62-785 無題

Last-modified: 2007-09-30 (日) 00:45:32

概要

作品名作者発表日保管日
無題(ホスト部)62-785氏07/09/2907/09/30

作品

さて、残暑去りえぬ今日この頃、皆様どうお過ごしいただいているだろうか。

読書の秋、というぐらいだ。書物を読破することに精を出す人もいるだろうし、勤勉なる学生――なんてものを放棄してボードゲームに明け暮れる人もいるだろう。
庇護欲をそそらせる愛くるしいお姿でお茶汲みに勤しむ人もいるかもしれない。
残暑よろしく頭の中までいい感じに絶賛大暴走中の人もいるだろうしな。
 
「ちょっとキョン!お茶!」
 
別に誰かに流されるのは嫌いではないが、ここまで振り回される生活もどうかと思う。
 
「わかったから、ちょっと落ち着け」
 
ふぅ、と軽いため息を殺しながら、俺はハルヒの湯のみにお茶を注ぐ。
 
 
 
 
なんで俺がハルヒにお茶を淹れているかって?
そんなものはなんでか不機嫌全開の団長様にでも聞いてくれ――
 
 
 
なんて言っても状況が変わるわけでもない。
ちょっと順を追って整理してみようか。
 
 
なんてことのない放課後。
はたして目に見えない原子や分子なんぞの性能やら反応やらを知ったところで俺の人生の一体どこで活用されるのだろうか、などといつものように人生と教育の進行方向のずれに深く遺憾を覚えながら、俺はこれまたいつものようにパソコン、ボードゲーム、コスプレ衣装に冷蔵庫、はたまたストーブやら給湯道具一式まで揃っている素晴らしき文芸部室に向かっている。
・・・慣れ、というか、習慣、ってのは怖いね。すでにこの部室に違和感がない。
文芸部室だよな、たしか?
 
コンコン、とノックをする。
もうかれこれ2年近くたっているのに未だ施錠スキルを習得していただけない先輩のために。最近は受験勉強とやらでやや出席率が低下気味ではあるがな。
「どうぞ」
テンションが下がる声が返ってきた。受験ってやだね。
今日もあの見目麗しいお姿を拝見できないのか、なんて軽くテンションを下げながら中に入る。もう帰ろうかな。
「と、いるじゃないですか。こんにちは朝比奈さん。」
嬉しい誤算だ。メイド服でないのは少し残念だが。
「それに鶴屋さんも。めずらしいですね。」
「あっはっはー。おつかれさまっさ、キョン君」
「あ、こんにちは。キョン君」
北校の誇る美女2人に笑顔で挨拶されました。
今日はもう満足だ。帰ろう。
「来て早々踵を返すのはいささか無礼にあたると思いませんか?」
だまれ古泉。冗談にきまっているだろう。いなかったら帰ってたかもしれんがな。
 
 
さて、もはや定位置とも言える自分専用に等しいパイプイスに腰掛けようとすると、長机になにやら平積みされたものがある。
・・・マンガに見えるのは気のせいか?しかも少女マンガか?
「ちょっとした息抜きっさ。勉強ばっかりでも効率が悪いからね!」
あぁ、鶴屋さんの所有物ですか。
いぇマンガがあったところでなんの問題もありませんよ。息抜きは大事ですよね。
えぇ、マンガがあることなんて全然普通ですよ。
だけど。だけどね。
 
 
 
 
 
 
長門も読むのか。
 
「この種類の本は情景描写が視覚情報として知覚できる。制作者と読者間の意図の伝播に齟齬が発生しにくい。共通認識が可能、情報伝達処理向上のための手法の一つ。」
ユニーク、と一言。
いや、別に長門が読んじゃいけないなんてことはありえないんだが。
ただちょっとイメージと違ったから驚いただけだ。気にしないでくれ。
にしてもやけに熱く語られてしまった。表情は変わらんが。マンガも侮れん。
「・・・そう」
さてさて、鶴屋さん・朝比奈さん・長門の3人がマンガに読みふけっている。
となれば俺がすることなどひとつだろう。
「1戦、いかがです?」
 
気晴らしにぼっこぼこにしてやるよ。
 
 
黒白番地奪い合いゲーム ―まぁただのオセロだが― はまだ黒が優勢のはずだ。序盤だってのに4角が全部黒なら、黒の方が有利だろ?
さぁて、接待オセロの気分ももうやめだ。頭の中まで真っ白にしてやる。
 
「涼宮さんとご一緒ではなかったのですか?」
しかしまぁ毎度毎度同じ質問をするもんだ。飽きないもんかね。
ちなみに団長様なら進路相談で呼び出され中だ。
なんでも進路希望を白紙で提出したらしい。
嘘でもなにか書いておけばいいものを。
「フフ、進学も就職もイヤ、ということですかね?」
ニヤケ顔当社比2割増し。うざい。
つか、進学も就職もしないなんざ、フリーターにでもなるつもりか。
「いえいえ、もうひとつ立派な職業があるじゃないですか」
就職しない職業なんざなかろうて。
「家事手伝いですよ。誰か専用の、ね」
なんだそりゃ。将来の夢はお嫁さんですとでもいうつもりか。
「ええ、まさに。」
アホか。どこの小学生だ。
「おや、結構本気ですよ?」
はいはい。ソレハヨカッタデスネー。
本気でも正気とは思えんな。たかが進路希望を白紙で出したぐらいで。
だからそんなとってつけたような裏付けもスルーだ。
説明もいらんぞ、聞かんから。
 
 
あぁ、ここまでは比較的普通だったんだよな。ここまでは。
いつもと違うのは鶴屋さんがいるぐらいで。朝比奈さんはなにかちょこちょこやって、長門は本を読んで、俺と古泉は実のない話とゲームで暇を潰す。
いつもと大して変わらん日常のワンシーンだ。もう一度言おう、ここまでは。
 
「みんなそろってるー!!」
ドアは蹴ってあけるものじゃないと何度言えばわかるだろうかね、この人は。
「結果が同じなら過程なんて気にしないのよ。」
いや、気にしろよ。いずれ結果が同じじゃなくなるぞ。
「あら、鶴屋さんもいるの。めずらしいわね。」
「おじゃましてるよ!ハルにゃん」
俺のツッコミはスルーか。ムシか。
「と、みんな何読んでんの?」
まぁ、当然気がつくわな。目の前に平積みされてるんだし。
鶴屋さん、朝比奈さん、長門までもが同じ背表紙のモノを持ってたら、ねぇ。
「受験勉強の息抜きに鶴屋さんオススメのマンガをお借りしているんですよ」
「ふーん、おもしろいの?どんな内容?」
 
 
思えば、ここが最後の分岐点だったのかもしれない。
ここでハルヒの興味を削げることが出来ていれば、もしくはもっと早い段階で俺が帰っていれば俺はトチ狂うこともなかったのではないだろうか。
まぁ、この時点では気付けるはずもないが。後悔とはつくづく過去を悔いることである。
 
 
「おもしろいですよ。えっとぉ、主人公は女性なんですけど、入学した学校では男性のふりして生活してて、貧乏だけどお金持ちの学校に入学しちゃってぇ、えっとえっと・・・」
一から説明しなくていいんですよ、朝比奈さん。
あぁ、そんなあなたも微笑ましい。
受験生としてはヤバイ気もするが。
「なんかよくわかんないわね。タイトルとかでバンッ!と内容分かるようにならないのかしら。」
無茶を言うな。タイトルだけで中身が分かるなんざ絵本でもありゃしねぇよ。
「えっと、タイトルは・・・さくららん?高校ホスト部?」
・・・たしかにそんな名前の花もありますが。仮にも高校の名称にそんな語呂の悪い名前にはしないと思いますよ。いやあってるのかもしれませんけどね。どうせ架空設定だし。
「ふーん、ホスト部ねぇ?」
と、今まで使っていたおもちゃに飽き飽きしていたけどなんだか新しい遊び方を見つけてウキウキしだした子供のような新規大発見やっぱりアタシって天才かしらといわんばかりの笑みを浮かべやがった。
できればその不敵な笑みをやめていただけると俺の心も休まるのだが。
「というわけで、キョン。アンタ今からホストやりなさい。」
 
さて、今の会話のどこに「というわけで」にあたる部分があったでしょうか。
40字以内で抜き出せ。
 
捏造は認めんぞ!
 
 
「なんで俺がそんなことせにゃならんのだ。」
「うっさい岡部にグダグダと長話させられてうんざりしてんのよ。」
「知るか。自業自得だろうが。」
「何よ!せっかく名誉顧問にまでご足労頂いてるのよ。たまには日ごろの感謝の意を表しなさい!」
「断る。そんなものは古泉にでもやらせればいいだろ。」
むしろ労って欲しいのは俺のほうだ。
「あら、もちろん古泉君にもやってもらうわよ。いいわよね?古泉君」
「ご期待に添えるかどうかは分かりませんが。」
ニヤニヤとまぁ表情を崩さずにYesマンめ。忌々しい。
「古泉ならまだ似合うかも知れんが、俺がやっても滑稽なだけだろうが」
悔しいがヤツは顔はいいからな。薄ら寒いセリフも似合いそうなもんだ。
俺みたいな平々凡々な人間がそんなセリフを吐こうものなら、薄ら寒い通り越して残暑ひっくり返すぐらい白けるだけだろうが。
よくて笑い話にしかならん。
「人を笑わすって大事なことよ?」
 
 
ハナからそっちが目的かこの外道め――――
 
 
「じゃあくじ引きで決めましょ。印無しが古泉君、印付きがキョン担当ね」
 
ハルヒの手には4本のくじが握られている。
もうそろそろ俺にも拒否権が認められるべきじゃないのか?
なにが楽しくて笑われるために身を削らねばならんのだ。そんなものは去年のクリスマスパーティだけでこりごりだっつーに。
いやまだ何かとお世話になってる長門や朝比奈さんや鶴屋さん、つまるところハルヒ以外なら感謝の意を示すことも吝かではないんだが。
「あら、アタシと有希がキョン?」
これだよ。ちっくしょうインチキパワーめ。
そんなに俺を笑いものにしたいのか。
「・・・情報操作は得意・・・」
ちょ、長門!? お前なのか!?
「・・・なんでもない」
な、長門?  長門さーん??
「何?」
と、なんというかこう普段大人しい可愛い彼女がほんちょっぴりわがまま言ってみましたでもやっぱりダメなの?的なそんな目で見られたら何も言えないって。彼女ではないが。
「そうそう、どっちか一人でも満足させられなかったら罰ゲームだから。」
そしてお前はちょっとまて。なんだそれは。
「手を抜こうなんて甘い考えは許さないわ。せいぜい頑張りなさい。」
 
鬼畜がぁ!
 
 
くそ、何の因果かこうしてホストまがいのことをやる羽目になった俺(+古泉)なわけだが。
長机の対面には古泉を挟むように朝比奈さんと鶴屋さんが座り、はたまた俺の両脇には長門とハルヒが座している。
「あっははは!古泉くんは口がうまいねぇ!」
「そんなことはありませんよ。本心を言ったまでです。」
「ホラ、みくるもこんなによろこんでるっさ!」
「あ、え、えと、お世辞でもうれしいです。」
「あぁ、残念ながら僕、嘘をつくのは苦手なんですよ。」
「朝比奈さんや、鶴屋さんの前では特に、ね。」
「美女と話すのに、高揚を抑えて冷静に嘘をつける男性がいるわけないでしょう?」
そっと手を重ねウインクしながら話していらっしゃいますね古泉さん。
ノリノリで結構。
あぁ、顔がいいとなんかありきたりっぽいセリフでも栄えるね。
ほーら、二人とも楽しそうだ。
 
それにくらべてこっちは・・・
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
長門はまだしも、ハルヒまで沈黙とは。
しかもなんかイライラしてませんか、ハルヒさん。
あさっての方向向いてるし。
やらせてるのはお前なんだがな。
 
いや、俺にこんなことをやらせること自体ムリなのは分かっていたが。
こうも古泉側がノリノリだとなんだかハルヒと長門に悪い気がしてくるね。
うむ、貧困なボキャブラリーが恨めしい。
ハルヒはともかく長門には世話になっているのになにもできんとは。
 
「あー・・・まぁ茶でも飲んでくれ」
 
さて、どうしようかね。
 
「・・・貴方は」
意外にも、沈黙を破ったのは長門だった。
痺れを切らしたのかもしれんが。
「涼宮ハルヒだけを下の名前で呼ぶ。なぜ?」
なぜ、といわれてもなぁ。気がついたら下の名前で呼んでたからな。
まぁ「涼宮」より「ハルヒ」の方が短いからじゃないか?
「呼称の長短ならば私や朝比奈みくるもまた下の名前で呼ぶべき」
む、まぁそうだが朝比奈さんは一応上級生だしな。
長門は・・・まぁかまわんかも知れんが。
なんだ、下の名前で呼んで欲しいのか?
 
コクリ、と5ミリ程のうなずき。とても強い意思表示が見られました。
「冗談のつもりだったんだが。・・・あー、ゆ、有希」
どうやら満足いただけたらしい。ほんのり表情にそんな雰囲気が漂う。
俺以外にはわからんと思うが。しかし改まって名前を言うってのは案外照れるもんだな。
「あーやだやだ、鼻の下のばしちゃって。エロキョンが!」
なんだエロキョンて。甚だ不本意なあだ名で呼ぶな。
つか鼻の下なんてのばしてねぇしそもそもお前そっぽ向いてる上に俺は長門のほう向いてるんだから見えるわけねぇだろ。
「ふん、アンタの顔なんて見なくてもわかるわよ」
言うじゃねぇかこのヤロウ。
 
――――後述になるが、この時の俺はちょっと長門の反応が嬉しかったのと古泉側の雰囲気にあてられたのとなんだか知らない不思議パワーがいっぱい降り注いだに違いない。いやきっとそうだって。
じゃなきゃ、俺がこんな行動とるはずないだろう?
 
 
「こっち向けよ、ハルヒ」
「ふん、エロキョンに見せる顔なんてないわね」
たいそうご立腹のご様子。なんだ、構ってもらえないのがそんなに寂しいのか。
「な、誰がアンタなんかに―――」
と、ようやくこちらに振り向く。止まらん割に扱いやすいやつだ。
で、だ。何をトチ狂ったか俺はコッチむいたハルヒの顔を両手でそっと押さえて、
 
「ほら、お前の顔を見れないと俺が寂しいだろ?」
 
なんてことをほざきだしやがった。
なんだ。これは俺か。本当に俺なのか。誰か乗り移ってるんじゃないのか。
朝比奈さん、禁則事項なんてどうでもいいですから今すぐ30分前の俺を殺しに行ってください。
どうみても俺だよちくしょう。なんか吹っ切れたんだよ悪いかあぁもう首吊りてぇ。
「ちょ、キョン・・・」
それみろハルヒも顔真っ赤にして呆れてモノも言えんではな・・・・・・真っ赤?
はてはて、よく見るとどうやら呆れた表情ではないようだ。
そっと押さえている顔は熱をおび、どこを見ていいのか分からないのか視線は定まらない。
なんだ、ひょっとして。
「照れてるのか?」
ミゾオチを殴られました。
暴力反対。痛い。
「うっさいバカ!」
 
俺が悶絶していると。
ターンという小気味いい、湯飲みで机を叩く音。
「・・・おかわり」
長門さんもご立腹?なんで?
つか、ちょっとまっ
「おかわり」
・・・ハイ。なんだろう、今日の俺は厄日か。
カムバック俺の倦怠ライフ。
「ほら、長門」
「有希」
「なが」
「有希」
「・・・有希、お茶だ。」
意外に頑固だった。
ハルヒといい長門といいそして何より俺といいなにか今日はおかしいようだ。
今のところ実害はミゾオチクラッシュした俺だけだが。
 
「私にも」
え?
「私にも涼宮ハルヒに言ったようなセリフを希望する。」
・・・どうした長門そんな首を傾げて下から覗き込んでくるなんてあぁもう反則じゃねぇか。
 
完全に吹っ切れました。今日は厄日決定。
 
 
「わがままな有希、ってのも珍しいな。」
「・・・ダメ?」
「ダメなわけあるか。逆に嬉しいんだよ。お前の意外な一面を見れて。」
「・・・そう」
「そうだ。もっと感情だしていいんだぞ。俺にしかお前の表情がわからない、ってんじゃもったいないだろ。せっかく可愛いんだから。」
「あぁでも、俺だけの特典ってのもいいか。」
 
「・・・・・・・・・・・・そう」
 
うむ、長門もいい感じに照れてるようだ。
顔はこっちを向いているのに目線だけ外したしな。
そして俺も絶賛大暴走中。ははは、もうどうにでもなれ。
 
 
 
そして再びターンという小気味いい、湯飲みで机を叩く音。
「ちょっとキョン!お茶!」
別に誰かに流されるのは嫌いではないが、ここまで振り回される生活もどうかと思う。
「わかったから、ちょっと落ち着け」
ふぅ、と軽いため息を殺しながら、俺はハルヒの湯のみにお茶を注ぐ。
 
あぁ、いいさ。今日はとことんお前らに振り回されてやろうじゃねぇか。
 
「ほらハルヒ、お茶だ」
「ふんっ。まずいお茶ね!お茶汲みぐらいもっと上手にやりなさいよ!」
「・・・少しぐらいは許して欲しいもんだがな。」
「見惚れるぐらいの美人に淹れてるんだ。少しぐらい手元が狂っても、
仕方ないだろ」
「・・・ふんっ」
 
いよいよハルヒもこっちを見なくなってきた。
「俺も今のお前の顔なら見なくてもわかりそうだ」
「照れてるハルヒってのも、見てみたいもんだが」
「こっち、向いてくれないか」
と言うと意外にも素直にハルヒはこっちを向いた。
唇はフルフルと震え、潤んで瞳は今にも感情を爆発させそうだ。顔は当然のように紅潮し言葉を発せないためか目で雄弁に語ろうと睨みつけてくる。
 
思った以上に可愛らしいその表情に、俺は思わず「くくっ」と笑ってしまった。
 
「・・・・・・っ」
 
あぁ、いかん、ハルヒが泣きそうだ。
「すまんすまん、俺の想像のはるか上を行ってたもんでな」
「想像なんかより、やっぱり本物の表情のほうが何倍もいいな」
「~~~っ」
 
いや、面白い。喋らないのに表情がコロコロと変わるし、そのたびにコイツがどう思っているのかが手に取るようにわかる。
初めて俺、優位?

もう少しこの百面相を観察していたかったが。
再びターンという小気味いい、湯飲みで机を叩く音。
なんだろうか、交代の合図か何かになってないか?
 
「お茶」
ハイハイ、少々お待ちください、お姫様。
「貴方はもっと感情をだしていいといった。」
「しかし私にはどうすればいいかわからない。」
「具体的な表現を希望する。」
具体的な表現、ね。そうだな・・・
「定番だが、微笑んでみるってのはどうだ?」
こうにっこりと口の端を上げてだな。ちょっとこう目やら頬を緩める感じで。
 
「こう?」
 
ニコッという効果音が今にも聞こえてきそうだ。
・・・・・・なんだろうか、いつぞやの長門世界改変俺取り残され事件のときに期せずして長門の微笑み姿を見たんだが、見たはずなんだが。
 
なんだこの破壊力の差は・・・!!
 
抜群です長門さん!正直堪りません!
あぁ、ごめんなさい朝比奈さん。見るもの全てを恋に落としそうな笑顔は、貴女だけじゃなかったようです。どちらかというとコッチの方が俺好み。
・・・すまん、妄言だ。
 
あぁ、この笑顔をみれたのなら今日のイベントには感謝せねばなるまい。
ありがとうハルヒ。今日だけはお前に感謝してやる。俺も吹っ切れた甲斐があったというものだ。
 
そんな俺の嗜好回路を見抜いたのか。
再びターンという小気味いい、湯飲みで机を叩く音。
ハルヒよ、もう少し見つめさせてくれてもいいんじゃないか?
 
「有希ばっか見てんじゃないわよ!」
なんだそりゃ。構ってもらえないからって駄々っ子かお前。
「う、うるさいわね!平等にしなさいよ!」
「別に今ぐらい長門を見ててもいいだろうが。それでなくとも俺はいつもお前を見ているんだからな。」
誰がお前のお守りをしていると思っていやがる。
「なっ、どういう意味よそれ・・・」
「どういう意味もなにもそのままの意味だろうが。お前がいないと何してんのか不安になるし、お前がいても笑ってないと不安なんだよ」
なに企んでんのかわからんし、なにやらされるのかヒヤヒヤしっぱなしだ。
「せめて見張ってないと、俺の心臓が持たん」
 
はて、ハルヒが絶句してうつむいてしまった。
どうしろというんだ一体。
 
 
 
「お~~~~~っと、いけないもうこんな時間っさ!」
と、鶴屋さんが突然思い出したかのように叫んだ。
「悪いけどあたしとみくるはこれから勉強会っさ。楽しかったよ、ありがとっ」
台風のような人である。朝比奈さんを連れてそそくさと出て行ってしまった。
ひゃぁぁぁぁぁ・・・という声が徐々に遠くなっていく。
そうか、これがドップラー効果!
 
あぁ、ちなみに、
「古泉くんのがんばりを認めたいけどねっ、最後のほうで有希っこばかり気にしてたから減点!罰ゲームはハルにゃんにまかせるよっ」
最高です鶴屋さん。
「いやいや、なんとも手厳しい。僕にはちょっと荷が重すぎたようです。」
それでも表情を変えないこいつが腹立たしい。
 
で、だ。
さてさてハルヒさん、俺の判定はどうなっているんでしょうかね?
相変わらずそっぽ向いてないでいい加減こっち向け。
「ふんっ、アンタの努力に免じて及第点をあげるわよっ」
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おお!
今、俺は、勝利を、確信しているっ!いや、なにに勝ったかは分からんが。
一体何が起きたのかは分からんがハルヒを満足させることができたようだ。
これはあれか。古泉あたりに1食たかれるぐらいの功績ではなかろうか。
あぁ、初めて俺以外のやつが罰ゲームに振り回される日が来るなんて・・・!
今日の行動全てが罰ゲームな気がしないでもないが、気にするまい。
思わず歓喜に打ちひしがれそうだ。
 
 
 
「私は満足していない」
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日はお前に振り回されてばかりだよ、長門。
 
さぁて、その後のことを少し話そうか。
 
あのホスト騒動が終わってから、なんだかハルヒはそわそわして落ち着かない。
さらにちょくちょくこっちを見るもんだからよく視線が合う。まぁ視線が合ってもすぐに逸らすんだが。何がしたいのかわからん。俺なんぞ見てもなにもせんとゆーのに。
ときどき「はやく言いなさいよ!」なんて胸倉をつかんで来るんだが、俺に一体何を言えというんだ。
よくわからんからまた今度といってはぐらかしているが。
時を見て問い詰めねばならんな。奇怪な行動ももう少し分かりやすくしてくれるとありがたいもんだ。
 
ちなみに長門から俺に言い渡された罰ゲームだが、それはもう散々なものだった。
「のべ7日間、文芸部室内ではホスト役を徹すること。」
つまり、だ。あの騒動を延長しろと。ちなみに古泉も同じ罰ゲームをやらされた。
 
蛇足だが、文芸部室に入室した瞬間から普通のテンションで会話できるのが古泉だけ、さらにアイツも同じ苦労を背負っているためか、俺たちは急速に仲を縮めた。おお心の友よ。
だがそれ以上近づいて話しかけてきたら遠慮なく殴る。
 
・・・慣れ、というか、習慣、ってのは怖いね。最後の2日間ぐらいはもう羞恥心なんてあんまり感じなかった。
 
 
 
 
 
 
うっかり教室でハルヒに部室内と同じように接してしまったときはマジで死のうと思った。
【了】