北京五輪開催記念SS「HARUHI!」 (92-266)

Last-modified: 2008-11-18 (火) 00:51:08

概要

作品名作者発表日保管日
北京五輪開催記念SS「HARUHI!」92-266氏08/06/2208/06/29

 

前編

最近テレビなどでは、オリンピック、オリンピックと騒いでいるが高校時代の俺たちはスポーツとは無縁の意味不明な部活動にいそしんでいた。
ハルヒはとんでもない運動神経の持ち主であるが、それを全く生かそうともせず、運動部からのスカウトを全て断った経歴の持ち主でもあるのだ。
そんなハルヒがSOS団の活動において一回だけ真剣にスポーツに取り組んだ事がある、
もしあの時、別の道を選んでいたら、表彰台に登って金メダルを貰い、センターポールには日の丸ではなくSOS団の旗を掲げていたかもしれない。
今日はそのときの話を書いてみた。
推奨 ビックコミックスピリッツ愛読者、推奨年齢30歳以上
 
「あんたと二人じゃつまんないから帰るわよ」
「俺だっておまえと二人じゃ何されるかわからんから、もう帰る」
放課後、部室での何気ない会話、今日に限って古泉はバイトの研修(どんな研修だよ?)朝比奈さんは受験対策の補修
本来この部室の主で、校庭にミサイルが着弾しようが指定席で読書をしている長門も欲しい本があるとかで古本屋めぐりに行ってしまった。
いつもより早く部室を後にし、急坂を下る
「時間があるから、駅前でコーヒーを奢りなさい!」
わけがわからん、何で俺と二人でいるのが嫌で早めに下校したのに、二人で喫茶店に行かなければならんのだ?
しかし俺の意見など聞きはしないことを、充分に学習しているので「やれやれ」とつぶやき財布の中身を確認した、コーヒー二杯ぐらい大丈夫だろう
坂を下り駅前に着いたとき悲鳴があがった。
「ひったくりよ!捕まえて!」
人ごみのなかから、ハンドバッグを抱えた男が俺たちの方に走ってくる。右手にはナイフを握り凄い形相だ
「どけ~!邪魔だ~」
俺はあわてて道を空けようとしたが、ハルヒは動かない、ハルヒの手を引っ張ろうとしたが、その時ひったくりがナイフを振り上げハルヒに突っ込んできた。
「ハルヒ!逃げろ」
ハルヒは男の襟を掴み、みずから後ろに倒れこんで一緒に倒れ込んだ男を右足で跳ね上げる、見事な弧を描き男は背中を強打して失神した。
警官が駆けつけてくる、野次馬も集まってきた、投げた瞬間近くでシャッターを切る音まで聞こえた。
俺はハルヒを強引に引き起こし喫茶店に逃げ込んだ。
「バカ!なんであんな危ない事をした!」
「だって悪人よ、ぶん投げられて当然じゃない、悪人に人権は無いわ」
某有名魔道師かおまえは?それじゃ俺は相棒のマヌケな剣士みたいだな、ってそんな話じゃない
「ともかく二度とあんなことするな、俺を投げてあいつにぶつけるほうがまだマシだ、おまえが怪我をするよりな」
俺は何を言ってるんだろう?そうだハルヒの身になにかあったら世界が消滅しちまうかもしれんからだ、きっとそうだ
「あんたが近くにいなくたって大丈夫よなんともないわ」
「そういう問題じゃない!」
ハルヒは俺のいつにない口調に驚いたようで、眼をパチクリさせている
「わっ、わかったわよ、あたしがケガなんてしたらSOS団が活動できないもんね、じゃあ条件としてこれから登下校時にあたしをガードしなさい・・」
こいつにガードなんて必要ないとは思うが、仕方ないその条件を飲もう、しかし俺の心がウキウキしてるのは何故だ?
「ともかく、ひったくりを巴投げで投げ飛ばした事は、俺たちだけの秘密だSOS団のみんなにもだぞ、わかったか?」
そんな希望とはうらはらに話は進んでいたらしい・・・
 
翌朝、約束どおりハルヒと駅前からは一緒に登校し教室に着くと、あいつはバックを席に置いて、どこかに行ってしまった。
「おいキョン!これみたか!?」
谷口が教室に入るやスポーツ新聞片手に話かけてくる、スポーツ新聞片手に登校なんてどこのおっさんだ?
「いいからこの新聞を見ろ!」
谷口から強引に渡されたスポーツ新聞を広げた。
日刊エヴリースポーツ?発行部数もさほど多くないマイナースポーツ紙だ、昔は女子柔道の記事が好評で発行部数が伸びたこともあるらしい
一面の写真付記事をみたとき、俺の時間が止まってしまった。なんてこった・・・
デカデカと大きな字で書いてある。
 
「パンチラ少女、ひったくり犯を巴投げ!」
 
写真は北高の制服を来た少女が、パンツ丸見えの構図でひったくりを巴投げしている瞬間だった。顔は写っていないが、うちの生徒に間違いない
「その謎の少女の技のキレたるや、必ず日本柔道を背負っていける人材だと本誌記者は確信した、彼女の正体を明らかにしたい」
と記事は結んでいる。
俺はなるべく平静を保とうと、無表情でどうでもいいようなそぶりを見せた。
「へえ~凄い奴が北高にいるんだな、女子柔道部の奴か?」
谷口があきれかえった表情で俺を見ている
「女子柔道部は部員がひとりしかおらん、それにすげえでかい女だ、その写真の女とは身体のでかさがまるで違う」
あきれかえった表情から一転して、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべ始めた
「とぼけんなよキョン、こんなことやらかす女は北高にひとりしかないだろ」
あくまで知らん降りを続ける俺、わかる、わかるよ谷口、おまえが何を言いたいのか
「涼宮に決まってるだろ!あいつ仮入部した柔道部で黒帯の男3人を簡単に投げ飛ばした実績もあるしな」
そのとき最悪のタイミングでハルヒが教室に戻ってきた。
「あんたたち、朝っぱらから何騒いでるの、その新聞に面白い記事でもあった?」
凄い記事が一面写真付であったよ、北高生にとっては面白いが、俺にとって最悪の記事だがな・・・
 
その日のうちに噂は全校生徒にいきわたった。話に尾ひれがつきまくり、ひったくりを巴投げで投げ飛ばしたのが
闘牛場で牛を素手で倒したとか(空手バカ一代?)SUZUMIYAがあと10人戦前にいたら太平洋戦争で米軍が負けていた(塾長?)とか
挙句の果てに、俺が他の女と歩いているところに出くわしたハルヒが一本背負いで俺を投げたあと、送り襟締めで失神させた。なんてのがあった。
まあ、最後の噂に関しては幾度となく同じような目に遭わされてるので否定はしない、ハルヒの耳に入ったらと思うと想像するだけで恐ろしいが・・・ 
意外な事にハルヒの機嫌は大変良かった。目立つ事を至上の喜びとするこの女にとってみればとても楽しい事なのだろう
(最後の噂はまだ耳に入って無いようだ、後で長門に頼んで全校生徒の記憶を改ざんしてもらおう)
その日の放課後、いつもの面子がそろって何事も無かったようにすごしていた。
俺は古泉と軍人将棋をしている、審判の朝比奈さんが駒の内容を口にしながら判定するのには困ったが(シャレではない)
「昨日は我々の失態です。申し訳ありません、まさかひったくりの発生までは予期できませんでした。」
「頼むぜ古泉、昨日は大丈夫だったが同じ事がまたあるかもしれん、おかげ様で登下校時にあいつをガードするようにとの団長命令がでたよ」
「我々はあくまで涼宮さんに気づかれぬようガードを続けます。
しかしあなたがうらやましい、本人公認のもとガードできるのですから、こちらにお礼を言って貰いたいぐらいですよ」
古泉はニヤケた顔で謝罪をしつつ駒を動かし朝比奈さんに渡す。
「えっと、軍旗の場合は後ろの駒で判定するんですよねぇ、あっ地雷ですぅ、地雷は工兵と飛行機以外には勝てるから、キョン君の駒の勝ちですね」
朝比奈さんお願いですから、声に出さないで下さい。審判の意味がありません
「ずるいですよ、僕の地元では軍旗の後ろに地雷を置くのは反則です」
「なにを言ってるんだ、戦争に反則も何もあるか、貴様それでも軍人か?」
そんな感じで時が流れていると「コンコン」と、この魔窟のドアをノックする音が聞こえた。
猛烈に嫌な予感がする、今までこの展開から始まった話は大抵厄介事ばかりであった。
「ひゃーい、どうぞ」
朝比奈さんがドアをあけるとそこには柔道着を着た女が立っていた。
身長は180センチぐらいあるだろう、富士山のようなおかっぱ頭をしており、眼は細くまさにノッポの姉ちゃんと言う形容詞がふさわしい
次の瞬間、ハルヒが立ち上がり、100ワットの笑顔で眼を輝かせながら叫んだ。
「なに!あんた道場やぶり!?望むところよSOS団はいつ何時誰の挑戦でもうけるんだから!」
どうやら、例の一件で何かに目覚めてしまったらしい、やれやれ・・・
「観客がいないとつまんないから、キョン今から体育館押さえて校内放送で発表して、旗揚げ戦だから入場無料にするわ、プロレス研の連中に手伝わせなさい」
いよいよ暴走が加速してきた、いい加減とめないとやばい、古泉はニヤニヤとこっちをみて笑ってるし、朝比奈さんはおろおろしている
長門は眼もくれず昨日買った本を読んでいる「柔の道は一日にしてならずぢゃ」どこかで聞いた事のある題名だ。
そんなこと言ってる場合じゃない下手すればこの場でデモンストレーションを兼ねた乱闘が始まる、亀田じゃねえんだぞ、似たようなもんか・・
「みくるちゃん、バニーの服でラウンドガールお願いね!」
それはそれで見たいのだがいい加減止めよう、そのとき引きつった表情で黙っていた柔道着の女が口を開いた。
「あああ、あの私、道場破りじゃありません、お願いがあってきました」
「へえ、何の用?」
ハルヒは拍子抜けしたのか、きょとんとしている
その人を席に案内し、朝比奈さんがお茶と茶菓子を用意してくれた。
お茶を飲むと柔道着の女はようやく落ち着き話を始める、内容は以下のことだった。
 
その人は花園富薫子(ふくこ)さん、ニ年生で我が北高唯一の女子柔道部員らしい、一応初段の腕前で、日夜練習に励んでいるのだが
両親が柔道を続けるのに反対している、なんでも彼女の両親は揃って柔道の経験者で、父親は関西豪学連高校の女子柔道部監督、
母親はかつてオリンピックで銅メダルを獲得したこともある有名選手、なぜそんな柔道一家に生まれたのに反対されてるのかと聞けば
一人娘に危険なスポーツをやって欲しくないらしい、自分たちがいかに柔道が危険なスポーツか知っているための親心であろう
母の勧めでバレエを習っていたが、身長が伸びすぎ断念して両親の影響もあり柔道を始めた、しかしプレッシャーに弱いため試合で勝ったこともなく
進学した北高にも女子柔道部員が自分ひとりしかいないため、進歩がないから柔道を止めて欲しいと言われている
どうしても柔道を続けたい彼女に父親が条件を出した。
なんとか5人集めて、父親が監督を務める関西豪学連女子柔道部と練習試合を行い勝つことができたら柔道を続ける事を許すとのことだった。
 
「それで、あたしたちに助っ人を頼みたいの?」
ハルヒは不敵な笑みを浮かべている、厄介事をそうは思わず楽しい事に変えてしまう思考の持ち主それがハルヒだ
「はい・・・何人か頼んだんですけど、みんな断られてしまって、朝新聞を読んだら北高
生がひったくりに巴投げを決めている記事を見てこの人しかいないと」
噂は時として真実を語る、確かに普通の人に頼んだら断るが、いつ何時誰の挑戦でも受けるこの団長様は受けて立つだろう、下手したら勝ってしまう
しかしちょっと無理かもしれんな、今回も俺が突っ込みをいれる
「待てハルヒ、おまえが加わっても二人だけだろ、残りの3人はどうするんだ?」
ハルヒは俺を「何言ってるの?」みたいな表情で見返した。
「大丈夫よ、有希、みくるちゃん、いいわね?」
やっぱりそうきたか、長門はともかくとして朝比奈さんに柔道なんてできるわけないだろ
長門は本を閉じ俺を見つめた後
「問題ない、この本に書かれていた事に興味がある」
朝比奈さんは狼の群れに囲まれた、子羊のような眼で怯えていたが、狼より強い虎に歯向かえるはずもなく
「はい・・・」
と力なく返事した。
「大丈夫よフクちゃん、謎の助っ人も考えてるし、絶対柔道を続けさせてあげるから、戦艦大和に乗った気分で安心しなさい」
ちょっとまて、会ってすぐにフクちゃんと愛称をつけるのは良いが、戦艦大和は沈んだぞ
それを言うなら大船だ、せめて終戦まで沈まなかった長門にしておけ、別の意味で感情移入できるから
「ありがとうございます。たとえ負けても悔いはありません!」
花園さんは長身を折り曲げ礼を言う、しかし顎を尖らせたハルヒが一喝した。
「やる前から負けること考える奴がいるかよ!」
花園さんは驚いて、直立不動になった。
「みんなも覚悟してね、あたしは負けるのが大嫌いだから、絶対勝つわよ!」
おもむろにカチューシャを外し、ポケットから髪留めゴムを取り出すと、右上の部分の髪をちょこんと斜めに縛り
机から腕章を出してなにやら書き込んでいる。腕章に書かれたのは「柔」の一文字であった。
 
それから二週間後の試合までハルヒたちは日夜トレーニングに励んでいた。受身、打ち込み、その他基礎トレーニングに精を出し
俺と古泉はこの試合をハルヒの希望通りにプロデュースするため色々な交渉に忙殺された。
会場は武道場ではなく体育館に決定、あっさり許可が下りたのは古泉の手腕であろう(いろんな意味で)
放送部に実況アナウンスを頼み、その他演出はプロレス研究会が協力を申し出てくれた。
どう考えても武道の試合でなく、プロレス興行になりつつあるが、関西豪学連に連絡したところ、ただの練習試合なので全く気にしないと了承を得た。
俺はハルヒの指示に従いコンピ研の手を借りて試合のポスターを作製し学校の至る所に掲示した。
 
北高VS関西豪学連 全面対抗戦5対5女子柔道スペシャルマッチ
母校の名誉を賭け乙女たちが戦う
 「絶対観に来なさい!来ないと死刑だから」
会場 体育館特設試合場 開催日時 日曜13時試合開始
   スペシャルリングサイド
   アリーナ席
   二階席
   全て入場無料
出場予定選手
 
花園富薫子 涼宮ハルヒ 長門有希 朝比奈みくる 謎の助っ人(お楽しみに)以上五名
 
主催 SOS団
その他問い合わせ  全部キョンまで
 
ちなみに写真は下にTシャツを着ない柔道着姿の朝比奈さんが涙目で座り込んでいるものが使われた(俺は一応止めたのだが・・・)
学校中がこの話で盛り上がっていた、文化祭のライブの件といい、この件といいハルヒは天才エンターテイナーだとしみじみ思う
俺は皆に黙っていた事がある、フクちゃんも黙っていたが先日中河に電話で関西豪学連の情報を聞いたところ
典型的なスポーツ高校で女子柔道部は全国トップレベルの強さを誇っているらしい。フクちゃんの親父さんは余程娘に柔道を続けて欲しくないのだろう
しかし必死になって柔道に打ち込むハルヒたちに水を差したくなかった。またこの試合を楽しみにしている人たちをがっかりさせたくなかったからな
試合まで一週間を切ったある日の事、試合の準備もめどがつき俺と古泉は柔道場に向かった。
 
基礎トレーニングの時点で朝比奈さんは力尽きており、長門は端っこで例の本を黙々と読んでいる。
今回の試合はインチキ無しで戦わないと意味が無いと長門を説得しておいた。そうじゃないと文字通りの八百長試合になってしまうし
必死にトレーニングに励んでいるフクちゃんとハルヒに失礼だ、たとえ負けたとしても全力を尽くしたのならハルヒも閉鎖空間を発生させないだろう
万一そうなったら、古泉あとは頼む
畳の上ではハルヒとフクちゃんが乱取りの真っ最中
「違うわフクちゃん!1,2,3このタイミングで技をかけるのよ!」
「えっ、ええわかりました」
どっちが柔道部員かわからなくなってくる。頭二つ分自分より小さいハルヒにいともたやすくフクちゃんは投げられている
「どうもタイミングが難しくて、なかなか掴めません」
「フクちゃん、バレエやってたんでしょ?それと同じよ」
ハルヒが妙な事を言い出した。
「古泉君、バレエで1,2,3、てなんて言うの?」
古泉は何かを思い出したらしく、笑いを堪えながら答えた。
「アン、ドゥ、トロワです。その感覚でタイミングを計ってみてはいかがですか?」
そのやり取りからしばらくの間、フクちゃんは投げられ続けていたが、やがて俺を仰天させた。
「アン、ドゥ、トロワ!」
次の瞬間見事な大内刈りでハルヒを倒してしまった。
「涼宮さん、ありがとうございます、投げられて貰ってなんとかコツを掴んできました」
ハルヒは狐に包まれたような表情で座り込んでいたが、すぐに立ち上がった。
「そうよフクちゃん!今のタイミングで仕掛けなさい!」
また乱取りが始まった。
 
「よろしいですか、お話があるのですが」
「急に話しかけるな、息を吹きかけるな、顔が近いんだよ」
俺は古泉に誘われ柔道場の外に出た。
「先ほどの大内刈りですが、涼宮さんはわざと投げられたわけではありません、花園さんの技は本物です。血は争えないですね」
「何言ってんだ、意味がわからんぞ?」
「花園さんの母親はバレリーナから柔道家に転向し、銅メダルを取りました。得意技はバレエで培ったタイミングを使っての大内刈りです。」
「本当かそれ?」
「ええ、偶然であんなに上手く涼宮さんに技が決まるわけがありません。それに彼女の母親も当時最高の選手に稽古をつけて貰ってました。よく似た親子です」
「なんで、そんなに詳しいんだ?当時は俺たちは赤ん坊だぞ」
「実は新川さんが大の柔道好きで、以前話を聞いたことがあるのですよ、当時の日刊エヴリースポーツのスクラップを見せて貰いました。」
「古泉、おまえだけには伝えておく、相手はかなりの強豪だはっきり言って勝てるわけ無い、ハルヒと長門は勝つかも知れんがこれは団体戦だ」
俺の話を聞いて古泉はますますニヤケてきた、何が楽しい?長門の情報操作も無しで戦うんだぞ
「失礼、しかし勝つかもしれませんよ、涼宮さんが勝利を望むなら、それに本当に花園さんは母親と似た運命を背負っていますね」
「メダリストだったら強豪高のエリートだったんだろ?フクちゃんとはだいぶ違うぞ」
古泉は前髪をかき上げ、得意満面に話を続ける、何をやっても絵になる男だ
「いいえ、彼女の母親は普通の女子短大出身で短大入学まで柔道の経験はありませんでした。しかしある人物と出会い柔道を始めたのです」
「ある人物って誰だ?もったいぶらずに言え」
古泉からその名前を聞き腰を抜かした。国民栄誉賞を貰った超有名選手じゃないか、過去の映像見たことあるけど、小さな身体で大きな相手に一本背負い決めてたぞ
「その選手と母親は素人揃いの女子柔道部で強豪校と試合をして勝ちましたから、我々にも勝機があるかもしれません」
果たして日曜の試合はどうなるのだろう?しかし結果から言えば俺はハルヒの試合しか見れなかったが会場は大盛り上がりだったらしい・・・
 


 
ここからはハルヒ視点
 
もう、あのバカキョン、試合は明日なのにお母さんの田舎に帰っちゃうなんて運の悪い男ね、おじいちゃんが倒れちゃったから仕方ないけど・・・
おじいちゃん大丈夫だといいね、あんたなんていなくてもあたしたちは大丈夫だから心配しなくていいわよ
今あたしのとなりではフクちゃんが寝ている、親父さんと顔をあわせたら余計プレッシャー感じちゃうと思ったからあたしの家に泊まってもらったけど
本当はあたしも明日の試合が急に怖くなった。なんでだろ?今までこんな気持ちになったことなんて無いのに
普段と違うのは、明日キョンが居ない事だけなのに・・・
怖い、怖いよキョン、強がりは言ってみたけど、昔はずっとひとりで平気だったのに今は違う、あいつが傍にいないとすごく不安になってくる、お願いだから明日試合に来てよ
あんたがいないと調子でないのよ
怖くて眠れない姿をフクちゃんが見たら余計な心配させちゃうから、もうベッドに入ろう
あたしは、キョンの写真が入った定期入れを枕に入れて眠りについた。
明日はみんなにこんな顔みせないように頑張らなくっちゃだめね
 
後編読んでくれないと、あたしの一本背負いお見舞いしちゃうんだから!

ここからは試合実況 足りない部分は俺があとから聞いた話だ
 
お待たせいたしました。ここ北高体育館は日曜にもかかわらず超満員に膨れ上がり試合開始を今や遅しと待ち望んでおります。
申し送れましたが実況は私、放送部員、若林がお送り致します。解説にはSOS団副団長古泉一樹さんをお迎えしました。よろしくお願いします。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
古泉さん、本日の試合はSOS団プロデュースとうかがっておりますが
「ええ、涼宮さんが基本設定しプロレス研が演出してくれました。両チームの選手たちは控え室からひとりづづ入場し5対5の点取り試合を行います。
勝ち抜き戦ではありません、5試合やって勝ちの多い方が勝利となります。
出場順はロイヤルランブル形式により相手が入場するまでお互いにわかりません、先に豪学連、後に北高が入場します」
「資料では相手はかなりの強豪のようですが」
「勝負はやってみないとわかりません、絶対不利との声が大きいのにこれだけの観客がいるのです。みんな期待してるのですよ、SOS団なら何かやってくれると」
二階席中央では谷口と国木田が臨時応援団を結成し仲間たちとエールの練習をしている、中学時代の学ランまで持ち出してやる気まんまんだ
審判は我が校の男子柔道部顧問が勤める事となった。タキシードを着た放送部員が畳の上にあがりマイクを持つ
「これよりSOS団プレゼンツ女子柔道全面対抗戦を開催致します!女の中の女でてこいや!」
会場のボルテージは一気に上昇し凄い熱気だ、学食の自販機のジュースは全て売り切れたらしい。
「先鋒戦、まずは関西豪学連の選手入場です」
反対側の出入り口からでてきたのは、トドにしかみえない大女だった。
「古泉さん、相手チームの選手ですが、藤堂由香、身長181センチ 体重95キロまさしく重戦車です。最初から厳しい戦いが予想されますね」
「まあ、重戦車と言うよりも藤堂ではなくトドにしかみえません、柔よく剛を制すといいますし北高の先鋒に期待しましょう」
そのとき北高先鋒の入場曲が場内のスピーカーから鳴り響き、コンピ研が陣取ってるあたりから「キター!」との歓声があがった。
 
「お~ともな~いせか~いに、ま~いおりた、Ⅰ Was Snow・・・」
「なんと北高出場口から出てきたのは、藤堂とは対照的な、小柄な文芸部員、柔道着に身を包んだ長門有希です!」
コンピ研有志たちが二階部分の手すりから入場にあわせて横断幕を張る、みただけでも恥ずかしくなるシロモノだ、
青を基調にした横断幕には雪の結晶がプリントされており、白くでかい字でメッセージが書いてある、あえて言おう「おまえら狂ってるよ」
 
「長門は俺の嫁」
 
横断幕に書かれたメッセージを長門がどのように受け取ったかはしらんが、今度聞いてみよう
「古泉さん、いくらなんでも長門に勝ち目は無いと思われますが」
「普通に考えたらそうでしょうね、しかし柔道は身体の大きいものが勝つとは限りません」
畳の上では試合が始まろうとしている、こんな小さな相手をぶつけられた藤堂は明らかにいきり立っており、今にも突進しそうだ
長門は対照的に棒立ちのまま、相手の眼をじっとみつめている。 
 
「はじめ!」
「おーっと開始と同時に藤堂が突っ込んで行きます、えっ、嘘だろ、試合開始と同時に突っ込んだ藤堂が組み合った瞬間・・
転んでひっくり返ってしまい、長門はその襟をちょこんとつまんでいたため、見事一本勝ちです」
「柔よく、剛を制す・・・」
ミクロン単位で礼を交わした長門は控え室へと戻って行った。
「いや~ラッキーな試合でしたね、古泉さん」
「そう見えますか?仕方ありませんね」
解説者は薄気味悪い微笑でアナウンサーを煙にまいた。
そんな盛り上がりをよそに、俺は妹と母親と3人で母の実家帰っていたのだが・・・
金曜日、じいちゃんが倒れたとの電話を受け学校を早退し慌てて家に帰った。ハルヒは「あんたなんていなくても大丈夫だから」と快く送り出してくれた。
実際にその通りだろう、別に俺がいなくても準備は万端だし怖いのは負けたときの閉鎖空間だが、ハルヒだって成長しているもう些細な理由で発生させないだろう
万一発生してもそれは俺の担当ではない
まあ、ハルヒなら俺がいなくても全く気にしないだろう、などと考えつつ俺自身はじいちゃんの無事を確認した後、ずっとハルヒのことを考えていた。
幸い軽い疲労が溜まっていただけらしく、一週間の検査入院で済んだ、心配したばあちゃんやお袋に対しても
「こんなもん、若いときに乗ってた軍艦が沈められた時に比べりゃ何てことはねえよ」
などと強気の姿勢を崩さず皆を安堵させた。
土曜の午後、俺はじいちゃんと病室でふたりっきりになった。
「おい!学校はどうした、こんなとこで何で油売ってんだ!?」
「今日明日は学校休みだよ、明日は友達の柔道の試合があるんだけど、そんなこと言ってる場合じゃねえだろ」
病床のじいちゃんはいかにも迷惑そうに言った。
「全く、ばあちゃんもおまえのお袋も心配性なんだよ、わしは大丈夫じゃ、さっさと帰れ!」
「じいちゃん・・・」
それ以上言葉が出なかった。じいちゃんは皆に心配掛けたくないのだろう
「おまえの友達って、あのなんとか団の事か?ばあちゃんから話は聞いてるぞ無茶なことばっかりやってるらしいな」
「ああ、そうだよ女子柔道部の助っ人頼まれて俺は裏方なんだ」
「おまえ、団長さんに惚れてるらしいな、お袋から聞いたぞ」
次の瞬間、俺はじいちゃんを黙らせる方法を色々考え始めた、とうとうボケがきたか、あとでお袋にも釘を刺しておこう。
「明日、始発の電車で帰れ、ばあちゃん達には、わしから伝えておく」
じいちゃんは夕日が沈む景色を眺めていた
「何事も若いうちだぞ」
その一言を残し、じいちゃんは眠ってしまった。
 
そんなわけで、始発の電車に乗った俺は一路北高に向かったのだが、最悪のタイミングで信号機が故障し、北高までかなりの距離がある駅で降りざるを得なかった。
時刻は試合開始と同じ午後1時ちょうど、バスなんか乗ってたら絶対に間に合わない
駅から出てタクシー乗り場に向かうと、凄いスピードで黒塗りのタクシーがやって来て俺の前で急停車する
いきなり後部座席のドアが開いた。こんな偶然があるのだろうか?迷わず乗り込み運転手に行き先を告げようとしたら
聞き覚えのある渋い声で話しかけられた。
「聞かずともわかります。これより北高に急行しますのでシートベルトを締め、しっかり手すりに捕まっていて下さい。料金はいただきません」
「新川さん・・・これも「機関」の仕事ですか?」
「それもありますが私自身の希望です。実は涼宮さんが柔道の試合を行うと聞きまして
是非その試合が観たくなりました、おそらくあなた様が引き返してくるので何としても涼宮さんの試合に間に合わせろとの命令に狂喜しましたよ。」
古泉の奴・・・ありがとよ
新川さんは白い手袋を皮手袋に変えて、アクロバット走行で北高に向け車を走らせた。
妙にテンションが高くなった新川さんは「パッパラー、パラパッラ!」などと意味不明の歌を歌い続けている。
かなり危険な運転だ、「ハルヒ待ってろ」俺は呟いた後、悲鳴を上げながら後部座席で転がり続けた。
 
再び試合会場に戻る
 
畳の上では、豪学連の選手が鋭い眼光で対戦相手を待っている、まさか初戦で巨体を誇る藤堂が偶然とはいえ(普通そう思うだろ)
北高の、素人としか見えない小さな女の子に秒殺されたのだから油断ならぬと思ったのだろう
そして、北高チーム次鋒の入場曲が鳴り始めると、会場全ての男共が拳を突き上げその名前を叫んでいた。
「ミ、ミ、ミラクルみっくるんるん・・・」
ミクル!ミクル!の大コールが入場曲とのコラボにより凄まじい音響世界を構築する。
男たちの声は体育館を越え校門まで響いていたと後々まで語り継がれた。
周囲の盛り上がりをよそに入場した来た朝比奈さんは、涙目で震えている、それが男たちの琴線に触れたらしく更に興奮度は上がった。
これで朝比奈さんの最初の仕事は終わった。試合はいきなり出足払いで有効をとられそのまま押さえ込まれて、朝比奈さんは負けてしまったが
押さえ込まれてじたばたもがいている彼女の姿を眼に焼き付けんとした男たちがリングサイドならぬ畳サイドに押し寄せ、
警備員を務めていた男子柔道部員たちと押し合いになった。
泣きながら退場してゆく朝比奈さんには万雷の拍手が送られ、非難するものは誰一人いなかった。
会場のみんなも、勝敗より朝比奈さんが勇気をだしてこの試合に出場した事のほうが素晴しい事だとわかっていたのだ。
これで対戦成績は1勝1敗の五分になり中堅戦につづく、その前に15分の休憩があり、二階の谷口と国木田が陣取る応援席に異変が起きた。
「おい、国木田やっぱだめかな?」
「厳しいね、さすが豪学連だ、先鋒戦は勝っちゃったけどもう油断はしないよ」
「せっかく、応援団つくったのにな・・・」
そのとき意外な人物が即席応援団の前に現れた。生徒会長と喜緑さん、なぜこんなところに?
「情けない応援団だ、下らんショーのような試合とはいえ、女性たちが必死で戦っているのだぞ」
「あんたになにができるんだよ!」
谷口がくってかかる。一触即発の状況だ。しかし会長は谷口を相手にせず、眼鏡をはずし喜緑さんに渡すと、彼女から長い学ランを受け取った。
「いいかおまえら!北高男児の意地をみせるぞ、これより北高名物「大鐘音のエール」を行う」
 
大鐘音 
 
その由来は戦国時代、武田信玄が上杉謙信との合戦に於いてどうしても援軍に行けず
苦戦に陥っている遠方の味方の兵を励ますために自陣の上に一千騎の兵を並べ
一斉に大声を出させ、檄を送った古事に由来する、その距離はおよそ二十五里、
キロに直すと100キロ離れていたというから、驚嘆の他はない
余談ではあるが、昭和十五年の全日本大学野球選手権に於いてW大応援団エールは
神宮球場から池袋まで聞こえたと記録がある。
 
民明書房刊「戦国武将考察」より
 
「喜緑君、アレの用意を」
喜緑さんが手をあげると生徒会役員数人がなにやらでかい荷物を運び込み、組み立て始める
街宣車に着いていそうなでかい旗だった。ただし日の丸でも旭日旗でもなく北高の校旗だ、ぶっといポールが着いており、とてもひとりで揚げられる品物ではない
「通称、揚がらずの校旗「喝魂旗」だ、これをひとりで揚げる奴がいて初めて大鐘音のエールが送れる、漢を魅せてくれる奴はこの中にいるか!?」
一同静まり返っていたが意外な奴が志願した。頭に鉢巻を巻き気合を入れ名乗り出る
「会長、俺がその旗を揚げます!」
谷口だった。
体中にポールとつながるベルトを着け、必死に力を入れるが全く動かない
「会長、いくらなんでもひとりじゃ無理ですよ」
国木田が会長に問いかける。
「その旗を揚げるのは腕力じゃねえ、男気だ!谷口とか言ったな?一世一代の男気をみせろ!」
その声に答え、谷口はオールバックの髪を振り乱し、何事か叫んだ、するとゆっくりではあるが旗が揚がり始めた。
 
そのときアナウンスが流れる
「これより中堅戦を始めます。豪学連の選手入場です」
入場してきたのは、日本人ではない、金髪を角刈りにして凍てつくような冷たい眼をした筋肉質の女だった。
「豪学連中堅、マリア・テレシコワ!」
テレシコワは全身から恐怖のオーラをまとい対戦相手の入場を待つ、誰が戦っても勝ち目は無いのは一目両全だ。
テレシコワを見た会長が叫んだ。
「よし、手始めにあいつと戦う選手が入場するとき北高運動部応援歌を歌うぞ!全員腹の底から声を出せ!」
北高控え室のドアが開くと大音量の歌が体育館に鳴り響いた。
 
北高生の生き様は
色無し 恋無し 情けあり
己の道をひたすらに
歩みて明日を魁る
嗚呼、北高の心意気
己の道を魁よ
 
北高中堅はなんとフクちゃん、真ん中あたりならプレッシャーもかからず戦いやすいと思って決めたのだろうが、それが完全に裏目に出た。
フクちゃんはガチガチになってしまい、右手と右足を同時に前に出したりする漫画でしか見たことの無い歩き方で畳に向かった。
セコンドにはハルヒが着いている、しかしいつもの表情とは違い元気がなく、あちこちを見回している
「古泉さん、中堅の花園ですがガチガチですよ、それにセコンドの涼宮も落ち着きがありません、やはり花園が心配なのでしょうか?」
「相手がいかにも強そうですから仕方ありません、何とか花園さんには普段の力を取り戻して貰いたいですね」
「しかしセコンドがあの様子では厳しいですよ?」
「涼宮さんが不安げな表情を隠しきれないのはテレシコワを怖れているわけではありません。別の問題です」
「別の問題とは何ですか?」
「僕の口から言ってしまったら、副団長を剥奪されてしまうかもしれないのでこれ以上は言えません」
 
試合開始を目前に控えハルヒがフクちゃんに話しかけている。
「相手が強くたってフクちゃんなら勝てる、いい?相手がフクちゃんのアン、ドゥ、トロワのリズムを掴む前にやっつけるのよ!」
「リズムを掴む前・・・」
ハルヒはフクちゃんの手を両手で握り彼女を勇気付けた。
「先手必勝よ、そうすれば勝てるわ」
しかしフクちゃんは不安げな表情でハルヒを見つめていた。
「涼宮さん、あなた・・・今、自分も辛いのに私の事なんか・・・」
(知ってるんですよ、キョン先輩がこの試合に来れないって聞いてからずっと元気が無くて、昨日の夜もなかなか寝付けなかったことを、
それなのに私を勇気付けてくれる、本当にありがとう緊張してる場合じゃないわ、私も涼宮さんを励ましてあげなきゃ)
「大丈夫、涼宮さんキョン先輩は絶対にあなたのこと見守ってますよ」
ハルヒはわずかにうなずき、精一杯の作り笑顔でフクちゃんを試合に送り出した。
 
次回予告
こんにちは、解説の古泉一樹です。
花園さんは強敵テレシコワに対し柔道人生をかけた戦いを挑みます。
そしていよいよベールを脱ぐ北高の謎の助っ人
この展開から眼が離せません。
大将戦では涼宮さんが強敵と戦いますが、「彼」のいないプレッシャーに追い詰められて行きます。
果たして「彼」は涼宮さんの試合に間に合うのでしょうか?
次回 「HARUHI!後編」
見ていただかなければ、僕の縦四方固めをお見舞いしますよ
マッガーレ!

後編 

 
試合が始まった。テレシコワは積極的に仕掛けてくるがフクちゃんは必死に組み手を避ける
「古泉さん、手元にテレシコワの資料が届きました。ロシアからの留学生ですね、母親はオリンピックのメダリストで母直伝の裏投げが得意技です。」
「ここまでくると花園さんとテレシコワの戦いは偶然とは思えませんね。」
「何かご存知なのですか、古泉さん?」
「二人の母親がかつて旧ユーゴスラビアで行われた世界選手権女子無差別級で対戦した記録が残っています」
「そのときの結果はどうだったのですか?」
解説者はニヒルな笑顔を浮かべ人差し指を唇の前にたてて言い放った。
「それは秘密です・・・」
 
試合はとうとう組み付かれたフクちゃんがテレシコワに押されている
「フクちゃん、先手必勝よ!」
ハルヒの檄が飛ぶ、その声に応えるようにフクちゃんは体勢を立て直して、独特のリズムを刻み始めた。
(アン、ドゥ、トロワ、アン、ドゥ、トロワ・・・)
何かに気づいたテレシコワが腰を引いた瞬間だった。
「アン!ドゥ!トロワ!」の掛け声と共に花園さんの大内刈りがテレシコワに襲い掛かかる。
ウオー!と場内がどよめきアナウンサーが絶叫する。
「これはきまったか~!」
必死のテレシコワはなんとか身体をよじりながら倒れこむ、審判の手が横に動いた。
 
「技あり!」
 
場内が大歓声に包まれる、しかしテレシコワはすぐさま立ち上がり逆に寝技に持ち込もうと襲い掛かった。
「逃げてフクちゃん!」
必死のフクちゃんは場外へと逃れた。
「いやあ、危ない危ない、助かりました花園、意外な展開ですね古泉さん」
「テレシコワは全く油断していましたね、出会い頭に花園さん独特の大内刈りですから、いやぁ、それにしても・・・」
「そうです!圧倒的不利を予想された花園がなんとあのテレシコワから技ありをもぎ取りました」
フクちゃんは肩で息をしながら中央に戻り試合が再開される。
「フクちゃん先手必勝よ、リズムを読まれる前に仕掛けて!フクちゃん・・・」
ハルヒも必死にアドバイスを送る、意外な展開だ、こんな必死の表情をするハルヒをはじめてみた。俺を締め上げるときともまるで違う
その後テレシコワは積極的に仕掛けるがフクちゃんはなんとか凌いでゆく
「フクちゃん早く仕掛けて!今よ!」
(アン、ドゥ、トロワ)
「花園、大内刈り!テレシコワは警戒して前かがみだ!」
アナウンサーが叫んだが、解説者がそれを否定する
「いえ!違います」
フクちゃんは前かがみになったテレシコワの襟を引き寄せ、右足を相手の股に差し込むと反対側を向き一気に跳ね上げた。
「内股だ~!」アナウンサーも我を忘れて興奮し、実況席の机を叩いた
「やった!その技もずっと一緒に練習したもんね」
ハルヒも我が事のように喜んでいる、この二週間でフクちゃんと友情が芽生えるとは入学当初考えられなかった事だ、
審判の判定は如何に・・・
 
「有効!」
 
またも場内が大歓声に包まれる、二階では巨大な旗をひるがえした応援団が「フレーフレー富薫子!」の大合唱、確実にフクちゃんを後押ししている。
「ここ北高体育館は全く予想外の展開になっております、中堅戦で期待されてなかった花園が、健闘、健闘、大健闘です!」
焦ったテレシコワは強引に攻めてくるが、必死にフクちゃんは逃れる、そして強引に持ち上げられ場外に投げられた。
そこへハルヒが駆け寄りフクちゃんを励ます。
「フクちゃんその調子よ、勝てるわ!」
(涼宮さん、私もしかしたら・・・)
「テレシコワは全く冷静さを失っております。古泉さん花園はこのまま逃げ切れるのでしょうか?」
アナウンサーはこのニヤケ解説者が肯定するものと思い話を振ったのだろうが、帰ってきた返事はそれを否定した。
「厳しいですね、出会い頭の技が決まって技ありと有効をとりましたが、テレシコワは完全に花園さんのタイミングを掴みました。
もともとかなりの実力差があるのでいつ一本とられても不思議はありません、一本とれねば一本とられる、それが柔道です」
そのとき豪学連控え室のドアが「バン!」と大きな音を立て開き、なかからパイナップルのような頭をした大男が出てきて大声で叫んだ
「富薫子、逃げるな!一本取らねば一本とられるぞ!」
大男は溢れ出る涙を拭おうともしない
「古泉さん、あの大男はもしや?」
「はい、豪学連女子柔道部監督の花園薫さんです。おそらくドアのむこうからひっそりと見ていたのでしょうが、娘の健闘ぶりに我を忘れてしまったようですね」
そんな解説をよそに周囲の観客から野次が浴びせられる
「逃げ切らせないためにそんなこと言ってんだろ!」「あんた娘がかわいくないの!?」「そこまでして柔道やめさせたいのかよ!」
しかし野次をものともせず、花園監督は必死に叫び続けていた。この体育館にどれだけの人間がいるかはわからんが、たった一人だけその言葉を理解し実行した。
「おーっと花園これまでの守勢から一転して攻撃に転じました!」
フクちゃんは再び内股をしかけたがそれを読まれ、逆に内股をすかされた。両者はもつれあうが、テレシコワはすくい投げでフクちゃんをすっ飛ばし、フクちゃんはハルヒの前に倒れこんだ。判定は場外
「フクちゃん、大丈夫!?フクちゃん!しっかりして」
「涼宮さん・・・」
「しっかりして、あと少しよ」
フクちゃんは力なく立ち上がりハルヒに答えた。
「そうよねお父さんも応援してくれてるし、私もしかしたら・・・」
その様子を凄いオーラをまとったテレシコワが睨み続けている。
「さあ~!技あり、有効と圧倒的有利になった花園、残り一分となりました。おお!テレシコワが猛然と組みかかります。古泉さんいかがですか?」
「花園さんは逃げの柔道をしませんからまだ安心できません、たとえ逃げたとしてもすぐに捕まってしまいます。
それにテレシコワ得意のすくい投げや裏投げはまともに組まなくとも投げにかかれます。逃げて逃げ切れるものではありません」
ハルヒが叫んだ。
「何か仕掛けてくる・・・フクちゃん足の運びに気をつけて!」
次の瞬間、右袖をつかんだテレシコワの隅落としが決まった。
(お願い!柔道を続けたいの)
 
審判の手が上に上がろうとしたが、その手を躊躇し水平に戻した。
 
「技あり!」
 
「テレシコワの隅落としが技あり!花園は身体を捻って堪えるのが精一杯でした。さすがテレシコワ、力技だけかと思っていましたが、まさかの隅落としです!」
「花園さんもよく堪えましたよ、あのバランスとバネは身体の柔らかさの賜物です。」
「大丈夫!リズムは読まれちゃったけど、大内刈りと内股はまだ通用するわ!」
息絶え絶えのフクちゃんにハルヒが檄を飛ばす。実に残念なのはこれを俺が生でみることができなかったことだ
(とてもじゃないけど、この人から逃げ切れないわ、大内刈りと内股このふたつでやっつけるしか勝ち目は無い)
フクちゃんは何かを覚悟したように、中央に戻っていった。
 
「中堅戦、残り30秒を切りました。おお!花園まともに組みました、この状況でも逃げようとしません」
「いいとこを取りましたね花園さんは勝負に出ますよ、しかし内股も大内刈りもタイミングが命ですが下手をしたら裏投げの餌食になります。」
古泉、おまえはハルヒの心理状態だけでなく柔道の解説もたいしたもんだ、知っておるのか雷電?
テレシコワは裏投げを狙っている、それはフクちゃんも承知しているだろう、ポイントはどっちが先に仕掛けるかだ
(大内刈りと内股、両方使ってできるかわからないけど・・・アン、ドゥ、トロワ、アン、ドゥ、トロワ)
「アン!ドゥ!トロワ!」 
 
「花園が仕掛けました!内股です、いや違う、その体制から大内刈りへの連続技だ!テレシコワ必死に堪える、これは決まったか~!」
「だめぇ!フクちゃん、足をしっかり掛けてー!」
全ての人間が呼吸をする事を忘れていた。
 
運、不運というものが有る、ハルヒに出会えたフクちゃんは運が良かったのかもしれないがこのときのフクちゃんは不運そのものだった。
テレシコワにかかっていた足が外れてしまい、満を持して裏投げが炸裂した。ほとんどバックドロップだ
フクちゃんは思いっきり叩きつけられてしまった。「富薫子~!」静まり返った体育館に花園監督の娘を想う悲痛な叫びがむなしく響く
 
「一本、それまで!」
 
「テレシコワの裏投げが決まり逆転で一本勝ちです!まともに頭から落とされた花園は起き上がることができません、大丈夫でしょうか!?あっ立ち上がりました。」
 
「フクちゃん!」
ハルヒは駆け寄ろうとするが礼をしていないため審判に止められる、力尽きたフクちゃんは礼を済まし、よろめきながら畳を出ようとするがへたり込んでしまった。
ハルヒがそばに座って心配している
「フクちゃん、大丈夫・・・?」
なんとか作り笑顔でフクちゃんは答えた。
「駄目ね、私って・・・」
「そんなことない、頑張ったわ」
テレシコワが駆け寄ってきた、ハルヒは自分が仇を討たんと身構える。フクちゃんの前に立ったテレシコワは右手を差し出し、たどたどしい日本語で言った。
 
「ハナゾノ、マタ、タタカオウ」
 
フクちゃんと握手を交わしテレシコワは引き上げていった。場内からは拍手が送られたがフクちゃんは悲しげだ。
「ごめんなさい涼宮さん、もう一敗もできなくなっちゃった。もっと柔道続けたかったけど・・・」
「大丈夫、残り二試合連勝すれば柔道続けられるわよ」
そのとき、ラッセル車のように観客を掻き分け花園監督がフクちゃんのもとにやってきた。
「だから柔道をやめて欲しいと言っただろ!おまえがこんな事になるのを俺は耐え切れん!」
「お父さん・・・私、柔道を続けたい、お母さんみたいになれなくてもいい、凄く楽しかった。」
ハルヒが花園監督に食ってかかる
「お父さん、こんなにフクちゃんが頼んでるのよ!心配なのはわかるけどフクちゃんの気持ちも考えてあげて」
「俺は今、猛烈に感動している、こんな良い仲間に恵まれて、富薫子おまえは本当に幸せだ」
その涙は文字通り滝のように流れていた。
「それじゃフクちゃんが柔道続けるのを許してくれるの!?」
「それは別だ、柔道家に二言は無い、富薫子に柔道を続けさせたいのなら残り二試合連勝してくれ」
花園監督はフクちゃんを抱きかかえて保健室へと向かって行った。
 
これで1勝2敗となり、もう一敗もできなくなった。残るはハルヒと謎の助っ人、この二人が勝たねばフクちゃんは柔道を辞めなければならない
また休憩が入り、畳の上ではバニーガールの朝比奈さんが掃除機で試合場を清掃している、大昔のプロレスみたいだ。そして応援団達は・・・
 
「やべえ、もう限界だ!みんなすまない、この旗を降ろすぞ」
谷口も花園さんの敗北に力を失い限界を迎えていた。国木田が心配そうに様子を見ているが会長は眼もくれずエールを送り続けている。
「谷口!離しちゃ駄目だよ、まだ勝負は終わってないし、涼宮さんたちもあきらめてないぞ」
「そんな事言われたって・・・」
意を決した国木田は、どこからかマイナスドライバーを持ってきて、ポールに紐で括りつけた。ドライバーは下を向いている
そして旗が倒れたらドライバーが胸に突き刺さる位置を確認し、その場に大の字で寝転んだ。
「その旗を倒したら僕の胸にドライバーが突き刺さるよ、だから絶対にその旗を倒すな!僕だってみんなと一緒に戦うんだ!」
 
「二年の連中も漢を魅せるじゃねえか・・・」
その様子を見ていた会長はつぶやいた。
 
 
試合場では朝比奈さんが「副将戦」と書かれたプラカードを持って一周している。つくづく思う「生で見たかった・・・」
 
「これより副将戦を始めます!豪学連選手入場です。」
場内に重低音の雷鳴が響いた。
放送席に戻る
「さあ、副将の選手が入場してまいります。この曲は・・・高中正義の名曲「サンダーストーム」です!」http://jp.youtube.com/watch?v=moPeL_Vo4t8
「資料が来ました。副将「源龍ひかる」167センチ65キロ、源龍式格闘術の師範代でもあります。好きな言葉はレボリューションです。」
「いやぁ、強そうなのが出てきましたね、あのアフロがみたいな髪型、そして男性にしか見えない顔、これは強そうですよ」
「更に続けますと、源龍選手は3年前に日本武道館で行われた全国中学生大武闘会で優勝しております。」
アナウンサーの喧騒をよそに源龍はRevolutionと黄色い字で書かれた黒いジャージを羽織って入場し対戦相手を待つ
「さて放送席には試合を終えた長門有希さんをお迎えしました。」
「よろしく・・・」
「ところでお二方、副将戦ですが、涼宮選手は大将戦に出場してくる事が予想されます。謎の助っ人とは一体・・・」
「お話の途中で申し訳ありませんが、長門さんが源龍選手の経歴についてコメントがあるそうですよ」
長門が解説を勤めていたなんておどろいた、人間にわかるように話せよ、言葉でも簡単な事は伝えられるんだ。
「・・・3年前の中学生武闘大会、優勝したのは彼女だけではない、時間切れ引き分けで同時優勝だった・・・」
アナウンサーが長門のコメントに対しなんと答えて良いか考えていると、今度は北高副将の入場曲が始まった。
「この曲は・・・今は亡き、名レスラージャンボ鶴田の入場曲「J」です!」http://jp.youtube.com/watch?v=JN7oL1JR9P0
「応援団が曲にあわせて一斉に、ツ、ル、タ、オー!のコールを送ります。いえ間違えました。ツ、ル、タ、オー!ではなく、ツ、ル、ヤ、オー!です」
北高謎の助っ人はやっぱり鶴屋さんだった。プロレス研は事前に知らされていたのだろうが選曲がジャストミート!by福沢朗
鶴屋さんは自慢の長髪をきつく結んでいる、口元こそ八重歯を覗かせ笑っているが、眼は鍛え上げられた刃のように源龍を睨みつけている
畳に上がると観客に応えるかのように右手を高々と挙げ、それにあわせて観客たちは「オーッ」と拳を挙げた。
「なんと、謎の助っ人とは書道部の3年生鶴屋さんです、しかし大丈夫でしょうか?」
特別ゲスト長門有希がその質問に答える
「彼女は鶴屋流古武術の達人、19歳で免許皆伝の予定、3年前の武道館であの二人は戦い引き分けている」
解説役を奪われた古泉も黙ってはいない
「長門さんもご存知でしたか・・・その戦いは「武道館伝説、鶴龍頂上決戦」と言われて
格闘技ファンの間で語り継がれています」
 
 
試合場では二人が睨み合っている、源龍は文字通りガンを飛ばしていたが、鶴屋さんは口元だけ笑って余裕すら感じられる
「源ちゃん、おひさしぶりっさ」
「鶴屋、あんたとこんなところで決着をつけられるとは、監督に感謝するよ、ただの親ばかだと思っていてけど」
 
試合会場の盛り上がりをよそに、北高控え室ではハルヒがごついペンダントのようなものを握り締め、鶴屋さんの勝利を祈っていた。
 
試合前の控え室
 
どうしよう、もう負けられない、あたしと鶴屋さんが勝たないとフクちゃんは柔道辞めなきゃならなくなる
鶴屋さんは勝ってくれると思うけど今のあたしは自信がない、別に相手が怖いわけじゃないわ、不安なのよ・・・いつも横にいるマヌケ面が見えないと
みんなに心配かけたくないからこんな顔しないって決めてたのに、有希もみくるちゃんもフクちゃんもあんなに頑張ってくれたのに
怖い・・・怖い・・・命令だから早くここにきなさいよ!団長をこんなに不安にさせてタダで済むと思ってるの!?
そんなあたしを心配したのか、準備運動をしてた鶴屋さんがこっちにきた。
「ハルにゃん、どうしったっさ?あたしをこの試合に誘ってくれたとき、あんなに楽しそうだったじゃないかっ」
「ごめんね鶴屋さん、誘っておいて変な話だけど急に怖くなっちゃった。なんでだろ?今までどんな勝負も怖いなんて思ったことないのに」
鶴屋さんはいつもの笑顔で話をきいてくれた。自分の入場が近いのに
「ハルにゃんがめがっさ不安になるのは当たり前っさ、だって女の子だもん、好きな人が大事なときにそばにいないんだからそれで普通にょろ」
「べ、別にキョンなんていなくても関係ないわ」
「誰もキョン君なんて言ってないにょろよ」
急に鶴屋さんの目が険しくなった、こんな鶴屋さん見たこと無い、鶴屋さんは自分のバックから古ぼけた巾着袋を取り出した。
中から出てきたの多少錆付いた大きな印鑑みたい、細い鎖がついていて何か字が書いてある、ごつい字で「北高女子総代」って書いてあった。
「これはねっ、ずっと昔から北高女子の代表に受け継がれてきた大事な物なのさっ、夏休みが終わったらハルにゃんに渡すつもりだったけど、今渡すね」
あたしはそれを受け取れなかった。だってこんな大事なときに怖くなっちゃうあたしにその資格は無い
「無理よ鶴屋さん、あたしなんかじゃ・・・」
次の瞬間あたしの頬に鶴屋さんの平手打ちが跳んできた。キョンにだってぶたれた事ないのに・・・
「そんなことじゃ大将戦に勝てないっさ!今のハルにゃんをキョン君だって見たくないはずだよ」
そして鶴屋さんはあたしを抱きしめてくれた。束ねた髪からシャンプーのにおいがする、
あたしは兄弟がいないからわからないけど
お姉ちゃんがいたら、きっとこんな感じなんだろう
「ごめんねぶったりして、お詫びに絶対勝ってハルにゃんに繋ぐっさ、その代表の印をもってちょろんと待ってるにょろ、もうそれはハルにゃんに渡したから・・」
鶴屋さんはあたしから離れてドアに向かう、
 
「押忍!ごっつあんです 先輩!」
 
あたしはできるだけ大きな声で鶴屋さんの後姿を見送った。
 
試合が始まった。パワーに勝る源龍が力技で強引に攻めれば、テクニックに勝る鶴屋さんが華麗に攻撃を凌ぎ、効果的に反撃してゆく
柔道のルールとはいえ3年前の戦いが如何に激しいものだったかこの試合からも想像できる、源龍が強引な背負い投げで有効を奪えば、鶴屋さんはタイミングを計った出足払いで有効を奪う
まさに一進一退の攻防が続いていた。
 
「古泉さん、このまま時間切れになりますと北高の勝ちがなくなりますが?」
「いえ、この試合は講道館ルールではなくIJFルールで行われますのでゴールデンスコアの延長戦になります。3年前の様に引き分けるのは両者本意ではないでしょう」
結局時間切れで決着は延長戦に持ち込まれる。
「やるじゃない鶴屋、でも引き分けはもういらない、私は私の為に絶対に勝つ!」
「源ちゃんあたしも絶対勝つっさ、でも理由はあなたと違う、それが「ベラミスの剣」になるにょろ」
 
延長戦が始まった。両者はこれまで以上に積極的に攻める、徐々にではあるが鶴屋さんに疲れが見えてきた。
それをチャンスと見た源龍は内股をしかける、多少強引だが腕力と体格で勝っている源龍渾身の攻めだ
「源龍内股~!決まるかこれは!」
「決まらない・・・」
これまで試合中ずっと黙っていたゲスト解説の声はアナウンサーに届かない、この試合に負ければ北高の敗北が決定する
応援団は声を嗄らして必死のツルヤコール、源龍と鶴屋さんが二人とも片足を挙げて踏ん張っている、まさしく鶴だ
そして二人は倒れこんだ。
 
「一本それまで!」
 
 
審判の手が上がった。体育館からため息が聞こえても不思議はないのだが様子がおかしい、
勝ったはずの源龍が畳を叩いて悔しがっている
「どうした事でしょう!?今ビデオが再生されます」
映画研究会が撮影していた試合の映像が体育館に運ばれていた大型テレビに映される、スローモーションでみると
高い位置で鶴屋さんの足が源龍の足からはずれ「内股透かし」になり、源龍は倒れこんでいったのがわかる。
礼を交わしお互いの健闘を称えあう二人
「負けたよ、あんな体勢から内股を透かすなんて信じられない」
「源ちゃん、久々に自分で戦って楽しかったさ」
「楽しんでいたのが「ベラミスの剣」とやらかい?」
「ちがうっさ、源ちゃんは自分のために戦ったかもしれないけど、あたしは自分のためじゃなくて大事な友達のために戦ったからさっ」
「3年前はお互い全くの互角だったけど今日はその分だけで勝たせて貰ったにょろ」
 
ベラミスの剣
 
古代ギリシャ神話時代、永遠のライバルといわれた闘いの神
ベラミスとマルスはその実力に於いて全くの互角であり幾多の死闘を経ても
決着はつかなかった。あるときマルスは一計を案じ、試合前ベラミス愛用の剣を
そっくり同じ形をしていながらほんの僅か重たい剣に取り替えた。
それと気づかぬベラミスは普段より僅かに重たい剣のため遅れをとり敗れ去った。
極限まで互角の二つの力が競い合う場合
どんな些細なことであれ狂いが生じれば優劣ができてしまうということである。
 
太公望書林刊「ギリシャ神話に見る現代人の教訓」より抜粋
 
鶴屋さんはハルヒのセコンドにつくため、そのまま試合場に残った。そして「大将戦」のプラカードを持っていたラウンドガールもセコンドにつく
次の大将戦で全てが決まる、果たしてフクちゃんは柔道を続けることができるのか?
「これより大将戦を行います!豪学連大将、本阿弥あやか選手入場です」
場違いなクラッシック俺でも知っているベートーベンの交響曲第九番第二楽章「喜びの歌」が場内に流れてきた。
豪学連のドアから出てきたのは今までのゴツイ女たちとはまるで違う、ややきつめの顔つきだがかなりの美人だった。
髪を後ろに結んで余裕の表情、あっけにとられている男達に投げキッスのサービス付だ、まさしく女王の貫禄、そして女王を迎え撃つのはもちろん!
「北高大将、涼宮ハルヒ選手入場です!」
 
「唇にメロディ、いつしか刻む夕暮れ、街を見下ろせば君の姿見える・・・」
 
「涼宮選手の入場曲は永井真理子のミラクルガールです!果たしてその曲のように奇跡を起こせるのでしょうか!?」
http://jp.youtube.com/watch?v=kAmMSDlXtv4
「奇跡はいつでも涼宮さんのハート次第です!期待しましょう!」
冷静なはずの解説者も興奮している。
そして場内から響き渡る大ハルヒコールは光陽園の駅前まで届いていたらしい、
一方そのときの俺は・・・
「お待たせしました。北高の駐車場です」
ようやく新川さんの歌と恐怖のドライブから解放された。何かすごい声が体育館からきこえる

「ハ・ル・ヒ!ハ・ル・ヒ!」

俺と新川さんはその声を聞きながら体育館へと走った。
 
「次回最終回、ずっとハルヒのことが・・・」
見てくれないのなら、あなたの情報連結を解除する・・・

最終回

「いよいよ大将戦が始まります!これまで2勝2敗の五分と五分、果たして結果はいかに!?」
体育館全体が緊張に包まれていた。常識で考えれば名門柔道部のエースにほとんど素人のハルヒが勝てるわけ無いのだが
全校生徒も知っての通り、涼宮ハルヒという女はそんな常識を最も嫌い、そして通用しない女だ
畳の上では両者があいまみえている、余裕の笑みさえ浮かべる本阿弥あやかと緊張と不安の色が隠せないハルヒ
「おい!涼宮が普段と違うぞ」「ハルヒ先輩でも怖くなることがあるのね」
などとざわつき始める観客たち、
「ハルにゃん!大丈夫っさ、絶対来てくれるにょろ」
「涼宮さん、ファイトですぅ!」
そんなハルヒを必死に盛り上げる二人のセコンド、読書を続けるゲスト解説者、携帯をいじっているニヤケハンサムの解説者
それぞれが決戦の時を待っている。
「今、本阿弥あやか選手の資料が届きました。・・・・おい!この資料は間違いないな
!?」
いきなりスタッフに確認を取り始めるアナウンサー、そして確認をとると緊張の面持ちで本阿弥あやかのプロフィールを公表した。 
 
「昨年の全国ジュニア選手権48キロ以下級優勝者、なんと父親は本阿弥トラベル社長、母親は本阿弥グループの会長の娘でソウル五輪の銀メダリストです!
CV鷹森淑乃?なんですかこれは?」
 
場内が静まりかえった。そりゃそうだろ!いくらなんでも相手が悪過ぎる
「古泉さん、よりにもよって凄い相手が出てきましたね・・・しかも涼宮はメンタル面で不安を抱えています。これまででしょうか?」
「メンタル面の不安はまもなく解消されると思います。確かに強敵ですが涼宮さんにそんな常識は通用しません、奇跡は彼女のハート次第で起こすことも可能です」
圧倒的不利な状況でも相変わらずのスマイルですっかり解説者が板についてきた古泉は自信満々に語る。
そう、俺達だけが知っているハルヒ本人も知らないその力がハルヒの心次第で勝利に導くに違いない。
だが、いつに無く不安を抱えているハルヒがどうやったらこの状況でもいつもの調子を取り戻すのだろう?
ハルヒが不安になることなんてあるのか?普段と違う事なんてせいぜいこの場所に俺がいないことだけだ
 
「さあ、審判が位置につきました。白は豪学連、本阿弥あやか、赤は北高、涼宮ハルヒ、かたやジュニア王者のプライド、かたや友への友情のため
今ここに決戦であります!」
審判が声をあげた。
 
「始め!」
 
開始早々は両者相手の出方を見るためか、なかなか組み合わず様子をみている。そして近づき、激しい組み手争いが始まった。
つくづく恐ろしい、ハルヒにできないことなんてあるのか?あったら俺が知りたい
「両者激しい組み手争い、全くゆずりません!」
そして組んだ、ハルヒにとって充分な形だ、
「涼宮小内刈り!本阿弥逃げる、逃げる」
本阿弥が腰をひいた瞬間だった。
「出たー!一本背負い、しかし本阿弥、足をかけてこらえる、その体勢からすかさず足を跳ばす涼宮!」
凄い攻防だ、たった2週間の間にこれほどの技術を身につけるとは、天才とはハルヒのことを指す言葉だろう
その後も息もつかせぬ連続技で本阿弥を攻め続けるがことごとく防がれ、逆に本阿弥は余裕の表情だ
その隙をついて本阿弥が巴投げをしかける、それを手を突いて逃れるハルヒ
「ハルにゃん、危ないっさ!」
鶴屋さんが何かに気づいたとき本阿弥は肩固めを決め押さえ込みに入った。
「資料によりますと本阿弥の得意技は蟻地獄と言われた寝技攻撃です。これは決まったか!?」
「先ほど一本背負いを掛け損なったときに既に襟を締めて寝技に持ち込もうとしていましたね、巴投げは寝技に入るための道具に過ぎなかったのです。」
古泉、冷静に解説してる場合じゃないだろ!
ハルヒは苦悶の表情で必死に蟻地獄からの脱出を試みるが本阿弥は放さない、
「10秒経過、本阿弥が効果を奪いました。30秒で一本勝ちです。」
 
(キョン強いよこの人、あたし負けちゃうかも・・・)
 
 
ようやくその頃俺と新川さんは体育館に入ったが、凄い人だかりで前に進むことができないでいた。
「頼む通してくれ、俺はSOS団の一員なんだ!」
そんな声も興奮した観客たちの耳に入らず、ここまで来てハルヒのそばに行ってやる事ができない
「通してくれ!ハルヒが、ハルヒが・・・」
 
俺とハルヒの間にできた壁を打ち破るべく、あるときは執事、あるときはタクシー運転手そしてその正体は胡散臭い「機関」のメンバー
新川さんの大音声が興奮の坩堝と化した体育館にこだました。
 
「どけい!我々の大義の前に立ちふさがるのなら、このアナベル・ガトーが相手になるぞ!」
 
とてもモノマネとはおもえぬ「ソロモンの悪夢」の声がおそらくガヲタであろう男達の心に響き、俺と新川さんの所へ集まってくる
「少佐、我々が突破口を開きます」
「すまんケリィ、そしてカリウス、ジオンの栄光の為に力を貸してくれ」
「ハッ、星の屑成就のために!」
男達が道を作り始めた。新川さん、あんた一体何者なんだ?
何人もの男達が協力しようやく道が開いて俺はハルヒが闘っている試合場のすぐ脇に到着した。
 
「15秒経過、決まってしまうのか!?」
アナウンサーが絶叫する。俺が初めて見たのは押さえ込まれて窮地に立つハルヒの姿だった。
「キョン君遅いですぅ・・・」
スイマセン朝比奈さん、ゲッ、もう効果を取られてる。しかも2勝2敗の大将戦だって!?
気が付いたら鶴屋さんにヘッドロックの要領で引きずっていかれた。
「ハルにゃん、頑張るっさ!キョン君がやっと来たにょろよ、ほらキョン君も応援してあげるっさ!」
畳の上でもがいていたハルヒと眼があった。
「返せハルヒ!返してくれ!」
それしか言える言葉は無い、なんとその言葉に応えたのかハルヒは押さえ込みからの脱出に成功した。
 
「これで涼宮さんは自分の力を取り戻しました。奇跡は必ず起こります」
アナウンサーも古泉につられてにやけている。
「なるほど、涼宮の不安はそれが原因でしたか」
何の事だか俺にはさっぱりわからん、それに効果を奪われたんだ、にやけてる場合じゃねえぞ
ほれ見ろ、脱出したのもつかの間、すぐに後ろをとられて送り襟締めを決められそうだ
「頼むハルヒ、こらえてくれ!」
審判の手が上がった。
「待て!」
「涼宮、かろうじて、本当にかろうじて難を逃れました!まさに本阿弥の寝技は蟻地獄のように獲物を捕らえます」
そして試合が再開された。果たしてどんな方法であの寝技攻勢に立ち向かうんだ、ハルヒ?
そして今度は強引に持ち上げられ、またしても押さえ込まれた。しかしハルヒは足をからめて必死に堪える、足が抜けたら押さえ込みだ
「試合は俄然、本阿弥のペースです。涼宮に打開策はあるのか!?」
「本当に上手いですね、完全に寝技に入る形ができあがっています。ジュニア王者は伊達ではありません」
 
ハルヒは本阿弥を跳ね上げたが、すかさずうで拉ぎ逆十字をかけられる、それをハルヒはなんとか切り返すが、本阿弥の寝技攻勢は止まらない
待てがかかると場内から一斉にため息が聞こえてきた。俺も思わず深呼吸する
「苦しいですぅ、息をするのを忘れてましたぁ」
俺は朝比奈さんに人工呼吸を・・・なんて想像する余裕も無く戦況を見守っている
「さあ~試合は完全に本阿弥のペースのまま残り2分を切りました。涼宮はこのあたりで何か突破口を開きたいところです。」
「そろそろですね・・・」
古泉がつぶやく、襟をとった一瞬のチャンスを見逃さずハルヒの大内刈りが決まった。
「効果!」
観客の大声援が巻き起こった。そして「ハルヒ!ハルヒ!」の大コールが発生する。
そしてその体勢から寝技をしかける
正気か?ハルヒ
「涼宮さんは長門さんを相手に寝技の練習をしていましたが、二人とも高校生離れした動きを見せていましたよ」
古泉、解説ありがとう
「ハルにゃん、その調子っさ!がっちり固めるにょろ」
鶴屋さんが必死にアドバイスを送る、しかし本阿弥はそれを切り返し、またしても腕ひしぎをかけてきた。
ハルヒはそれを腕をつないでこらえる、腕が伸びきったらおしまいだ。朝比奈さんが泣きながら叫んだ
「やめてくださぁい!涼宮さん、もう充分ですよぅ、花園さんも納得してくれますぅ」
俺もそう思う、もう充分だ、これ以上やったらおまえがケガをしちまう、やめてくれハルヒ
しかしハルヒの他にもう2人勝負を捨ててない奴がいた。そいつらは実況席で携帯電話を使い何事か話している
「はい、今夜六時、鶴屋邸に特上寿司20人前お願いします。領収書は古泉一樹で書いてください」
古泉、おまえは何でそんなに余裕があるんだ!?ハルヒが心配じゃないのか?
「それでは足りない・・・30人前を希望する」
長門、おまえまで・・・・
「放送部のみなさんもご一緒にいかがですか?今夜の祝勝会に招待しますよ」
古泉、気は確かか?今にもハルヒは負けそうだぞ、そして腕ひしぎがきまってしまった。
「ハルヒ外せ!外してくれ!」
こんな事しか言えない自分が悔しい、俺に出来ることはないのか?
「涼宮さんあきらめてない・・・あきらめてません!」
朝比奈さんの言葉に眼が覚めた。俺に出来ることは唯ひとつ、勝利を信じてハルヒを応援する事だ。
その気持ちが通じたのか、ハルヒは脱出に成功し待てがかかった。幸い腕にダメージはないようだ。
「ハルにゃん、本当にすごいっさ」
鶴屋さんが手を叩いて大喜びしている。そして勝負はまだこれからだ
「さあ、試合時間は残り一分、泣いても笑ってもこの一分で全てが決まります。」
しかし依然として本阿弥有利だ、素人相手に判定勝ちでは納得できず積極的に攻勢を仕掛ける
 
「死闘!まさに死力を尽くした死闘になってきました!」
(キョン、お願い・・・あたしに力を貸して)
一瞬ハルヒと眼が合った。その眼はいつもの輝きを放っている。
「このくだらない茶番も、もうすぐ終わりますわ、ごきげんよう」
余裕の本阿弥は油断をしている、今しか勝機は無い
「どうする涼宮!あと30秒しかないぞ」
うるせえぞアナウンサー、ハルヒの力を知らんからそんなことが言えるんだ。勝てハルヒ!勝ってフクちゃんに柔道続けさせてあげるんだろ!
それにおまえの一生懸命な姿をみたくて俺はここに駆けつけたんだ!頼む勝ってくれ、おまえは勝利しか似合わない女だ
「涼宮、左手で本阿弥の襟を取る、右手は袖に添えるだけだ!」
「涼宮さん、今です!」
「そう・・・今しか無い」
実況の声は大声援で誰の耳にも届かない
(キョン、あんたのためにも絶対勝つわ)
出た、この試合のきっかけにもなった、ひったくりを投げ飛ばした巴投げが決まる
 
「有効!」
 
これでポイントは逆転した、もう少しだハルヒ!
「しかし見事な巴投げでしたね、古泉さん」
「ええ、完全に相手の虚をついた見事な技です」
本阿弥から余裕の笑みが消えた。自分が常識の通用しない相手と戦っている事にようやく気づいたのだ
勝負は終わってないぞ、これからが真剣勝負だ、ハルヒ!
「試合時間は残り15秒、本阿弥が勝つには攻めるしかありません」
「涼宮さんも判定勝ちする気はさらさらありません。必ず一本勝ちを狙ってきますよ!」
実況にも熱が入る、そして耳をつんざくようなハルヒコールがそれを後押ししていた。
両者がまともに組み合った、間違いなく最後の勝負になる、一瞬本阿弥の懐にハルヒが潜り込む。
「出ました~!一本背負い!」
 
「決まれ~決まってくれ」
古泉も我を忘れて絶叫する
 
観客が声を出す事も忘れていた。
 
宙を舞った本阿弥が叩きつけられる
 
 
審判の手が高々とあがった。
 
「いっ、一本それまで!」
 
静まり返った場内にフクちゃんの声が聞こえる、隣では花園監督が例によって涙を流していたが悔し涙ではないだろう
「涼宮さん!やったあ!ありがとうございます。」
 
次の瞬間、観客席から体育館の屋根を吹き飛ばすような歓声があがった。
「涼宮ハルヒ一本背負いで一本勝ち、この対抗戦に決着をつけました!凄い、凄い本当に凄い試合でした!!!」
「立てません本阿弥、呆然としてまだ立てません!時計は残り時間3秒を示していました。」
アナウンサーも観客もみんな涙を流して喜んでいる。ハルヒは意外な行動にでた。
本阿弥に歩み寄り、何かを話しかけている
 
「本阿弥さん、あんた本当に強かったわ、でも本当に楽しかった。ありがとう」
 
そして本阿弥の手を取り、感動の握手を交わした。場内から割れんばかりの拍手が送られた。
「よくやりました!本当によくやりました!私はこの試合を実況できたことを生涯誇りに思います」
 
本阿弥が立ち上がって、両者礼を交わす。そしてハルヒが俺のところへ走ってきた。少々恥ずかしいが仕方ない
俺は両手を広げハルヒを待つ、ハルヒは俺の懐に飛び込んできた、そして熱い抱擁を・・・じゃなかった。そのまま俺の右手を担いで
先ほど見せたような見事な一本背負いが炸裂する
 
「来るのが遅いのよ!このバカキョン!」
 
痛む身体をやっと起こし周囲を見渡すと生暖かい視線が俺とハルヒに注がれている、何とか立ち上がってハルヒの手を引き、逃げるように体育館から出た
 
ようやく中庭につくと俺はハルヒの手を離した。
「凄いなハルヒ、俺もわざわざ引き返してきて良かったよ。じいちゃんも軽い疲労で倒れただけだったし、良かった、良かった」
「べっ、別にあんたなんかいなくても、あたしは、あたしは・・・・グズッ」
急にハルヒは泣き出してしまった。一体どうしたというのだ?仕方なくポケットに入っていたハンカチをハルヒに手渡す。
「ほらこれで涙を拭け、俺はトイレで手を洗ってもズボンで拭いちまうからハンカチは清潔だ」
ハルヒはハンカチを受け取ったが泣き止む気配を見せない、俺はハルヒを落ち着かせるため二人でベンチに腰を下ろした。
ようやく落ち着きを取り戻したのか、俺の横に座るハルヒは黙り込んでいる。
「ハルヒ頑張ったな、あんな大勝負に勝つなんて大したもんだ」
そうハルヒは頑張ったのだ、じいちゃんの声が頭をよぎる
 
「何事も若いうちだぞ」
 
俺もハルヒに負けず大勝負に挑んでみるか・・・・
「ハルヒ、俺はじいちゃんの無事を確認してから、ハルヒの事を考えてた。俺も大勝負をさせてもらうぞ」
ハルヒの返事は無い
「俺、ずっとハルヒのことが好きだ、おまえは俺がいなくても大丈夫だろうが俺はおまえのそばにいたい・・・おまえはどうだ?」
言ってしまった、しかし悔いは無い、返事を待ってる時間がとてつもなく長く感じた。
そして返事の代わりに俺の肩に何かが当たる、ハルヒは俺の肩に頭を預けて動こうともしない 
 
勝ったのか?俺
 
恐る恐るハルヒの顔を見た。あの大きな瞳は眼を閉じており安心しきった表情で寝息をたてている
よほど試合で疲れたのか、さすがのハルヒも昨夜は緊張して寝不足だったのか、俺の肩を枕に眠り続けている。
まあ、さっきの勝負は無効試合にさせてもらおう、代わりに別の言葉をハルヒにかけてやる
 
「おつかれさま、ハルヒ」 
 
 
試合後、花園監督を残して豪学連の選手たちは帰っていった。試合会場の片付けも終わり後は映研によって映像化されるのを待つばかりだ
みんなはどんな試合をしたのだろう、早く観たいぜ
俺とハルヒを残しみんなは鶴屋邸での祝勝会の準備のため下校してしまった。一応生徒会長も誘ったらしいが
喜緑さんの休日を潰してしまったお詫びにこれから二人でお食事らしい(上手い事やりやがる)
夕焼けがきれいな空の下、俺とハルヒが校門を出ようとしたところ、40歳過ぎの男が話しかけてきた。
「実は私、こういう者です」
手渡された名刺は日刊エヴリースポーツ記者のものだった。
「試合を観させて貰いました。実はあのひったくりの記事を書いたのも私です。失礼かしれませんが、どうしてもあなたの正体が知りたかった。」
こいつか!あの記事を書いたのは、まあ結果論としてフクちゃんが助かったのだから許してやろう
「花園監督とは彼が高校時代からの知り合いなんです。富薫子さんも生まれた時から存じております、この高校と試合をするなら必ずあなたが出場すると思い
取材をさせて頂きました。」
なおも記者は続ける
「涼宮さん、本気で柔道をするつもりはありませんか?あなたなら金メダルだって国民栄誉賞だってねらえますよ」
そんなことだろうと思ったぜ、しかしそんな常識ハルヒには通用しない
「続けるつもりは無いわ、フクちゃんを助けてあげたかっただけだし、あたしには別にやる事があるの」
「なんですか、そのやりたいこととは?」
「宇宙人、未来人、超能力者を探してみんなで遊ぶことよ!だからあたしの記事はもう書かないで、代わりにフクちゃんの記事を書いてよ、知り合いなんでしょ?」
記者は呆然としている、そりゃそうだ
「いくわよキョン!早くしないとお寿司が全部有希に食べられちゃう」
ハルヒは俺の手を引き、記者を置き去りにして全速力で坂を下った。
 
呆然とする記者に花園監督が校門から出てきて声をかける
「お久しぶりです。」
「やあ、花園君フクちゃん大丈夫かい?」
「はい、大したことありません、約束どおり柔道を続けさせます。我校の選手たちにこの負け試合を責めるつもりもありません」
「昔を見てるようだったよ、いよいよ富士子さんに似てきたね、」
「それだけじゃ無いでしょう、あの涼宮選手の一本背負い、まるで猪熊・・・いや失礼あなたの奥様を思い出してしまいますね」
「あぁ、そう思って本気で柔道を始めないかと聞いてみたけど、その気はまるで無いらしい、どうやら異世界に迷い込んでしまったようだよ」
「自分もそう思います。富薫子が原因で本来交わるはずのなかった世界に迷い込んでしまったようです」
「そうだね、彼女を追うのはもう止めよう、ところで取材も兼ねてこれから飯でも食いにいかないか?」
「いいですね!妻にも連絡します」
二人は坂を下っていった。
 
数日後、女子柔道部には6人が入部した。そして俺は日刊エヴリーを朝比奈さんのお茶を飲みながら読んでいる。
それは柔道欄の端っこに載っていたちいさな記事だった。
 
バルセロナ五輪銅メダル花園富士子(旧姓伊東)の娘、花園富薫子さん(16)は今柔道部で主将を務めている。
 
部員は彼女1人しかいなかった女子柔道部は友人たちの手を借りて練習試合に勝利し花園さん自身は強豪選手に善戦むなしく敗れたものの
 
その勇姿に感動した女子生徒数人が入部を申し出た。
 
今は主将として毎日トレーニングに精を出している
 
いつの日かオリンピックの大舞台で彼女の姿を見ることができるかもしれない 
 
記事 松田耕作 
  
  
「キョン新聞なんて読んでないで、早く柔道場に行くわよ!」
「やれやれ」
あれからハルヒは、たまに柔道場に顔を出し、もっぱら俺を相手に身体を動かしている、女とはいえジュニア王者に勝ってしまうハルヒに
俺がかなうはずもなく簡単に投げられる、おかげで受身だけは上手くなった。寝技の練習もあれば楽しいのだが、そんな俺の思いはとっくに見抜かれており
ひたすら投げ飛ばされている
実はあのあと幾度と無く本阿弥あやかからハルヒ宛に挑戦状が届いたのだが、全てハルヒの眼に入る前に、古泉と長門によって処分された。
それでよいと思う、これは学園ストーリーであり柔道物ではないのだから
 
 
エンディングテーマ「いつもそこに君がいた」レイジー・ルース・ブギー
 
終わりの鐘が鳴って君が席を立つ
 
気が付けばいつでも君だけを見つめてた
 
ページをめくるといつもそこに君がいた ノートの落書き、いつもそこに君がいた
 
過ぎ行く時の中であの時の仲間は今、何を語ってるだろう 
 
ページをめくるといつもそこに君がいた ノートの落書き、いつもそこに君がいた
http://jp.youtube.com/watch?v=MaO5JzaC2bk
  
終わり

北京五輪まであと40日!がんばれニッポン