かね鉄(に在籍する)最古の電気機関車 ED40
ED40形は1927~29年にかけてイギリスのイングリッシュ・エレクトリック社で6両が製造された機関車。
形式の「40」は40トン級である事を表す。かつては国内で一大勢力を誇っていた「ディッカー」or「デッカー」の最後の生き残りである。
外装
見た目は鉄道省→国鉄のED51→ED17そのものであり、国内にも同型が多数存在する。が、第一線を退くこと無く活躍しているのはED40だけである。
全長12340mm、全幅2700mm、パンタグラフ折り畳み高さ3930mmと、ED51と同一設計である。
足回り
ED51と同じくBo-Boの軸配置でモーターはMT6である。
しかし、これはあくまでも登場時のデータ。1950年に国鉄EF15形が搭載するMT42モーターに交換。
1978年にはMT52に換装され、以後主電動機の換装は実施されていない。
運用
実は使用開始から二年後の1929年に世界恐慌が発生、1930年には日本国内にもその影響が及び、かね鉄では電車列車削減などの対策で赤字という地獄を逃れようとした。
その時ED40は全機が休車となって南河原機関区(現南かね丸検車区)に留置され、生え抜きの蒸気機関車に仕事を奪われる結果となった。しかし、その一年後には景気回復で運用復帰し、太平洋(大東亜)戦争も生き残って今年(書き込んだ時点)で御歳95歳の長老である。まだまだ健気に石灰石列車やセメント列車、工事列車を牽引する様はいかにも往年の名スターがプレーを披露しているかの如く、輝いている。
現在のところ、余剰や機器の不調、老朽化置き換えで2、3、5、6号機が廃車となっている。