6億3257万回のテレポート (63-823)

Last-modified: 2007-10-08 (月) 16:35:58

概要

作品名作者発表日保管日
6億3257万回のテレポート63-823氏07/10/0807/10/08

作品

K-1

涼宮ハルヒが落ち込んでいる。おとなしい、というのとは違い、明らかにダウナーオーラが桁違いに出ている。
とはいっても、だ。俺の知っている限り昼休みにはいつもの調子で学食に向かっていたと思うし、6時間目の授業が終わった後も掃除当番の自分より先に部室に行くようにいつもの調子で命令していた。何もそんなにテンションを下げる要因なんてない。
部室に入ってくるなり鞄を投げ出し、不機嫌そうにパソコンをいじり、雑誌を眺め、誰とも話そうとしない。
朝比奈さんのお茶も無視している。何かあったのか?と訊いても「別に」とそっけなく答え、明後日の方向を向いてしまう。
おまけに単なる仏頂面ではなく、目を見ると今にも泣きそうにさえ見える。
目は動いていても、確信を持てる。あいつは何一つ目から情報を得ていない。度を越えた上の空ってやつだ。
時々俺のほうを見て、朝比奈さんを見て、次に長門のほうを向き、そしてまた元に戻る。
目が合うたびになにやら言いたげに顔をゆがめた。
おかしい、あのハルヒが、ましてや去年の4月ではなく、高2の5月にもなってこんなハルヒを見るのは調子が狂う。
 
「もう帰る」
いつもより1時間も早く、ハルヒは早々と部室から出て行ってしまった。その背中を追いかけるには気が重すぎ、誰も追いかけることは出来なかった。バタン、扉が閉められて、足音が遠くなっていった。文芸部室を静寂が覆う。
ここはとりあえずハルヒの心理の専門家にお伺いを立てるのが先決だろう。
「とりあえず、今のところ例のあれは発生していません。あの時と同じでしょう。しょんぼりすることが先立って、イライラが発生しているわけではなさそうです。僕には涼宮さんの不機嫌の原因がいまひとつ分かりかねます。」
お前にも原因が分からんのか。だがあのままではまずいだろう。
「僕に出来ることは限られています。ですから、涼宮さんの元気を取り戻すのはあなた次第と言っていいでしょう。」
どうすりゃいい。機嫌をとれとでもいうのか?
「ともかく、涼宮さんに出来る限り優しく接してください。涼宮さんの精神の安定が何より優先ですから。」
そうか。とりあえず何か出来るとしたら…明日の朝からか。おそらく。
もう一人訊いておくべきだろう。長門、お前から俺にアドバイスか何かはないか?
「…特に追加すべきことはない。私も同意見。観察対象の不調は情報統合思念体にとっても不都合なこと。あなたに任せる。」
とにかく、理由がわからないというのか。しかし古泉も長門もちょっと投げやりだな。俺に多くを期待してもな…

火が消えたように静かになった文芸部室に居座り続けるのも息苦しく、俺もいつもより30分以上早く帰宅することにした。
なるようになるさ、ハルヒのことだから、と思いたいものの、俺の思考はひたすらいかにハルヒの元気を取り戻すか、という一点に固執していた。何時ぞやのちっとも笑えない消失事件の時にも思い知ったが、俺は元気なハルヒを見ながら
でないと生きていけない性質なのかもな。
なあハルヒ、いったい何が悲しいんだ。悲しいなら団員がいるじゃないか。困ったときは助け合うのが団員だろ?
それともなんだ、俺達に言えないようなことなんだろうか。いかんいかん、思考が後ろ向きになってきちまった。
俺まで落ち込んだら意味がないだろ。
そんなことばかり考えながら…俺はベッドにもぐった。

H-1

今日も6時間目の授業が終わって、放課後に入った。あたしは掃除当番だから、キョンには先に部室に行くように言っておいたわ。
今日の掃除は音楽室ね。ちゃっちゃと終わらせたいわ。アホの谷口がせいぜいきりきり働くといいのよ。
吹奏楽部が昨日の放課後に出したゴミが多いわね。だらしないったらありゃしない。ゴミ袋が満杯になった。
アホの谷口にでもゴミ集積場にもって行かせようかしら。ほかのやつらに迷惑もかからないし、ただでさえ暇そうだし。
「あんた帰宅部でほかに何もやってないんだからこれくらい持っていきなさい!どうせ暇なんでしょ!」
谷口は溜息をつきながらも、渋々とゴミ袋を担いで運んでいく。周りのやつらはそれを見て早々と切り上げていったわ。
ゆっくりとした歩調で歩んでいた谷口は部屋から出るときに、あたしに向かってぼやいた。
「お前はいつまでたっても変わんねえ。いつもそうやって人の都合も考えずに命令してな。だから友達がほとんど寄りつかねえんだ。顔だけ良くたって男は寄って来ねえぜ。ましてやその性格じゃ女の友達もろくにできねえだろうな。キョンだってそう思っているだろうよ。今は大丈夫でもそのうち愛想つかされるぞ。そうなっちゃお前は…」
「うるさい!!」
自分でもびっくりするような大声を出していた。
「あ…あんたなんかにそんなこと言われるような筋合いはないわ!そんなこと言うなら自分の心配をしたらどうなのよ?何もしないでフラフラしているあんたなんかに言われたくないわよ!と・・・とにかく…出でけ!!」
頭の中が真っ赤に染まったような気がした。冷静さがどこかへと消えてしまっていた。
谷口は少し面食らったようだったけれども、すぐに前に向き直って部屋から出て行った。
 
あたしはしばらくその場で立ち尽くしていた。ほかの当番もとっくにいなくなって、あたしだけが残った。これまでにないような虚無感。
分かってる。谷口は単に嫌味で言っただけじゃないってこと。あたしのことを心配してる。中学からずっとあたしを見てきた立場だし、キョンの友達だからある程度信頼してる。けど…何よ、あの谷口が言ったことくらいで何を動じなきゃいけないのよ…そう思いながら、あたしの思考はどんどん後ろ向きになってしまった。団員のみんなは、あたしのことをどう思っているんだろう…
それでも、体は一度覚えた習性は忘れないみたいで、気が付いたら部室の前に立っていたわ。
今にも泣きそうな気分だったけれども、ぐっとこらえてドアを開けた。
 
部室にはすでに団員が揃っていたわ。それはいつものことだけれども、谷口の言葉を反芻するとこの状況がすごく不安定なものに思えてしまう。あたしは口を開く気にはなれなかった。そうしたら泣いちゃいそうだったから。
キョンやみくるちゃんや有希や古泉君は心配するような目で見ているけれども…あたしの方が心配でいっぱいだった。
とりあえずいつものようにパソコンを立ち上げて、手元にあった雑誌を広げるけれども…何にも興味が持てないわ。
どうにも落ち着かなくてキョンを見て、みくるちゃんを見て、有希を見て、目を伏せた。あたしの大切な団員。
絶対に失いたくない。でも、あたしは団員のために何をしてきたのだろう…そう思うと不安感ばかりが渦巻く。
いつもあたしの思いつきでやることを決めて、あたしが仕切って、みくるちゃんをおもちゃにして、キョンをこき使って…キョンがあたしに手を振りかざしそうになった気持ちも分かる。あのときのあたしはどうかしていた。
みくるちゃんのことを蔑ろにしていたあたしは、どうしようもないバカだと思う。
キョンは…いつもあたしの思いつきに付き合わせて、毎回のように奢らせて、散々好き勝手こきつかってばかり。
そんなんじゃキョンもあたしのことを嫌っちゃう…そんなのいや。
あたしにとってキョンは大切な人。あたしのわがままを一番ちゃんと受け止めてくれるから。
キョンのおかげで毎日が楽しくなった。それはもう中学の頃から見れば段違いに。
キョンがいなかったらSOS団なんてなかっただろうし、あたしはいつまでも心を閉ざしたままだったと思う。
もうあんな状態には戻りたくない。今がとても楽しいから。
あたしは楽しかった。でも、キョンはそうじゃないかもしれない。あたしがもしキョンの立場だったら…考えれば考えるほど悲しい気持ちがループして、増幅して心を覆いつくした。もうこの場にいられなかった。
「もう帰る」
そう言って、振り向かずに部屋を出て行った。ドアが閉まる音がして、自分の足音が一際大きく聞こえた。
いつもと同じ帰り道。でも周りを見る心の余裕なんてなかった。いやな考えを振り払うために、ひたすら歩調が速くなっていく。
家の扉を開けて、一目散に部屋に入って、そしてそのまま泣き崩れた。
この3~4年間完全にご無沙汰だった涙がボロボロとあふれてきた。自分でも信じられないくらいに大粒の涙が、頬を伝い、床に滴った。周りをはばかることも考えず、大声を上げて泣いていた。
なぜ?コントロールできない自分の感情が暴走する。谷口の言葉が脳裏をこだまする。
いつまでそうしていたんだろう。気が付いたらもうあたりは暗くなり、すっかり夜になっていた。
晩御飯はまったく喉を通らなかった。体は空腹を主張しているけれども、心がそれを拒んでいた。数口を食しただけで、あとは全部残した。作ってくれたお母さんに悪い。でも、この気持ちのやり場が見つからなかったわ。
また部屋に戻って、独りうずくまった。キョンと一緒にいて、あたしはとても楽しかった。ずっと一緒にいたいと思った。
こんな気持ちはキョンが初めてよ。
今まで全然素直になんてなれなかったけど、いつの間にか、あたしはキョンのことが大好きになっていた。
でも、「好き」だなんて言えなかった。キョンはSOS団のほかの団員のことも大切にしている。あたしがその自由を奪ってしまうことには抵抗があったから。でも、そんなのはあたしが逃げているだけのことかもしれない。
本当はあたしには告白する勇気がないだけじゃないの…?
キョンのことが好き。でも、あたしはキョンにわがまま言ってばかり。それでもキョンがあたしのことを好きでいてほしい、なんて虫が良すぎる。
キョンに思いを伝えずに、あたしのことが嫌いになったって、キョンは何も悪くない。あたしが悪いだけ。
キョンのことを思い出せば思い出すほど、キョンの目線はみくるちゃんや有希のほうばかり向いていたように思う。
キョンはあたしのことをどう思っているの…?そのことでもう頭がいっぱいになっていて、気が付いたら午後9時だってのにベッドにもぐっていたわ。しばらく泣いていたけど、泣き疲れていつの間にか眠っていたわ…

K-2

目が醒めた。が、おかしい。俺はちゃんといつもどおりベッドの上で寝ていたはずだ。しかし、なぜ今俺はパジャマを着たまま部室にいるんだ?何が起きたんだ?
窓から外を見てみると、普通に明かりがともり、平和な街の夜景が見えた。閉鎖空間ではない。
しかし、なんでまた俺は寝たまんま部室に移動しているんだ?もう不思議なことには慣れたが、これは何の意味を持つんだ?
とりあえず落ち着くために椅子に座った。いつもの椅子。ひとつ溜息をつくと、廊下で何かの物音がした。
ドアのすりガラスにぼんやりと人影が映る。それは見慣れた人影。いつもと違うのは、啜り泣きが聞こえることだ…
 
あの涼宮ハルヒが泣いている…?
 
放課後のハルヒの顔がフラッシュバックする。今にも泣きそうな不機嫌な顔。まさか俺が部室に召喚されたのはハルヒがそれを望んだからなのか?
影はしばらくその場で立ったままで、中に入ってこなかった。並々ならぬ躊躇の表れか。3分ほどその状態が続いたが、ゆっくりとノブが回され、ドアが開いた。スローモーションか、というほどゆっくりと開いたドアから見えたのは、真っ赤に目を腫らして泣いているハルヒの姿だった…戸惑う、どころの話ではない。泣き顔など一度も見せたことのないこのハルヒが、目の前で目を腫らしてさめざめと泣いている。
その泣き声からはただならぬ悲愴感が感じられて、どうにも行き場ない激しい感情の起伏が手に取るように分かった。
何が原因かはわからない。けれども、確信を持って言えるが、この感情を治めることが出来るのは俺だけだ。勘がそう叫ぶ。
古泉の言葉に従い、俺は出来る限りやさしい表情とやさしい口調でハルヒを迎える。
「ハルヒ…どうしたんだ?」
いつものハルヒなら「間抜け面!」と罵ってくるところだろうが、このときは違った。ハルヒは俺の顔を見て、それから
「うっうぅ…キョンーー」
と言って、泣き崩れながら歩み寄り、俺の胸の内に倒れこんだ。まったく信じられないような光景だ。
とにかく今は、感情を落ち着かせるのが最優先だろう。そのためには、
「ハルヒ、事情は別にかまわない。だから今は泣きたいだけ泣いてくれ。全部受け止めてやるから、な?」
「ううっ、ううぅぅ・・・」
ハルヒは俺の両腕の中で号泣した。今まで泣かなかった分、何年分も一気に泣くような泣き方だった。
小刻みに震える肩に手を回し、そして子守をするようにやさしく肩甲骨のあたりを何度も何度もたたいた。

H-2

急に体が下に落ちるような感覚とともに目が醒めたわ。目を開けてみると、そこは暗いところ。けれど、違う。
ここはあたしの部屋じゃない。あたしは部屋のベッドで寝たけれども、なぜかそこに瞬間移動していた・・・部室棟の廊下に。
パジャマも着たまま、暗い夜の部室棟にいるなんて、どういうこと?まったく状況が分からない。
周囲を見てみると、ひとつだけ明かりのついている部屋があった。文芸部室。SOS団の部室。
その根拠は知らないわ。でも、あたしは確信を持てた。
 
そこにキョンがいる…
 
それは無意識だった。あたしの足は部室のほうへと向かっていた。同時に、これも無意識に、涙が目からまたポロポロとこぼれてきたわ。自分ではどうにでもできない。でも、キョンなら…そう思ってドアの前に立った。けれども、なかなか開ける気になれない。キョンにこんな弱いあたしを見られたくない。
キョンを困らせるだけかもしれない。キョンに呆れられるかもしれない。
それでも今のあたしの気持ちは、キョンがいないとどうにもならない。キョンしか受け止めてくれない。
きっとキョンなら今のあたしを受け入れてくれると思う。信じたい。大好きな人にこそありのままの自分を見せるべきだと思って、あたしは勇気を振り絞ってゆっくりとドアを開けた。そしてゆっくりと、キョンの方に向いた。
キョンは相当面食らったようだったわ。当たり前よね、あたしが泣いているんだもん。それでも、キョンはとても優しそうな顔をして、「どうしたんだ?」と聞いてくれる。
感情を支えていた柱が倒れるように、あたしは泣き崩れて、そのままキョンの胸に飛び込んだ。温かい。
キョンの温かさ、優しさ、そういうものが全部あたしに流れ込んできた。それまでの言いようのない不安、そしてこの何にも換え難い安心感。感情はその全てを一度に処理することが出来ないみたいで、涙は次から次へとどんどん流れてくる。
キョンはあたしに「泣きたいだけ泣いてくれ。全部受け止めてやるから。」と言ってくれた。あたしは小さくうなずいて、キョンの両腕の中に抱かれてなおも泣いた。あたしは一度もキョンに「好きだ」なんて言っていない。キョンもそう。
それでも、わがままでどうしようもないようなあたしを優しく受け入れてくれる…言葉はなくても、キョンの気持ちがすごくよく伝わってくる。キョンはあたしを子守をするくらいにやさしく何度もたたいて、気持ちを落ち着かせてくれた。

K-3

いつまでそうしていたのだろう。おそらく10分ほどのことなのだろうが、俺には何時間もの時間が過ぎたような気がした。
ハルヒの体が小刻みに震えるのも止まり、泣き声もやんだ。
「ハルヒ、落ち着いたか?」
またやさしく問うた。
「うん。」
細い声だったが、感情がだいぶ落ち着いたようだった。古泉のアドバイスに感謝しないとな。
「ハルヒ、いったいどうしたんだ?お前がそんなに泣くなんて、よほどのことでもあったのか?
いや、全部言わなくてもいい。でも俺に相談できることなら何でも言ってくれ。俺はお前の味方だぞ。」
いつもの俺らしからぬ言葉だな。しかし、これは俺の本心だ。しょげたハルヒは見たくない。笑ってほしい。
ハルヒはしばらく言うべきかどうか躊躇している様子だったが、やがて意を決したように話し始めた。
「放課後のことよ…あたし掃除当番だったでしょ?そのとき谷口に仕事を押し付けたのよ。別にそれが当然だと思っていたし、谷口も気に留めないと思ったから。そしたら谷口は言ったの。
『お前はそんなんだから人が寄り付かないんだ。キョンにも愛想をつかされる』ってね。なんでもない、あのアホの谷口の言ったことなんて全然気にしないつもりだった…けど、あたしはその言葉が強く心に突き刺さったの。わがままなあたしをキョンは嫌っていやしないかって。そのことで頭がいっぱいになったわ。」
ハルヒはそういうと、深く息をついた。こんなことを言い出すのも、これが夢であると割り切っているからなのだろうか?
「ねえキョン、単刀直入に訊きたいの。あたしといて、SOS団にいて、あんたは楽しかった?あたしのこと嫌になったりしてない?あたしは楽しかった。けど、いつもこき使われて、奢らされてばかりいるあんたが本当に楽しいのか、満足しているのか、それを知りたいの。キョン、イエスかノーで答えて。あたしといて楽しかった?あたしのこと嫌ってない?」
 
ハルヒはずっとそのことで悩んでいたのか。恋愛感情を気の迷いや精神病と言い切ってしまうハルヒが、男の感情を忖度して、悶絶していただなんて、それではまるで恋に悩む女子高生じゃないか。すまん、例えになっていない。今のハルヒはまさしくその状態じゃないか。ハルヒは俺が嫌っていやしないかと不安に感じている。
それで、俺の答えはどうなんだ?ハルヒといて楽しかったのか?ハルヒのことが好きなのか?
 
当たり前だ。
 
何のために俺は去年の12月にあんな目に遭ったんだ。何のためにSOS団にいるんだ。
そうさ、いつからかは分からないが、いつしか俺はハルヒの笑顔すっかり惚れちまってたのさ。あの全てを照らすような明るい笑顔にぞっこんだったのさ。恥ずかしくてそんな事言えなかったけどな、俺はハルヒのことが大好きだ。だから今までSOS団にいて、雑用としてこき使われて、集合のたびに奢らされて、それでも日々が楽しかったんだ。
そのハルヒが、自分のことを嫌っていないか?と訊いている。それはつまり、裏返せば「あたしのことが好き?」っていうことだろ。なら俺の答えはひとつしかない。
「イエス、アットオールだ。ハルヒ。俺はお前がいてくれて、ものすごく楽しかった。もう出来すぎているくらいにな。ハルヒ、今まですまんかった。俺は自分の感情に気づいていたけど、それが片思いであることが怖かったのさ。だから今までお前に本当の気持ちを伝え切れなかった。でも、今なら言える。」
そう言い、ハルヒの肩をつかんで、正面に向かせた。こういうことは面と向かって言わないといけない。
「ハルヒ、お前のことが大好きだ。愛してる、と言ってもいい。俺はお前のとびきりの笑顔が、何よりも大好きなんだ。だからハルヒ、笑ってくれ。拍子抜けするほど明るいお前を見たい。」
客観的に見たら顔から火が出そうなまでの台詞だが、そんな事かまやしない。俺は前に目を据えて、そして紅潮しているハルヒの顔を見つめた。しばらく呆気にとられているようだったが、やがてやさしく微笑み、俺の胸によりかかり、
「遅いのよ、バカキョン。そういうことはもっと早く言いなさいよ。心配で心配でご飯も喉を通らなかったじゃないの。バカバカバカ。もう。」
そう言いながら俺の胸をぽかぽかと叩いてくるハルヒは、言葉では怒っているものの表情は嘘をついていなかった。
その表情は、これまで見たこともない位に可愛らしい笑顔だった。こういう表情もグッとくる。どういう表情をしても様になるからな。こいつは。ハルヒは顔を上げ、顔の距離を詰め、
「でも、ありがと、キョン。あたしもあんたが大好きよ。よく考えたらあたしがあんたなんかに嫌われるわけないわよね。こんなに美人なんだから。」
さっきまですごく殊勝な感じだったのに、いつものハルヒに戻っちまったのか?
でもそれでいいのさ。俺はいつも通りのハルヒが大好きだからな。
「キョン、あたしを恋人にするからにはちゃんと行動で示しなさいよ。そうね、とりあえず毎日早起きしてあたしの家の前まであたしを迎えに来て、一緒に登校しなさい。もちろん帰りもあたしの家の前まであたしを見送りなさい。それくらい当然だわ。なんたってこんな美少女と付き合えるのよ?感謝しなさい!」
一方的ですごく偉そうな命令だが、悪い気はしないね。
「ああ、約束するとも。それくらいお安い御用だ。」
「あたしもあんたに約束するわ。あたしも毎朝早起きして、あんたの分もお弁当をつくってあげるわ。こんないい男と付き合えるんだから当然よ。おいしすぎて腰を抜かすんじゃないわよ?」
そう言ってハルヒはいたずらっぽく笑った。いったいいくつ笑顔のレパートリーがあるんだろうな。
俺はハルヒの肩を寄せ、顔を近づけた。この場面ではもうお約束だろ?
「ハルヒ、俺はお前のことを愛している。これから何か悩み事があったら、なんでも俺に言ってくれ。独りで突っ張って意地を張っていてばかりじゃもたないぞ。もっと甘えてくれたっていいんだからな。」
「うん。あんたこそ、つらいときには遠慮なくあたしに言いなさいよ。解決するのが団長の務めなんだからね!」
そう言うと、ハルヒは目を閉じ、少しばかり唇を突き出した。俺もその無言の要求に応じ、唇を重ねた。
ハルヒの唇のやわらかな感触が心地よい。2度目のキスであるが、もうあのときのように後悔したりはしない。
俺もハルヒも、こうすることを望んで、そして口付けをしたからだ。ハルヒの肩に回したこの手をもう離したくないね。
どれ位そうしていたんだろうな。30秒か、或いは1分か。濃厚なキスを味わって、唇をそっと離したとき、刹那に体がグワンと揺れるような感覚に襲われ、俺の体は元の場所へと戻った。

H-3

しばらくキョンのやさしさに身を任せていた。あたしを包んでくれるキョンの優しさに、荒立っていた感情もだいぶ落ち着いてきて、涙も止まったみたい。やっと話せる状態になってきたわ。
「ハルヒ、落ち着いたか?」
キョンが優しく聞いてくれた。あたしは肯定する。
「ハルヒ、いったいどうしたんだ?お前がそんなに泣くなんて、よほどのことでもあったのか?
いや、全部言わなくてもいい。でも俺に相談できることなら何でも言ってくれ。俺はお前の味方だぞ。」
その言葉だけでも全財産を捧げてもいいくらい。キョンなら絶対にあたしを受け入れてくれる。でも、恥ずかしい。あったことをそのまま包み隠さず話すことは。だってあたしらしくないもの。独りめそめそと泣いているなんて。
でも、きっとこれは夢。だってありえないもの。ベッドで寝ていて、気がついたら学校にいるなんて。きっとあの時と同じ。
そう思うと、ようやく全部打ち明ける気になれた。
 
あたしはキョンに話した。掃除当番の時に谷口に仕事を押し付けたこと、谷口に言われたこと、不安で不安でしょうがなかったこと。
キョンは穏やかに頷きながら聞いてくれた。きっとキョンはあたしのことを嫌ってなんかいない。でも、はっきりさせておきたい。
「ねえキョン、単刀直入に訊きたいの。あたしといて、SOS団にいて、あんたは楽しかった?あたしのこと嫌になったりしてない?あたしは楽しかった。けど、いつもこき使われて、奢らされてばかりいるあんたが本当に楽しいのか、満足しているのか、それを知りたいの。キョン、イエスかノーで答えて。あたしといて楽しかった?あたしのこと嫌ってない?」
キョンはしばらく黙っていた。あたしは少し不安になる。
でも、キョンは穏やかに微笑んで、そしてあたしが望んでいた通りの返事をしてくれた。
「イエス、アットオールだ。ハルヒ。俺はお前がいてくれて、ものすごく楽しかった。もう出来すぎているくらいにな。ハルヒ、今まですまんかった。俺は自分の感情に気づいていたけど、それが片思いであることが怖かったのさ。だから今までお前に本当の気持ちを伝え切れなかった。でも、今なら言える。」
そう言うと、キョンはあたしの肩をつかんで、面と面を向かい合わせた。あたしは緊張した。きっとキョンも緊張している。
キョンは一瞬間をおいて、顔を少しずつ紅潮させながらこう言った。
「ハルヒ、お前のことが大好きだ。愛してる、と言ってもいい。俺はお前のとびきりの笑顔が、何よりも大好きなんだ。だからハルヒ、笑ってくれ。拍子抜けするほど明るいお前を見たい。」
うれしさで昇天しそうになった。キョンは顔を真っ赤にしている。そしてあたしも多分顔が赤いと思う。うれしくて照れくさい。
「遅いのよ、バカキョン。そういうことはもっと早く言いなさいよ。心配で心配でご飯も喉を通らなかったじゃないの。バカバカバカ。もう。」
口では怒っているけど、心はうれしくてどうにかなっちゃいそう。素直じゃない。でも、それがありのままのあたし。
あたしはうれしくて笑いながら、キョンにちゃんと返事をする。
「でも、ありがと、キョン。あたしもあんたが大好きよ。よく考えたらあたしがあんたなんかに嫌われるわけないわよね。こんなに美人なんだから。」
もう完全にいつものあたし。自分でも安心する。
「キョン、あたしを恋人にするからにはちゃんと行動で示しなさいよ。そうね、とりあえず毎日早起きしてあたしの家の前まであたしを迎えに来て、一緒に登校しなさい。もちろん帰りもあたしの家の前まであたしを見送りなさい。それくらい
当然だわ。なんたってこんな美少女と付き合えるのよ?感謝しなさい!」
本当に感謝しなきゃいけないのはあたしのほうだけど、キョンはとてもうれしそうだった。当然、肯定してくれた。
その代わり、あたしもキョンのために毎日お弁当を作ってあげることを約束した。キョンのため、というよりもあたしのため。
キョンのために何かをしている、ってことをちゃんと形で示したいから。
 
「ハルヒ、俺はお前のことを愛している。これから何か悩み事があったら、なんでも俺に言ってくれ。独りで突っ張って意地を張っていてばかりじゃもたないぞ。もっと甘えてくれたっていいんだからな。」
「うん。あんたこそ、つらいときには遠慮なくあたしに言いなさいよ。解決するのが団長の務めなんだからね!」
お互いを思いあう心、それは何も包み隠さずに話し合えること。きっとキョンとならそうできる。
あたしはキョンに身をゆだねて、目を閉じ、唇を突き出した。キョンがどういう表情をしていたのかは知らないけれども、キョンの唇が重ねられて、濃厚なキスをした。
2回目のキス。1回目は夢の中。この2回目も夢の中なのかな…?
けどそんな事は大事じゃない。確信を持って言える、たとえこれが夢だったとしても、気持ちが通じ合えたって…長いキスだった。どれくらいそうしていたのかは分からないけれども、お互いに満足して唇を話した瞬間に…あたしの体はまた下に落ちるような感覚に襲われた…
 

K-4

目を開けると、そこは紛れもなく俺の部屋だった。時刻は午前5時半。いつもならまだ起きるまでに1時間半くらいある。
しかし、このまま寝ても寝付けそうにない。いつかのような夢、なのか…?これは。
唇に残る湿った感触。手に感じるぬくもり。間違いない。夢なんかじゃない。ほかならぬ現実だろう。
俺は猛烈な渇きを感じ、キッチンへと向かった。麦茶を注いで飲もうとしたその時、テレビの電源が勝手についた。
 
YUKI.N>みえてる?
いつかのパソコンの画面と同じことがテレビで起きていた。こいつはパソコンでもテレビでもお構いなしに情報を送れるのか。
黒い画面に無骨な文字が紡がれていく。
YUKI.N>あなたと涼宮ハルヒは、寝室と部室との間を小刻みに瞬間移動していた。
どうやらモノローグだけで俺が見ていることを分かったらしい。つまり…俺の思考は長門に筒抜けなのか?それはさておき。
どういうことだ?俺とハルヒは小刻みに瞬間移動していた?いったいなぜ?
YUKI.N>涼宮ハルヒはあなたと対話することを望んだ。だからあなたと自身の体を超高頻度瞬間性物質移動させた。
どれくらいの頻度なんだ?その瞬間性物質移動とやらは。
YUKI.N>あなたと涼宮ハルヒが部室にいた約30分の間に、およそ6億3257万回の瞬間移動が観測された。
途方もないことを言い出した。俺がハルヒと愛の語らいをしているとき、俺とハルヒの体は6億回も行ったり来たりしていたのか?
YUKI.N>瞬間移動場所のうち、すなわち部室と寝室において、前者では覚醒状態であるのに対し、後者はノンレム睡眠下にあったため、前者の記憶しかなく、また、人間の脳で観測できる頻度を超えているので、前者の状況がなめらかに続いているように錯覚した。
 
俺は唖然とした。まさかあの時間にそんな途方もないことがあったとは知らなかった。というか想像も出来なかった。
しかし、長門の言うことなら間違いないのだろう。俺はハルヒの異能の力により、6億回の瞬間移動をしたのか。
ハルヒがそう望んだから、か。つまりそれは、ベタな言葉を借りれば「愛のなせる業」ということなんだろうか。
 
YUKI.N>そのような見解も、あながち間違いではない。
 
そこから先は、長門による分子レベルにおけるテレポーテーションの実現可能性やら、人間が1キロメートルの距離を瞬間移動
するのに必要なエネルギー量の試算やら、つまりよくわからん理屈が続き、最後に長門が記した言葉が
 
YUKI.N>Good luck...
 
だった。
それで十分だ。きっとハルヒは、一度交わした約束を破ったり、ましてや忘れたりはしない。
だったら、それに応えてやるのが俺の務めだろう。時刻は今午前6時。少々早いが…今日はこれくらいがちょうどいいだろう。
弁当を作るために起きてきたお袋に今日は弁当はいらない旨を告げると、にやりと笑いながら
「幸せにね。」
と言ってきた。どうも俺の周りの女は無駄に勘が鋭い。
俺が先に起きていることに好奇の目を向けてくる妹と、やたらとうれしそうに笑う母親を背に、俺はいつもよりだいぶ早くに家を出た。まず向かうのは学校ではない。ハルヒの家だ。早朝のさわやかな空気が快い。
しばらく歩いてハルヒの家の前に着くと、ちょうどその数秒後にハルヒが玄関から出てきた。思わず微笑んでしまうね。
「よう。無性にお前に会いたくなって迎えに来たんだぜ。」
ハルヒは快活な笑みを向け、元気に駆け寄ってきた。手には通学鞄と、もうひとつ風呂敷包みがある。
「団員なんだから当然の務めでしょ?」
そう言いながら、ハルヒは極上の笑みを浮かべ、腕を組んできた。その笑顔にまたクラッとくる。
どちらからともなく手をつなぎ、ゆっくりと歩き出した。頭ひとつ低いハルヒから、清潔なシャンプーの香りが流れてくる。
 
「さ、行くぞ。」
俺から手を引いて歩調を上げた。今から登校すると、始業の40分くらい前に着くことになるだろう。しかし、そんなのはかまわない。
二人きりの教室で、またちゃんと想いを伝えようと思っている。
緑の山並みに朝日が映え、幻想的な風景が俺たちを祝福してくれているようだった。
ハルヒの手のぬくもりを感じながら、俺はこの一回り小さな手を一生守ってやると心に誓った。

H-4

あたしは目が醒めた。あの時以来のリアルな夢。キョンの愛と優しさに包まれた、すごく幸せな夢。
夢だと思う。理性はそういうけれども、感情はそれを否定する。夢なんかで終わってほしくないから。キョンにもう一度ああいうことを言ってほしいから。
だとしたら、あたしが出来ることは一つだけ。キョンのためにお弁当を作る。
今時刻は5時半。今からはじめればちょうどいいくらいね。腕によりをかけたあたしの特製弁当。キョンにあっと言わせるような物をつくらないと。
まだ薄暗い中、キッチンに向かう。あらかたの食材は揃っているみたいね。まずは何を作るか考える。
前にキョンのお弁当を盗み食いしたときの中身を思い出す。きっとそれがキョンが好きな食べ物、キョンが好きな味。
あんな行儀の悪いことでも役に立つのね。その詳細を出来る限り思い出す。
 
そこからは一心不乱に作った。1時間以上もかかったけれども、自分でもびっくりするくらいに充実したお弁当ができたわ。
きっとキョンも喜んでくれるはず。だってあたしが作ったんだもん。あたしは舞い上がって身支度を済ませると、いつもよりずいぶん早く玄関を出た。
そこには…
 
キョンがいた。約束通り。
「よう。無性にお前に会いたくなって迎えに来たんだぜ。」
すがすがしく笑うキョンを見て、あたしもうれしくなった。キョンに向かって笑いながら駆け寄る。
「団員なんだから当然の務めでしょ?」
あたしも笑い返してあげた。そして、キョンの腕に自分の腕を絡めた。キョンの肩に頭を寄せる。
どちらからともなく手をつないで、ゆっくりと歩き出した。いつもの3分の1くらいの速さ。でもそれが大きな安心感をくれる。
キョンのぬくもりが感じられて、思わずうっとりとしてしまう。
 
「さ、行くぞ。」
キョンはそう言って歩調を速めた。今から登校すると、始業よりずいぶん前につくことになる。でも、それがいい。
二人きりの教室で、もう一度想いを伝え合いたい。もう一度あのうれしさがほしい。
あたしのより一回り大きなキョンの手のぬくもりを感じながら、前を見ると緑の山に朝日が映えてすごくきれいだった。
きっとあたしたちを祝福している。キョンの肩に頭を寄せながら、このキョンと一生歩んでいくことを誓った。
 
<終わり>