通行人・涼宮ハルヒ (77-98)

Last-modified: 2008-01-18 (金) 22:08:17

概要

作品名作者発表日保管日
通行人・涼宮ハルヒ77-98氏、108氏、112氏08/01/1808/01/18

作品

「……」
先に断っておくがこの3点リーダを放っているのは長門では無い。
目の前で三点リーダを絶賛大放出させているのはSOS団において最も沈黙の似合わない女。涼宮ハルヒである。
 
ハルヒの絶句などと言う珍しい光景が広がっていると言うのに俺はその様子を観察する事が出来ずにいた。
何故ならハルヒと一緒に俺もフリーズの真っ最中だからである。
 
何故こんな事になっちまったのか、話を一ヶ月ほど遡って振り返ってみよう。
 
 
とある週末、いつものように市内探索と言う名の散歩を、珍しくハルヒと二人で行っていた時の事である。
俺の奢りの缶コーヒーを飲みながら繁華街をぶらついていると、少し行ったところに黒山の人だかりを発見した。
 
「ねぇ、キョン!あれ何かしら?」
さぁね。芸能人か何かでも来てるんじゃないのか?
「何言ってんのよ。あれはきっと何か不可解な事件が起こっているに違いないわ。行って見ましょ!」
 
こんな繁華街で奇怪な事件に遭遇するのはご免だぞ。
ここには長門も古泉も居ないんだ。何か起こったら真っ先に脱出させてもらうからな。
などという俺の心配も知らずにハルヒはやっと面白い物を見つけたといわんばかりの笑顔で人だかりの中に突入していった。
 
…ドラマか何かの撮影だな
「そうみたいね。つまんないの。行きましょ」
幕の内弁当を買って肉だと思って最後まで取って置いたフライが白身魚だと知った子供のように興醒めし切った様子のハルヒが俺の手を引いて踵を返したまさにその時である。
 
「あー君たち、ちょっと良いかな?」
監督と思しき中年の男性に声をかけられた俺とハルヒが不審そうな顔をその男性に向けていると
「通行人のエキストラを探していたんだけど、君たちやってみないかい?」
 
…きみ『たち』と言ったかこのオッサン。
黙ってさえ居れば見栄えするハルヒがエキストラとは言えスカウトされるのはまだ理解できる。
しかし何故俺も含まれるのだ?ハルヒ一人だけ連れて行けば良いじゃないか。
 
「通行人の中に何組か男女のカップルが必要なんだよ。他にも何組かカップルも居るからさぁ。どうかな?」
『カップル』の一言にハルヒが過剰に反応する。
「あたしたちそんなんじゃ無いわよ!ねぇ、キョン!」
俺に話を振るんじゃない。
 
「まぁまぁ、男女が何組か並んで歩いている画が撮れれば良いだけだから、そう堅苦しく考えずにね。頼むよ」
言葉とは裏腹に生暖かい視線を向ける監督に半ば押し切られる形でエキストラを引き受ける事になってしまった。
 
やる事といえば至極簡単。他のエキストラと共に並んで100メートル程歩けば良いらしい。
演技などと言うものに縁もゆかりも無い俺たちに細かい演技指導が有るわけも無く、ただ「いつも通りに歩いてくれ」と言われただけだったのだが、この監督は涼宮ハルヒという女を分かっていない。
 
もっとも、初見でこいつを理解してしまうような変人だったら違う意味で困る事になりそうな気もするのだが…。
 
まずはリハーサルである。
スタートの掛け声と同時にハルヒは普段通り歩きだした。
しかし、それを普段通りだと思っているのは恐らくハルヒだけであり、俺でさえ諦めにも似た感情で「こいつに普段どおりと言えばそうなるだろう」と溜息をつくのがやっとであった。
 
ハルヒは、俺の襟首をむんずと掴むと俺を引きずるようにしてずんずんと大股で人込みを掻き分けるように歩いていたのである。何の羞恥プレイだこれは。
 
当然監督による「演技指導」がハルヒに入る事となった。
まぁ、演技指導と行っても、『普通に』俺と並んで、カップルらしく歩けという至極全うなものなのだが人に指図するのは大好きでも指図されるのは大嫌いなハルヒは口をアヒルかカモノハシのように擬態させながらその指導を聞いていた。
 
そしていよいよ本番である。
やる事は普通に並んで歩くだけ、演技にもなりゃしない。楽勝だ…と思っていた。のだが…
 
…なぁ、ハルヒ。おまえさっきまでの威勢はどうしたんだ?表情が硬いぞ。
「あんただって顔面神経痛にでもなったわけ?顔が変な形で固まってるわよ」
お前こそ歩き方が変じゃねぇか。手と足が一緒に動いてるぞ
「うるさいわね。これがあたしの正式な歩き方なのよ」
どこの古武術の歩き方なんだそれは。
 
いざ所定の位置につきカメラだの照明器具だのマイクだの見慣れぬ設備に囲まれて「普通に」歩く事がどれほど難しい事か、俺は身を持って知る事となった。
スタートの声がかかると同時に緊張感に体を支配され思うように動けなくなってしまう。
ハルヒも同じようで、できそこないのポンコツロボットのようにぎこちない動きをみせていた。
 
当然やり直しである。
何度やってもカメラが回りだすと途端にハルヒの顔色が変化し動作がおかしくなる。
バニーガールの格好でステージに立つことは出来てもカメラの前で『演技』する事は苦手なのか?
もしかしたら文化祭の映画の時もこの出たがり女が監督になって自分が出ようとしなかったのはそういう訳だったのかもな。
それでも何度か繰り返すうちに普通に歩く事くらいは出来るようになってきたのだが、エキストラの配置や動きを何度も変えてもどうやら監督は納得行かないようで、時間だけが悪戯に過ぎてしまう。
他のシーンの撮影や機材チェックをしている間15分ほど待って欲しいと言われ、俺たちはビルの谷間の公園で待ちぼうけを食らう事になった。
 
「あんたがちゃんと演技しないから何度もやり直しされるんでしょ!」
それはお互い様だ。お前だって出来そこないのロボットみたいにガチガチだったじゃねーか。
「何よ!人のせいにする気?第一なんなのよあの監督。気楽にいつも通りとか言っておきながら一々文句つけてきて!」
そういうもんだろ、エキストラとは言えその作品の構成要素なんだ。
誰かの映画みたいに行き当たりばったりじゃ良い作品なんて撮れっこねーんだよ。
 
最後の一言は余計だった。
しまった。と思う頃には既にハルヒの刺すような視線が俺を貫いていた。
 
「もういい。帰る」
ハルヒは俺を置いて歩き出してしまった。このままハルヒを行かせてしまってはまずい。
 
待てよ!俺はハルヒの腕を掴んで引き止めた。
「なによ!あんたには関係ないでしょ!あたしはもう帰るから一人でエキストラでも何でもやんなさいよ!」
 
お前はそれで良いのか?
SOS団の団長ともあろう者が、たかが通行人のエキストラ位も出来ないで途中で放り投げるような半端者だったのか?
 
ハルヒは口をカモノハシのように擬態させたまま俺を睨んでいた。
 
さっきの一言は言いすぎた。それは謝る。
だがな、お前だったらたがか通行人のエキストラでも主役を食っちまう位の存在感を見せた挙句に、プロの監督の演出やら撮影の手法を盗んで自分が作る映画の肥やしにでもしちまうような奴だと思っていたが、それは俺の見込み違いで、涼宮ハルヒって奴は乗りかかった船を途中で放り出しちまうような奴だったのか?
どうせやるならSOS団の団長らしさの一つでも見せ付けてやったらどうなんだ?
 
相変わらずハルヒは俺を睨んだままだが、その目にはさっきまでは消えていた光が戻り、口元は不敵な笑みを浮かべていた。
それを見て俺は思った。どうやら俺はまたハルヒに要らん燃料までくべちまったらしい。
物事には加減ってもんがある。ハルヒを焚き付けるのにも火加減って物が必要だった。もう遅いんだろうが。
 
「あんた、平団員の癖に団長であるこのあたしに説教するなんて良い度胸じゃないの。
いいわ。あたしの実力を見せてあげるわよ。だからあんたも協力しなさい」
良いだろう。じゃぁ次集合かかったらちゃんとだなぁ…
 
「さあ、練習するわよ!」
何の練習だ。普通に歩けば良いんだろうが。
「普通で良いわけ無いじゃない。あたしはやるからにはとことんやらないと気が済まないのよ。」
そうかい。じゃぁ何だ?ウォーキングの練習でもするのか?
「道行くカップルって設定なんだから腕くらい組んで歩いた方が良いのかしらね」
んなっ!そこまでする必要ないだろ。普通に歩けば良いんだよ普通に。
 
「何言ってるのよ!主役を食うくらいの歩きを見せるんだから、演技もディテールにこだわるのよ!」
使われるかどうかも分からないシーンに何を求めようというのだこいつは。
 
「これは演技なんだからね!変な気を起こすんじゃないわよ!」
そう言うとハルヒは俺の腕を絡め取り、鼻歌でも歌い出しそうな笑顔で歩き出した。
「あんたもちょっとは嬉しそうな顔して歩きなさいよ!あたしの名演技を台無しにする気!?」
俺があっけに取られていると、ハルヒは怒ってるのか笑ってるのかどっちかにしろと言いたくなる表情で俺に言った。
 
分かったよ。これはあくまでも演技だからな。
そう言った俺がよほど変な顔でもしていたのだろうか、ハルヒはプッと吹き出し、釣られて俺も笑ってしまった。
そのまま数十メートルほど歩いた所で、俺たちは周りに居た他のエキストラ達の生暖かい視線に囲まれている事に気付いた。
 
言っておくがこれは演技だからな。勘違いするんじゃないぞ。
 
しばらくして再度集合がかけられた。
スタート地点に着くとハルヒは先ほどの『練習』の通り俺の腕に組み付いてきた。
「何にやけてんのよ。エロキョン。これは演技なんだからね。勘違いするんじゃないわよ」
 
分かってるよ。俺のこの表情も演技だ。気にすんな。
 
そうして俺とハルヒは腕を組んで笑顔で並んで歩く『演技』を無事こなし、数度のリテイクの後めでたくOKとなった。
 
撮影が終了し、エキストラの面々が散り散りに歩き出した時、たまたま近くに居た監督の
「お陰で良い画が撮れたよ。ありがとう」と言う社交辞令的な挨拶に対してハルヒは、
「当たり前じゃないの。あたしが出たんだからこの作品はヒット間違い無しね。期待していいわよ!」
とプロの監督相手に失礼極まりない事を言ってのけ、監督の苦笑を誘っていた。
 
再びSOS団の通常業務(市内不思議探索)に戻った俺は、重要な事を聞き忘れた事に気付いた。
そういえばあの撮影、何の作品に使うんだろうな?
「どうせVシネマか何かでしょ。見たこともない監督だったし」
まぁ、そんな所だろうけどな、折角自分がちょい役でも出てるものなら後で見てみたい気もしたんだがな。
「どうせほとんど写っていないわよ。何十人も通行人役居たんだから、画面にちょっと映ってれば良いくらいじゃない?」
ついさっき監督に大口を叩いていたとは思えないほどの常識的な意見だな。
 
とまぁ、ある意味貴重な体験が出来てめでたしめでたし。だと思っていたんだけどなぁ…この時は。
 
そんな出来事が有ったという事すら記憶の片隅に追いやられた約1ヵ月後、つまり冒頭のハルヒのフリーズシーンの数時間前に話は進む。
 
不思議探索の無い土曜日は俺は一日中惰眠を貪ると心に決めていたのだが、何故か俺は起きている。そして何故かSOS団の面々が俺の部屋に集合していた。
 
中間テストを週明けに控え、このテストの結果次第では俺を予備校に放り込む気満々のお袋の思惑を察知したハルヒがSOS団緊急勉強会の開催を決定したのである。つまり、俺のための勉強会だ。
 
古泉と長門はそれぞれ予想問題を持ち寄り、朝比奈さんは去年の同時期のテスト問題から出題範囲や傾向を予想。
ハルヒは総合監督としてそれらの問題と解法を俺の頭に叩き込む役である。
これで赤点レーダーを意識する低空飛行をしたらさすがに全員に申し訳が立たない。
 
そんなわけで勉強漬けの一日が何とか終わり、心身ともに充実した疲労感を感じつつ余計な気を回したお袋が鍋ごと持ってきたカレーを俺の部屋で食いながらSOS団プラス妹でしばしの歓談をしていた。
  
テレビの前には妹が陣取り、少女漫画原作の人気ドラマをかぶりつくように見ていた。
その番組に真っ先に反応したのは朝比奈さんである。
「このドラマ面白いですよ。わたし原作の漫画も大好きなんです」
「ロケ地はこの付近のようですね」
古泉が言った。確かに見覚えのある風景が写っている。ヒロイン役の女優が佇んでいるところは確かに勝手知ったる地元の繁華街だ。
「あれ?…今の、もしかして涼宮さん?」
朝比奈さんが目を丸くしてテレビに釘付けになっていた。
確かに繁華街の雑踏を写したシーンで見覚えのある後姿が一瞬写った。
あの黄色いカチューシャは間違いなくハルヒである。という事は隣に写っているのは俺か。
あれだけ何度も撮り直して使われたのは後姿だけ。しかも腕を組んでいないところを見ると使われたシーンは休憩前の部分だな。
 
「何なのよこれ!あれだけ何度もやり直しさせておいてこれだけしか使わないなんてどういう事!?テレビ局に抗議よ抗議!」
お前、撮影後には『画面にちょっと映ってれば良いくらい』だとか言ってたじゃねーか。
「それにしても限度があるわ。あの無駄にした時間を返しなさいよ!」
ハルヒは得意のアヒル口で画面を睨みつけていたが、朝比奈さんは状況が飲み込めていないようだ。
そういえばエキストラの話はしていなかったな。俺はあの日の出来事をかいつまんで説明した。
 
「それってすごい事ですよ。このドラマに一瞬でも写ったなんて涼宮さん羨ましいですぅ」
羨望の眼差しを向ける朝比奈さんを見てハルヒも満更でもなさそうな顔をしている。
 
そういえばさっきのシーン、ハルヒが写ったのはほんの一瞬だったが、ヒロインの視線が雑踏の中の黄色いカチューシャを追ったように見えたのは…多分俺の気のせいだろう。
 
などと考え事をしている所でやっと話は冒頭のシーンに戻る。
 
物語は若干進み、彼氏と些細な事で喧嘩中のヒロインが繁華街の喫茶店で外の雑踏を眺めている。
そこで一組のカップルが喧嘩しているのを見つけ、そのカップルがしばらく言い争いをしてその後仲直りして腕を組んで笑顔で歩き出す姿を自分たちと重ね、自分も彼氏と仲直りしたいと思う印象的なシーンなのだが…
 
その喧嘩→仲直りしてるカップルって、休憩時間に帰るだの何だのと騒いでいたハルヒと俺じゃねーか!
ちょっと待て、いつの間にそんなシーン撮ってたんだ!?
ハルヒと朝比奈さんと俺は赤面フリーズ。古泉は若干目を見開いたニヤケ面、長門は…まぁいつもどおりだ。
 
そしてその直後、俺は自身の息の根を止めるシーンを目にすることになる。
一組のカップル…俺とハルヒだ。が、腕を組んで満面の笑みを浮かべて街中を歩いているのを彼氏役の俳優が見つけ、ヒロインと同じように仲直りしようと思い、俺たちの後姿を目で追いながら携帯を取り出すシーンが流れたのである。
 
何が通行人のエキストラだあの監督、こんな目立つシーンで使うなんて聞いてねーぞ!
朝比奈さんとハルヒは揃って顔を真っ赤にして酸欠になった金魚みたいに口をパクパクさせている。
 
「主人公二人に影響を与える重要なシーンに出演されるとは…さすがはお二人です」
古泉が要らん事を言う。これは演技だ演技。さっきそう言ったろ。
 
「はて、先ほどは『いつもどおりに歩くように言われた』と伺いましたので、あれはお二人の普段の姿と解釈していましたが」
古泉、その辺にしておけ。そろそろ目の前の酸欠金魚が死んじまうぞ。
 
「あわわ…キョン君と涼宮さんっていつもあんな…」
いや、だから朝比奈さん。違いますって!
 
机の上では背面液晶に『谷口』という文字を表示させた俺の携帯電話が着信音を鳴らしていたが、そんなものは無視だ。無視。
 
「この番組の視聴率はおよそ32%。北高生徒に限れば女子生徒の62%、男子生徒は31%が視聴している。その中であなたたちに気付く割合は74%。口頭伝播等により週明け月曜日の昼時点でこの事は北高生徒の85%以上が知る事になると推測できる」
長門がやっと口を開いたと思ったら恐ろしい事を小声で淡々と言ってのけやがった。
 
穴があったら入りたいとはこの事を言うのだろう。
誰か穴を掘ってくれ。出来ればクルーベラ洞窟位の深い奴を。今なら迷うことなくゴム無しバンジージャンプを決めてやる。
 
「まかせて。情報操作は得意」
何とかしてくれるのか?
 
「北高生徒の本件に関する認知度を100%にする。あなた達は全校生徒公認のバカップル。」
…いや、長門、何とかするってそっちの方向じゃなくてだな…。
 
「…自業自得」
 

スレの流れ

てか、月曜日の北高の惨状を見てみたいw

 

日曜日に丸一日図書館に行くことを条件に情報操作でなんとかする事を提案する長門さんを幻視
 
長「情報操作により認知度を限りなく0に近づける事も可能」
キ「本当か?」
長「本当。でもそれにはあなたの協力が必要」
キ「出来る事なら何だってしてやる。言ってくれ」
長「明日、図書館へ」
キ「図書館で何かするわけだな。分かった図書館へ行こう。」
 
丸一日図書館で過ごした二人
 
キ「…一日中本棚の前で本を読んでいたようにしか見えなかったんだが…」
長「問題ない。情報操作は完了した。あなたと涼宮ハルヒがテレビに出演したという認知度はほぼ0パーセント」
キ「そうか!助かったよ。ありがとう」
 
翌日、学校にて
 
谷口「おまえ、土曜日のドラマに通行人のエキストラとして出てたろ?しかも長門有希と一緒に」
キ「なんですと!?」