伝えきれない”おもい” (61-655)

Last-modified: 2007-09-25 (火) 03:14:34

概要

作品名作者発表日保管日
伝えきれない”おもい”61-746氏07/09/2207/09/22

作品

一見いつもと変わらない朝。
自分の席で、教室後方のドアが開き、キョンがやってくるのを待つあたし。
でも今日はいつまで待ってもキョンが来ない。
どうしたんだろう。
そしてキョンが来る前に岡部が教室に入ってきて、みんなの前でキョンの病欠が告げられた。
キョン大丈夫かな。
 
 
朝日が差し込んでも今日の俺は布団から出られなかった。
体がだるい。さっき何とか朝食を食べようと部屋を出たときもまっすぐ歩けないほどだった。
まあ今日一日休めば学校にくらいは行けるようになるだろう。
俺は、今頃からかう相手がおらず、授業も聞かず空いている俺の席の後ろでふて寝しているであろう団長様のことを思い、ケータイを取り出しメールを送った。
 
 
三限目が終わってから、あたしはケータイを見た。
そこにあったのは一通のとても質素なメール。
『どうやらただの風邪らしい。明日には行けると思う。』
短すぎる。こっちはこんなに心配してるのに。もっと知りたい。ご飯はちゃんと食べたの?本当に大丈夫なの?無理してない?
でもいくらメールで聞いたって返事は『大丈夫だ』としか返ってこないに決まってる。
あいつはそういうやつだ。
もどかしい。今すぐ会いに行きたい。そんな思いが募っていくのを尻目に無常にもチャイムが鳴り、教師は独り言のような授業を始めた。
 
 
四限目が終了するはずの時間よりも早くハルヒから返信があった。
あいつ……授業中にメールなんかしやがって。授業が終わってからでも別に問題ないだろうに。
『ちゃんと寝ときなさいよ。それでね、放課後お見舞いに行ってあげるわ。何か欲しいものある?』
……は?
一瞬ケータイを左手に持ち替えて、空いた右手で頬を抓ってみる。痛い。どうやら熱にうなされ変な夢を見ている訳ではないようだ。
あのハルヒが俺を気遣ってくれている。
……やばい、何かとてつもなく嬉しい。体が弱ってるせいで心まで弱ってるからかもしれないが、こんなちょっとした優しさが身にしみる。
でも冷静になって考えるとハルヒにこんな風邪をうつす訳にはいかない。
『今来ると風邪うつるからやめとけ。どうせもう治りつつあるし、特に欲しいものはないよ。ありがとな。』
大丈夫だろうか。何か俺おかしな事を言ってないだろうか。ありがとうなんて普段あいつには絶対に言わない気がする。
ええい、どうせ風邪のせいで変になってるだけだ。
そのままの文面でメールを送信し、俺はもう一度眠りに入った。
 
 
やっぱりキョンは拒否した。
分かってた、キョンがそういうやつだってこと。
でも風邪の時くらいあたしに甘えてくれてもいいんじゃないだろうか。
これがみくるちゃんや有希なら……来てくれって言ったんじゃないだろうか。
そんな思考が堂々巡りにあたしの頭を支配しているうちに放課後になってしまった。
 
 
まだ他に誰も来ていない部室でお茶の準備をして皆を待つ。
涼宮さんは一杯目は豪快にぐいっと飲み干すんだろうからちょっとぬるめで。
長門さんはいつも帰る前に飲むから冷め切ってしまわないように熱々のお茶を。
古泉くんはちょっと濃い目が好きだから濃い目で。
そしてキョンくんは……そういえば今日は休みなんだった。
長門さんと古泉くんとあたしに一斉送信でメールが来たから、お大事にとメールを送っておいた。
メールが来たときにはやっぱりキョンくんにとって涼宮さんは特別なんだなって思った。
あたしたちに来たのとは違う特別なメール。二人は認めないだろうけど夫婦のようなやり取りがそこにはあるんだろうな。
そんなことを考えながらお茶を淹れていると、きぃと小さな音がしてドアが開いた。きっと長門さんだ。
「こんにちは、長門さん。今お茶淹れてるんでちょっと待っててくださいね」
いつものように返ってこない返事。でも長門さんはきっと今日もこくんと小さく首を動かしているはずだ。それが彼女の、言葉にしなくても心のこもった挨拶。
でも今日は違った。
部室の入り口で聞こえたのは小さな嗚咽。
驚いて振り向くとそこには涼宮さんがドアを閉めるのも忘れて、かばんを床に落して泣いていた。
そして涼宮さんはあたしの元に駆け寄り……あたしのメイド服をぎゅっと掴み、顔を押し付けて泣いた。大きな声をあげて。
それから十分くらいして落ち着いてきた涼宮さんから少しずつ話を聞いて、ようやくあたしは事情が飲み込めた。
涼宮さんはもう泣いてはいないけど、まだあたしに抱きついている。あたしも涼宮さんをぎゅっと抱きしめながら頭を撫でる。
かわいいなあ。キョンくんは涼宮さんがこんなに繊細だって知らないんだろう。
いつもはキョンくんに傲慢な態度で接してしまっている涼宮さんだけど、本当はすごく臆病で、とっても繊細なんだよ?絶対にキョンくんの前ではそんな素振り見せないけどね。
そして気づかないキョンくんもキョンくんだけど、涼宮さんももっと素直になればいいと思うんだけどな……。
でも今しばらくは静かに抱きしめてあげよう。それが涼宮さんにとって今一番必要なものだと思うから。
その日は長門さんも古泉くんも部室には現れなかった。
きっと何らかの方法で気づいた長門さんが古泉くんとともに気を利かせてくれたんだろうな。
 
 
夜。
「キョンく~ん。これポストに入ってたよ~」
妹が持ってきたのは小さな四つ折りの紙切れと小さな袋。
袋を開くとそこには形のいびつなクッキーが入っていた。食べるとほんのりとハルヒの匂いがしたように感じた。
『これでも食べて早く治して来なさいよね』
紙にはそれだけが書いてあった。
でも震えている字と紙に残る涙で濡れたらしい水滴の跡がそれ以上のことを伝えてくれている。
胸と目頭がとても熱くなった。
 
ありがとな、ハルヒ。
メールじゃ伝えきれないこの想いは明日存分に口で伝えよう。
そのためにも今日は早く寝よう。
 
「おやすみ、ハルヒ」
枕の下に紙切れを挟みつつ俺は眠りに就いた。