涼宮ハルヒの執事 (117-873)

Last-modified: 2009-09-22 (火) 23:30:25

概要

作品名作者発表日保管日
涼宮ハルヒの執事117-873氏09/09/2009/09/22

作品

「たまにはみくるちゃん以外の人のコスプレが見たいわって思ったのよ」
いきなり、何を言うのかねこの人は。それに何か文章がおかしくないか。
「だからね、思ったのは3日前でもう既に用意してあるのよ」
ああ、ならおかしくはないな。で、誰にやらせるつもりなのかね団長さん。
今、この部屋にいるのは俺とハルヒ、そして長門だ。朝比奈さんはお買い物で欠席、古泉は知らん。
「うふふっ、もちろんキョンに決まってるじゃない」
決まってねえ。本人も知らんのに決める奴があるか。
「あー、念の為に聞くがどんな衣装なんだ」
ハルヒはペーパーバッグから衣装を取り出し広げてみせる。
「執事服よ。古泉君に頼んで、あの新川さんのを借りてきてもらったの。最近漫画でも執事物が流行ってるみたいだしこの機会に我がSOS団でも執事を試験的に導入するわ」
マジかよ、SOS団には専属メイドがいるだろう。衣装も予想よりはマシだがそんなの着なきゃならんのか。
「だいたい、パーフェクト執事の新川さんを見てるだろお前も。あの人と比べられても困る」
「いいのよ別に。執事が見たいんじゃなくて、あんたのやる執事が見たいんだから」
理由になってるようでなってねえ。とはいえ変な格好じゃないし、ハルヒのご機嫌取りくらい古泉の替わりにやってもいいか。
「よし、じゃあやってやるよ。着替えるから出てけ」
「何言ってんのよ。女の子じゃあるまいしそのまま着替えなさい」
ひどい扱いだが、まあ全裸じゃないしいいか。
「じゃあ、せめて向こう向いてろ。俺の貧弱な体見ても仕方あるまい」
わかったわよと、ハルヒは窓の外を向く。じゃ、着替えるか。
俺はさっさと制服を脱ぎ、紙袋から執事服一式を取り出す。上半身裸の状態でズボンを穿き、ふとハルヒ達の方を見ると…
「長門。なぜ俺をガン見してるんだ」
「興味があるから」
しまった。ハルヒに気を取られて長門に釘を刺すのを忘れてた。
「頼むから見るな。そんなに見られるとさすがに恥ずかしい」
「そう」
なんだか残念そうに窓の外を向く長門。ちょっと焦ったぜ、まったく。
しかし、このカフスボタンってのは付けづらいな。ん、よし。これでOKかな。
上着を羽織ってボタンを留める。まぁ、それなりに執事に見えるのかね。
「ハルヒもういいぞ。どうだこんなもんで」
振り向いたハルヒは一瞬固まったかと思うと、何故か顔を真っ赤にして少し俯いた。
「何これ、かっこいいじゃないの」
なんだって? かっこいいだと、俺は何かの聞き違いかと思ってハルヒに聞き返した。
「そんなにかっこいいか?」
「ばっ、ばかね。別にあんたがじゃなくて、ふっ服の事よ。決まってんじゃないの」
まあ、確かに半端なコスプレ服と違って、おそらくしっかりしたオーダー物の服だろうしな。
「なんだ、少し期待しちまったじゃねーか。お世辞でもキョン君かっこいいくらい言ってくれよ」
「うっ、うるさい。バカキョン」
なんて俺達がバカなやり取りをしていると、突然部室内に不似合いなベルの音が鳴り響いた。
何事かと部屋を見回すと、長門がハンドベルをふりふりしている。俺は少しばかり考えて長門に乗ってやる事にした。
「御用でございますか。有希お嬢様」
俺は恭しく礼をして、おそらく最上の笑顔をもって長門に問いかけた。
おい、長門。なんで顔を下に向けてんだ。しかも何か震えているぞ。そんなに今のがおかしかったか。
「違う、おかしくない。むしろ、いい」
いいのかよ。長門にしてはおかしな反応だが、まあもうちょっと付き合ってやろう。
「では、改めまして。有希お嬢様、御用をお伺いいたします」
「もっと…職務とお嬢様への恋心に揺れ動く自分に葛藤する執事っぽく言って」
どんな漫画だよ。ちょっとそれは俺には出来そうに無いんですが、お嬢様。
「そうよ有希。そもそもその役はあたしがやるべきなのよ。団長を差し置いて独断専行は許されないわ」
「…そう」
長門は心底残念そうにハンドベルをハルヒに渡した。これどこから持ってきたんだ?
っと、ハルヒにベルを鳴らされる前に長門の用を聞いてやろう。ちょっとしょんぼりしてるみたいだしな。
「有希お嬢様の御用をお伺いしておりませんが、いかが致しましょう」
「…お茶を」
かしこまりました。と一礼し俺はお茶の用意をする、ハルヒには目配せしてちょっと待てと伝える。
まあ、朝比奈さんには及ばないのはわかりきってはいるが、俺なりに気持ちを込めてお茶を淹れ長門に差し出した。
「お待たせいたしました、有希お嬢様」
こくりと頷いた長門は、ふうふうしながらお茶を飲んでいる。やべぇ、ちょっとかわいいぞ。
「ありがとう、とてもおいしい」
俺は満面の笑みを浮かべ長門に一礼をした。そして顔を上げて振り返るとハルヒに向かい待たせたなと一言。
ハルヒは気持ちぶすっとした顔をして、長門から受け取ったベルを思いっきり振る、商店街のくじで特賞でも出たのかという勢いだ。まあハルヒらしいか。
「ハルヒお嬢様、お呼びでございますか?」
ハルヒは変わらず不機嫌そうにしている。なんだこれじゃダメなのか。
「もっと、お嬢様が好きで好きで堪らない、もうこの気持ちが抑えきれないって感じで言って」
ハルヒが壊れた。俺はとりあえずそんな感想を頭に浮かべた。大体そこまで行くとそれは執事じゃねえ。
俺はどのくらい考え込んでいたのだろうか、1分か10分か時間の感覚が全く無い、それ程までに混乱していると言っていいだろう。
ハルヒはいつのまにやら不機嫌顔でなく、何かを期待している顔になっている。
長門も…何やら固唾を呑んで見守っている風だ。普段より表情が硬い、何故そんな表情なんだ。
いや、別に本気でやれってわけじゃないだろうし、今日のこれはまあノリだと自分に言い聞かせよう。
「ハルヒ。用は何だ」
「えっ」
俺は団長机に片手を置き、ハルヒに顔を近づけもう一度言い放った。
「だから、用は何だ。ハルヒ」
うむ、顔が近い。しばし呆然としたハルヒはぷるぷると震えだした。
「そっ、それじゃ…普段と変わんないじゃないのよっ。あたしにも有希みたいにやってよ」
普段と変わらんだと? 俺としてはリクエストに答えて、それに沿った…俺はここまで考えてとんでもない結論に辿り着いた。
まだハルヒの顔は近い、俺は瞬時に顔が赤くなるのを感じあわててハルヒから離れる。
俺は片手で顔を隠しじりじりと後退する。ヤバイ、これじゃほんとにリクエストのまんまじゃないか。
「もうっ、いいかげんにしなさいよ。ちゃんとやりなさい」
ハルヒがえらい勢いで俺に突進してくる。捕まったら殺される、俺はそんな事を頭のどこかで考えていた。
しかし、ハルヒはなんということだろう、床に配線されたLANケーブルに足を引っ掛け、今にも転びそうになっていた。
おいおい、それは朝比奈さんの役だとお前が自分で言ったんじゃないのか。
と、言おうとする前に俺の体は主人の心に反して、体勢を崩したハルヒの体を抱きとめる。
だが、付いた勢いは止まらない。そのまま俺とハルヒは床に倒れこんでしまった。
「大丈夫か、ハルヒ」
俺はハルヒを抱いたまま尋ねる。むしろ俺のほうが痛いんだが、まあ、そこは女の子優先なのは当然だろう。
「大丈夫よ。キョンは痛くない? 平気?」
ああ、大丈夫だよ。なんて強がって、ハルヒの背中に回した手で背中をポンポンと叩いてやる。
いや、ちょっと待て。この体勢ってのは、2人して寝っ転がって抱き合ってるって事か。ハルヒもハルヒでしおらしく俺の胸に顔を埋めているし、なんか色々な意味でヤバイ。
「ハルヒ、そろそろ立ってくれ。こんな所を古泉にでも見られたら、何を言われるかわかったもんじゃない」
「いえ、もう見てますから、そんな心配はご無用ですよ」
転がったまま顔をドアの方に向けると、ニヤついた面のイケメン野郎が俺たちを見下ろしている。うかつ。
それからしばらく、俺は身振り手振りを交えて経緯を古泉に説明する事となった。黙れ古泉、何も言わせんぞ。
 
そんなわけで今俺達は帰宅している途中なんだが、執事服汚しちまったからクリーニングして返さなきゃな。
「いえいえ、それはあなたに差し上げますよ。もともと涼宮さんに頼まれた時点であなたのサイズに合わせてオーダーした物ですから」
いや、何だそれは。お前最初から俺に着せるつもりだったとでも言うのか。
「もちろん。僕はコスプレの趣味はありませんし、何より涼宮さんはあなたに着て欲しかったと僕は考えています」
またそれかよ。お前も何だかんだ言って俺の事をからかってるっぽいぞ。
「そんな事はありませんよ。しかし驚きましたよ、長門さんからも経緯は聞きました。まさかあなたが涼宮さんのリクエストを受けて、普段と変わらぬ態度で接するとは… いやはや驚きです」
2回も驚くな。と言うかそんなに驚くような事でもあるまいよ。
「ふふっ。本気で言ってますか? 涼宮さんはあなたに『好きで好きで堪らない、その気持ちが抑えられない』様に演じてくれとお願いしたんですよね。そしてあなたは普段と変わらぬあなたのまま涼宮さんに接した。これはつまり普段のあなたは涼宮さんが好きで好きで堪らないと言っているようなものですよ。簡単な事です」
誤解と曲解もそこまで行くと感動的ですらあるぞ。世迷言は大概にしろ。
「おかしいですね? あなたは涼宮さんに普段と変わらないと指摘され、何かに気付いたように顔を赤くしたと長門さんから聞きましたよ。ふふっ、これはもう誰が聞いても間違いないかと思いますよ。違いますか?」
ええい、指を指して言うなっ。お前そんな事ハルヒに言うんじゃないぞ。
「大体の所は認めているようですね。ですが遅かったようです。ほら、もう長門さんが涼宮さんに…」
俺は神速で前を歩くハルヒと長門を見た。長門はいかにも内緒話といった風に、ハルヒの耳に口を近づけて何かを話している
その話を聞いているハルヒの耳はだんだんと赤くなっていき…長門が口を離すとハルヒは振り向いて俺を見た。
顔真っ赤ですよハルヒさん。とか言う俺もつられて顔真っ赤にしてるんだけどな。
「キョン。あんたもう明日から執事禁止。わかったわねっ」
言うだけ言ってダッシュで帰っちまった。どうなってんだ。
「涼宮さんもあなたと同じなんでしょう。まったく、似た物同士という事ですか。では、僕はこちらですのでまた明日」
たわけた事を言い残し古泉は別の道を歩いていく。忌々しい奴め。
 
さて、俺は明日どんな顔してハルヒと会えばいいんだか。まったくやれやれだぜ