南方作戦は、第二次世界大戦(太平洋戦争)の開戦時に日本軍が計画した、東南アジア・太平洋地域(南方地帯)における侵攻作戦である。
南方作戦陸海軍中央協定で定められた作戦名称は「あ号作戦」。日本海軍では南方作戦間の作戦を「第一段作戦」と呼称した。
概要
南方作戦は、ハワイ作戦の実施に伴うアメリカ海軍の主力を撃滅することを前提とした作戦であった。
その間の制海権の獲得を持ってして、南方地帯へと進出し、資源の確保を優先する。
しかし、12月5日アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドから宣戦布告されるとその作戦はハワイ作戦実行前だったこともあり破綻した。これにより、作戦を再立案し、1942年2月に「インド洋作戦」を発動するため、イギリス及びオランダへと宣戦布告。そして、5月に発生した硫黄島海戦の勝利に伴い残りの全作戦が実施された。
内容
南方作戦は、中国戦線が終結した7月時点で概ね9つの作戦が計画され、全てハワイ作戦の発動後に実施が予定されていた。
- 「E作戦」(イ号作戦):マレー作戦
- 「M作戦」:フィリピン作戦
- 「C作戦」:香港作戦
- 「G作戦」:グアム作戦
- 「R作戦」:ビスマルク作戦
- 「B作戦」:英領ボルネオ作戦
- 「H作戦」:蘭印作戦
- 「O作戦」(ヲ号作戦):インド洋作戦・マダガスカル作戦
- 「I作戦」(ウ号作戦):インパール作戦