四次元将棋 (131-957)

Last-modified: 2010-08-21 (土) 09:39:27

概要

作品名作者発表日保管日
四次元将棋131-957(避難所より)氏10/08/1910/08/21

作品

 
 どうしてこうなった?
 
 
 
 今日も今日とてSOS団。
 その根城、北高旧館部室棟2F文芸部室、というより北高の人間には『例のやつらの部屋』とか『涼宮一味のアジト』と言った方が既に通りがよい。
 まったくどうしてこうなった?
 まあそれはともかく、今日も怪しげな面々(俺を含まぬ)によって、団活という名のいつもと変わらぬ暇潰し的日常がこの部屋で繰り広げられる……はずだった。
 まったくどうしてこうなった?
「古泉、朝比奈さんはどうした?」パチリ
「3年生は補習があるようです。受験生は大変ですね」パチ
 
 ここにくる理由の九分九厘までが朝比奈さんの淹れて下さる甘露にある、といっても過言ではないのにな。
「残りの九割一厘はどういった訳で?」パチリ
「この野郎」パチ
「これは失礼を」パチ
「長門は?」パチリ
「先ほど貴方と涼宮さんが来る前に、お隣さんに呼ばれていきました。あの部長氏もまだあきらめてはいないようで」パチリ
「長門のコンピ研部長就任計画か」……パチ
「ええ」パチリ
 
 いたところで長門は、ページをめくる音を部室に響かせる以上のことは何もしないんだが、いなきゃいないで何だか収まりが悪い。
 そして団長、否、魔窟の元首にして元凶──涼宮ハルヒは、黒の極太ゴシック体で『退屈』と書かれたA4紙を額に貼り付けたような仏頂面で、団長席という名の玉座に鎮座し、ネットサーフィンの真っ最中。
どんな怪しげなサイトを開いているものやら知りたくもないね。ウイルスならまだしも、奇々怪々ヘンテコ生命体をPCに住まわせてくれるなよ。
 で俺と古泉はいつものように将棋を打っている。
 
 ……いつものように?
 
 パチリ。駒音高く、後手の放った一手が先手玉の鼻先に突きつけられる。
「むう」
 
 俺は低く呻いた。──先手は俺。後手が古泉。そう、どういうわけか古泉一樹が勝っている。
 まったくどうしてこうなった?
 
実のところ、最近の古泉はずいぶんと腕を上げてきていた。
飛車角2枚落ちでも、俺が圧勝していたのも今は昔。ここ一月ほどで大駒2枚落ちから1枚落ちになり、金銀桂落ちから銀落ちへと変わり、
ここ2,3日は平手でもずいぶんといい勝負をするようになっているほどだ。結構俺をひやりとさせるほどにな。
 
「どういうことだ?」パチリ
…… ……
「どういうとは?」パチ
……ン ……クン
「とぼけんなよ。ずいぶん腕をあげてきてるじゃねえか」…パチリ
ネーネーキョーン
「……ここのところ閉、コホン、僕のバイトが減ってきているという話はしましたよね」パチ
コイズミクーン
「ああ聞いたな」……パチリ
アーターシー
「個人的な余暇の時間も増えてきたわけです」パチリ
ターイークーツー
「ふむ」………パチ
ナンダケドー
「空いた時間を僕がどう使っていたかというと」パチリ
ネエッテバー
「どっかで修行してたってわけか」…………パチリ
ネーキイテルノー?
「バイト先にずいぶんとお強い方がいることに最近気づきましてね」パチリ
……チョットー
「だれだ? 新川さんか?」……………パチリ
ムシシナイデヨー
「多丸さんのお兄さんです」パチ
キョン! コイズミクン!
「そういや別荘で何局かやったが……強かったな」………………パチリ
ヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒヒマヒマヒマヒマヒマ
「ええ、ずいぶんと鍛えてもらいましたよ」パチリ
コッチムキナサイッテバ!!
「くっそ……どうりで」
「キョン!!! 古泉くん!!!」
「「ぬわ!!!」」
 
 いつのまにかハルヒが長机の横に仁王立ちして、俺たち二人を見下ろしていた。
「話聞いてんの? さっきから呼んでるのに」
「す、すまん。熱中しててな、気づかなかったんだ」
 
 ハルヒは口を尖らせて言った。
「あたし、ヒマ」
「……ネットでもしてろよ」
「飽きちゃった」
 
 どこぞのなつかしの忍者少年も真っ青のへの字口。どうやら本当に退屈しきっているらしい。
 こいつに余計な暇を与えると十中八九ロクな事しか考えないのは分かりきっている。
「わかったわかった。もう終盤だからそんなに時間はかからねえよ」
「終わりましたら、三人で何かしましょう」
「ホント? わかったわ。早くね」
 
 言い終わってハルヒは回れ右しつつ、盤面をちらりと見下ろした。
「終わったら、将棋教えてやろうか?」
「いい」
 
 ジト目で俺と古泉を見た後、ハルヒは、
「男ってこういうちまちましたゲーム好きよねー」
 
と俺たちに聞かせる風でもなくつぶやいて、安っぽいビニール製の回転椅子にボフンと音を立てて座り込んだ。
 俺と古泉は顔を見合わせ、
「さっさと進めるか」
「そうですね」
 
 駒音が再び部室内に響き始める。
 
「しかし昔はホント弱かったよな」パチリ
「はは、下手の横好きは今も変わってないですよ」パチリ
「謙遜するなって」…パチリ
「褒めてくださっているのでしょうか」パチ
「ふん。張り合いがないと打っても正直詰まらん」……パチリ
「これは手厳しい」パチリ
「まあ暇つぶしも楽しんでやりたいしな」………パチ
「僕は昔も楽しんでましたよ」パチリ
「今と比べてもか?」……………パチ
「……確かに今のほうが……楽しいですね」パチリ
「やはり勝負事は白熱したほうがだな」
「ねぇー!!まぁだぁーー!!?」
「わかってる!!も少し待ってろ!!」バチン
 
 わめくハルヒに俺も打ちながらわめき返し、盤面に向き直った。
 
(…………あ)
 
 まずい。ハルヒの問いかけに気をとられたのか、古泉のみえみえの誘いにひっかかって、囮の駒を手なりでとっちまった。
 古泉の角道がすっぽりと開いている。かつての古泉ならあっさり見逃してきたところだが、今の古泉なら……。
 
俺は顔を恐る恐るあげた。
 古泉は……笑っていた。常日頃見せている、あのお為ごかしのウソくさい愛想笑いではない。怪我したインパラを見つけたブチハイエナの笑みだ。
 こいつ気づいてやがんな。
「油断ですねえ」ニヤニヤ
 
 古泉が人差し指と親指で角をつまみあげた。
「くっそ」
「おやおや。あなたの口からそんな言葉が聞ける日がこようとは」
「ちっ。さっさと打ちやがれ」
「では遠慮な「ねえー!! まだ終わんないの!!?」」
 
「「わかってる!」ます!」
 
 二人してハルヒに怒鳴り返すと、ハルヒはキョトンとして、
「何よ……二人して……そんな大声上げなくてもいいじゃない」ブツブツ
 
 アヒル口のまま再びPCの陰に引っ込んでしまった。
 
「これで決まりですね」ニッコリ
 
 笑いながら駒を持つ手を天高く突き上げる古泉。比喩ではない。
 こいつ俺に将棋で勝てるかもしれんという状況に、本気でうかれているらしいな。
 
 パチン!
 
 駒音高く古泉の角は俺の自陣に差し込まれた。
 後手3七蟹。俺の囲いを突き崩し、攻めにも睨みを利かせる強力な一手。
 まずいぞ。あとは手なりで進めるだけで俺の玉に詰めろがかかってしまうじゃねえか。……後はなけなしの駒で貧弱な攻めをかまし、こいつの受けミスを誘うしか手がない。
 
 ……いやまて、何か妙な違和感が……
 
 
 
 
 
 …………え?
 
  /\
 │蟹│
 └─┘
 
( ゚д゚)
 
(つд⊂)ゴシゴシ
 
(;゚д゚)
 
(つд⊂)ゴシゴシ
  _, ._
(;゚ Д゚)
 
 ……え?
 
 ……『歩』が成ると『と金』だよな。
 『飛車』が成ると『龍』、『角行』が成ると『馬』。だよな。うん、あってる。
 駒の表面に彫り込まれた文字は……『蟹』。
 流麗な字体で飾られ、使いこまれた古い(というよりはボロい)駒はどうみても一朝一夕に用意されたものではない。
 
 ──ハルヒの仕業か。
 
 顔を上げると古泉は落ち着き払った様子で、のん気に自分で入れた茶をすすっていた。勝利を確信した口元の笑みを隠しきれてないぞ。
「古泉」
「何です? 投了ですか? 少々早いのでは?」ズズッ
「いや、これなんだが」チョンチョン
「…………」
 
 『馬』いや『蟹』を指差すと、古泉は笑顔のままそれを見下ろした。
ゆっくりとその形のよい眉が2mmほど上がった。そのまま穴の開くほどたっぷりと駒を見つめ、強張った笑みを浮かべつつ顔を上げた。
「……涼宮さんの力ですね……」ボソリ
 
 まあそうだろうよ。
 俺たちはそのまま小声で話し続ける。
「ごくミニマムな世界改変といえるでしょう」
「えらく小規模だがな。問題は何故これが起こったかという事なんだが」
「……それはやはり……将棋を早く終わらせたい、あなたに構って欲しいという無意識の願望の表れかと」
「わからん」
「……つまり貴方が涼宮さんの」
「あーいやいや、そっちじゃなくてだな。俺たちの勝負の邪魔をしたいのなら、それこそ将棋盤を引っ繰り返せばいいじゃねえかってことだ。なんでこんな妙ちきりんな妨害をだな」
「それは彼女も躊躇するところがあったのでしょう」
「……遠慮するって柄か? あいつが」
「先ほどの僕たちは客観的に見ても、かなり勝負に熱中してました。僕の立場的にはお恥ずかしい限りなのですが」
「ああ」
「割り込んだり無理やり中断させるのには、涼宮さんも忸怩たるものがあった」
「ハルヒがねえ」
「しかし早く終わって欲しい、三人で遊びたいという願望、欲望、希望もある。そうした相反する心理状態が、こうした判り辛い状況を生み出したものと推測できます」
 
 流石、ニキビ治療薬。
 
 やれやれ。傍若無人なんだか慎み深いんだか、訳の分からんやつだ。
 まあ出会った当初よりは精神的に大人になったと言えんこともない。
 無意識にやってることはガキ以下だが。
 しゃあない。とっとと片付けて、ハルヒの退屈しのぎに付き合ってやるとするか。
 俺が将棋駒を片付けようと、駒台代わりのひっくり返した駒箱を持ち上げようとした瞬間、乾いた音がした。
 
 パシ
 
 古泉が俺の右手首を掴んでいた。デジャヴ。どこで見たっけ。
「……何のマネだ?」
 
 強張った笑みは相変わらずだった。
「……つ……つ、つ……」
「?」
 
 新種の昆虫でもとりついたか?
「……続けて頂けませんか」
 
 絞り出すような声で古泉は言った。
 ……おいおい。世界の安寧を守るのがお前らエスパー戦隊の主目的でなかったか?
「……もう少しで決着がつくんです」
「将棋か? まあそうかもな」
「世界の変容はまだこの駒一つで留まっています」
「今のところはな」
「お願いです。あと少し……あと少しだけ時間をください」
 
 真剣な目で俺を見つめる古泉。
「せめて僕の勝、いえ決着がつくまでのわずかな時間を……僕に……」
 
 この野郎。
 
 ……俺は呆れたが、何となく気圧されるものを感じたのもまた事実だった。俺の手首を掴むこいつの手も、声も、はっきりとわかるくらいに震えていた。こんな古泉の面ははじめて見た気がする。
 1年ちょいをハルヒのイエスマンとして過ごしてきたこいつの、初めて見るささやかな我儘。ハルヒに比べれば可愛いもんじゃないか。
 ……やれやれ。
「……終わったらすぐに片付けるぞ」
「……感謝します」
「別に感謝の言葉はいらん」
 
 呟く様に言って俺は盤上の駒を摘み上げ、団長席のハルヒの方を見やった。
 とりあえずあいつのイライラが酷くならないうちにさっさと終わらせちまおう。
 
 パチ………パチ…パチ…パチ……
 
 しばらくは何事もなく手は進んだ。
 古泉が成桂と銀で左辺から攻め込もうとする。防ごうと俺は金を横へずらす。
 ……さっさと終わらせるべきだったか? 勝ちを譲ったほうがいいのかもしれん。
 駒の表面から指を離した。
 
 ──駒の文字が変わっていた。
 
 『神父』
 
 ……どう動くんだろうな、この駒。『蟹』が横一直線に動くとして、こいつは上下左右、一マスづつ十字形に動くというのはどうだろう。
 
「…………」パチリ
 
 古泉は硬い表情のまま、黙って歩を前進させた。
 ……続けるのか。
 古泉が駒から指を離す。文字が変わっていた。
 
 『胃癌』
 
 ……生き物でも兵種でもなくなったな。
 
 そこから先は加速度的だった。
 パチ『黄鯵』
 パチ『醤油樽』
 パチ『玉の湯』
 パチ『北京』
 目を離した隙に動かしてない駒もいつの間にやら文字が変わっていやがる。
 『狸靴下』『親子丼』『解散』『牛虫』etcetc…
 
 カオスだ……。あわせて十個を越えたあたりから、元の駒が何だったか覚えきれなくなり、俺たちはただ機械的に手を動かし続けるのみになった。
 もはや勝負もくそもあったものか。
 ハルヒはPCの陰に隠れたまま顔を見せない。声も発しない。ただ不機嫌オーラをすさまじい勢いで発し続けているだけだ。
 
 やれやれ。駒を動かしつつ、おいそろそろ、と古泉に声をかけようとした。
 駒から指を離す。
 その駒の表面が赤く染まっていた。彫られていた文字は、
 
『シャア専用』
 
 (#`-_ゝ-)ピキ
 
 何故だがわからんが、『男』いや『男の子』という存在そのものをすごく馬鹿にされたような気がする。
 …………このアマ、やるじゃねえか。
 いいぜ、とことんまでやってやる。根競べだ。
「はっはっは。腕をあげたなあ古泉」パチン!
 
 ハルヒに聞こえるように馬鹿声をはりあげて、たたきつけるように駒を打つ。
「……ええ! 負けませんよ!」パチン!
 
 ヤケクソ気味な声で古泉も応じた。ハルヒは黙ったままである。もはや目的を見失っているともいえるが、俺と古泉は引く気はなかった。
 男にはやらねばならぬ時がある! 女子供には解るまい。そうここで諦めたら、男として何か大事なものを失ってしまう……様な気がする!
 ……アホか? アホなのか? 俺たちは。
 古泉が再び駒を盤上に打ち付けるとカン!と奇妙な音がした。
 
┌─┐
│發│
└─┘
 
 駒がマージャン牌に変わっていた。
 ふん。そうきたか。
 まだだ、ああまだ終わらんよ。
 
 もはや俺と古泉は鬼となった。何を得るわけでもない戦争に、俺たちは自身の総てを注ぎ込もうとしていた。くだらないプライドか。つまらん意地か。何でもいい。
 男と女の違いは何か? 死、いや「壮絶なる自爆」に、限りない美を見出すのが男の性だと何かの本で読んだ気がする。
 長机の上の将棋盤上。それはもはや将棋とは呼べぬ何か別の狂気のゲーム、というよりもチタデル作戦におけるプロホロフカ村の戦場跡に喩えるべき何か、の体を示し始めていた。
 白、發、中と牌が並んだ横に、ポーンとクイーンが立ち、黒の碁石とオセロの駒が山となり、脇には銀色の靴(モノポリーの駒だな)が転がり、その正面にはジェンガが積み重なっているという具合。
 ルークを前進させ軍人将棋の地雷を除き、音を立てて駒を盤上に立てる。
 いきなり桝目が野球盤の消える魔球装置を思わせる動きでぺこんとへこみ、ルークが机の中(?)に吸い込まれる。
 かとおもえば盤上の中心がいきなり持ち上がり、できた穴にすべての駒が吸い込まれ、ゴトゴトと音を立てた後、麻雀の全自動卓よろしく綺麗に整列した駒がせり上がってくる。
 更に打った駒がグニャグニャと形を変え、盤上に突如としてトランプタワーが組みあがる。
 
 負けるものか。ああ負けてなるものか。
 そう俺たちの戦いはこれからだ!!
 
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
 
 と思いきや、終わりはあっさりと訪れた。
 
 公平に見て、古泉はよく耐え忍んだと思う。
 世界の平和と宇宙の物理法則を守らんと、日夜大活躍中(最近はそうでもないらしいが)の超能力者。魔王ハルヒのストレスの顕現と戦い続けるエスパー少年が、義務と任務に逆らって(というよりも放棄して)挑んだ、この異次元のテーブルゲーム。
 実際、俺はのほほーんと、目の前で繰り広げられる机上の極小幻魔大戦を楽しんでいただけだったのだが、こいつは同時に己が良心と信念とも戦っていたわけで……。
 しかしそれもついに限界がきた。
 
 床の間に飾れるような無意味にでかい『王将』を、俺が盤上にゴトリと置いた瞬間、パカリと駒が2つに割れ、中から北高の制服を着たフィギュアが5体出現し、将棋盤上で歌いながら奇怪なダンスを踊り始めたのを見た瞬間、古泉の心が折れた。
「♪フーケーバートブヨーナーショウギノコマニイ」
 
 ヨーデルを歌うような甲高い声で、とある名曲の一節を吟じたかと思うと、ガクリとうな垂れて、
「…………投了です」
 
 つぶやいた古泉のセリフをハルヒは耳聡く聞きつけた。
「あ! 終わったの!?」
 
 PCのモニタの陰から、実に晴れやかな笑顔を見せるハルヒ。
 俺と古泉は力なくハルヒのほうを見やり、再び机の上へと視線を戻す。
 そこにはただの将棋盤と駒が散らばっているだけだった。
「ごめんねー、急かせちゃって」
 
 明るい声と満面の笑みでこちらに歩いてくるハルヒ。
「何して遊ぼっか?」
 
 うむ。実にいい笑顔だ。シベリアの永久凍土にタンポポを生やす様な笑顔。
 
 お前は笑顔が一番だよ。
 オマエハエガオガイチバンダヨ。
 オマエハエガオガイチバンダヨ。
 
 はて……これはいったい何だろう。
 心の奥底からふつふつと湧いてくる、石炭の煮汁のようなこのドス黒い感情は。
 その正体を確かめる前に、すでに俺の口は開いていた。
「サンマをしよう、ハルヒ」
「秋刀魚?」
「三人麻雀だ」
 
 古泉の私物入れからカード麻雀を取り出す。
「ルールは簡単だ。やりながら教えてやるよ」
「いいわよ。なんか賭ける?」ニマ
 
 ほくそ笑むハルヒを見て、俺も笑みを浮かべる。
「ジュース? アイス?」
「めんどくさいな。トップと2位の奴がビリに『しっぺ』をかますってのでどうだ?」
「のったわ。思いっきりね」ニヤニヤ
 
 俺と古泉はアイコンタクトを取り、頷き合う。
「あたしのしっぺは痛いわよー」
「そうか」
「始めましょう」
 
「ハルヒそれだ! ロン!」
「ツモ!」
「ポン! チー! 涼宮さんロンです!」
「当たり! ハルヒ、ハネ満だ!」
「ロン!」
「ちょ、あんたら……」
 
 詳しい描写は省略させてもらおう。俺と古泉は、坊や哲と上州虎も真っ青のコンビ打ちでハルヒからあがりまくった。どちらかというと古泉の血走った目は、九連宝塔をあがる直前の出目徳を思わせるものだったが。
 
 かくてわずか5分後。見事にハコをくらったハルヒは苦笑いしつつ、両脇に立つ俺たち2人に両腕を差し出す羽目になった。
「まあ、勝負だからね。仕方ないわ」
「潔いなハルヒ」
「まあね」
「申し訳ありません、涼宮さん」
 
 ハルヒは古泉ににっこりと笑いかけた。
「かまわないわ。遠慮しなくていいのよ古泉くん!」
「いいのか? そんなことを言って」
「あんたと違って、古泉くんは紳士ですもの」
「……ほう。だそうだ古泉」
「光栄ですよ」
 
 甘い。甘すぎるぞハルヒ。
 勘のイイお前なら誰が一番激怒してるのか、すぐわかるものと思っていたがな。
 すっかり安心しきっているハルヒに古泉は重々しく告げた。
「涼宮さん。ではお覚悟を」ビキビキ
 
 指2本を揃え、俺と古泉は天高くそれを持ち上げ
「え? え? ちょっ…ちょっと待っ」
 
思いっきり振り下ろした。
 
 バッチーーーーン!!!!!(×2)
 
「あ゛い゛だーーーーー!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ──その日、過去最大級の閉鎖空間が発生したという。
 
 以下無用のことながら、その後のことを少し語ろう。
 
 ハルヒに渾身のしっぺをかました俺たちは、怒り狂った涙目ハルヒによってムエタイチャンプばりのミドルキックを尻に喰らい、古泉はバイトに直行。
 残された俺は『団長大逆罪』なる罪名を告げられ、敵前逃亡した古泉の分まで、身の毛もよだつ罰ゲームを喰らう羽目になった。内容については割愛させてほしい。
 思い出そうとすると、謎の頭痛と吐き気と悪寒が俺の全身を苛む故にである。
 
 その後聞いた話によれば、閉鎖空間における古泉は、将に獅子奮迅の活躍ぶりで、神人25体を狩る機関内新記録を樹立したそうである。ただしその閉鎖空間の発生原因が明らかになり、
 賞賛の声は即座に非難の声へとかわった。おそらく森さんではないかと思うのだが、上司といわれる方にそれは恐ろしい説教をかまされた……そうだ。
 内容についてはよくわからない。古泉は最後まで語ってくれなかった。
 
 翌日の団活より古泉は卓上ゲームを一切封印している。今では長門が乗り移ったかのように、部室の隅で読書をする毎日。しかしその姿は、長門の弟子というよりも、
 燃え尽きたパンチドランカーを思わせるものがあるのだが。
 いずれにせよ俺は、古泉がこのまま読書の虫と化すとは思ってはいない。あのテーブルゲームフリークがそんなタマか。
 きっと奴は、不死鳥のごとく甦り、俺と将棋の決着をつけてくれるだろう。
 信じてるぞ、古泉。
 
 ──ただしそう言ってる俺が、一番病んでいるとも言えなくもない。
 
 あの日、俺の指をハルヒの腕にたたきつけた瞬間。
 俺の全身を貫いた、
 
 背 徳 の 悦 楽、
 下 克 上 の 法 悦、
 魔 性 の 快 楽。
 
 忘れられない。いやこの肉体が忘れてくれない……。
 インモラルな欲望の虜となった俺は、その後の団活において事ある毎にハルヒに勝負を挑み、
 ことごとく返り討ちにあっているのだ。
 ……病んでるな、俺。
 
「勝ったぞハルヒ! KとJのツーペアだ!」
「甘い! フルハウス!」
「げっ!」
「キョン! 腕、出しなさい!」
 バシーン!
「ぎゃあああ!」
 
 戦争とは割に合わぬものだ。大いなる悲劇。
 だが世のすべてが理屈で割り切れるものではない。
 
「ハルヒ! 頼むもう一勝負だ!」
「返り討ちよ! かかってきなさい!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……長門さん、最近みんな変じゃないですか?」
「……ユニーク」ペラ
 
 
 
 
 
おしまい
 

おまけ

 ウリャッ!
 バシーン
 ギャピイ!
 
みくる「……キョンくんも懲りないですねぇ」
 
長門「……」ペラ
 
アタシノカチヨ!
バチコーン
ミギャア!
 
みくる「……キョンくんの腕真っ赤ですねぇ」
 
長門「……」ペラ
 
みくる「古泉くんもずっと本読んでるし……」
 
長門「……」ペラ
 
みくる「皆さん、何があったんでしょうか」
 
長門「……知らない」ペラ
 
みくる(……長門さん、色白いなぁ)
 
長門「……」ペラ
 
みくる(……腕も細くて……すごく華奢な感じ……)
 
長門「……」ペラ
 
みくる(長門さんも……叩いたら赤くなるのかなぁ?)
 
長門「……」ペラ
 
みくる(長門さんに罰ゲーム……しっぺとか……デコピンとか……)
 
長門「……」
 
みくる(……涙目の長門さん……)ゾクゾク
 
長門「……」ジー
 
みくる(はっ)
 
長門「……」ジー
 
みくる「な、何でしょう?! 長門さん、お、お、お茶ですかぁ?!」アセアセ
 
長門「……朝比奈みくる」ジー
 
みくる「は? はいっ!?」
 
長門「……私と」ジー
 
みくる「え?」
 
長門「……勝負する?」ギラリ
 
みくる「ひ」
 
 
 
 
 
「ぅひいいいい!!!」
 
「どったの? みくるちゃん」