけよ。それに、彼の言った通り、あの三人と真野って女性の顔が変わったのがあたしにも分かった。一樹君やジョンは大丈夫でしょうけれど、あたし達は注意していないといけないわね)」
俺と同様、笑いを堪えきれなかったのが数名、辻村や上村、裕さん、それにハルヒ。無言で食事をしているシーンがしばらく続いたところで星野朱里と古泉、それに難波が現れた。

 

「一人で何をやっていたんだ、おまえは!」
『人に迷惑をかけておいて』などと本当は言いたいところだろうが、もはやコイツ等のプライドはズタズタ。苛立ちを今の一言ですべてぶつけた島村より、酒で酔っている難波の方がまだマシだ。
「暗号文がちっとも解けなくてな。酒を飲みながら考えていたらこの様だ。おう、兄ちゃん、ありがとよ」
「それより、さっきから何度も言っていた『あとちょっとで二年』ってのを詳しく聞かせてくれませんか?」
難波がここに来るまでに漏らしていたらしきフレーズに、ほぼ全員がハッとして難波を見ている。
「なぁに、簡単な話だ。この暗号文を解いた先に眠っている財宝だよ。この譲ちゃんの父親、星野正治と俺たちで盗んできたお宝の時効成立までもうちょっとってことだ」
『盗んできた!?』
「ちょっと待ってよ!盗んできたものなんて、相続されたとしても国に返さないといけなくなるじゃない!!」
「くっくっく、そんなことは俺たちにだって分かっていたさ。だが、元々盗品だったものなら話は別だ。40年前、ヨーロッパの館で開かれたオークションの品物を、マリファナ一つですべて盗み取った二人組が隠した財宝の在り処を着き止めたんだよ。この紙きれのような暗号だったが、星野の奴がすぐにそれを解読して俺たち全員で乗り込んだ。その二人組ならとっくに殺されている。俺たちがその暗号文を見つける前にな。要は、『財宝を返せ』と言ってくる輩は誰も存在しないのさ!」
「辻村さん、それは本当なんですか?」
「国外の法律についてはあまり詳しくありませんが、難波さんがおっしゃった通り、日本の場合は二年間被害届が出ず、その品物も見つからなければ、その品物の権利は持っていた人物に移ります。今回のようなケースの場合、星野正治さんは亡くなられていますが、遺言と暗号文が残っている以上、この暗号を解いて正式に相続ができなければ、半永久的に星野正治さんのものということになります」
「結局、暗号を解かなきゃ財宝は私のものにはならないってことじゃない!ここにいると気分が悪いわ!あなた、私の食事をコテージまでもってきて頂戴!」
「あっ、はい、分かりました」
難波の隣で酒臭いというのもあるだろうが、ヘビースモーカーの真野が出て行って安堵している奴が数名。
「ほら、君の出番じゃないのかい?星野さんを手伝うんだろう?」
「うるせぇ!俺様は今考え事をしているんだ!邪魔をするな!!あっ、でも、片付けは手伝いますんで!」
「君が考え事とは珍しいね。会って半日も経っていない間柄でこういうのもどうかと思うけど」
「だったら、あんたが行ってきなさいよ!」
「酒臭いならまだしも、煙草臭いのは苦手なんだ。彼女のコテージの中はもう煙草の煙で蔓延してそうだし、遠慮しておくよ」
他に立候補者が出るわけが無く、星野朱里が真野のコテージへと運ぶことになった。
「一樹、あたしは先にコテージに戻るわ!鍵貸して!」
「ハルヒさんだけじゃ危険よ!一樹君が食べ終わるのを待った方がいいわ!」
「こんなイライラするところに一秒でも居たくないのよ!!」
「だったら僕とジョンがついていくよ。僕はボディガードにはならないだろうけど、ジョンなら安心だ」
ハルヒ、裕さん、ジョンの三人がコテージに戻り、その代わりに星野朱里が戻って昼食を摂り始めた。食事の終えた奴から無言で席を立ちペンションから出て行った。俺もまぁ、その一人なんだが……酔い潰れている難波とアホなりに何か考えている谷口、星野朱里がペンションに残っていた。

 

「俺がいなかった間の大体の事情は朝比奈さんから聞いた。難波をサイコメトリーはしたが、酔っ払っているせいで映像がザッピングしたようなものしかサイコメトリーできなかった。まぁ、それ以上の収穫はあったがな」
「そのようね。『40年前』、『オークション』、『マリファナを持った二人組が隠した財宝』。孤島で服部が話していた逸話が、こんなところで繋がるとはあたしも思わなかったわ!日本刀を除いて、あの館に飾られていた武器が全部あると考えてよさそうね。正式な財産相続なんて行われるはずがないわ!互いに武器を取り合うことになるでしょうね。それと、難波が言っていた『星野正治と俺たち』のセリフ。難波の他に誰が参加していたのかは分からないけれど、それが今回のミッシング・リンクで間違いないわ!」
「そんなもの使う奴なんて一人もいないんじゃないか?」
「どういうことだい?」
「ベッドに座った瞬間に伝わってきたよ。枕の下に拳銃が隠されている。おそらく、全部のコテージに」
『拳銃!?』
コテージの奥に座っていたハルヒが素早く枕を掴み取ると、古泉の証言通り一丁の拳銃が姿を現した。
「暗号を解きたくなくなってきたわね。あの逸話のようにあたし達が互いを殺し合うことになりかねないわよ」
『財宝に眼が眩んだ連中の後ろを取っていれば、不意打ちはありえない。俺は暗号文を解く方にまわる』
「ああ、そうだ。暗号解読の参考になるかどうかは分からないが、ペンションのテーブルをサイコメトリーしたときに妙な図形が伝わってきたんだよ。朝比奈さん、手帳とペン貸してくれないか?」
上手いとは決して言い難い図形が描かれた手帳を古泉以外の四人がみつめる。
「無限大の記号とはちょっと違うし、メビウスの輪ってこともなさそうね」
「あたしもどこかで見た覚えがある気がするんだけど……」
「朝からずっと頭を悩ませてばかりだったんだ。ゲームをしながらというのはどうだい?星野正治もギャンブル好きだったんだろう?」
裕さんが取り出したのはトランプ。ギャンブルでトランプと言えばポーカーやブラックジャックが主流。サイコメトラーなら周りの参加者の手札を読んで一晩もかからずにカジノの総資金を強奪することになる。
「それなら、財宝発掘を祈願して大富豪にしましょ!ババ抜きや神経衰弱じゃ一樹に勝てるわけがないわよ!」
「それもそうね。朝から気を張ってばっかりだったし、あたしも参加するわ!」
『少しは退屈せずに済みそうだ』
8切り、イレブンバック、JOKER殺しのスペードの3など、大富豪の中ではメジャーなルールをいくつか追加してゲーム開始。初戦からハルヒが8切りからの革命。序盤で3,4,5のカードを三枚ずつ場に出していた古泉、みくる、ジョンが揃って叫んでいた。五人に配ったのに一人に同じ数字のカードが三枚以上手中に収まるというのも珍しい。初戦の大富豪は当然ハルヒ。強いカード青ハルヒに奪われたジョンが手持ちのカードでどう攻めるか考えている。
『……………っ!!』
「ジョン、どうかしたの?あんたからよ」
『カードを貸せ!!』
「はぁ!?大貧民になったくらいで逆ギレすることないでしょ!?」
「……何か閃いたようね。ハルヒさんもカードを見せて頂戴!」
暗号文の書かれた紙を取り出し、場に出たトランプと交互に見ることしばらく。
『……なるほどね』
「暗号文が解けたのかい?」
『夕食で全員が揃ったときに話す。これであのクソジジイの鼻っ柱を挫けそうだ』
「ちょっとあんた!あたし達にまで内緒にしようっていうわけ!?」
「ジョンや一樹君が言っていたはずよ。上村や谷口、それに星野朱里や辻村が監視カメラや盗聴器で聞いているかも知れない。それに、あたしも一樹君の描いた図形が何を示していたのかようやく分かったわ!」
「あの図形の意味が分かった!?朝比奈さん、一体どういうことだ!?」
「これよ」
みくるが一枚のカードを指し示し、みくるの細い指の先に視線が集中する。
「そうよ、これよ!どこかで見たことがあると思っていたけど、このことだったのね!」
「裕がトランプを出してこなかったら、ジョンも閃かなかったかもな」
『だが、アイツに先を越されかねない。ペンションに向かう』
コテージを飛び出て、意気揚々とペンションへ向かって行った。

 

ペンションには夕食作りをしている最中の星野朱里と、演技なのか本当に酔い潰れているのかどうかは知らんが、高いびきをかいて爆睡している難波の二人だけ。青古泉や青ハルヒ、みくるが安堵の表情を浮べていた。
「どうやら、彼はまだ解けていないようだね」
「皆さん、こんなに早い時間にどうされたんですか?」
「フフン、ジョンが暗号文を全部解いたのよ!誰かに先まわりされないようにここに来たってわけ。夕食のときに全員の前で発表して、狸ジジイやハゲの悔しげな顔をたっぷりと拝んでやるわ!!」
「えぇっ!?今まで誰も解けなかった暗号文を、たった半日で解いたっていうんですか!?」
『裕のサポートがあってこそだ。でなければ、俺はあの数字が何なのかずっと悩んでいたはずだ』
「ところで、彼は昼食後もずっとあの状態なのかしら?」
「私もずっとここにいたわけじゃないのではっきりしたことは言えませんけど、多分そうです。あの……夕食後も似たような状態が続くようでしたら、難波さんをコテージまで運ぶのを手伝っていただけませんか?」
「そこまで遠くなかったし、あのアホと二人がかりでなら何とか運べそうだが……星野さん、『ずっとここにいたわけじゃない』ってどういうことです?」
「このバカ一樹!星野さんだって、あんな狸ジジイ達の相手ばっかりしていたらストレスが溜まるに決まっているでしょうが!ジョンが暗号を解いたからよかったけど、あんな連中と何日も一緒にいなきゃいけないなんて、あたしなら真っ平御免だわ!!」
「いえ、真野さんのコテージの灰皿を取り変えに行っていたんです。昼食をお持ちしたときは、煙草でいっぱいでしたから。真野さんなら酔い潰れることはないかもしれませんけど、火事になったらコテージ一つじゃ済まないかもしれないので」
「星野さんも少し休んだ方がいいんじゃないかしら?夕食の支度ならあたし達でやっておくから、部屋で休んでて」
「フン、あんな奴等の食事なんてペットの餌で十分よ!!」
「ありがとうございます!じゃあ、お言葉に甘えさせてください!」

 

 父親の呪縛がこれで解けるということもあってか、ステップを踏むように階段を上がり、星野朱里が自室へと戻って行った。
「ところでジョン、誰もいないうちに財宝を確認してきたらどうだ?もし、全員の前で説明して失敗しようものなら誰に強奪されるか、分かったもんじゃない」
『今確認した。この床の下に地下に降りる階段が隠されている。あとはあの時計を暗号文通りに回すだけだ』
「確認した!?ちょっとあんた!透視能力でもあるわけ!?」
「そんなものが無くても簡単よ。つま先で床を蹴るだけで空洞があるかどうかくらいなら確認できるわよ」
「だったら俺も、あの連中の面がどうなるか、じっくりと拝ませてもらおう」
夕食の支度も済み、テーブルにはハルヒとみくるで用意した料理が並んでいた。短時間ではあったが、星野朱里もようやく休みを取ることができ、表情が少しだけ穏やかになったようだ。全員が揃ったところで『暗号が解けた』と発表するはずが、なぜか真野の席だけは空席のまま。一人欠けていても自分には関係ないとばかりに夕食に手をつけ始めているメンバーがほとんど。難波は星野朱里が何度か声をかけてようやく意識を取り戻したが、
「もう、そんな時間か。譲ちゃん、ウィスキーを出してくれないか?俺は酒が無いと食が進まないんだ」
「難波さん、今日はもう止めにした方が……」
「本人がそう言っているんだ。出してあげたらどうだい?彼はもう、何をしにここに来たのか分かってないようだからね」
仕方なく冷蔵庫からウィスキーを取り出してグラスと一緒に難波の席に置く。
「くっくっく、財宝が手に入ったら、俺は一生酒に酔いしれながら過ごしていられる。くくくく……はっはっはっはっは」
「それで、真野とかいう女は一体どうした?爺婆が寝坊したなんて笑えない冗談だ」
「すぐ近くですし、私が行って確認してきます」
「あっ!俺も手伝います!」
確認する程度で何を手伝おうというんだか……本当にアホの谷口の考えが読めん。
『なら、その前に伝えておく。あの暗号文ならもう解けた。全員揃った時点でどんな馬鹿にでも分かるように説明してやる。こんな山奥まで来ておいて残念だったな。財宝はもうおまえらの手中に収まることはない』
『暗号文を解いた!?』
「どこだ!?どこにある!?財宝の在り処をさっさと説明しろ!!」
『「全員揃った時点で」と言っただろう。脳無しの狸ジジイじゃ、その程度も伝わらないか。それと、おまえに命令される筋合いは無い。少しは自分の立ち位置を考えて行動しろ、古狸』
「ぐっ……クソッ!!」
「とにかく、真野さんを呼びに行ってきますね!」

 

 星野朱里の後をアホの谷口が追うようにペンションを出ていった。ジョンの一言で難波の酔いが醒めたらしい。背筋を伸ばして座ったまま呆けた顔を見せている。辻村は立場的なこともあってか表情に大した変化は見られなかったが、島村と引地は明らかに苛立っている。
「プッ……くくくっ、あははははははははははは………」
『何がおかしい!!』
島村と引地が揃ってハルヒに激を飛ばす。だが、そんなものハルヒには通用しない。
「あんた達の悔しそうな顔を見ていたら堪えきれなくなっただけよ!そんなに悔しいのなら、あんた達も暗号文を解いてみなさいよ!もし解けたとしても、ジョンが宣言している以上、あんた達には一銭も手に入らないけどね!」
「僕の隣に座っていた彼もそうだったようだけれど、食事時以外は五人で相談していたんだろう?本当に抽選で選ばれたのか怪しくなってきたよ。辻村さん、こういうばあ……」
「きゃあああああああああああああああ!!」「うわああああああああああああああああ!!」
『やれやれ、解かなければならないものがもう一つ増えたらしいな』
「とにかく行くぞ!真野のコテージだ!!」
ペンションを出て100mもしないところにある真野のコテージに、一分とかかることなく辿り着き、コテージの前で腰を抜かしている星野朱里とアホの谷口。谷口の方は真野の……おそらく殺害された現場を見て、思わず失禁している。好みの女の前でこのヘタレっぷりじゃ、どうしようもないな。一番にコテージに辿り着いた古泉がコテージの扉を開ける。コテージの扉のすぐ傍で心臓にナイフを突き刺された真野が仰向けに倒れていた。酔いが醒めたとはいえ、足取りは悪かったが難波もコテージのすぐ近くまで来ていた。
「……やっぱり、殺されているの?」
「ああ、心臓をナイフで一突きだ。ようやく服に血が滲み出ている程度だから、返り血を浴びることもない」
「おかしいね。君、美容院のトップスタイリストじゃないのかい?殺人事件を目撃して、どうしてそんなに冷静でいられるのか説明して欲しいくらいだよ」
「俺の職業は美容院のトップスタイリストで間違いない。ただ単に場慣れしているだけだ。職業を偽っているのは島村の他にもう一人。そろそろ本職を明かしたらどうだ?」
「そうね。暗号文を解読するまで、このペンションからは離れられないと星野さんから提示があったけれど、殺人事件が起こってしまった以上、改めてここにいる全員を拘束させていただきます。真野瑠璃殺害の容疑者として」
「おいおい、じゃあ譲ちゃんの本職は刑事だっていうのか!?」
「警視庁捜査一課、朝比奈みくるです。一樹君にはあたしが何度も捜査協力をお願いしているだけ。彼が美容師であることは間違いありません。これから現場検証に入ります。ハルヒさん達は他の人たちをペンションに連れて行って。星野さんは警察に連絡をお願いします」
「はっ、はいっ!」

 

『チッ……一足遅かったか。犯行に及ぶのなら今夜だと思っていたが』
「あたし達もそうだったけど、それぞれのコテージに籠って暗号の解読に必死になっていたから、外の景色なんて誰も見てなかったでしょうね。真昼間でも堂々と犯行に及ぶことが可能だった。今頃になってそんなことに気付くなんて、あたしも財宝と聞いて浮かれていたからかしら。一樹君、そっちの方は?」
「アイツの宣言通り、今回は殺害現場に乗り込まないらしい。アイツが情報を弄った形跡がどこにも残されていない。もっとも、特に弄る情報も無かったけどな。真野本人が犯人を迎え入れたところで心臓を一突きにした映像が見えたのと、ドアノブの指紋は、真野と星野朱里、俺の三人分ってことくらいだ」
「それだけでも十分よ。あたしもドアノブの指紋は確認しようと思っていたから。顎関節まで硬直しているし、死後二、三時間ってところだけど、昼食後は誰にでも犯行は可能だったし、何の参考にもならないわね」
『星野朱里に灰皿を変えに行った時間を確認したらどうだ?コテージ内に真野の分の昼食も見当たらない。灰皿を取り換えてしばらく経ってからってことになる』
「どうしてそう言いきれるのか、話してもらえないかしら?」
『取り換えた後の灰皿に煙草が数本残っている。鑑識を呼んで唾液を調べさせればいい。真野本人のものかどうかはっきりするはずだ』
「それで、『灰皿を取り換えてしばらく経ってから』という結論になったのね。でも、煙草だけ新しい灰皿の中に入れた可能性も否定できないはずよ」
『煙草の本数に合った灰が一緒に残っている。取り換える前の灰皿から煙草だけ移したのならこうはならない』
「単純に時間をおいてもう一度このコテージに来ることもできるけどな。だが、星野朱里が犯人だと決めつけるにはまだ早いんじゃないのか?このコテージの様子を見ていれば誰でも可能だろう?」
「とにかく、あたし達もペンションに戻りましょ。これ以上の捜査は必要ないわ」
『もう酔い潰れているかもしれんが、難波が漏らした「俺たち」の中に真野が入っていたかどうか確認する。それに、他に誰がメンバーとしていたのかも含めてだ。次のターゲットになる可能性が高い』
「それなら島村で間違いない。難波を背負ってペンションに入ってきて早々、怒鳴り声を上げていた」
「悔しいわね……殺人衝動に駆られるほどのことを彼らがやってきたのは事実だけど、狙われていると分かっていながらガードができないなんて……一刻も早く真犯人を探し出しましょ」

 

 青古泉たちがペンションに戻ると、戻ってすぐ夕食を終えた青ハルヒ、裕さん、上村、辻村、それに俺。難波は相変わらずウィスキーを飲みながら、夕食を酒の肴代わりに食べている最中。島村、引地、谷口の三人は食事に手がつけられずにいた。
「朝比奈さん、すみません!何度かけても繋がらないと思ったら、いつの間にか電話線が無くなっていたんです!!」
「大丈夫、辻村さんの車で携帯の繋がる場所まで行くことができれば十分よ。一樹君、申し訳ないんだけどボディガードとしてついてきてくれないかしら?」
「ああ、ここがどこなのか確認するには丁度いい。鶴屋さんと連絡を取るんだろ?」
「では、車を手配しますので、しばらくお待ちください」
「そんなことより、財宝の在り処の方が先だ!!さっさと説明しろ!!」
「全員の前で話すと言ったはずだ!真野とか言う女が殺されたのならこれで全員だろう!?」
「もうこんなところにいられるか!暗号文を解いたのなら早く教えてくれ!!」
『やれやれ、「財宝の在り処が判明した時点で、それをすべて強奪して自分一人で逃げる」と揃って顔に書いてあるぞ。そんなに自分が殺されるのが嫌なら財宝は諦めるか、暗号文を解いて誰も気付かないうちに持ち出すんだな。おまえら三人は底辺にすぎない。もう一度地べたに這いつくばってみるか?残った毛をすべてむしり取ってやろうか?殺害現場を見ただけで失禁した奴に、今更偉ぶる権利があると思っているのか?』
「『暗号文を無くしたら相続の権利を失う』と辻村さんから聞いていながら、ドアを開けた瞬間に候補者を殺してしまうなんてありえないわ!真野さんと同様、あなた達にも殺されてしまいかねないような出来事があったのかしら?それを教えてもらえないと犯人像が見えて来ないし、応援を呼ぶことができたとしてもガードが甘くなってしまうわよ」
もはや、ぐうの音も出ないらしい。ジョンとみくるのセリフに沈黙して席に着く。ジョンが言った通り、三人とも『財宝だけ奪って殺される前にここから脱出する』計画を練っていたようだ。拳銃を見つけただけで強気になっているだけに過ぎん。だが、俺と……ジョンには通用しまい。古泉一樹の方はサイコメトラーとして、どれだけ修練を積んだかによるだろう。
「くっくっ、どれほどのものかは分からないけれど、三人ともリタイアはしないようだね。精々殺されないように対策を立てておいたらどうだい?次に狙われるのはこの三人の誰かになりそうだからね」
三人同時に上村を睨んだが、本人は半ばこの状況を楽しんでいるようにも見える。一段落したところで星野朱里が口火を切った。
「私も一緒について行きます。辻村さん、お願いします」
「かしこまりました」
「一樹、彼女のコテージで何か掴めたのかい?」
「ドアノブには真野と星野さん、それに俺たちがあのコテージに到着したときについた俺の指紋の三つ。星野さんが灰皿を取り替えに行ってしばらく経ってから犯行におよんでいる。あの殺害現場で分かったのはそれだけだ。星野さん、灰皿の取り換えは何時頃に行ったか覚えていますか?」
「コテージから戻ってすぐでしたから、時間までは分かりませんけど、真野さんが席を立たれてから二往復ですからそこまで時間はかかっていないと思います。一番近くのコテージですし……」
車のクラクションが鳴り、辻村の車がペンション前に止まった。ガソリンを抜かれるか、タイヤをパンクさせられているかと思っていたが、滞りなく古泉、みくる、星野朱里の三人が車に乗り込み、アスファルトの道路を走って行った。ようやく食事にありつけるとばかりに、ジョンが夕食を摂り始める。残ったメンバーはみくる達からの吉報を待っているかのように、その場に座ったままコテージに戻ろうとはしなかった。
「それで、犯人の目星はついているのかい?今の件でこの三人が犯人で無いことは明らかだけどね。自分も殺されると思っている人間が犯人のわけがないよ」
『情報が少なすぎて特定ができない状態だ。今は互いに関係を切っているようだが、真野と行動を共にした連中に対する復讐か、ただ候補者を一人ずつ殺していく愉快犯なのかすら不明だ。もう一つや二つ殺人事件が起こってくれると犯人の特定がしやすい。それだけだ』
「確かに、君の言う通り情報が少なすぎる。誰にでも可能な犯行というわけだ。暗号文は君に解かれてしまったし、真野殺害の犯人の追求をしてみたくなったよ。そうだね、この三人のうちの誰か……あるいは三人とも殺されるようなことになれば、犯人も何らかの証拠を残すかもしれないね」
「うるさい!この俺様が殺されるわけがないだろ!!」
「安心しなさい!あんた達のようなバカな連中なんて、殺す価値も無いわ。こんな奴殺したって、あたし達に何の得も無いわよ!」
「くっくっ、そう言われてみれば確かにそうだね。でも、そうすると、あのおばさんを一番に殺害した犯人は一体誰になるんだろうね?ここに来て早々ビジネスがどうこう言っていたし、暗号文が解けるとは到底思えない。候補者を次々に殺していくと言うのなら、僕なら佐々木さんか辻村さん辺りを一番に狙うよ。もっとも、『殺しやすかったから』なんて理由で策も無く殺していく犯人に、ここにいる全員が殺せるとは思えないけどね」
「やれやれ、苛立つのか脅えるのかどちらか一方で統一して欲しいもんだ。食器が片付けられないだろう?最後の晩餐くらい味わって食べたらどうだ?」

 

 辻村の車が戻る頃には辺りも暗くなり、例の三人も食事に手をつけ始めていた。苛立ちは消え去り、脅えて手が震えているのがよく分かる。車を駐車しに行った辻村を除いた三人が俯いた状態でペンションに戻ってきた。
「どうやら、朗報は無かったようだね。こっちはこっちで一悶着あったけれど、全員揃っていれば犯人が動くことはないよ。そっちの様子も聞かせてくれないかい?」
「車で行くほどの距離でもない山の中腹で橋が破壊されていたわ。おそらく、プラスチック爆弾によるもの。星野さん曰く、あの橋を渡る以外に帰り道は無いそうよ。何度も携帯でメールを送ろうとしたんだけれど……結局、諦めて戻ってきただけで終わってしまったわ」
「ちょっと待ちなさいよ!冬場は近くにスキー場があって、このペンションも賑わうんじゃないの!?そっちの道から通ればいいじゃない!」
「熊も冬眠しますし、降り積もった雪を除雪して、スキー場への道ができるように造ったと父が自慢気に話していました。夏場は雪もありませんし、野生動物が道を阻むことも考えられます。不可能ではありませんが、いくらなんでも危険すぎます!」
「スキー場までの距離はどのくらいあるんだい?そこまで距離が無ければ、佐々木さんなら熊相手でも闘えそうな気がするんだけど……RMH(リアルモンスターハンター)なんてね」
「俺をあまり過大評価しないでくれ。熊相手に渡りあえるわけがないだろう。とりあえず、暗号文が解けるまでここに残らなければならない条件だったはずだ。食事の心配は必要ないし、今後は人数が減っていくだろうからな」
「それが……足りなくなった場合は買い出しに行く予定でしたので、今ある材料を確認することになるでしょうが、二、三日が限界かと」
「橋が破壊されていると誰かが気付いてくれるといいんだけど……今回ばかりは待つしかなさそうね。あたし達もコテージに戻りましょ」
「そうだな。どうやってここから脱出するのか、それに、どうやって財宝を運び出すのか考えることになりそうだ」
酔い潰れている難波をアホの谷口が運べるはずも無く、『自分がコテージに戻るついでに』と上村が運び役に名乗りを上げた。『ビビリ君や年寄りにはできなさそうだからね』と付け加えて難波のコテージへと向かって行った。
「ところでこのあとはどうするつもりだい?あんな話の後だからね。僕には彼のように自分のコテージに戻れる気がしないよ」
「犯人像もまだ分からないし、あたしも一人はちょっと……」
『俺はどちらでもいいが、コイツのコテージに集まったらどうだ?あの連中の前では話せないことがあったんじゃないのか?』
「流石、あの暗号文を解き明かしただけのことはあるわね。コテージに入ってから話すわ。誰かつけてきているかもしれないから」
「言っとくけど、コテージのベッドはあたしと一樹だけだからね!!」
「じゃあ、枕だけでも自分のコテージに取りにいってくるよ」
「あたしもそうするわ。念のため懐中電灯も持ってくるわね」
『俺は何も必要はない』

 

 枕を取りに行くだけでも危険と判断した古泉が、裕さんとみくるのコテージに寄って自分のコテージに戻ろうと提案し、二人は勿論、ジョンもそれに応じた。
「それで、何があったのかさっさと説明しなさいよ!」
「なぁに、バスの運転手とバスガイドが、案の定、例の組織のトップとそのNo.2だっただけだ。どこぞの大泥棒よろしく、橋を通過している最中に顔のマスクを破いている映像が流れてきた。孤島と同じく、俺たちに殺し合いをさせるか餓死させるつもりらしい。鶴屋さんのヘリも今回は期待できない」
『なら、あの辻村も変装の可能性が高い。残りは確か、おでん屋を経営していた女だったか?』
「十分あり得るわね。あの男は私用だと言っていたけれど、このあとどんな行動に出るか分からないし、見とどけ人として朝倉涼子が紛れているかもしれないわ!」
「も~~~~っ!何なのよアイツ等!!またあたし達をへき地に閉じ込めて餓死させようってわけ!?」
『例の組織が関係していることくらい、俺たち五人に招待状が来た時点で分かっていたはずだ。あの孤島と同程度のことをやってきてもおかしくも何ともない。アイツ等の狙いはコイツを殺すことだ』
「孤島のときは冬の海を泳ぐわけにはいかなかったけれど、各コテージに隠されている拳銃を逆に利用すれば、熊が出てきても退けられるはずよ。ジョンやあの男なら素手で倒してしまいそうだけれど。それより、殺人事件が起こってしまった以上、刑事として見過ごすわけにはいかないわ!あの組織の完全犯罪を必ず覆してみせる!」
「でも、どうするつもりだい?さっきもジョンが話していたけど、もう一つや二つ殺人事件が起こらないと犯人の特定ができないんじゃないのかい?」
「財宝目当ての愉快犯でないことは間違いない。最初のターゲットが真野だったこと、ついでに、銃殺でなくナイフであの女の心臓を突き刺したまま凶器を残している。標的が他にいるのなら凶器は持ち帰るはずだ」
『拳銃に気付かずとも殺り方ならいくらでもある。悪いが、俺はあの連中をガードする気にはならない。何か起こったら教えてくれ』
「それもそうね。ジョンが財宝の在り処を探し当てた時点で銃撃戦になりかねないわよ!お風呂にでも入ってくるわ!あいつらがどうなろうがあたしには関係ないわ!」
「お風呂も広いし、あたしもハルヒさんと一緒に入ろうかしら?」
「『刑事として見過ごすわけにはいかない』んじゃなかったのか?」
「気分を変えてみたくなったのよ。また何か閃くかもしれないでしょ?」
「ったく、なら俺はペンションの様子でも見てくるか。あの三人がこの時間になってもペンションに居座っていたら、星野朱里も風呂にすら入れない」

 

 ジョンはそのまま自分の腕を枕代わりに寝転がり、裕さんはトランプを見ながら暗号文の解読、みくるが入ってきたことにハルヒが驚いていたが、結局女二人で入ることになった。古泉はコテージの鍵を持って一人ペンションへと向かっていたのだが、途中でペンション一階の灯りが消えていることを確かめてコテージへと戻っていた。
ハルヒ達が風呂から出て、ハルヒが用意してきたドライヤーで互いに髪を乾かしていた。みくるの化粧が落ちているのはいわずもがな。裕さんがみくるのすっぴんに驚いていた。事情は……話してなかったのか?
「分かってはいたけど、どこの宿泊施設でもリンスインシャンプーで経費を削減するのは変わらないわね。旅行用のシャンプーやトリートメントを持ってきておいて正解だったわよ!」
「あたしもハルヒさんの持ってきたものを使わせてもらったわ。それに、今日一日で起こったことも整理できたし、事件については何も思い浮かばなかったけど、あたしにも暗号文が解けたわよ?」
「僕はジョンがみんなの前で説明するのを待つつもりだったんだけどね。もう一度最初から暗号文を解いてみたくなったよ。ジョンは寝てしまったようだし、一樹も一緒に風呂に入らないかい?」
「ん?ああ、そうだな。俺も今日一日の出来事を整理することにする。これ以上二人を待たせるわけにもいかない」
ジョンが本当に寝ているのか、横になった状態で考え込んでいるのかはともかく、古泉と裕さんが風呂から出るとみくるは机に突っ伏し、ハルヒはベッドで横になっていた。裕さんが持ってきた枕を手に取ったところで、二人でアイコンタクト。裕さんが照明を切り、古泉がベッドに入ろうとしたその時、カーテンは閉まっていても、窓の外が明るく光っている。
「一体何の光だい?付近のコテージの照明にしては明るすぎる気がするけれど……」
裕さんのその一言で古泉がカーテンを開けると、コテージの一つが轟々と燃えさかっていた。
「くそっ!ナイフを残した理由はこれか!!おい、おまえら起きろ!!今度はコテージごと燃やすつもりだ!さっさと消さないと他のコテージまで燃え尽きてしまうぞ!!」
「ハルヒさんは消化器を持って先に行って!一樹君、あたしのコテージの鍵を渡すから、その消化器も持っていって!!」
「どうやら僕もそうせざるを得ないようだね」
みくるの指示にハルヒがいの一番にコテージを飛び出した。山火事の危機にもかかわらず、化粧道具を取り出したみくるに古泉の激が飛ぶ。
「……って、おい!今化粧なんてしている場合か!?」
『あのハゲと似たような事情があることくらい知っているだろう?消火は俺たちで十分だ』
女子高潜入捜査前のことを思い出した古泉がようやくコテージから飛び出した。消化器を持って向かった先は難波のコテージ。ハルヒ、裕さん、ジョンが消化作業にまわり、パジャマ姿でペンションからやってきたらしき星野朱里がコテージの扉周辺を集中的に消火し、持っていたマスターキーでコテージの鍵を開けようとしていた。
「駄目っ!ドアを開けたら大爆発するわよ!!」
「もう窓が割れている。バックドラフト現象は起こらない。もっとも、酔い潰れた男の生死は知らんがな」
「本っ当に使えない連中ね!少しは消化作業を手伝いなさいよ!!」
ハルヒの言葉に反応してコテージに戻ったのは辻村と上村のみ。あとの3バカは両膝をアスファルトに密着させて呆けていた。ようやく化粧を終えてやってきたみくるを入れて、全員が難波のコテージの前に集まった。
「難波は……?難波は一体どうなったんだ!?」
「今から確認する。これ以上恥を晒したくなかったら眼を瞑ってろ!」
今頃になってようやく喋り出した島村を制した古泉が、マスターキーを持ってコテージの扉に近づく。もっとも、扉としての役割を果たせなくなってしまった今、扉を開ける必要性はもう残っていない。天井が焼け落ちて難波の焼死体が木炭に埋もれていた。全焼してしまってはサイコメトリーすることすら叶わなかった。

 

「い……嫌だ……『俺』は死にたくない!!」
『どうやら、最後のターゲットが自ら名乗り出たようだ。クソジジイがいつ殺されようが俺の知ったことじゃないが、自分たちの犯した悪事くらい死ぬ前に懺悔しておけ。この事件の参考程度に聞いてやる』
「くっくっ、『最後のターゲット』ってことは、この二人は殺されることは無いってことかい?財宝に眼が眩んだ連中の末路を見てみたかったんだけどね」
「ざっ、懺悔だと!?ふざけるな、あいつが、あの男が、星野が、星野正治が!俺たちに何も告げずに財宝を隠したのがそもそもの間違いなんだ!!『時効を待つ』などとくだらない言い訳をして、星野の野郎が財宝を一人占めっ…………」
島村の懺悔が途中で止まったかと思いきや、焼け崩れたコテージから視線を反らし、星野朱里を見据えて立ち上がった。千鳥足で星野朱里との距離を詰めていく。
「きっ、貴様か?貴様が、貴様が真野と難波を殺ったのか!?このっ……星野の亡霊め!今度は俺を殺すつもりか!?」
両手で星野朱里の首を掴み、体格にしては予想外の力で身体ごと宙に浮かせて絞めつける。
「亡霊はおまえだ、古狸」
肩をポンッと叩かれた島村に、古泉の渾身の右ストレートが顔面に炸裂した。狸の象徴でもあった眼鏡もレンズが割れ、フレームが顔に埋められてようやくかけていられる状態にまで陥っている。
「ゲホッ!ケホッ、ケホッ……」
「星野さん!大丈夫?」
「な、なんとか。ありがとうございます」
「なんだ、三流企業の雑用係だと散々言われていた割には、そこにいるハゲと似たような経歴を持っているじゃないか。定年を迎えてから五年もの間、自分に何かしらの役職をつけて中学校の校長に居座った……か。こんな奴等が校長じゃ、さぞ生徒も教員も迷惑しただろうな。プライドを振りかざすだけが取り柄の単なる小物だ。生きている価値もない」
「な、なんだ……一体なんなんだ、おまえは!なぜ俺をそこまで知っている!答えろ!!」
「説明したところで、おまえらには理解できるわけがない。ついでに、おまえに命令される筋合いもない」
今度は島村の方が失禁してしまいかねない状況にまで発展したと思いきや、みくるの一言で違う方向にズレていたベクトルが元に戻った。

 

「一樹君、ちょっと来てもらえるかしら?」
島村のことなどとうに忘れた古泉が消火作業を終えて現場検証をしていたみくる達のもとへと駆け寄る。ジョンたちも消化器と一緒に懐中電灯を持って来ていた。
「(全焼したものをサイコメトリーしたところで何も出て来ないぞ。俺に何をさせる気だ?)」
「一通り現場検証をしていたんだけど、いくつかおかしな点があるのよ」
「給油タンクに入れたガソリンを撒いて、火を放ってから逃げたんじゃないのか?」
「その給油タンクらしきものは見つかったわ。でも、このコテージに消火器がどこにも見当たらないのよ」
「そんなの、アイツに火を消されないように犯人が持ち出したに決まってるわ!いくら泥酔していても、自分の命が危ないと分かれば酔いも冷めるわよ!」
「そう、あたしもハルヒさんと同じ考えなんだけど……でもそれだと、一樹君がマスターキーを使って扉を開けたことの説明がつかないのよ。この部屋のキーはテーブルのすぐ近くにあったし、犯人は消化器を持ち出してどうやって鍵を元の場所に戻したのかしら?密室にする意図がまるで読めないわ!」
『たまたまテーブルの近くに落ちただけだ。こんなもの密室でも何でもない。鍵をかけたあと天井に鍵を放り投げて火を放てばいい。見ての通り天井は崩れ落ち、さも部屋の中にあったかのように見せられる』
「そのようだな。それで、他に気になっているっていうのは?」
「コテージ周辺の足跡よ。コテージの扉を集中的に消火していた星野さんの足跡は残っていないけれど、一樹君たちの足跡の他に、犯人らしき足跡がはっきりと残っていたわ。でも……」
犯人の足跡が残っているのなら、どうして躊躇う必要があるのかと周囲の足跡を見てハッとした。周りにいた全員の靴を確認して古泉も気難しい顔になっている。
「おい、俺はあのハゲの監視員なんて役回りは御免だぞ?」
『同感だ。だが、現状だけで考えるのなら、そこのハゲに手錠をかけて閉じ込めておく必要がある』
「いくら刑事だからって、助けが来るまであの男と同じコテージで過ごすなんて、あたしも嫌よ!?」
「ちょっと!どうしてあのハゲに手錠をかける必要があるのか、あたしにも教えなさいよ!」
「辻村さんは仕事上そうならざるを得ないが、それ以外で使用するための靴も用意して今もそれを履いている。『ペンション』や『コテージ』と山道を歩くキーワードがチラシにあったにもかかわらず、見るからに高級そうな服装とこの場にそぐわないビジネス用の靴を履いた、あのハゲの靴跡が残っているんだよ」
「ちょっと待ちなさいよ!あたし達の手伝いもせずにアホ面をしていた奴の靴跡がどうして残っているのよ!?」
『だからあのハゲに手錠をかけようという話をしているんだ。暫定的なものでしかないがな』
「そう、あの男が犯人なら積極的に消化作業に尽力して、足跡が残っていても不思議に思われないようにするはず。それに、酔い潰れて殺害しやすかったとはいえ、その方法が銃殺じゃなくコテージの側面にガソリンを撒いた放火だなんてありえない。あの男ならジョンや上村、それに佐々木と名乗る彼を真っ先に殺害しようとするわ。矛盾していることが多すぎるのよ」
「要するに、彼が犯人だとミスリードしたってことかい?」
「どの道拳銃を発砲することだってあり得る。あのハゲのコテージのトイレに手錠を繋いで食事時だけ連れてくればいい。真犯人も今頃呆れているんじゃないか?どうやってあのハゲの靴跡を残したかまではまだ不明だが、『あんな奴に罪をなすりつけるんじゃなかった』とでも思っている頃だろうな」
『あんなハゲがいくら高級な衣装を身につけていても格好がつかない。あの短足であんな履き方をされてはどれだけの布地が無駄になったか分からんな。たとえカツラをかぶっていたとしても、「馬子にも衣装」にすらならない。アイツの服だけサイコメトリーしてくれないか?どう思っているのか聞いてみたくなった』
「とにかく、引地を真野、難波殺害の容疑者として拘束するわ!面倒だけれど食事も毎食コテージまで届けることにしましょ。ペンションのトイレに手錠で繋いでおくわけにはいかないもの」
「なら、服のサイコメトリーはそのときだな。どうせ暴れ出すに決まっている」

 

 島村を除いた全員がハゲを囲み、みくるから現場の状況と靴跡から犯人は引地以外に考えられないと伝えられた。
「ち、違う!私は犯人じゃない!!靴跡が残っていたなんて何かの間違いだ!そっ、そうだ!そこの弁護士の靴跡ってことだって……それに、ペンションに私のものと同じ靴跡があるかも知れないじゃないか!!」
「あ~あ……唯一頼りになる弁護士の辻村さんまで敵にまわすとは思わなかったよ。君みたいな人間が中学校の校長を務めていて、よく定年まで学校崩壊せずに済んだもんだね。他の教員がどれだけ君の不始末を背負っていたのか、気苦労が絶えない毎日だったことが容易に想像できるよ」
「ペンションに置いてある靴についてはこれから調べます。あの島村という男が脅えている以上、容疑者を拘束する以外に手立てがありません。ですが、もしあなたが拘束されている間に殺人事件が起こってしまえば、あなたへの容疑は晴れることになります。納得がいかないかもしれませんが、真相が掴めるまでの辛抱だと思ってください。あなたのコテージの鍵はあたしが預かります」
「違うんだ!私じゃ……私じゃない!辻村さん!犯人扱いしたことは謝ります!私の弁護人になってください!!」
「申し訳ありませんが、今は星野正治さんの顧問弁護士です。それに関わる方の弁護に回ることはできかねます」
「そんな……あ、あいつが……あんな奴が犯人のはずがない。こんな形で終わるわけがないんだ。次は必ず俺が、俺が狙われる!うぁ、うわああああああああぁぁぁぁぁ!!」
アスファルトで舗装された道から外れ、コテージの間を通って島村が森の奥へと走り去っていく。
「駄目!そっちは……」
『アイツはあんたの首を絞めて殺そうとした男だぞ?自分から逃げて行ったんだ。どこで野垂れ死んでいようが気にすることはないだろう?』
「ペンションやコテージに野生動物が近づけないようにトラップが仕掛けてあるんです!こんな真夜中に森を走ったら、命を落としかねません!!」
「上村さん、この男をお願い!」
島村と同じく、ハゲの逃走を食い止める役を上村に託し、みくるも島村を追って森へと入っていった。
「ちぃっ!!」
「ちょっと待ちなさいよ!あんたまで行くことないじゃない!!」
「あの狸がどうなろうと俺には関係ないが、朝比奈さんは別だ!サイコメトラーなら暗闇だろうが関係ない!!」
難波のコテージが燃え盛っていることに気づいて出てきただけで、消火された後どうなるかまで考えていなかった島村が懐中電灯など持っているはずもなく、とにかくペンションやコテージから離れることだけを念頭に置いて走っていた。六十五を過ぎた古狸が全力疾走したところで逃げ切れるはずもなく、後ろから追ってくる懐中電灯の光を見て、その持ち主が真野や難波を殺した犯人だと信じ込み、殺されまいと必死にもがいていた。
「……く、来るな!おっ、俺に近づくな!!こ、ここ殺さないでくれぇぇっ……………ぐあっっ!!」
ペンションやコテージの周りを囲っていた電気柵に触れ、追撃のボウガンの矢が島村の背中を貫く。島村の叫び声がした方向に懐中電灯の光が近づいてくる。電気柵と背中にボウガンの矢が刺さった島村を確認して、懐中電灯を持ったみくるがゆっくりと島村に近づいていく。
「そんな……」
対野生動物用の罠にかかった島村の無残な姿に、みくるも言葉を失った。だが、二つ目の熱源を察知して、ボウガンの照準がみくるへと向いた。
「朝比奈さん!そこから離れろ!!」
ボウガンの位置をサイコメトリーで察知した古泉がみくるに対して叫ぶものの、その意味が分からずに古泉の到着を待っていた。みくるに対するボウガンの矢が容赦なく放たれる。その刹那、腕を掴まれ、強引に引き寄せられたみくるの胸部を掠めるようにボウガンの矢が通過していく。
「がっ!」

 

「とにかくここから離れるぞ。ついてこい」
「えっ!?あっ、はい。ありがとうございます」
ようやく古泉がみくるに追いつき、みくるの窮地を救った俺に何か言いたそうにしている。
「どうしておまえがここにいる」
「おまえが自分で言っていただろう?サイコメトラーなら暗闇だろうが関係ない。森に入ったのはほぼ同時だった。この古狸の末路を知りたかっただけだ。ジョンって奴に言っておいてくれ。『これで孤島での借りは返した』とな。服が破れて下着が露出しているようだが、心臓に狙いを定められていたのを無傷で回避できたんだ。そこのところは大目に見てくれよ?」
「電気柵で周囲の野生動物たちを追い払うくらいの警備体制は整えていると予想はしていましたが、まさかボウガンまで飛んでくるなんて……ジョンには伝えておきますが、今度はあたしがあなたに借りを返すことになりそうです。助けていただいてありがとうございました」
ドレスコード有りの場ではないが、破れた服を抑えてみくるが俺の正面から一礼。警視庁捜査一課の刑事にそんなことをされるような立場ではないし、俺はもうこれ以上の貸し借りは面倒だ。身体の一部が痒くなる前に屍寸前の古狸を見据えた。二本のボウガンの矢が島村の心臓と手の甲を貫いていた。
「ち…ちくしょう…………ちく…しょう………」
「自業自得とはいえ、貴様らしいみじめな最後だったな。仕掛けられたトラップが野生動物を見事に追い払ってくれた。星野正治からすれば、実に喜ばしい出来事だったと言うだろう。おまえら三人が暗闇に乗じて財宝を盗み出さないように仕掛けたトラップと言っても過言ではなさそうだ」
「た…たの…む………た…たすけて……たす……たすけて…くれ……!」
「残念ながら、刑事と弁護士、教師はいても、医者は一人たりともいない。おまえに近づこうとすれば、自動でボウガンが発射され、それを避ければおまえに命中する。難波がどうかまでは分からんが、精々真野より長い走馬燈に浸るといい。それとな、頼み方ってものがあるだろう?もっとも、元国語の教師のクセに、語彙がほとんど無いと他の教員に噂されていたようだし、できるわけがないか」
「た…たすけてくれええ…!た…たの…む……!」
「最後の最後までどうしようもない奴だ。もっとも、真犯人からすれば自分の手で殺してやりたかったと思っているかもしれん。おまえの死体はこのまま放置される。阿鼻地獄で火葬してもらえ」
「一樹君!何とかならないの!?」
「アイツの言う通りだ。野生動物がペンション付近に近寄ってくるためだけなら、電気柵だけで十分足りる。財宝を持ち出そうとした奴へのトラップでもあったってことだ。ここでボウガンだけ取り外そうとすれば、別の場所からボウガンの矢が飛んでくる仕組みになっている。どこにあるのかは知らないが、ペンションに戻って罠を解除する以外に方法はない。それに、ここから出られない以上、この狸ジジイが助かる見込みはない」

 

 もはや狸ジジイの最後を見届ける必要もない。みくると古泉はしばらくその場に残っていたが、島村が死んだのを確認して、難波のコテージだった場所までようやく戻ってきた。
「朝比奈さん!一体どうしたのよ、その服!!」
「説明すると長くなりそうだし、今は彼に命を救われたとだけ伝えておくわ。ジョンに『これで孤島での借りは返したと伝えてくれ』だそうよ。結論から言うと、島村は死んだわ。財宝を持ち出そうとする人間に対するトラップに引っかかってね」
「それなら、この手錠を外してくれ!あの男で最後なんだろ!?『次は俺が狙われる!』と連呼していたのを、ここにいる全員が聞いていたはずだ!」
やれやれ、どうしてこういう連中は物事を大げさにしたがるんだか。あの男は確かにそう叫んだが、連呼はしていない。さっきまでと顔つきが反転して、自慢気な面を谷口と二人で並べていた。
「……分かりました。ですが、足跡の件がある以上、あなたが一番の容疑者であることは変わりません。あなたのコテージの拳銃はこちらで管理させていただきます。それと、現場の撮影は既に終えていますので、この後何かしらの細工をしても覆ることはありません。よろしいですね?」
みくるの出した条件に二つ返事でOKして、バカ二人がはしゃぎ回っている。こんな奴等、殺されてもいいと思えるのも珍しい。もう一度、恐怖のどん底に叩き落してやりたいくらいだが、いずれ機会が訪れる。この事件の真相が解明されればの話だけどな。
「結局、ミッシング・リンクで繋がっていた人間は全員殺されてしまったけれど、森の中で何があったかも聞きたいし、今晩は一樹のコテージで寝させてもらえないかい?」
「個人的にはあの二人も一緒に葬り去って欲しいくらいだけど、まぁいいわ。早くコテージに戻りましょ!」
「あたしも化粧を落とさないといけないわね。森の中を走っていたし、もう一度シャワーだけでも浴びようかしら?」
『……………』
「ジョン、何を見ているんだ?」
『放火事件の時に撮影したものを見ているだけだ。全員の靴と足跡を撮影したが、引地以外の人間がどうやって足跡を残したのかさっぱりだ。あの男がこの事件の犯人でないことは明白だ。靴を盗んだとしても、土を落としてコテージに戻している暇はない』
「それなら丁度いいわ!ジョン、一樹君にスマホを渡してもらえるかしら?ペンションにある靴を調べておくのをすっかり忘れていたわ!撮影した映像はペンションに向かう道中で確認すればいいわよ」
「事件を解決するのはいいが、どうやってここから脱出するつもりだ?」
「トラップを解除してもらって、ジョンにスキー場まで向かってもらうっていうのはどうだい?」
「駄目よ!もし、スキー場まで行けたとしても、夏場に施設が営業しているわけがないわ!緊急事態とはいえ、扉を蹴破るわけにもいかないし………何とかこのペンションの電話番号だけでも外部に伝えることができるといいんだけれど……」
「フフン、ようやく話を切り出す時がきたみたいね!今までずっと黙っていたけど、とっておきのものを用意してきたのよ!!」
『とっておきのもの!?』
青ハルヒから絶対に叫ばないようにと厳重注意を受けてから、用意してきたものについて告げた。咄嗟に口を塞いだのがジョンを除く三人。
『なるほどね、それなら明日の朝食中に財宝と対面できそうだ』
「あとは、事件の解明だけってことだね」
「それなら、一度コテージに戻ってからペンションに行きましょ。森の中でのことは道中で話すわ!」

 

 ペンションでの靴の確認を終え、コテージに戻る頃にはハルヒ、ジョン、裕さんの三人は既に眠っていた。森の中を走って汗をかいた分と化粧を落とすべくみくるがシャワーに入り、古泉がベッドで横になったところでハルヒが起きてきた。
「(待ちくたびれちゃったわよ!それで、うまくいったの?)」
「(ハルヒが用意してくれたものについては誰にも気付かれずに済んだ。ただ、あのハゲの靴跡と一致するものは一つも無かった。あとは靴跡の謎を解くだけなんだが……)」
「(そんなの朝比奈さん達に任せればいいじゃない!どうして美容師のあんたが殺人事件の謎を解かなきゃいけないのよ!!)」
「(理由を述べるのなら『今まで朝比奈さんに散々つき合わされたから』だろうな。どうやら、未解決のまま終わりを迎えるのは納得できなくなってしまったらしい)」
「(も~~~~っ!それじゃ、事件の謎が解けるまで帰れないじゃない!!)」
「……とける?」
ハルヒとの会話の最中、『とける』の一言をきっかけに、ジョンが撮影した写真を洗い直し始めた。
「(何よ!?何か閃いたのならさっさと説明しなさいよ!)」
「(なるほど。あの場でこの靴の状態はおかしい。だが、犯人だと断定する証拠が……いや、もしそうだとしたら、あのアホ二人も少しは役に立ったらしい。大手柄だ、ハルヒ!)」
「(手柄はいいからあたしにも説明しなさいよ!寝られなくなっちゃうでしょうが!)」
「(まぁ、そう慌てるな。ようやく答えに辿り着いたんだ。少しくらい、その余韻に浸らせてくれ。こういうときに決め台詞のようなものがあればカッコ良く決まるんだろうが………ありきたりの言葉しか浮かんでこないな)」
「(どういう意味よ!?)」

 

「謎はすべて解けた」

 
 

二日目の朝、古泉のコテージの前で小声で話している五人。ハルヒがみくる達に例のトリックを伝えようとしたところで、『盗聴器や監視カメラが仕掛けてあるかもしれないから』とみくるが止め、身支度を整えてコテージから出たところで話を切り出した。
「あの靴はそういう理由だったんだね。でも、これで財宝とご対面することができそうだ」
「引地のコテージにあった拳銃は没収したけど、服部の逸話が真実なら武器に困ることは無さそうね」
「それなら心配いらないわよ!あたし達が拳銃を構えればいいんだから!」
『俺には必要ない』
「とにかく、今話した通りだ。ペンションに向かう」
残り四人の顔を確認してから古泉が先陣を切る。ジョンが普段よりも楽しそうにしているのは……財宝のことだけでは無さそうだ。ペンションには朝食の支度をしている星野朱里とその手伝い……というより邪魔をしているアホの谷口。もう殺される心配はいらないと勘ぐって朝からテンションの高い谷口に反して、おそらく一睡もせずにペンションに来たであろう引地。自席に着いてテーブルに両肘を置き、組んだ手に額をあてている。一体どこまでがコイツの額なのか聞いてみたいもんだが、そのせいで表情までは確認できなかった。拳銃を取り上げられ、財宝を強奪するどころか、殺人事件の容疑者として一番に疑われているんだ。今までどれだけ上っ面だけで取り繕って来たのかがこれで証明されたようなもんだ。古泉たち五人が到着したところでハルヒがアホの谷口を蹴り飛ばし、みくると星野朱里の三人で食事の支度を再開。辻村、俺、最後に意気揚々と上村がペンションに入ってきた。引地と違って熟睡できたようだが、財宝が自分の手に入る可能性もほとんど無くなり、殺人事件まで起きて自分も殺されてしまいかねないというのによくそんな顔でいられたな。真犯人に罪を擦り付けて他の人間を殺害する可能性もあるというのに……本人の発言通り、暗号と殺人事件を解きたいだけか?

 

「僕が最後のようだね。全員揃っているところを見る限り、昨日の火事の後は殺人事件が起こることは無かったようだね。無事で何よりだと言いたいところだけど、ちょっと残念かな。暗号を解いた彼か、知能指数の低い誰かさん達が殺されていると面白そうだったんだけどね。ところで、解読した暗号の説明はいつになったら始めるつもりだい?買い出しに行けない以上、食料も残り少ないんだろう?」
『それなら朝食が終わってから話す。どんな馬鹿でも分かるように詳しく解説してやる。それより、少しは配膳を手伝ったらどうだ?自分に殺人事件の容疑がかかっただけで一睡も出来ないようなハゲには任せられないだろ?』
「くっくっ、それもそうだね。僕も貴重な食料を無駄にしたくはない。というより、それすらしない人間に食料を分け与える必要はないんじゃないのかい?過度に手伝おうとして追い払われた誰かさんも含めてね」
「おい!おまえ、それはどういう意味だ!」
「君も随分自意識過剰のようだ。けれど、今回はその反応で正しいよ。そのままの意味で受け取ってくれて構わない。だが、僕に殴りかかるような真似だけはしないでくれよ?折角の料理が台無しになってしまうだろう?そのときは君に地べたを舐めてもらうことになる。誰の足跡かはっきりと分かるこのペンションの床をね」
『足跡』の一言で引地が更に怖気づいてしまった。昨日のように反論する余裕も気力もないらしい。しばらくして、ディナーのフルコースと言っても過言ではないほどの料理がテーブルに出揃った。
「おい、おまえの席はそっちじゃないだろ!」
「君たちと同列に扱われたくないからね。それに、僕の席がそこだと一体誰が、いつ指示を出したんだい?空席が三つも増えたんだ。どこに座ろうが僕の自由だろう?」
「ですが、食料が残されていないというのに、この料理の数々は一体……」
「これが最後の晩餐とでも言いたげだな」
「朝比奈さんから『外部と連絡が取れた』って聞いて、私も吃驚したんです。彼が暗号文を解く頃には迎えが来るって」
『外部と連絡が取れた!?』
「ええ、そうよ。ジョンに付近のスキー場まで向かってもらったわ。電気柵もジョンなら軽々と越えられるし、颯爽と駆け抜けていった彼にボウガンの照準が合うわけがない。ジョンは自分には必要ないと言っていたけれど、一樹君のコテージにあった拳銃と、容疑のかかった彼のコテージにあった拳銃を護身用として持たせたわ。結局、一発も使わずに戻ってきたけれど。とにかく、朝食が終わって財宝の在り処を明らかにした頃に迎えにきてくれるはずよ」
「これは困ったね。彼から財宝の在り処を聞いた後、脱出の糸口が掴めたところで財宝の一部だけでも抱えて逃げる計画を立てていたんだけどね。実行に移す前に防がれるとは思ってなかったよ。でも、いいのかい?財宝をすべて強奪して、逃げることを考えていたあの二人の前で明かしてしまっても」
『暗号を見て一番に発言していたのはおまえだろう。「誰かが犠牲にならないと宝は手に入らない」とな。そこの二人には一番に財宝を拝ませてやる。もっとも、財宝の隠し場所まで無事に辿り着けたらの話だが』
「お、俺は星野さんや朝比奈さんの護衛として付くんだ。そんな役回り、他の奴にやらせろよ!」
「それなら、わたしが先陣を切るわ。ちゃんと護ってくれるわよね?」
「そっ、それは…………」
「結局、そこのハゲも含めて、その程度のことすらできない腑抜けだということだ。俺が先に行く。何か言い返したければ、『自分が先陣を切る』と宣言してからにするんだな」
「なら、あの三人を殺した殺人犯はどうするつもりだ!?この中の誰かに間違いないんだ!いくら罠を回避して財宝に辿り着いても、そいつに全員殺されてしまうぞ!!」
「ようやく言い返してきたかと思えば、たった一晩でそこまで顔が変わってしまう程とはな。そんなに殺されるのが怖いか?無事に帰ったとしても、難波殺しの容疑者として拘束されるのがそんなに嫌か?上っ面だけ取り繕ってきただけの男には、殺人事件の容疑者になっただけでも周りの視線がさぞ痛かろうな。『大量殺人犯でも勝てば英雄』と聞いたことはあるが、大量殺人犯にすらなれないおまえに英雄を語る資格はない。さて、言い返してきたからには実行に移してもらうぞ。一番手はおまえで決定だ。どんな罠が仕掛けてあろうと、俺たちがおまえを助けることはない」

 

 トラップが仕掛けられているかどうかならサイコメトリーで判断できる。だからこそみくるが自ら一番手になると名乗り出た。だが、この二人の場合は別だ。どこで何が起きて自分の身体がどうなるかすら分からん。気付いた時には首が身体から切り離されていたなどということもあり得る。周りの冷たい視線が引地に集中する。
「あ~あ、こんな奴のことより、殺人犯の方を擁護したくなってきちゃったわよ。一樹が事件を解決しちゃったら、そこの二人の不安材料が無くなるってことでしょ?」
「えっ?涼宮さん、それってどういう……」
「暗号はジョンが、殺人事件は一樹君が解いてくれたわ。あたしも、持っている手錠でそこの二人をトイレに繋いでおきたいくらいなんだけれど、真相が解明された以上、この手錠は真犯人に使わなくちゃいけないわね」
「ちょっと待ってください!昨日の火災が起きた際、コテージの周囲にあった靴跡は引地氏のものでは無いとおっしゃるのですか?」
「……妙だな。俺は殺人事件なんて解いちゃいない。あの足跡もそいつのもので間違いない。足跡とその後の行動が明らかに矛盾しているせいで、そいつは犯人ではないという説が上がっているだけだ」
「一樹君、あなたの気持ちは十分伝わっているけれど、ここに来た目的を果たさなきゃ、あたし達は前に進めないの。今日が終わればこの人たちとは二度と会うことはないし、この二人が今後どういう人生を辿るかなんて一樹君にも分かっているはずよ」
「くそっ……やってられるか!こんな事件!!もし俺に財宝が手に入ったとしても御免だね!」
『おまえが話さないのなら、俺がこの殺人事件の真相を話す。それでもいいのか?』
「こんなくだらない連中に何もできやしないわよ!」
「では、やはりあの足跡は……」
「……ああ、犯人によって作られたものだ。辻村さんを除いて、ツアー参加者の中から無作為に選ぶつもりだったのが、そこのハゲがそんな靴を履いてきたせいで計画が狂ってしまったんだ。作るのが簡単だったからとはいえ、こんなどうしようもない奴の靴跡を選んだ自分が馬鹿だったと思っていただろう」
最後の晩餐も終え、アホの谷口と引地の二人もそのまま黙り込んでしまった。古泉も推理を熱弁するというよりは、周りの質問に対して答えるだけ。財宝を自分一人で強奪しようとする連中にかけられた容疑を、自分が晴らしてしまうという事実に、古泉も腸を煮え繰り返していた。
「確かに僕たちは渡された暗号の解読に夢中で、そんなことをやっている人物がいるなんて考えもしなかったけれど、君の言う犯人はどうやって作ったというんだい?」
「氷だよ。氷を加工して難波のコテージまで出向き、自分の靴の上からスリッパのように履いてコテージにガソリンを撒いて回ったんだ。コテージに火を放った後、その場から逃げているように足跡をつけながらアスファルトまで辿り着き、氷のスリッパを脱いで草むらに隠した。こんな時期だ。いくら標高があろうと、俺たちが消火作業をして現場検証をしているうちに氷は溶け、証拠は消えてなくなる……はずだった」
『はずだった!?』
「誰かがその氷のスリッパを発見したとでもおっしゃるんですか?」
「いや、靴跡と、全員の靴底に土が付いていないか確認するためにジョンが撮影していた写真の中に混じっていたんだ。丸一日晴天で水たまりなんて一つも無かったはずなのに、なぜか濡れた靴を履いていた奴が一人。………星野朱里、おまえだよ!!」
『!!!!!』

 

 ジョンから託されたスマホを持って、星野朱里の靴を撮影した画像を本人の前に突きつけた。
「はっ、笑わせてくれるぜ!そんなもの、夕食後の皿洗いをしている最中に付いただけに決まってる!そんなことで星野さんを犯人呼ばわりするんじゃねぇ!!」
「残念だが、それだけじゃないんだ。難波のコテージにあった消火器、どうやって持ち出すことができたと思う?」
「へっ、そんなもの何度も呼び鈴を鳴らして難波を起こしたに決まってる!」
「くっくっ、僕や彼が担いでようやく歩けるような状態で、難波が歩けると思うかい?しかも、彼女には氷のスリッパで足跡を残さなければならない制約がかかっていたんだ。酔い潰れて起きるかどうかすら分からない難波に開けさせるより、マスターキーを使った方が断然早いだろう?しかも、焼死体はコテージの扉から離れたところにあったんだ。そんな余裕があったと思うのかい?」
「ぐっ……だが、そんなものいつでも持ち出せるだろ!?おまえらの眼を盗んで隠しておいただけに決まってるぜ!」
「そもそも、何のために難波のコテージにあった消火器を持ち出す必要があったのか。それがおまえ等に分かるか?」
「いくら酔い潰れていても、自分の命に関わるとなれば酔いも覚めます。彼に消火器を使わせないためでは無かったのですか?」
「それも目的の一つだ。だが本当の狙いは、難波を助け出そうと、さもマスターキーと消火器を持って、ペンションからやってきたように見せつけるためだ」
「じゃあ、その消火器は一体どこにあるんですか!?」
「俺のすぐ後ろだよ。長い間使われていないせいで手の跡がはっきり残っている」
「けっ!そんなの当たり前じゃねぇか!ここから持ち出したものを、元の位置に戻しただけだろうが!」
「射出口を向けられた張本人がまだ分からんのか?星野朱里の指紋『しか』残っていないのはおかしいんだよ」
「あのまま彼女に噴射されていたら、僕は料理にありつけなかっただろうね」
「そうだ。難波のコテージが燃えているのを発見してここから持ち出したのなら、ハルヒと星野朱里の『二人分の指紋』が付いているはずだ。真野が殺害されて朝比奈さんが自分の本職を明かしたが、こういう事件が発生した時のために色々と調べられるようなものを普段から持ち歩いていてな。指紋くらい簡単に検出できるんだよ。ハルヒの指紋のついた消火器なら、他の消火器と一緒にリネン室にでも並べてあるはずだ」

 

 俺が途中に割り込んだことにみくるやハルヒ、ジョンが驚いていたが、仕事として依頼を受けていなければ、こんな戯言はさっさと終わらせて財宝の隠し場所の方にベクトルを向けるべきだ。俺の狙いはそっちなんだからな。もはや言い逃れはできないと悟ったらしい。あのジジイ達とどんな契約を交わしていたんだか。
「一つ聞かせてくれないかい?島村があのまま死んでいなければ、君は一体どんな手段を取るつもりだったんだい?」
「『真野と難波を殺害すれば、あの男は自ら死に急ぐ』私にあの三人の殺害計画を提供してくれた女性が話していました。私もそのときはそんな曖昧な計画で大丈夫なのかと疑ってばかりで、それが失敗に終わってしまったときの事を何度問いかけても答えてもらえず、とにかく計画通りに決行するしかありませんでした。私も父を誘惑し、殺した人間の一人というくらいしか知らなかったので、その女性の言っていた通りに事が運んだときは、私も呆れ果てたというか……」
「その女性、森と名乗らなかったかしら?それに、あなたに殺害計画を提供するにあたってどういう契約を交わしたのか教えてもらえる?あたし達五人が揃ってここに来たのは偶然でも何でもない。あの組織に呼び出されたようなものよ」
「どうしてそれを……あっ…でも、おかしいですよね。ミステリーツアーの抽選で選ばれたはずなのに五人揃ってここに来るなんて。計画を遂行して私が何の罪にも問われなければ、このペンションやコテージを残して、暗号に記された財産のすべてをあの人達に相続する契約でした。暗号だけを解いた人物には偽の契約書を渡して……」
「ということは本物の契約書で財産相続をするんだな!?財産の在り処はどこだ!?」
「今頃になって割って入ってくるな、豆電球!いくら元気を取り戻しても、おまえの頭に毛が生えることはもう無いんだよ。朝比奈さん、このハゲを重要参考人として捕えているが、本人は容疑を否認しているとマスコミに流してくれないか?それが事実なんだから別に構わないだろう?そのあと真犯人が明らかになったと伝えればいい」
「そうね。多丸警部にはそう伝えるわ。星野さんを容疑者から匿うためと伝えておけば、あの組織の連中に命を狙われることもないわよ。でも、さっきも話していたけれど、どうして殺されたお父さんの復讐を考えるようになったの?あなたのお母さんと一緒に何度も説得して、ようやくギャンブルから足を洗った人なんでしょう?あたしならそんな父親なんて必要ないって思っちゃうけれど……」
いくら元気100倍になったとしても、元がゼロならゼロのまま。全国に重要参考人として捕えられていることが流れるという古泉の言葉を受けて、真相が判明する前に戻ってしまった。そんなに世間体が大事ならこんなツアーに参加しなければ良かったものを……財宝に眼を奪われた奴の末路にしては典型的すぎる。アホの谷口も星野朱里が殺人犯ということを受け止められないまま、未だに呆けていた。
「なまじギャンブルに強い父でしたから、母と二人で説得するのも本当に苦労しましたし、父が足を洗うと言ったときは親子の縁を切ろうとも思っていました。でも、この土地を購入してペンションとして経営を始めた父を手伝っているうちにそんな気持ちも薄れていって………そのときの父は本当に優しかったんです。母もこんな父の姿に惹かれていたんだって、ようやく私も実感することができて……でも、それを踏みにじるかのように、難波が『財宝の発掘に乗り出さないか』と父を誘惑して……数日もしないうちに父がこのペンションから去って行きました。母も父を探しに行くと告げて出て行ったまま、今も行方不明です。いくら従業員を雇っても、私一人の力では経営も厳しくて、結局都心に住むことにしたんです。その数か月後、父の死を告げに辻村さんがやってきて、父の遺言の話も聞かされました。その遺言を巡って難波や真野、島村が私に近づくようになって………」
今になって初めて涙を零した星野朱里が両手をゆっくりと前に出し、みくるがそれに応じて手錠をかけた。

 

「難波なら、酒を飲ませただけで真実を語ったでしょうね。あなたを星野正治の娘だと知っていても」
『それなら、残りの呪縛を解くだけだ。あの暗号文には韻を踏むように二つの意味が隠れていた。これから向かう財宝の在り処に到達するまでの罠を彷彿とさせる「死ぬ気」も「『し』抜き」と捉えることで、この暗号文に一つの数字が浮かび上がる』
すかさず暗号文を取り出した連中が『し』と読めるものを黒く塗り潰していく。『二つの意味が隠れている』とジョンが説明しているにも関わらず、暗号文をさらに読みにくいものにしていた。まぁ、裏から見れば何とかなるか。
「おい、数字なんてどこにも浮かんで来ないぞ!」
「僕もすべて分かったわけじゃないけれど、君は小学校からもう一度人生をやり直した方がよさそうだね。まだ『し』と読めるものがいくつも隠れているじゃないか。彼は放っておいて次に進んでくれないかい?いくら丁寧に説明しても、彼に理解できるとは到底思えない」
『俺もこの文字は見たことも聞いたことも無かったが、裕がつけている腕時計にこの数字が刻まれていたことで、これがこのペンションの時計を示すものだと知った。コテージの時計がすべてデジタル時計だったのもそのためだ』
上村から受けた指摘も、そんなことは最初から分かっていたと言わんばかりにジョンが話を進めていく。
「この暗号がこのペンションの時計を?でも、財宝なんてどこにも……」
『この時計の真下の地下通路のことは知っていたか?』
「地下通路!?そんな……地下に降りる階段なんてどこにも………」
『俺の推理が正しければ、四時の段階からこの暗号文に書かれた通りに回せば地下につながる階段が現れるはずだ』
「そういえば、そこで話が止まっていたんだったわね。でも、『この暗号文通りに回す』って言われても、どこにもそんなこと書いてないじゃない!」
『数字を浮かび上がらせるために、暗号文では「我」と「私」の二種類に使い分けているが、この「我」にあたる人物が誰で、星野正治がどんな人物だったか考えてみろ』
「誰かなんて考えるまでもない!星野正治本人に決まっているだろう!!」
「だからお前らのようなハゲの能無しには、この暗号文が解けないんだ。浮かび上がったローマ数字が時計を示すなんて雑学は俺も知らなかったが、妻が女王で従僕が兵士とくれば、この『我』に当てはまるのは王様に決まっている。ギャンブル好きの星野正治ならトランプってことだ」
「あ゛――――――――――――――――っ!!だからあんた、あたしからカードを奪い取ろうとしたのね!?」
「くっくっ、ということは、『恋愛に溺れた兵士』はハートのJ、『女王の宝』はダイヤのQってことになりそうだけれど、最後のKはどれにあたるのか教えてくれないかい?それに、ハートのJ、ダイヤのQが分かっても、何をどうすればいいか見当もつかないよ」
『絵札に書かれた顔の向きのことだ。裕、トランプを出してくれ』

 

 ジョンのセリフを受けてコテージから持ってきたトランプの中からハートのJ、ダイヤのQを取り出し、Kを四枚並んで俺たちの前に姿を現した。
「あたし達の身近にあるものなのに、こうして並べて比べてみると違いがはっきり見えてくるわね」
「『暗号文通りに回す』って言っていた意味がようやく分かったわよ!まずは左に11、次に左に12回せってことなんでしょ!?」
「ですが、最後の13は一体どちらに……」
「ここまでくれば俺様にも分かったぜ!そんなの分からなくても、両方試してみればいいだけだ!」
『だったらおまえが回せ。もっとも、間違った方向に回した瞬間にボウガンの矢が刺さってもいいのならな。島村と同じ道を辿りたいなら俺に止める権利はない。地下通路への入り口から先はそこのハゲが先頭と決まっている』
「あっ、あんなジジイと一緒にされるなんて真っ平御免だ!お、俺様は総大将だぞ!誰か他の奴に譲れ!!」
「君と同じ扱いをされるのも御免こうむりたいけどね。それに自分が総大将だと言うのなら、どっちに行くか君が決めるべきなんじゃないかい?」
「左、左と続いていたんだ。最後も左に決まってるだろ!?」
「じゃあ、僕たちは右を選択させてもらうよ」
「おまえ、総大将を放って違う道を行こうなんて、一体どういうつもりだ!?」
「君に従う気にはなれないし、君の手下になった覚えもないよ」
「も~~~~っ!!こんなバカ放っておいて、さっさと教えなさいよ!どっちに13回せばいいのよ!」
『ハートは愛、ダイヤは金、クラブは知識、スペードは死を意味する。「我其に直面すること叶わず」は死に対して直面することができないスペードのKのことだ』
『ってことは……』
そこにいたほぼ全員の注目がスペードのKに集まっている間に、時計の針が右に13回った。仕掛けが動く音と共に、椅子の上に乗って時計の針を回していたジョンの下の床が動き始めた。
「これで、財宝はジョンの手に渡ることになりそうだね。あんなに難しく思えた暗号文も、こうして紐解いてみるとこんなに簡単なことだったんだ。星野正治もあんな欲に溺れた連中より、彼女に渡したかったんじゃないかい?」
足場を失った椅子が地下へと続く階段に落ち、仕掛けが動き出した瞬間にジョンはその場を離れていた。
「裕の言う通りなら、ここから先はトラップが仕掛けられていることはあり得ない。堂々と先陣を切れそうだな?」
『「早く教えろ」としつこく俺に迫ったのはおまえ達の方だ。さっさと財宝に向かって進んだらどうだ?一番に口火を切った島村は死に急いでしまったが、おまえ達の行く末を後ろで見物させてもらう』
残り全員で詰め寄っても一向に進もうとしないハゲを俺が蹴り飛ばして前に進んでいく。
「ひぃぃぃぃ……分かった!分かったから、蹴るのはもうやめてくれ!!」
「財宝の在り処が分かっても、結局チキン野郎に変わりはなかったようね。強奪しようなんて考えがどこから出てくるのかこっちが知りたいくらいよ!」
「しっかし、長い地下通路だな。トラップがあるんじゃないかと勘繰りたくもなる」
「あの男がどうなろうとあたし達には関係ないけれど、彼もサイコメトリーしながら進んでいるのは間違いないわ。一樹君、何か読み取れたらすぐに教えて頂戴」
「最初からそのつもりだよ」

 

 薄暗い地下通路も次第に奥の光が強くなり、文字通りの財宝を前に欲に駆られた奴から順に飛び込むように走って行った。金銀宝石は勿論、99.99%と書かれたインゴットが全部で15本。
「朝比奈さん、あれ一本でいくらになるのか知ってるか?」
「確か金は1gで3400円くらいだったはずよ。単純計算で4500万円。あの15本だけでも6億7500万円の計算になりそうね」
『6億7500万円!?』
「ちょっとあんた!少しはあたし達にも分けなさいよ!!」
『ここから無事に持ち出せたらな。星野正治を含めたあの四人だけでこれだけの量を運び出していたとは、目の前で見せつけられても信じられそうにない。増援を頼んだ方がいいんじゃないのか?』
「迎えが来てからでいいわよ。この財宝を強奪したり、一部を持って逃げ出そうとした人間をここから引き離さないと……辻村さんを入れて朱里さんと正式な相続の手続きを済ませてからってことになるわね。十分の一程度は税金として国に奪われてしまいそうだけれど、いくらジョンでも、これだけの量を一人で守り切るなんてできないわよ」
「孤島の館にあった武器が日本刀を除いて全部揃ってやがる。………くそっ!!嫌なものを思い出してしまった!」
「そのようね。あのときはレプリカだったけれど、今度はすべて本物。マリファナが無かったとしても、武器を持った殺し合いが起こったとしても不思議じゃな…………」
みくるが告げようとした言葉通りのことが、一発の銃声と同時にその幕を開けた。
「ぐ……はっ………」
膝を折り、倒れていたのは上村。そのすぐ後ろに拳銃を持ったアホの谷口がいた。真後ろから堂々と心臓を貫き、迎えが来たとしても、もう遅い。
「くくくくく、はははははははははははは…………やっぱり、最後に笑うのはこの俺様なんだなぁ。この財宝の在り処まで案内してくれた礼を言っておこう。コイツのように人を小馬鹿にする連中が一番嫌いなんだよ。だから一番に殺してやった。警視庁のお偉いさんにこの財宝の端くれでも渡しておけば、俺様の殺人罪も朱里ちゃんの殺人罪もすべて潰される。都心に戻るなんて狭い夢で終わらずに、俺様と一緒に生涯遊んで暮らさないか?みくるちゃんも刑事なんて怖い職業なんて辞めて俺と一緒に来なよ。ついでにハルヒちゃんも入れてあげるからさぁ………もうすぐ迎えが来るんだろ?野郎共はここにある金銀財宝のすべてを運ぶ作業だ。……俺様が指示を出しているんだ。さっさと働け!!!!!」
「くっくっ、さ…さっきもい、言ったじゃない…か。き、君みたいな人間に、しっ、従う人なんて、い…いやしないよ。まったく、君のっ、ような………男には、何んっ度言って、もわっ、からないんだから…ね。むし、ずが走るよ」
「だったら、その前にこの世から消えてろ」
二発目の弾丸が無残にも上村の頭部を貫く。これで殺人罪は確定だな。
「あのアホは女は撃たない。俺たちから離れてろ………というより、あんな奴は俺一人で十分だ」
「ちょっと一樹!あんた、何をするつもりよ!?」
『どうやら、狙いをサイコメトリーで読んで避けるつもりらしい。銃の扱いなんて今日が初めてだろうに、狙ったところに撃てるのかすら怪しいもんだ』
「ちょっとあんた!解説している余裕があるのなら加勢しなさいよ!!」
『アイツが一人で十分だと言っているんだ。余計な邪魔が入ると逆効果だ。今は黙って見ていろ』

 

「なんだ、おまえも俺様に逆らうつもりか?」
「そいつが言っていたことをもう忘れたか。おまえのようなアホに従う奴は一人としていない。弾丸が切れたところで分相応の刑罰が下ることになる」
「人手をこれ以上少なくするわけにはいかないんだ。使い物にならなくなる前にひれ伏せ」
「お断りだね。使い物にならなくなるのはその拳銃の方だ。今日初めて拳銃を発砲した奴がこの距離で俺に当てられるはずがない。上村のときは近距離だったから、多少狙いがズレても支障が無かっただけの話だ」
「仕方がない。だったら試してみるか?」
「当てられるものならな?」
各コテージに隠されていた拳銃の弾の数は八発。上村に対して二発撃っている以上、残り六発を避けきることができればアホの谷口は再びチキン野郎に戻る。真野や島村のコテージの拳銃はすべてみくるが管理している状態。他のコテージから拳銃を盗み出そうとしても、マスターキーでもない限りは不可能。古泉の挑発に釣られたアホの谷口が歯軋りをして引き金を引くこと一回。素早く頭部をそらした古泉の横を弾丸が通り過ぎていく。
「どうした?俺に当てて見せるんじゃなかったのか?ちゃんと狙って撃っているんだろうな?生憎と素人が扱える代物じゃないんだよ」
「やかましい!次で仕留めてやる!!」
「一体どういうこと?一樹君も彼の思考を足でサイコメトリーしているの?あの男と同じレベルにまで達した?」
『今頃気付いたのか。島村を追って森の中へ入ったときも、ここに来るまでの通路を歩いているときもそうだ。壁に触れることなくトラップがないかどうか察知していた。思考を読んでもかなりのズレが生じるだろうが、銃口の向きとトリガーを引くタイミングに合わせて避けるだけだ』
『次で仕留める』と豪語するアホの谷口だったが、拳銃を持った両手が震えている。それを見た古泉が一歩ずつ谷口に近づいていった。
「背後から近距離で撃たないと、どうやら当てることも出来ないようだな。さっさと撃ってみろよ。撃ちやすいようにこうして距離を詰めてやっているんだ。ああ、一つ言い忘れていた。朝比奈さんが刑事だということは覚えられたようだが、ジョンが連絡した迎えのことまでは頭が回らなかった、いや、そんな考えすら無かったか」
「どういう意味だ!?………答えろ!!」
「全員、警察関係者ってことだ。たとえここにいる全員を殺したとしても、殺人罪と銃刀法違反でおまえの行先は牢獄の中。もっとも、おまえのような奴に殺されるような人間は一人たりともいない」
近づいてくる古泉に対して発砲を続けるアホの谷口。古泉が言ったことすら理解できず、古泉を殺すことに必死になっていた。
「これで残り一発。さっきまでの威勢はどうした?所詮、チキン野郎はチキン野郎でしかなかったな」
「うるさい!!!」
銃口を古泉からそらした谷口の思考を読み、すかさず古泉が声を上げる。
「ハルヒ、避けろ!!」

 

状況の変化に対応できなかったハルヒを、ジョンが横から突き飛ばしたが、弾丸はハルヒの二の腕を掠め、血が滲みだしている。銃弾を使い切り、古泉の逆鱗に触れた男の頬に拳が直撃。反対側のこめかみが地面に激突する。上村に寄り添うようにアホの谷口が倒れる。その直後、拳銃を持っていた右手を踏み潰し、右手の骨が複雑骨折したとサイコメトリーで情報が流れていた。
「ハルヒさん!大丈夫!?」
「……んっとにも~!助けてくれたことには礼を言うけど、もうちょっと助け方ってもんがあるでしょうが!!弾が掠った二の腕より、あんたに押し倒されてできた擦り傷の方がよっぽど痛いわよ!」
「命が無くならなかっただけ良かったわ!それにしてもあの男、女性は狙わないんじゃなかったのかしら?」
『あんなどうしようもない奴でも、最後の一発も避けられてしまうと悟ったんだろう。あとはアイツに任せておけばいい』
拳銃ごとアホの谷口の右手を粉砕されてから、左手、両膝を同様に複雑骨折。最新技術を駆使しても、アホの谷口の両手足が戻ることはあるまい。それでもまだ足りないと他の箇所も一本ずつ骨を折っていく。
「ぎゃあああああぁぁぁぁ!!も、もうやめっ、止めてくれええぇぇぇ!!!」
「人一人殺害した奴が助けを懇願して、それが叶うとでも?それに、ハルヒを狙ったらどうなるか、これからたっぷりと教えてやるよ」
「あっ、諦める!財宝には一切手出ししないから助けてくれ!!」
「財宝は元々、暗号文を解いたジョンに相続されるはずだった。おまえには欠片すら手に入らない。にも関わらず、諦めるだと?所詮、最初から最後までアホはアホでしかなかったな」
仰向けに倒れていたアホの谷口を蹴り飛ばしてあばら骨を折り、うつ伏せになった背中を何度も何度も踏みつける。
「ぐあっ、ぐっ、やっ、止めて、ゆる、して、くれ……たっ、頼む」
「頭の悪い奴だ。何を言われようと止めるはずがないだろう?あぁ、迎えが来ても、担架で運んでもらえるなどと考えないことだ。俺が責任を持っておまえを何度も蹴り飛ばしてペンションの外まで運んでやる」
「やめ、止めてくれ!!」
「おまえの頼みを受け入れても、俺は何も得をしない。おまえが迷惑ばかりを振りまいた分、キッチリ返してやるよ。殺された上村の分も含めてな。安心しろ。死んだ方がマシだと思うくらいの体験をするだけだ」
アホの谷口に対する制裁が続けられ、周りからは冷たい視線で見つめられる中、ようやくジョンが古泉に近づいた。
『もう十分だ。こんな男、殺す価値もない。おまえが罪に問われるだけだ』
「だそうだ。良かったな、この程度で済んで。あとはおまえを蹴り飛ばしながらペンションに戻るだけだ。だが、人一人殺しておいて無事に帰れると思うな。銃刀法違反、殺人罪及び殺人未遂罪、窃盗未遂の刑罰が伴う。おまえの思い描いていたものと真逆の人生を精々楽しめ。『最後に笑うのは』………一体誰だったかな?」

 

青ざめた顔をしながら、反論すれば暴力で返ってくるとようやく理解したアホの谷口が口を塞いだ。星野朱里と辻村は目の前で起こったやり取りを未だに受け入れられず、みくるもサイコメトラーとしての質が上がった古泉に、かける言葉も見つからない。というより、古泉が罪に問われないかどうかを気にしているような顔つきをしていた。ハルヒはこの程度では納得がいかないと言いたげな様子だったが、古泉の谷口に対する報復は止まり、サイコメトリーが暴走することもなかった。かくいう俺は、ここぞとばかりにアクションを起こそうとしていたもう一人のアホを捕らえていた。
「痛っ!痛たたたたた………くっ、くそっ!何をする!?」
「あのアホと同じことをしようとしている奴を先止めしているに過ぎん。自分のコテージにあった拳銃を奪い取られ、真野と島村のコテージは現場を保存するための鍵がかけられている。難波のコテージから盗んできた拳銃でアイツを撃ち殺し、今度は自分が支配者として君臨しようと、ハゲはハゲなりに考えていたようだが、同じことを繰り返すのは面倒なんでね。もっとも、おまえの射撃ごときで撃ち殺せるとは到底思えない。ついでに、その拳銃が本当に使えるのかどうかすら怪しいもんだ。暴発して残りの毛も無くなりたいのなら放してやってもいい。試しに俺が撃っても構わんが、どうする?運が良ければ拳銃が暴発して俺が死ぬだけだ。運が悪ければ……分かっているな?」
隠し持っていた拳銃を取り出そうとしたところで、ハゲを取り押さえていた。豆電球に脂汗が出てきたところで残りのメンバーの注目が俺とハゲに向く。
「くそっ!!このまま捕まるくらいなら………やれ!やってみろ!!」
「駄目よ!あの男ならサイコメトリーで拳銃が暴発するかどうかなんて簡単に分かってしまうわ!」
『二度も同じことを言わせるな。あんな男、殺す価値もない』
最初の二発がハゲの頭の側面を掠め、次の二発で肩を狙い、太ももに二発、最後に両足の甲を貫き、身動きの出来ないアホ二人目の完成だ。
「手錠を嵌めずとも、捕えるくらいならいくらでもやり方がある。まだ後頭部に毛が残っているようだ。おまえは俺が運んでやるよ。ペンションに戻るまで毛が全部抜けないことを祈るんだな」
「ぐっ………騙したな」
「騙した?俺は可能性の話をしただけだ。決定権はおまえにあった。要するに、運が向いてなかっただけだ。………さて、俺も自身の能力で暗号文を解いて財宝の相続権を得るつもりだったんだが、まさかあの数字が時計で使われていることまでは気が付かなかった。コイツ等と同列に扱われるのは御免被りたいところだが、先に解かれてしまった以上、俺も強奪する方にまわらざるを得ない。そっちは星野朱里と辻村を除く五人、こっちは俺一人の勝ち抜き戦だ。誰でもいい、死にたい奴から前に出ろ」
「彼らと違って、僕たちは殺すに値するってことかい?喜んでいいのかどうか迷ってしまいそうだよ」
「相続権を持っているジョンが先に出るべきだろ。勝ち抜き戦というよりはサシで勝負することになりそうだ。そうだろう?大将」
『ようやく面白いと思える展開になったようだ。だが、ここであんたと闘り合うと、折角の財宝の価値が下がってしまいそうだ。ついでに、武器に刺さって負けたなんて終わり方は、あんたも気に食わないだろう?』
「どうやら、意見が一致したようだな。そこの死体の始末は警察に任せる。ペンションの外までコイツ等を放りだしてからになりそうだ」

 

  トラップの無い、只々長いだけの廊下を星野朱里と辻村が先頭を歩き、続いてみくる、青ハルヒ、裕さん。ジョンは両手をポケットに突っ込んで、この後の闘いを楽しみにしているようだ。最後にハゲの残りの毛を掴んで引きずる俺と、複雑骨折したアホの谷口を蹴り飛ばしていく青古泉。揃って喚いているのはいわずもがな。長い廊下の中をアホ二人の声が木霊しているのが耳障りで仕方がない。ペンションに辿り着き、アホの谷口とハゲをペンションの外へ蹴り飛ばしたところで、ようやく場が整った。
「そこの二人に被害が及ぼうが俺の知ったことではないが、ペンションやコテージの修理をしなければならないとなると話は別だ。周囲の建物を破壊する闘り方はするなよ?」
『こっちも同じセリフを言おうとしていたところだ。時間制限抜きであんたと闘れるこのときを待っていた』
これ以上の問答は無用とばかりに、しばしの静寂が訪れた。だが、突如としてジョンの脳内に情報が流れ込む。
『サイコメトリーでアイツの攻撃は読めない。こちらから攻撃を仕掛ける。まずは背後を取って回し蹴り』
次の瞬間、灯台下暗しと言わんばかりにジョンの真下へと高速移動。右の拳でジョンの顎を狙うも容易く避けられてしまった。
『なら、次は顔面を狙って相手の様子を見る。俺の拳を掴めば力勝負に持ち込む』
俺がジョンに対して放った攻撃は、足払いからの蹴り上げだったんだが、それも素早くかわされてジョンが俺の足の上に立っていた。
『やれやれ、俺までサイコメトラーになった気分だ。あんたの偽の思考が流れてくるんだからな。だが、今のやりとりで分かったはずだ。俺にそんなものは通用しない』
「どうやらそのようだな。これが、おまえに通用するかどうか、ただの思いつきでやってみただけだ。結果がどうなろうと俺にはどうでもよかった」
『今と同じことを俺が試したとしても、本当の狙いまで読まれてしまいそうだ。結果が分かったのなら、小細工はもう必要ない。さっさと再開するぞ。今度はこっちから仕掛けさせてもらう』
「ちょっと、どういうことよ!アイツ、足から偽の情報をジョンに流していたってわけ!?」
「そのようね。でも、遠隔ではなくても、一樹君だってサイコメトリーで情報を伝えることなら、これまで何度もやってきたわ!一樹君のサイコメトラーとしてのレベルも上がったし、やろうと思えば可能なんじゃないかしら?」
みくるのセリフを待つことなく、ジョンの右足での上段蹴り。腕でガードはしたが、威力に圧されて体勢が崩れた。そこへ俺の顔面を狙った左拳を掴み取り、真似をするように拳を繰り出すと、お返しとばかりに空いていた右手で掴み取られてしまった。さらに力を加えても腕が動くことは無く、ジョンの方も同じ状態。互いの膝が何度もぶつかり合っていた。膠着状態を打破したのはジョンの頭突き。それによるダメージを受けたが、素早く体勢を立て直して、俺の後ろ回し蹴りが炸裂した。吹き飛ばされたジョンが大きく飛び上がって一回転。間合いを詰めたところでジョンが「ニッ!」と笑い、それに呼応して同じ顔で返した。『時間制限無しで』とは言っていたが、正確には『迎え』とやらが来るまでということになりそうだ。甲乙つけがたい攻防が続いたところで、ある結論に達した。
「やめだ」
『なんだと?やめとはどういう事だ?』
「おまえ一人を相手にこれだけ体力を消耗しているんだ。他三人はともかく、サイコメトラーとしての実力が上がった古泉一樹も加わるとなると、財宝を強奪してここから脱出するだけの力はほとんど残らない。『あらかじめ用意しておいた電話線を繋いで呼んだ』迎えとやらに同乗すると、俺まで逮捕されかねない。残念だが、財宝は諦めるしかなさそうだ。ここは、おめでとうと言っておく。じゃあな」
「ちょっ……どうしてあんたがそのことを………って、サイコメトリーで分かるわね」
「そういう事だ。途中で熊が現れようが、アイツには関係ない」
「えぇっ!?そんなものを持ってきていたんですか!?彼が電気柵を越えてスキー場まで行ったんじゃ………」
「あなたが計画を依頼した組織に対抗するための手段として、ハルヒさんが用意してきてくれたのよ。でも、彼にバレてしまっていたんじゃ、次は使えそうにないわね。銃刀法違反だけでも十分逮捕できたんだけど……あの男を取り押さえるなんて、ジョンと一樹君の二人がかりで闘ってもできるかどうか……。でも、彼が去ってくれたおかげで一樹君が逮捕されることはないわ!いくら拳銃を持った相手だったからとはいえ、正当防衛の域を超えているもの。この二人が何を言おうが覆ることは無いわ!」
『そっ……そんなバカな…………』
「バカはあんた達の方よ!」
「アイツに俺の罪を押し付けるってことか?朝比奈さんと組んでいたメリットがようやく見つかったな」
「あら?これまでも色々と隠蔽してきたのよ?それを今頃になってようやくだなんて……あたしも怒ると結構怖いわよ?」
「それはそれで、朝比奈さんが本気で怒ったシーンを見てみたくなったな。とにかく、俺と裕で財宝を運び出す。ジョン達は正式な相続手続きを済ませたらどうだ?」
「僕たちだけであれだけの財宝を運び出すっていうのかい?いくらトラップが無いとはいえ、何往復すれば終わるのか見当もつかないよ」
「刑事と弁護士がいればそれでいいわよ!あたしも手伝うわ!迎えが来たら鶴屋さんに応援を呼んでもらえばいいじゃない!」
『あの財宝をどこに預けておくかで迷うことになりそうだ。相続税とやらも、税務局の人間でも分かるはずがない』

 

 辻村とみくるの立ち合いのもと、正式な財宝の相続が行われ、ヘリから現れた鶴屋さんに事情説明。上空から「みくる~~~~~~~~~~~~~~っ!!」と叫んでくるのは前回と変わらないな。服部たちでは、あんな真似できるわけがない。アホの谷口とハゲ、それに真野、島村、上村の死体、難波の焼死体が真っ先に運ばれていった。
「この二人が色々と嘘、偽りを叫ぶと思うけれど、罪を少しでも軽くしたいだけに過ぎないわ。銃刀法違反、殺人未遂、窃盗未遂、それに、この男には殺人罪も加えられるわね」
「それは一課の人間に任せればいいにょろよ!それより、財宝はどこっさ!?あたしも見てみたいにょろよ!」
「それなら、一樹君たちが運んでいる最中よ。いくつ銀行を回ればいいのか、あたしにも分からないくらいよ」
「みくるがそこまで言う程の財宝にょろ!?すぐにでも見てみたいっさ!!」
時間をおいて新たに四台のヘリが到着。星野朱里や辻村もそのヘリに同乗していった。最後の財宝と一緒に古泉たちがヘリに乗り、エンディングが流れる。数日後、財宝の換金を終えたジョンから連絡が入り、事件解決と財宝の入手を祝ってパーティが催された。今回は鶴屋さんにも声をかけたらしい。孤島でのことも含めて、命の恩人に変わりはない。
「パーティをすることは聞いていたにょろが、こんなに豪華な料理、一体どうしたっさ?」
「試しに食材をサイコメトリーさせたらどうなるか、一樹に提案してみたのよ。小一時間も経たないうちにこれだけの料理が出てくるんだから、あたしも吃驚したわよ!明日から朝食とお弁当はあんたが作りなさい!あたしの方が出勤する時間が早いんだから!」
「味見もせずに作っただけだ。見た目は豪華でも味までは分からない。とりあえず、難事件の解決と、財宝の相続を祝って乾杯だ」
『かんぱ~い!』
「ところで、換金していくらになったのか教えてもらえないかしら?インゴットだけでも六億は超えていたはずだけれど………」
『相続税だけで一億以上も取られてしまったのは癪に障ったが、100億を超えたのを確認したらどうでもよくなった。あのペンションやコテージも清掃業者と提携して、スキーシーズンは人を雇って経営する。燃え尽きた難波のコテージも復旧させているし、あのペンションにも電波が届くよう業者に依頼した。破壊された橋については国が復旧させるらしい。あのクソジジイ達が山火事を起こしても多額の保険金が入るようにしてある。火事を起こせば起こす程俺たちが得をするようにな。あとは星野朱里が出所してきたところでペンションの経営を手伝うか、首都圏に残るかを選ばせるつもりだ』
「彼女があの場所について、どう思っているのかはあたしにも分からないけれど、伝えてみる価値はありそうね。星野朱里が出所する頃には橋も復旧して電波も届くようになっているわよ」
「ちょっとあんた!少しはあたし達にも分けなさいよ!!」
『必要な時期が来れば分けてやる。コイツが植物人間状態にしたあの男が望んでいたような、豪遊がしたいわけでもないだろう?』
「それもそうね。今回の一件でようやく捜査一課もあの組織のことを認知したし、朝倉涼子は現れなかったけれど、あの三人と、佐々木貴洋と名乗った彼についての情報はまとめておいたわ。これでいつでも捕らえられるわね」
「それより、一樹が作った料理を食べてみないかい?匂いだけで涎が出てきそうだよ」
「あたしも似たようなものにょろ!もう食べてもいいっさ?」
『毒見をすることになりそうだ』
「フン、あんなアホと同じ使い方をするなんて御免だわ!あたしには一樹がいればそれで十分よ!とにかく、みんなで一斉に食べるわよ!せ~の!」
『ンム――――――――――――――――――――――っ!?』
「食材をサイコメトリーしただけでこんなに料理が美味しくなるなんて驚いたよ」
「も~~~~っ!あたしのバカ!!もっと早く気付いていれば………一樹!明日から食事当番は全部あんただからね!!」
「あたしも混ぜてもらいたくなったわね。こんなに美味しい料理、孤島のとき以来かしら?」
「あのときもこんな料理が出てきたにょろ!?」
『………ちょっと待て!孤島のとき以来だと!?』
「そのときの事件のことがどうかしたのかい?」
料理を作っていた古泉の姿と孤島の館で調理をしていた新川さんの姿が交互に入れ替わり、鶴屋さんと裕さん以外の四人がある結論に達した。
『あ――――――――――――――――っ!!』

 
 

…Continue in the next season