The finest time (97-807)

Last-modified: 2008-09-10 (水) 08:57:50

概要

作品名作者発表日保管日
The finest time97-807氏08/09/0908/09/09

作品

 雲一つない青空が広がる、穏やかな昼間のひと時。
 陽射しはそれなりにあるものの、湿度もあまりなく、時折吹き抜ける風が心地よい。
 しかも、本日は学校説明会だとかの準備の都合で、午後の授業はなし。
 いわゆる半ドン――これってもう死語なのかね――ってなわけなのだ、が。
 
 とっとと帰宅するでもなければ、旧館の文芸部室で無為な時間を過ごすのでもなく、何故か俺はひと気のない五組の教室に居残って、憂鬱極まりない英語の課題と格闘しているのだった。
 
 と言っても一人で、というわけでもない。
 
 何故か物好きな団長様が俺の居残りにお付き合いくださり、さっきから色々と「ああ、違う!」だの、「そうじゃないでしょ? あんたって、何で同じ間違い繰り返しちゃうのかしら」なんて罵声を張り上げているところだ。
 
 まあ、なんだかんだで解らない部分を教えてもらえるということには違いないので、ハルヒには素直に感謝しておこう。
 
 人間、謙虚さを忘れないことが肝心なのさ。
 
「ちょっとキョン、今あんたなにか言った?」
「いいや、何も言っとらん」
 
「はあ……それにしても、外はこんなにいい天気なんだし、何であたしってこんなところにいるのかしら?」
 盛大に溜息を吐くと共にハルヒは愚痴っぽくこぼした。
 いや、そんなに退屈なら無理に俺に付き合うこともないだろうに。
「だって……つまんないんだもん! ……その……」
 何故かハルヒの台詞はフェードアウトしていき、まるで池の金魚か鯉みたいに口だけパクパクさせていたのだった。
 まあ、俺には読唇術なんてものはないので、何を言っているのかは全く解らん。
 
 それにしても、何でまたこんな目に遭わなければならんのだ?
「そもそも、あんたが英語の小テストでちゃんと合格点取れないのがいけないんじゃないの」
 ハルヒの言うことはごもっともだ。
 だが、不合格だからって更にこう課題を追加されたところで、やる気とかモチベーションなんてのは、増大するどころか俺の中からすっかり消失してしまうってモンだぜ。
「文句はいいからちゃっちゃと終わらせるの! ほら、そんな英訳にどんだけ時間掛かってるの、このアホキョン」
 そう言ってペシペシ頭を叩くのは止めてくれ。脳がダメージを受けて、俺コンピュータが暴走したらどうしてくれる?
「コンピュータならそんなのすぐに解けるでしょ? 御託はいいから早くやんなさい!」
 へいへい。俺が悪うござんした。
 
 
「しかし解せんな。何で "alone" なのに "with you" なんてのがすぐ後ろに付くんだ? 『一人』のはずなのに一緒に誰かいるだなんて矛盾してないか、これ?」
 俺の疑問などは、さも基本中の基本よ、とでも言いたげな様子でハルヒはさらりと解答する。
「あら、 "alone" には『~だけ』って意味もあるじゃないの。要するにコレは『あたしとあんたの二人だけ』ってことなんでしょ」
 なるほどね……ああ、ということは、この "two" ってのは、ただの『2』ってことじゃなくて『俺とお前の二人』っていう意味になるのか?
「そういうことになるわね。まあ、キョンにしては自分で気が付いただけでも偉いんじゃない。ちょっとだけ褒めてあげてもいいわよ」
 それだと褒められている、と言うよりはバカにされているような気がするのは何故なんだろうな。
「素直に喜びなさいよ、このバカキョン」
「やかましい! えーと、つまりこの "We'll make this a world for two." ってのは、二人だけの世界を作ろう、ってことでいいのか?」
「えっ? え、ええ……そうよね……うん……」
 
 突然ハルヒはまるで何やら動揺したかのように声を引っ繰り返らせたかと思うと、また言葉を濁すかのようにモゴモゴと口篭ってしまった。
 
 その反応を見て、俺もハルヒが考えていることを、何となくだが理解してしまった。
 
「………」
「………」
 二人分の沈黙。何故か俺とハルヒはお互いに見詰め合ってしまっていたのだった。
 
 そう、『二人きりの世界』。
 
 ハルヒはあの五月の終わりの――俺とハルヒの二人きりの――閉鎖空間のことを思い出したに違いないのだ。
 
 ああ、ハルヒは夢だと思っているって言ってはいた。ただ、夢なら夢で、何故ハルヒは俺を引っ張り込んだのか? その答えなんてきっとハルヒ自身にも解っていないのだろうし、無論この俺にそれが解るわけもない。
 
 いや、たった一つだけ解ることがある。最終的にハルヒが選んだ世界、それは……。
 
「なあハルヒ」
「……なによキョン?」
「"two" なんてケチくさいこと言わずに、最低でも "five" ぐらいにはしたいところだよな、『しばらくの間』は」
 ハルヒは一瞬の間だけキョトンとした表情を見せた――それは今思えばかなりのレア顔だったのかもしれない――のだが、すぐに満面の笑みを湛えると、バシバシと俺の肩をどやしつけてきた。
「そ、そうよね、キョン。『しばらくの間』はその通りなんだもんね。や、やっぱ、SOS団は五人揃ってないとダメなんだし。……ほら、さっさと終わらせて提出したら、すぐに部室に行くんだから、急ぎなさいよ!」
 そのとき、出入り口の辺りでガタガタと物音がしたかと思いきや、「ふえっ、わひゃ~」と、可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。
 
 ちょっとの間をおいて、何かを相談するかのような話し声の後に、ゆっくりと戸が開く。
 
 そして――相変わらずの無表情な長門に、何処か苦笑した感じの古泉、とても申し訳なさそうに俯いている朝比奈さん、の三名が姿を現した。
 
 ひょっとして、こいつら覗いてやがったのか?
 
「あれ、ちょっとみんな、一体どうしたのよ?」
 少しだけ意外そうなハルヒ。仕方なく俺は、
「どうせ、みんな暇でしょうがないから全員で団長様をお迎えに参上した、ってところなんだろ、古泉?」
 と、何となくその場を取り繕うようなことを言ってみたりした。
「え、ええ。まあそのようなところです。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「………」
「うぅ……ご、ごめんなさ~い」
 まあ、何とかこの場は誤魔化せたみたいだな。
「こらキョン。あんたがモタモタしてるからみんなが心配して来ちゃったじゃないの、あと少しなんでしょ? 急いで片付けるっ!」
 ああ、この一文をを訳したら終わりだからな、ちょっと待ってくれ。
 
 
 課題を全て片付けたところで、わざわざ五人勢ぞろいで俺の一枚のプリントを提出に職員室まで出向き(といっても教師連中は出払っていて殆どいなかったが)、その後ハルヒの思い付きで何故か俺たちは全員で中庭に出てきていたのだった。
「それにしても今日は気候的にみても清々しいですね。まさに『素晴らしい』――『快晴』と言ったところでしょうか」
「あら、古泉くん。それってシャレのつもり?」
「おや、バレてしまいましたか。あはは」
 ん? そりゃ一体どういうことなんだ?
「もうキョンったら、あんたさっきまで英語漬けだったでしょ、そのぐらい解らないの?」
 まあ、なんだ、よく解らん。
「もう! いい? "fine" には『晴れ』って意味と『素晴らしい』って意味があることぐらい解るでしょ? こんなの中学生レベルじゃないの。 まあ、いつも集合場所に最後に来て罰金刑食らってるあんたじゃしょうがないかしらね」
 唐突に罰金だとか、何だそりゃ、意味が解らん。
「…… "fine" には『罰金を科す』という意味もある。ちなみに "in fine" は『最後に』と言う意味」
「へえ、有希。あなたもさすがね」
「はあ、涼宮さんも長門さんも、みんな凄いんです。それに比べてわたしは……受験も近いのに、なんだか自信なくしちゃいます」
 いえ、朝比奈さんは俺なんかよりずっと真面目だし、きっと受験も上手く行きますよ。
「そ、そうですか、キョンくん?」
「こらキョン、あんたはみくるちゃんのことよりもまず自分の心配をしたらどうなの?」
 すかさずハルヒが混ぜっ返す。それに釣られて笑い出すみんな。
 おい古泉、お前はちょっと笑いすぎだ。それに朝比奈さんもそんなに笑うなんて酷いじゃないですか。みんなで寄って集って、何かの陰謀ですか、これは?
「…………」
 気のせいか長門も何やら言いたそうな雰囲気に見えたのだが、何か俺はもうどうでもよくなって、抗議とか憤慨することも面倒になって、そのまま空を見上げたのだった。
 
「それにしても、いい天気だな」
「そうね……何だかこうしているだけで、とっても気分がいいんだもんね」
 ふと目を遣った先では、ハルヒが同じように空を見上げて微笑んでいた。
 
 何の変哲もない、ただ平穏かつ平凡なだけの日常。でも……。
 
 いつの日か、俺たちはこれが最も素晴らしい時間だということ知るのだろうかね。
 
 "Someday we'll find this is the finest time."