芽衣ちゃんから勉強を教えてほしいというメッセをもらって、牧野さんにも確認したけど、本当に危ないみたい。
頼られたからには、応えてあげたい。
教師役を引き受けることはすぐに決めた。だけど…。
雫『一つだけ、条件つけても、いい?』
雫『(巣穴から顔をだすネズミのスタンプ)』
『ん?まあ、頼んでいるのはこっちだからな』牧野
『何か要望があるのか?』牧野
ちょっとだけ、考えて。
雫『ご褒美、ほしい』
雫『芽衣ちゃんに勉強を教えるのと今年一年頑張った分、まとめて』
『時期的にもクリスマスシーズンだし、何か考えてみるよ』牧野
雫『ううん、クリスマスとか年末は忙しいの知ってる、から』
雫『もうちょっと後にする』
『ギリギリまで慌ただしくて申し訳ない』牧野
雫『(ウインクするネズミのスタンプ)』
雫『初日の出、見に行きたい』
雫『初日の出を見ながら、釣りがしたい』
『それくらいならお安い御用だよ』牧野
雫『(照れる魚魚っとさんのスタンプ)』
雫『やる気、出た』
雫『がんばる』
雫『…がんばるのは、芽衣ちゃん?』
『ざっと見た感じ、かなり大変だと思う…すまないがよろしく頼む』牧野
雫『(投げキッスするネズミのスタンプ)』
雫『楽しみ』
雫『芽衣ちゃんのことは、任せて』
雫『OKの返事、してくる』
『ああ、ありがとうな、雫。お礼の件は任せてくれ』牧野
雫『(頭上で手を合わせるネズミのスタンプ)』
雫『それじゃ、また連絡、します。』
芽衣ちゃんに連絡して携帯を枕元に置くと、布団をかぶり直す。
明日から、大変。
でも、楽しみだな。
それからしばらくして。
芽衣ちゃんも無事に試験は十分な結果が残せたみたい。「こんないい点数初めてかも!」って凄く喜んでた。
先生役として鼻が高い、かも。
冬休みに入ったらクリスマスに年末でイベントが続いて、普段より忙しい時間を過ごした。
その後の寮や事務所の大掃除も沙季ちゃんや愛ちゃんが凄く張り切ってて、ピカピカの入居したてみたいになった。
芽衣ちゃんはここでもすごく大変そうだったな…。
そんなドタバタした日々も大詰め。今日は大晦日。
現役の学生も多い星見プロはあまり遅い時間のお仕事は入れず、夜にはみんな寮に戻ってまったりムード。
リビングの大型テレビで年末恒例の特番を見る人、仲のいいメンバー同士で集まって過ごす人、いろいろ。
私は千紗ちゃんの部屋でホラー映画。…これで何本目だったっけ。千紗ちゃんのおすすめ映画、怖すぎてすでに記憶が…。
時刻は23時を回って、映画のスタッフロールが流れ始めてる。精神的にも限界が近いし、明日は朝早いし…そろそろお開きかな。
「ごめん千紗ちゃん…私、そろそろ限界かも」
「あ、ごめんね雫ちゃん。ちょっと怖いの選びすぎちゃった?」
「まだなんとか大丈夫…ギリギリ…うーん」
「厳しそうだね…次はもうちょっと怖値下げたのを用意しないと…」
観るのは確定なんだね…。
一緒にお風呂を済ませてから、千紗ちゃんと別れて自室に戻る。
スマホのアラームをセットして。牧野さんにメッセ送っておこう。
雫『お疲れ様、です』
『ああ、お疲れ様』牧野
雫『明日、よろしくお願いします』
『例のご褒美の件だな。大丈夫、覚えてるよ。頑張ってくれたもんな』牧野
雫『うん、でも、がんばったのは芽衣ちゃんだから』
『まあ確かにそうかもしれないが、雫も自分の勉強があるのに押し付けちゃったから』牧野
雫『(ウインクするネズミのスタンプ)』
雫『今日は早めに寝ます』
雫『牧野さんは、お仕事?』
『いや、さすがに今日は休みにしたよ。約束もあるしな』牧野
雫『(照れる魚魚っとさんのスタンプ)』
雫『せっかくのお休みなのに、ごめんなさい』
『先に大変な仕事を頼んだのは俺なんだし、気にしなくていいよ』牧野
『明日は早いし、そろそろ寝ようか』牧野
雫『うん。おやすみなさい』
『おやすみ』牧野
枕元にスマホを置いて、掛布団をかぶる。
なんだろう、なんだか不思議な感じ。
…迷惑かけないように、ちゃんと早起き、しないと。
「…おふぁよう、ござい、ます…。あ、あけおめ…」
「あけましておめでとう。だ、大丈夫か?」
「ん…昨日、千紗ちゃんとホラー映画観てたからかな…寝つきが悪くて」
多分、それだけじゃない…気がする。
「ああ…大変だったな…。荷物、貸して。着くまで助手席で寝てていいからな」
「ん…ごめん、そうする」
牧野さんの車の助手席に乗り込んで、シートベルトを締める…までが精一杯。
あっという間に意識が無くなって、気付いたら海の近くの駐車場だった。
「おーい雫、着いたぞ。歩けそう?」
牧野さんがドアを開けてくれた音で、目が覚めた。
「うん、さっきよりは、大丈夫そう」
そう言いながら車から降りたけど、まだちょっとふらふらする。
スマホで時間を確認したけど、日の出まではもうちょっとありそう。
「釣りもできる場所まではちょっと歩くけど、もう移動するか?」
「ん、行く」
牧野さんが自然に私の荷物を担いでくれた。
海の方へ向かって歩く。牧野さんは荷物の分、ちょっと後ろから付いてきてくれる。
もう少しで目的の場所、というところで。
海から突風が吹いた。
いつもなら、なんてことはないんだけど。
ぐらり、と態勢が崩れて…。
「あっ」
踏ん張りきれない。
「雫!」
牧野さんが転びかけた私の腕を掴んで、引き寄せてくれて。
私の顔が、ちょうど牧野さんの胸元に来るような感じで。
抱きしめられるような形に、なった。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう…ございます」
お礼を言うために上を向くと、そこに牧野さんの顔がある。
「ケガしたりしてない、よな?」
「あ、うん…へいき、です」
どうしよう、顔、みれない。
慌てて下を向いたけど、牧野さんはそこにいるわけで。
「やっぱりちょっと休むか?」
「大丈夫…一発で目が覚めた、ので…」
「?そうか?」
目のやり場に困っていると、地面に落ちた鞄が。
「あ…すまない、慌てて手を伸ばしたせいで落としちゃったな…」
「ん、大丈夫だと、思う。そんな簡単には、壊れない」
「そ、そうか」
何か言った方がいい気がするけど、言葉が、出ない。
「あー…寒く、ないか?」
「ううん…あったかい、です」
顔が見れないまま、そんな返事をしてしまう。
どうしよう。
と、思っていたら。
「あ…」
初日の出。
そんなに時間が経っていたんだ。
「きれい、ですね」
「…そうだな」
それだけで、十分な気がした。
「あー…そうだ、ちょっと」
「?」
牧野さんが思い出したように私の腕を離し、背負っていた鞄から何かを取り出す。
かわいい包装紙。私が好きな服のブランドだ。
「これ…」
「プレゼントとかいらないとは言われたけど、そういうわけにもいかないだろ。千紗にも聞いて、用意した」
「え、千紗ちゃん、今日のこと、知ってた…?」
「ん?いや、芽衣の勉強見てもらったお礼をしたいとだけしか言ってないな」
「そ、そうなんだ」
私、なんで今ほっとしたんだろう?
「本当は千紗の意見も聞きたかったんだけど、『そういうのは自分で選ばないとダメです!』って言われてな…。
気に入ってもらえるかわからないけど」
渡された包みを、慎重に開ける。
出てきたのは、かわいいストールだった。
「これ、本当にもらって、いいの?」
「もちろん。少しでも風除けになるかと思って選んだんだけど」
「すごく、嬉しい…です。ありがとう、ございます」
こんなに暖かいのは、このストールのおかげだけじゃない、気がする。
私は泣きそうになるのをこらえながら、精一杯の笑顔を、牧野さんへ向けた。
終わり
「…またマフラー取られるのは勘弁してもらいたいしな…」