報復の仕方 (72-772)

Last-modified: 2007-12-16 (日) 23:56:07

概要

作品名作者発表日保管日
報復の仕方72-772氏07/12/1507/12/16

作品

 
「あたし、古泉くんと付き合うことにしたから」
 
 ある日の朝、俺が自分の席に座るとハルヒが言った。
「昨日、告白されてね」
 告白されて断らない主義は今でも健在か。
「そうか。いいんじゃないか? 傍目から見りゃ美男美女でお似合いだ」
 そのあとハルヒは何も言って来なかった。
 
 その日の放課後、いつものように2人でボードゲームをしていた時に古泉が言った。
「いつまでたってもあなたが彼女に対して何もしないのがいけないんですよ」
 意味がわからんね。お前とあいつが付き合うことと俺との間には何の関係性もない。それより少しはゲームに集中したらどうだ。
「素直にならないから痛い目を見るんです」
 だから意味がわからん。
「そうですか。あなたがそれで良いのなら、僕は構わないのですが」
 全く、何言ってんのかね。ハイ、チェックメイト。
 
 どうせハルヒのことだ。1週間もすれば飽きるだろう、その時はそう思っていた。だが、あれから1ヶ月たった今でもハルヒは飽きる気配がない。
 古泉が上手くやっているのだろう。おかげで俺の日常は平和そのものだ。腕を掴まれ強制連行されることも、授業中に背後から攻撃されることも無くなった。
 なんだか落ち着かないのはこの平穏無事な生活に体がまだ慣れていないせいだ。
 
   □□□□
 
 ある日の夜、あたしはキョンに対して悪戯を思いついた。ちょっとした嘘をついて、あいつの反応を見てみようと思う。
 思い立ったが吉日、というわけで早速あたしは古泉くんに電話して協力を求めた。さすが副団長ね。二つ返事で承諾してくれたわ。あいつとは大違い。
 
 そして翌朝、あたしは言った。
「あたし、古泉くんと付き合うことにしたから」
 キョンは無反応なのか固まっているのか。微妙ね。
「昨日、告白されてね」
 そういう設定にしてある。
「そうか。いいんじゃないか? 傍目から見りゃ美男美女でお似合いだ」
 ……自分ではクール装ってるつもりかもしんないけど、声、裏返ってるわよ?
 そのあとあたしは笑いをこらえるのに精一杯で何も言えなかった。
 
 それからしばらくキョンを観察してみたけど、日に日におもしろくなっていくわね。想像以上。上履きを左右逆に履いてたり、壁とか電柱に真正面からぶつかったり、授業が終わってお弁当の時間なのに授業中のままの格好で固まってたり、何かぽけーっとあたしのこと見つめてたりして、心ここに在らずって感じ。
 授業中の背中が前にも増して無防備だけど、ここは敢えてスルーね。
 
 作戦決行から1ヶ月くらいたったある日、あたしは日直の仕事で遅れて部室に行った。
「あれ? あんただけ?」
「ああ。朝比奈さんも長門も用事があるって先帰った。古泉は知らん」
「そ。それにしても、あんたと2人だけってのも随分久しぶりね」
「お前の隣にはいつも古泉がいるからな」
「そっか」
 キョンが席を立ってこっちに向かって来る。その目はいつになく真剣かもしれない。
「ハルヒ」
「……なによ?」
 キョンがあたしのすぐ目の前まで来て――
「ぇ……キョン?」
 抱きしめられた。結構きつめ、ぎゅうって感じに。でも苦しくはない。むしろ心地いい。
「……ハルヒ」
 抱きしめられたままの状態で名前を呼ばれた。ヤバい、頭がボーっとする。
 キョンのにおい、いいにおい。キョンの体温、あったかい。落ち着く。他の誰にも渡したくない。
「お前はそれで幸せか?」
 バカね。大好きな人に抱きしめられて幸せじゃない人なんているわけないでしょ?
「うん、しあわせ」
 キョンの体温が一瞬だけ下がったような気がした。
「……そうか」
 キョンが体を離す。ん、もうちょっとそのままでいてほしかったのに。
 体は離したけど、まだ距離はすごく近い。ポニーテールがどうとか言ったらあの夢と同じだけど……。
「それならいいんだ」
 キョンが優しく笑う。でも何だろう、何処か寂しいような悲しいような、そんな笑顔。
「悪かったな、いきなり」
 まだキョンは笑顔のまま。キョンの笑顔は大好きなのに、なんでだろう? その笑顔を見てると心が痛む。
「俺も今日は用事があるから帰る。そろそろ古泉も来るだろ。じゃあな」
「え……? あ、待っ」
 ……行っちゃった。追いかけるべきなのかな? でも引き留める理由もないし……。まぁ、いっか。
 
 それにしても、キョンに抱きしめられたのなんて初めてじゃないかしら。あの夢でも抱きしめられてはいないわね。キスは、されたけど……。ヤバい、思い出すだけで顔がニヤける。
 恋人だったら、抱きしめたりキスとかは普通にすることなのかな。いや、恋人ならもっと…………うわ、顔が熱くなってきた。とりあえず落ち着かないと。
 
 でもなんであいつはいきなり抱きしめてきたんだろう?これはかなり身勝手な解釈だけど、もしかしたらあいつ、あたしのこと、好きなのかも。
 だって好きでもない女の子を抱きしめるとか普通しないしあいつがみくるちゃんとか有希とか他の女の子を抱きしめてるとことか見たことないし。
 もし好きだったらそれはもの凄く嬉しいけど、だとしたら少しやりすぎたかもしれない。そろそろ潮時ね。
 
 そのあと来た古泉くんと話して、明日キョンに嘘をばらすことに決めた。
 
   □□□□
 
 久しぶりにハルヒと2人きりになった部室。
 少しだけ会話し、ハルヒと古泉が2人で楽しそうにしているところを思い出して――
「ぇ……キョン?」
 その声を聞いて初めて、俺はハルヒを抱きしめていることに気がついた。何故こんなことになっているのか自分でもよくわからないが、俺はこいつに聞かなくてはならないことがある。
「お前はそれで幸せか?」
 根拠はないが、古泉よりも俺の方がこいつを幸せにできると、何故だか知らんが思っていた。
「うん、しあわせ」
 だが、ハルヒは本当に幸せそうに答えた。そんな言い方されたら黙って諦めるしかないだろう。
「……そうか」
 ハルヒは何も言わない。沈黙の時間が流れる。気まずい。古泉が来るまでこの空気は続くのだろうか。いや、来たらもっと気まずくなるだろう。
「それならいいんだ。悪かったな、いきなり」
 異性に何の脈絡も無く抱きつくなんて変態以外の何物でもない。
「俺も今日は用事があるから帰る。そろそろ古泉も来るだろ。じゃあな」
 ハルヒに変態呼ばわりされる前に、俺は居心地の悪くなった部室から退散することにした。
 今日は長門も朝比奈さんも来ない。2人きりになる機会をやったんだ。感謝しろよな? 古泉。
 
 今頃2人は俺のことを変態扱いして笑い物にでもしているのだろうか、いや、2人はそこまで悪い性格ではないし、それ以前に俺のことなど話題にしないだろう、などと考えながら歩いていたその帰路で、俺はポニーテールの良く似合う女性と出くわした。
 
   □□□□
 
 翌朝、早くキョンに嘘でした、ドッキリでしたって言いたくて、あたしはいつもより早めに家を出た。
 どうやって切り出そう、笑って許してくれるだろうか。
「よう」
「――っ!」
 そんなことを考えていたからか、教室で声をかけられるまでキョンが来たのに気づかなかった。
「あ……あのさ、キョン、あた」
「俺、鶴屋さんと付き合うことにした」
「……ぇ?」
 キョンがあたしの言葉を遮って言った。わけがわからなかった。聞き間違いだと思った。
「……なに?」
「俺と鶴屋さんが恋人どうしになったってことだ」
 聞き間違いじゃなかった。キョンと鶴屋さんが恋人どうしになった、確かにそう言った。
 これは夢だ、そう願った。キョンからは見えない机の陰で、太ももを強くつねってみた。痛い。
「昨日付き合わないかって言われてな。鶴屋さん面白いし美人だし。それに、最近の楽しそうなお前を見てたら俺も恋人が欲しくなってな」
 違う。楽しかったのはあんたの反応で……。
「そうだ。今度4人で映画でも見に行かないか?」
 やだ。あたしはあんたと2人で行きたい。
「そうね。それもいいかもね」
 動揺を悟られたくなくて、あたしは努めて普通に返した。少し声が震えてたかもしれない。
 そのあとのことは何も覚えていない。
 掃除を終えて部室へ向かう。どうしよう。本当のこと、いつ言おう。どう言えばいいんだろう。そんなことを考えながら、未だ答えは出ないまま、部室の前に着いた。
 ドアを開けると、鶴屋さんがいた。キョンと楽しそうに話してる。キョンも楽しそう。キョンの自然な笑顔、あたしの好きな笑顔。あたしだけに向けてほしい笑顔。
 キョンが鶴屋さんの緑の黒髪を触ってる。あたしがあいつにあんな風に触られたことは一度もない。恋人ならあのくらいのことは当たり前なのかな……。
「おっ、ハルにゃん。ちょうどいいところに来たねっ! 今度4人でどこ行くかをたった今ちょろんと決めてたところっさ! ハルにゃんはどこ行きたいにょろ?」
 どこにも行きたくない。他の女と楽しそうにしてるキョンを見るのはいや。
 それを一日中見るなんてとても耐えられない。しかも恋人だったらキスとかするかもしれない。キョンが他の女とキスしてるところを目の前で見る。考えるだけでも胸が裂けそうになる。
 
 キョンの反応が見たくて、軽い冗談のつもりだったのに、何でこうなっちゃったんだろう。
 キョンと鶴屋さんが付き合ってる。それはもう、どうにもならないこと。だけど、せめてあたしと古泉くんが付き合ってないってことだけでも知ってほしくて、あたしは言った――
 
   □□□□
 
「……ぁ、あの、あたしさ、本当は古泉くんと付き合ってないのよ。あんたがどんな反応するか見たくて、ただ協力してもらったってだけで……その、騙すようなことして、ごめん……」
「そうか。実は俺も鶴屋さんと付き合ってないんだ」
「……ふぇ?」
 朝比奈さんみたいな声を出すんじゃない。団長がそんなんでどうする。それにエンジェルヴォイスは大天使ミクルが出すからエンジェリックなのであってだな。まぁ、つまり、お前にそんな声は似合わんってことだ。
「昨日、鶴屋さんからお前らが本当は付き合ってないってことを聞いてな。仕返しだ」
 してやったりって顔はまさに今の俺の顔のことを言うのだろう。そしてマヌケ面ってのは今俺の顔を見つめているハルヒの顔のことを言うのだろう。畜生、カメラ持ってくりゃ良かったぜ。
「いやぁっ、みくるに口止めはされてたんだけどねぇ。ついうっかりちょろっと口を滑らせちゃってさっ! でも驚くなかれ!言った途端に今にも死にそうだったキョン君が生き返ったのさっ! まさに復活の呪文っさね!でっ、キョンくんに瀕死の重傷を負わせたハルにゃんをちょろんと懲らしめてやろうってことでキョンくんに味方したってぇワケさっ!」
 そういうことだ。昨日帰り道で偶然鶴屋さんに会ってな。やられたらやり返せって言うだろ? 目には目を、歯には歯を、嘘には嘘を。まぁ結果は予想以上だったが。
 で、ハルヒはと言うと、依然として俺を見たままの状態で固まっている。
「う~ん、見つめ合う二人っ、若いっ、青春の1ページって感じだぁっ! でもお姉さんとしてはもうちょろっとだけキョンくんの彼女を演じていたかったかなっ!キョンくんめがっさおもしろくってねぇ。おっと、ハルにゃん、そんなに警戒しなくても大丈夫にょろ?お二人さんの恋路を邪魔して楽しむほどお姉さんは悪趣味じゃないからねっ! 悪趣味なのはみくるだけで充分っさ!」
「ふゅぇ!? わ、わたわたしあああ悪趣味なんかじゃありましぇん!」
 先輩2人の漫才を見てやっと今の自分の状況を理解したのか、ハルヒの赤い顔が更に朱に染まっていく。
『灼顔のハルヒ』新春ロードショー。
 さて、いつもの調子を取り戻すまであと5秒ってところか? 5・4・3・――
「あんた、この団長様を騙すとはいい度胸してるじゃない。どんな罰ゲームをご希望かしら?」
 5秒もかからなかったか。ついさっきまでは涙目で眉尻も下がってた情けない顔だったくせに、今ではもういつもの、ニヤリッ、って顔だ。顔はまだ少し赤いが。
「先に嘘ついたのはお前だろ。罰ゲームはお前だ」
「うるさいわね! 私はいいのよ! 団長だから!」
 団長なら尚更、部下を騙すようなことはいかんだろうが。
「ごちゃごちゃ言わない! とにかくあんたは罰ゲーム!」
 駄目だ。いつものハルヒだ。こうなるともう何を言っても無駄だ。このあたりで観念するのが妥当だな。
「……で、何をすればいいんだ?」
「そうね、本格的に寒くなってきたし、そろそろあたしの部屋も模様替えがしたいのよね。だから模様替えとその買い物に付き合いなさい。カーテンとか結構重いしかさばるから一人だと辛いのよね。うん、ちょうどいいわ」
 何がちょうどいいのか。
「土曜日は買い物、日曜日は模様替え。だから私的な用事で悪いけど今週の不思議探索は無しね。その代わりみんなは充分に体を休めて頂戴。わかったわね?」
 言うまでもないことだが、『みんな』の中に俺は含まれていない。
つまり充分に体を休めることはできない。これが過労死大国日本に産まれた者の宿命か。
 ということは『みんな』は日本人じゃないってことになるな。長門は宇宙人だし朝比奈さんは天使だし古泉はガチホモだ。なるほど。確かに日本人は一人もいない。ってか土日両方使うのかよ!
 そして団長様の更なる一言。
「それじゃ、今から下調べに行くから今日はもう解散! 行くわよキョン!」
 本当に過労死するんじゃなかろうか……?
「……雨降って、地固まる」
 長門よ、今日初めて喋ったと思ったらそれか。
「その地面に咲く花を早く見たいものですね」
 ガチホモは、すっこんでろ。意味のわからんことを言うな。
「あ、あのわたし悪趣味じゃ「キョンくん気を付けるにょろっ! みくるは悪女だからねっ! でも若者よっ、心配は御無用っさね! 二人の恋路はお姉さんがちょろんと護り抜くっからさ!」ふゅぁ、悪趣味でも悪女でもないでしゅよぅ……」
 朝比奈さん、たとえ悪女で悪趣味だとしても、あなたは俺の天使ですよ。いや、むしろ悪女のほうが――ん? 長門? まさか人のモノローグを読んでたりはしないよな?日本国憲法の第19条に思想の自由って基本的人権があってだな、
「……知っている」
 まだ何も言ってないのに答えやがった。読んでほしくないという気持ちも読みとってくれ。
「……冗談」
 その割には会話――言葉を発しているのは長門だけなので会話と言えるかは微妙だ――が成立しているが。思考パターンを分析して発言内容を予測、とかしているのだろうか。
「……している」
 俺、言葉いらないな。
「公衆の面前でそのような部位を晒すことはできない。2人きりの時ならば可能」
 バグった。……いや、まさか長門の頭の中の俺は実際の俺とは全く違うことを考えてるんじゃ……?お前の頭の中の俺は何を考えているんですか長門さん?『そのような部位』ってどこですか長門さん? エロいところじゃないよね?お前の顔が心なしか赤く見えるような気がするんだが気のせいですよね長門さん?
「……許可を」
 却下。やっぱり言葉は必要だ。
「こぉらっ! キョン! 早く来なさい!」
 ……やれやれ。あまりのんびりしてると100Wの笑顔が曇りかねん。
 
 それじゃ、そろそろ行くか。
 
「待てよ!」
「自力で追いつきなさいっ!」
 
 こいつには、いつまでも笑顔のままでいて欲しいからな。
 
 
   ――おしまい――