恋愛初心者 (100-921)

Last-modified: 2008-10-30 (木) 22:50:54

概要

作品名作者発表日保管日
恋愛初心者100-921氏08/10/3008/10/30

作品

「――じゃあ、またな、ハルヒ」
「うん、また明日ね」
 女子と肩を並べて下校する放課後、もちろんというべきか相手はハルヒだ。
 去年何度も二人で帰ったことがあることだし、気まずいと思ったのは朝倉のマンションを訪ねるために初めて一緒に帰ったときだけだろう。
 その時に比べたら二人きりに慣れた、そのはずだったのだが……会話がない。話すことならいろいろとあるはずなのに上手く話せないのだ。
 今日も今日とて校舎を出て分かれ道に差し掛かるまで俺たちの間に会話は無かった。
 お互いに恋愛初心者ならばそれも仕方ないのだろうか。
 
 
 
 ハルヒと付き合い始めて早、いやまだ2週間。
 半ば古泉たちに嵌められつつもお互いの気持ちを告げ、その時に現実でのファーストキスもしてはれて恋人同士と相成った俺たちなのだが、付き合う前よりぎこちなくなっているのだ。
 俺は変わりないと思うのだが、一番顕著なのはハルヒの対応だろう。
 周りに人がいる、たとえば教室や部室では前と変わらないのだが、それでも俺に触れてくることが無くなったのだ。せいぜいネクタイを掴むくらいだろうか、最近は手首を掴むようになっていたんだがな。
 そして俺と二人きりになろうとしない。たとえば他の団員が用事があるからと二人きりになるのだが、下校時刻を待つことなくハルヒはすぐに帰ることを選択するのだ。
 しかもその帰り道もまた会話がなく、誰もいないというのに小さな子どもなら入れそうな隙間が出来るのだ。もちろん手を繋ぐなど以ての外、ほんの少し触れるだけで逃げられるんだからな。
 告白してようやくハルヒと気持ちが繋がったと思ったのだが、結局それは俺の勘違いだったのだろうか。
 
――――
 
「え――?」
 ぽかんとした表情を俺に向けるハルヒ、開かれた口から小さく声が漏れる。毎日のように見ていた満面の笑顔はもう前のこと、その唇に触れたことも然りだ。
 その顔に耐え切れずハルヒから目を逸らす、俺の言葉は届いたのだろう、別れを告げる俺の言葉は。
「なんで……? あたしは、嫌よ、キョン……」
 うわ言のような声が耳に届く。俺だって嫌だ、こんなことだって言いたくなかった。
「なら……っ!」
「だけど付き合う前の方が余程付き合ってたみたいじゃないか、ハルヒだって俺と二人のときはなんだかつまらなさそうにしてるし」
「つまんなくなんかないっ!」
「俺にはそう見えたんだよ、部室で二人きりになるのも避けてるだろ?」
「そ、それは、そうだけど……」
 はっきりと二人になるのを避けていると頷かれるとやはりクるもがある、俺はもっとハルヒと二人きりでいたかったというのに。
「俺たち付き合ってから一度も触ってないんだぜ、キスはもちろん手も握ってないし、ハルヒが俺の手首を握ってくることもない」
「だ、だって……」
「もう別れよう、ハルヒ」
 口ごもるハルヒにもう一度言うと、今度こそ納得したのかハルヒは何も言わない。まさか二度も言うことになるとは思わなかったが、やはり辛い。
「返事はもう、明日でもいいから」
 これ以上は耐え切れずそう言ってハルヒに背中を向けたのだが、そこにハルヒがぶつかってきた。
「お、お前、離せって」
「離さないわよ、バカキョン! 自分の言いたいことばっかり言ってあたしには何も言わせない気? あんただって人の話も聞かないで勝手なこと言ってたんだから、あたしも言わせてもらうわ!」
 思わず振り解こうとしたのだがきつく抱き締められ、その言葉に動きを止める。それからハルヒがぽつぽつと俺の背中に言葉を吐き出す。
「二人でつまらなさそうにしてるのはあんたも同じよ、バカ。あたしの方は見ようとしないし話しかけてもなんだか嫌そうな顔するし」
「そんなこと……」
 あるわけない、と言おうとしたが言うなといわんばかりに腕の力が強められ黙る。
「ないんでしょうけどあたしにはそう見えたの。それと部室で二人きりになりたくないのは、その、あれじゃない。告白したのって部室でさ、あんたと二人でいたら思い出しちゃうのよ」
 そういえば告白したのは部室でだったな、……むしろそういうところだからなおさらいたいと思うのだが。
「そんな風に避けたりしてたら手もなんだか繋ぎにくくなったのよ。あたしだってほんとはキョンにもっと触れたい、き、キスだってしたいわよ」
 俺は力が緩くなっていたハルヒの手を解き向き合う、こんなに至近距離で見つめ合うのも随分久しぶりだ。
 ハルヒが望むように俺もキスだとかしたい、まぁ健全な男子高校生としてあれやこれも、ってこれは置いといて、けれど改めてするのもまた恥ずかしいんだよな。
「な、何か言いなさいよ」
 ハルヒは強がってみせるが顔が赤すぎる、なんだか面白くてつい笑ってしまった。
「~~~何笑ってるのよ、バカキョン!」
「くくっ、悪い悪い。――なぁハルヒ、キスしてくれないか?」
 ぽかんとした顔、口元を震わせながらだんだんと赤くなっていく。そろそろ爆発するかな。
「何言ってるのよ、あんたは! 別れ話を切り出してきたあんたからするべきでしょ!」
「いやいや、二人きりを拒んで誤解させたハルヒからだろ」
「~~~! じゃあジャンケンよ! 負けた方がする、これでいいでしょ!」
 ハルヒにしては妥協した方なのだろう、手を組んで神頼みのようだ。俺もどこぞの神様に頼むとしようか、――よし!
「ジャン!」
「ケン!」
「「ポンッ!」」
 
――――
 
「おーい、まだかー?」
「黙ってなさい! あんたは口閉じて目瞑ってればいいの!」
 そうは言っても、もうどれくらい待ってると思うんだ? 目を瞑ったままというのはやけに不安になるんだが。
「ごちゃごちゃ言わないで! あーもう、あんたの方が身長が高いっていうのが気に入らないわ! 床に座りなさい!」
「え? って、うおっ!」
 座れなどと言いながらいきなり押されたせいで尻餅という形で座り込む、そしてハルヒが覆いかぶさるように膝立ちになった。
 アングルとしては正直やばい、俺の右足を跨ぐハルヒの太股が気になるし、真正面にあるのは胸。加えてここのところ近付くことがなかったからなおさら――
「目を瞑って顔、上げなさい」
 悶々と考えていると無理矢理顔を上げさせられる、身長差もあるからハルヒを見上げるなんて滅多にないことだな。
 
 ……
 最初こそ言われたとおりに目を閉じていたが、ずっと瞑っているのもなんとなくマヌケなもんだな。一瞬俺の顔をじっと見ているんじゃないだろうかと勘繰り、こっそりと薄目を開ける。
 その目に映ったのは覚悟を決めたらしくしっかりと目を瞑り、口元を固く結んだハルヒ。これほど必死にならなくてもいいのにと苦笑してしまう、同時にそんな顔を見せられて我慢がきくわけもない。
「ぇ」
 ハルヒの声が漏れたような気がするが構わずキスを続ける、結局俺からしてしまったな。あの顔が可愛すぎるのが悪いのだ。
「ぷはっ」
 口を離すとハルヒは思い切り息を吸った、止めてたのか?
「う、うるさい! あんたからするんだったら最初からしなさいよ! いらない恥をかいたじゃない!」
「体が勝手に動いたんだよ、抑え切れなかったともいう」
「知らないわよ、バカ! ~~~~もう、帰るわよ、キョン」
 未だに座り込んでいた俺に手が伸ばされる、女に手を借りるというのも情けないが気にしても仕方ないか。ハルヒの手を掴んで立ち上がり、既に人気がなくなっている校舎を出る。
 手を繋いでいるからいつもの空いていた隙間はないものの、やはり会話は少しぎこちない。
 
 恋愛上級者にはまだ程遠いようだが、ハルヒと一緒ならばそれでいいか。
 
終わり