ホーホケキョ、ケキョケキョ。
隣の庭の梅の木がお気に入りらしい鶯は、今日も変わらず喉を鳴らす。
窓から覗き、綺麗なオリーブ色の羽毛を見て、昼はパスタでも作ろうかなどと思い至る。
「ん…」
時計の針が十二時を過ぎた頃、ようやく眠り姫が寝室からのそのそと這い出てきた。
瞼をこする仕草がなんとも色っぽい。
「おはよ、霧切さん」
「…あなた、またソファーで寝たわね」
爽やかな朝の挨拶は、ジト目でもって跳ね返された。
霧切さんが僕の家で寝てしまうことは、実は頻繁にある。
仕事の疲れからウトウトと、とか、お酒で酔いつぶれて、とか。今日は後者だ。
彼女が言うには、自分の家よりも落ち着いて、どうも気を抜いてしまうそうだ。
「お客様をその辺に寝かせるわけにはいかないでしょ。まあ、僕のベッドも上等とは言い難いけど」
「寝心地は最高だったわ。…けれども、どうして家主を追い出して、私がベッドを占領するのよ…」
霧切さんはまだ眠いようで、起きてきたばかりなのに、再びソファーに横になってしまった。
「適当に転がしておけばいい、と、いつも言っているでしょう…」
とは言っても、それは無理な話。
何せ彼女は、寝返りを打つたびに服を肌蹴るんだから。
目の毒だし、そのまま放置して風邪を引かれても困る。
ホント、ベッドに運ぶまで大変だった。主に理性が。
「文句があるなら、今度からは飲みすぎないでね」
「…普段はないのよ、酒に呑まれることなんて。どうしてあなたの家では…」
昨日の酒盛りを思い出す。
確かに、お互いに飲み過ぎというほど飲んだわけじゃない。
「僕の家なら別にいいけどさ。他の人の家では、絶対にやっちゃダメだよ? 特に男の人の家」
「その心配はいらないわ。どういうわけか、あなた以外には縁が無いのよ」
ヒラヒラ、と、ソファーの上で手を振る。
まあ、僕の家では安心して眠ってしまうということは。
つまり、それだけ僕が男として意識されていないということだろう。
職業上、身の危険には人一倍敏感な霧切さん。
その彼女が落ち着けるというのだから、危険とすらみなされていないんだ、僕は。
彼女の心を休める止まり木になれているのなら嬉しいけれど、男としては幾分複雑である。
「…あなたの部屋、鶯の囀りが聞こえるのね。お陰で目を覚ましたわ」
「春告げ鳥の谷渡り、だね。目覚まし代わりにしては風流じゃない?」
「まあ、そうね…ただ、風流を感じるには、まだ頭が起ききっていないかも…」
ゴソゴソとソファーの上で丸くなる姿は、寒がりな猫そっくり。
「…良い匂い。何を作っているの…?」
ソファーから届く声に、まどろみが混ざる。
「ただのパスタ。ニンニクを炒めてるだけだよ」
「あと何分で出来るかしら…」
「十分くらいかな。サラダも合わせれば、もう少し」
「…私はもうひと眠りするわ。御飯が出来たら起こして頂戴」
少しして、寝息が聞こえる。
春眠暁を覚えず、にはまだ少し季節が早いと思うのだけれど。
三鳴鳥の目覚ましも、彼女の休息を妨げるには役者不足のようだ。