ライフ ア ライフ (118-231)

Last-modified: 2009-10-10 (土) 06:15:17

概要

作品名作者発表日保管日
ライフ ア ライフ118-231氏09/09/2709/09/27

作品

7時間ぶりに瞼を開けると、そこには愛娘が俺を起こしに来てくれていた。
出来れば、理想に描き、こうだったらいいなと想像し、今でも時たま妄想してしまうような優しい起こし方をしてほしいものだが、
誰から聞いたのか、はたまた何処でDNAがよそ見運転したのか、我が娘は学生時代の俺に妹がしたような、乱雑な目覚まし時計に育ってしまった。
ちなみに、俺の妄想した娘が父親を起こす方法は割愛させてほしい。
さっさと階下へトタトタ降りていく足音を、目をこすりながらぼんやり追いかけると、リビングを切り刻むように鋭い朝日が、
カーテンどころか窓まで開け放たれた中庭の方から、ソファーと食卓に降り注いでいた。
この空色をしたソファーは、よく仕事を家まで持ち込み、仮眠をとるつもりが熟睡してしまう俺には第2のベッドであるが、今は朝食を済ませて腹くちい老猫に所有権を奪われている。
 
朝刊が置かれている席が俺のものだが、座る前に娘は席を立ち、真っ赤なランドセルを背負い、「いってきます!」と玄関まで走っていった。
今日が平日であり、自分が久々の有給休暇を行使した事を思い出したのは、社会面を読み終わり、地方版の見出しを眺めながらコーヒーを飲んでからだった。
「へぇ…… 池に鳥が集まってんのか」
トーストの耳をかじりながら呟く俺に、自分の朝食を済ませて洗い物に取りかかる彼女―― いや、妻が言った。
「何かあると思わない?」
目線は下を向いたままで、恐らく食器と泡とスポンジを見つめているんだろう。だがその語尾が少し上ついていたり、口元が微かにニヤついてたり、ついでに、
わざわざ朝刊の地方版に付箋紙を残したりしてる事を見逃すほど、俺は鈍感じゃない。十何年の付き合いになると思ってる?
「早く食べちゃって。確かめに行かなきゃ! そうそう、昨日からサラダのドレッシングを変えたけど気づいた?」
どっちなんだよ? などとは言わない。基がオールラウンダーなヤツだったから、料理は旨いし家事もソツなくこなす。近所に住む上司から聞けば、オクサマ連中の井戸端会議に溶け込む社交性も、持ち合わせているらしい。俺のお陰だぜ。
「ああ。9時には出掛けるか」
味わいながら早食いするという特技は、そろそろ両手の指に達する結婚生活で会得したものだ。そういや、初めて食ったコイツの手料理らしい料理は闇鍋だったな。
「遅い! 8時には現場に行くの! モタモタしてないで支度しなさい! 何のために、アンタをハルキに起こさせたと思ってんの!?」
テレビを観ると、左上に07:43とあった。池までの移動時間を計算すると、どうやら俺はあと8分で、朝食と着替えと洗顔を済まさなければならないらしい。
因みに、ハルキというのは娘の名前だ。両親から一文字ずつ、加えて『キ』の部分にはこだわりを持った。
俺の字という以外にも、掛け替えのない友人達に共通する文字なのだ(一部、無理矢理の漢字変換で『来(キ)』という強引だが、彼女なら笑って済ませてくれるでしょう)。
「せっかくの有給休暇だからね、今日はトコトン、二人でこの世の不思議を探し尽くすわよ!!」
気づけば、既に中庭には洗濯物が干され、家中の掃除や、夕食の下拵えまで済ませているようだった。
やれやれ。コレでたまに家に連れてくる部下や同僚に、高一の始業式を思い出す問いかけさえなければ、俺には勿体無いくらいの女房なのにな。
「やれやれ……」
そう言って俺は、久々に黄色いリボンをカチューシャ代わりに黒髪へ結い始めるハルヒを見ながら、トーストとハムエッグ、サラダを順に完食した。
「さあ、出掛けるわよ! キョン!!」
せめてその呼び名はやめてくれ。結婚してから俺の名前を呼んだのは、せいぜい2回ぐらいだろう。
それと、もう一つ。この文章を読んでいるキミ達へだ。
この話は、『涼宮ハルヒの憂鬱』とは一切関係ない、俺が今時珍しいほどの、あっさりした告白&プロポーズから始まる後日談だ。
 
何故なら、今のハルヒは、名字が『涼宮』じゃないからな。
 
終わり

 

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