マイナーRPGはなぜマイナーだったのか

Last-modified: 2018-12-05 (水) 21:49:59

あるいは無縁仏に対する供養

1986年にエニックス(当時)から発売されたドラゴンクエスト。
家庭用ゲーム機では初のオリジナルタイトルのRPGは翌年の2、そのまた翌年の3で一つの完成形となり、
日本のゲーム界にRPGというジャンルを定着させ、そしてその地位を磐石なものとした。

ドラゴンクエストという雨の後、日本のゲーム市場には多数のRPGがはえてきた。
後にドラゴンクエストと並び、双璧として扱われることになるファイナルファンタジーはその中で大成功した部類であったが、
しかしその大半は箸にも棒にもかからない、駄作と呼ばれる類の作品であった。

そんな雨後の時代から数年。
ゲーム市場の中心がファミコンからスーパーファミコン(以降「SFC」と呼称)への世代交代が完了した時代、
RPGは変わらず日本のゲーム市場を牽引する一大ジャンルであった。
しかしすでに日本のユーザーはRPGに対して「ドラクエの模倣」というだけでは購入にはいたらず、
メーカー側は販売しようとするRPGに対して「ドラクエとは異なる部分」、すなわち独自のシステムでユーザーに売り込みをかける必要があった。
今回はこのRPG全盛期に「次のドラクエ」を目指し、(そして散っていった)あだ花の中からウンパスのお気に入りのものについて語ろう。

ヒーロー戦記もよろしく!

【ヒーロー戦記 プロジェクト オリュンポス】
1992年11月20日発売
開発:ウィンキーソフト 販売:バンプレスト

RPGにおけるプレイ時間の大半は戦闘であるといって過言ではない。
戦闘こそRPGで一番楽しい部分であるのはもちろんだが、しかし一番飽きがくる部分でもあろう。
ドラクエを含むRPGは本来進行の阻害にすぎない戦闘に対し、
ユーザーのモチベーションを維持するためにさまざまな理由付けをしてきた。
「パーティーのレベルを上げるため」、「新しい装備を購入するため」、「レアなアイテムを入手するため」etcetc………
この理由付けに対して本作、ヒーロー戦記は「ヒーローモノのおやくそく」を組み込むことに挑戦したのだ。

先に本作について簡単に前提を説明しておくと、
本作はバンプレストが得意としていた、ガンダム、仮面ライダー、ウルトラマンが一同に介して戦うコンパチヒーローシリーズのRPGである。
ガンダムを駆るアムロ、仮面ライダーブラックの南光太郎、ウルトラセブンのモロボシ・ダンがこのゲームの主人公だ。
当然、戦闘ではMSであり、怪人であり、怪獣が相手になる。
これらの敵に対してビームライフルやライダーキック、光線技を駆使して戦うのだ。
それらは必殺技として実装されており、使用するためにはTP(テクニカルポイント)を消費しなければならなかった。

本作ではこのTPの回復方法が特殊で、いわゆる宿屋では回復することができない。
ではどのようにして回復するのかというと、戦闘で敵に攻撃する(微増)、敵を倒す(増加量大)ことで回復するのだ。
そう、ヒーロー戦記ではボスキャラを倒すためにはTPを激しく消費しなければならないのだが、
そのTPを回復するために雑魚との戦闘は基本的に避けない方が無難というバランスになっているのである。

私事ではあるが、幼少期のウンパスはRPGでの雑魚戦は基本的に逃げを選んで消耗を避けようとする癖があり、
ドラクエ3ではレベル4くらいでロマリアにたどり着けたものの、低レベルすぎて二進も三進もいかなくなったことがある。
しかしヒーロー戦記をプレイした幼きウンパスはTPを回復させるために雑魚としっかり戦った(戦わざるを得なかった、ともいうw)ので、
割と適正レベルでゲームを進めることができ、それゆえに詰まることも少なかった(1戦目のジ・オがクソ強くて詰まったことはあるw)。

また、前述の通り、雑魚戦で出てくる敵はMSなら量産型、ショッカーなら戦闘員や凡百な再生怪人、(ウルトラ系の怪獣は原作だとオンリーワンな存在なのでこの流れで紹介するのが難しい………)が相手として立ちはだかるわけだが、
それらの相手を蹴散らして、TPを溜めてから(シロッコやシャドームーン、ヤプールといった)ボスに挑むゲームの流れは
まさしくガンダムであり、ライダーであり、大元の番組の流れを再現できていたと言ってよいだろう。

残念ながらヒーロー戦記は続編などが出ることはなく、この戦闘システムが後世に引き継がれることはなかった。
しかし「雑魚を倒して溜めたモノをボスにぶつける」というコンセプトは
ヒーロー戦記の翌年に発売された第三次スーパーロボット大戦の気力システムに昇華され、気力システムは現在のスパロボでも採用され続けている。
ヒーロー戦記の着眼点そのものは決して間違っていなかったのだとウンパスは信じている。

ボンボンで連載してた漫画がエロいのよ

【甲竜伝説ヴィルガスト 消えた少女】
1992年5月23日発売
開発、販売ともにバンダイ

本作を語る前に、甲竜伝説ヴィルガストそのものの解説をしておこう。
甲竜伝説ヴィルガストは1990年にバンダイから展開されたガシャポン作品で、
「ガシャポンRPG」を謳い、当時のガシャポンフィギュアとしては画期的な「着せ替え」が行えたりと
相応の規模でヒットしたシリーズであった(ただし大ヒットとまではいわない)。
そんなヴィルガストシリーズのメディアミックス戦略の一環で作成されたのが本作である。

ヴィルガスト自身、オーソドックスなファンタジーモノであり、元から「ガシャポンRPG」というほどに
RPGを意識したシリーズであったので、それを本当にゲームにしたのだから製作はそんなに難しいものではなかったはずなのだが、
しかしてこの作品はいろんな意味でデキがよろしくない作品であった。

レベルアップ時のステータス成長の幅が大きく、適正レベルを1でも外れれば雑魚相手の戦闘でも一苦労するバランスなのに、
このゲームは独自のシステムとして「同じ敵を倒せば倒すほど取得経験値が下がる」という仕様が存在するのである。
説明書では「一箇所に留まってないでどんどん先に行け」という趣旨のフレーズが書かれていたが、
前述の通り戦闘のバランス調整が上手くできていないため、
「先に進みたくてもボスが倒せず先に進めないのに雑魚を倒せば倒すほど取得経験値が下がり、レベルアップもままならない」という悪循環が発生してしまったのである。
私事ながら、ウンパスは序盤のボスを倒すために次の地域の敵がエンカウントするギリギリの境界をうろついて
強引にレベルを上げて進めていた。
幼心にも「このゲームは失敗作なのでは………?」と思ったが、これがウンパス9歳の誕生日プレゼントとして親に熱望して買ってもらったゲームなので口には出さず、最終的にはそっと積んだのであったとさ(駄目じゃんw。

やのまん、今はパズルメーカーの大手として生き残っている

【アレサ ARETHA the SUPER FAMICOM】
1993年11月26日発売
開発:日本アートメディア 販売:やのまん

続いて紹介するのはアレサシリーズだ。
このシリーズは元々ゲームボーイ(以降「GB」と呼称)で発売されていたRPGで、1990年~1992年にかけて3部作で完結していた。
GBながら主人公が女の子で、きっちりドット絵でのキャラクターイラストも用意されており、
また相談システムによるパーティー内の会話で「次にどこにいけばいいか」が常に確認可能であったり、
さらにはモンスターのグラフィックも単純な使い回しをせず、細かく変更を加えていたりと意欲的で、かつ丁寧な作りの良作であった。
今回紹介するのはこのアレサシリーズのSFC第一作目で、GB時代から採用されていたキャラクターグラフィックの強化、
相談システムでの会話パターンの充実はもちろん、さらには従来のRPGにはなかったことをやろうとした意欲作であった。

アレサ最大の特色は戦闘シーンに前後左右の概念があることであろう。
画面的にはドラクエ型の、画面中央に敵がいて、味方の情報がウィンドウで表示されているタイプなのだが、
この画面を「正面」として、さらに左右と後方の概念があるのである。
SFCで追加されたLRボタンを押すことでこの「正面」をグルグルと回転させることができ、
終盤の魔法を除けば基本的にプレイヤーは正面の敵しか攻撃できないつくりになっていた。
そして戦闘開始時から見て「正面」と「後方」に敵がいる場合は挟み撃ちされているものとして、逃走ができなくなっているのだ。
この前後左右の概念はなかなかに斬新で、作中でも「敵の罠にはまって包囲された状態」で戦闘が開始されるとちゃんと前後左右の四方向に敵が配置されていたりしたのである。
これだけならまだよかったのだが………

RPGだけというわけではないが、ゲームにおいて相手に与えたダメージが数値として視覚化されているのはよくあることだといえる。
しかしアレサを開発した日本アートメディアはそこにリアルがないと感じたのか、それとも別の理由であったのかはわからないが、
とにかくアレサでは戦闘時のダメージの表記をなくしていた。
つまり戦闘時、こちらが攻撃して命中したとしても、それがどの程度効いているのかがプレイヤーには見えないのである。
開発からすれば敵のHPが半分を切れば敵が黄色く明滅し、もっと減らせれば赤く明滅するので戦闘がどのくらいの山場なのかは見えているという考えがあったのかもしれない。
しかし1度の攻撃でどの程度ダメージが与えられているのかがわからないのはプレイヤーの戦術が正しいのかどうか(たとえば1ターンかけて補助魔法で火力や防御の調整を行うべきなのかどうかの判断)がわからず、戦術の見直しが1ターン単位で行えないというのはやはり明確な失敗であったと思う。
ちなみにGB時代のアレサでは普通にダメージ表記はあったし、後に発売されたアレサ2でもダメージ表記は復活したので、
これは開発側でも明確な失敗だという認識になっていたようだ。

さて、先のヒーロー戦記でも述べたが、RPGで時間の大半を捧ぐことになる戦闘に対するモチベーションについてだが、
アレサでもその視点は持ち合わせており、アレサでは敵を倒すことで経験値、お金の他に敵の属性にあわせた「ソウル」を取得することができた。
このソウルは集めておくことができ、世界中の各所にいるNPCに渡すことで武器防具の錬金、ミクストフォームを行うことができた。
ミクストフォームで作成できる武器防具はその進行段階で購入できる武器防具より強力であったため、戦闘でソウルをたくさん集めておけば攻略を有利に進めることが可能であった。
また、このミクストフォームは複数属性の混合でパラメーターの変動の要素があり、ただ漫然とソウルを積み重ねるだけではそこまで強力にはできないなどの奥深い要素があった。
ただ、アレサ、戦闘バランスは結構ガバで、レベル1~2程度上げたらボスの攻撃でもぜんぜん当たらなくなる(逆に言うとこちらが適正レベルより低いとこちらの攻撃がぜんぜん当たらなくなるんだw)割りにレベルアップ自体は数戦すればできたりと苦労しなかったため、そこまで強力な装備を用意する必要が薄いのはあったが………(ぉ

戦闘のバランス的には結構荒い部分が残ってしまったSFC版アレサだが、しかし「フィールドを歩く際に障害物にぶつかっても自動で進路を補正してくれるから方向キーおしっぱで進み続けられる」ことや、「マップの切り替え時にBGMが転調する」などの現在のRPGでも取り入れて欲しい要素があり、さらにはシナリオが面白かったこともあって個人的には大いに楽しんだ作品であった。

もうVCでいいから再販してくれ

【アレサII ~アリエルの不思議な旅~】
1993年11月26日発売
開発:日本アートメディア 販売:やのまん

そしてその翌年、SFC版アレサシリーズの第二作目が発売された。
先述の四方から敵が襲いかかってくる戦闘システムは2でも続投となり、そして1で消えていたダメージ表記も復活。
さらには戦闘バランスも適切で、1での不満点が概ね解消された印象の作品となった。
そんなアレサ2に追加で実装された新システムも印象的であったので紹介しておこう。

元々、アレサに限らずRPGには戦士タイプと魔法使いタイプの二通りがあった。
しかし魔法使いタイプが状況に応じて魔法を使い分けることができたのに対し、戦士タイプは基本的に「戦う」しかできなかった。
ドラクエでたとえるなら2のローレシアの王子は戦うしかできないということだ。
この問題は21世紀の現在ならとうに解決済で、ドラクエでも6以降は「とくぎ」として戦士タイプにもできることが増えている。
アレサ2の発売は上記の通り1993年で、RPGの戦士タイプにできることが少ない問題の解決に乗り出した最初の世代だといえた。
戦士タイプのキャラにはそれぞれ「必殺技」というコマンドが追加されたのだ。
必殺技には対ボス用の単体大ダメージ技や複数敵攻撃、他には自己強化など各キャラクターの個性の色づけにもなっていた。
この「必殺技」はSPと呼ばれるポイントを消費して放つことができた。
そしてアレサ2ではこのSPの管理もなかなかに独特であったのだ。

まずSPは戦士タイプのキャラにそれぞれ設定されているのだが、基本的にこの最大値はレベルアップでは伸びない。
ずっと同じ値のままなのだ(ただし一人だけシナリオ途中で修行して最大値が上がるが、やはりレベルアップでは変動しない)。
そしてSPは宿屋に泊まると(取説曰く「安心してしまい」)減少してしまうのだ。
ではこのSPをどのように増やすのかというと、戦闘時に敵からダメージを受けること1ポイント回復し、
さらに敵の攻撃で仲間が戦闘不能になることで全回復するようになっている。
取説の挿絵で「敵の攻撃で倒れた仲間を見て怒りに燃える戦士キャラ」というのがあったが、
まさしくこのシステムが目指そうとしていたのはこの挿絵であったし、それは正しく実装できていたように思う。

アレサ2は1での不満点が解決され、さらに元から好感触だった部分はよく伸ばされており、
個人的にはSFC時代のRPGでも珠玉の出来であったと思う。
それだけにやのまんがこの少し後にゲーム販売から手を引いて本業のパズル一筋になってしまったのは非常に残念だし、
SFC版アレサの話が未完(2で次回作に向けた伏線がいくつか残されてたのよ)のままになってしまったのは非常に残念だと思っている。

さらにいえばやのまん、ゲーム業界から手を引いてしまったが故にアレサを含んだ数多くのやのまん販売のゲームがVCにもならず、
もはや中古で当時のソフトを買い求めるしかプレイする手段がなくなっているのは非常に残念なので、そこは何とかして欲しいものです。
版権を持った会社が今も存続しているのに、VCにもならないというのはあまりに惨いのです………

最後に

今回紹介したのは4本だけであるが、90年代前半のRPG全盛期の作品は
よくも悪くも「ドラクエという巨大すぎる存在の模倣」ではなく、「ドラクエが目指さなかった所」を眼差していたように思う。
その独特の着眼点は決して成功したものだけではなかったが、しかし製作スタッフの熱意を忘れ去ってはいけないものであると信じたい。
咲くことがなかった無数の屍の上に、我々が今楽しんでいるゲームの花畑ができているのだから。